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January 8-9 横隔膜と頭と心についての覚え書(コトバの問題のつづき)・・・・・・でこちんと骨相学 (中篇の2)――擬似科学をめぐって(11)  On Pseudosciences (11) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 08, 2009 (Thursday)
January 09, 2009 (Friday)

     〔「January 8 コトバの問題とコトバだけじゃない問題・・・・・・でこちんと骨相学 (中篇)――擬似科学をめぐって(10)  On Pseudosciences (10)」につづいて骨相学 (phrenology) などの言葉の意味について考えてみます。〕

Phrenology-helmet.jpg
19世紀末にドイツでつくられた電気式骨相測定装置 via "Quack Medical Apparatus" <http://www.sparkmuseum.com/QUACK.HTM> in Spark Museum

   辞書は時代を、ちょっとのタイムラグで、反映しているという想定のもと、いくつかメモってみます。まず、『オックスフォード英語大辞典 Oxford English Dictionary』。 OED は、そもそも歴史原則にのっとって、歴史的記述をこそ眼目に置いたもので、辞典がつくられた時点ではなくてなるたけ履歴的な記述を心がけておるわけでしょうが、これの用例を見ると、たいへん豊かな情報を与えてますね。

  まず、"phrenology" の定義については、語源欄でギリシア語のこととかフランス語、ドイツ語のかたちを書き、文字どおりには "mental science" としたあと、こう書かれています。――

The scientific study or theory of the mental faculties (quots. 1815, 1881); spec. (and in ordinary use), the theory originated by Gall and Spurzheim, that the mental powers of the individual consist of separate faculties, each of which has its organ and location in a definite region of the surface of the brain, the size or development of which is commensurate with the development of the particular faculty; hence, the study of the external conformation of the cranium as an index to the development and position of these organs, and thus of the degree of development of the various faculties. (精神機能の科学的研究、理論(引用1815, 1881)。《特に、また通常の意味として》 個人の精神的能力は異なる機能から成り立ち、それぞれが脳の表面の一定の領域に器官と場所を占めており、そのサイズと発達は特定の機能の発達と比例するとする、ガルとシュプルツハイムに始まる理論。そこから、器官の発達と位置の指標としての頭蓋の外的形状について、またまたさまざまな機能の発達の度合いについての研究。)

  最後の "thus of the degree of development of the various faculties" の最初のof はどこにかかっているのか曖昧なのですけれど、study of と取りました(of 多すぎw)。

  引用1815年というのは、実はForster です。"1815 T. Forster (title pamph. in Pamphleteer V. 219), Sketch of the new Anatomy and Physiology of the Brain and Nervous System of Drs. Gall and Spurzheim, considered as comprehending a complete system of Phrenology.  Ibid. 222 The objection therefore falls to the ground, which accuses the new Phrenology of supporting the doctrine of Fatalism. [When reprinted in the same year, ‘Phrenology’ was altered to ‘Zoonomy’.] " 1815年の『パンフレッティア』の第5巻の219ページから始まるフォースターの小文のタイトルに 「フレノロジーの統一的学説を包含すると考えられるガル博士とシュプルツハイム博士の脳ならびに神経系の新しい解剖学と生理学についての小論」というかたちで入っているのと、222ページの本文にも出てくること、ただし同じ年にリプリントされたときには "Phrenology" は "Zoonomy" に変えられた、という情報です。これは前の記事で紹介した研究書にも書かれているのですけれど煩瑣になると思って書かなかったのですが、情報源はOEDなんですかね。それでも Nineteenth-Century Origins of Neuroscientific Concepts の著者たちはちゃんと原典にあたっていて、タイトルは「Zoonomy ゾウノミー」(これはphysiology (生理学) の意味の古い言葉のようです)に換えられているが、"phrenology" の語は88ページとか102ページで使われている、でも定義はない、とていねいに記しています(p. 428, note 47)。

  そして1881年の用例というのは(OED の用例のこれが最後なのですが)、"Smithsonian Inst. Rep." とあるので、スミソニアン協会 Smithonian Institution (1846年創立) の報告書と思われます。動物にも知的能力はあるけれども、人間にしかないものもあって、それは別個の研究を必要とする云々、と書かれたあとで、"To all these studies we have given the name of Comparative Psychology or Phrenology. " と書かれています。簡単に言うとpsychology の同義語です。もうちょっと言うと、psychology は本来はプシュケーの学で、プシュケーは同じギリシア語のプネウマ(霊)に対して「魂」ですけれど、英語でいうと spirit と soul の関係というのはたいへん曖昧なところがあるわけで、人間を構成するのは body and soul (だから「全身全霊で」という全人的な傾注は英語だと "body and soul" (でも身も心もという日本語もあります)というわけですが)とか、でも霊肉の相克(古っw)とかいうときは spirit and flesh であるとか、死後も残るのが soul だとか、要するに、人間の構成するものとして、主観的な自我、感情や思考の働きが soul なのか、それとも soul は個々の自我を超えたもの(霊的なものといってもいい)も含んでいるのかが、曖昧なわけです。

  モーリちゃんの父(自分)以外、誰も覚えていないと思いますけれど、10月に「October 18 コンフュージョン Confusion」というある意味しょーもない記事を書いたときに、「phreno というのはギリシア語で「ココロ mind」で、ココロのありかがどこにあるかという問題をはらんでいるので、いつか考えてみたい気がしてきた(なんで骨相学はphrenology なのか、とか)。」書きました。まあ、そこから最近の記事はつながっていたのか、と思い当っているのですけれど(爆)、ギリシア語のphren 自体本来は「横隔膜 diaphragm」の意味です(というかのちに横隔膜と呼ばれるあたりの体の部位を指す、というのが正しいのかもしらんが。科学的には)。しかし既に古代ギリシア語において「精神」を指す意味も生じているのは、つまり横隔膜のあたりに精神の座がある、と考えられたからにほかなりません。「心 heart」が「心臓 heart」にあると考えられたように、です(ほんとうはモノが先か、ココロが先かはちゃんと調べてみないとわからないですけど)。

  ウィキペディアの「骨相学」の記事は、語源的に「ギリシア語のφρήν(「心」意味する)に由来するphrēnと、同じくギリシア語のλόγος(「知識」を意味する)に由来するlogos(ロゴス)からなる語である」と書かれてるわけですが、少なくとも英語との歴史的な対応で判断する限り、mind であり、心というよりは頭、少なくとも「心的」だけでなく「知的」なところを含んでいると思われます。OED はphrenology を字義的には "mental science" としているわけですけれど、mental はメントレの「メン」であり、mind の形容詞、語源的にはラテン語の mens に由来します。mens は、モーリちゃんの父の知識では、少なくともイタリアルネサンスのころの人文主義者たちが書いたものでいうなら、霊的なものも含んでいる気配があります。

  もういまさらいうまでもなく、自分の文章は科学的な記述ではなくて憶測と想像が多いのですが、そのへんは覚え書ということでお許し願いたいのですけれど、敢えて言うなら「仮説」としては、ルネサンスに始まる人間中心主義、個人主義の流れの中で、(前に悪の原因としての悪魔とか悪霊みたいなことに触れましたけれど)、人間の知的な活動の源泉はどこにあるのか、ということもいずれ問題になることだったのではないか、と考えられます。典型的なのは芸術家と「インスピレーション」の問題で、たとえばエドガー・アラン・ポーは、霊感などというものはない、という姿勢を表明したうえで唯美主義、芸術至上主義的な立場を鮮明にするわけです。そういう時折りの霊の訪れだけでなく、知的な精神(まったくコトバに混乱するのですけれど、日本語の「精」も「神」も、いうまでもなく本来超越的、霊的、神的なものなわけですが)も神に起因していたのが、個人の内にのみ、原因が求められるようになっていくのではないか。

  辞書の話を続けて、ウェブスターというアメリカの辞書の記述を検討するつもりだったですが、頭が乱れてしまったようです。ちなみにphren に由来する英語で、横隔膜、フレノロジー以外に有名なのは frenzy (古くはf=ph)ですが、「逆上」「乱心」とか英和辞典には書かれていますね。頭じゃなくて心が乱れたのかしら。

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  OED には "phren" (フリーンという発音みたい)という見出し語もあって、その語源欄には、「近代ラテン語経由だけどもとはギリシア語で、フレネーは "midriff" 〔横隔膜〕、複数形のフレネスとなると "parts about the heart, breast; heart, mind, will" 〔心臓の周囲の部分、胸; 心、精神、意志〕」という主旨の説明がありますねー。そして定義の1は解剖学用語としてで、"The diaphragm; the upper part of the abdomen: anciently supposed to be the seat of the mind." 〔横隔膜; 腹部の上の部分――古くは精神 (mind) の座と考えられた〕という説明、定義の2は哲学用語としてで、"The seat of the intellect, feelings, and will; the mind." 〔知性、感情、意志の座; 精神 (mind)〕という説明です。

  ううむ。自分の知識としてもうひとつあるのは、英語だとbowel(s) つまり「腸」「ハラワタ」が情や勇気の宿る部分と古くは考えられていたということです。ガッツだぜ♪、というguts も関係あるのだと思いますが。常識的に考えれば、洋の東西を問わず、単一の部位ではなくて、内臓のさまざまな場所に「精神」的な働きが宿る場所があったのでしょうね。

  つらつら思うに、ガルの説というのは(19世紀に「科学」として成立したらしい)心理学よりとっくの先に人間の感情と意識と知性の働き(さらにmind 以外の機能もですが)を脳にすべて還元しちゃう方向をむいていたように見えるのですがまちがっているでしょうか。そこでは知と情すなわちヘッド対ハートというような、アメリカ文学でよく示されるような対立図式が、少なくともヒユのレベルでは壊されてしまっているのでしょうか。すでにして。

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  断章的になってきたので、ウェブスターはあらためて書くことにします(断腸の思いで、というのはウソですがw)。

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   OED の "phrenology" の項目だけでもカタをつけておこうと思います。用例の2つめは、"1817 Blackw. Mag. I. 367 The word Craniology is an invention of Spurzheim's enemies. It is not of the bone he treats, but of the manifestations of the mind as dependent on organization. Phrenology would be a more appropriate word. " というものです(「craniology 頭蓋学 はシュプルツハイムの敵の造語である。彼が扱うのは骨ではなく、人体組織に依存する精神のあらわれにこそある。フレノロジーがより適切なことばであろう」)。はい。これは前の記事で書いた、 "S. W." というイニシャルだけの誰かわからない人の記事です。Blackw. Mag. というのはスコットランドのエディンバラの Blackwood's Magazine のことで、後期のゴシック小説を載せたことで有名な雑誌ですね。これとつきあわせて考えると、"Observations" という欄のたぶん投稿記事だったと想像されます。用例の4つめは、"1819 G. Combe Ess. Phrenol. Introd., The real subject of the system is the Human Mind: I have therefore adopted the term ‘Phrenology’ ... as the most appropriate, and that which Dr. Spurzheim has for some years employed." (「学説の真の主題は<人間精神 Human Mind> である。だから私は「フレノロジー」の語を採用する・・・・・・最も適切な語としてであり、シュプルツハイム博士は何年も用いてきたものである」)  これまた前の記事で Nineteenth-Century Origins of Neuroscientific Concepts の記述に言及されていた、スコットランドのジョージ・クームの文章です。そして4つめはなんと・・・・・・エマソンです(w)。これは自分が前の記事で引用したのと同じ箇所です――"1841–4 Emerson Ess., Nature Wks. (Bohn) I. 228 Astronomy to the selfish becomes astrology;... and anatomy and physiology become phrenology and palmistry."。そして5つめは "1866 Brande & Cox Dict. Sc., etc. II. 896/1 By forcing the inductive method of enquiry into mental philosophy, phrenology has laid the foundations of a true mental science. " (「精神の哲学に帰納的な探究の方法を押し通したことによって、フレノロジーは真の精神科学の土台を築いた」)という文章。そして上に引いた1881年のスミソニアン協会の文章でOED 用例はおわりです。こう見ると、19世紀までのところでは、少なくともphrenology の語は必ずしも悪い意味合いで、あるいは非難されるものとして使われてはおらなかったように考えられます。おそらく、その後の「骨相学」の人種差別的な適用が、はじめに大英帝国の植民地政策において、そして同じイギリスで提唱される優生学、ドイツで提唱されナチズムにつながっていく人種衛生学(民族衛生)において、行なわれることによって、決定的に phrenology はイメージダウンしたのでしょうね。

     つづく。

TaylorIMMoePhrenologyM.jpg

via

"Chapter 15 - In the Minds of Men, Fifth Edition" <http://www.creationism.org/books/TaylorInMindsMen/TaylorIMMo15.htm> : "An illustration from Thomas Sewall's 1837 lectures on phrenology showing the use of the craniometer.  Originally intended for the determination of personality, its use was eventually confined to the measurement of intelligence and assessment of "racial characteristics".  (Academy of Medicine, Toronto)" (トマス・スーアルの1837年の講義録における頭蓋測定器を示すイラスト。もともと人格の測定の目的に向けられたものだったが、結局は知性の計測と「人種的特徴」の査定に使用は限定されることとなった。)

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