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April 7 到着2日目 [小学校と銀行]

April 07, 2008 (Monday)

 朝10時にホテルまで来てもらった不動産屋さんのクルマに乗って、ふたつ候補のアパートを見てまわりました。一つ目はSunsetという住宅街の東端のLocksley Avenueという行き止まりの道にあるAvalon Sunset Towersというアパート。Avalon Sunset といってもヴァン・モリソンとは関係なく、日本にいる間にサンフランシスコのアパートを調べてわかっていたのは、Avalonグループがいろいろなアパートを買い取って、Avalonの名のもとに高級感を売りにしているらしいこと。マネージャーと一緒に1 bedroomの物件を3つ見せてもらった。十分すぎるくらいに広い。窓からはゴールデンゲート・ブリッジが見える眺めのよい部屋。Golden Gate Parkの東南端の南にSutroという山があり、その北のふもとはUniversity of California, San Franciscoだけれど、西のふもとにあたる。南側のふもとのClarendon Elementary Schoolという小学校との関係でここが候補になった。不動産屋は歩いて0.5マイルくらいとか言ってたけれど、あとでクルマでまわっていった感じでは800メートルどころじゃない、人の歩かないような山道。通学バスはあるんだよねーとか、マネージャーさんと英語で話しているのが聞こえるが、定かでない。自動車の移動だと距離感がつかめないので実際歩いてみないとわからないものだけれど、近所の店とか、小さなドラッグストア以外はJudahという大きな通りまで降りていかなければならない様子。モーリちゃんの父は、サンセットや、公園の北のRichmondは、昔古本屋回りをしたときの印象は悪くないので、まあ、Twin Peaksのこっち側に暮らすのもいいか、と思ったりもしましたが、東側の市の中心部へ出るには何回か乗り換えないと出られなそう。 2件目は、小学校でいうと、1501 O'Farrell Street にあるRosa Parks Elementary School という、やはりクラレンドンと同様に JBBP (Japanese Bilingual Bicultural Program) を実施している学校との位置関係で候補になった、Japan Town の近くの物件で、クラレンドンの小学校を見、近辺の商店街を見てからクルマで移動した。もらった図面でわかったのだけれど、南北でいうとPost StreetSutter Streetのあいだ、東西だとSteinerPierceのあいだの、教会といくつかの店をのぞくと1ブロックにまたがるような広いアパート群のようです。不動産屋同士の会話によると徐々に周囲を買って広げていったもののようです。

Plan_apartment.jpg 

                                     

                              

 

 

 

 モーリちゃんの父は、こちらのアパートの玄関ホールや受付のat homeな感じとか好きになったのでした。それでもモーリちゃんは先刻見たクラレンドン小学校の生徒たちの様子が気に入っていましたし、モーリちゃんの母はあいかわらずジャパンタウン南方、Geary Streetの南側が危険という意識が強くて、そこまで降りて行かなければという単純な割り切り方はできません。それと、市街地はやはり空気が悪くて、モリちゃんの咳が心配でもあります。結局どちらと決まらないまま、しかし、最初のアパートについてはすぐにも決まってしまうかもしれないからということで、選ぶなら、walking closetなんか要らないので、1件目のということにして、それを1日おさえてもらうことにしました。 ホテルまで送りますよ、と言われたのを、ちょっとジャパンタウンに寄っていきます、と言って断わって、3人でまたジャパンタウンに行きました。魚喜 Uokiという日系マーケットで、『SF テレフォンガイド』と何種類かの新聞をもらいました。いろいろと日本の食材があるのですが、見るだけです。店を出てすぐにカリフォルニア銀行の看板が目にとまったのでモーリちゃんの父は思い立ったように意を決して中に入って行きました。”I am a university professor coming from Japan.  On my sabbatical year I have been accepted as a visiting scholar at UC Berkeley. . . . Can I open an account without social security number?” とかなんとか適当にカウンター越しにしゃべると、Yesという返事とともに、入口左のデスクの女性のほうを指示された。それがリカさんでした。リカさんは幼いころに一家でサンフランシスコで暮らし、いまも市内のアパートに住んでいる気さくでお茶目ないい人です。偶然同じ便に乗り合わせたこと、日本からサンフランシスコへくる飛行機はからだがヘンになること、小学校のこと、小切手のこと、debit cardのこと(現金がほしいときに少額のものをデビットカードで購入して釣りを手に入れるとか)、などいろいろ話しました。まだ住居も電話番号もないので、仮のものを記入して、決まり次第報告することにして、joint account checking accountを開くことにしました。デビット・カードも頼みました。これ便利ですよ、と『月刊もん別冊 アメリカ生活情報誌―日経職業別電話帳』というのをもらいました。スーパーでもらったSFのと似たようなものですが、サンフランシスコだけでなく北カリフォルニアと範囲が広いところが違うそう。 早めの夕食をジャパンタウンの回転寿司の店で食べました。モーリちゃんは初めてカリフォルニア・ロール系の巻物を食べました。ホテルにはFillmore Streetをミュニバスで北上して、数ブロック東へ歩いて戻りました。水もないし小腹もすいたので、モーリちゃんの父は、ちょっと買い物をしてくる、8時までには帰るから、とひとりで暗くなりかけた街へ出ました。少し南へ歩くと、Union Streetという東西の通りが商店街になっていることがわかりました。酒屋はすぐに見つかったのですが、スーパーはないかとずっと歩いていくともうFillmoreで、北へあがっていくと帰りのバスから見えたスーパーがありました。そこでいろいろ悩んだあげく、パンは堅そうなのでやめて、量り売りのバナナ、ケーキのようなパンのようなものなどを買い、その前に見つけておいた酒屋まで戻ってビールとチョコとポテトチップなどを買ってモーリちゃんの父がホテルに戻ってきたときには、モーリちゃんは疲れて眠っていました。 インターネットで調べてみると、Apartment Ratings には、最初のサンセットの物件については、近所の学生がバカでうるさい、とか書かれていたりします。まあ、学校評価にしてもそうですが、インターネットでのこの種の書き込みは、かなりいい加減なものや感情的なものがあるのでしょうけれど。モーリちゃんの母は、その日途中から加わった女性スタッフから、この話は今日初めて聞いたのだけれど、バークレーだったらもっといい物件がある、と言われたのが気になっていました。クルマがないので、最初の物件だと自然の中に埋もれてしまう気がしますし、二件目は場所としては好きなのだけれど、モーリちゃんのことを考えると危険な気がします。それで、翌日に橋を渡ってサンフランシスコ湾の向こう側を見てみることにしました。

 


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