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November 6, 25 スートロのメイポール――ルネサンス・フェアをめぐって(下の2) Maypole Dance at the Sutro Baths (1897): Renaissance Fair (7) [San Francisco]

November 6 (Thursday)

   夕方6時半ぐらいに、5チャンネル(CBSだけれど、KPIX TV というサンフランシスコの放送局)を見ていたら、スートロ・バスというサンフランシスコの西にあった娯楽施設(最初「スートラの風呂」に聞こえて、なんか怪しげな遊興かと思ったら、いまふうにいえばプール複合施設ですね)盛衰を語っていた。往時の姿を知るモノシリのおじさんが年下のアナウンサーと語りながらカメラクルーと同行して跡地をまわり、また、現在も観光地となっている近隣の様子も映していた。そのときに、SUDOKUのプリントアウトした紙の余白にボールペンで書き込んだメモを見ると、、"Eye on the Bay" ――1896 March――SUTRO BATHS――May Day Celebrations――lure of ruins in general――1965 close announced――1966 June 焼失。なんのこっちゃ(笑)。

SutroBathsandCliffHouse.jpg

Sutro Baths and the Cliff House via Wikipedia Commons <http://en.wikipedia.org/wiki/Image:SutroBathsandCliffHouse.jpg>

   例によって、訪れた人のブログを参照させていただきます。昨年11月23日に訪問した『トモエルさんの旅行ブログ』 の「サンフラへお出かけ-5 (クリフハウス) 」(2007.12.1) は、写真アルバムとともに、初代のクリフハウスは1863年だったこと、また、近所の Seal Rock はむかしはあふれるほどアザラシがいたけれど、いまはフィッシャーマンズワーフのピア39 に移っちゃったことなども語られています。そして、2006年3月に訪れた、『ROOM705』さんの「サンフランシスコおでかけ~スートロ・ディストリクト(Sutro district&Sutro bath)」(2006.3.19) 。「サンフランシスコの西の端の海は太平洋でそれは綺麗なものです。ここにはocean beach、sutro park、sutro bath、seal rock、cliff houseなど見所があります。日本のガイドブックにはあまり載っていないようですが、日本人以外の観光客は多く訪れているようです。」とのことです。やっぱりアザラシは最近はピア39に現われるそうでw。あと「トイレなどなし」だそうです(店にはあるのでしょうが)。

November 25 (Tuesday)

   その後まなんだ知識をなるたけ簡潔に書きます。と書きながらちょっと関係ないところからはじめると(w)、KPIXというのはMount Sutro (とツインピークスのあいだぐらいの丘)に立つSutro Tower から放送を発信しているのだけれど、もともとMount Parnassus といったこの山は、24代目のサンフランシスコ市長の Adolph Sutro を記念して改名されたもの。高さ909ft、約277mというから、すぐそばにある有名な、でも有名なテレビドラマとは無関係だが、Twin Peaks に並ぶ高さをもっている(細かい話だが、英語版のWikipedia の"Twin Peaks" は標高922ft としているが、北が904 ft. (275.5 m)南が910 ft. (277.5 m) みたい)。ただ、山はカリフォルニア州立大学サンフランシスコ校の土地ということもあり、かつ仮に頂上に登ったとしても景色は見えず、観光地とはなっていませんでしたが、それは、Sutro さんが山一帯をどんと大学へ寄贈したからなのでした(2004年に頂上の景観を整える "landscaping" が行なわれたみたい)。

   いちばん高いMount Davidson も含めて7つの高い山(丘)は "Seven Hills of San Francisco" と呼ばれます。"Seven Hills" というのはあちこちにある(Cf. "Seven Hills" - Wikipedia; "List of cities claimed to be built on seven hills" - Wikipedia) けれど、やっぱりローマの 「七つの丘」をなぞっているのだと思われます。Mount Sutro の前のパルナッサスはもちろんギリシアのほうで、文芸や学芸の連想が強いから、このへんの土地一帯を寄付したSutro さんの思いがあるのかもしれない。よくはわからない。が何がいいたいかというと、「丘のうえの町」というのはキリスト教的な理念としてもあるけれど、ギリシア・ローマの古典世界を幻視しかねないということです。もっとも既に17世紀植民地時代アメリカのキリスト教神学者Cotton Mather にしてから、旧約と新約の照応を説くタイポロジー(typology 予型論)に重ねて、古典古代とアメリカの現代のタイポロジカルな照応を論じるレトリックを発揮しているわけですけれど。もうひとつ何がいいたいかというと、メイポール、五月祭の話に即していえば、キリスト教と異教の古代がダブって、あるいは混淆して存在してきたというのが事実なのだと思われ。

  さて、Adolph Sutro (1830 - 98) はプルシア生まれで、技師としての教育を受けて、1850年にやっぱりゴールドラッシュの波に乗ってきたようのですが、やがてネヴァダ州で発見された銀鉱 Comstock Lode の水抜き、ガス抜きの事業に、カリフォルニアバンクからの資金を得てSutro Tunnel Company を設立してあたり、300万ドルを稼ぎます。さらに1879年にトンネルを売ってサンフランシスコに戻ってからは不動産事業を展開、さらに自分の土地に水族館などの施設をつくり人々に公開しはじめる。民衆の支持を得て、対抗する鉄道事業系(いわゆる タコ "octpus" と呼ばれた鉄道産業がたいへん力を持っていた時代です。SFだとSouthern Pacific Railroad の候補をおさえ、1895年1月から1897年まで2年間、サンフランシスコの市長も勤めます。市長になる前ぐらいと推定されますが、サンフランシスコの土地の12分の1を所有していたようです〔"California State Library - Adolph Sutro"〕。Sutro Baths については、1888年の計画発表以来、何度か建築の失敗や試行錯誤ののち、1896年にクリフハウスを建築すると同時に、六つ(その後7面)の巨大プール(海水と真水とあれこれヴァラエティーがあったよう)、コンサートホール、博物館などを複合した施設を完成します。サンフランシスコ市民はとくに日曜日に詰めかけてたいへん賑わうことになります(1897年のパンフを見ると毎日営業、朝7時から夜11時までオープン、だったようですけど)。入場料は安く、またここへ来るための鉄道を敷設したのですが、その鉄道も人気だったみたい。

Sutro_Tunnels.jpg

ネヴァダのスートロ・トンネルのトロッコ 

Sutro (Lyon County) Nevada: The Entrance to the Sutro Tunnel in the Late 1800's via Wikipedia Commons <http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Sutro_Tunnel.jpg>  

  市長としては、政治的能力を実はあまり認められなかったようです(つうか能力がなかったようです)。1898年8月、68歳で逝去。莫大な遺産と土地所有だったのですが、Sutro が寄贈・遺贈したものも多く、法律的に錯綜・混乱していたようで、遺族は係争することになります。あとはテレビ番組の記憶で書きますが、死後も、Sutro の蒐集したモノをいれた博物館とともにSutro Baths の施設は存続しましたが、1906年のサンフランシスコ大地震で一度崩壊します。子供は売ろうとするけれど(1912年に$687,000、1919年には$410,000)、結局孫のAdolph G. Sutro が再建してトロピカルな装いに変える(ハワイアンじゃなくて密林系だったみたい)。さらにアイススケートやダンス、ピンポン、バスケットなどの施設を導入して冬の時代をすごします。1952年、経営不振から、孫のアドルフは、既に"Cliff House" と "Playland at the Beach" のオーナーであったGeorge Whitney に$250,000で売却。ホイットニーはプール施設を存続させることができずスケートリンクに転換。(モーリちゃんの父がテレビで聞いた話が正しければ、第二次大戦後に伝染病がはやって、Sutro Baths が閉鎖されるがスケートリンクとして存続する、というような話でした。)しかしまもなく不審な火事が起こって、Sutro Baths の施設は廃墟となります(Whitney の関係者が放火したのではないかとかいろいろ風説がとんだみたい)。開発の話がもちあがったこともあったようですが、1980年にNational Park Service が500万ドルで土地を購入して、Golden Gate National Recreation Area の一部にして今日に至っています。

   ごく初期のトマス・エジソンのサイレントの "short" 映画で "Sutro Baths" と題したのがあるようで、さがしていたのですが、一部は次のページの冒頭に、そして中途くらいにある(上から15, 6個めぐらいの項目で、No. 11)動画みたい―― "Sutro Baths" 〔Cliff House Project〕 <http://www.cliffhouseproject.com/environs/sutrobaths/sutro_baths.htm>。大きな写真やポスターなどがたくさんあって、楽しいだけでなく、いちばん全体像(少なくとも過去の像)がわかるかもしれないページです。*

  この動画は1897年というから、オープンの翌年ですね。

  忘れていました。テレビでは、解説のおじさんが、「初期にはMay Day Celebrations をこのなかでやったりしたんだ」とかなんとか言ったのです。それで、探しに探して、ようやく "sutro walkthrough small IV. swf" というスライドショー(なんとかフラッシュとかいうタイプの)のなかに見つかりました。

SutroBaths_MaypoleDance(1897)GeorgeWhitneyJr.Collection.JPG

  これはプールの2面をおおってステージを作り、観衆およそ9000人が入った、1897年のメイポール・ダンスの様子です。サンフランシスコの小学校の女子児童が白い服を着て演じています。2本立てちゃうところが・・・・・・やれやれ、ですがw、中央奥の高御座にお伴を従えて鎮座しているように見えるおかたは誰なのでしょうか。

   ところで、タイトルをストローのメイポールと読んでくださったかたはいるでしょうか。  

* 〔カリフォルニア時間26日午前4時40分(そねクジが日本時間9時からかと思って起きだした)追記〕  冒頭の7分のビデオは解説ドキュメンタリーでした。でもこれの1:43ぐらいからエディソンの "Train to Sutro Baths" という1902 年のショートが挿入されていて、上に書いた線路が映されています(3:20くらいからは1897年の"Sutro Baths" もマリンバのBGMつきでちょっと挿入)。その直前のナレーションは、男女同じ水着を着ることになっておりジェンダーの違いは問題とならずになんたら、とか言っていますね。水着は自前ではなくて、ここの提供するのを着ることになっており、男のも前ダレというかフリフリがついていた、というような(20世紀前半の)回想をどこかのページで読みましたけれど、そうか、ジェンダーフリー問題ですか。・・・・・・と冒頭のビデオを初めて見ながら灰色に色を変えて書き足して、アッと思い、注にせねばならんと思ったのは、4:48秒から、帽子をかぶったスカートの女の子と羽根をつけた妖精(女の子ですw)がふたりで踊っている映像があり、それもまた、"Thomas A. Edison 1897 / Sutro Baths" とクレジットされていました。おそらく、この白い女の子たちの映像(Sutro Baths No. 1 ではなくて、つづくもの)も、1897年のメイデーの祝祭の様子なのだと考えられます。ここまでくるとルネサンスフェアは目の前ですね(笑)。YouTube に公開されており、"high quality" に切り替えられるし画面が大きいので、わかりやすいようにはりつけときます。――

"Sutro Baths" (7:03) posted by "blueraised" on June 16, 2008

サンフランシスコの Academy of Art University 〔大学のHP: Academy of Art University: Built by Artists for Artists〕の Juli Lopez さんが今年5月に制作したミニドキュメンタリーです。

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reference urls:

CBS5-KPIX TV (HP: CBS5 - San Francisco Bay Area's source for news, weather, traffic and sports <http://cbs5.com/>)

"SUTRO LIBRARY" California State Libarary - Collections <http://www.library.ca.gov/collections/#sutro> 〔Sutro が蒐集した稀覯書のうち、1906年のサンフランシスコ大地震のときの火事で焼失しなかった分

"Sutro Baths - San Francisco - 1912" The Virtual Museum of the City of San Francisco  "'Pacific Service' Supplies the World's Largest Baths" <http://www.sfmuseum.net/hist2/baths.html> 〔ガス電気会社PG&E の専門家が P. G. & E Magazine (September 1912) というたぶん広報誌で語った工法的というか構造的あれこれ〕

"Adolph Sutro 1830-1898" <http://www.sfmuseum.net/sutro/bio.html > 〔上と同じヴァーチャルなんたらの伝記ページだが、Eugenia Kellog Holmes という女性による初期の小伝(Sutro が市長になるのを記念して出版された小冊子) Adolph Sutro: A Brief History of a Brilliant Life (1895) をイラスト付きでおさめる〕

"Sutro Baths - Western Neighborhoods Project - San Francisco History" <http://www.outsidelands.org/sutro_baths.php> 〔1897年のチラシ(プログラム)や、火災の写真など、資料がある。もっともプログラムは別のページにもあり <http://www.outsidelands.org/baths_program.php>〕

"Sutro Baths - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Sutro_Baths>

"Cliff House, San Francisco, California - VR Panoramas"  Virtual Guidebook to San Francisco, Don Bain's Virtual Guidebooks <http://virtualguidebooks.com/CentralCalif/SanFrancisco/CliffHouse/CliffHouse_TOC.html > 〔奇妙に古風な感じのする、360度写真アルバム。ポストペットをつまむみたいな感じでくるくるまわります。おお、でもポインターを最初に真ん中近くに置いてから端にドラッグして回すとすごい目が回る回転速度♪〕

"Cliff House - Wikipedia" <https://secure.wikimedia.org/wikipedia/en/wiki/Cliff_House> 〔クリフハウスの歴史と地理〕


付記 ついつい長々と書いてしまったのは、Mount Sutro というのは、4月にサンフランシスコに到着して2日目、居住場所を探して最初に訪れたアパートがあったのがこの山の麓で、もしかするとモーリちゃんは同じくこの山の反対側の麓のクラレンドン小学校に通っていたかもしれなかったのでした。4月7日、くるくると山の周囲をまわったのも懐かしく。


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花乃子

ご訪問&niceありがとうございました。
アイコン、変わったんですね~。
すごくかわいいですね(^-^*)
by 花乃子 (2008-11-27 22:05) 

morichan

花乃子様
こんばんは。
あ、ははは。くるくるころころと、こころのままに。
by morichan (2008-11-27 22:35) 

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