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September 26 サンフランシスコ、フォートメーソンのの大古書市訪問記(前篇) Annual Big Book Sale at Fort Mason by the Friends of the San Francisco Public Library [本・読み物 reading books]

September 26, 2008 (Friday)

    その後、調べてみたら、あまり書かれていなことがわかったので、文章も一緒にして記録と記憶ににとどめておこうと思いました。

  前の記事のAC Transit の件で書いたように、半年間無料で乗り放題のパスをもらう、という幸運に恵まれたわけで、この年に一度、サンフランシスコ市立図書館の友の会主催で開かれるフォートメーソンのブックセールにも当然バスを使うことを考えた。――ちょっと説明をしておくと、1996年にサンフランシスコ市立図書館は新館が建てられて、現在蔵書100万冊以上、インターネット端末も300以上ある、中央図書館となっています。この新館建築にも友の会(いわゆるNPOです)が当初から積極的に働きかけて、1988年の住民投票にはじまり、財団をつくっての企業や篤志家からの寄付集め、募金活動を行なっています。1999年〔友の会のページ History では98ではなくて99年〕に友の会 (Friends of the San Francisco Public Library) と財団 (the Library Foundation of San Francisco) は合体してさまざまなボランティア活動や分館の拡充のための運動、フォートメーソンセンター内の書店の運営もしています〔以上、「【サンフランシスコNPO訪問記 Vol.4】NPOへの寄付と連動させた電話サービス――ワーキングアセッツ」ASCII24 ニュース/トピックス 2000.2.2 <http://ascii24.com/news/i/topi/article/2000/02/02/606858-000.html>  なお、この記事のリンク先の図書館HP URL は変更になっています――San Francisco Public Library Home Page <http://sfpl.lib.ca.us/>〕

   もうちょっと説明をしておくと、1961年に少人数の有志でつくられた友の会(www.friendssfpl.org)が年に一度のブックフェアをやるようになって44回目の今年は、昨年より5万点多い30万点の書籍(レコード、CD 等を含む)が集められました。かねてベイエリアで最大のブックフェアなのです。昨年でいうと売上げの$250,000 がサンフランシスコの公立図書館の資金になりました。当日フォートメーソンセンター(www.fortmason.org)でもらってきたセンターの新聞のカレンダーの記事を引用しておきます。――

44th Annual Big Book Sale The annual sale benefitting the city's libraries features more than 250,000 donated volumes.  This fundraiser by the Friends of the San Francisco Public Library offers quality books of every type at fantastic prices.  9/24-28 Member's Previes 9/24 Wed 5-8pm (Join-at-the-door $35), public sale 9/25-28 Thur-Sat 10am-8pm Sun 10am-6pm FREE adm Festival Pavilion www. friendssfpl.org (415) 626-7500

   以下、しばらく会場へ着きませんので読み飛ばしていただいてもけっこうです。いや、古本市のレポートのみを読みたい方は以下は読まないで次の記事をごらんください。

   ――モーリちゃんの父は当然無料のバスを使ってアルバニからサンフランシスコまで海を渡って行くことを考えた。サンフランシスコ市内のトランスペイターミナルというところまで超高速の15分で行く L という路線は平日の早朝と夜、つまり往きと還りの通勤時間帯しか走っていないことは知っていたが、AC Transit からもらった地図を見ると 5:20am-9:10am と書かれていた。何分に1本かわからないが、開場は10時なのだから、早く行ってもしょうがないし、と思っていると8時40分ぐらいに下をL が走っていった。最後でいいや、と、それでも早めに降りて、いちばん近いバス停に歩いて行くと、L の板が "No Local Rider" と書かれて空欄になっている。あ、やっぱここは停まらんのね。7月にモーリちゃんを朝小学校へ送っていったときにスーツを着た青年が毎朝待っていたソラノ通りとピアスがぶつかるあたりのバス停が頭に浮かんだが、たぶんイースト・パシフィック・モールは停まるだろう、と反対方向へ歩いた。

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  なんだか人があまり歩かないせいなのか、そもそも歩く人の道を大事にしないのか、背の高い草を蹴りながら歩くのだった(人が歩かないということはない。現にモーリちゃんが最初のバス停ですれ違いかけた(かけたのはタバコをくわえたので、嫌がられるかと車道へ出た)若い女性はこの道をずーっとむこうへ歩いていった)。

  中華モール前のバス停にL の時刻表はあったが、8:44am が最終だった(早!)。一度家に戻ろうか、どうしようか悩んだが、戻ったらもう出たくなくなるかもしれないと思い、サンパブロ通りの800 番に乗っていくことを考えた。遅いかもしれないが、走っていればヴァンネス通りまで連れて行ってくれるはず。しかしピートコーヒーの前のバス停で時刻表を見ると、朝の5時が最終だった(早!)。土曜日は6時、日曜日は8時まで走っているのはわかったけれど。

   家に戻ろうか、どうしようか悩んだが、戻ったらもう出たくなくなるかもしれないと思い、BART で往きは行くことにした。電車に乗ったときにはもう9時半近かった。窓際に座り、New York Times 日曜版以上に愛読紙になっているBerkeley Daily Planet の最後の面のヘンな鳥の話*を読んでいて、ふと目をあげると後ろ向きに電車が走っていた。座席が北を向いて南へ下っていたのだった。ちょうどマッカーサー駅を出るところだったのだが、入るところだと思ったせいもあって、時間を遡行している不思議な感覚がした。夢でよくあるように、瞬間にパノラマ的に過去の時間がフラッシュバックした。

*Joe Eaton, "Green Neighbors: In Praise of the Black Phoebe"

  そのあと何度か地図(パウエルのケーブルの発着地点の売店でわざわざ買った詳細な路線図April 10 スーツとやかんとテレビ)を見て、Market Street から30番のバスに乗っていけばMarina まで行けることを何度も確認した。見ればMarina というのはモーリちゃんたちが4月6日にサンフランシスコに到着して最初に数日泊まったMarina Inn がある地域である(興味がある人(→それは自分だ! )は「April 6 到着 arrival」を参照。でもこの記事のリンクの「サンフランシスコの地図」はでかくて便利ですよ)。

  Montgomery Station で降りて、マーケット通りをくだる。

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Berkeley にも高いビルはある(Albany にはない)が、やっぱりサンフランシスコの街はでかい、それなりに、と思う。

  30番のバスは、上り(というのか?)は3rd Street から Kearny を2ブロックあがっていって、 Sutter で左折して2ブロック、そのあとStockton Street をずっと10ブロックくらい北上、斜めに走るColumbusに入ってNorth Point まで行き、西方向へ左折して4ブロック、そのあとVanness Avenue とぶつかってから今度は南下して3ブロック、さらに方向で言うと右折して(つまりまた西方向へ折れ)Chestnut Street を12ブロックくらい進みまた北上して□にまわって元来た道をたどって、でも今度はColumbusのあとはStocktonをひたすら南下してMarket を突き抜けるという路線だす(どこまで伝わっているやら不安……文体の問題だろか)。アメリカ最大ともいわれる(『地球の歩き方』 p. 91)サンフランシスコのチャイナタウン〔「桑港のチャイナタウン」♪〕のは、南はSutter のひとつ上のBush から北はBroadway、東はKearny、西はStockton でメインストリートは Grant Avenue かもしらんが、Grant のひとつ西を並行して走っているStockton は商店がたくさん並んでいるショッピングストリートです。

  それで、バスに乗ったのはマーケットを少しだけMission Street のほうへくだったところなのですが、運転手も含めてほとんどが中国人・中国系の人々でいっぱいなのでした。それがClay Street の手前で半分が降りた。Washington Street を横切り、Broadway の手前の広東市場という看板があるあたりでほとんどが降りた。そこでは1メートルぐらいの長さがあるだろう豚肉(の切り身)を背負ってアーケードを歩いて行く人の姿が見えた。10時35分、Columbus に入ったときには乗客は11人に減り、中国人は2、3人に減っていた(最初は満員バスだったのです)。だいぶ暑くなっていたのだが、そのとき乗ってきた女性が手で通気孔を開けて小さい窓も開けた。かっこいいなあ、と思った。

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この頭の人。天井の通気孔には "DUAL PURPOSE SAFETY VENT" と書かれている。こういうアクションがなければふだん目がとまらない場所だ。クール。

  その後バスはヴァンネスをチェスナットまで少しくだっていく。懐かしい気分になる。ホテルMarina Inn は南北に走るOctavia と Chestnut が交差する地点を少し南のLombard のほうへ歩いたところで、よくチェスナット通りも歩いたから。目指す会場は Octavia の2ブロック西のBuchanan と、Chesutnutの数ブロック北のMarina Boulevard の交差する地点のようなのだが、Buchananの途中に George R. Moscon というレクリエーション・センターの敷地があるので、手前のLaguna (Octavia の一つ先)で降りる。

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田舎ではあまり目にしない気がする大胆な広告のバス。28番。

  少年たちがサッカーや野球をやっている芝生をぐるっとまわって、ブキャナンに出て、さらに北へ。4月の最初のころにフィッシャーマンズワーフのほうまでホテルから歩いて行って帰りに誤って行きすぎて通った見覚えのある建物がある。

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マリーナブールバードに出る。横断歩道の向こうに "Book Sale" の掲示が見える。実はあとからわかったのだが、右手奥の建物が Fort Mason Center の一部なのだった。しかし・・・・・・

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入口は左手、とモーリちゃんの父は読んだ、すなおに。

そして・・・・・・

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自転車の女性に先導されるようにして左へ進んだ。このヘルメットは後頭部をだいぶ保護してるタイプですね。しかし、今見ると右の建物、Fort Mason Center と名前が書いてあるがな。

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おお、金門橋よ。ってここはどこ?

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引き返し、さきほどの看板のところに立ち、キョロキョロ四方を眺めたあとで、 もとの方向からいうと、右折した。そして2ブロック分くらい進んでいくと、ようやく看板が見えた。

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さらにずっと歩いて行くと、汚い年季モノの看板があった。 右側のはモーリちゃんの父が邪魔だといって蹴り倒したわけではない。

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さらに進むとまた別のシンプルな看板があった。

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なかなか建物は近づかないのだった。しかし、この線路の跡というか線路はなんなのでしょう。上に路肩が乗っかっているから切れていると思うのですが。

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左折して、ようやく目指す建物が見えた。

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本の多くは寄付なのだそうだ(アルバムには「7割くらい」と自分で書いたのだが、根拠はどこにあったか思い出せない。勝手に書いてはいないので、どこかで読んだのだと思う)。

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青い空

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国旗がはためく

つづく・・・

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つづき・・・frog_next.gif

 


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