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January 22 ジョン・ボヴィー・ドッズの思想遍歴を考えるためのメモ・・・・・・メスメリズムとアメリカ (補足の2)――擬似科学をめぐって(20)  On Pseudosciences (20) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 22, 2009 (Thursday)

   ちょっと補足的な説明を断章的に書いておきます。のパート2。思ったより長くなったので、3番目のドッズだけの記事にします。

I.     フィニアス・パークハースト・クインビー Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66 のその後
II.    クインビーと
エディー夫人 Mary Baker Eddy, 1821-1910

III.  ジョン・ボヴィー・ドッズ John Bovee Dods, 1795-1872 における電気と磁気
IV.  ジョーゼフ・ブキャナン Joseph Buchanan, 1814-89 のサイコメトリー
V.   民間治療と心理学

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III.  ジョン・ボヴィー・ドッズ John Bovee Dods, 1795-1872 における電気と磁気

  実はこのドッズという人に個人的にはいたく興味をひかれています。Wikipedia に記事はなく、WEBで見つかる小伝としては "Virtual American Biographies" の記事があります。――

DODS, John Bovee, philosopher, born in New York City in 1795 ; died in Brooklyn, New York, 21 March 1872. His life was largely devoted to the study of mental philosophy. He published "Thirty Sermons" "Philosophy of Mesmerism" (New York, 1847) "Philosophy of Electrical Psychology" (1849) "Immortality Triumphant" (1852); and " Spirit Manifestations Examined and Explained" (1854). <http://famousamericans.net/johnboveedods/>

  「哲学者」でニューヨーク生まれ(ただしメイン州出身という記述を読んだことがあります。文献表をつくってわかったのですが、1829年まではメイン州でいわゆる巡回説教者 itinerant preacher をやっていたようです)、ニューヨークで死亡。「精神哲学 mental philosophy」の研究に生涯の大半をささげた。著書に『三十の説教』『メスメリズムの哲学』(ニューヨーク、1847年)、『電気的心理学〔精神学という感じなのかもしれませんが〕』(1849年)、『勝ち誇る不死性』(1852年)、『霊現象の検証と説明』(1854年)。

   『三十の説教』というのは、おそらく1840年に出版された本だと思います。ついでに目にとまった本とe-text のリストをつくっておきます(不備や誤記の可能性があります)――

A Sermon; Delivered in the Court-House, Bangor, Wednesday Evening, February 25, 1829.  Bangor, ME: Republican Office, 1829.

A Sermon Delivered in the Courthouse, Belfast: Sunday, May 3, 1829.  Belfast, ME: White and Rowe, 1829.

A Farewell Sermon; Delivered in the Brick Meeting House, Thomaston, Sunday, September 20, 1829.  Belfast, ME: Maine Farmer Press, 1829.

The Second Death Illustrated: A Sermon, Delivered before the First Universalist Society in Taunton, Mass. on Sunday, February 12, 1832.  Taunton: Edmund Anthony, 1832.

Twenty-four Short Sermons: On the Doctrine of Universal Salvation.  Boston: G. W.Bazin, 1832.
この版のE-text―― <http://www.archive.org/details/twentyfourshort01dodsgoog>

A Sermon, Delivered in the Episcopal Church, Gloucester, Virginia, Sunday, July 16, 1837, on the Funeral Occasion of the Wife, Mother and Child, of C. C. Morris.  Boston: Trumpet Office, 1837.

Thirty Short Sermons: On Various Important Subjects Both Doctrinal and Practical.  Boston: Whittemore, 1840.
この版のE-text―― <http://www.archive.org/details/thirtyshortsermo00dods>

The Building Sermon: A Discourse, Delivered at the Dedication of the Universalist Meeting House, in St. Stephen, New Brunswick, September 28, 1841.  Boston: J. N. Bang, 1842.

Six Lectures on the Philosophy of Mesmerism, Delivered in the Marlboro' Chapel, January 23-28, 1843.  『動物磁気説の哲学』 New York: William A. Hall, 1843.  Rpt.  New York: Fowler and Wells, 1848; as Six Lectures on the Philosophy of Mesmerism, Delivered in the Marlboro Chapel in Boston, Reported by a Hearer, 12th ed.  New York: Fowler and Wells, 1854; London: J. Burns, 1876. Library of Mesmerism and Psychology (1865) に収録、そのE-text <http://www.archive.org/details/librarymesmeris00haddgoog> あり。

The Philosophy of Electrical Psychology in a Course of Twelve Lectures. 『電気的心理学の哲学』 New York: Fowler and Wells, 1850.  Rpt.  London: James Burns, Progressive Library, 1876. Library of Mesmerism and Psychology (1865) に収録(そのE-text <http://www.archive.org/details/librarymesmeris00haddgoog>もあり)。
1853年刊行のファウラー&ウェルズ――例の骨相学の出版社です――版のE-text―― <http://www.archive.org/details/philosophyofelec00dodsuoft>

Eulogy on the Life, Character, Battles, and Death of Gen. Zachary Taylor, Twelfth President of the United States.  New York: H. Long, 1850.

[Dods, J. Stanley Grimes, H. G. Darling]  Electrical Psychology, or, The Electrical Philosophy of Mental Impressions: Including a New Philosophy of Sleep and of Consciousness from the Works of Rev. J. B. Dods and Prof. J. S. Grimes.  London: John J. Griffin; Glasgow: Bell and Bain, 1851.

Philosophy of Electro-Biology, or, Electrical Psychology: In a Course of Nine Lectures.  London: H. Baillere; Dublin: James M'Glashan, 1852.
この版――どうやらイギリスのファウラー社が印刷したようです――のE-text―― <http://www.archive.org/details/philosophyelect00stongoog>

Immortality Triumphant: The Existence of a God and Human Immortality Practically Considered and the Truth of Divine Revelation Substantiated.  New York: Folwer and Wells, 1852.

[Trans. G. W. Stone]  De electro-biologie; wetenschappelijk verklaard en hare geheimen ontsluijerd.  Amsterdam:Sybrandi, 1853. 〔デンマーク語訳〕

Spirit Manifestations Examined and Explained, Judge Edmonds Refuted, or, An Exposition of the Involuntary Powers and Instincts of the Human Mind.  New York: De Witt & Davenport, 1854.

[Dods and Gibson Smith]  The Gospel of Jesus.  South Shaftsbury: G. Smith; New York: S. T. Munson, 1858.

[Dods, William Fishbough, John B. Newman, Joseph W. Haddock]  Library of Mesmerism and Psychology.  New York: Fowler, 1865.  Rpt.  Library of Mesmerism and Psychology, in Two Volumes: Comprising Philosophy of Mesmerism, on Fascination, Electrical Psychology, the Macrocosm, Science of the Soul.  New York: Samuel R. Wells, 1874. 〔Dods の『動物磁気説の哲学』と『電気的心理学の哲学』を収録〕
1874年版のE-text―― <http://www.archive.org/details/librarymesmeris00haddgoog>

? [Dr. J. Bovee Dod's [sic] Imperial Remedy and Imperial Wine Bitters: For Safely, Speedily and Effectually Restoring the System to Health, and Preventing Disease: For Sale Here.  187-?]

? [Dr. J. Bovee Dods' Imperial Remedy and Family Physician: Vegetable - Safe - Reliable [...].  187-?]

The Philosophy of Mesmerism and Electrical Psychology: Comprised in Two Courses of Lectures (eighteen in Number), Complete in One Volume.  London: James Burns, Progressive Library, 1876.
この版の1886年の重刷版のE-text―― <http://www.archive.org/details/thirtyshortsermo00dods>   

  ドッズはUniversalist の牧師でした。そしてメスメリズムに関心をもった牧師の多くがUniversalist だったことにはちょっと驚かされます。Universalist というのは簡単にいうと "universal salvation" を信じる、ということです。「普遍的救済」というのは、カルヴィニズムの神学が「選ばれた者」のみの救済、つまりぶっちゃけていうと選ばれた人は神の国に入るが、地獄堕ちの呪われた人々もいる(かつ、それは運命づけられている=予定説)、という考えだったのに対して、万人が神の愛と慈悲によって最終的には救済されるとする考えだと思います。だと思いますが、日本語のウィキペディアの「普遍救済主義」という項目を探すと、こう書かれています。――

普遍救済主義(ふへんきゅうさいしゅぎ)とは、キリスト教の神学思想のひとつ。

普遍救済主義は、カルヴァン主義予定説(特定救済主義)の立場に立つバプテスト派の「paticular」に対し、アルミニウス主義の立場に立つバプテスト派の「general」を訳したものであり、アルミニウス主義の特徴である不特定の贖罪(キリストの贖罪は彼を意識的に拒む者をも含む全ての人のためである。もっとも信じない者まで救われるわけではないが、神の哀れみと恵みは予定されるものではない)の立場に立つことから普遍救済主義の立場とされる。しかし、彼らは神の条件的選び(神はあらかじめ誰がキリストを信じるか見ておられ、その予知に基づいて信じる者を天国へ選ぶことを決める)という立場に立っているので、これを万人救済主義(ユニバーサリズム)と混同してはならない。

カルヴァン主義の人たち(カルヴァン派の教会すなわち改革派教会)によるドルトレヒト会議においてはアルミニウス主義は異端とされ、その主張は公式に認められなかった。

   「general」を訳した、というのがよーわかりません。「万人救済主義(ユニバーサリズム)と混同してはならない」というのがさらにわからない。だとするとuniversal salvation を普遍(的)救済と訳してはならんのね、キリスト教神学的には?  ウィキペディアの 「万人救済主義」 〔英語の "Universal reconciliation" <http://en.wikipedia.org/wiki/Universal_reconciliation> の記事に対応しています〕はもう少し長い解説になっていて、いろいろと考えさせられるのですが、最初のところだけ引いておきます。――

万人救済主義(ユニバーサリズム、英語:Universal ReconciliationChristian Universalism)はキリスト教の非主流派思想のひとつ。これは、すべてが神のあわれみによって救済を受けるという教理、信仰である。すべての人が、結局は救済を経験するとし、イエス・キリストの苦しみと十字架が、すべての人を和解させ、罪の贖いを得させると断言する。これは、ユニテリアン・ユニヴァーサリズムとは異なっている。

万人救済主義は地獄の問題と密接に関係がある。救済に至る方法や状態に関して様々な信仰と見解があるけれども、すべての万人救済主義者は、究極的にすべての人の和解と救済に終わると結論する。

万人救済の教理、信仰についての論争は歴史的に活発に行われてきた。初期において万人救済主義の教理はさかんであった。しかし、キリスト教の成長にともない、それは廃れていった。今日の多くのキリスト教教派は万人救済主義を拒絶する。

  ハナシがあさっての方向へいかないように言いたいことはおさえておきますが、ひとつだけ書くと、地獄の問題というのがおもしろいです。地獄の存在こそがいわば信仰の要になるという逆説が・・・・・・。18,19世紀のアメリカにかかわる節も引いておきます。――

万人救済説の復活

宗教改革時代に万人救済説の和解の教理は復興した。エラスムスらがギリシャ教父に対して再び関心を持たせた。教父の著書が出版され、オリゲネスら初期の万人救済主義者が知られるようになった。宗教改革時代から啓蒙主義の時代は救いと地獄について活発に論争がなされた。

16世紀ドイツ人の神学者によって万人救済説が広がった。17世紀にはイギリスにも存在していた。ペンシルベニアのクエーカーは万人救済を受け入れ、この思想は18世紀アメリカの植民地にももたらされた。北米の万人救済主義は積極的、組織的であった。ジョナサン・エドワーズはこれを脅威と考え、万人救済主義の教えと主張者に反対し、ニューイングランドの正統的な会衆派牧師の立場から、多くの著書を書いた。

  英語のWikipedia の "Universalism" を見ると、一方で「普遍宗教」のような意味で使われているせいもあって、アメリカのキリスト教内での歴史的な記述としてはどうもよくわからないのですが、別項目の "Christian Universalism""Universalist Church of America" (いずれも日本語の対応記事なし。後者が歴史的な記述を冒頭でハッキリ書いてくれればいいのに・・・・・・)を見ると、なんとなくおぼろに見えてくるのは、名前の変遷はともあれ、Universalist Church of America につながるUniversalist General Convention は18世紀末(たぶん1793年)にはアメリカでおこっていて、それは、アナバプティストとモラヴィア派と進歩的なクウェーカー、それからメソジストのようにドイツのPietism に影響された人々があわさってできたらしい。初期の重要な人物としてユニヴァーサリズム的なメソジズムを唱えたジョン・マレーJohn Murray (「アメリカン・ユニヴァーサリズムの父 "the Father of American Universalism"」だそうで)、それからフランスのユグノーだけれどロンドンで生まれたGeorge de Benneville , 1703-93。この人は牧師であり、かつ医者だっただけでなく、神秘体験・臨死体験があり、地獄は罰ではなくて浄化のために存在すると知り、ユニヴァーサリズム的な考え方を唱えるにいたる――人間は二重の存在であり、外的な血肉の人間は世の悪にさらされて善を行なったり悪を行なったりするけれど、内的な霊的ペルソナは神によって創られたもので、完璧で、神聖で、呪われて (damned) おらない、よってすべての人間は救済される。このひとはその教説のために死刑を宣告されたりしたようですが、18世紀なかば(1741年)にアメリカにやってきてペンシルヴェニアで医者と薬剤師(か薬局店主)をやりながらユニヴァーサリズムを説いたそうで(Wikipedia による)。 ついでに、おもしろいのはド=べネヴィル(という表記でよいでしょうか)が土地のインディアンたちと薬草について知識や処方を交換したりしたことです。それから1732年にペンシルヴェニアでつくられたユートピア的宗教共同体 Ephrata Cloister にも出入りしていたようです。

  それから、アメリカ合衆国建国の父の一人で独立宣言の署名者でもあったベンジャミン・ラッシュ Benjamin Rush, 1745-1813、やっぱりペンシルヴェニアの人ですが、ラッシュもユニヴァーサリズムを信奉したとも言われています(意見が割れているようですから、セクトというよりも思想としての関係かと)。奴隷廃止や死刑廃止、あるいは刑務所での囚人の扱いの改善を唱えただけでなく、医者でもあったラッシュは、心の病の研究や処方の開拓者でもあって、精神疾患者の公平な扱いを唱えたひとでした(1812年にMedical Inquiries and Observations upon Diseases of the Mind を著わし、「アメリカの精神医学の父 "the Father of American Psychiatry"」としばしば呼ばれるらしい)。もっとも強制的な療法とか黒人の肌の色への誤解とか、毀誉褒貶ある人ですが(そのへん英語版の忠実な訳らしいウィキペディア「ベンジャミン・ラッシュ」参照)。ラッシュは精神の病の原因は脳の血流にあると考えたので、えらく乱暴な療法を考案しました。この人はbleeding――瀉血(しゃけつ)というのね――もずっと行なっているし、「血」の発想の人なんですね、たぶん。

rushchair.jpg
Benjamin Rush's Tranquillizing Chair
image via "Diseases of the Mind: Highlights of American Psychiatry through 1900" <
www.nlm.nih.gov/hmd/diseases/benjamin.html> in United States National Library of Medicine

  ちょっとラッシュでハズレましたが、こうなると、アレですね、1830年代、40年代に大きな社会現象化するさまざまな(20世紀後半の歴史用語を借りれば)対抗文化的な運動のもとは18世紀からあるのですね、いろいろと。まあ、あたりまえか。

  さて、ものすごく挿入してしまいましたが、ドッズがそのユニヴァーサリズムを唱えたことは、1830年代から40年代はじめの説教や本のタイトルからも明瞭です。ドッズはカルヴィニズムに反対し、教会内での革新を訴えました。それは人間の "spirit" の可能性を展開する助けとなる教会を求めたものだった(ようです――Taylor, Shadow Culture, p. 109)。そうしたところへメスメリズムがやってきて、ドッズは、これが霊的な再生を達成する手段になると信じた。催眠状態が内的な生命を十全に意識のもとにあらわす、と考えたからです。そしてまた、臨床生理学や電気科学の知見を取り入れて、前にもチラリと書いたように、体というシステム内の電気がバランスを失なうことで病が生じると考え、治療にメスメリズムを使ったのでした。

  えーと、当初メモとして考えていたのは以下の引用の一部だけです。――

I will, in the first place, prove that ELECTRICITY is the CONNECTING LINK between MIND and inert MATTER, and is the AGENT that the mind employs to contract and relax the muscles, and to produce all the voluntary and involuntary motions of the body.  (Electro-Biology, Lecture I, p. 30)

I desire it to be distinctly understood, that when I speak of the electricity, galvanism, and magnetism of the human system, or of the nervous fluid, I mean one and the same thing.  (p. 35) 〔電気=ガルヴァニズム=磁気〕

Electricity is the agent of mind and the invisible power of matter.  (Lecture VIII, p. 160)

I answer, that electricity is the great and universal agent ordained by the Creator to form,to transmute, or to decompose all substances that swarmin the empire of nature.  (Lecture IX, p. 189) 〔Creator=God〕

   それから、ホメオパシーや水治療やトムソン主義に言及しながら、文字通り自然の治癒について触れている長い一節を引用しておきます。これはドッズみたいな人の姿勢を誤解しないために有益だと思います(いずれヒマができたら訳すかもしれませんが原文のままで勘弁してください)。――

     Allopathy, Thompsonianism, Homeopathy, Hydropathy, Electropathy, and I will add, Aeripathy and Terrapathy, should never be made to exist as so many separate medical schools, but the excellences of them all, so far as they are applicable to the relief of human sufferings in any corresponding latitude on Earth, should be combined into one grand system TO CURE, and call it CURAPATHY.
     Water is nature's universal solvent, and when properly applied, in its various degrees of heat and cold, to the different parts of the system, either externally or internally as the case may require, it is a most powerful agent to restore the equilibrium of the circulating forces and remove disease.  But water alone is not sufficient in every case.  The air in its application and various temperatures should not be overlooked, nor the quality and temperature of that which is inhaled into the lungs.  We can live longer without food or water than we can without air.  In very warm weather, when the air is greatly raefied by the heat, let the invalid, and even the well person, descend into a dry cellar, entirely under ground, undress, and there not only breathe the pure, cool, and earth-impregnated air for half an hour or more each day, but let the body at the sametime be exposed to its action.  This will brace the feeble system of the invalid, gradually raising it up to soundness, and import vigor and energy to the healthy.  Call this Aeripathy.  But this is not sufficient to remove every case of disease.  Electricity, galvanism, and magnetism, in all their forms, should not be forgotten.  Electricity is the agent of mind and invisible power of matter.  These three should be passed through different parts of the human systemto ease pain, and remove nervous obstructions and nervous diseases by thus equalizing the nervous force.  This is Electropathy, and requires not only a familiar acquaintance with electrical science, but also great skill in its correct application to the diseased.
     But this alone is not sufficient.  We must not be unmindful of our mother Earth, nor wholly forget to lean upon her bosom.  Our bodies take into their composition, not only due portions of electricityair, and water, these three grand divisions of nature, but they also claim a large portion of earth, out of which they are said to have been formed.  We are indeed an epitome of the universe, and stand in an exact aptitude and relationship to nature.  This being so, permit me to remark, that diseased persons, during the summer season or warm months, should seek some farmer's secluded plough-field or garden, expose their naked bodies, escept the covered head, for several minutes to the rays of the sun.  When well heated and rubbed, cover them up in the fresh earth for half an hour or more, then wash and rub briskly with a towel, dry well in the sun, and dress.  At other times, and as often as convenient, let the invalid follow the ploughman, and as he turns up the fresh earth let him breathe the air while charged with the invisible life-giving substances that rise from the ground.  (Lecture VIII, pp. 159-161)

   こういう文章でわかるのは、ドッズが考えるようなメスメリズムによる治療はいわば補完的なものであって、従前の民間的な治療と反発しないどころか馴染むものだということです。そして四大という伝統的な考えの延長に電気が位置づけられているようにさえ思えます。

  それから、電気を軸にして構図的に興味深いのは、カルヴィニズムが伝統的に雷を神の怒りとして読んできた、その雷の電気を理神論者のフランクリンは見つけた、その電気を神の与えた媒体とユニヴァーサリストのドッズは見た、という展開というか、逆転というか、サンヨー電気、いや三様の電気体験です。

  ところでドッズは、スピリチュアリズムの批判者として知られた時期があります。ドッズは過剰な電気の負荷が不随意系に生じることによって、超自然と誤解する幻覚現象が生じるのだ、とかなんとか理屈をつけようとしたらしい。けれど、まもなくドッズは霊の存在や霊との交信を認める立場に「変節」します。そこのところもおもしろいのですが、それはいずれまた機会があれば。


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あひるのドナちゃん

こんにちは。
精力的ですね!
読むのが追いつきません!!
くじをいただきます♪
by あひるのドナちゃん (2009-01-23 14:30) 

morichan

あひるのドナちゃんさま
かたじけないです。
ほとんどデスパレトなヤケのヤンパチのでこっぱちです。
くじいただきにまいります。
by morichan (2009-01-23 15:12) 

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