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May 2 長い一日(つづき) こどもの劇をみてカリフォルニアの歴史に思いをはせるの巻 [小学校と銀行]

May 02, 2008 (Friday)

 今日(この日)は午後2時から、“Spring Festival” の一環(かどうかよくわからなかったのですが)4th grade の劇があるので、モーリちゃんの父も観に行くことにした、来ないでいいよと言われたけれど。モーリちゃんが小学校に入ったときには既に劇の練習が始まっていたのだが、モーリちゃんも役を与えられ、何度かリハーサルにも参加したらしい。ただしセリフはない。全員の合唱はあるらしい。夫婦の役なのだけれど、どういう役かわかっていなかったようで、この間の練習で、ある男の子(彼はしばらく親の実家かどっかにいっていて、最近戻ってきたのだが、先生が言うには彼もshyだからモーリちゃんと合うだろうということだった)がモーリちゃんの横にずっとくっついてくるので、なんだろう、と思っていたら、それが旦那だった。

 モーリちゃんの母は近所のお母さんと一緒に行くというので、モーリちゃんの父は、自転車に乗って行くことにした。この自転車はブレーキがハンドルについておらず、足でペダルを逆転させて後輪にだけブレーキがかかる旧式の自転車だが、タイヤはマウンテンバイクみたいにぶっとい。タイヤはやはり細いほうが平地の走行にはラクだと思った。ともかく、左側走行は避けたので、ときどきは降りて押して進み、いつも学校前の信号のところにいる交通整理の黒人のおばさんに挨拶して、小学校の自転車置き場に自転車をぐるぐると鍵をまわしてとめた。

 入口のところで、少年に「体育館てどこか知ってる?」と聞いたが、返事がない。「ほれ、運動するところ。」 「知ってるよ。」 「どこ?」 「知らない。」 どうやら新入りの子が親に連れられてきたところらしい。中庭のほうをうかがうと人の流れらしいものが見えたので、そちらに行ってみると違った。が、またあたりを見るとそれらしい建物があったので入ると、最後のリハーサルの終わるところだったようで、入れ違いに子供たちが出て行った。4, 5 人のおとな(男はひとりだけ)がパイプ椅子を並べていたので、荷物を置いて手伝った。椅子を並べおわったところで、右手の後ろ側に座って時計を見るともう2時になるところだ。やっぱりのんびりしているのかしら。ふと左を振り返ると、ヒスパニック系に見える男が重い机を奥から引きずっている。走っていって手伝ってあげた。あとでわかったのだが、この人はカメラマンで、机の上で写真を撮っていた。

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(後先)

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 芝居は、3クラスに分かれていたのだが、いずれもカリフォルニアにやってきて夢を求める人たちみたいなものだったようだが、はっきりいってよく聞き取れなかった。ともかくいずれも「おお、スザンナ」の節で「オー、カリフォーニア♪」を合唱して終わるのであった。

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 アルバニーは出てこず、もっぱらサンフランシスコが舞台となっていたらしいのは史実が元にあるのだろうか。やっぱりゴールドラッシュとアメリカの夢ですね。ここで歴史を少しヒモトクと、えーと、アメリカとメキシコの戦争―the Mexican War = the Mexican American War = the North American Invasion of Mexico―が起こったのが1846年。そのメキシコはスペインから1821年に独立したばかりで政情不安定です。えーと、子供向けのウェブ百科から引いときます。――

Mexican-American War

The Mexican-American War was a war fought between the United States and Mexico between 1846 and 1848. It is also called the the US-Mexico War. In the USA it is also known as the Mexican War; in Mexico it is also known as the North American Invasion of Mexico, the United States War Against Mexico, and the War of Northern Agression (this last name more commonly used in the USA to refer to the American Civil War).

The war grew out of the Mexican conflict with Texas. After having won its independence from Mexico in 1836, the Republic of Texas was annexed by the United States in 1845; however, the Mexican government still considered Texas a part of their country. That same year the United States government offended Mexico by offering to purchase California and New Mexico from them.

The war began in April 24, 1846 when Mexican cavalry entered an area claimed by both the US and Mexico, between the rivers Rio Grande and Nueces[?], and surrounded a US scouting party under General Zachary Taylor; several were killed. The United States declared war on Mexico on May 13th after battles at Palo Alto and Resaca de la Palma. In 1846 American forces took several cities in California including (temporarily) Los Angeles. The Battle of Monterrey took place in September of 1846. February 22, 1847 saw the battle of Buena Vista[?] where General Taylor defeated the Mexicans under Antonio Lopez de Santa Anna, securing the conquest of California and New Mexico. The battles of Vera Cruz[?], Cerro Gordo[?], and then the Battle of Chapultepec (on the outskirts of Mexico City) followed as the U.S army under General Winfield Scott drove into the heart of Mexico (his invasion started on March 9, 1847).

The Treaty of Cahuenga, signed on January 13, 1847 ended the fighting in Calfornia, while the Treaty of Guadalupe Hidalgo was signed on February 2, 1848 and ended the War and gave the U.S. undisputed control of Texas as well as California and most of Arizona and New Mexico. [. . .] (Kids.Net.Au – Encyclopedia > Mexican American War)

  メキシコから独立したテキサスを併合したアメリカが、いわゆる「マニフェスト・デスティニー」を唱えて、今日にまでつづく侵略ないし領土拡大をおもてだって打ち出したはじまりのころです。かねてメキシコとのあいだで主張がずれていた国境に出兵して戦争となります。そしてメキシコに勝ったアメリカは、前には売ってくれと言っていたカリフォルニアとニューメキシコだけでなく、このあいだモルモン教の話で出てきたユタやネヴァダなどメキシコの領地の三分の一を、停戦の条約締結で金を払って、手に入れます(Mexican Cession メキシコ割譲地 地図参照)が、歴史の偶然というか、そのカリフォルニアで1848年のはじめに砂金が発見され、翌1849年にはいわゆるゴールド・ラッシュが始まります。さらに、やがて、砂金だけでなく、シエラ・ネヴァダ山脈 (Sierra Nevada、スペイン語ですが、スペインにある山脈になぞらえられているわけで、英国人たちの地名の名づけと同様のパタンです)の北西から南東にかけて、幅数キロ、長さ200km近い金銀の"Mother lode" と呼ばれる鉱山帯が見つかり、ゴールド・ラッシュに拍車がかかる。

  Wikipedia の "California Gold Rush" のページにも図版がいくつかありますが、カリフォルニア州立図書館のHPにもゴールド・ラッシュの展示ページがあります。

  海路からも "Section II . By Sea to the Golden Land"――

    たとえばJethro C. Brock. A List of Persons from Nantucket now in California, or on Their Way Thither.
    Nantucket: Jethro C. Brock, 1850. 24 p.
 は、捕鯨の中心地である東部ニューイングランドのナンタケット島からカリフォルニアへ来ている、あるいは向かっている、650人の名簿を載せています。

  陸路からも "Section III. Ho for California! The Overland Trek"――

    たとえばJ. H. Colton. Map of the United States, the British Provinces, Mexico &c.
    Showing the Routes of the U.S. Mail Steam Packets to California, and a Plan of the Gold Region.

    Drawn and engraved by J. M. Atwood. New York: J. H. Colton, 1849.
    Lithograph. 15 x 21 in. 
は、金のとれる地帯を黄色く塗って示しています。

405px-California_Gold_Rush_relief_map_2.jpg  

("California Gold Rush - Wikipedia" より)

  人々はカリフォルニアを、サンフランシスコを目指してやってきました。インディアンを除く人口が14000だったカリフォルニアは1848年末には20000人、1849年末には100000人、1852年には232000人に増大します。1 金を発見したJames Marshall (1810-85) の雇い主だったJohn Sutter (1803-80 スイス生まれ) の息子がつくった町Sacramentoがカリフォルニア州の州都となったわけですが、1849年に市民憲章をだして翌年最初の市となったときに人口が1万人、サンフランシスコは1848年に1000人だったのが、1849年の暮れには25000人に膨らんでいたようです。〔2〕 ちなみに、Wikipediaによれば、サターがのちにSan FranciscoとなるYerba Buena に到着した1839年に、カリフォルニアにはヨーロッパ人が1000人に対してインディアン(インディオ)が30000人いたとのことです。〔3〕 自然主義の作家Frank Norrisの小説McTeague が、first name がないマクティーグという姓だけの人物名のメインタイトル(彼がひとつのタイプであることを示すのだろう)で、副題が「サンフランシスコの物語」で、Death Valley で結末を迎え、「金」にとらわれているのは、やっぱりカリフォルニアの歴史を背負っているんだよなあ、とあらためてさとりました(これまで鈍かった)。

 これより以前よりインディアン(インディオ)たちを駆逐・虐殺することによってヨーロッパ人がアメリカの土地を、あたかも過去がなかったかの如く新しく「発見」された新大陸として、成功の夢をしばしば宗教的な信念で隠蔽しながら覆ってきた(あれ、日本語がヘンだ)、その事実は忘れてはならんと思いますが、スペイン、メキシコについでアメリカのものとされて31番目の州となったカリフォルニアは、そのはじめから世俗的なアメリカの夢と織り交ぜられて出発したのかもしれません(あるいはユタが宗教的な夢想と織り交ぜられていたかもしれないように?)。カリフォルニア州のニックネームは "Golden State" 、州の花は "Golden Poppy"、モットーは "Eureka 〔我発見せり〕"、州の歌は "I Love You, California" (1951) (こりゃ関係ないか)。UCBerkeley のマスコットは "Golden Bear" ですが、1846年の夏に短期間存在した「カリフォルニア共和国」の旗(いまのカリフォルニア州旗の原型)から熊ちゃんはあらわれます。

CaliforniaRepublic_bearflag.jpg

  2年後の金発見を幻視するかのごとく金色に輝いて見えます。そして現在、アメフトの49ersのチアリーディング・チーム名は「ゴールドラッシュ」です。チームのマスコットは "Sourdough Sam" ですが、酸っぱいパン(いやがる日本人多し)はゴールドラッシュのころに皆が携えることになった北カリフォルニアのパン(現在はサンフランシスコの特産というか名物みたいな位置づけです(もともとバクテリアがサンフランシスコで発見されたのかな)。近所のLuckyにもたまにありますけど、SFのフィッシャーマンズワーフのレストランのパンはサワードウだふ。古代エジプトからあったとかされてますけど、イーストをいちいち発酵させる手間が省けるというのがミソだったのではないでしょうか)です。同じNFLのBaltimore Ravens のマスコットがEdgar, Allan, Poe というのに比べてなんと世俗的なことでしょー。ポーは『ユリイカ』のなかで「エジプト人の黄金の秘密」について語りましたけど。

   こどもたちの芝居に出てきたわけではないのだけれど、ハーパー・リーの『アラバマ物語』の学芸会のシーンで出てくる "ad astra" というフレーズが体育館で思い浮かんでいたのはなぜだろう。 ad astra per aspera ("to the stars through difficulties 星へ困難をくぐって") はKansas州のモットーなのだけれど、アメリカ人みなのモットーなのかもしれない、とか考えたような気がする。あとは「おお、スザンナ」の男が「わたしゃアラバマからバンジョー肩に♪」来たからかもしれないが。この「オー、カリフォルニア」の替え歌についてはいずれ書きます。

   カリフォルニア州の人口、36,457,549。"Foreign-Born Residents" (他の土地で生まれた住民)の割合、27.2パーセント(50州中1位)。〔4〕

 

 

〔1〕 "Gold!" <http://www.parks.ca.gov/default.asp?page_id=1125> 〔Marshall Gold Discovery SHP from California State Parks〕

〔2〕 Richards, Rand (1992). Historic San Francisco: A Concise History and Guide. Heritage House. ISBN 1-879367-00-9. As cited in "San Francisco, California - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/San_Francisco>

〔3〕 "John Sutter - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/John_Sutter>

〔4〕 "U.S. Census Bureau, 2006 American Community Survey." による。 ネットの <http://quickfacts.census.gov/qfd/states/06000.html> は、 "Foreign born persons, percent, 2000" で26.2パーセントとしてますが、上はいずれも2006年データ。ちなみに "American Indian and Alaska Native persons, percent, 2006" は1.2パーセント。この秋に出版されるState by Stateによれば、American Indian 333,346人 (1.0%)。

reference url:

“Mexican-AmericanWar” <http://encyclopedia.kids.net.au/page/me/Mexican-American_War> Kids.net.au のページ。実はWikipediaとだいたい同じなんですけど、子供向けにも侵略戦争だったことをメキシコの側の視点で出している〕

"California As We Saw It: Exploring the California Gold Rush" [California State Library - GOLD RUSH]" <http://www.library.ca.gov/goldrush/> 〔カリフォルニア州立図書館のHPの一部。CSL Home > Library Divisions > California History Section > Exhibits > "California As We Saw It" ダイレクトにいかないとなかなか到達できそうもないです。図書館は1850年1月という意外と早い時期に創られています。〕

"Marshal Gold Discovery State Historic Park Home Page"<http://www.parks.ca.gov/default.asp?page_id=484> 〔今はゴーストタウンとなった、金発見の町Coloma を含む歴史公園のHP, <California State Parks〕

"Clipper Ships in San Francisco: The Maritime Heritage Project with News of Captains, Ships and Passangers in 1800s San Francisco" <http://www.maritimeheritage.org/ships/clippers.html> 〔ゴールド・ラッシュのころのサンフランシスコが快速帆船をつくりだしたというようなおはなしと資料〕

「NFL JAPAN:チアリーダー> 安田愛の「ゴールドラッシュ便り」 <http://www.ii-web.net/test/nfl_cheer/cheer/column.html> 〔2001年から2003年までサンフランシスコ 49ers チアリーダーズ「ゴールドラッシュ」に日本人として加わった安田愛さんのレポート〕

「白人は何故「カニバリズム」にこだわるのか(2)」 <http://huzi.blog.ocn.ne.jp/darkness/2007/05/post_1237.html> 〔藤永茂さんのブログ「私の闇の奥」 2007年5月2日。1846年、イリノイ州からSutter’s Fort (のちのSacrament、つまりジョン・サターの土地です)を目指して移住の旅をした2家族を中心とする幌馬車隊がシエラ・ネヴァダ山中で遭難して起こったカニバリズム事件とその際のインディアンのエピソードから、ゴールド・ラッシュ時にもインディアン虐殺を行なった白人の野蛮性をこそ糾弾する〕

"Augustus Mitchell's 1846 Map" <http://www.lib.utulsa.edu/speccoll/collections/maps/mitchell/Mitchell%20complete.jpg> 〔1846年の大きな地図。"A New Map of Texas, Oregon, and California, with the Regions Adjoining, complied from the most recent authorities," Philadelphia: S. Augustus Mitchell, 1846. Department of Special Collections and University Archives, McFarlin Library, University of Tulsa, OK の "Maps of the American West" の中。インディアンの分布が書かれていたりします。〕


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