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January 2-3 ゴシック小説と合理主義(その2)――擬似科学をめぐって(6)  On Pseudosciences (6) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 02, 2009 (Friday)
January 03, 2009 (Saturday)

  (「January 1-2 ゴシック小説と合理主義(その1)――擬似科学をめぐって(5)  On Pseudosciences (5)」のつづきです)

Ringe,AmericanGothic(1982).jpg

   かつては添え物的にゴシック小説史に添えられていたアメリカ文学におけるゴシックの伝統をはじめて通史的に論じたデイヴィッド・リンジ David Ringe の『アメリカのゴシック――19世紀小説における想像力と理性』 American Gothic: Imagination and Reason in Nineteenth-Century Fiction (University of Kentucky Press, 1982) 〔邦訳 小宮照夫ほか、松柏社、2005年〕は、総論のあと18世紀末におけるゴシック(というのは「アメリカ文学の父」チャールズ・ブロックデン・ブラウンが一連のゴシック小説を書いたときの文学状況を示しているのですが)を、合理と非合理の二種に大別し(それぞれをさらに二分して代表的な作家を指摘し)ましたが、彼の文章を勝手に図式化すればこうなると思います。

rational&irrationalGothic_.jpg

  該当する作家名にあがっているのは、18世紀イギリスのアン・ラドクリフ、ホレス・ウォルポール、クララ・リーヴ、マシュー・ルイスといった代表的作家と、あと "rational" つまり、超自然と思われたことが合理的に説明して解決するタイプのふたつめに「ドイツ作家たち」という、英国をはずれた一団があがっています。その「社会的」というのは端的には秘密結社のような、人々に不安と恐怖を与える存在が外在化しているものを取り入れることを指します。これはイギリスで生まれたゴシックが大陸に渡り、折からの秘密結社的な革命思想の流行のなかでドイツを中心に書かれたゴシックの特徴だとリンジは言います。ブラウンの『ウィーランド』はこの四つにまたがって話が展開し、しかし最終章(=外枠)では心理的で合理的な解釈に収斂していると考えられるでしょう。

  一般的なゴシックの区分は説明型(the explained gothic)と 超自然型(the supernatural gothic)であり、それぞれ上の二区分に対応すると考えられますが、G・R・トンプソン G. R. Thompson が論文「ワシントン・アーヴィングとアメリカのゴースト・ストーリー」(ハワード・カー他編『憑かれた塵――アメリカの超自然小説、1820―1920』 Howard Kerr et al., ed, The Haunted Dusk: American Supernatural Fiction, 1820-1920 (1983)所収)でイギリスに先行してアメリカに特徴的なスタイルとして強調したように、中間に暖味型(the ambiguous)という少数派があります。そしてこれはトドロフのいう「幻想」に重なるところがある。トドロフの概念とあわせて図式化すればこうなるでしょう。

  the explained gothic 〔説明型〕――the uncanny 〔怪奇〕

  the ambiguous gothic 〔曖昧型〕――――the fantastic 〔幻想〕

  the supernatural gothic 〔超自然型〕――――the marvelous 〔驚異〕

  

  まあ、幻想をあいだに入れたところで、少なくとも数の上では説明型=合理派の優位は変わらず、大衆小説のジャンルとして今日にまで至るゴシックの中心的流れを作ったのは、幽霊現象について懐疑的だったイギリスのアン・ラドクリフで、作中超自然的と思われた事象・神秘・謎は最後に日常的な説明によってヴェールを剥がれます。この偽の超自然主義は、pseudo- という言葉は使わないで(w) 「まがい超自然主義 mock supernaturalism」という呼ばれ方をするようですが、推理小説も含めミステリー属の文学ジャンルの多数派の態度となっています。アメリカのゴシックについての通説は、ひとことで言えば、“psychological"な深み、つまり(罪や恐怖をめぐる)心理的洞察の深さというものです。推理小説についてちょっとだけ書いておくと、ゴシックと推理小説の関連というのはかねてあれこれ言われることですが、ゴシックが持っていた神秘主義の底流みたいな要素を捨てることで出てくるので、後期にならないと出てこないのではないかと思われ(まあ、detective fiction 探偵小説という英語にこだわって、detective が存在しなければ、つまり警察組織が存在しなければ、探偵小説は存在しないのであり、1830年代になって探偵小説はおこるのだ、というようなハワード・ヘイクラフトのようなミモフタもない、というか問答無用の理屈もありえますが)。

  ラブキンの『幻想と文学』を援用してジャンル分岐という問題からゴシックをもう少し考察しておくと、第一に、科学的な合理化ゴシックが1818年の『フランケンシュタイン』に始まり、アメリカではホーソーンの描くエイルマーやラパッチーニなどのマッド・サイエンティストを経て現代のSFに続いていく。科学を肯定しない『フランケンシュタイン』がSFかどうかというのが問題なのではなくて、ラブキンが言うように超自然に科学を注入する幻想的逆転そのもののために超自然が科学と絶縁することが回避されるのである、ということになります(ちょっと理屈がむつかしいかも)。第二に、(ラブキンによれば)同じ1818年にジェーン・オーステインが『ノーサンガー・アビー』によって諷刺化ゴシックという支流ジャンルを生んだ、ということです(Eric S. Rabkin,The Fantastic in Literature (Princeton UP,1976)[若島正訳『幻想と文学』東京創元社、1989年]、第5章「幻想と文学史」を参照)。ゴシックの美学背景から言えば、恐怖に関わるものを源泉とするエドマンド・パークのサブライムの美学から、遊び、異質なものの混交などを特徴とするピクチヤレスクの美学への重点の移行があったわけだが、暖昧なゴシックはピクチャレスクな遊びと関わっている。ポーやホーソーンやメルヴィルたちの先輩作家にあたるアーヴィングもブラウンもピクチャレスク趣味があったひとです。

  一方でブラウン的な心理的洞察を特徴とするマジメなゴシックを受け継ぎ、もう一方でアーヴィングのような遊びを含んだ「語り」のゴシックの伝統を受け継いだポーは、さまざまな振幅のゴシックを書きました。だが、ひとつの問題はこのような分類がトドロフのような構造主義的分析には適合するものの、テクストの表層しか扱い得ないのではないかという疑問です。プレンティス・ホール社の20世紀批評論集の一冊に「オカルトの文学」を編んだピーター・メッセントは、序論でオカルト小説をゴシックの伝統につなげるとともに、トドロフの幻想理論になぞらえて論じました。簡単に言えば、日常世界に合理的説明が不能な(超自然的な)事物・事態が侵入してきたときのショック、スリルをメッセントはオカルト文学の本質と考える。ポーの「アッシャー家の没落」についてトドロフは(その後のG・R・トンプソンと同様)「怪奇」に分類し、メッセントは「幻想」の要素もあるように記述するという相違はあるものの、作品テキストに解読される「錬金術」は問題にされない。つまり、オカルトを単に超自然と同一視することは狭い理解しか認めないでしょう。

  「アッシャー」という有名な作品については、平石貴樹のサラシナ・ニッキものの推理小説『誰もがポオを愛していた』の巻末にS・W(S. W. だったかしら)による合理的解釈が載っていますが、それはポーの推理小説には属さない(といったって当時推理小説なるジャンルは未成立だったと思うのですが、それでもポーがデュパンもので、超自然などない、という態度を再三示しているのは確かです)この短篇を、医師の犯罪、それから爆発は地下の火薬庫への引火、というような「合理」で説明しようとしたパスティーシュだったと記憶しています。トンプソンも、このふつうは超自然小説と考えられているアッシャーに対して、合理的・心理的な解釈を優位に立てます。語り手の信頼性をめぐる議論となっているのですが、別の研究者のパトリック・クインとのあいだで異議申し立て、反論、再反論を繰り広げました。(*)  トンプソンは、 "nor was there any flashing forth of the lightning" (マボット版全集2巻412ページ)という語り手の言明をパトリック・クインが指摘したのにもめげず、同じ語り手の言う「電気的現象」 (413) を根拠にして、鉄と銅という通電性の高い金属の強調は、館を囲む雷雲から、かつて「火薬あるいは可燃性の高い (highly conbustible) 物質の貯蔵所」(410) だった地下室に電気が流れて爆発を起こすことの暗示だと主張します("Poe and the Paradox of Terror," 334-36)。
(*) Patrick F. Quinn, "A Misreading of Poe's 'The Fall of the House of Usher'"; G. R. Thompson, "Poe and the Paradox of Terror: Structures of Heightened Consciousness in 'The Fall of the House of Usher'"; Quinn, "'Usher' Again: Trust the Teller!" in G. R. Thompson and Virgil L. Lokke, eds., Ruined Eden of the Present: Hawthorne, Melville and Poe (1981), 303-12; 313-40; 341-53.    

  あれこれこういうことって、 ゴシックが中世ではなくて近代の産物であり、基本には合理主義があること(というより、そのように、つまり合理主義があるはずだと想定されていること)、そして、文学においてさえ、読者は合理主義的世界観を、それもたぶん自らの合理主義的(なり非合理的w)世界観を投影して読書行為を行ないがちであることを思わせるのでした。

  文学においてさえ、と書いたのは、第一に、ぶっちゃけ、文学はウソこいてもいいし、第二に、そもそも反現実的なものを文学は原理的にはらんでいるのだし、第三に、逆に文学作品に書かれたことが現実だと考える方がアブナイと思うからですが、科学の力はここまで及んでいるか、という感じです。

  むろん、ゴシック全盛期の19世紀においてさえ、ドナルド・リンジの研究書の副題が示唆するように、奔放な想像力が理性によって抑えられるという構図は、作家の想像力というだけでなくて、登場人物の想像力が、歪んだものであって理性で正されるとか、いうかたちであって、それはそのまま合理主義的世界観とつながっておるわけでしょうけど。

  上述の論文集『憑かれた塵――アメリカの超自然小説,1820~1920年』(1983)の編者のひとりがトンプソンなのですが、編者たちは、序文で、スピリチュアリズムと心霊現象から力動心理学を経て精神分析に至る歴史的道筋が、ワシントン・アーヴィングに始まる超自然の物語から"psychologism"を経て「精神分析的ロマンス」(フロイトが自らのレオナルド研究を指して用いた言葉)へと至る文学の変質と重なるものと見、その結果、無意識の「象徴」として用いられてきたオカルトは必要性を失ない、幽霊物語は「非物質化=非実体化」したと結論しています。

  この歴史的パースペクティヴは、ツヴェタン・トドロフがかつて1920年代以降の精神分析と超自然小説のサイコ・セクシャルな主題との関連を語った言葉と同じ考えです。――

今日、過度の性的欲望を語るのに悪魔に頼る必要はないし,死体によって引き起こされる魅力を言うのにヴァンパイアの助けを借りる必要はない。精神分析と、精神分析によって直接間接に霊感を得た文学は、こうした事柄を隠蔽しない言語で扱う。ファンタジー文学の主題は、文字どおり、過去50年の心理学的探求の主題そのものとなった。 〔Tzvetan Todorov, The Fantastic: A Structural Approach to Literary Genre, trans. Richard Howard (Ithaca: Cornell UP, 1975), 160-61〕

  だけど、ほんとに過去のものなのかな。精神分析も擬似科学化されたいま、もういっかい考えてみてもいいかなあと。

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「気分はLIGHT BLUE 読書雑記倉庫 は」 <http://kibunlb.fc2web.com/bookreview06.html#hiraishitakaki> 〔『誰もがポオを愛していた』などの読書記録〕

Dugald Stewart, Elements of the Philosophy of the Human Mind (1802) <http://www.archive.org/details/elementsphiloso01stewgoog> 〔"Scottish School of Common Sense" を広め、アメリカでもよく読まれた Dugald Stewart の著作のオックスフォード大学所蔵本のe-text〕

 


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