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August 5, September 16 カリフォルニアの空 Californian Sky [断章 fragments]

August 05; September 16, 2008

   4月にカリフォルニアに来て、最初の数カ月は、夕方、「あ、スゴイ」とか誰かが叫んで、ベランダに出て夕陽を眺めた。それと、(これはもっぱらモーリちゃんの父だけれど)朝早く起きて、朝焼けの写真を撮ったりした。 それがいつのまにかベランダまで出ることはなくなった(ような気がする)。

  人間は習慣の生き物である。最初の感動はやがて習慣となる。そうして、刺激だらけの世界のなかで、おそらく、過度の感受性によって理性的な生のありようから感覚本位の生に引き戻されないように、感動は鈍っていく。初めて聞いた鐘の音を人は二度と聞くことはない、というのはだれの言葉でもなく、モーリちゃんの父がいま適当につくったことばだけれど、ボルヘスの好きなヘラクレイトスの、「人は二度と同じ川に降りて行かない」(人も変わるし川も変わるから)というのとは別の真理を含んでいるような気がしなくもないような気もする。「純粋感覚」というもの(と書きながら、ああ、自分は今たぶん高橋巌の『神秘学序説』を半分はなぞっているのだな、とも感じている)を人はときどき取り戻すのだろうか。国木田独歩が「武蔵野」でロマン派の「驚き」と言ったのはたぶんそれなのだろう。

  写真とか芸術作品、というか広く言えば人工art の価値の一部には、そういう忘れた自然の驚きの感覚を取り戻すことがあるのだろうな、とも思う、モーリちゃんの父はリアリズム派じゃないので、自然の模倣 mimesis が芸術の本質だとは思ってないけれど。 そして、実は現実とは違っていることも知りながら、人間は感動したりする。

 

 Albany,CA_August5,2008_8pm.jpg

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September 17 ストラムスティックなおおスザンナ Oh! Susanna Played with a Strumstick [スザンナ周辺]

September 17, 2008 (Wednesday)

    strumstick の "strum" というのは「弦をかき鳴らす」 というような意味があるのだけれど、どうも調べてみると、Appalachian dulcimer、つまり、ヨーロッパに古くからあって、ピアノやクラヴィコードの前身とされるダルシマーが、アメリカ南部のアパラチア地方でヘンなぐあいに発展した民族楽器のひとつのブランド名のようです。もう少し話をわかりやすくします。アパラチア・ダルシマーというのはヨーロッパのダルシマーとは形状がかなり異なっています。

    古いダルシマーがなんで弦楽器なのにピアノに発展していくかというと、ハンマーで弦を叩くからです。えーと、"hammered dulcimer" で画像検索とかすると出てくると思いますが、その古いダルシマーを演奏しているアーカンソーのDennis Lee さんのページからダルシマーについて説明している "About the Hammered Dulcimer"の説明を借りれば――

The word "Dulcimer" comes from the Latin words "Dulcis" for sweet, and "Melos" for song. The hammered dulcimer is an ancient instrument and is even mentioned in the Bible; Daniel 3 Verse 10.

It is played by striking the strings with small wooden mallets, called "hammers". Historically it precedes the piano, inside of which the strings are struck by small padded "hammers".

http://www.dennisleemusic.com/graphics/dulcimer_line.gif

 ということになります。<http://www.dennisleemusic.com/dulcimer.html>

   だけど、アパラチアン・ダルシマーはこれと違ってもはやアメリカの民族楽器とされているもので、"mountain dulcimer" とも呼ばれるもの。形はヴァイオリンを細長く引き伸ばしたようなものから、シャモジかウクレレを細長く引き伸ばしたようなものまでいろんな種類があり、弦は3ないし4本で、膝に乗せてつまびきます。スコットランド、アイルランド系で入ってきたもののようで、おそらくもともとはバイオリンのボディーをピーナツ状にダブらせたような、というか、8の字型というか、こういうやつに近かったのでしょうけれど――

AppalacianDulcimer_rlsmith.jpg

via "Folk World Article T:-)M's Night Shift"

 

  North Georgia Foothills Dulcimer Association という団体の人たちの抱えているダルシマーもこのタイプです("hammered dulcimer" もカバーしているようではありますが)。

    で、ですが、このアパラチアン・ダルシマーを原型とした現代の弦楽器がいくつかあって、"Dulcitar," "pickin' stick," "Pick 'n' Stick," "strumbly," "sweetstick," "Strumstick" などです。画像的には「アパラチアン・ダルシマーにaddicted かも」のアーカンソーの山中にお住まいの収集家のWendell さんの"Home Page of Dulciaddict" を参照(音源へのリンク付)。

  なんかダルシマーと比べると、こと(筝のこと)と大正琴くらいに隔たっているような気もしますが・・・・・・。

  で、Strumstick というのはBob McNally という人(この人は存命です⇒マクナリーおじさんの映像(2:23))がつくったもので、McNally 社の商品名です。日本でも話題になっている(た)(?) みたい――

STRUMSTICKは楽しい!かも

魔法使いの杖?ukuleleな研究
ukuleleに関する様々な研究レポート

そして、McNally のホームページ――<http://www.strumstick.com/>

    と予備知識をおたがいに得たところで、カナダのモントリオールのルー・ダイトさんによるストラムスティックの演奏です――


"Oh Susanna (strumstick tutorial #5)" (3:35) posted by "lewdite" on March 7, 2008

note: the = sign means slide

0-1=2---4----4-5-4--2---0---0-1=2-2--1-- 0--1
I come from Alabama with a banjo on my knee
0--1=2----4--4----5-4-2-0--0--1=2--2---1 --1--0
I'm going to Louisianna, my true love for to see
0-1=2-----4---4----5----4--2--0---0--1=2 --2----1--0--1
It rained all night the day I left, the weather it was dry
0--1=2----4---4-5---4---2----0----0--1=2 --2----1---1----0
The sun so hot I froze to death, Susanna don't you cry.
3---3----5---5---5---4----4----2---0---1
Oh susanna, oh don't you cry for me
0--1=2---4---4--5--4--2--0--0-1=2-2--1-- -1---0
I come from Alabama with a banjo on my knee.

------------------

"Hammered dulcimer," wikipedia <https://secure.wikimedia.org/wikipedia/en/wiki/Hammered_dulcimer>

"Appalacian dulcimer," wikipedia <https://secure.wikimedia.org/wikipedia/en/wiki/Appalachian_dulcimer>

"Gillygaloo - The Instruments We Play" Grownup-Friendly Music for Kids! <http://www.gillygaloo.net/docs/08_instr.htm> 〔このなかにある昔のアパラチアン・ダルシマーの演奏写真を見ると、バチというかピックみたいなもので弾いているように見えます〕

Kevin C. Neece, "This is NOT a Strum Stick!" 〔映画・音楽評論をおこなっているアメリカの人のYouTubeにおける講釈。Neece さんがあげるさまざまな類似楽器のリストをコメントとともに下に引いておきます〕


"This is NOT a Strumstick" (8:31) posted on October 30, 2007
Introducing the newly dubbed "Notastrumstick"! This is all about why I use this odd name to refer to my instrument. Speaking of odd names, here's a list of other 3-string, diatonically fretted, guitar-like instruments:

1.Schneider Strum Stick http://members.aol.com/GeneNancy2/boo...

2.The Phoenix Shop Strum Stick http://www.nepenthebigsur.com/phoenix...

3.Horlocker Strum Stick http://www.smokeymountaindulcimer.com...

4.Boehme or Boing Strumstick http://www.boehmemusic.com/en/string-...

5.PicStrum http://www.picstrum.co.uk/

6.Longneck http://home.centurytel.net/Dulciaddic...

7.Q'Stick http://home.centurytel.net/Dulciaddic...

8.A'Stick http://home.centurytel.net/Dulciaddic...

9.Another "A Stick" http://www.everythingdulcimer.com/pho...

10.The Woodrow http://www.thewoodrow.com/

11.SweetStick http://www.moleintheground.com/index.htm

12.Olympia Walkabout Dulcimer http://www.walkaboutdulcimer.com/

13.Dove Creek Pickin' Stick http://dovecreekdulcimer.com/?page=ps

14.McCafferty Pick n' Stick http://www.mccaffertydulcimers.com/pn...

15.Mandilon-Size Pickin' Stick (Dulcimer House) http://www.dulcimerhouse.com/LS%20Pkn...

16.Dizzi Dulcimer Piknstick http://www.dizzi.co.uk/page28.php?vie...

17.Strumalong Dulcimer http://www.waringmusic.com/waring_har...

18.Bleach Bottle Banjo http://www.waringmusic.com/bleach_bot...

19.Dulcijo -- 3-string Dulcimer/Banjo http://www.ezfolk.com/dulcijo/index.html

20.Electric Firestick (Horlocker/Smokey Mountain) http://www.smokeymountaindulcimer.com...

21.Strummer from Down Under http://www.jupitercreekmusic.com/sdu....

22.Blue Ridge Banjimer http://meadows-music.com/banjimer.htm

23.Reed Mountain Banjimer (2 Designs) http://www.artfolk.net/banjimers1.htm

24.Dulcitar (Just One of MANY) http://cgi.ebay.com/3-string-cigar-bo...

25.New Era Treasures Dulcimer Banjo (4-string diatonic) http://cgi.ebay.com/AWESOME-NEW-DULCI...

26.Plans for Another Design http://www.donsplans.com/html/dulcime... (Scroll down a bit to the Stick Dulcimer)

27.Baglama in Strumstick Mode http://www.youtube.com/watch?v=W5nh6z...

28.Strumbly http://www.heritage-music.net/servlet... North Art Heritage Music

29.Stick Dulcimer (Acoustic and Electric) http://www.michaeljking.com/stick_dul...

30.TinGuitar's Stick Dulcimer (Acoustic) http://www.tinguitar.com/dulcimers

31. TinGuitar's Stick Dulcimer (Electric) http://www.tinguitar.com/electric

32.Tick Ridge Electric Stick http://user.mc.net/~bpentprs/tickridg...

I've tried to include all these names as tags, but they won't all fit! Here, by the way, is where the Notastrumstick came from: http://www.smokeymountaindulcimer.com OR http://stores.ebay.com/
Smokey-Mountain-Music-Works.

 


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September 17 アパラチアン・ダルシマーなおおスザンナ Oh! Susanna Played with Appalathian Dulcimer [スザンナ周辺]

September 17, 2008 (Wednesday)

   アパラチアン・ダルシマーを使った「おおスザンナ」の映像があったので、紹介したいと思いますが、その前に、アパラチアン・ダルシマーについて、あれこれと解説ページをリンクしておきます。――

☆柘植元一 「アパラチアン・ダルシマー――北アメリカのコト」 ヤマハおんがく世界めぐり 北アメリカ(2) <http://www2.yamaha.co.jp/u/world/index46.html> ――「この楽器はコト(ないしツィター)の一種ですが、打弦楽器の「ダルシマー」とは別物で、撥弦楽器」であることが指摘され、以下のような説明があります(一部)――

製の共鳴胴は一見、だるま船のように見えますが、上か ら眺めると、へちまのような(あるいは「8」の字を上下に引き延ばしたような)形を呈しています。全長は約75~90センチメートル、幅のサイズは個々の 楽器によってさまざまです。この共鳴胴の腹面の中央にフレットがついた指盤がとりつけられており、その一方の先端はちょうどヴァイオリンの渦巻と糸蔵と糸 巻の部分に相当する装置になっています。通常、三~四本の金属弦が張ってあります。奏者は楽器を膝の上に水平に置いてかまえ、左手で弦を押さえ、右手に もった小さなピック(あるいは複数の指につけた義爪)で弦を掻き鳴らします。

の楽器の祖先は北ヨーロッパのツィター(スウェーデン のホンメルやノルウェイのランゲレイク、ドイツのシャイトホルトなど)で、これらのモデルは十八世紀末にはアメリカに存在していました。しかし、今日のアパラチアン・ダルシマーそのものが誕生したのは恐らく十九世紀末頃です。

十世紀の四十年代~五十年代の「フォークミュージック・リヴァィヴァル」の動きの中で、アパラチアン・ダルシマーは一時さかんになりました。正真正銘の「アメリカ生まれ」の民俗楽器と見なされたからです。

の楽器で奏でられる音楽は、もっぱらアングロ=アメリカンの音楽で、民謡やバラッドや舞曲がその主要なレパートリーです。〔以下略〕

☆立命館大学アート・リサーチセンター/アメリカンフォークソング資料保存プロジェクト 「アメリカの民俗楽器 (2)」 <http://www.arc.ritsumei.ac.jp/folksong/inst/003.html>――ハンマー・ダルシマーと並べて、まったく関係のない楽器で、ドイツ系の移民によるものが起源との説明をしています。――

アパラチアン・ダルシマー Appalachian dulcimer

アパラチアン・ダルシマーは、アメリカ東部のアパラチア山脈地域で発達したアメリカ特有の弦楽器だ。マウンテン・ダルシマー、ケンタッキー・ダルシマーとも呼ばれる。その原型と考えられる楽器は、ドイツ、スイス、ノルウェーなどに見られるが、ペンシルヴァニアのドイツ人コミュニティーで使われていた同種の楽器が、アパラチアン・ダルシマーの直接の祖先と考えられている。 しかし、その起源にもかかわらず、アパラチアン・ダルシマーは、イギリス系アメリカ人の音楽に使われる 楽器だ。イギリス系アメリカ人は、バンジョーをアフリカ奴隷から取り入れたように、ドイツ起源の楽器を自分達の民俗音楽に取り入れた。 彼らの民俗音楽 は、祖国イギリスから持ち込んだものと、新大陸で吸収したものとを融合することによって発展していったといえる。
基本的に、アパラチアン・ダルシマー(写真原典へのリンク) は細長い胴を持ち、その長さいっぱいに細長い板(指板)が張られ、その上に2本から多くて8本の弦が張られている。現在一般的なのは3―4本だ。胴の形 は様々だが、最もよく見られるのは真中がくびれた、8の字を引き伸ばしたような形か楕円形である。伝統的に、奏者は鳥の羽(しっかりした軸のついたもの) や小枝をピックとして使うが、指で弾く場合もある。 このように、アパラチアン・ダルシマーは、その形態、弦の数、大きさ、奏法などに多様なヴァリエーションがある。
アパラチアン・ダルシマーは、イギリス系アメリカ人の踊りや歌の伴奏として、アパラチア山脈の一地域で親しまれてきたローカルな楽器だったが、1950年 代頃から、フォーク・リバイバル(民俗音楽復興)の波に乗って広く紹介されるようになった。ジーン・リッチ―(Jean Ritchie)は、リバイバル時代からアパラチアン・ダルシマーの演奏者として知られている(音楽:;Over the River to Feed My Sheep by Jean Ritchie, The Most Dulcimerより)。

ハンマー・ダルシマー hammer(ed) dulcimer

 同じダルシマーという名でも、これはアパラチアン・ダルシマーとは全く関係のない楽器で、アメリカ北部及び中西部のイギリス系アメリカ人の民俗音楽に使われる。ヨーロッパ各地、さらにアラビアや中央アジア、東アジアに同種の楽器は広く分布しているが、ダルシマーという語は、イギリスを中心に用いられているようだ。 この楽器がイギリスから新大陸に持ち込まれたのは1700年以前だったというから、アメリカの民俗楽器としてはかなり歴史が古い。
ハンマー・ダルシマー(写真)は、台形の箱の表面にたくさんの金属弦が張られており、それを小さな木製のハンマーで叩いて演奏する。北米で使われているものは平均60弦ほどで、主に踊りの伴奏に使われてきた。またストリング・バンドの一楽器としても使われた(音楽:Devil's Dream by Jim Couza and Eileen Monger, Music For The Hammer Dulcimerより)。これはイギリス人のレコーディングだが、この曲はイギリス系アメリカ人の間でも演奏される。
ハンマー・ダルシマーは、19世紀の終わり頃、アメリカの民俗楽器として非常に流行し、シアーズなど大手デパートの通信販売でも手に入るほどだったが、 20世紀に入ってから次第に人気が衰えた。再び注目を集めるようになったのは、1950年代から1960年代にかけてのフォーク・リバイバル(民俗音楽復興)の時代からだ。

   はー。フォークを民俗とか民俗音楽とか訳すのですね。気持ちはわかりますが耳で聞くと「民族」とまぎらわしくてしょうがないですね。

   ヤマハも立命館もどちらの記述も、1940年代からの(立命館のほうは1950年代からの、としてますが* )フォーク・ミュージック・リバイバルとの関係を書いています。〔*Wikipediaの "American folk music revival" の記事の記述も"a phenomenon in the United States in the 1950s to mid-1960s" としています〕

   もうひとつ、ヤマハがリンクしている、ノースキャロライナ州 Waynesville の Michael McDonald さんの、

Dulcimer & Psaltery Page <http://www.geocities.com/nymike1/indexdulcimer.html> はいろいろなリンクとともに解説があります。冒頭の序のところだけ引用します――

     The dulcimer (which means "sweet music") is an old musical instrument that is called by many names: Appalachian dulcimer, lap dulcimer, mountain dulcimer, or Kentucky dulcimer. Local variants on the name are: hog fiddle, music box, harmony box, dulcymore, and delcumer. It is basically a fretted zither traditional to the southern Appalachian mountains. It consists of a narrow fretboard attached to a soundbox underneath. It usually has 3 to 5 strings. The common arrangement is 4 strings with the first two doubled providing the melody, and the remaining two being drone strings. It can be fingered like a guitar, but the traditional method is by using a "noter" on the melody string(s). A noter is a short wooden dowel used to slide up and down the fretboard to provide the melody. A pick is used to strum the strings, but fingers may also be used. The melody string(s) is fretted like the white keys on a piano (a diatonic scale). In other words, it is a modal instrument, not chromatic. It is usually tuned DAA or DAD. The A string in the DAA tuning is used as the melody string while the other A string and the D string are the drones. It is popular today to play the dulcimer with the fingers, thus providing harmonies and an increased variety in sound...as opposed to a drone.
     The dulcimer is believed to have been derived from the Swedish hummel, the German scheitholt, the Norwegian langeleik, and the French epinettes des vosges. It arrived in the United States, in one or more of these forms, and developed in the Shenandoah River Valley of southwestern Pennsylvania and western Virginia. The 1800s saw its arrival in the southern Appalachians, where, as a result of its simple manufacture and easiness of play, became a mainstay in the musical traditions of the mountain peoples of that area.
It remained a relatively unknown instrument, outside of the deep pockets of mountain isolation, until the 1940s when Jean Ritchie began playing it at folk music festivals. She also wrote the first major instruction and repetoire book for the dulcimer, which was published in 1963, and remains today the model for subsequent teaching material.  Many folk musicians today use the dulcimer in their music, and it may surprise you to know that Cyndi Lauper composed many of her songs on the dulcimer (including Time After Time), and still performs with it in concert. She was recently seen on the Today Show (October 20, 2002) performing with the dulcimer.

  20世紀における関心の復活については、1940年代にJean Ritchie (1922 - )がとりあげたと書かれています。シンディー・ローパーってダルシマー奏者だったのね。ジーン・リッチーのWikipediaの記事を読むと、1946年に彼女はPete Seeger と会い、1948年の春のステージではWoody Guthrie と共演しておるのですね。14人きょうだい(10人は女の子)の末っ子で、子供のころから歌っていた歌が、実はhillbillyだったことが戦後にラジオを買ってわかったこととか、おとうさんがダルシマーを子供たちには触らせなかったこととか、おもしろい話が書かれています(Jean Ritchie のホームページはhttp://www.jeanritchie.com/)。あああ、このFolklife Family Store Dulcimers のページとか見ているとダルシマーが欲しくなりますー。

  となるとストラムスティックなんかは、もっとずっとあとのモノですね。

  さて、ジョージア州Glenville の David Summerford さんが5人編成(a banjo,  two mountain dulcimers, a guitar, a djembe (打楽器))で演奏する「おおスザンナ」です。歌詞字幕付き。 ちょっと画像の重ね方はテンネンさんの「嗚呼スザンナ」〔「July 20 嗚呼スザンナ―― 「おおスザンナ」のあやふやな歌詞などのいろいろ の続き」参照〕を思わせなくもないところがあり(笑)――


"Oh Susannah on multiple instruments" (1:55) posted by "davidsummerford) on May 31,2008

    ちょっとダルシマーがあんまり聞こえない、ものたりないというむきには、つぎの、Robert Force さんという演奏家の、ちょっとしつこいくらいの芸と講釈をどうぞ――


"Force on 4 - pt. 2" (9:46) posted by "robertforce" (www.robertforce.com) on August 24, 2007

    最後に、耳直しといってはなんですが、Joni Mitchell の1970年秋のロンドンでの "California" のダルシマー弾き語りを――


"Joni Mitchell" (4:05) posted by "colonelhall" on March 19, 2008


    上のはBBCですが、Johnny Cash Show の―― "Joni Mitchell - California (The Johnny Cash Show) (3:47) posted by "henhenstoll" on November 11, 2007。(それから、『クラシック音楽の小窓』の最近の記事でBBCのもう少し長いヴァージョンをリンクした「アパラチアン・ダルシマー」 (2008.8.24) がありました)。

   この曲は1970年にジョニ・ミッチェル(1943 - )が1月のロンドン公演のあとヨーロッパを長期旅行した際につくったものだと思います(アルバムとしては翌71年の『ブルー』に収録)。出だしはパリのアメリカ娘ですね。ジョニ・ミッチェルはカナダ生まれですが、60年代後半にはロサンゼルスでDavid Crosby とかと仕事をしていたはずです。カリフォルニア・フォークロックの流れの中で。あー、このころにはジェームズ・テイラーと交際していてヨーロッパでも一緒だったのでした(71年破局)〔 James Taylor の「おおスザンナ」(1970年2月のSweet Baby James 所収) は「June 23 おおカリフォルニア!(3) おおスザンナ! (3) Oh! California Oh! Susanna 」参照〕。しかし、ジョニ・ミッチェル・・・・・・若い。

"California"  

Sitting in a park in Paris, France
Reading the news and it sure looks bad
They won't give peace a chance
That was just a dream some of us had
Still a lot of lands to see
But I wouldn't want to stay here
It's too old and cold and settled in its ways here
Oh, but California
California, I'm coming home
I'm going to see the folks I dig
I'll even kiss a sunset pig
California, I'm coming home

I met a redneck on a Grecian isle
Who did the goat dance very well
He gave me back my smile
But he kept my camera to sell
Oh the rogue, the red red rogue
He cooked good omelettes and stews
And I might have stayed on with him there
But my heart cried out for you, California
Oh California, I'm coming home
Oh make me feel good rock'n roll band
Im your biggest fan
California, I'm coming home

Chorus:

Oh it gets so lonely
When you're walking
And the streets are full of strangers
All the news of home you read
Just gives you the blues
Just gives you the blues

So I bought me a ticket
I caught a plane to Spain
Went to a party down a red dirt road
There were lots of pretty people there
Reading rolling stone, reading vogue
They said, how long can you hang around?
I said a week, maybe two,
Just until my skin turns brown
Then I'm going home to California
California I'm coming home
Oh will you take me as I am
Strung out on another man
California, I'm coming home

Chorus:

Oh it gets so lonely
When you're walking
And the streets are full of strangers
All the news of home you read
More about the war
And the bloody changes
Oh will you take me as l am?
Will you take me as l am?
Will you?


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September 17 アパラチアン・ダルシマーなシンディ・ローパー Cyndi Lauper Playing the Appalathian Dulcimer [歌・詩]

September 17, 2008 (Wednesday)

   Cyndi Lauper (1953 - )のダルシマーの先生は David Schnaufer (1953? - 2006) だった、というふうにWikipediaをはじめいろんなところに書いてあります。 デイヴィッド・シュナウファーという人は、肺がんのため53歳の若さで亡くなってしまいますが、1980年代からテネシー州Nashville で活動し、1995年にはVanderbilt 大学の Blair School of Music の特任教授(folk music programの最初の先生)の職にも就き、たいへん尊敬されるミュージシャンであったようです。Wikipedia "David Schnaufer"はフォーク・ミュージシャンとしていますが、レコーディングで伴奏として参加した人たちを 眺めると、 " The Judds, Emmylou Harris, Johnny Cash, and Chet Atkins, among others"と、フォークというよりカントリー系が強い感じがします(その後調べていたら、Linda Brockinson という人の "Memories of David Schnauffer" という文章に、"For several years he was a member of the country-rock band The Cactus Brothers."と書かれていました。Cactus Brothers は確かにナッシュヴィルのバンドですが、うっそー、サイケなロックをやっていたのですか) 。つぎの短い映像は生前シュナウファーが加わっていた The Nashville Dulcimer QuartetのドキュメンタリーDVDの trailer です。――

"The Nashville Dulcimer Quartet" (1:09) posted by "rightwayC" (Candace Corrigan さん) on December 17, 2007

    Wikipedia によると1997年のアルバム Sisters of Avalon でダルシマーが入れられたふうに書いてあります。調べてみると2曲目の "Ballad of Cleo + Joe" と 11曲目の "Fearless" にシュナウファーが参加してますが、楽器は "Tennessee Music Box" と書いてあって(なんやそれ*)、ダルシマーはシンディー自身が演奏しています。このアルバムは日本では前年の1996年に発売されているわけで、そうすると、この、ダルシマーだけでなくギターはもちろんマンドリンやzither やomnichord などのさまざまな弦楽器を入れた(日本の上々颱風もバックコーラスだけでなく "Japanese Banjo" で加わっている)アルバムの作成の前に(あたりまえ)シュナウファーからダルシマーを習ったということのようです。・・・・・・しかし1989年の3枚目のアルバム A Night to Remember で既にダルシマーをシンディー・ローパー自身が弾いてますねえ。よくわからないです。

   そのシンディー・ローパーが、デビューアルバムShe's So Unusual の6曲目"All Through the Night" をアパラチアン・ダルシマーの弾き語りで歌っているヴァージョンをどうぞ――

 

"dulcimer #1 hit" (4:15) posted by "wheresjeannine" on August 3, 2008

    もうひとつ、アメリカのカリスマ主婦マーサ・スチュワートのテレビ番組の "Martha Stewart Living" に出演して "Time After Time" を歌ったときの映像(大股びらきがカッコイイ♪)――

 

"Cyndi Lauper Sings "Time After Time" Live on Martha Stewart" (3:42) posted by "adsctt" on December 19, 2007

      〔同じ曲です(もっとあるのですが)――Pat Monahan と Scott Weiland と共演したコンサートでの "Cyndi Lauper - Time After Time Classics In Concert" (4:24) posted by"cdubcols" on August 14, 2007; まったり歌っている "Cyndi Lauper - Time After Time (Live Acoustic 2004)" (4:42) posted by "octaviorch" on May 24, 2008; ちょっとテンポアップしている "Cyndi Lauper performs Time After Time on A&E!" (4:15) posted by "PSLover722" on May 30, 2008;  いちばんまったりと歌っている "Time after time - Cindy Lauper ( Acoustic live )" (6:43) posted by "gybert720" on January 20, 2008.〕

 

* "DulcimerFling.com's Tribute to David Schnaufer" (追悼記事)にこの楽器をもったSchnaufer の写真が載っていました <http://www.dulcimerfling.com/newsletter/david_schnaufer.html>。

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"A Tribute to David Schnaufer" Gila Mountain Dulcimers <http://www.gilamountaindulcimers.com/david-2.htm>


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September 18 ローパー、ダルシマー、シュナウファー Lauper, Dulcimer, Schnaufer [スザンナ周辺]

September 18, 2008 (Thursday)

    遅ればせながら、シンディ・ローパーとダルシマーで日本語検索して、今年2008年5月の朝のテレビ番組で生ダルシマー弾き語りをしたということを知りました(朝のヒットスタジオ 5.15

  それから、英語で検索して、デイヴィッド・シュナウファーがシンディ・ローパーについて語っている文章を見つけました。――

Cyndi Lauper is my student, friend, teacher and inspiration. A New York based artist of worldwide renown, her distinctive voice and songs have shaped our musical landscape since 1983. It was a treat to find out years ago she was also a delcimore player who composed many of these songs on that instrument. We finally met in 1996 when I was working on my Tennessee Music Box project and was trying to find some country artist who would like to use the old box on a session. Cyndi heard me play ten seconds on the instrument and had an idea for her song "Fearless" from Sisters of Avalon. We recorded it together the next day. Other projects followed, and her own dulcimer playing has come to the forefront of her live appearances around the world. Probably more people have been introduced to the dulcimer through her than anyone in history. I was thrilled when she wanted to do a song on this disc. I wrote "Twilight Eyes" with my good friend, Herb McCullough, in 1987 and always hoped to hear her sing it. Thank you, Cyndi, for the most magical musical moments of my life. <http://www.musicallmusic.com/davidschnaufer/delcimore_2008/dspage4.html>

(シンディ・ローパーはぼくの教え子であり、友人であり、先生であり、霊感の源泉だ。ニューヨークをベースにして世界的な名声をもったアーチストで、その独特の声と歌は、1983年以来ぼくらの音楽シーンを形作ってきた。何年もまえのことだが、彼女もデルシモアを演奏するひとであり、この楽器を使ってたくさんの曲をつくっていることを知ったときは嬉しかった。そうして、1996年、ぼくがテネシー・ミュージック・ボックスの仕事をしているときにぼくたちは会った。ぼくが、古いミュージック・ボックスを使いたいといってくれるカントリーのアーチストを探していたときだった。シンディはぼくがこの楽器を演奏するのを10秒聞いて、Sisters of Avalon の"Fearless" という曲に活かすアイデアを思いついた。ぼくたちは翌日一緒にレコーディングした。それからいろいろな企画があったりして、やがて彼女自身のダルシマー演奏は、彼女の世界をまわる公演の柱になった。おそらく、歴史上、他の誰よりも、シンディ・ローパーを通してひとびとはダルシマーを知ったのではないか。ぼくは彼女がこのアルバムで一曲参加したいといってくれたときに興奮した。"Twilight Eyes" は親しい友人のハーブ・マカルーと1987年に書いた曲で、いつもシンディが歌ってくれたらと願っていた曲だ。ぼくの人生の最も "magical musical moments" 魔術的な音楽の時間をありがとう、シンディ。) 

  「マジカル・ミュージカル・モーメント」というのはまさかディズニーが最初ということはないと思うのですが、誰が最初に言い出したフレーズなのでしょうか。鞭で知りません。この文章はどうやら1999年のシュナウファー自身のアルバムに書かれたものだと思われます。そのときシンディ・ローパーは2曲目のボーカルで参加したのでした。(これは"David Schnaufer ~ Memorial Page" のトップで聞くことができます。同じMySpace.com のphotos にはTennessee Music Box をもったものも含むシュナウファーの写真が15枚ほど掲載されています。)

  それから、上記の写真アルバムは、 "English Valley" におけるシュナウファー、というようなタイトルがついているのですが、テネシー州 Hendersonville にある "English Valley Music" という音楽スタジオ(アルバムDelcimore もここでつくられました)の Jan L. Pulsford という人が、シンディ・ローパーとデイヴィッド・シュナウファーの出会いを回想する文章を書いています。――

I was fortunate to work with David on many projects at my recording studio, English Valley Music, in the woods of Hendersonville, Tennessee, starting in 1995 when Cyndi Lauper, a dulcimer player herself, flew down from New York in search of David. We tracked him down to a class at Belmont and then to his apartment, which was like a shrine to his main love, the "Delcimore." All kinds of shapes and sizes of this peculiar American instrument adorned the walls and floors of his humble abode. Cyndi and I became fascinated with the Tennessee Music box and especially when we heard the tales, so eloquently told, of its origins. We invited him out to the studio to record with us for Cyndi's "Sisters of Avalon" album. That turned into one of those special magical nights along with one of the coldest! Not only did we record Cyndi's beautiful song "Fearless" live, with Cyndi strumming mountain dulcimer and David bowing the Tennessee Music Box but David regaled us with stories of the Melungeons and so the dance tune we were working on became a "Melungeon stomp." The Ballad of Cleo and Joe (as it was called) became a big club hit. All over the world the strains of the TN music box has been heard mixed in with the pumping beats of disco! 〔"Tuesday, January 16, 2007: Letter to the Tennessee Arts Commission" David Schnaufer - Dulcimer Memories <http://davidschnaufer.blogspot.com/>

  最初のところの時間的なつながりが曖昧ですが、たぶん、1995年から自分のスタジオでシュナウファーと制作をはじめたが、そのとき(1996年のはず)自分もダルシマーを演奏するシンディ・ローパーが、デイヴィッドに会いにニューヨークから飛んできた。で、シュナウファーが教えている大学へ行き、それから蒐集したさまざまのダルシマーで壁や床がいっぱいになったシュナウファーの自宅を訪問した。ふたりはシュナウファーがテネシー・ミュージック・ボックスを示してその楽器の起源についていろいろ話をしてくれてたいそう惹きつけられます。そしてアルバム制作への参加を要請する。その結果アルバムSisters of Avalon の 11曲目の "Fearless" ではシンディがマウンテン・ダルシマー(つまりアパラチアン・ダルシマー)を、デイヴィッドがテネシー・ミュージック・ボックスを弾くことになり、さらに、ダンス・チューンとして考えられていた 2曲目の "Ballad of Cleo + Joe" については、シュナウファーが "Melungeon" の話でさんざ笑かしてくれたかなんかしたんで "Melungeon stomp"になったと書かれています。ようわかりません。この曲です――"Cyndi Lauper - Ballad Of Cleo & Joe" (3:52) posted by "cyndilauperTV" on March 19,2007。

    さらに、シュナウファーが Sandy Conaster というナッシュヴィルのダルシマー奏者(大学以前の教え子)と一緒に1998年に Tennessee Folklore 誌に書いた "Tennessee Music Box: History, Mystery and Revial" というペーパーには、いわゆるアパラチアン・ダルシマーが19世紀末に現在の形になる、そのはるか以前から "music box" という呼ばれ方で存在し、1880年代まではつくられていた手作りの民俗楽器、古いタイプのアパラチアン・ダルシマーについての歴史的な考察が書かれているのですが、最後の "Revival" の節には、ややパーソナルな、Cyndi Loper への言及と、彼女の今後の活躍への期待が記されています。――

The Tennessee music box has been silent for half a century, collecting dust in barns and corn cribs or under the beds of relatives who hung onto the memories of their grandparents' old tunes.  Due to this research and David Schnaufer's career as a recording artist, the music box is enjoying a revival not only in folk music but popular, rock and classical music as well.  He states, "In 1996, during the Tennessee Bicentennial, I featured the music box on a solo dulcimer recording that showcased the various styles of playing - fingerpicking, quill and noter, and bowing.  This recording begins with "All the Good Times are Past and Gone," the first tune which Lawrence Gamble played for us.  During the time of this recording, I was visited by Cyndi Lauper, also a dulcimer player, who was charmed by the sound of the box and wanted me to play it on a song she was recording for a new album.  The bowed music box provided a very ancient bagpipe drone to her dulcimer and vocal rendition of the song "Fearless" on the album, Sisters of Avalon.  Cyndi has a huge following all over the world, and sales of this album are introducing millions to the unique voice of the music box.  She will be acquiring a box of her own soon, and the combination of the traditional sounds and her considerable composition skills will provide new music from this instrument for years to come. 

  "also a dulcimer [delcimore] player" と、ほぼ同じフレーズが使われています。それではシンディ・ローパーがデイヴィッド・シュナウファーの "student" だったというのはどういう事情なのでしょう。 

  ヴァンダービルト大学のホームページには "Vanderbilt University Register" というページがあり、といっても名簿が載っているわけではないのですが、Jessica Howard という人が書いた、生前のシュナウファーの記事(おそらく2002年4月)が掲載されてます。そのなかで、教育者としてのシュナウファーについてふれているところで、シンディ・ローパーが出てきます。――

Schnaufer said he "keeps a lot of students."  He's taught people from a 5-year-old girl to an elderly man to 1980s pop rocker Cyndi Lauper.  Lauper traveled to the Blair School in 1997 to take dulcimer lessons from him.  A dulcimer player since she was 21 years old, Lauper provides the vocals for the track "Twilight Eyes" on Schnaufer's 1999 CD, Delcimore.

  この記事によれば、シンディ・ローパーは21のときからダルシマーを演奏してきました。1997年――シュナウファーを訪ねて、アルバムづくりに参加してもらった翌年です――シンディ・ローパーは、シュナウファーからダルシマーのレッスンを受けるためにヴァンダービルト大学へ通ってきたのでした。

   こうして、ほぼ同年に生まれたふたりは、互いに刺激を与えあったのでした。シュナウファーの生年について、Wikipedia は"ca. 1953" (「1953年ごろ」)としています。それは亡くなった2003年8月23年から享年53を引いた推定でしょうが、実際は、1952年生まれのようです。

   カナダのジョニ・ミッチェルはシンディ・ローパーの10歳年長で1943年生まれです。思えば、戦後のフォークソング・リヴァイヴァルのころにアパラチアン・ダルシマーを復活させたジーン・リッチーがアパラチアン・ダルシマーについての最初の本 The Dulcimer Book* を著わすのが1963年でした。そうしてフォーク、カントリーだけでなく、ロック(ローリングストーンズが有名です)にも使われる(そういう音楽の時代になっていく)。シュナウファー自身、どうやらカントリーロックバンドにいたわけですが、まことに勝手な憶測では、民衆のものという意味でのフォーク――アメリカ的に言うとpeople なのかしら――への思いが後年ダルシマー蒐集とともに強くなったのかなあ、とも思います。

schnaufer_.jpg

David Schnaufer (1952 - 2006)

Photo by Neil Brake via "Vanderbilt University Register"

 

*正式な(?)長いタイトルは、

The Dulcimer book, being a book about the three-stringed Appalachian dulcimer, including some ways of tuning and playing; some recollections in its local history in Perry and Knott Counties, Kentucky; some observations on the probable origins of the instrument in the old countries of Europe; with plentiful photographic illustrations and drawing; and with words and music for some sixteen songs from the Ritchie Family of Kentucky

 New York: Oak Publications, 1963

 TheDulcimerBook_JeanRichie_.jpg

リプリント版の表紙

 

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"David Schnaufer ~ Memorial Page" MySpace.com <http://profile.myspace.com/index.cfm?fuseaction=user.viewprofile&friendid=100714974> 〔アルバムDelcimore (Collecting Dust, 1999) のプレイ、メモリアルページへのリンク、写真アルバムなど〕
Nashville Dulcimer Quartet <http://www.nashvilledulcimerquartet.com/> 〔David Schnaufer が1998年に教え子の Sandy Conaster やNatasha Deane たちと結成した the Nashville Dulcimer Quartet のページ。現在トップには7月に Jean Ritchie (そう、あのジーン・リッチーさんです) と共演した記事とリンクと写真が掲載されている。〕
Jessica Howard, "Texas-born virtuoso finds harmony, sophistication in Appalachian instrument."  <Vanderbilt University Registerhttp://www.vanderbilt.edu/News/register/Apr01_02/story9.html>
David Shnaufer, dulcimer player: Remembering David Schnaufer <http://home.usit.net/~ndq/rememberingdavid.html>  〔シュナウファーの仕事についてさまざまなページがある。たとえば "Reviving the Music Box"〕
David Schnaufer links to Archives 1996 - 2008 <http://www.musicallmusic.com/davidschnaufer/>

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September 19 天気予報 Weather Predictions [天気 weather]

September 19, 2008 (Friday)

   今朝4チャンネルのKTVU の天気予報で、夕方シャワーのチャンスがある、みたいに言っていたのが、見事に夕方5時ににわか雨が降った。おそるべし、天気予測力。さて過去の天気を調べるにはどうしたらいいのだろう・・・・・・

と、ふと自分のページを検索すると、

  この日、ひと月ぶりに雨が降りました。月曜のMemorial Dayを入れて3連休の初日で、少し遅く起きたのですが、朝から昼過ぎまで小雨が降っていました。天気予報で、 shower がある、と言っていたとおりでした。

  過去の天気を調べるにはどうしたらいいのだろう・・・・・・

と昔書いていたことがわかりました。〔May 24 降水(量) precipitation [天気 weather]〕 同じことを書いてもしょうがない(笑)  おそるべし、人間の忘却力。

 


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September 20 トラップ・ファミリー合唱団のおおスザンナ "Oh! Susanna" by the Trapp Family Singers [スザンナ周辺]

September 20, 2008 (Saturday)

   音楽好きの孤児の女の子が修道院生活になじめずに派遣された家庭教師先の男ヤモメと恋に落ち、最初はうとまれていた子供たちからも好かれるようになり、みんなで一緒に合唱団をつくって音楽的な生を生きるトラップ一家の物語は、マリア・フォン・トラップ Maria von Trapp、 (旧名 マリア・アウグスタ・クッチェラ Maria Augusta Kutschera: 1905 - 87) が、夫の死後の1949年にMaria Augusta Trapp 名でアメリカの出版社から出した The Story of the Trapp Family Singers と、それを元にしたミュージカルや映画(いちばん有名なのはジュリー・アンドルーズの『サウンド・オブ・ミュージック』)などで有名になっています。モーリちゃんの父は、何年か前の春から夏にかけて衛星放送で再放送していたアニメを見てとてもおもしろかったのを覚えています。でも最終回を見た記憶がないのは、8月に帰省したときに録画をしそびれたか失敗したか、それともあれこれ一緒に録ってまぎれてしまったのかもしれない。

  アニメのほうでは、ナチスの台頭とオーストリア併合、それに反発するトラップ少佐たちが描かれていたと思いますが、トラップ一家は1938年にイタリア経由でアメリカに亡命します。 このへん、ウィキペディア日本語の「マリア・フォン・トラップ」の記事を引くと、こんな感じです。――

1933年、オーストリアを襲った金融恐慌によってトラップ家の財産を預けていた銀行が倒産し、財産を失った。その頃知り合ったフランツ・ヴァスナーという神父は、グレゴリオ聖歌に精通しており、兄弟姉妹の歌の指導をするようになった。さらにひょんなことから1935年のザルツブルク音楽祭に参加し、ヴァスナー神父の指揮で兄弟姉妹と母親で歌ったところ優勝してしまった。以降、この合唱団は人気となり、やがてヨーロッパ全域を回り、「トラップ室内聖歌隊」という名前でコンサートをおこなうようになった。

1938年、オーストリアはナチス政権下のドイツに併合された。ちょうどその頃、アメリカ合衆国のエージェントから公演の依頼を受けていたこともあり、家族でオーストリアを離れることになった(ナチ党員だったにもかかわらず一家に同情的だった執事が亡命を進言した)。一家と行動を共にすることに決めたヴァスナー神父と一家は汽車を乗り継いでスイス、フランス、イギリスへと渡り、サウサンプトンからアメリカへ向けて出航した。アメリカでのビザが切れると再び一家はヨーロッパへ戻り、そこでもコンサートを行って、1939年10月に再びニューヨークへやってきた。

1940年になると大手プロダクションが家族のプロデュースを引き受けることになったが、その時に「トラップ聖歌隊」という名前を改めて「トラップ・ファミリー合唱団」にし、曲目から聖歌を減らしてフォークソングを中心にするよう改められた。こうしてアメリカ中をまわるようになると再び評判を呼び、1956年までコンサート活動をおこなった。1948年、一家はようやくアメリカの市民権を得た。

夫ゲオルクは1947年に亡くなったが、マリアは家族の歴史をつづった The Story of the Trapp Family Singers(1949年、『トラップ・ファミリー合唱団物語』)や Around the Year with the Trapp Family (1955年、『トラップ一家の一年』)などを次々と出版し、ベストセラーになる。

英語のWikipedia の "Maria von Trapp" や下に挙げた『ニューヨーク・タイムズ』の記事はいずれもイタリア経由でアメリカと書いてあるのですが、実際のところはもうちょっと調べてみないとわかりません。目にとまった、Joan Gearin, "Movie vs. Reality: The Real Story of the Von Trapp Family"という長い文章(旅客記録とか、アメリカ市民になるための請願書とか、宣誓書とか、1942年にナイアガラフォールズ(ナイアガラの滝のアメリカ側の市)に永住の目的で入国した記録とか、いろいろな写真資料あり)を読んだかぎりでは、映画ではスイスだけれど、実際はイタリアへ向かったのが事実のようですし、市民権獲得の年についても違うようです。

  ともあれ、the Trapp Family Choir というキリスト教的な含みのある名称を変更するととともに、アメリカの民謡をレパートリーに積極的に入れたのは事実でしょう。

  で、次に引くのは、1958年のドイツ映画からです。『続・菩提樹』(Die Trapp-Familie in Amerika[The Trapp Family in America])――

 

"Trapp Family: Oh, Susanna/ I come from Alabama" (1:37) posted by "Jairdan" on May 10, 2007

   次男のヴェルナーだと思うのですが、 すごく高いボーイソプラノで、よいです。昨年2007年10月に91歳で亡くなっています。"Werner von Trapp" Wikipedia <https://secure.wikimedia.org/wikipedia/en/wiki/Werner_von_Trapp>

   って、現実と映画の混交が起こってます(そういうのを思うたびに思い出すのは大江健三郎の初期の小説のどれだかに出てくる、明治天皇と乃木将軍の映画を見て、明治大帝はりっぱで云々という感懐を抱く人間について揶揄する文章ですが、確認しないままに年が過ぎています)が、それも含めてしみじみしたのでした。

 

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The Trapp Family Lodge, Stowe, VT: A Little of Austria . . . A Lot of Vermont <http://www.trappfamily.com/> 〔1940年代前半に農場を買ってトラップ一家が住み着いたヴァーモント州Stowe のトラップ家のホームページ〕

Peter Kerr, "Maria von Trapp, Whose Life Was 'Sound of Music' Is Dead" New York Times, March 29, 1987 <http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9B0DEED91738F93AA15750C0A961948260> 〔3月27日に亡くなった翌日の『ニューヨーク・タイムズ』紙の obituary。アメリカに着いて最初の大きな劇場での公演について、昔の記事を引用して次のように書いている――〕

Their first major concert, which brought the Trapp Family Choir national attention, took place in New York in Town Hall on Dec. 10, 1938. In a review of their opening performance, The New York Times commented:

''There was something unusually lovable and appealing about the modest, serious singers of this little family aggregation as they formed a close semicircle about their self-effacing director for their initial offering, the handsome Mme. von Trapp in simple black, and the youthful sisters garbed in black and white Austrain folk costumes enlivened with red ribbons. It was only natural to expect work of exceeding refinement from them, and one was not disappointed in this.''

"The Story of the Real Maria von Trapp" <http://myfavouritethings.homestead.com/mariastory.html>〔個人のウェブサイト The Sound of Music <http://myfavouritethings.homestead.com/Homepage.html> 内。写真が数葉あります〕

Joan Gearin, "Movie vs. Reality: The Real Story of the Von Trapp Family" Prologue, Winter 2005, vol. 37, no. 4 <http://www.archives.gov/publications/prologue/2005/winter/von-trapps.html> 〔映画と現実の違い。最もこの映画は事実と違っているというのはたいへん有名な話です。いろいろな画像資料を掲載しているところが興味深い〕

 

 

 


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September 21 トラップ・ファミリー合唱団のおおスザンナ 追記  "Oh! Susanna" by the Trapp Family Singers [スザンナ周辺]

September 21, 2008 (Sunday)

September 20 トラップ・ファミリー合唱団のおおスザンナ "Oh! Susanna" by the Trapp Family Singers [スザンナ周辺]

の補遺です。

 

カリフォルニア時間9月21日朝9時――トラップ一家についてはいろいろな人が書いているだろうことはわかっていたのですが、目を通している余裕がありませんでした。いくつか参考のために並べておきます。いちおう最初に前回の参考url も再掲します。

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The Trapp Family Lodge, Stowe, VT: A Little of Austria . . . A Lot of Vermont <http://www.trappfamily.com/> 〔1940年代前半に農場を買ってトラップ一家が住み着いたヴァーモント州Stowe のトラップ家のホームページ〕

Peter Kerr, "Maria von Trapp, Whose Life Was 'Sound of Music' Is Dead" New York Times, March 29, 1987 <http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?res=9B0DEED91738F93AA15750C0A961948260> 〔3月27日に亡くなった翌日の『ニューヨーク・タイムズ』紙の obituary。アメリカに着いて最初の大きな劇場での公演について、昔の記事を引用して次のように書いている――〕

Their first major concert, which brought the Trapp Family Choir national attention, took place in New York in Town Hall on Dec. 10, 1938. In a review of their opening performance, The New York Times commented:

''There was something unusually lovable and appealing about the modest, serious singers of this little family aggregation as they formed a close semicircle about their self-effacing director for their initial offering, the handsome Mme. von Trapp in simple black, and the youthful sisters garbed in black and white Austrain folk costumes enlivened with red ribbons. It was only natural to expect work of exceeding refinement from them, and one was not disappointed in this.''

"The Story of the Real Maria von Trapp" <http://myfavouritethings.homestead.com/mariastory.html>〔個人のウェブサイト The Sound of Music <http://myfavouritethings.homestead.com/Homepage.html> 内。写真が数葉あります〕

Joan Gearin, "Movie vs. Reality: The Real Story of the Von Trapp Family" Prologue, Winter 2005, vol. 37, no. 4 <http://www.archives.gov/publications/prologue/2005/winter/von-trapps.html> 〔映画と現実の違い。最もこの映画は事実と違っているというのはたいへん有名な話です。いろいろな画像資料を掲載しているところが興味深い〕

"Werner von Trapp" Wikipedia <https://secure.wikimedia.org/wikipedia/en/wiki/Werner_von_Trapp>

"Trapp Family: Oh, Susanna/ I come from Alabama" (1:37) posted by "Jairdan" on May 10, 2007 <http://uk.youtube.com/watch?v=zZRg5iOGpYo> 〔ドイツ版映画の「おおスザンナ」のシーン〕

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「トラップ一家その後の人生」 「わちの子倶楽部」の『トラップ一家物語の部屋』内 <http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/2761/sonogo.html> 〔世界名作劇場を扱うページ内。「名作アニメ「トラップ一家物語」では一家がアメリカに亡命したところで終わってしまいますが、現実の世界ではもちろん彼らの生活はその後も続きます。ここではアニメで語られることの無かったアメリカ亡命後のトラップ一家の人々にスポットをあててみたいと思います。 参考文献:「サウンド・オブ・ミュージックの世界」求龍堂刊〕

トラップ一家物語年表 (トラップ一家に関する年表、「トラップ一家物語」と史実の相違点、「トラップ一家物語」と史実が異なる理由 『トラップ一家物語ファンクラブ』内 <http://www.geocities.co.jp/AnimeComic/1652/trapp/chrono.html> 〔世界名作劇場のファンクラブ。「全曲リスト」とかあって、熱がこもっています。この年表は「文溪堂『サウンド・オブ・ミュージック』、求龍堂『サウンド・オブ・ミュージックの世界』から抜粋、加筆して作成」〕

ついでに英語のページも――

"Trapp Family Story" Wikipedia <https://secure.wikimedia.org/wikipedia/en/wiki/Trapp_Ikka_Monogatari> 〔英語版。さすがに日本語のウィキペディアの「トラップ一家物語」のほうがくわしいです〕

"Georg von Trapp" Istria on the Internet <http://www.geocities.co.jp/AnimeComic/1652/trapp/song/song.html> 〔ゲオルク少佐についての記事ですが、その後のトラップ一家についてもたいへんくわしいです。以下、この記事をもとにしながら、かいつまんで記述することにします。〕

 

   1938年、ピクニックのような軽装で屋敷のすぐ裏の駅から汽車に乗り、アルプスを越えてイタリアへ、そしてトリエストに滞在し、それから船で――どこ から? というのが諸説あるようですが――ニューヨークへ。アメリカには6ヶ月の visitors’ visas で滞在。上の『ニューヨーク・タイムズ』が言及している公演は1938年12月ですが、その後ペンシルヴェニア州に行って公演を行ない、1月にフィラデル フィア市で子供ヨハネスが生まれて、それから全米のコンサートツアーを行なう。推定で8ヶ月間。しかしビザは切れているので国外退去せねばならなくなりま すが、コンサートの招待があってスカンジナヴィアへ公演旅行へ行く。1939年9月、第二次世界大戦勃発。アメリカのマネジャーから、演奏契約履行のため に、切符が送られてくる。9月27日、ノルウェーのオスロ発のアメリカ行きの船に乗ります(やっぱり6ヶ月ビザ)。このときもRev. Wasner と Martha Zochbauerが同行していることが、the Ship's Manifestによって知られます。

  アメリカでの最初の2年間、一家は "Trapp Family Singers" と書き記したバスを「家」として公演旅行をします。

TrappFamilySingers_kidsbus300.jpg

  "TRAPP FAMILY" の下はなんと書いてあるのでしょう? 

    おそらく1939年の秋から暮れに、ヴァーモント州Stowe の小さな村を見つけます。この山村は、オーストリアの自分たちの故郷を思い出させるところがあったようです。そして、お金を貯めて、600エーカーの土地 と農場を1941年(か42年)に購入します。マリアは "Cor Unum" と名付けますが "One Heart" 「ひとつの心」という意味です。


Photo from: http://www.trappfamily.com/history.html

   夏は農場で働き、8ヶ月間の演奏旅行をするというのはたいへんだったようです。マリアはキリスト者としての信念をもって仕事をしていたようですが、子供たちは自由な生活ができずに辛いところもあったようです。

  次男のWerner von Trapp (December 21, 1915 – October 11, 2007) についてですが、第二次大戦では陸軍 the 10th Mountain Division に参加してイタリアで従軍。帰国後、合唱団に戻りますが、その後は同じヴァーモント州のWaitsfieldに酪農家として独立。6人の子供と13人の孫にめぐまれます。孫の Sofia、 Melanie、 Amanda、Justin は現在のthe von Trapps Children あるいは the von Trapps として音楽活動をおこなっているようです――<http://www.vontrappchildren.com/>。娘の Elizabeth von Trapp は、やはり歌手になり、グレゴリオ聖歌とカントリーとフォークとミュージカル・コメディーを混ぜ合わせたコンサートを行なっているそうです。2001年には、アメリカの詩人 Robert Frostの詩を使用する許可を得たそうです。(cf.アマゾンのElisabeth Von Trapp―― "One Heart One Mind" とかは農場の名前を思い出させますね。)

   著書 Maria か ら―― "Overnight we had become really poor; we had become refugees. A refugee not only has no country, he also has no rights. He is a displaced person. At times he feels like a parcel which has been mailed and is moved from place to place. . . .  The only thing we could do well together was sing, so we had to turn a hobby into a way of living." (一夜にして私たちはほんとうに貧乏になっていました。私たちは亡命者になりました。国をもたないだけでなく、市民権を何ももたないのが亡命者です。場所 を移し替えられた人間です。亡命者は、ときどき自分が、場所から場所へと配送され移動される荷物かなにかのように感じます。・・・・・・私たちが一緒に なってできることは歌うことだけでした。それで私たちは趣味を生活の糧に変えねばならなかった。)

 

 

 


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September 21 エルセリートの八百屋さんの古本市など [本・読み物 reading books]

September 21, 2008 (Sunday)

告知です。9月の古本市「ビデオ・漫画フェア」

9月21日(日)11時~3時。

今月もビデオがたくさんあります!
なつかしいテレビドラマとか歌の番組に出会える
かもしれません。掘り出し物を探して見ませんか?

もちろん通常の文庫本、単行本、雑誌もあります。

もしテープの内容が悪くてもテレビからレコードする
空テープとしても使えます。このごろはテープも売っ
ていませんでしょ?

それからマンガもたくさんあります!

エルセリートの日本食品店「八百屋さん」の前。
10566 San Pablo Avenue El Cerrito, CA 94530

雨天中止。 <http://himawarikai.org/topics.cgi>

 

   あと、Berkeley Daily Planetの "Community Calendar" にエルセリートの図書館のブックフェアが載ってました。――

Friends of the El Cerrito Library Books Sale from noon to 4 p.m at El Cerrito Library, 6510 Stockton Ave., El Cerrito.  526-7512

 

ついでに行ってみようと思います。なんかシカモア組合教会のバザー(Sycamore Bazaar: 12:00 - 5:00 pm) もある(1111 Navellier Street, El Cerrito) ようなのですが、そちらはモーリちゃんたちにおまかせ。

ぴゅ~っ。


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September 21 エルセリート図書館の古本市(で買った本) (Books Bought) at Book Sale at El Cerrito Library [本・読み物 reading books]

September 21, 2008 (Sunday)

    アルバニーのPeet's コーヒー(まずくはないらしいが入ったことはない)の前に並んでいる新聞の箱 ("newspaper box" と呼んでまちがいでないらしい)の一番サンパブロ通り寄りの箱に無料の新聞 The Berkeley Daily Planet が入っていて、紙は週刊で木曜日に出て、数日するとなくなってしまうので、週の後半にエル・セリート・プラザに買物に出かけたときはもらって帰るようにしています。それで、前の記事で書いたように、"Community Calendar" にエルセリートの図書館のブックフェアが載っているのを見つけました。――

Friends of the El Cerrito Library Books Sale from noon to 4 p.m. at El Cerrito Library, 6510 Stockton Ave., El Cerrito.  526-7512

 

これは、さっき調べたら、Daily Planet WEB版にも載っていました("Community Calendar. Catagory: East Bay Events Calendar from The Berkeley Daily Planet - Thursday September 18, 2008")。 ベタで文字が並んでいるので単調なのが難点ですが、検索もかけられるだろうし、便利なことです。

   で、シカモア・バザーと八百屋さん前の古本市をのぞいたあと、八百屋さんより少し南のStockton Avenue を東へ2ブロックほど歩いたところにあるEl Cerrito Library に初めて行ってきました。 電車のバートの高架の手前です。

 

 


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  Lexington Avenue を少し越えた右(南)側です。画面左上から右下へ、黄色いサンパブロ通りに平行に濃いネズミ色の線が走っていますが、それがBART です。線上に "Ohlone Greenway" "Ohlone Trail" と繰り返し描かれているのは、高架の下の散歩&自転車の遊歩道のことです。Ohlone というのは昔このへんに住んでいたインディアンの部族の名前です。 ついでながら、10566 San Pablo Avenue の八百屋さんマーケットはStockton の北(上)の Waldo Avenue と Moeser Lane のあいだのMoeser Ln 寄りにあるJay Vee Center という小さなモール (strip mall というのかしら)の中にありあります。

    "Library" と道に標識のある建物と看板が見えてきました。ElCerritoLibrary.jpg

   ElCerritoLibrary_BookSale.jpg 

   うーん、シンプル。

   図書館正面を突破しようとしたら、鍵がかかっていて開きませんでした。日曜日は休館か。ElCerritoLibrary2.jpg

土曜日もやっていたようです。

右手から奥へ進むと、駐車場でやっていました。バートがもうすぐそこに見えます。ElCerritoLibrary_.jpg

写真がボケているのは肖像権保護のためではなく、自動にするのを忘れていたからです。あんまりなので、ネット上で探しました(春のBook Sale と独立記念日のBook Sale ですが、同じ場所、同じ建物、そして同じご婦人たち(図書館の "Friends")が写っています(うるうる)――

"friendselcerritolibrary's photostream"

   ああ、このflickrは Friends of the El Cerrito Library 自身がupload しているのですね。でもよく見たら、春のセールは正面の図書館内も使っているようですが、今回は地下のBasement みたいなところにたくさん本がありました。ElCerritoLibrary_BookSale_b.jpg

  頭もボケているので、正確には覚えていませんが、外ではオーディオと児童書と歴史と各国語とミステリーとSFと小説とかが置いてあり、屋内にはカリフォルニア関係、文学、伝記、ユーモア、料理、美術、哲学・思想、オカルト、詩、collectible 〔といってもたいしたものではなくて19世紀末から20世紀初めにかけての古書・・・・・・50と書いてあるので50ドルかと思ったら50セントでした〕、などなど。

  地下でだいぶ抱えて、でも地上でも買おうと思っていた本が数冊あったので、地下の入口の会計で、いったん〆ようと思ったのを急に考え直して、「外で会計してもいいですか」と言ったのですが、たくさん本を抱えていたのを見て、「バッグはいらない?」と老婦人に訊かれました。 ううむ。ひまわり会と同じだわ。信用なのね。で、まだ買ってないのをバッグに入れるとまぎわらしくないですかとか下品なことを言うのはやめて、ただ、だいじょうぶです、と答えました。

  外では、自分がさっき来たときにはいなかったサングラスの若いお兄さんとお姉さんが、会計してくれました。「これはいくらだと思う?」と兄さんのほうが姉さんに訊きつつ、さらに横からおばあさんが、その本はいい本よ、とか口をはさみつつ、値段をチェックしたのですが、そのかん姉さんのほうは手にした計算機に数字を入れません。だいじょうぶなんか、と思ったら、30セントが1冊、50セントが9冊、80セントが1冊、2.50ドルが1冊、と読みあげた。ああ、なるほど、だいたいは同じ金額だから山に分けていたのね。計8.10ドル。今日は半額セールで4.05ドル。1ドル札が3枚しかなかったのですが、25セント玉4つと5セント玉1つを添えてお姉さんに渡した。 "4 quarters."  "Perfect!" (小学生かよw) 兄さんに「袋いる?」と訊かれる。いりまんがな、そりゃあ。そして Natural Grocery Company (10367 San Pablo Ave., El Cerrito: www. naturalgrocery.com) のきれいなブラウンバッグに入れてもらえました。「よかったらフレンズになる気はない?」 「は?」 と差し出されたのは白い封筒で、なんかお金の額が書いてあります。しげしげと眺めたあと「あー、ははは。どうも~。さんきゅ~。ぴゅ~っ」と いちおう受け取って帰りました。

  バスを待ちながら、よく見てみると、図書館友の会の年会費 (Friends of the El Cerrito Library Basic Annual Dues)――個人$10、学生・熟年(students, senior (65 or over))$5、家族$15、サポーター$50、その他donation、Total of all ――とか書いてあって、 "Your contributions are tax deductible: THANK YOU / Funds collected augment the library budget, and sponsor children's programs." と記されていました。そうだよな。商売で本売っているんじゃないんだものな。毎月第2火曜日の午後4時に Board meeting を開いているようです。

ElCerritoLibrary_BookSale_boughtbooks_1.jpg

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

この日エルセリート図書館のブックセールで買った本。12冊で4ドル5㌣也。ふと思いついて、読んでない本についてあれこれ適当に書くより、適当に書き写してみるというのも写経の気分で心が澄んでよいかな、とやってみたのですが、ただ疲れました。そもそも以下どういう本を買ったかという極私的メモに類するものですのでおひまなかた以外は読む必要はないです(いちおう上から時計回り)――

ElCerritoLibrary_BookSale_boughtbooks_2.jpg

☆National Geographic Society.  Trails West [Special Publications Series 14, no. 2].  Washington: National Geographic Society, 1979.  207pp.  Hardcover 4to - over 9¾" x 12" tall.  ISBN: 0870442724  〔80セントを半額の40¢で購入〕

We Americans have a long-standing love affair with the trails that led our westering ancestors toward the sunset.  We have read about them in hundreds of books since Francis Parkman's The Oregon Trail appeared in the 1840's; we have glorified them in such classic films as The Covered Wagon; we have elevated television series like "Wagon Train" to the highest ratings.  "Highways of conquest," we dubbed them, as we linked those rude tracks to the migrations that won the continent.  (Foreword 5)

☆Owen Wister.  The Virginian: A Horseman of the Plains  With an Introduction by Struthers Burt and Illustrations by William Moyers.  New York: Heritage Press, 1951. 437pp.  Hardcover in slipcase 9-5/8" x 6-3/4".   OCLC: 3491448   〔2.5ドルを半額の$1.25で購入〕

The Far West―the cattle country―with its space and beauty and emphasis on individualism and personal responsibility, together with the life of the well-run ranch with its curious but harmonious mixture of feudalism and fierce independence, has always been the refuge of the young Tory-Liberal wealthy enough and restless enough to leave the more crowded East.  The Far West has been largely settled by landless men, seeking land or some other natural resource, and by young Tory-Liberals uneasy in the position where God has placed them: one reason why the Far West has always been one of the most cosmopolitan sections of the country, and a political and social puzzle to those who do not understand it.  With Owen Wister it was a case of love at first sight.  He did not settle in the Far West although, much later on when he was approaching fifty, he bought a ranch in the Jackson Hole Country of Wyoming which he occupied for a couple of summers before selling it.  (Introduction vii)

☆Berkeley Pop Culture Project.  The Whole Pop Catalog.  New York: Avon Books, 1991.  608pp.  Original Pap.  9¾" x 12" (28cm).  ISBN:  0859651932    〔50セントを半額の25¢で購入〕

     North American Indians raised popcorn, and it may have appeared at the Pilgrim's Thanksgiving table.  Americans munch on 56 quarts per person every year; sales topped one billion dollars last year.
     Why does corn pop?  Moisture inside the kernel vaporizes from the heat, but can't escape because of the kernel's hard shell.  The pressure builds until the corn explodes.
     Flavoured popcorns are an alarming trend, with varieties like caramel, nacho, sour cream 'n' onion, watermelon, even hot pepper.  (Popping Culture 498)

☆Clara Svendsen and Frans Lasson, ed.  The Life and Destiny of Isak Dinesen.  Chicago: University of Chicago Press, 1970; rpt. 1976.  231pp.  Pap.  9¾" x 12" (26cm).   ISBN:0226469166 : 9780226469164   〔50セントを半額の25¢で購入〕

We must leave our mark on life while wehave it in our power, lest it should close up, when we leave it, without a trace. ―Karen Blixen

☆Thomas Pynchon.  Slow Learner.  New York: Bantam, 1984.  202pp.  ISBN: 0553249622   〔50セントを半額の25¢で購入〕

This was in early February of '57 and back then there were alot of American expatriates around Washington D.C., who would talk, every time they met you, about how someday they were going to go over to Europe for real but right now it seemed they were working for the government.  Everyone saw a fine irony in this.  ("Entropy" 66)

Emily Dickinson.  [Laurel Poetry Series: Richard Wilbur, general editor]  Ed. John Malcolm Brinnin.  New York: Dell, 1960.  160pp.  OCLC:21988099    〔30セントを半額の15¢で購入〕

This is my letter to the world,
     That never wrote to me,―
The simple news that Nature told,
     With tender majesty.

Her message is commited
     To hands I cannot see;
For love of her, sweet countrymen,
     Judge tenderly of me!  
                                               (no. 31)

Dorothy and Carl J. Schneider.  American Women in the Progressive Era, 1900-1920.  1993. Rpt. New York: Anchor-Doubleday, 1994.  276pp.  Pap.  ISBN: 0385472838

Start with the women.  In 1900, the 37 million women of the United States shared no common life-style.//American women lived in dramatically different areas.  Ten and a half million of them crowded into the urbanized and industrialized Northeast.  Five million inhabited a largely rural and agricultural South Atlantic area still tragically struggling with its division between whites and blacks.  The greatest number, 13 million, spread across the farmlands, small towns, and great cities of the North Central area.  Another 7 million dwelled in the enormous spaces of the South Central regions, from Kentucky and Tennessee to Texas and the Indian Territories.  And a scant 2 million populated the Far West.  Across the huge reaches of North American continent, all these women throughout the Progressive Era, 1900-20, invented or accepted their lives in ways as different as the regions they inhabited. (1-2)

Justine Picarde.  If the Spirit Moves You: Life and Love after Death.   New York: Riverhead Books, 2002.  259pp.  ISBN: 1573222119

Jesus is dead and so is my sister, and I'm running on a treadmill at the gym, watching MTV with no sound on.  If my sister were still alive, she would be thirty-six in ten days' time.  But Ruth died when she was thirty-three, the same age as Jesus.  Obviously, I know she wasn't nearly as famous as Jesus was at the age of thirty-three―I'm not that crazy, nor inclined to blasphemy under normal circumstancesbut Ruth is a little bit famous, because after she was diagnosed with terminal breast cander, I asked her to write a column for the Observer magazine, which I was editing at the time.  The magazine was called Life, and her column about death came on the final page.  She only wrote a handful before she died, but many thousands of readers responded to her pieces, which were late collected (along with emails and letters) in a book called Before I Say Goodbye.  (1)

First Edition Reproduction of The Legend of Sleepy Hollow and Other Tales by Washington Irving.   Cheyenne, Wyo.: Fleetwood, 1974.  120pp.  ISBN:0913376035 9780913376034

"That there is no situation in life but has its advantages and pleasures, provided we will but take a joke as we find it:
     "That, therefore, he that runs races with goblin troopers, is likely to have rough riding of it:
     "Ergo, for a country schoolmaster to be refused the hand of a Dutch heiress, is a certain step to high preferment in the state.  ("The Legend of Sleepy Hollow" 119)

Ron Padgett, ed.  The Teachers and Writers Handbook of Poetic Forms.  New York: Teachers & Writers Collaborative,  1987.  Pap.  224pp.  ISBN: 0915924234 

Some acrostics have the vertical word at the end of the lines, or in the middle.  The double acrostic has two such vertical arrangements (either first and middle letters or first and last letters), the triple acrostic has all three (first letters, middle, and last).  Here is what might be called a run-on double acrostic, with the last letter of each line capitalized only to make the example clearer:
    
Many times I
    
Yelled across the cosmoS
    
Not knowing to whoM
    
And/or what everlasting top bananA
    
Men had sought in faR
    
EternitY
("Acrostic" 5)

Yoshiko Uchida.  The Sea of Gold and Other Tales from Japan.  Illustrated by Marianne Yamaguchi.  1965.  Rpt. Berkeley: Creative Arts Book, 1988.  137pp.  Pap.  ISBN: 0887390560

On a small island, where almost every able-bodied man was a fisherman, there once lived a young man named Hikoichi.  He was gentle and kind, but he was not very bright, and there was no one on the whole island who was willing to teach him how to become a fisherman.

Isaac Bashevis Singer.  The Séance and Other Stories.  Trans. Roger H. Klein et al.  New York: Farrar, 1968.  276pp.  OCLC:43008251

It was during the summer of 1946, in the living room of Mrs. Kopitzky on Central Park West.  A single red bulb burned behind a shade adorned with one of Mrs. Kopitzky's automatic drawings―circles with eyes, flowers with mouths, goblets with fingers.  The walls were all hung with Lotte Kopitzky's paintings, which she did in a state of trance and at the direction of her control―Bhaghavar Krishna, a Hindu sage supposed to have lived in the fourth century.  ("Séance" 3)


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September 21 しかもシカモアバザーよ And Sycamore Bazaar Too [小学校と銀行]

September 21, 2008 (Sunday)

    この日曜日はシカモア組合教会のバザー(Sycamore Bazaar: 12:00 - 5:00 pm) もあって(1111 Navellier Street, El Cerrito―) 、結局自動車で連れられていったモーリちゃんの父も見学することになりました。くわしいレポートはアルバ、いやバークレーの窓ちゃんのご母堂のシカモアSYCAMORE教会バザーBAZAAR」(窓@Berkeley)の記事をごらんください。

  あ、…って!違うでしょ!父上!! …って!違うでしょ!

  マドさんも書いておられるように、絆は強く、付属の幼稚園の卒業生がみんな手伝いにくるようです。また、あんことか使った菓子類を自分たちでつくるようなのですが、それがけっこう評判で、お年寄りや女性も集まってきます。そうすると男もついていくことになります。結果、このかいわいの日本人並びに日系の人たちがみんな集まってくるバザーになっているようです。

   先週末にひさしぶりに行ったソラノのカリフォルニアバンクにチラシが貼ってあったのですが、あとから、同じものをモーリちゃんが小学校で特別英語授業の先生からもらっていたことを当日に知りました。

   この日、途中までカメラを自動にしていなかった(前日焼きそばをつくったときにマニュアルで撮影したのがそのままになっていた)ので、ボケボケです。ボケ度によって大きさを変えます(やかん写真を除く)。

SycamoreBazaar_Sept21,2008_z.jpg まずは看板から (って実は最後に撮ったのですが)。

SycamoreBazaar_Sept21,2008_c.jpg 12時ちょっとすぎたくらいですが、続々と集まってきます(というか、なかでは既に皆さんいろいろ食べたりしてました)。SycamoreBazaar_Sept21,2008_f.jpg

最初にチケットを買って、ポイントで購入・利用できるものが多いようです(モーリちゃんはクマのぬいぐるみをもらってきました)。SycamoreBazaar_Sept21,2008_d.jpg すし・・・・・・ほんとうは食べたかった。うどんも。

SycamoreBazaar_Sept21,2008_e.jpg

なつかしいやかん! と撮ったつもりがボケてました。ちょっと小ぶりのやかんでした。

 

SycamoreBazaar_Sept21,2008a.jpg

これ(右)は古内東子でも水子でもなくて(お)菓子 です。奥では "Silent Auction" がひそやかに開かれています。

SycamoreBazaar_mountain.jpg

のぼりと山の感じが日本風。 あれ? エルセリートに山はないと言った前言はどうなる(いや、海岸沿いにはない)。

SycamoreBazaar_Sept21,2008_b.jpg

日本、日本しているかというとそうでもないです。日本のお祭りでよく見るような子供相手の射的の香具師の役を大きなこどもが演じたりしています(ちがうだる、それにたとえが日本)。

SycamoreBazaar_table.jpg

読めないでしょうが、ハンバーガーののぼりのむこうの照り焼きチキンもおいしいと評判なのですが、モーリちゃんたちも高くて食べられなかったと言ってました(ひぇ~、貧乏~)。

  モーリちゃんの父は最初にひとしきりぐるぐるぐるぐると見たあと、モーリちゃんたちを置いて、そそくさと立ち去りました。誰に会うかわからんですし、れいこ先生とアポもなかったですし。

   あとから聞いたら、やっぱりいろんな人が来ていて会ったようです。 モーリちゃんの父も最初に受付のところで知り合いの女の子に会ったのだけれど。

  バザーというのは本来は宗教的な意味合いはないのでしょうけれど(ペルシア語だし、中東諸国のバザールを考えてみると)、"Christmas bazaar" とかなると「慈善市」的な含みがでてくるんじゃないかと思います。で、やはり教会と母校のための催しですから、少なくとも食べ物は、やっぱり donation 的というか、商売じゃないから逆に高めな感じがモーリちゃんの父はしました(貧乏人感覚では)。あとオークションも、最初のスタート額がけっこう高かったそうです、情報によると。

  それでも、モーリちゃんたちがおみやげに買って帰ってきてくれたお菓子の楕円形のまんじゅう(5個5ドルって言っていたかな、まあ安いじゃん)は、なつかしく、いとおいしかったです。そして、もう一度マドさんの言葉を反復させていただくと、絆を感じたのでした。


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September 21 八百屋さんマーケット前の古本市で (買った本) (Books Bought) at Old Book Fair at Yaoya-San Market [本・読み物 reading books]

September 21, 2008 (Sunday)

   しかもこの日は、日本の本の古本市にも行きました(順序としてはシカモアバザー⇒(1ドルショップ⇒)八百屋さん⇒図書館のブックセール)。

    サンパブロ通り沿いの八百屋さんマーケットと八百屋さんの右(向かって左手)前の名前がわからない建物の側面と八百屋さんの左(向かって右)横のIchiban-Kanの前にマタガルかたちで設営される月例古本市にモーリちゃんの父が6月から来るようになって、3回目。一回写真を撮って曲がりなりにも紹介すると、もういっか、ともういっかい撮影する気が起きなくなるものでしょうか。いや、たぶん対象によるのだろうと思います、その写真を紹介するかどうかはともかく。Yaoya-San については窓@Berkeley のEl Cerrito近辺でお買い物」の記事を参照、古本市を20年以上にわたって主催している渡米者団体ひまわり会について、そしてその他の日系団体についてはとりあえず記事「June 17 ひまわり (1)」を参照いただきたい〔ひさしぶりに日系新聞のWEBを見てみたら、北米毎日のコミュニティリンクは見つからず(どうやらUnder Construction)、日米タイムズのは絵が入ったまったりした、しかも日本に寄らない一般的なものになっていた―<http://www.nichibeitimes.com/comcalj/calendar.htm>。 古本市もバザーもバークレーデイリープラネット紙には載っていないのだけれど、情宣的にこれでよいのだろうか(大きなお世話ですか)〕

  3度目の古本市ですが、まあ、よかれあしかれ、まったり同じような感じで、あまり変化と刺激がないかなあ、というのが正直な印象です。もっと古い本を放出してくれる御仁がいればよいのだが(他力本願で笑)。 古本屋に寄っているような感覚と言えるかも知れません。どこの棚に何があるかだいたいわかっていて、あ、新しいのが入ったみたいな(そこまで詳しくはないか)。1回開店(?)前に行って、唐沢俊某(寿明ではない)が日本の古本市について活写したように、ここアメリカでも古本マニア連が一番乗りを目指して固唾をのんで待っているものかどうか確認せねば、かわり映えがしないなどということは絶対言えないのですけど。古本屋の中身がごっそり替わっていたら同じ古本屋じゃないですからね(古本屋じゃないっつーの)。

  そして、今回、買った本など。――

ElCerritoLibrary_BookSale_boughtbooks_4.jpg

あ、ちっちゃー。

エリック・ノイマン著 河合隼雄監修 玉谷直實・井上博嗣訳 『アモールとプシケー――女性の自己実現』 紀伊国屋書店, 1973(, 1980).   212pp.  定価¥1200.  〔ハードバックなので2ドルで購入〕

    タイトルの裏を見て調べて確認すると、Erich Neumann, Amor and Psyche: The Psychic Development of the Feminine: A Commentary on the Tale by Apuleius (London: Routledge and Kegan Paul, 1956)という英語版、調べると英訳者はRalph Manheim、 (ISBN:0415209420 9780415209427 0415211247 9780415211246 0415191327 9780415191326)からの翻訳のようです。ノイマン (1905 - 60) はユングの弟子のドイツ人で、なるほど有名な『グレート・マザー』 (1955) は英語で最初から出されたようですが、それだってやはりRalph Manheim の英訳ですし、この『アモールとプシュケー』もドイツ語で書いているわけで、原著は、ドイツらしく、さらに副題が一つ多くて、Amor und Psyche : Deutung eines Marchens : ein Beitrag zur seelischen Entwicklung des Weiblichen : mit dem Text des Marchens von Apuleius in der Übersetzung von A. Schaeffer (たぶんOlten: Walter, 1952) です。・・・・・・ちゃんと本の情報が与えられていないので不確かです。ということで、どうやらドイツ語原著ではなくて、英語訳からの重役いや重訳らしい。まあ、たとえばフランスのジョルジュ・プーレの有名な『円環の変貌』の英語版が、プーレがアメリカのジョンズ・ホプキンズ大学へ移ってから、英訳に目を通していて信頼できるとか、ボルヘスの英訳もやっぱり同様に信頼できるとか、カイザーの『グロテスクなもの』の英語版のほうが参考文献が豊富であるとか(うそかもしれません)、いろいろtranslation というのはいろいろなことがあるのでしょうが、それにしても、なぜ英語版を使ったのかの説明はありません。この訳書には訳者のあとがきとかはなくて、「監修者」である河合隼雄の「解題」が付されているのみです。だいたい、ノイマンはユダヤ系ドイツ人ですが迫害をのがれてスイスに行き、ユングに学んでからテルアビブに住むわけですが、しかし「エリック」はなかろうと思います(人の名前の発音は毎度書いているようにむつかしいですけど)、エーリヒかエーリッヒやろー。あとは読んでから書きたくなったら適当にどこかに組み込むなり取り上げるなりします←毎度同じ。

猿谷要 『アメリカ大西部』 新潮社、新潮選書, 1978(, 1988).  261pp.  定価¥910.  ISBN: 4106002000 〔ペーパーバックなので1ドルで購入〕

アメリカ研究者猿谷要 (1923 - ) の70年代末の、「荒野、山岳、砂漠、大盆地などの交錯するなかを、歴史や文明やそこに生活する人びとのことなどを肌で感じながら、思いきりドライヴした、私のアメリカン・ウェスタン・メモリー」。ニュージャーナリズム的な紀行文というより、旅の記録かしら。いまだったらブログで公開ということになるのかなあ。人によってはそうなのだろうなあ。「ロッキー山中の松茸狩りで,松茸を初めてみつけたとき,パートナーは大喜び。(コロラド州)」というキャプションがついた写真 (203) とかを見ると、ふとそう思います。

斎藤眞・亀井俊介ほか監修 『アメリカを知る事典』  平凡社、1986; 新訂増補 2000.  686pp.   定価¥5400.  ISBN: 458212626X 〔やわらかバックだけど、「え、ペーパーですよ」とは言わずに2ドルで購入〕

新訂増補版が出ていたのは迂闊にも知りませんでした(大ボケで笑)。 もともと平凡社の大百科事典(黄色いやつ。外国語の索引が詳しくて便利)と並行してというか、副産物的にできたのが「知る事典」シリーズなので、項目執筆者はソウソウタル顔ぶれです。「項目編」のあと、579ページから「増補編―1980年以降のアメリカを知る 国際政治/国内政治/経済政策/金融・財政/産業/社会問題/文化状況」という分け方で、629ページまで増補分(およそ150項目)がくっついているかたちです。「項目編」でも加筆修正がほどこされているようです。あと参考URLも追加。「ポピュラー・ミュージック」や「フォーク・ソング」など、音楽関係は中村とうようがもともと書いていたのですが、増補編では三井徹が書いています。なるほど。しかしあいかわらず画家のJasper Johns はジョーンズで(彼がジョンズじゃなくてジョーンズだったらJohns Hopkins 大学もジョーンズと呼ばれねばならない)、fast food はファストフードじゃなくてファースト・フードで(フリー・マーケット同様意味が日本人にまぎわらしくてしょうがない)、神智学協会やスピリチュアリズムがないのはちょっといかんね(半分くらいは冗談です)。立派な事典です。

『新日劇時代 DRAMA ICHIBAN: New and Best Collection』 Wisdom International Records [www.wiscomusic.tw] (国際多媒体株式会社), 2000.  定価1650

2枚組CD。Disc A: 1. RING B'z主唱\高島禮子、松本幸四郎主演秋季新日劇(明日を抱きしめて)、2. 櫻の雨いつか 松隆子主唱\松隆子、祐介主演(相親結婚)、3. SECRET RENDEZ-VOUS 織田裕二主唱\松島菜々子、織田裕二主演・・・・・・このへんで漢字がわからなくなったので、つづきはいつかひまなときに。〔今回はシカモア・バザーのあと、シュミットという通りからサンパブロに出て、北から来たわけですが、最初にビデオやCDやDVDなどが入った箱を見ることになりました。そのとき値段がわからなかったので、値段表を見におばちゃんのそばに言ったら、CDが書いてなかった。 「CDはいくらですか」 「25セントでいいわ」 というような会話があったのですが、会計のとき、「あれ、あたし、さっきこれ25セントって言いましたっけ」と言われ、2枚組を見抜かれて50セントで購入〕

合計5ドル50セント也


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September 23 Albany、Berkeley、El Cerrito にかつていたひとたちの情報リンク集 (under construction) [ブログ blog]

September 23, 2008 (Tuesday)

    この2週間ぐらい、週末に暑くなって、月曜から涼しくて、というパタンだったのが、「夏の最後の日」 とかニュースで言っていた日曜日のあとも今週は暑いカリフォルニアです。日射しが暑いので、外に出たくないし、勉強はうちでもできるから、とのんびりしているモーリちゃんの父です(笑)。が、ふと思い立って、標記のリンクをつくってみようかなあ、と。4月の渡米前後から、いろいろと参考になるサイトがあり、また、そのいっぽうで、「ブログの紹介」の後半に書いた、「はじめのころは、のちに来るひとが参考になるように、という気持ちもあったのですが、いろいろとネットを調べているうちに、それは思いあがりと知り ました。やっぱり長年住んでいる人たちには知識でかないませんし、長期にわたる情報の蓄積を行なっているりっぱなHPもあります。せいぜいのところ、個人的な失敗談が参考になるかなあ、というくらいです。」という気持ちもあんまり変わらず(まあ、それなりに日常と非日常、現実と非現実、卑近と高尚(笑)をつなぐ工夫はして「SFベイエリア情報」を書いて(だってしょうがないじゃん)いる(実は工夫→非純化&不透明化→失敗なのでしょうが、情報提供的には)のですが)(カッコ多すぎ)。

  ニュースブログに、少なくとも表面的には典型的なように、タイムリーな情報というのがインターネットのひとつのパワーというか原動力なのでしょうが、そういう情報自体も含めて、過ぎて行く時間は、過去を、おびただしい過去の情報を、形成していきます。過去の過去の情報。過去の過去。

  それでも、人間は記憶の生き物だから、なくなったものの記憶をこそいとおしんだり、追憶のなかにときどきは生きたりする。

  って、そんなたいそう抽象的な話ではなかった(爆)。 以下、枠内ははんぶん自己剽窃。

Albany、Berkeley、El Cerrito にかつていたひとたちの情報リンク集 (under construction)

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September 23 standard form, expanded form, word form, short word form 算数の勉強 (2) Math Practice (2) [小学校と銀行]

September 23, 2008 (Tuesday)

    今週の "spelling words"  は先週までのふつうの英語の語彙とうってかわって、15個ぐらい算数の用語が並んでいて、それぞれ定義と例をあげたうえで理解し覚えねばならない。家族みんなで覚えよう、ということに月曜日に相談して、今日は残っていた "word form" "short word form" の確認をしたのでした。

  だって、教科書のGlossary をヒントにして自分でdefinition を書いてね、というのが付帯的な算数の課題なのだが、グロサリーに "word form" も "short word form" もないんだもの。ちなみに "standard form" は "standard notation" として載っていて、同様に "expanded form" も "expanded notation" と教科書には書いてある。いろんな言い方しないでくり~!  

   手元の辞書にはnotation は《数学》で「記数法」としていますが、 "standard notation" は 《チェス》で「国際式記法 (=algebraic notation) 」としか載ってません。指し手の記録のために、盤の縦列を左から順にa, b, c,... h、横列を下から順に1, 2, 3, ... 8、にして座標式に表わす、ああ、これはモーリちゃんの父がむつかしいsudoku 問題を記録するときにやるやりかたと同じです。

  standard notation [form] というのは、十進法で記述する一般的な数の記載法のことです。ただし慣用的にコンマが入るから、2,008 みたいな― The most familiar way of representing whole numbers [自然数], integers[整数], and decimals[小数=decimal fraction].  In standard notation, numbers are written using the base-ten place-value system [base-ten もリーダーズ英和辞典とかに載っていないようなのですが、けっきょく「十進法の」という意味です。そしてそれはdecimalなわけで、decimal fraction (fraction は分数) が小数なのは論理的にはわかるけれど、少なくとも日本人のおじさんの頭にはたいへんconfusing としかいいようがない].  For example, standard notation for two thousand eight is 2008 。

  expanded notation [form] は、桁ごとの合計として数を表記する方法です― A way of writing a number as the sum of the values of each digit.  For example, in expanded notation, 2008 is written 2000 +8。

  だとすれば、word form というのは我が国の漢数字を使い、かつ万とか百とか十とか書くような表記に相当するものだろうな、と想像できるのですが、ふつうの辞書には載っていません。いっぽうでword 自体の形態、語形という意味で辞書学とかで使いそうだし、"form" って多義的すぎ、というか、ぼんやりすぎ。辞書には数学用語としては「形式」としか書いてないです。

  で、今日検索しました。

  また、小学生が全国こども悩み相談いや駆け込み寺的に質問を発していました(ひと月前、8月)。――

How Do You Write A Word Form Of 145,250? And Also A Short Word Form For This Number?

In math, how do you write these type of forms? This is for 4th grade math homework. 〔blurtit.com

それに対するふたつの回答の最初(女性)――

Best guess here would be that each letter of the alphabet is assigned a number, ex. A=1, b=2 etc.. That's what I remember. Go through your 145,250 and write the corresponding letters.
Not sure what a short word form is... Guess I am not smarter than a 4th grader!"

わけわかめの答えです。どこにもなんでも答えたがる人はいるようです(笑)。ちなみに最後の私って、「4年生よりおばか」は、テレビ番組の "Are You Smarter Than a 5th Grader?" (金曜8時 KTVU/FOX) を思いださせます。〔番組のHP <http://www.fox.com/areyousmarter/features/>〕

  さいわい、すぐに別の回答者[男性)があらわれたようです。

One hundred forty-five thousand two hundred fifty.

Short word form is a combination of numbers and words:
145 thousand 250.

   "word form" というのは、だから、身近な例としては、小切手に金額を書くときの形式なわけですね。しかしカンマとかハイフンとか細かい問題もあるような。上の例だと、ふたつとも thousand のあとにカンマが入りそうな気がする、formality の問題かもしれませんが。

    そのあと、教科書の本のグロサリーをよく見たら、 "Number-and-word notation" という見出しで short word form と同じ数の記述法が書かれていました―― "A way of writing a number using a combination of numbers and words.  For example, 27 billion is number-and-word notation for 27,000,000,000." ああ、なるほど、"27 billion" は「270億」「二七〇億」みたいな書き方と同じようなかんじで便利ということですね。

  ところで、この回答者の"Short word form" のリンクを見ると、ついでにexpanded form の例として、次のように書かれています。

In expanded form or expanded notation, your number is written as: 4 x 100,000 + 7 x 10,000 + 4 x 1,000 + 1 x 100 + 3 x 10 + 6 x 1

  expanded form は、教科書に載っている説明では、「365 を 300 + 60 + 5 と書く」としています。さらにexpand して3x100+ 6x10 + 1もexpanded form なのでしょうか。どっちでもいいのでしょうか。はっきりしてほしいものです。ぷんぷん。

    それでは問題です。次のstandard form, expanded form, word form, short word form で書かれた数を4つの等しい値の数のグループに分けなさい。使わない記号もあります。

A.  8,687
B. 80,000 + 7,000 + 600 + 80
C. 80 thousand, 687
D. eighty-seven thousand, six hundred eighty
E. 86 thousand, 870
F. 80,687
G. eight thousand, six hundred eighty-seven
H. 80 thousand, 870
I. 86,870
J. 87,680
K. 8,000 + 600 + 80 + 7
L. eighty thousand, six hundred eighty-seven
M. 8 thousand, 687
N. 87 thousand, 680
O. 80,000 + 600 + 80 + 7

 

元は "Peas in a Pod" というタイトルの問題で、豆のさやに豆を入れるというかたちで「現実」と切り結ぶ(?)算数問題です―― eduspace.com の。

74124_CMU02L09 pp2 (PDF) 〔正解つき〕

  「同じ豆のさやの豆」というのは「うりふたつ」みたいな意味で慣用句がありますねー

"(as) like [alike] as (two) peas in a pod"

two_peas_in_a_pod_candle.jpg
"Two Peas in a Pod" Candle in Ivy Print Gift Box (Set of 4)
             $6.00          Ribbon Angel   
 

 
 カリフォルニア時間9月24日8時追記
すいません、改行なしになって読めないところがありました。なおしました。 

 

 

 

 


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September 18 バンジョー娘のおおスザンナ "Oh! Susanna" by a Banjo Girl [スザンナ周辺]

September 18, 2008 (Friday)

Alaina Christine さんという最近バンジョーを始めた、というアメリカ女性のパフォーマンスです。コロラド州Boulder での演奏。民謡風なまったりした歌い方が好きです。


"Alaina Christine--Oh Susanna" (3:14) posted by "AlainaChristineF" on June 29, 2008

MySpace.com - Alaina Chistine - Boulder, Colorado - Folk / Acoustic / Other <http://profile.myspace.com/index.cfm?fuseaction=user.viewprofile&friendid=315590598>


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September 24 ルネサンス・フェアをめぐって (上)  Renaissance Fair (1) [America]

September 24, 2008 (Wednesday)

   さて、いままで秘密にしていましたが(しとらんか)モーリちゃんの父の専門は文学ですが、自分が体験したことのないものについて平気で語ったり涙したりするのが文学の本質なので――(そういう点では『パリの恋人』のオードリ・ヘップバーンのemphaticalismじゃないやempathicalism には大いにempathy を感じる・・・・・・ううむemphaticalism 42件、empathicalism 1000件)――、おまえ、ルネサンス・フェア行ったことないんやろ? と言われても屁でもないという屁理屈をもっています。それは知らないことを知っているというのとはちがうし、知らなかったことを知っていたと言うのともちがいます。

  ついでに書くと、対象に密着するとかえって対象が見えなくなるということもありますし、見えていても見ていないとか、聞いていても聴いていないとか、木を見て森を見ないとか、逆に、山(アルバニ山)を見て木(ユーカリ)を見ないとか、まあ、いろいろあるわけで。自分は自分に密着し過ぎているから、自分の顔を実際に見ることはかなわず、鏡でしか見ることができないにもかかわらず、毎日のように鏡で見ていると自分の顔の変化がわからないけど1年ぶりにあった人にはその変化が容易に看てとれるとか。それでもわたしの中の彼や彼女は近くて遠い存在であったりするとか。鏡の中の世界に入ることは想像力によってのみ可能であるとか。以上で前口舌おわり。

  あ゛、そもそもつながり的にはイイニクの注釈〔「September 11 サニー・デイ・リアル・エステイトとジェレミー・イーニック Sunny Day Real Estate and Jeremy Enigk」「September 12 ジェレミー・イーニックの解説文章で英語の勉強をしてみる Jeremy Enigk」〕として書いていますから、弁解は不要だったかもしれません。

  ルネサンス・フェアというのは、簡単にぶっちゃけて言うと、イギリスのルネサンス(イタリア・ルネサンスではない)の、ということはおおむねエリザベス女王(一世 1533年 - 1603年、在位1558年 - 1603年)の御代、16世紀から17世紀あたまぐらいの時代の、コスプレ祭です。ちょっと最後がぶっちゃけすぎたかもしれません。いちおう公式的には、16世紀イギリスの、現代のテクノロジーがなく、手工芸や手造りがさまざまな分野で主流であった時代、王侯貴族、宮廷にかかわる芝居や道化師だけでなく、手仕事に誇りをもっていた職人や土とともに生きていた農民やらまで含め、さらには魔術師や魔女や妖精などの存在もひっくるめて、現代文明のひとつの対極として見られたエリザベス朝ルネサンス期を歴史的に再現する催しであり、そこに参加する人も、同様に現代を離れたコスチュームをできれば身につけることが期待される、そういうお祭りです。日本でいうと、いわゆる「時代村」に似ているけれど、村人だけでなくそこを訪れる人もできればその時代の格好をしていって村人の一員になって一緒に楽しむみたいな。で、常設のところもあるようですが、だいたいは毎年期間限定で、ふつう入場料をとって開かれています。

  ルネサンスという歴史用語自体の定義が、論者によってさまざまに異なっている現状ですが、いちおう昔風の考え方だと、古典古代を再発見して中世の暗黒時代の後に人間中心主義的な世界観が起こる、近代の始まりみたいな位置づけでした。典型的には建築にあらわれていて、上は天上、下は地獄をイメジするような垂直方向にのびるゴシック建築(神中心の世界観を表明している)を否定して、水平方向に伸びて地上的人間存在の平等性を強調する建築がルネサンス建築だった(というのはケネス・クラークの有名なCivilisation (『芸術と文明』)の受け売りです)。昔はヒューマニズム(人間中心主義ではなく人文主義という訳語が一般的)ということが中心に言われ、近年はそのヒューマニズム思想の基盤にあるヘルメス学的な思想や神秘主義が問題にされ、一方で古典の復興は中世にもあったとか(12世紀ルネサンス)とか神秘学の底流も中世にあったとか、近代と中世の区分は定かじゃないとか、あれこれ議論されている状況だと思われます(いちおうウィキペディア「ルネサンス」参照)。

  むつかしい理屈はあとにとっておいて、このへんで具体的に見てみたいと思うのですが、たとえば

★テキサス州ダラス近郊のScarborough Village におけるScarborough Renaissance Festival (2009年は4月4日から5月25日)

公式ホームページ Scarborough Renaissance Festival <http://www.scarboroughrenfest.com/>  主催者としては "Spend the day in the 16th Century and have the time of your life." と、16世紀を謳っています。

参加した日本人による記事―このスカーバラ・フェア(サイモンとガーファンクルとからんでいるようですが、スカーバラという村が実際にあるのでした)については、10回以上参加しメルモさんが毎年ノリノリの記事を書いています(以下、つい字の大きさも引用してしまいました)、――(1) (2003年) 「ルネッサンスにタイムスリップ!?」 <http://fish.miracle.ne.jp/reganami/scarborough.htm> 〔当時テキサスに住んでいて、現在アラスカにいらっしゃるらしいmerumo さん*Sweet Home Sweet 内の「アメリカのいろいろ」内〕 「毎年4月から6月までの週末だけ、ダラスから車で30分くらい南に下った小さな街で、スカボローフェアというのが開かれている。これはルネッサンス時代の雰囲気が味わえるお祭りで、言わば京都にある映画村のルネッサンス版とでも言うべきか? そんな催し物だと、最初〔・・・・・・〕聞いた。昨年初めてこの地を訪れた時は、それはもう、びっくりした。広大な敷地がすべて、ルネッサンス時代なのだ。人も、建物も、みんな昔風。そこで働いてる人達はもちろん、来るお客さんまでがみな、ルネッサンスしているのだ。こんな感じに。・・・・・・いったい、ここはどこ? お姫様もナイトも乞食も祈祷師もいるよ。みんな、入場料を払って入って来てるみたいなんだけど。いったい、誰が客で誰が働いてる人なんだ?いや、そんなの関係ないかもしれない。みんな役になりきって、その祭りを楽しんでいるだけ。アメリカ人は大人もノッテ遊ぶ。すごーい。面白い。すっかりその世界に魅せられてしまった私達は、昨年その短い期間に3回もここに訪れた。そして今年は、最初からシーズンパスを購入した。今年こそは、自分達もルネッサンスな服装にチャレンジしてみたい。〔中略〕ここにいる人はみな、自分の衣装の役になりきっている。貴族の格好をしていた歩いていたカップルは、伯爵がお姫様の手にキスしてから離れていってた。道には頭のちょっとイカレタ乞食がお金を恵んでもらおうと、コミカルに自分の頭をフライパンで叩いていた。」

(2) (2004年) 「ルネサンス・フェア 2004」 <http://fish.miracle.ne.jp/reganami/sca2004.htm> 〔同上〕 「会場に着くと、まずはレンタル衣装屋に直行した。お店にいる女海賊のお姉さんにナイトに変身させてもらう間、2人は普段の生活とは打って変わって、驚くほどいい子にしていた。変身願望、強いらしい。親に似たのか?〔中略〕さぁこれで、準備完了だ。今日はルネッサンス時代を大いに楽しもう。会場には今年も、様々な人達がいた。豪華なドレスを見に付けている貴族や、怖い海賊。騎士にベリーダンサー達。それはそれは、色んなキャラクターの人達が歩いている。そこにいるスタッフだけじゃなく、一般のお客も凝った衣装を身に付けて来ている。変わった人だらけ。年齢なんて関係ない。子供もおばぁちゃんも、みんな中世の人を演じている。衣装だけじゃなく、体型や髪や髭、立ち振る舞いまでが、まさに貴族、まさに海賊。びっくりするくらい本物なのだ。そして、そんな役になりきった人達が、気軽に次々と話しかけてくる。その会話がものすごく楽しい。ここに来ると、映画の世界に入り込んでしまったような、普通じゃない体験が出来るのだ。」

(3) (2005年) 「ルネサンス・フェア 2005」 <http://www.geocities.jp/shs_merumo/rf2005.htm> 〔同上〕 「次々と変わった人達に遭遇するから、ここは油断ならない。そして、クラブ・ケーキやソーセージを抱えてテーブルに戻ってみると・・・・。
なんか、すっごい人達と相席してません?一緒に座っているのは、バーバリアン(野蛮人)軍団。」

(4) (2006年) 「ルネサンス・フェア 2006」 <http://www.geocities.jp/shs_merumo/mukashi.htm> 〔同上〕 「会場に着くと、そこはレトロな人々で埋め尽くされていた。お姫様も王様も、天使も悪魔も売春婦も乞食も、ここには何でもいる。不思議な人達が、普通に横を通っていく。ここは、『グリム童話』の世界か?自分の目を疑ってしまう光景である。〔中略〕なんでもありか、ここは?〔中略〕歩き回ってちょっと疲れた家族は、広場みたいな所に座り、ジュースを飲んでいた。すると、何か後ろに人の気配がした。振り向いてみると、そこにいたのは妖精だった。」

メルモさん撮影の妖精です↓lf_2.jpg<http://www.geocities.jp/shs_merumo/mukashi.htm>

  文学的イメジだと、やっぱシェークスピアの影響が強いのかしら、と思います(『真夏の夜の夢』の妖精とか『マクベス』の魔女とか。じっさいシェークスピア祭を名乗るルネサンス・フェアもいくつもあるようで)。しかし、文学を入れると非現実に没入してしまいかねないからなあ、ポリポリ。

  もいっこ、具体的な例を。

★カリフォルニア州Irwindale のSanta Fe Dam Recreation Area におけるRenaissance Pleasure Faire  (2009年は4月4日から5月17日) 

公式ホームページ Renaissance Pleasure Faire - Southern California <http://www.renfair.com/socal/index.php>

参加した日本人による記事 (推定2005年) 「ルネッサンス・プレジャー・フェア / Renaissance Pleasure Faire」 <http://www.odekake.us/la/colum/renaissance_pleasure_faire.htm> 〔ODEKAKE.US アメリカ快適生活リポートのユカリ・トラビス さんによるコラム記事〕――

先週の日曜日、ついにあのルネッサンスフェアに行ってきた。「ついに」という大袈裟な言い方をしてしまったのは、このフェアについての話を夫に長年きかされていたからだ。夫の母親(つまり私の義母)はこのお祭りの大ファンで、幼い夫はビスコンティの映画「ベニスに死す」に出てくる少年のような格好をさせられ、頭にお花を飾った義妹と一緒に毎年欠かさず連れて行かれたのだそうだ。  

これまではかなり遠方でやっていたのだが、今年からはパサデナから高速210で20分程のサンタフェ・ダム・レクリエーションエリアという所で開催されることになった。やっているのは土日のみで、5月22日が最終日。珍しい物好き、サブカル好きの人にはお勧めのイベントなので、ぜひ覗いてみてほしい。 

さて、名前からも分かるとおり、このフェアのテーマは「ルネッサンス」。よく聞く言葉だが「意味するところを正確に言え」と言われるとぐっと詰まってしまう人が多いのではないだろうか。私もその一人。そこでアメリカまでわざわざ持ってきていた高校時代の教科書を開いてみた。それによるとルネッサンスとは文芸復興。14~16世紀の間にイタリアで生まれた都市文化はギリシャやローマの文芸を復興することから始まったため、この時期をルネッサンス期と呼ぶのだという。  

このお祭りではルネッサンス期を現代に再現しようとしているわけだが、その正確さはどう贔屓目にみても日光江戸村程度。七面倒くさい時代考証はさておいて、アメリカ人にとっての「昔」=「王様、騎士、魔法使いなどがそこらへんにいた時代」に戻ったつもりになって皆で遊ぼう、というのが趣旨のようだ。私は会場に着くまで知らなかったのだが、通常のフェアとは違う共同体的なノリが最大の特徴で、毎週末欠かさず通ってお祭りを盛り上げるコアなファンも多いらしい。

   『ベニスに死す』とどうイメジがつながるのか、わけわかめだが、カリフォルニアで古く(っつたって20世紀だろうが)からあった、というところがひとつには興味深いところなのです。あとサブカルとの関係の指摘(よ―知らんけど)、そして、「ルネサンス」の意味の曖昧な認識。

  つぎの記事もおそらくこの場所でのものについてだと思われます。――

(2006年) 「ルネッサンスフェアー」 <http://www.prosoundcommunications.com/bbs/viewtopic.php?t=432> 〔PCI のディスカッションフォーラムのMR.Mの独り言 2006.5.27〕

15年ぶりにルネッサンスフェアーに行ってきた。それまでは友人に誘われ毎年のように行っていたのだが忙しいのを言い訳に、ずいぶんと足が遠のいていた。ルネッサンスフェアーとは、その名の通りルネッサンス時代を再現したお祭りだ。かなり広い会場の中にはその当時の雰囲気を再現した店が色々あり、また、貸衣装等も有り、一気に時代を飛び越えて古き良き時代へとタイムスリップできる。〔中略〕その中で店はもちろんだが、電気や動力にに頼らないゲームが多々有りこれも結構楽しめる。奥にある壁に貼付けにされた男の絵が書いてありその顔のところと手のところに開いた穴からスタッフが顔を出しているところへ5個$3.00で買ったトマトをぶつけるゲームや弓矢(もちろん先はクッションでカバーしてある)で実際に壁際を走る人を狙うゲームや、大きな柱に円形のベンチを何本かのロープで取り付けそれを回していくとロープが柱に巻き付いていって最後は逆に回転するというゲーム。またあちこちで劇も行なわれている、当然その時代の話。 〔中略〕フェンシングやジャグリングも教えてくれたりするし、当時の鍛冶やを再現して目の前で作業を見せてくれてるところも有り、勉強にもなる。〔中略〕このフェアーは、この団体が、1年中アメリカ国内を移動して巡業しているので、LA以外の地域の人もサイトで調べてぜひ一度足を運んでみてはどうだろう。

  もうひとつカリフォルニア州の例を。

★カリフォルニア州Santa Barbara のLive Oak Renaissance Festival  

公式ホームページ Santa Barbara Heart of the Forest Renaissance Faire <http://web.archive.org/web/20040803075919/www.forestfaire.com/santab/main-sb.html>

参加した日本人による記事(推定2004年) 「バークレー便り vol.5.」 <http://www011.upp.so-net.ne.jp/cartouche/haruka6.htm> 〔カルトゥーシュのHP 内の遥さんのバークレー便り〕

今回、私はルネサンス・フェアと呼ばれる中世ヨーロッパをテーマとしたお祭りに行ってきました。バークレー便りと言いつつも、またまたサンタバーバラで行われたな催しなのですが、とても素敵だったので、是非みなさんにご紹介したいと思います。とても暖かいある初夏の週末、私はルネサンス・フェアに足を運びました。会場入り口に一歩足を踏み入れるとそこはすでに中世のヨーロッパ。シェークスピアの舞台演劇の世界に迷い込んでしまったのではといった錯覚に陥ってしまいそうなくらいです。スタッフのみでなく、たくさんの参加者も中世ヨーロッパ風の衣装を身に着け、貴族階級、又はジプシー気取りで、会場はまさにルネサンス期のヨーロッパという雰囲気です。〔中略〕21世紀のアメリカにいながらも、世風の衣装を纏いエリザベス朝の英語を話す人々に囲まれ、ルネサンス期の音楽を耳にし、ヨーロッパ独特の料理を口にすることができるなんてとても素敵ですよね。タイムマシーンの代わりに中世ヨーロッパの世界への小旅行というまさに贅沢な経験をこのルネサンス・フェアが可能にしてくれました。1963年に始められたこのフェア、今では毎年アメリカ全国各地で行われている催しです。 

  英語については、くわしく書かれています――「会場を歩いていると、どこからともなくアカペラでの合唱やエリザベス朝の英語での会話が聞こえてきます。エリザベス朝の英語は現代英語とは言い回しも、発音も違います。いくつか簡単な例を挙げると、Hello”Good Day,”  Yes “Aye,” そしてNo ”Nay”と過去に実際に使われていた英語とはいっても違った言語のようです。こんなルネサンス期の発音や言い回しに自信のない、又は聞き覚えのない方でも心配はいりません。会場にはエリザベス朝の英語を学べるコーナーもあります。」 また、催し物については、「中世の騎士たちの馬上槍試合」「アーチェリーに挑戦できるコーナー」「マジック芸」「演劇」「ふくろうのショー」のあること、そして「ルネサンス・フェアならではの食べ物、飲み物」のあることも書かれています。  

    更新具合がちょっと不明な、でも全米のルネサンス・フェアの情報を集めている(いた)ウェブサイト、 Renaissance Faire and Festival の "Locations" ページは、アメリカの州ごとのルネサンス・フェアのリストをあげています。それを適当にクリックしてみると、各州に1,2から3~5個まんべんなくあることがわかります。

National Renaissance Faire & Festival Directory

    州の地図をクリックです。 たとえばニューヨーク州は "New York Renaissance Faire**" "Renaissance Revels" "Sterling Renaissance Festival" の3つ。マサチューセッツ州は "King Richards Faire" と "Hammonda Castle Faire" の2つ。アラバマ州は "Alabama Renaissance Festival (Florence)" "Southeast Renaissance Faire (Steele)" "Alabama Shakespeare Festival (Montgomery)" "Mobile Zoo Renaissance Faire (Wilmer)" の4つ。テキサス州は "Four Winds Renaissance Faire" "Scarborough Renaissance Faire" "Texas Renaissance Festival" "Hawkwood Medieval Fantasy Faire" "Newcastle Village Shakespearean Renaissance Faire" の5つ(最後からふたつめのは "medieval" 「中世」と名乗った時期もあるようですが、 "Hawkwood Renaissance Faire" に名前を変え、しかしその後つぶれたようです―参考ブログ記事(画像1葉付き))。

  しかし、フロリダ州とカリフォルニア州だけ断然多いことがわかります。

フロリダ―"Bay Area Renaissance Festival" "Boynton Beach Medieval Faire" " Camelot Days (Hollywood) " "Enchanted Knights Renaissance Faire" "Florida Keys Renaissance Faire  (Marathon)" "Florida Renaissance Festival South  (Deerfield Beach)" "Gulf Coast Renaissance Faire (Pensacola, FL)" "Hoggetowne Medieval Faire  (Gainesville)" "International Renaissance Faire at The Mercado" "Kiwanis-Lee County Medieval Faire  (Fort Myers)" "Newport Richey Shakespeare Festival" "Palm Beach Renaissance Festival  (Lake Worth)" "The Italian Renaissance Festival At Vizcayna  (Coconut Grove) 〔イタリア・ルネサンスに限定している珍しい例〕" "Sarasota Medieval Faire" "Medieval Faire of Cape Coral (Cape Coral)" "Redland Renaissance Faire  (Homestead)" "Jacksonville Renaissance Faire  (Jacksonville)" "Florida Renaissance Festival North  (Live Oak)" "A Mid-Winters Medieval Faire  (Lutz)" "Hollywood Shakespeare Festival (Hollywood)" "Southern Shakespeare Festival  (Talahassee)" "Lady of the Lakes Renaissance Faire (Tavares)"

カリフォルニア―"Agoura Reunion Picnic and Revels (Agoura)" "A Royal Afayre (Sacramento)" "The Great Dickens Christmas Faire (San Francisco) 〔作家ディケンズは19世紀ですからルネサンス・フェアの派生とはいえだいぶ逸脱しているような〕" "Live Oak Renaissance Festival (Santa Barbara)" " Renaissance Pleasure Faire of So. California(Devore)" "Renaissance Pleasure Faire of No. California (Hollister)" "Big Bear City Renaissance Faire" "Butte College Renaissance Faire (Chico)" "Calaveras Celtic Faire (Angels Camp)" "Cedar Springs Renaissance MayFaire" "Central Coast Renaissance Festival (San Luis Obispo)" "Crossroads Renaissance Festival of Palm Springs" "Crossroads European Renaissance Festival (Corona)" "Escondido Renaissance Faire (Escondido)" "Faire Oaks Tudor Fayre (Fair Oaks)" "Folsom Tournament & Renaissance Fayre (Folsom)" "Fresno City College Renaissance Faire (Fresno)" "Gold Coast Pirate Festival (Ojai)" "Kearney Park Renaissance Faire" "Long Beach Renaissance Arts Festival" "Ojai Renaissance Faire" "Pittsburgh's Scottish Renaissance Festival" "Renaissance of Kings (Hanford)" "Saint Paul Newman Center Renaissance Craft Festival (Fresno)" "San Diego Renaissance Faire (San Diego)" "Scandinavian Mid-Summer Festival (Eureka)" "Shasta Highlands Celtic Renaissance Faire" "Tulare County Renaissance Festival (Visalia)" "Valhalla Renaissance Festival (Myers)" "Willits Celtic Faire (Willits)"

それから、それぞれのフェアについての写真のページのある別のdirectory も見つけたのですが、さっきパソコンがフリーズしてどこかへ消えてしまいました。

  出直してきます。

 

 

*同じメルモさんは2007年のアラスカでのルネサンス・フェアについても書いてらっしゃいます――「アラスカのいろいろ: ルネッサンスフェア 前半」 <http://alaskamono.exblog.jp/5726629/後半

アラスカ州の The Three Barons Renaissance Fair  (2009年は6月6日から14日の土日4日間)

公式ホームページ The Three Barons Renaissance Fair <http://www.3barons.org/wiki/Main_Page>

** 最近このルネサンス・フェアにいらした『Get up! Frog family in NY すすめ! にゅーよーく生活』のそいち55さんが動画もついた興味深い文章を書いていらっしゃいます――「ルネッサンスフェア!」 <http://plaza.rakuten.co.jp/sakura5543/diary/200809030000/> 〔2008.9.3 のブログ記事〕

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参考urls

Renaissance Faire and Festival (The Renaissance Faire and Festival Guide) <http://www.renaissance-faire.com/>

"Renaissance fair"-  Wikipedia <http://en.wikipedia.org/wiki/Renaissance_Faire> (この記事については次回検討します)

Renaissance Fairs Worldwide <http://www.partyguideonline.com/recreation/renaissanceFairs.html>

The Directorie of Renaissance Faires <http://www.faires.com/>

Faire Links <http://www.museangel.net/links.html>

以下は(も)趣味のリンク集―

Moon Stone Room ~リンク集~ <http://woodruff.press.ne.jp/illusion/mm-link.html>  〔中世ヨーロッパ、ファンタジー〕

Medieval Page――バルダーズゲートのポートレートの素材を求めて <http://homepage2.nifty.com/sai-pah/medieval.htm> 〔Sai & Pah's Sweet Home〕

↓同ページより転載

☆カリフォルニア時間9月30日(火)午後8時過ぎ追記――次の記事を書きました――

frog_next.gif

September 30 ルネサンス・フェアをめぐって (中)  Renaissance Fair (2) 

 

☆カリフォルニア時間10月17日記――次のものも読んでいただけるとうれしいです――

October9 メリーマウントのメイポール(五月柱)――ルネサンス・フェアをめぐって (中の続き)  Renaissance Fair (3)

 

 


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September 25 エルセリート図書館のブックセール、それとベイエリアのブックセール全般の情報、いやサンフランシスコ図書館の大ブックセール (Fort Mason) [本・読み物 reading books]

September 25, 2008 (Thursday)

    この前の日曜日にエルセリート図書館のブックセールに行って、そのことをブログに書き〔地図も付いてるので参照―「September 21 エルセリート図書館の古本市(で買った本) (Books Bought) at Book Sale at El Cerrito Library」〕ながらあれこれ調べているときに見つかったのですが、つい忙しくて書きそびれていました。

  今週末の土曜日が秋のブックセールの最終日のようです。つまり9月20日(土)、21日(日)、27日(土)の3日間が"El Cerrito Friends Fall Book Sale" の期日なのでした。そして20日は9時5時、21日は12時5時でしたが、明後日の27日は10時から4時までです。そして "Bag Sale" と書いてあります・・・・・・さっきまでBig Sale と思っていたのですが・・・・・・なんじゃろ? 袋売り?

Contra Costa County Library Programs and Events September 2008 <http://nt-evanced.ccclib.org/evanced/lib/eventcalendar.asp?ag=&et=Book+Sale&dt=mo&df=calendar&cn=0&private=0&ln=ALL>

   これはカリフォルニア州コントラ・コスタ郡の図書館ページの"programs and events" 検索で、場所は全部、年齢層も全部、Event Type のところは"Book Sale" にだけチェックを入れて出てきたカレンダーです。

  それから、Book Sales in San Francisco Bay Area というサイトがありました <http://www.booksalefinder.com/CAB.html#X1832>。

    Fort Mason のSept. 24 - 28 Friends of the San Francisco Public Library Annual Big Book Sale Friends of the San Francisco Public Library
Festival Pavilion at Fort Mason Center
415-626-7500
info@friendssfpl.org

が先頭にありますが、さまざまなブック・セールの情報があります。

  げ、このフォート・メーソンのは "Exceptional" と赤字で書かれていて、30万点以上(レコードやDVDやCDやビデオも込みなので)、全品5ドル以下、日曜日は1ドル以下だ。

  む、24日は会員だけ先に見る、なんとかいうやつか・・・なんでしたっけ内覧?。なるほど、そういうのがあるのでこないだエルセリート図書館のfriends にならんかとサングラスの兄さんに勧誘されたのか(ちがうって)。

  行かねば。

サンフランシスコ市立図書館のウェブサイト FRIENDSHIPL.ORG <http://www.friendssfpl.org/>

44th Annual Big Book Sale

Books, Books, Books!

THE BIGGEST BOOK SALE ON THE WEST COAST on September 24—28, 2008!


Book lovers get ready! We are hosting our biggest book sale to date.  The 44th Annual Big Book Sale, the largest book sale on the West Coast, is just around the corner with over 50,000 more books than last year! 

The Big Book Sale will be held at Fort Mason’s Festival Pavilion September 25—28, 2008 with a member preview on Wednesday, September 24.  All proceeds from the sale benefit the San Francisco Public library. 

The five-day extravaganza will kick-off with a Friends of the SFPL member reception and preview sale on Wednesday, September 24 from 4:00 pm to 8:00 pm.  Admission is free to the general public Thursday through Saturday from 10:00 a.m. to 8:00 p.m. and Sunday from 10:00 a.m. to 6:00 p.m. 

Books will range from $1-$5 and all books remaining on Sunday will be priced at $1 or less.  The sale will also feature DVDs, CDs, books on tape, cassette tapes, vinyl, VHS, and other forms of media. 

All proceeds from the Big Book Sale are given to the San Francisco Public Library to fund education programs that promote literacy for children, teens and adults.  Last year, over $250,000 was raised for San Francisco’s libraries. 

 

   なんかソラノ・ストロールを思わせるところあり・・・・・

   行かねば。

     つぎのサイトに地図が付いた説明があります。(って地図以外はコピペですか、人のことは言えませんが)――

 

$1 day - 300,000 books @ 44th Annual SF Library Big Book Sale (Fort Mason)

   い、   行かねば。

 


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September 26 ハナモニカのおおスザンナ [スザンナ周辺]

September 26, 2008 (Friday)

   貼ればよいというものではないことはわかっていますが・・・・・・


"Oh Susanna" (0:21) posted by "kissmyass840" on January 12, 2007.

新年に「おおスザンナ」を演奏する例が多いような気もしてきた(笑)


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September 26 アイラ・ガーシュウィンの「ス・ワンダフル」 (1 1/3)  " 'S Wonderful" by Ira Gershwin (1 1/3)  [歌・詩]

September 26, 2008 (Friday)

September 15 アイラ・ガーシュウィンの「ス・ワンダフル」 (1)  " 'S Wonderful" by Ira Gershwin (1) の半分(3分の1)つづきです。

 

   ロシア系ユダヤ人でニューヨーク生まれのGershwin 兄弟は、弟のGeorge が一般的には有名で、兄の作詞家の Ira は、たとえばジャズボーカル好きの人には親しい名前ですが、有名な弟の影に隠れている感じがあります。ジョージ・ガーシュウィン(1898.9.26 - 1937.7.11)が脳腫瘍のために38歳で急逝して、残されたアイラ・ガーシュウィン (1896.12.6 - 1983.8.17) はしばらく音楽活動を休止しますけれど、 やがて復活し、戦後も作詞活動を続けます。1983年カリフォルニア州ベヴァリーヒルズの自宅で86歳で亡くなりますが、二つ年下の弟のジョージよりも40年以上長生きしたのでした。ガーシュウィンというと20世紀前半というイメジがあるのですが、アイラがつい最近まで(というほどでもないが、モーリちゃんの父が生まれてからだいぶたつまで)生きていたというのは、ちょっと不思議な感懐を覚えます。

  それで、1950年代初頭の映画『巴里のアメリカ人』制作時に、アイラ・ガーシュウィンはかかわっていて、詞の書き直しも行なっているのでした。全体の詳細はわかりませんが、とりあえず " 'S Wonderful " についてわかります。それは、このあいだの記事で書いたように、聞いてすぐにわかる――

1951年の映画『巴里のアメリカ人』のなかで、アイラ・ガーシュウィン作詞、ジョージ・ガーシュウィン作曲の歌のひとつである " 'S Wonderful " は、野郎どもふたりによって歌われています。下の trailer (予告篇)でもその部分が挿入されていて、まずジーン・ケリーが " 'S wonderful " と歌い、それに対してジョルジュ・ゲタリが " 'S marvelous " と応じ、ジーン・ケリーが "She should care for me." と続けます(2:13から10秒くらい)。 It's wonderful (,it's marvelous,) (that) she should care for me.  という文意です。原詞では "she" ではなくて "you" なんですが、このシーンでは女に向かって男が歌うかたちになっていないので、かつホモでもないので、she に変わっているのでした(長いヴァージョンは上の動画のリンクをごらんください・・・・・細かいことをいうと "You can't blame" のところはYou のままですが、それは一般的なYou と考えたからでしょう)

  こう勝手な推測で書いたときに、その代名詞の変更とかを「考えた」のは誰か、ガーシュウィンの曲をこの映画に活用した音楽プロデューサーかなんかかと、漠然と考えていました。けれども、アイラは直接この映画にかかわっていたのでした。

   ウィキペディアの「巴里のアメリカ人」は、「スタッフ」として、監督ヴィンセント・ミネリ、制作アーサー・フリード、脚本:アラン・ジェイ・ラーナー、作曲:ジョージ・ガーシュウィン、音楽監督:ソウル・チャップリン、ジョニー・グリーン、振付(choreography ですね): ジーン・ケリー、字幕翻訳:菊地浩司、をあげています。なんで字幕翻訳と既に亡くなっているジョージ・ガーシュウィンがスタッフとして並ぶのか、よーわかりませんが、ともかくアイラについてはふれていません。この記事が「外部リンク」にあげている英語のデータベースにはそもそもガーシュウィンの名が出てこない(一般人のコメント以外)。これだったらVariety Japan の記述のほうがまともです。――

◇スタッフ
監督     ヴィンセント・ミネリ (Vincente Minnelli) 
製作     アーサー・フリード (Arthur Freed) 
原作     アラン・ジェイ・ラーナー (Alan Jay Lerner) 
脚本     アラン・ジェイ・ラーナー (Alan Jay Lerner) 
撮影     アルフレッド・ギルクス (Alfred Gilks) 
音楽     ジョージ・ガーシュウィン (George Gershwin) 
音楽監督     ジョニー・グリーン (Johnny Green)   ソール・チャップリン (Saul Chaplin) 
作詞     アイラ・ガーシュウィン (Ira Gershwin) 
音楽演奏     コンラッド・サリンジャー (Conrad Salinger) 
美術     セドリック・ギボンズ (Cedric Gibbons)   プレストン・エイムズ (Preston Ames) 
セット     エドウィン・B・ウィリス (Edwin B. Willis) 
編集     アドリアン・フェイザン (Adrienne Fazan) 
衣装(デザイン)     オーリー・ケリー (Orry Kelly) 
録音     ダグラス・シアラー (Douglas Shearer) 
スクリプター     ジョン・アルトン (John Alton)   ヘンリー・ジャッファ (Henri Jaffa)   ジェームズ・グーチ (James Gooch)   Gene Grent (Gene Grent)   ウォルター・プランケット (Walter Plunkett) 
振り付け     ジーン・ケリー (Gene Kelly)   <http://search.varietyjapan.com/moviedb/cinema_7418.html>

  もっとも、音楽は亡くなったジョージになっているので、アイラがどう関わったかは、こういうリストだけでは明らかではありません。でも、アイラは関与したし、「ス・ワンダフル」の詞の改変はアイラ自身によるものでした。Philip Furia のIra Gershwin の11章 "Changing My Tune: 1946-1951" の最後のところ(208-209ページ)にこの詞のことが出てきます(アイラ・ガーシュウィンの詞について、難儀なのは、ジョージ・ガーシュウィンについてウィキペディアが書いているように、「ガーシュウィンはいくつかの作品が大ヒットに恵まれたためか、著作権管理はディズニー社と並ぶほど厳しい。」のだそうで、そのへんが、(楽譜などでは)アイラのほうにも関わるので、正確なところがどうもよくわかりません。)

    ともかくアイラは、新たな「コーラス」部の歌詞を書き足しました。それは、フランス人とアメリカ人の男ふたりによるデュエットという設定のためです。フランス人(ジョルジュ・ゲタリ)のほうは " 'S magnifique !" とか " 'S élégant !" とフランス語とちゃんぽんで相槌を打ちます。アメリカ人(ジーン・ケリー)のほうは、それに対して " 'S what I seek" とか " 'S what I want" と応答する。で、以下引用です。 (最後にふたりは二ヶ国語の友情で一体化する"Finally they unite in bilingual camaraderie:") ――

You've made my life so ting-a-lish;
I'll even overlook your Eng-a-lish!
'S exceptionnel!  'S no bagatelle―
That you should care for me!

Ira'switty wordplay here extended across languages, for, as gerald Mast astutely observed, "the ' 'S ' stands in as easily for the French 'c'est' as the English 'it's,' whichare both contractions in the first place."

  it's が c'est と同じというより、フランス語の「それ」 ce が/s/ と同じ音ということですね。

  この引用の3行目は、エラ・フィッツジェラルドの歌詞〔YouTube〕に出てくるものです(ただし "exceptional" と英語にしていますが)。エラの歌詞には、その前に " 's what I seek" " 's what I want" もあります。なんかbagatelle とかヘンな言葉が気にはなっていたのですが、この映画のコーラスのヴァージョン(の一部)を使っていたのですね。エラのヴァースは女性版ですが。

    しかし、・・・・・・映画のデュエットのシーンを聞いてもこのようには出てこないようなのですが・・・・・・。

  なんでやろ。Furia の本の巻末に長々と "Credits" があって、この曲についてはつぎのようです。――

'S WONDERFUL (Music and Lyrics by George Gershwin and Ira Gershwin) ©1927 (Renewed) WB Mucic Corp. for the United States; Chappell & Co. and New World Music Company (Ltd.) administered by WB Music Corp. for all British Reversionary Territories; New World Music Company (Ltd.), administered by WB Music Corp. for all other countries.

    欲した情報はなんも得られません。アイラは自分たちの楽譜とかを保管するための記念館をつくるのだけど、そこは情報を公開してくれないのかしら――ネットに(笑)。

    ところで(話をそらすように)、Correct if wrong "S'wonderful" Lyrics by "Rod Stewart" という、歌詞を正していくおもしろいページを見つけました。<http://edit.mp3lyrics.org/r/rod-stewart/swonderful/>

  映画におけるふたりのデュエットは、もいっこ別のYouTube を引いておきます。――

 


"Gershwin 14 - 'S Wonderful - Movie soundtrack" (2:50) posted by "Barndog44" on August 20, 2008

 

  それでは、もうちょっと聞きとりの訓練をして出直してきます。


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September 26 サンフランシスコの大古本市 Annual BIg Book Sale by the Friends of the San Francisco Public Library [本・読み物 reading books]

September 26, 2008 (Friday)

   24日(水)はメンバーのみですが、その日を入れると28日の日曜日まで5日間にわたるフォートメーソンでの古本市。その中日の金曜日、アルバニーから湾を渡って行ってきました。

  が、写真をアップロードしてコメントを書くだけで精いっぱいです。

  アルバムの紹介だけ今日はさせてください。<http://pht.so-net.ne.jp/photo/molineux/albums/129109>

  明日は残った本はすべて1ドルです。おひまなかたはぜひどうぞ。案内はこないだの記事

September 25 エルセリート図書館のブックセール、それとベイエリアのブックセール全般の情報、いやサンフランシスコ図書館の大ブックセール (Fort Mason)

の後半に書きました。


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September 28 ブログの文体(メモ) [メモ personal notes]

September 28, 2008 (Sunday)

    今日はサンフランシスコの図書館友の会主催古書市の最終日だけれど、モーリちゃんたちはバークレーのお祭りだかなんだかに行くというし、ひさしぶりにひとりでうちに残ってまったりすることにした。

  以下極私的メモ。

1)  道筋の記録

  ソネットのホームページで麻生太郎についての「「やはり肉声で伝えた方が…」首相への取材、一転OKに」 というニュース記事 (9.28, 23:24)を見て中山成彬国土交通相の辞任を知る→中山+辞任で検索し、「「日教組強いと学力低い」中山説、調べてみれば相関なし」(asahi.com) などを読む→中山+日教組で検索する。いろいろ読んだ中で「<中山国交相>「がんは日教組、解体しなければ」宮崎で発言」(エキサイトニュース 9.27, 20:40)のトラックバックの先頭の「輿石東←ガンの日教組、民主党現参議院議員会長」(散歩道 kuyou.exblog.jp 9.28, 14:27)をクリックする→本文中の「ちなみに、こんな事をやってたりもするhttp://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/485135/ 叩けば埃ばかりの人物。」のリンクをクリックする→「民主・輿石氏がやたらと意気盛んなのでちょっと昔の写真を 」(阿比留瑠比の『国を憂い、われとわが身を甘やかすの記』2008.2.17)を読む→そのコメントでくぼたさんという人がtruth-of-truth さんというひとにむかって発していることばを読む(truth-of-truthさんのコメントは見つからない)→truth-of-truth を検索する(グーグル)→「はてなブックマーク - kechackのブックマーク / truth-of-truth.iza.ne.jp」 をクリックする→2008年1月の「民主党支持者のための小沢批判 」のコメント欄を見る→最近の記事を見る→最新コメントから mochizuki さんのブログを見る→記事「届いたコメントを理解するA様の能力を診察する ― その2(前編) (9.15) を流し読む→その記事のコメントのやりとりをいくらか読む→タグ「阿比留の学校」 (46)を開いて読む→読んでいるうちに引用のしかたや句読法のくせや字体の変化などについてのルールが理解できてくる、少し→「いわゆる慰安婦問題は、オタクさんたちがもたらした舌禍か!?」(2007.11.30) をていねいに読んでみる→そのコメント欄で、トラックバック記事を書いた博士の独り言様へのmochizukiさんの12にわたる文章と問いかけ、その他のコメントを見る→博士の独り言のトラックバック記事「カナダ「性的奴隷動議」可決」(2007.11.29) を読む。→博士の独り言のプロフィールを読む。

 

2)  感想と学んだこと

1A.  論理は大事である。*

2A.  明晰な文体・文章が要求されるジャンルというものがある。

3A.  政治ネタは本気で書かねばならない。

4A.  わかりやすさを心がけることは大事である。

1B.  過度の論理が重たい場合もある。

2B.  理屈が明晰さを生むかというとそうでもない。

3B.  本気を出せばいいというものではない。

4B.  わかりやすさを心がけることはおおむね大事である。 

 

3)  思いだしたブログ記事

「硬い文章に柔らかい語尾をつけると人気トレーダー風になれる、という遊び」 <http://www.h-yamaguchi.net/2008/06/post_1.html> 〔H-Yamaguchi.net 2008.6.18 若林さんの文体の軽やかさについて(?)、いや、重たい内容を軽くするスタイルについて〕

ブログ初心者が知っておきたい★10の法則★ <http://blogs.yahoo.co.jp/uragoe_2ch/39028314.html> 〔OYAJI さんの『楽しむYahoo!ブログの作り方♪』という個人ブログの初心者ブロガー向け記事 【1】 2006.8.20  ひさしぶりに見たのだが、最近もコメントが行われて、盛んに読まれている様子。善意の人、善意の読者と思っていたが、どこかで炎上していた記憶があるのだが、健在でよかったような気がする。なんか気になる。これかなあ――「ニュースサイトや新聞記事を使う場合は注意しましょう♪」(2006.8.31)ともかくブログの論理じゃなくて倫理問題については反省の糧を与え続けている貴重なブログ〕

「ネットの言論はクズ」 <http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20070605/1181001646> 〔『finalventの日記』 2007.6.5〕

 

*こころに刺さった言葉(これは引用だろうか)―― 「訳のわからん意味不明な文言」(これは引用というほどではない日本語かしら)、「私の文章が意味不明だという人は、思考力がない、日本語がわからないと白状しているようなものです。」(これも引用というほどではない日本語かしら)〔以上典拠は <http://truth-of-truth.iza.ne.jp/blog/entry/458099/#cmt>〕、「それをmo-----さんに言われたくありません。鏡をみましょう。」「あなたが私を論理性がないと見ているように、あなたもそのように見られているものです。」、「或る意見が正しいか間違っているかの判断は、論理性の有無だけで決まるものではありません。」〔以上典拠は <http://truth-of-truth.iza.ne.jp/blog/entry/706996/allcmt/#C807602>〕、「・・・の長々文は、読もうとしても、目がグルグルの蚊取り線香になってしまって結局、まともに読めない」、「失礼のないように、そして、博士様の目がぐるぐる巻きの香取線香に
ならないよう、解読可能な文章を書いて差し上げな」〔以上発言は <http://mochizuki.iza.ne.jp/blog/entry/408039/#cmt> のアリガトさん〕

最後のふたつがとげのように頭に刺さった(心じゃないんかい)。

 

  ともかく反省。


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September 4 徒歩生活にお別れ(?) ――AC トランジットとMTCとTOD AC Transit and MTC and TOD [住まい living]

September 04, 2008 (Thursday)

    この日の夕方5時過ぎだったと思うが、買物に出たモーリちゃんの母の帰りをモーリちゃんとふたりで待ちながらモーリちゃんの宿題の算数を見ながら料理をしながらレインのカエル祭のことを考えていたところへ、玄関でチャイムの音がする。鍵が開けられないのだろうか、しょうがないな、とレンジを止めてドアまで向かい、でも念のため(まあ基本ですな)アナを覗くと、メガネをかけた中国系の小柄な女性と、そのうしろに大柄な黒人の男が立っているのが見えた。

  モーリちゃんの父はRoss で3ドル75セントぐらいで買ったカルヴァン・クラインの安い白Tシャツ(料理用で腰のあたりがタオル代わりにもなっている笑)を着て、下は半ズボンで裸足だったのだが、着替えるまもなく、しかたなくドアを開けた。アンケート用紙を見せて、「これを書いたか」、という。「ああ、それは何カ月か前に受け取って、まだ出してないけど書きましたけど。」

  (それは、あとから前にもらったのを取り出して確認してみると、アンケート用紙の前に6月1日付の手紙がついていて、Metropolitan Transportation Commission (MTC) というところがベイエリアの住民から抽出したアンケートで、"You are one of a small group of people chosen to participate."  "By filling out and returning this survey, you will help us plan for transportation improvements in your neighborhood." などと書かれている。アンケート本体は、 "Part1: Travel modes" (AC Transit のバスに乗るかBART に乗るか、自転車か、歩きか、自分で運転か、"Carpool" か、をそれぞれ月に1回未満から毎日、あるいはNeverまで頻度でチェック)、"Part 2: Transit ratings" (バートかバスは何のときに使うか、と運賃や安全や速さや信頼度について "Not at all likely" から "Very likely" まで5段階で評価)、"Part 3: Household information" (家族構成その他)、"Part 4: Transit comments" (自由記述)で、A4判1枚におさまるもの。)

   「グッド。無料でACトランジットを6か月間使えるパスがもらえるのをしってますか」 「あー、なんかエレベータに貼ってあるのを見ましたけどー。自分たちには関係ないかと思って。」 「でも、あなたたちここに住んでいるのでしょ?」 「はい。でも1年しかアメリカにいないですし、来年4月には離れるんです」 「来年4月・・・〔と頭の中で指を折って数を数える様子〕・・・ノー・プロブレム!」 「いま2人?」 「家内はちょっと出かけています」 「いつ帰る?」 「たぶん30分くらいで」 「じゃあ、彼女も一緒に」、ということで、今日これから家族3人分の申込用紙を書け、と申込書と追加でふたりぶんのアンケート用紙を渡された。「えと、これいつ出せばよいのですか」 「いま」 「え、いま?」 敷地内のクラブハウスへ出しに行け、という。写真が必要なので、それをその場でとるのだという。「クラブハウス知ってますか?」 「いやー、入ったことはありませんが、たぶん、あそこかなと」 「プールの横の建物」 「・・・・・・」 「プール、スイミングわかる?」、とモーリちゃんの父の左後ろに出てきていたモーリちゃんのほうを向いてクロールで宙をかく女性。うしろでニヤニヤ笑う黒人。 「ハッハッハ。わかりました」

   ということで、大慌てで3人分の申込用紙の記入をモーリちゃんの父がした。アンケートも記入した。やがてモーリちゃんの母が帰ってきて、相談。チ「えらく早口でよくわからんところがあったけど、タダでもらえるらしい」  でも疑心暗鬼な3人である。エレベータに貼ってあったチラシがまだあるかもしれないと走って行って1枚持ち帰った。――

RIDE AC TRANSIT FREE FOR SIX MONTHS!

The TransLink for Transit-Oriented Development (TOD) program allows you to receive a free TransLink card and six (6) months worth of free travel anywhere AC Transit goes: from Richmond to Fremont, throughout Oakland and Berkeley, to Alameda and the Oakland Airport, and even all-day and all-night service to San Francisco!  Thanks to the TransLink for TOD program, you can receive free transit valued at up to $700!

Plus you can enjoy all the benefits of TransLink, such as eliminateing the need for multiple forms of payment like exact change, tickets or passes.

TransLink for TOD is being offered for a limited time and on a first-come, first-served basis, 〔このコンマはcomma fault だと思うのだが〕so please join us on Thursday, September 4th from 4:30pm to 7:30pm in The Clubhouse to register for your own personalized TransLink card.

  それでも、なんで無料になるのかわからない。なんか裏があるのではないか。モーリちゃんの母は知り合いに電話し(それはアヤシイと横で旦那に言われたらしい)、それから同じフロアの、このあいだ知り合いになった、娘さんが日本語を勉強しているというひとのところをたずねた。娘さんだけいて、「だいじょうぶなのかしら」と聞くと、「だってタダでしょ。わたしも今つくってもらった」とあっさり言われたそうだ。

  それが6時過ぎくらいだっただろうか。first-come, first-served 早い者勝ちというのも気になり、モーリちゃんの父は半ズボンのままで上だけ着替えた状態(それはエレベータに走っていったときにいちおう替えていた)で、モーリちゃんもさっきまでと同じ格好で、3人で降りていった。

  クラブハウスにはクッキーとか置いてあって(残念ながらもらう余裕はモーリちゃんたちにはなかった)、5,6人の職員らしい人たちが、ふたりくらい住人を相手にしていた。入口で、申込用紙を渡す。「おお、もう書き込んであるのね、すばらしい」とヤケにフレンドリーなケントデリカットみたいなメガネの青年が言い、そこへ別の職員ふたりも来て、 雑談的に説明が行なわれる。どうやらカードにはどこでいつ乗ったかとかどこまで乗ったかとかすべてデータが記録され、それを情報としてバス運営の改善に役立てるのだそうだ。申込用紙の確認と写真撮影の準備ができるまでのあいだ、メガネの青年が自分の財布から自分のカードをとりだして見せ、日本語をときどき混ぜたり、モーリちゃんに話しかけたりする。それから日本のことを話したりする。

   名前を書いた紙を両手で持って写真撮影。2週間ぐらいで送られてくるといわれる。

divider.gif

    きっと耐乏生活を送っているモーリちゃんの父たちに神様がプレゼントを与えてくれたのだと喜んでいた(し今も喜んでいる)が、その後、TOD (Transit-Oriented Development) について調べてみた。Wikipedia にも載っていた <https://secure.wikimedia.org/wikipedia/en/wiki/Transit-oriented_development> ――"A transit-oriented development (TOD) is a mixed-use residential or commercial area designed to maximize access to public transport, and often incorporates features to encourage transit ridership."  あ、TOD で検索したら、日本語版にも載っていました――「公共交通指向型開発」――「公共交通指向型都市開発(TODTransit Oriented Development)は公共交通機関に基盤を置き、自動車に依存しない社会を目指した都市開発。都市計画家ピーター・カルソープによって提唱された。」 なんか出だしの印象がちがうなあ。日本語のほうでいうと自動車にバスは入らないのね。「公共交通指向型開発」と「公共交通指向型都市開発」とどっちなのかしら。それと英語のほうのおわりの "often incorporates features to encourage transit ridership" というのが今回の天恵にかかわっているのでしょうね。

  カリフォルニア州のTOD ――California Transit-Oriented Development (TOD) Searchable Database 

  その日もらった地図の裏側をいま初めて読んでみました――

What is the TranLink for Transit-Oriented Development (TOD) program?

The TransLink for TOD program was established to provide free personalized TransLink cards with six months' worth of unlimited travel on all AC Transit local and transbay lines for residents of select TODs.  The program, which launched in June 2008, is a joint effort of the Metropolitan Transportation Commision and AC Transit.  MTC is using the programto study whether residents of such housing developments are more inclined to use transit if they are provided with free transit for an introductory period. 〔以下7段落略〕

    それから、 MTC というのはベイエリアの9都市の交通の "plannning, financing, and coordinating" を統括しているらしいのだが(HP Metropolitan Transportation Commision <http://www.mtc.ca.gov/> )、"2006 Transit Passenger Demographic Survey"など Maps & Data をネット上で公開していることもわかった。

   AC Transit についてはマド@バークレーさんがブログ記事「バスの乗り方@Berkeley」(2008.9.20)で図入りで説明くださっているのでご覧いただきたい。英語版のWikipedia にも出ている――<https://secure.wikimedia.org/wikipedia/en/wiki/AC_Transit> (でもこういうのは関係者が書くのですかねえ。それともマニアな人たちがいるのかしら)。TransLink のカードの車内広告は4月に見た記憶があるし、この数か月で新しいきれいな車両がどんどん増えているような気もする。ちょっと2連のバスは揺れが大きくて乗り心地が悪い気がしますが。

   でも確か赤字なんじゃなかったのでしょうか。だいじょうぶなんでしょうか。バークレーのほうでは反対の声がある新しいAC Transit の計画もあったり、こないだバスの中で路線図とまちがえてもらったパンフレットは11月4日の Measure VV とかいうのの投票についての宣伝だったり。Wikipedia を読むと、2003年に利用の少ない路線をカット縮小したのだそうですが、今でもえらく少ない時間帯とかありますし。だいじょうぶなのかしら。となんだかいろんな意味で他人事じゃないような気がしている今日この頃です。

   (蛇足) なおAC Transit のACAlameda-Contra Costa つまりふたつのcounty 郡の名前です。MTC も TOD もだけれど、なんだかわからんすよね、知っている人にしか。日本語のばあい、漢字で農協とか国鉄とか書いたほうが絶対わかりやすいと思うのですが、アルファベット化してわからなくなってますね。

     (蛇足2)  ハイテンションだった明るいメガネの青年について、モーリちゃんは部屋に戻ってから、つぎのようなことを言った―ああいう人って、もしかするとおとうさんもおかあさんもいなくて孤独な生活をひとり送っていたりするのかもしれない。 どういう暗い発想じゃい。

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TransLink Home <http://www.translink.org/TranslinkWeb/index.do>


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