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January 3-4 ホメオパシーとスウェデンボルグ主義 (上)――擬似科学をめぐって(7)  On Pseudosciences (7) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 03, 2009 (Saturday)
January 04, 2009 (Sunday)

   日本語で同種療法、同毒療法などと訳されるホメオパシーについては、つい先走って「December 30-31 擬似科学と科学についての覚え書――擬似科学をめぐって(4)  On Pseudosciences (4)」で触れました。ウィキペディアの日本語もくわしげだし、医学だし、それだけですまそうかな、という思いもあったのでした。しかし、ウィキペディアの書いていないことをちょっと補っておくのもよいかな、と思いなおしました。それにしても、ホメオパシーで検索をかけると、冒頭に宣伝が載るのですね、ちょっとビビりました。つまり、いまの時代のバリバリの擬似科学であるということですね。日本語ウィキペディアの外部リンクに挙がっている「ホメオパシー - Skeptic's Wiki」というページは日英のウィキペディアへのリンクもついているし、批判的(懐疑的)で詳しいので代表して――<http://sp-file.qee.jp/cgi-bin/wiki/wiki.cgi?page=%A5%DB%A5%E1%A5%AA%A5%D1%A5%B7%A1%BC> 。それから、ホメオパシーをそのリストに加えている、ウィキペディアの「スピリチュアル・ヒーリング」も参照。

  ちょっと文学について書いたので、気が楽になったような気がします。自分の関心は現代(の現実)ではなくて歴史にあります。 

  アメリカではプトレマイオスの宇宙像がたとえばイェール大学では1717年まで教えられていました。占星術はハーヴァード大学のカリキュラムの一部として1731年まで教えられていました。植民地時代に放血 (bleeding) という医術を行なっていた外科医たちは、しばしば占星術に従って術の時間を設定したそうです。聖書についで広く用いられ売られたオールマナック(「年鑑」というような意味ですが、むしろ暦)には占星術的な記述のほかに、民間治療法、薬草の処方などが書かれていました。

  18世紀になるとヨーロッパから啓蒙思想がどっと入ってきますけれど、アメリカの民衆のあいだでは健康問題はできるかぎりは自分たちでなおす、というような考え方が強かったようです。それをあらわすものとして、18、19世紀当時の民間治療についての本があげられます。ウィリアム・バカン William Buchan の『家庭の医学 Domestic Medicine』 はスコットランドのエジンバラで初版が1769年に出た本ですが、アメリカでも広く利用されました。1816年に、ニューヘイヴンで再版がでたとき、タイトルは『誰もが自分の医者 Every Man His Own Doctor』というのでした。1826年には Anthony Benezet という、ペンシルヴェニア大学を出た医学者が、「とくに西部にすむ人のために考えられた」という『家庭の医者〔かかりつけの医者みたいな感じなのでしょうか〕 The Family Physician』を出版します。他にも『家庭向けアメリカの医学手引き The American Medical Guide for the Use of Families』 (1810) とか『アメリカの家庭の医者 The American Family Physician』 (1824) とか出ていたのですが、ベネットのあとにJ. C Gunn が書いた『家庭の医学――貧者の友 Domestic Medicine: Or Poor Man's Friend』 (1830) はさらによく読まれ、1870年までに100版を重ねることになります。1869年に出たGeorge Miller Beard による『われらが家庭の医者 Our Family Physician [The New Cyclopedia of Family Medicine: The Good Samaritan]』は、解剖学や生理学の基本について、簡単な外科手術について、一般的な疾病について、そして薬草の処方について記述があり、透視や占星術師や手相占いなどのウソは指摘していますが、ホメオパシーについては詳しいマニュアルをおさめているそうです〔Herbert Leventhal, In the Shadow of the Enlightenment: Occultism and Renaissance Science in Eighteenth-Century America (New York: New York University Press, 1976; C. B. Risse et al. ed., Medicine Without Doctors: Home Health Care in American History (New York: Science/History Publications, 1977); Eugene Taylor, Shadow Culture: Psychology and Spirituality in America (Washington, D.C.: Counterpoint, 1999 など参照〕

  で、こういうself-help の流れの中で、さまざまないわゆる代替治療が19世紀前半のアメリカで出てきます。なんのオルタナティヴだったかというと、当時の伝統的な医術に対するものでしたが、精神的な病気については、治療というよりも拘束や幽閉が一般的だった時代です。そしてまた、産業主義が一般化して、かつての農本主義がくずれ、不安定な社会と社会の不安が生じていった時代でした。こういう時代を背景として "mental healing movement" とか "mind-cure movement" とまとめて呼ばれるようなかたちで、いろいろな社会改良運動や(擬似)科学や(擬似)宗教運動がたかまったのが1830年代、40年代でした。

  19世紀アメリカのふたつの大衆的な医療法(いまふうにいうと代替医療ですか)として、サミュエル・トムソン Samuel Thomson, 1769-1843 のThom(p)sonianism と、シルヴェスター・グレアム Sylvester Graham, 1794-1851 の Grahamism があります。Thom(p)sonian System とかThom(p)son medicine とも呼ばれる前者の治療は、ハーブ(薬草)を使用するいわゆる自然療法で、当時欧米の主流の医者たちが水銀とか阿片とかアンチモンとか毒性の強い(しかも高価な)薬を使い、あるいは血をドバドバ抜くみたいな治療をしていたのに対して、体にやさしい(といっても嘔吐を催させたりとか、いろいろな効能のハーブを使うわけですけど)、比較的安価な(パテントを取って、各家庭に20ドルの使用料を求め、さらに薬草を買う人は買うわけですけど)治療として人気を博しました。1840年までに10万パテント売ったとされています。えーと、1820年のアメリカの人口が1000万くらいで、1840年は1700万くらいかしら。1840年の時点で最大の都市はニューヨークで人口30万人。2位以下5位までのボルティモア、ニューオーリンズ、フィラデルフィア、ボストンは10万とか9万でした(書きながら統計学的にこころもとないw いちおう「アメリカの領土と人口」(『アメリカ大陸地理情報館』)参照)。

Thomson'sPatent(1845).jpg
Thomson's Patent  トムソンの専売特許証

  グレアムのほうは、代替医療というより、むしろ医療を極力排して、清潔な空気、運動、純粋な食物といった考えを推し進めた人で、全粒小麦粉 (whole wheat flour)が一番で合成添加物を入れるのはもってのほか、と白いパンが田舎以外では主流になってきていた時代に黒パンの健康性を主張したり、菜食主義とか禁酒運動とか食餌法とか唱えます。イギリスに続く1850年のアメリカ菜食主義協会 American Vegetarian Society の設立に力あったのですが、翌年亡くなってしまいます。全粒粉の唱道によって Graham breadGraham crackerGraham flour と名前を残しています。あとケロッグはグレアムを思想的に継いでコーンフレークをつくったのでした。(バークレーというかカリフォルニアを起点に流行ったオーガニックなんたらとかもグレアムにつながるものがあります。)

  グレアムは長老派の牧師でしたが、主著は『ヒューマンライフの科学についての講義 Lectures on the Science of Human Life』(Boston, 1839) だと考えられます。サミュエル・トムソンも医者ではありませんでした。1835年に『健康への新たな手引き――植物がかかりつけの医者に〔みたいな感じなのでしょうか〕 著者の半生と医学的発見についての物語を付す New Guide to Health; or Botanic Family Physician to Which Is Prefixed, A Narrative of the Life and Medical Discoveries of the Author』 (Boston, 1835) という本を書いています。

  さて、両者はハーブや全粒小麦粉みたいなかたちでも現在につながっているわけですけれど、ホメオパシーがのちに残したものとして、接種の普及とか、自然治癒力の重視(まあこれを極端に押し通すとクリスチャンサイエンスでときどき起こる事例になってしまいますが)とかあるのではないかと思われます。

  ただ、自分はホメオパシーを擁護しようとして書いているのではまったくないので、現代の問題はおいて、歴史的なところを少し補ってみたいと思います。 

  ホメオパシーが1790年代にドイツの医者で化学者だったサムエル・ハーネマン Samuel Hahnemann, 1755-1843 に唱えられたものだというのは知られたところです。ハーネマンが唱えたのは「類似性の法則」と「無限小の説」というふたつの考えです。類が類をなおす similia similibus curentur (like cures like) という前者がホメオパシーそれ自体の原理です。それを実践する際のレメディーとかいうものについての科学的な説明はウィキペディアの「ホメオパシー」のほうをお読みください。希釈の問題についてだけちょっと補っておくと、どうやらsubtle であるということが霊的なものに近づくというような考えをハーネマンはもっていたように思われます。 "[I]t is only by means of the spiritual influence of a morbid agent that our spiritual, vital power can be diseased, and in like manner, only by the spiritual operation of medicine can health be restored." 〔Samuel Hahnemann, The Organon of Homeopathic Medicine, 3rd ed., with improvements and additions from the last German edition, and Dr. C. Hering's Introduction (New York: William Radde, 1848) as quoted in Taylor, 102〕

   これはハーネマンの著作の英訳ですが、 "spiritual" の意味は、人間精神ではなくて「霊」的という意味のように思われます。思われますが、曖昧なような気も〈少なくとも「精神力」、「気力」くらいの曖昧さはあるような気も)します。「病の媒介の霊的な影響によってのみ、生命力は病むのであり、同様に、医療の霊的はたらきによってのみ健康は回復せられる」 なんだかこれだけだとよくわかりませんね。

  この曖昧さは自己治癒力というような考え方につながりうるような曖昧さです。

  さて、ハーネマンの弟子のハンス・バーチ・グラム Hans Birch Gram, 1786-1840 がアメリカに最初にホメオパシーを伝えたのが1825年ということになっています。グラムという人はデンマーク移民の2世で、ボストン生まれですが、母親の死後コペンハーゲンに渡り、そこで医学を学び、さらにハーネマンのホメオパシーを学びました。アメリカに戻ってニューヨークで開業医となるのですが、帰国後まもなく書簡のかたちでアメリカにおける最初のホメオパシーに関する著作を出します。もっともそれはハーネマンの論文の覚束ない(どうやら読むにたえない、というか理解不能な)翻訳で、 "The Characteristics of Homeopathia" というのでした。けれどもグラムのホメオパシーは少なくとも当初、かたよった、というか際立ったグループを介在して、受容されたようなのです。が、あれこれ読んでみると、二説あって、ひとつはスウェデンボルグ主義者たち、もうひとつはフリーメーソン。

  1844年4月という古くに創設された American Institute of Homeopathy という団体のホームページでは、グラムはフリーメーソンで、はじめの「改宗者」の何人かはフリーメーソンの医者だった、と書かれています。Eugene Taylor などはフリーメーソンには触れず、スウェデンボルグ主義者たちとのかかわりだけ書いています。まあ、両方とも真実だと仮定してもソゴは別にないのですが、ちょっと頭を冷やしてから続けることにします。

karakusa.jpg

 

William E. Kirtsos, "The Beginning of the American Institute of Homeopathy" <http://homeopathyusa.org/home/about-aih/our-heritage---our-future.html> 〔"American Institute of Homeopathy - Our Heritage - Our Future" アメリカ・ホメオパシー協会のページ〕

Wilman Wake, "Homeopathy and Swedenborgians" [DOC] HOMEOPATHY AND SWEDENBORGIANS html. version〔説教のノートのようです〕

"The Life and Letters of Dr Samuel Hahnemann" <http://www.homeoint.org/books4/bradford/bibliography.htm> 〔Homeopathic Bibliography. Philadelphia : Boericke & Tafel, 1892 の抜粋のようだが、ハーネマンの詳しい著作年譜

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