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June 12 マリオ・サヴィオ Mario Savio [Berkeley]

June 12, 2008 (Wednesday)

  日本にいる女の人から、UCBの大学構内にあるマリオ・サヴィオの像の写真を撮って送ってくれという依頼が来ていたことに 今朝になって気づいたモーリちゃんの父でした(追伸に書いてあったので見落としていたのを、やはり別件のメールに添えた「マリオの方もよろしくね」という催促のかたちで注意を喚起され、マリオって何? とあわてて過去メールを調べたのでした)。

  Mario Savio (1942-96). Free Speech Movement のリーダー。 FSMと略されるFree Speech Movement とは何か―「自由言論運動《1964年9月California 大学Berkeley校で起った反体制運動;60年代の米国全体の反体制学生運動の口火となった》(リーダーズ英和辞典)。"free speecher" 「自由言論主義者《⇒FREE SPEECH MOVEMENT の参加者》;反体制の過激派学生」(リーダーズ)。いっぽう"free specch" 「言論の自由(freedom of speech) (リーダーズ)。(Mario Savio の項目はリーダーズにはなかったす)。

  モーリちゃんの父は、三無主義という言葉も死語になったころに大学生だったので、日本はおろかアメリカの学生運動の歴史については少なくとも同時代的にはまったくわかっておらず、安田講堂や浅間山荘やらは子供のころのニュースとして記憶はあるけれど、あるいは庄司薫の小説とか若いころに読んだけど(いや庄司薫はただ彼の受験問題だけで関係ないか、最初期の大江とか、柴田翔とかですか)その背景にあるものはだいぶんあとになってから学んだことであった(それはヒトゴトであるという意味には必ずしもならない、文学と同様に、とりあえず一般論としても)。1962年にヴェトナム戦争突入、同じ年にキング牧師の "I Have a Dream" Address で有名なWashington 行進、1963年、ケネディー大統領暗殺。キャンパスに政治的な声があがるとともに、大学が体制と順応することを疑問視する声があがる。

  調べてみると、日本版ウィキペディアにもマリオ・サヴィオはないのだけれど、Mario Savio、マリオ・サビオ、マリオ・サヴィオで検索すると数十件日本語のサイトに当たる。一部は最近の人の、バークレーを訪問した記録(これはマリオ・サヴィオの死後1998年に彼を記念するカフェがキャンパス内にできたことによるところがある 1, 2, 3)、一部は昔の学生運動やUCBを知っている人の回想、だ。1996年に亡くなった記事を載せたThe Japan Times のページが、英語の注釈もあるし、 英語の勉強にもなると思います(私は誰に向かって書いておるのでしょう)ので、まず読んでみてください。――

 

    opinion Mario Savio By DOUGLAS LUMMIS

 記事は、Mario Savioが1996年11月6日に心臓疾患による昏睡で亡くなった、その1ヶ月後の12月6日にJapan Times のShukan ST に載ったものです。Douglass Lummis という、Mario Savio とともに学生運動を行なった人の文章です。適当にかいつまんで要約と引用をします――しばらく新聞ネタになることはなかったが、誰もがMario Savio の名を知っていて、1964年のバークレーの事件として覚えている。1964年のカリフォルニア大学バークレー校のキャンパス内には、セイザー門のそばに、学生が自由に演説できる小さな場所があったが、その秋、大学当局は学生の政治活動をその場所でも禁止する処置にでた。さまざまな学生グループが抗議の声をあげて反対運動を行い、その中からFree Speech Movement が生まれる。(10月1日)SNCCのメンバー(人種差別に反対するCOREのメンバーでもある)の元学生Jack Weinberg が広場にテーブルを置いてパンフレットを配りはじめると、大学側はこれを禁止し、警察の動員要請をした。ちょうどFSMの集会が予定されていた時間に警察が入ってきたのだ。Jack Weinberg を連行しようとしているパトカーは学生たちに取り囲まれて動けずにいたが、このときにMario Savio は、パトカーの屋根に乗り、そこで演説を行なった。パトカーは警察権力の道具から、フリースピーチの演壇に変わったのだ。集会は一昼夜続き、言論の自由の重要性がくりかえし主張された。二日目の夕方には5000人の学生がパトカーのまわりに集まった。

   「内気なマリオ・サヴィオはつっかえながら喋った。流暢で弁論巧みなスピーカーとは違って、サヴィオは考えながら話し、話しながら考えた。だから、サヴィオのスピーチを聞くことは、考える行為でもあったのだ。彼のスピーチの誠実さ、明晰さ、倫理的な力によって、サヴィオはFSMの代表的な存在になった。その後数か月でサヴィオは全米に知られる存在となった。」(以上、Japan Times の記事の要約と引用)

   このときの様子が写真で残っています(Bancroft Library の資料を検索して出てくる一部で"Marcus (Steven) Free Speech Movement Photographs")。たとえば―Mario Savio speaking from top of police car, Mario Savio addressing crowd, Jack Weinberg in police car, Mario Savio addressing the crowd, Mario Savio speaking from top of police car, Weinberg and Savio speaking to each other on top of police car, Brian Turner speaking from top of police car. (みんな靴をぬいで靴下であがっているところがエライ!)

freedom speech って、リーダーズ英和辞典では上にあげたような説明なのですが、「言論の自由」なんですかね。言論の自由をうたっているとされる「世界人権宣言」第19条の英語だと ”the right to freedom of opinion and expression” なのだけど。少なくともサヴィオたちのは言論の自由運動というより言論の自由を前提とした自由な発言を求める運動のような感じがするけど(結局同じかな)。

   マリオ・サヴィオの最も有名なスピーチがその年の12月2日にSproul Hall の前で4000人の聴衆を前に行われた、機械の部品、あるいは原料のような人間を生産しようとする体制と大学に異議を唱える演説です。これはビデオで残っています。

  このビデオの個所を含む部分のtextがUCBのページ("Mario Savio, December 2, 1964")に載っていたのですが、copyrightをうたっているので、しょうがないから自分で直したのを書きうつしてみます。

   [. . . .] We have an autocracy which runs—which runs this university. It’s managed. We were told [asked] the following. If President Kerr actually tried to get something more liberal out of the Regents in his telephone conversation, why didn’t he make some public statement to that effect? And the answer we received—from a well-meaning liberal—was the following. He said: “Would you ever imagine the manager of a firm making a statement publicly in opposition to his board of directors?” That’s the answer. I ask you to consider, if this is a firm, and if the Board of Regents are the board of directors and if President Kerr, in fact, is the manager, then—I’ll tell you something—the faculty are a bunch of employees and we’re the raw material. But we’re a bunch of raw material that don’t mean to be—have any process upon us, don’t mean to be made into any product, don’t mean, don’t mean to end up being bought by some clients of the university, be they the government, be they industry, be they organized labor, be they anyone. We are human beings! [applause]

And that, that brings me to the second mode of civil disobedience. There’s a time when the operation of the machine becomes so odious, makes you so sick at heart that you can’t take part, you can’t even passively take part, and you’ve got to put your bodies upon the gears and upon the wheels, upon the levers, upon all the apparatus, and you’ve got to make it stop and you’ve got to indicate to the people who run it, to the people who own it, that unless you’re free the machine will be prevented from working at all. [applause]

   ビデオの最初のところは "We were told the following " って言っていますよね。ただ、the following の中身は実は直後の「Kerr 総長への質問」じゃなくて「総長の回答」のほうなんだと思うんです。が、「このように言われた」と言ってしまってから、どういう問いに対してか、というのが入って、もう一度 "And the answer we received was the following" という言葉が出てくるんじゃないでしょうか(たぶん)。でもconfusing だから上のUCBのページ("Mario Savio, December 2, 1964")は "We asked the following" というふうにscriptを直しています。

   さて、全体を何度も聞いて、テキストを載せてついでに訳してみようかと思ったのですが、少なくともネット上にはコレと定本的というか正確なテキストが見つからないでいます。 スピーチの全体(かどうか正確にはわかりませんがおそらく)を載せているサイトに "American Rhetoric Top 100 Speeches" があって、音声のみですが聞くことができます。ただ、ここのテキストもコピーライトをうたっているので、コピペはひかえる、というか、どうも違うように思えるところがあります。ここのテキストをウィキペディアの引用は採用しているようですが。[AUTHENTICITY CERTIFIED: Text version below transcribed directly from audio]と書いてあるのですが、ビデオはYouTube と同じ途中からのヴァージョンです。プラグインをダウンロードしなくても音声(つまり長いヴァージョン)は聞けるかと思います。検索して見つかったテキストは上にあげたUCBのと、あと翌年から数年に及ぶ裁判があるわけですが、裁判所(で提示された資料)の記録にスピーチをラジオ局が録ったテープレコーダーから起こしたものが入っています(KPFA Tapes)。けれどこれも不正確ですね、かなり。あと、どちらも最後のところの "The person is Joan Baez" というのも気になります。そう言ってないですよ。が、ヒアリングに自信がなく、その訓練のためにアメリカに来たモーリちゃんの父であるから、だいぶ時間がかかるかもしれません。

  だから、まとめ的でもなんでもないですが、覚書的に書いておきます。このごろ安直に利用している日本版ウィキペディアにはマリオ・サヴィオの項がないのですね、なぜか。敬虔なカトリックのイタリア系移民の次男としてニューヨーク市に生まれる。2人のおばさんは修道女で、マリオは教会の仕事を子供のころからするし、聖職につくことが期待されていたようです。しかし核の脅威の問題や対ソ連のアメリカの姿勢や人種差別の問題やらにむきあったときに疑問が生じる。彼の発言を見ると、moral とかreligious ということを学生運動後にも言っているところが興味深いのですけど。彼が社会問題に強い関心を示すきっかけは18歳のときにスラムの衛生問題にとりくむカトリックの活動に参加したことかもしれません。1963年秋、UCBに入学。1964年の春、サンフランシスコのSheraton-Palaceホテルが有色人種の労働者の扱いを差別していることに抗議する集団に加わり拘留されます。その拘置所で一緒だった人から夏に南部に行かないかと誘われたということになっています。1964年の夏を公民権運動に参加して過ごす。また、ミシシッピで黒人の子供たちを教育する "freedom school" の教師をつとめたりもします。Japan Times にも出てくるSNCCというのは公民権運動につながっていく団体のひとつですが、その資金を集めようとするサヴィオは、戻ってきたバークレーで、学生の政治活動や資金カンパが禁止されたことを知るわけです。そして10月1日のパトカーの事件、12月2日の演説、即日の800有余名の逮捕へと至ります。詳しくはわかりませんが、バークレーのFSMについては、おそらく1964年の時点では人種問題、公民権運動のほうにもっぱら力点があった、あるいfree speech そのものの要求に一時は力点があった、のが、やがてヴェトナム反戦へとひろがっていったのではないかと思います。で、全体の方向性はともあれ、マリオ・サヴィオの言葉を聞き、マリオ・サヴィオという個人について考えると、少なくとも左とか右とかいうような分け方で(これは下にあげた日本人のオトナの一部にも見られる姿勢だと思うのですが)片付けたり掬いあげたりしまうべきではないのではないか、と思われます。宗教的なものがねっこにあるのは、危険と言えば危険なのかもしれない。けれどもそれはたいへんアメリカ的な情熱だとも思えるのです。そして、ビートからカウンターカルチャーへと移行する流れの中で、いかに意識の拡大みたいなものがアメリカの反体制・対抗文化運動と一緒にあったか、みたいなことを思ってみたいモーリちゃんの父でした。

  1964年3月にサンフランシスコのFBIが作成報告した34ページの文書によれば、マリオ・サヴィオのプロフィールはこうです。――

1) Physical Description: White, Male, age 22, 6'1'', 195 pounds, medium build, blue eyes, brown hair, no scars. "Peculiarities -- has slight speech impediment at times."

2) Background: Graduated first in class, Martin Van Buren High School, Queens, New York, June 1960. Grade point average, 96.6. Class valedictorian. Editor, school paper. Honorable Mention, Westinghouse Science contest.

Manhattan College, full scholarship, Queens College, 1960-1963. Enrolled UC-Berkeley, fall 1963. Marital status, single. Draft status, 2-S (student deferment). No credit history. Arrests, Sheraton-Palace protest and Sproul Hall sit-in.

3) Activities: Leader of Free Speech Movement. Speaker at anti-Vietnam war rallies. Quoted extensively in the press, including these excerpts from LIFE magazine:

On modern education: "The university is a vast public utility which turns out future workers in today's vineyard, the military-industrial complex."

On politics: "I am not a political person. My involvement in the Free Speech Movement is religious and moral ... I don't know what made me get up and give that first speech. I only know I had to."

On civil disobedience: "... You can't disobey the rules every time you disapprove. However, when you're considering something that constitutes an extreme abridgement of your rights, conscience is the court of last resort." [as quoted in Seth Rosenfeld; emphasis added]

  もちろん可能性として、ほんとうの政治信条を隠してmoralだのreligious だのと言ったのだ、という読みはありえます。けれどもRosenfeld にのこした言葉にもあって、それはすなおな気持ちだと思われるのです。―― "The spirit of 'do good' and 'resist evil' was an important part of my religious upbringing.  I saw [that] present in the civil rights movement, and I wanted to ally myself with that."

(もしかするとつづく)

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reference URLs:

Free Speech Movement Digital Archive <http://bancroft.berkeley.edu/FSM/> 〔UCBerkeley Bancroft Library のアーカイヴ〕

FSM-A the Free Speech Movement Archives Home Page <http://www.fsm-a.org/> 〔大学の資料へのリンクも含むけれど、2008年5月12日に亡くなったMichael Rossman―10月1日の写真の記録を残したひとりです―の肖像を掲げて、6月23日に追悼会が開かれることを告知している〕

Preliminary Inventory of the Meiklejohn Civil Liberties Institute Collections, circa 1940-1998 <http://content.cdlib.org/ark:/13030/kt700005j7/?&query=Mario%20Savio&brand=oac&hit.rank=1> 〔Free Speech Movement Trial, includes legal defense papers from the People of California v. Mario Savio et al, 1965, including appeals, and small individual collections of material about FSM, SLATE, the filthy speech movement, and University Young Democrats consisting of publications, reports, correspondence, pamphlets, clippings. Bancroft Libraryの資料を示す〕; "Free Speech Movement Legal Documents" <http://bancroft.berkeley.edu/FSM/legal.html

"Mario Savio" items found in OAC Archival Collections Search Results <http://content.cdlib.org/search?type=archival+collection&style=oac-ead&text=Mario+Savio&key-ignore.x=20&key-ignore.y=16> 〔17の検索結果〕 

Ron Enfield's Personal Web "Student Protestors: Berkeley, California, 1964" <http://home.att.net/~enfield/index.html> 〔写真家Ronald Enfieldのページ。当時のアルバムを更新中〕

"Mario Savio and the Free Speech Movement at U.C. Berkeley" <http://americahurrah.com/NBC/MarioSavio.htm> 〔当時記者だったBill Roddyさんの85歳のときの回想(American Hurrah ベイエリアのいろいろな歴史資料があります) 〕

American Rhetoric: Mario Savio - Sproul Hall Sit-In Address <http://www.americanrhetoric.com/speeches/mariosaviosproulhallsitin.htm> 〔ビデオと音声とテキスト〕

「ベトナム戦争と私(第七回) <http://blogs.yahoo.co.jp/jdreamr/5826434.html> 〔当時UCBの学生だった「一人暮らしの老人」JDreamRさんの回想blog記事〕

「〈改稿〉アメリカ1973」 <http://www.edagawakoichi.com/AMERICA/a-america1973.html> 〔WAVEtheFLAG | ウェーヴ・ザ・フラッグ「バークリーでなにか新しいことがはじまっているらしいと、ぼんやりと思いはじめたころをたどると、60年代半ばに至る。それはマリオ・サビオの名に出会ったころでもい[あ]る。彼はバークリーの学生で、大学当局が構内の広場の使用を禁じたのをきっかけとするフリー・スピーチ運動のリーダーであった。/ヴェトナム反戦を軸とするアメリカの学生運動に火をつけたのが、このフリー・スピーチ運動である。催涙ガスのメイズを警官隊が初めて使ったのも、テレグラフ通りのデモに対してであった。隣町のオークランドにあった徴兵センターは、学生たちにとって最大の攻撃目標で、周辺の商店は、店の前に堅固な防壁を築いて自衛したのである。/1964年登場した新聞『バークリー・バーブ』は、やがてアメリカ中の大学町にも姿を見せる。若者たちが、バークリーで何が起こっているかをしきりに知りたがったからである。まもなく、各地でアンダーグラウンド・ペーパーが登場する。このブームは「バーブ」から発していると言える。」〕

新潮社 考える人「特集 アメリカの考える人たち その4 カウンターカルチャーの古戦場を歩く」 <http://www.shinchosha.co.jp/kangaeruhito/high/high84.html> 〔考える人の記事〕

「Telegraph Avenue at Berkeley」 <http://uekura.blog.so-net.ne.jp/archive/20080405> 〔うえじぃ先生のblog〕 

「2006/12/18のBlog 日曜日(その2)」 <http://www.doblog.com/weblog/myblog/5424/2623100#2623100> 〔koo さんのDoblog - Urbana Champaign 日記。すてきなスライドショウを含む〕

「2006年03月19日 バークレー大学~フリースピーチ発祥の地」 <http://us2006.seesaa.net/article/15094091.html> 〔Adam さんの「はじめてのUSA☆ミ」 のcool なblog記事。ここで「ちなみにどなたが決められたのかわかりませんがAmerichan Rhetoric のTOP 100 Speachs で"An End to History"というスピーチが80位に入ってます。http://www.americanrhetoric.com/top100speechesall.html ※同サイトによると1位はMartin Luther King, Jr.の"I have a Dream"でした。」と教えていただきました〕

Seth Rosenfeld, "Mario Savio's FBI Odyssey: How the Man Who Challenged 'the Machine' Got Caught in the Gears and Wheels of J. Edgar Hoover's Bureau," SFGate: Home of the San Francisco Chronicle, Oct. 10, 2004 <http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/c/a/2004/10/10/CMGP08OOFI1.DTL> 〔かつては秘密資料であったFBIの捜査ファイルを、生前のマリオ・サヴィオから申請の許可を得ていた記者が閲覧したレポートで、ソ連の対米転覆の陰謀にからんでいるとしてFBIがマークしていたこと(は有名なのだが、”Reserve Index”という特殊で秘密のかたちでマークし続けてていたこと)についての記事のようでいて、マリオ・サヴィオの伝記や歴史的背景をくわしく説きなおす。英語版Wikipedia "Mario Savio" はたぶんにこの記事に依拠しているように思われる〕

"Rage Against the Machine" <http://antagonise.blogspot.com/2006/08/rage-against-machine.html> 〔2004年に明らかになったFBIの捜査について2006年に "Anything That Defies My Sense of Reason . . . Class Antagonism of a New World Order"〕

「1966年『これがアメリカだ』 初めてのアメリカを1ヶ月飛び歩いた記録──読売新聞の混成機動特派員団の五人チームの一員として──<http://members3.jcom.home.ne.jp/knch.tominaga/20070620.htm> 〔「富永健一ホームページ」ともに1960年代に起こったアメリカと日本のニューレフトの学生運動は、あとから振り返ると、同じように狂気じみていて、同じように荒れ狂い、そして同じように終わってしまうと何事もなく消え去った。私はカリフォルニア大学バークレイ校の全学ストライキを指導したマリオ・サビオ君という22歳の哲学科学生の手記を読み、トロツキストの学生運動家とそのフィアンセの話を一晩ゆっくり聞いて、アメリカのニューレフトも日本のそれも同じであるとの感想を抱いた。新聞記事にはそれらのことを書いたが、ここにそれを繰返すことはしない。なぜなら、学生運動はこの時期を最後にして世界的に下火になり、ニューレフトという語も急速に消滅していったからである。」〕

「11・18  ボストンで”建国の父”の英霊を呼び戻す「いつも心に憲法を」隊、アメリカを行く②」 <http://www.shukenzaimin.net/pages/2006111801.html> 〔主権在民!共同アピールの会のルポ〕

「第9集 ベトナムの衝撃 - アエスダーナ・テレビ不定期備忘目録(仮) <http://d.hatena.ne.jp/pongpongland/20031229/p5> 〔1960-75 の年表 2003.12.29〕

"We Who Believe in Freedom Cannot Rest: A History of the Berkeley Student Movement" videoThe Free Speech Movement: Media Resources, University California Berkeley のなかの、写真と語りと録音と歌で構成された長いビデオ(56分あります)。7分から10分ぐらいのところでMario がとりあげられてます。あと21分くらいで、FBIがcommunist partyとの関係を疑って何回かマリオの演説会に来たみたいなことも〕

 


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Sie haben eine sch
by ... (2009-02-27 21:59) 

のんのん

アメリカのサンノゼに住んでいます。今、パブリックスピーチのクラスをを大学で受講しています。課題の一つで、マリオサビオのスピーチをアナライズして、スピーチすることになりました。参考になることが盛りだくさんですね。感謝しております!!
by のんのん (2010-04-24 01:16) 

morichan

のんのんさま、応答が遅くなってすいません。
そうですか。
充実した時を過ごされますよう願っています。

あ。日本では前から、名スピーチ集の大学生向けテクストみたいなのがあったりして、それが、1~2年前のオバマで加速(?)して新たに編まれ直されたりしているみたいですけれど、マリオ・サヴィアオみたいなのは、まあ、時代の変化にもかかわらず、載らないみたいです(笑)
by morichan (2010-05-03 23:01) 

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