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February 28 魂のありか (ポーの『マージナリア』から) [擬似科学周辺]

February 28, 2009 (Saturday)

  「February 17 イヴの創造とアダムの肋骨と横隔膜(序)」に続く序の2.

   魂の在所

 支那では、魂の在所は腹であることが判明した、そして明敏なギリシア人は、同じことを二つの言葉で言い現すのを無駄に思い、心と隔膜の両方の意味に、φρένες という唯一つの言葉を用いて居た。(吉田健一訳『覚書(マルジナリア)』

  ネットで原文を探すと、例のボルティモアのポー協会にE-textがあり。ひとつは『サザン・リテラリー・メッセンジャー』誌1849年7月号所収の "Marginalia - Part XVI" 初出テクスト ――

They have ascertained, in China, that the abdomen is the seat of the soul; and the acute Greeks considered it a waste of words to employ more than a single term, Apexes, for the expression both of the mind and of the diaphragm. 〔<http://www.eapoe.org/works/misc/mar0749.htm>

  もうひとつは、死後1850年に出た全集The Works of the Late Edgar Allan Poe の第3巻549ページのテクスト――

CLII.


    They have ascertained, in China, that the abdomen is the seat of the soul; and the acute Greeks considered it a waste of words to employ more than a single term, [[Greek text:]] xxxxx [[:Greek text]] [[Apexes]], for the expression both of the mind and of the diaphragm. 〔<http://www.eapoe.org/works/misc/margd04.htm>〕

    E-text がときどき困るのは、外国語などの特殊文字の表記がブレルことだと思います。

WS001030.JPG

 

    かつ「フレン」――「January 8 コトバの問題とコトバだけじゃない問題・・・・・・でこちんと骨相学 (中篇)――擬似科学をめぐって(10)  On Pseudosciences (10)」など参照――ではなくて「フレネス」 だったので、ギリシア文字を求めて検索するはめになり・・・・・・おかげでいろいろなサイトを見てしまい。――

John Opsopaus, "The Parts of the Soul: A Greek System of Chakras" <http://www.chaosmatrix.org/library/magick/texts/jo-tep.html> 〔最近の人の短いエッセイ。サンスクリット語までいくと東西がつながるのかしら〕

林英彰・片岡暁夫「ギリシア的身体観の成立に関する研究(1) ――ホメロスにおける身体表示語の分析」 <http://www.tulips.tsukuba.ac.jp/limedio/dlam/M18/M189657/2.pdf> 〔筑波大学体育科学系紀要 15 (1994): 1-14 の pdf.〕

魂、霊魂(Soul)〔Gr.yuchv)〕」 <http://web.kyoto-inet.or.jp/people/tiakio/antiGM/soul.html> 〔例の『バルバロイ!』――「October 31, Nov. 3 メイポールを巡って (2)――ルネサンス・フェアをめぐって (中の続きのつづきの2)   About the Maypole (2): Renaissance Fair (5)」で言及した――の中〕

本日の宿題: apexes の意味

 

   

 

 


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February 27 ギルマン通りの桜 パート2 Cherry Blossoms in Gilman Street (2) [Berkeley]

February 27, 2009 (Friday)

   この日、モーリちゃんの母は2時からの予約でひとりサンフランシスコ病院へ行き、モーリちゃんを小学校までモーリちゃんの父が迎えに行った。仕事から逃避してやけになっていたというのでもないのだが、いちおう前日にも提案していたように、Walgreen へ行こうか、と誘って、このあいだ(「February 13 ギルマン通りの桜 Cherry Blossoms in Gilman Street 」)と同じように、大学村を抜けてギルマン通りまで歩いて行った。

GilmanStreet,BerkeleyCA-Feb27,2009.1528.48pm.jpg
2009年2月27日午後3時28分 ギルマン・ストリートの桜並木

  この間(かん)の雨や風で、だいぶん花は散ってしまったようだ。

  今日、はじめてちゃんと数えたのだけれど、4本植わっています。ほんとうは、桜の木はあちこちに植わっています。それはそうです。でも、桜並木という趣きをささやかに出しているところがモーリちゃんの父の心の琴線に触れたところです(そんな大仰なものではないw)。

GilmanStreet,BerkeleyCA-Feb27,2009.1529.14pm.jpg
3時29分14秒  Gilman Street の桜の木

  鋏が入ったあとがあり。

GilmanStreet,BerkeleyCA-Feb27,2009.1529.32pm.jpg
3時29分32秒  Gilman Street の桜花

  毟ったようなあとがあり(右側の幹)

GilmanStreet,BerkeleyCA-Feb27,2009.1529.40pm.jpg
3時29分40秒  Gilman Street の桜花

   やけに短絡的な花(ひとのことは言えませんが)

GilmanStreet,BerkeleyCA-Feb27,2009.1530pm.jpg
3時30分 Gilman Street の桜

GilmanStreet,BerkeleyCA-Feb27,2009.1532pm.jpg
3時32分  Gilman Street の引っ越しトラック "One Big Man & One Big Truck"

    電信柱の貼り紙・・・・・・日本以上かも。単に田舎なだけかも。

 

 

 

 

 

 

 


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February 21 2009年2月21日のアルバニ(カリフォルニア)の空 [天気 weather]

February 21, 2009 (Saturday)

   この日の午後から天気が崩れて、雨の週末になるというのが前日の天気予報でした。

February21,2009AlbanyCA0745.16am.jpg
2009年2月21日午前7時45分16秒の空と鳥

February21,2009AlbanyCA0745.20am.jpg
2009年2月21日午前7時45分20秒の空と鳥

  2羽くらいだと、特に感じるのですが、羽の開閉がシンクロするような。

February21,2009AlbanyCA0745.28am.jpg
2009年2月21日午前7時45分28秒の北方の空

February21,2009AlbanyCA0745.54am.jpg
2009年2月21日午前7時45分54秒の空と鳥

  サンフランシスコはフォギーな感じ。晴れてはいるけれど雲が多い朝でした。

  それから10時間後

February21,2009AlbanyCA1745.32pm.jpg
2009年2月21日午後5時45分32秒のゴールデンゲートブリッジと一部少し赤い空

February21,2009AlbanyCA1746.32pm.jpg
2009年2月21日17時46分32秒の空

  夕焼けはずっと北の方にあらわれており・・・・・・これは去年の4月から5月ごろに目にした夕焼けと似ています。

February21,2009AlbanyCA1753.24pm.jpg
2009年2月21日17時53分24秒の八宝菜モドキ

  薄切り肉はブロックを自分で切るべし。

February21,2009AlbanyCA1754.42pm.jpg
2009年2月21日17時54分42秒のゴールデンゲートブリッジあたりの空

February21,2009AlbanyCA1755.00pm.jpg
2009年2月21日17時55分0秒の空

  そのころの北の方の空は広い範囲でオレンジ色に染まっておりました。

February21,2009AlbanyCA1800.10pm.jpg
2009年2月21日18時00分10秒のゴールデンゲートブリッジあたりの空

  5分ほど経って。赤味がさらに少し出てきたような。

February21,2009AlbanyCA1800.16.pm.jpg
2009年2月21日18時00分16秒の空

   太陽はやっぱりここにあったのね。

February21,2009AlbanyCA1801.36pm.jpg
2009年2月21日18時01分36秒の北の空

  でもやっぱり北の方が染まっており。

February21,2009AlbanyCA1801.56pm.jpg
2009年2月21日18時01分56秒の空

  この日のサンフランシスコの日の入は17時56分ごろでした。18時ごろから海に光を落としていた夕日は、太陽の蜃気楼みたいなものだったのでしょうか。いや、それとも太陽の直径が水平線を通過するまでのあいだの残リ日だったのでしょうか。

  ついでながら大貫妙子(シュガーベイブ)の「蜃気楼の街」はどこがどう蜃気楼の街だったのでしょうか。

 

KRON4.com - The Bay Area's News Station <http://www.kron.com/> 〔天気概況ビデオがトップページ右手にありますが、Weather ページ= <http://www.kron.com/Weather/tabid/56/Default.aspx>〕

7-Day Forecast for Latitude 37.88N and Longitude 122.29W (Elev. 85ft) <http://forecast.weather.gov/MapClick.php?CityName=Albany&state=CA&site=MTR&textField1=37.8869&textField2=-122.297&e=0> 〔カリフォルニアバークレー(≒アルバニ)の天気 National Weather Service クリックしていただくと、アルバニの位置がわかります〕

National Maps - NOAA's National Weather Service <http://www.weather.gov/outlook_tab.php> 〔上の全国版〕

National Weather Service - NWS San Francisco/Monterey Bay Area <http://www.weather.gov/climate/index.php?wfo=mtr> 〔過去の天気〕 

"Sunrise and Sunset for U.S.A. - California - San Francisco" <http://www.timeanddate.com/worldclock/astronomy.html?n=224> 〔Sunrise and Sunset Calculator
 


 


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February 22, 23 2009年2月22日と23日のアルバニ(カリフォルニア)の空とパーコーメン [天気 weather]

February 22, 2009 (Sunday)
February 23, 2009 (Monday)

    思えば、16日から22日までの1週間は、16日のプレジデンツ・デーが祝日でしたが、小学校はなんだかんだリクツをつけてまるごとスプリング・ブレークと称して休みだったのでした。4月に日本食のスーパーでただでもらったベイエリアイエローページみたいなのについていたのをコピーして壁に貼ってあるカレンダーには「プレジデントデー」と書いてあるけれど、Presidents は複数で、Presidents' Dayと書くのがいちおう正しいらしい(いちおう、というのはこの祝日の呼び名自体が俗なものだからです)。英語のWikipedia だと、なぜか "Washington's Birthday" の項目のところにプレジデンツ・デーの説明があります。はい、ジョージ・ワシントンは1732年の2月22日の生まれです。ってちがうやん。でももうひとりの大統領の祝日でもあります。はい、エイブラム・リンカーンは1809年2月12日の生まれです。中を取ってあいだの第3月曜日ということになったようです。だから、このあいだのマーティン・ルーサー・キング・デー(やっぱり日がズレテいる)ほどヘンな感じはなく。ただし、公式には "Washington's Birthday" なのだそうです。それが複数形で一般に祝われているのは、リンカーンと、場合によったら昔の諸大統領や建国以来のアメリカの歴史に思いを馳せて祝うというような感じがあるようです。

    思えば、月曜日にギルマン通りで桜の写真をモーリちゃんと撮ったのもなにかの縁かもしれません(まあ、ワシントンの桜はウソ話ということになっていますが)。そして何の脈絡もなく、22日はパーコーメンを作ってみようという気が突然つのり、空の写真を撮るまもなく、料理に没頭したのでした。というか、22日、23日とほぼ終日雨ふりで、いつもだったら、窓ガラスが赤く染まって、ア゛、キレイ、ということにもなろうものなのですが、そうもならなかったのです。そして、ベランダに出たのはもう6時を過ぎてしまっていました。

February22,2009AlbanyCA1815.18pm.jpg
2009年2月22日18時15分18秒のサンフランシスコベイの空

  左の明るい街がサンフランシスコ市のダウンタウンとファイナンシャル・ディストリクトで、まんなかへんにゴールデンゲートブリッジがあるはずです。

February22,2009AlbanyCA1815.54pm.jpg
2009年2月22日18時15分54秒のサンフランシスコベイの空

  右のほう(北のほう)の街灯り。

Pako.jpg
パーコは控えめに

  そして翌日も朝から雨で、雨時々曇りみたいな天気でした。

February23,2009AlbanyCA0740.38am.jpg
2009年2月23日朝7時40分38秒のサンフランシスコベイの空

  鳥は飛んでいます。

February23,2009AlbanyCA0740.56am.jpg
2009年2月23日朝7時40分56秒のサンフランシスコベイの空

February23,2009AlbanyCA1752.58pm.jpg
2009年2月23日夕方5時52分58秒のサンフランシスコベイの空

February23,2009AlbanyCA1753.12pm.jpg
2009年2月23日夕方5時53分12秒のサンフランシスコベイの空

  こちら側まで厚い雲に覆われていました。

February23,2009AlbanyCA1753.32pm.jpg
2009年2月23日夕方5時53分32秒のサンフランシスコベイの空

  北の方も雲だらけ。

  でも、それほど気温は低くなくて、22日は、外のベランダの気温は、朝6時に12.4℃、7時に12.6℃、9時に12.9℃、11時に13.6℃まであがっていました。23日は午前11時に14.3℃、午後1時に14.6℃、午後5時53分には15.2℃ありました。

KRON4.com - The Bay Area's News Station <http://www.kron.com/> 〔天気概況ビデオがトップページ右手にありますが、Weather ページ= <http://www.kron.com/Weather/tabid/56/Default.aspx>〕

7-Day Forecast for Latitude 37.88N and Longitude 122.29W (Elev. 85ft) <http://forecast.weather.gov/MapClick.php?CityName=Albany&state=CA&site=MTR&textField1=37.8869&textField2=-122.297&e=0> 〔カリフォルニアバークレー(≒アルバニ)の天気 National Weather Service クリックしていただくと、アルバニの位置がわかります〕

National Maps - NOAA's National Weather Service <http://www.weather.gov/outlook_tab.php> 〔上の全国版〕

National Weather Service - NWS San Francisco/Monterey Bay Area <http://www.weather.gov/climate/index.php?wfo=mtr> 〔過去の天気〕 

"Sunrise and Sunset for U.S.A. - California - San Francisco" <http://www.timeanddate.com/worldclock/astronomy.html?n=224> 〔Sunrise and Sunset Calculator

 

 


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January 21, March 3 メスメリズムからスピリチュアリズムへ(その1)――擬似科学をめぐって(19→24)  On Pseudosciences (24) [擬似科学周辺]

March 03, 2009 (Tuesday)

    1月に書きかけて、ハナシの流れが分かれ過ぎて不分明になると判断して途中でやめた文章が見つかったので、ちょっと書き足して継いでみます。当初は、「January 20-21 メスメリズム(催眠術)とアメリカ (その3)――擬似科学をめぐって(18)  On Pseudosciences (18) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]」のすぐあとに出てきたものです。

-----------------------------ここから------------------------------------

January 21, 2009 (Wednesday)

    あ、デイヴィスについて、簡単に紹介しておきましょう。

   催眠術で透視能力を示したデイヴィスがはじめのころに発現した特殊な能力というのは、霊の力を借りて病気を診断するというものでしたが、人間が透明になって、解剖図が一種のオーラとなって透けて見えたということです(うわー、あやしい)。さらに治癒能力が発現する。そこでデイヴィスは見世物的講演において催眠術の被験者になることをやめて、病気の治癒と霊界との交信のみにトランスの利用を限定します。1844年、自らを古代ギリシアの医者のガレンと、神秘家のスウェデンボルグだという2人と田舎で出会います(あやしいです)。ガレンは、杖をくれたりいろいろと教えを授けたりしてくれたそうなのですが、内なる神が創造的な霊であり、その内なる神との接触が健康と治癒の本質である、とか、病は生き物の体だけを苦しめるのであって、内なる霊的生命はそのままである、とか、まあ、ヴィジョンで伝えます。スウェデンボルグのほうは、自分がデイヴィスを導いて、来るべき大きな変化の預言者となるように教える、と言います。

Andrew_Jackson_Davis_young(1847).jpg
1847 年の Andrew Jackson Davis (1826-1910) via "Andrew Jackson Davis - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Andrew_Jackson_Davis>

  実は、デイヴィスはメスメリズムによるトランスから、メスメリズムを経由せずともトランス状態に入れるように進化します。つまりはじめは催眠術によってトランス状態に入り、そこで治癒や透視の能力を起こしていたのが、内的観想が恒常化したというか、いわゆる霊的能力が高まることで、外的力を借りずにトランスに入るようになる。ふだんは教育のないふつうの青年が、トランスに入るとむつかしい専門用語で医学や科学や哲学について語った、ということです。そのデイヴィスが協力者として得たのがWilliam Fishbough という牧師(と、Lyon という医師)で、(どうやらやっぱりいつもとは言わずとも医師に催眠をかけてもらった)トランス状態での口述筆記が、『自然の諸原理、その神的啓示、人類への声』 [Principles of Nature, Her Divine Revelations, and a Voice to Mankind (New York: S. S. Lyon and W. Fishbough, 1847)] に始まる数十冊の著書です。

    で、こうなると、擬似科学というより新興宗教に近い構図を示すようにも見えますが、社会改良運動に積極的であったデイヴィスは晩年には医学と人類学の学位もとり、霊的治療者として尊敬されるのでした。デイヴィスの初期の信奉者で有名なのは Thomas Lake Harris, 1823-1906 という、もともとユニタリアンの牧師(ウィキペディア "Thomas Lake Harris - Wikipedia" はこの人もUniversalist としていますが、ユニヴァーサリスト的な説教をしたとはいえ、いちおうセクトとしては違うのではないかと思う)だった人です。「霊媒」となって長い詩を書いて有名になり、イギリスにわたってスピリチュアリズムを説いて作家のローレンス・オリファントとその母を感化して金をつぎ込ませ、ニューヨークにthe Brotherhood of the New Life という友愛団とユートピア村を築く(ここに薩摩藩から20人くらいの日本人が参加したということです)。ハリスを含むデイヴィスのグループが、1848年にアメリカでおこるスピリチュアリズムのリーダー的存在になるのでした。

---------------------(ここまで)-----------------------------

   このときにやめたのは、スピリチュアリズムという、なるほど(1) のちには自らの規定として「死後存在の科学」を称するし、また(2) スピリチュアリズムへの関心の高まりからやがて、科学者が大いに参加した心霊研究協会や、さらに20世紀の「超科学」が出てくるとはいえ、死者の霊との交信を中心に据えたスピリチュアリズムを擬似科学とここで呼んでしまうのは気が引けた、というより、その前に擬似宗教的な問題を踏み固めておかないとまずいな、と思ったのでした。たぶん。

  しかし、擬似科学をめぐってという短期集中連載は曲がりなりにもとぐろを巻いて完結したので、ここからあらためて積極的に科学も超え擬似科学も超えたところへ話を広げてみようと思った次第です。ただ、いきかがかり上、擬似科学を「めぐって」話は拡大するという体裁をとります(このブログも4月で閉じますし。たぶん)。

  さて、ぐだぐだ書きました。スピリチュアリズムの話は次回にまわして(w)、1月21日に書いたハリスの話を補っておきます。the Brotherhood of the New Life がつくられるのが1860年前後ごろ。ローレンス・オリファントは、外交官であったエルギン伯ジェームズ・ブルースの私設秘書だった関係で1850年代末に一度日本に来たことがあったこともあり(このときの記録が Lawrence Oliphant, Narrative of the Earl of Elgin's Mission to China and Japan, 1857-8-9 (1859))、1861年のイギリスからの派遣団に参加してまた日本にやってきますが、水戸藩の浪士に襲撃されて重傷を負います。オリファントは朝鮮経由でイギリスに帰り、政治の仕事はパッとせず、1870年に、代表作の小説『ピカデリー Piccadilly 』を発表したりする。

  トマス・レイク・ハリスは実はもともとイギリスの生まれで、幼少時に一家で渡米したのでしたが、1859年から1860年にロンドンなどイギリスで講演旅行を行なっています。外交関係で旅に出ていたオリファントとハリスの、オリファントがコミュニティーに加わる前の正確な接点は調査中です。が、日本語のウィキペディアの「トマス・レイク・ハリス」 の記述によれば、以下のようです。

1867年7月、ローレンス・オリファントの紹介で、薩摩藩留学生の森有礼鮫島尚信、長沢鼎、吉田清成、畠山義政、松村淳蔵の6名がロンドンを出発、ハリスが主宰するコロニーのあるニューヨーク州へ向かった。

さらに、薩摩藩からの第二次留学生の谷元兵右衛門(道之)、野村一介(高文)、仁礼景範、江夏蘇助、湯地定基の5名が合流し、薩摩藩士総勢11名による共同生活が始まったが、森、鮫島、長沢、野村以外の者はすぐにハリスの元を去った。森、鮫島はハリスのコロニーで1年近く生活し、ハリスから多大な感化を受け、1868年、日本国家の再生を命ぜられ帰国したが、長沢、野村は残った。

森有礼に認められ、キリスト教を学ぶ留学生として、1871年1月23日(明治3年12月3日)、米国に渡った仙台藩士新井奥邃は、米国マサチューセッツ州ボストン郊外の村落において労働と冥想の日々を送り、数名の同志と共に田畑を耕し、労働と祈りの生活を実践していたハリスに師事し、その道を学んだ。

1875年(明治8年)2月、教団の移転のため、ハリスと共に、カリフォルニア州サンタ・ローザへ移動。以来約25年間、この地にあって労働と瞑想の日々を過ごし、1899年(明治32年)英語の自著『内観祈祷録』一冊を携えて帰国した話は有名である。

新生同胞教団は、ブドウ農園の経営を行っていて、生涯米国に残留してサンタ・ローザで生活を続けた長沢鼎はカリフォルニアの葡萄王と称えられている。

   維新後に加わった日本人のなかで、ハリスの秘書となったのが、新井奥邃(あらい・おうすい)です。もっとも、彼は薩摩ではなくて仙台藩士でしたが、森有礼から、漢学の素養を、英語習得の能力と判断されたところも大きかったらしい(実際、古文や漢文が得意な人は外国語も得意というのはあるようです)。仙台藩は薩長と敵対して戦ったわけで、新井奥邃も脱藩して五稜郭までむかったようです。そして北海道ではじめて接したキリスト教がプロテスタントではなくて、ギリシア正教だったことは、神秘主義的なトマス・レイク・ハリスの思想に感応するのに大きかったような気がしなくもありません(まあ他にもいろんな人たちが集ったわけですけれど、宗教家としての生き方は新井奥邃が際立っているように見えますから)。

   新井奥邃ももちろんカリフォルニアに来るのであって、4段落目の主語は新井奥邃です(改行しなければいいのに、長いのをいやがるのでしょうか)。やはりニューヨークで設立された神智学協会の流れがカリフォルニアに来る話を前にしましたが(「January 24-26 メスメリズムとアメリカ (補足の4)――擬似科学をめぐって(22)  On Pseudosciences (22)」)、ユートピア的夢想の実験ないし実現の場としてカリフォルニアは19世紀から特化された空間だったのかもしれません。

   で、モーリちゃんの父も知らなかったのですけれど、神のジェンダー問題についていろいろと考えさせられるきっかけとなったのでした。キリスト教的にいうと第三のペルソナである聖霊がどのように働くかが問題となる気はします。三分説的にいうと、魂と霊を分けるトリコトミー trichotomy の考え方が正式に異端とされるのは、869年のコンスタンティノープルの第8回公会議においてであったのですが、このときに東の方(えらくいいかげんな書き方ですが、どうも東方教会や正教会ということばは複雑でよくわかりません)はbody/soul 二分説のほうへ進まなかった、というのを昔トクトクと友人から説かれた記憶があり。ロシアからソロヴィヨフみたいな神秘思想家が・・・・・・あるいはブラヴァツキーだってそうでしょうが、出てくる土壌があるというような。

参考url―

明治のキリスト者――新井奥邃(あらい おうすい)の場合――」 <http://hk-kishi.web.infoseek.co.jp/kokoro-193.htm> 〔横浜上星川教会牧師・太田愛人のインタヴュー記事。たいへんに深く詳しい〕

「魔術人名録」(江口之隆) <http://www7.ocn.ne.jp/~elfindog/view.html> より――「Arai, Osui」 、「Harris, Thmas Lake」 、「Nagasawa, Kanaye」 、「Oliphant, Laurence

笠原芳光「新井奥邃の父母神思想」 <http://umi-no-hon.officeblue.jp/emag/data/kasahara-yoshimitsu03.html> 〔『田中正造とその時代』第四号(通巻第14号、昭和58年7月、青山館)所収の「新井奥邃の父母神信仰」を修正・改稿したもの。「主、二にして一」(the Lord : the Two-in-One)」とか、最初の「明治のキリスト者――新井奥邃(あらい おうすい)の場合――」 に引かれている奥邃の講話と同じだということがわかります

「GDF111 パネル・ディスカッション」 <http://www004.upp.so-net.ne.jp/akibba/gd/GDF111/PANNEL/pannel.html> 〔鏡リュウジ、江口之隆、小谷真理らによるパネルディスカッションの記録。1998年11月22日、新宿アイランドホール〕


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February 24, March 4 2009年2月24日のアルバニ(カリフォルニア)の空とニクニライタメ [天気 weather]

March 04, 2009 (Wednesday)

   私事ですが――このブログ自体がまったくの私事なのですが――「ブログテーマ設定機能のお知らせ 」というのを見て、つい出来心か天邪鬼か里心か下心かわかりませんが、「学問」に設定してしたらすぐに3位になっていました(爆)。

  羊頭狗肉というより看板に偽りありということになりかねません。もっとも頼んでもほとんど誰も押してくれないにほんブログ村も三つに分裂しており、タドクタドクと言っている人たちをなんとか学問でへこましてやろうという野望がなくもなかった。しかし、雲と空はなんだ! こんなんでいいのでしょうか。いやよくない。かもしれない。が、擬似学問の線でなんとかならんでしょうか(w)。いずれにせよ、「学問」を5割の線で入れてがんがるしかないかと。がんがる。ま、冗談と笑って許してもらえるでしょう。

  空は空であり、ヘンなうんちくをわざと交えるのもよくないと思います。ちなみにKRON 4 のお天気キャスターEvelyn Taft さんはミシシッピ州立大学からmeteorology の学位を受くべく勉強しています(関係ないですが)。

February 24, 2009 (Tuesday)

   この日の朝6時40分の外気温は11.6度C、午後2時30分には17.2度Cまで上昇(これは過去数日ではけっこう高めです)。週末からの雨が続いていたのですが、この日はbreak して雨があがりぎみ(緊張状態)。Drying out today.  Mix of sun and clouds. みたいな。夕方は黒雲の多い、それでも夕焼け空でした。

February24,2009AlbanyCA1804.56pm.jpg
2009年2月24日(火)午後6時4分56秒

  イッタンモメンみたいに浮遊しているオレンジが気になり(右)。

February24,2009AlbanyCA1805.02pm.jpg
2009年2月24日(火)午後6時5分2秒

  入り日の位置はここなのだろうな、と思われる光。

February24,2009AlbanyCA1815.20pm.jpg
2009年2月24日(火)午後6時15分20秒

  遅くなってからもオレンジが続きました。

February24,2009AlbanyCA1817.22pm.jpg
2009年2月24日(火)午後6時17分22秒

  しかし、北の方にはオレンジというにはあまりにも赤いものが。

February24,2009AlbanyCA1817.40pm.jpg
2009年2月24日(火)午後6時17分40秒

  オレンジから赤

February24,2009AlbanyCA1817.52pm.jpg
2009年2月24日(火)午後6時17分52秒

  しかし、この空は、やっぱり去年の4月から5月ごろに眺めた空に近いです。

  で、雨があがった午後にYaoya-San Market まで行って、またRapidで乗り過ごして歩いて戻ってついでに1ドルショップで文房具など買って、モーリちゃんたちが小学校から戻ったあとに帰宅したのですが、ニラをアメリカで初めて買ったので、野菜いために入れました。日本と同じくらいの束で99セントでした。99ランチとかにやたらにカサのあるニラがあるのは去年の春から目にしていたのですが、なんとなく手が出ず。日本でも高いときは100円というときもあるし、まあいいかなあと。

nikuniraitame.jpg

  余熱にゆだねられるニラ図

niraitame1853pm.jpg
ニクニライタメ図

  この肉はたぶん一番安いバックファット肉(ポンド99)。

 

KRON4.com - The Bay Area's News Station <http://www.kron.com/> 〔天気概況ビデオがトップページ右手にありますが、Weather ページ= <http://www.kron.com/Weather/tabid/56/Default.aspx>〕

7-Day Forecast for Latitude 37.88N and Longitude 122.29W (Elev. 85ft) <http://forecast.weather.gov/MapClick.php?CityName=Albany&state=CA&site=MTR&textField1=37.8869&textField2=-122.297&e=0> 〔カリフォルニアバークレー(≒アルバニ)の天気 National Weather Service クリックしていただくと、アルバニの位置がわかります〕

National Maps - NOAA's National Weather Service <http://www.weather.gov/outlook_tab.php> 〔上の全国版〕

National Weather Service - NWS San Francisco/Monterey Bay Area <http://www.weather.gov/climate/index.php?wfo=mtr> 〔過去の天気〕 

"Sunrise and Sunset for U.S.A. - California - San Francisco" <http://www.timeanddate.com/worldclock/astronomy.html?n=224> 〔Sunrise and Sunset Calculator

 


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March 4 メスメリズムからスピリチュアリズムへ(その2)――擬似科学をめぐって(25)  On Pseudosciences (25) [擬似科学周辺]

March 04, 2009 (Wednesday)

   で、スピリチュアリズムなのですが、上段にかまえると疲れそうなので、かといって冗談めかすこともなく、さらりといきます。

  現代のオカルト・ブームの源泉は1848年にアメリカで起こったスピリチュアリズムだと考えるのが通説になっていて、それはWeb で読める日本の心霊研究のサイトの記述でもそうです。たとえば、スピリチュアリズム・サークル「心の道場」というところの「スピリチュアリズム入門」第1部1章「死後の世界へのアプローチ……宗教から近代心霊研究へ」――

十九世紀半ば以降の新しい霊魂の研究

人類全体の精神史という広い視点に立ってみるとき、今から約百六十年前――十九世紀の中頃から際立って大きな流れのあることが明らかになります。それまでの歴史にはなかった全く新しい精神的な動きが急激に興り、当時の欧米先進諸国を巻き込み、巨大なうねりを形成しました。この新しい動きが“スピリチュアリズム”です。

一八四八年、アメリカの小さな村で起きたある事件(*「フォックス家事件」と言います。第二章で詳しく説明)をきっかけに、死後の世界に対する科学的研究が始まるようになりました。それが「近代心霊研究」です。スピリチュアリズムは、こうした近代心霊研究を中心に発展していくことになります。

  あるいは、東京スピリチュアリズム・ラボラトリー(TSL)というところの、「1 導入編」の「(2) スピリチュアリズムとサイキカル・リサーチ」の「死後存続という概念」の見出しの項――

 「人間の個性は死後も存続するのか」という主題を、近代的な文脈で(つまり、単なる宗教教義や伝統的観念というような形ではなく)探究しようとしたのが、19世紀後半に欧米で勃興したスピリチュアリズム(Spiritualism)であり、それを契機として生まれたサイキカル・リサーチ(Psychical Research)でした。
 日本語では、スピリチュアリズムを「心霊主義」、サイキカル・リサーチを「心霊研究」と訳すことが通常ですが、原語では異なる語です。
 「spirit」は、「霊」(「精霊」や「聖霊」を含む)を意味する言葉で、スピリチュアリズムは、まさしく「霊魂」の存在を認めるという思想です。なお、一般的な「精神主義」や、中世キリスト教神秘主義の一派の名称と区別するために、Spiritualism と大文字で書かれるのが普通で、さらに「近代スピリチュアリズム Modern Spiritualism」と表記することもあります。ここでは簡単に「スピリチュアリズム」とします。
 サイキカル・リサーチの psychical は、ギリシャ語で「心」を意味する言葉「psyche」(プシケーないしサイキ)から来ています(「psychology (サイコロジー)」といえば、普通の「心理学」となります)。psyche は、実体を持ち、肉体とは別の(分離しうる)心というニュアンスを持ちます。「psychic」(サイキック)というと「超常的な(物理的な法則を超えた)心の力による」というニュアンスの形容詞になります。超常的な現象そのものを「psy」(サイ)と呼ぶこともあります。
 ですから、「Spiritualism」はむしろ「霊魂主義」、「Psychical Research」は「超常的心力研究」とでも訳す方が正確かもしれません。ここでは原則的に両方ともカタカナで表記します。

 その出発点が、1848年に起こった「ハイズヴィル事件」であることは、多くの人が認めるところです(ただし、懐疑的な傾向の強い研究者は、この事件をいかがわしいスキャンダルとして否定することがあります。なお、この前史として、アンドリュー・ジャクソン・デイヴィス(1826-1910)というアメリカの霊能者を重視する人もいます。)。
 ハイズヴィル事件とは、アメリカ・ニューヨーク州の寒村ハイズヴィルで、幼いフォックス姉妹が、夜な夜な怪音を立てる〈霊〉と、指を鳴らすことでコミュニケーションを取ることに成功した、というものです(詳しくは用語・事項編を参照ください)。
 これが新聞で報じられると、同様の現象がアメリカのあちこちで起こりました。人々は、何人かが集まって、テーブルの上に手を置き、じっと精神集中することで、テーブルが浮揚し、言葉の代わりに音でイエス・ノーを答え、それによって〈霊〉との交信が可能になることを知ったのでした。
 こうした〈交霊会〉の流行はすぐにヨーロッパに飛び火し、特にイギリスでは、「ロンドンでは、毎晩、何千ものテーブルが傾いているはずだ」と言われるような大流行となりました。

  そして、このサイトのスピリチュアリズム・心霊研究用語解説のページの「交霊会」は「セアンス」と「テーブル・ターニング」を書いています――

交霊会(sitting, seance) セアンスというフランス語が用いられることが多い。古典的な形態では、真っ暗な部屋で、気心の知れた数人が、テーブルを囲んで両手をその上に置き、しばしば祈りを唱えたり賛美歌を歌ったりして、長時間待つことで、テーブルが動き出し、叩音(ラップ)が響く。会席者は霊との間に「イエスなら1回、ノーなら2回、音で答えよ」といったルールを取り決め、質問を発していく……というものである。部屋は主催者の家の応接室など、よくなじんだ場所であること、メンバーは心が同調している仲間を8人以内ほどで選び、顔ぶれを変えないこと、テーブルは簡単に動かない重い円卓が望ましいこと、低俗な好奇心ではなく真剣な思いを持つこと、など、いろいろな条件がある。スピリチュアリズム全盛時代は、「ロンドンでは毎晩幾千のテーブルが踊っている」と言われるほど、どこでも普通に行なわれた。また、強力な霊媒/霊能者を囲んでの実験会を交霊会と呼ぶこともある。霊言を始め、様々な物理的霊現象が発現する。

  さて、交霊会とか降霊会ともっぱら訳されるフランス語のséance が、メスメリズムの集会(フランス語は「集会」「セッション」の意味です)でも使われていたことは前にポスターで示しましたが、また貼ってみます。――

mesmerism05(1844).jpg

   これは1844年のロンドンでのメスメリズムの講演(興業?)のチラシでした。

  ちなみに英語のWikipedia の"Séance" は、冒頭で、語源的な意味の説明も入れて、次のように書いています。――

A séance (pronounced /ˈsay-ons/) is an attempt to communicate with spirits. The word "séance" comes from the French word for "seat," "session" or "sitting," from the Old French "seoir," "to sit." In French, the word's meaning is quite general: one may, for example, speak of "une séance de cinéma" ("a movie session"). In English, however, the word came to be used specifically for a meeting of people who are gathered to receive messages from spirits or to listen to a spirit medium discourse with or relay messages from spirits; in modern English usage, participants need not be seated while engaged in a séance.

  英語においては、霊からのメッセージを受け取るため、あるいは霊媒の霊との交信を聴くために集まった人々の集会をもっぱら指すようになった、というように書かれています。

  日本語の対応するはずだけれど、短い「交霊会」の記述――

交霊会(こうれいかい、仏: Séance)または降霊会とは、霊媒者を介して、あるいはひとつのテーブルを取り囲むことで死者とのコミュニケーションをはかるセッション(会合)のこと。1840年代にアメリカで出現し、50年代になるとヨーロッパのブルジョワサロンを熱狂させていた。フランスの心霊術研究家アラン・カルデックはその著作『霊の書 (Le livre des Esprits)』(1857年)においてこのセッションに Séance という名を与え、そこに哲学的意味を見て取ることとなる。今日では、ブラジルに多くの支持者がいるという。

  これで記事の本文全部ですw。文意がちょっとあいまいですが(毎度ながら人のことは言えませんが)、あたかもアラン・カルデックが名づけたように書かれています。

  で、くだんのイギリスのメスメリズムのセアンスは、フランスからやってきたアドルフ君が被験者であり、彼は透視能力を発揮するのですけれど、霊との交信みたいなことは、少なくとも、もしそういうものが「売り」だったらポスターに書かれるでしょうし、どうやら、少なくとも前面には出ていない。いないけれどセアンスです。むろん、じゃあ、敢えてフランス語のséanceが、どういう含みで用いられていたかは調べねばならんのですが。

  それから、図版を続けますと、テーブルターニングとかテーブルムーヴィングと呼ばれた実験について――

mesmerism09.jpg

  これは1850年代のものです。中産階級の普通の家庭で親子(やたぶんこの絵だと召使も?)が一緒にテーブルを囲んでテーブル・ターニングを実験している図。

  日本語のウィキペディアだと、「コックリさん」の項目にテーブル・ターニングについての記述があります。――

西洋で流行した「テーブル・ターニング」とは、数人がテーブルを囲み、手を乗せる。やがてテーブルがひとりでに傾いたり、移動したりする。出席者の中の霊能力がある人を霊媒として介し、あの世の霊の意志が表明されると考えられた。また、霊の働きでアルファベットなどを記したウィジャボードと呼ばれる板の文字を指差すことにより、霊との会話を行うという試みがなされた[2]

  で、確かに table turning はアメリカでモダン・スピリチュアリズムが起こった1848年のあと、1851年の暮れごろからヨーロッパで大流行するものです。それはそうなのですが、必ずしも霊がらみ、少なくとも「交霊」がらみであったわけではない。――

mesmerism11.jpg

   これは、中央のハゲチャビンのように見えるおじさんが霊能者ということではなくて、動物磁気の流れによってテーブルの運動を起こそうという試みです。

   だから、ウィキペディアの記述でいうと、「現象の解釈」のところに書かれた諸説――もっとも「コックリさん」に重点があるのですけれど、前置きとして「コックリさんの起源である「テーブル・ターニング」については、大流行していた1800年代から著名な科学者たちが、その現象の解明に取り組んだ。1853年にはプロイセン王国(現:ドイツ)の数学者カール・フリードリヒ・ガウスイギリスの科学者、マイケル・ファラデーが実験的検討を試みた」とか書いているので、両者あわせてという記述に読めます――の、「霊が原因説」、「潜在意識説」、「筋肉疲労説」のいずれとも異なるものが、少なくとも当初には想定されていたことが考えられます。実際、1852年の『タイムズ』誌のウィーンからの特派員報告の記事は、電気ないし磁気を想定しているものです。――

Round the table three ladies and five gentlemen placed themselves, and formed a magnetic chain, which is effected by each person laying his hands lightly on the margin of the table and placing the little finger of his right into his neighbor's left.  [Times, 3 March 1852; as quoted in Alison Winter, Mesmerized: Powers of Mind in Victorian Britain (Chicago and London: University of Chicago Press, 1998), p. 263]

   "magnetic chain"* という、ホーソーンの小説とかにも出てきちゃったりするフレーズが出てきますが、上の図に説明は合致していて(男女の人数比はちょっち違いますが)、隣りの人同士が小指と小指をそっと重ねてワッカを作っています。 

   と、ぐだぐだと書いてきましたが、にもかかわらず、1830年代、40年代のメスメリズム(動物磁気説ないし催眠術)の実験において、トランス状態で被験者が霊の言葉を語ることがあったことはまぎれもない事実で、それこそがメスメリズムからスピリチュアリズムに一直線につながるもの、擬似科学とされることになるメスメリズムが「擬似宗教」に近接するところにほかなりません。

   (この項つづく)

"So much for the intellect! But where was the heartThat, indeed, had withered--had contracted--had hardened--had perished! It had ceased to partake of the universal throb. He [Ethan Brand] had lost his hold of the magnetic chain of humanity. He was no longer a brother- man, opening the chambers or the dungeons of our common nature by the key of holy sympathy, which gave him a right to share in all its secrets; he was now a cold observer, looking on mankind as the subject of his experiment, and, at length, converting man and woman to be his puppets, and pulling the wires that moved them to such degrees of crime as were demanded for his study." ("Ethan Brand")

Cf.  "She [Hester Prynne] silently ascended the steps, and stood on the platform, holding little Pearl by the hand. The minister felt for the child’s other hand, and took it. The moment that he did so, there came what seemed a tumultuous rush of new life, other life than his own, pouring like a torrent into his heart, and hurrying through all his veins, as if the mother and the child were communicating their vital warmth to his half-torpid system. The three formed an electric chain." (The Scarlet Letter, ch. 12)

以上のホーソーンからの引用、なんとなくですが、青山義孝「『緋文字』を読む」 <http://pot-8-o.hp.infoseek.co.jp/%81w%94%EA%95%B6%8E%9A%81x%82%F0%93%C7%82%DE.htm> からの孫引きになってしまいました。他意はないです。えーと、Web に頼らずに本を手に取ると、Maria M. Tatar, Spellbound: Studies on Mesmerism and Literature― 

In The Scarlet Letter, Hester, Dimmesdale, and Pearl link hands to forge an "electric chain" (V, 186).  The narrator of The House of the Seven Gables describes the warmth of Phoebe's hand and notes that the act of touching it assures one a place "in the whole sympathetic chain of human nature" (C, II, 141).  Finally, the search for the unpardonable sin causes Ethan Brand to lose his hold on "the magnetic chain of humanity" (III, 495).  Sympathy, like electricity and magnetism, appears as a kind of vital current flowing around all those who submerge themselves in the great mass of humanity.  Communicated by touch or by a clasp of the hand, it links men into one grand chain of brotherhood and connects them with the source of life.  In The House of the Seven Gables the narrator states that "the sympathy or magnetism among human beings is more subtle and universal, than we think; it exists, indeed, among different classes of organized life, and vibrates from one to another" (C, II, 174).  (p. 222)

   ついでに書いておくと、

(1) 作家はヒユとして使っているのか、ヤユとして使っているのか、マジで使っているのか、なかなかややこしいところがあります、一般に。

(2) ホーソーンで思い出したけれど、テーブルターニングの流行は、メスメリズムの流れで言うと、被験者とメスメリストのあいだの主従関係、特に男女の支配関係を免れるものだったので、一般に流行ったみたいにアリソン・ウィンターは書いています。どうも文学研究者と同様に社会学系の人もジェンダーが頭から離れないというか、人種・性差・階級を三種の神器よろしく武器としてそなえるところがあるようで。で、確かにホーソーンみたいな人は、芸術家と芸術家が神のごとく支配ないし心のうちを暴露する作品内登場人物の関係と類推的なものとして(マッド)サイエンティストと女性被験者を書いていて、後者(つまり実際の物語)においては男女に設定しますねえ。だけどそれはホーソーンの選択であって、現実がそうだというわけではない。女メスメリストだっていました。――

mesmerism13btrimmed.jpg

   これはアメリカでもよく読まれた(ポーが別のメスメリズム研究書の書評で言及して称賛している)Townshend のFacts in Mesmerism の挿絵です(206ページの本文への)。

   こういう絵を見てレズビアン幻想をたくましくするのも勝手ですが(タウンシェンドの本文によると姉妹のようです)、これは支配・被支配の図というのではなくて、交感図という趣きです。男と男の挿絵も前後してありますが、省略します。ただ、(これは現実ではないけれど、ポーなんかは、男女という構図をメスメリズムを扱った小説では出しませんね。男と男です(まあ、ホモセクシュアル幻想をたくましくするのも勝手ですが・・・・・・もっとも「催眠術の啓示」と「ヴァルドマール氏の病状の真相」において、術師はPで被験者はいずれも頭文字がVという、まるでトマス・ピンチョンの『V.』を思わせるところがなくもない、とすれば性的なあてこすりがありうるかもしれない設定なのですが)。ホーソーンにしたって、 "magnetic chain" については、比喩のレヴェルで働いている意味からして、そこに階級・主従関係はとりあえずはないのでしょう。それとも鎖だから縛るのでしょうか。そうかなー。しかしそんなこと言ったら親子の絆も婚姻の絆(こういうのをキリスト者としてホーソーンは大事にしていたとされます)否定されるものになってしまうが。そうかなー。

################

E-texts:

Chancey Hare Townshend, Facts in Mesmerism, with Reasons for a Dispassionate Inquiry into It (1840) <http://www.archive.org/details/factsinmesmeris00towngoog> 〔Internet Archive〕

Edgar Allan Poe, "Mesmeric Revelation."  Tales (1846)  <http://www.archive.org/details/talesedg00poeerich> Pp. 47-57.

 

 


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February 25 2009年2月25日のアルバニ(カリフォルニア)の空と豚のサーロイン焼き豚 [天気 weather]

February 25, 2009 (Wednesday)

   午前中はときどき雨でした。お昼過ぎに晴れました。

  6:40am
内 21.3℃   湿度 62%
外 12.0

8:25am
内 21.8
外 12.3

9:25am  小雨
内 21.8
外 12.1

1:04pm 晴れ
内 22.4  54%
外 15.7 

    アサ~♪

February25,2009AlbanyCA0729.56am.jpg
2009年2月25日朝7時29分56秒

  夜雨が降っていたので、舗道が濡れています。

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2009年2月25日午後4時59分46秒

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2009年2月25日午後4時59分56秒

  穴

  手前に黒い雲のかたまり(black mass of cloud)があり。

    5時前から焼き豚の作成にとりかかり。

porksurloinyakibuta1.jpg
2009年2月25日午後4時18分の豚肉

  "Surloin, half, sliced" $1.77/lb

porksurloinyakibuta2.jpg
4時20分

  bone-in だったとはっ!! まいりました。そこで、全部を焼き豚にする計画はとりやめて、シチューもつくることに。

porksurloinstew.jpg
4時36分

porksurloinyakibuta3.jpg
4時43分

porksurloinyakibuta4.jpg
4時49分

porksurloinyakibuta5.jpg
4時53分

  煮豚にすることにしました。

February25,2009AlbanyCA1700.20pm.jpg
2009年2月25日午後5時零分20秒

February25,2009AlbanyCA1729.36pm.jpg
2009年2月25日午後5時29分36秒

   むしろ5時よりも明るくなりました。それでも雲は多いです。

February25,2009AlbanyCA1820.36pm.jpg
2009年2月25日午後6時20分36秒

  正面(西)。ゴールデンゲートブリッジとサンフランシスコの街の灯。

February25,2009AlbanyCA1820.44pm.jpg
2009年2月25日午後6時20分44秒

   ちょっと北の方。

February25,2009AlbanyCA1820.54pm.jpg
2009年2月25日午後6時20分54秒

  もうちょっと北の方向。

porksurloinyakibuta8.jpg
午後7時17分の豚

  底の左はミニキャロットで左下のコンブのようなのはネギもどき(green onion)の残骸。右下はタマネギのかけら。

  えーと、「豚のサーロインの焼き豚」という言い方は豚が重なっていてヘンなのですが、そういうことってあります。「人でなしの人」とか(ちがうか)、「天才的才能」とか(ちがうか)、「友達達」とか(ちがうか)、「空色の空の色」とか(ちがうか)。

 


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March 5-6 プレフォルストの女見霊者  メスメリズムからスピリチュアリズムへ(その3)――擬似科学をめぐって(26)  On Pseudosciences (26) [擬似科学周辺]

March 05, 2009 (Thursday)
March 06, 2009 (Friday)

   もちろん、憑依と呼ぼうがトランスと呼ぼうが神がかりと呼ぼうがトリップと呼ぼうが神的体験と呼ぼうが霊的体験と呼ぼうが、あの世↘この世の霊界通信的なコミュニケーションは、古くからあるわけですけれど、18世紀末に「科学」の装いで興ったメスメリズムによってトランス状態におちいった被験者が語る霊や霊界がらみの事例として有名なのは「プレフォルストの女見霊者」(英語だと "the Seeress of Prevorst" として知られる)と呼ばれる、ドイツの、バヴァリアの農婦の事例です。えーと、たしか名前はフリードリケ・ハウフェ。このひとのことを最初に読んだのはコリン・ウィルソンの本のなかでした。

  コリン・ウィルソンは同じことを繰り返し変奏して書くので、いろんな本で語っていると思いますけれど、てもとにある『ポルターガイスト』(1981) では第7章 "Ghost Hunters and Ghost Seers" の冒頭で詳しく紹介されています。――

If the history of ghost-hunting has to have a starting point, then the year 1829 is probably as good as any.  It saw the publication of a book called The Seeress of Prevorst, which became one of the bestsellers of the nineteenth century, and familiarised the general public with the idea that we may be surrounded by invisible spirits.  It was written by Dr Justinus A. C. Kerner, a rich and eccentric doctor who was also a well-known poet and song-writer.  In 1826, the forty-year-old Kerner was practising in Weinsberg, near Heilbronn, when he was consulted by the relatives of a woman called Friederike Hauffe, who was dying of a wasting disease.  She had lost all her teeth and looked like a walking skeleton.  (Colin Wilson, Poltergeist!: A Study of Destructive Haunting, p. 250)

   ゴーストハンティングの歴史に出発点があるとするなら、1829年が最もふさわしかろう、とウィルソンは書きます。この年にドイツの詩人でもあった医師ユスティヌス・A・C・ケルナーによる『プレフォルストの女見霊者』が出版され、これが19世紀のベストセラーの一冊となって、我々が不可視の霊に取り囲まれているという観念を一般に広めたからだと。

  1826年、ケルナーが46歳のときに、親戚に連れられてきたのが、フリードリケ・ハウフェという、歯が抜けおち、骸骨のようになった女性でした。以下、直接引用しないで要約します。子供のころからトランスに落ちて、ヴィジョンを見、見えない霊と会話をし、また未来も精確に予言していた。19歳のときに、親戚の男と結婚し、鬱状態におちいる。20歳のときに第一子が生まれ、ヒステリー症状を起こす。毎晩のようにトランスに落ちて、死者の霊を見る。・・・・・・ケルナーは最初、フリードリケのヴィジョンや霊について懐疑的で、ヒステリーが原因だと考えます。けれども、フリードリケが人体を透視して神経系の正しい記述をしたり、目を閉じておなかで文書を読んだりする能力があることがわかる。あるいは暗闇のなかで、たとえばコンパスで描いたような正確な円をすばやく書くことができる。

  通常の薬を処方しても効果がなく、「磁気トランス magnetic trance」に置いて霊の指示を聞いてみては、とフリードリケのほうからケルナーにいいます。はじめ乗り気ではなかったケルナーは、メスメリズムを試してみることにします。フリードリケは「マグネティズム」に反応して、容易にトランスに入る。ケルナーはこの状態でフリードリケが語ることに懐疑的だったのですが、ある日、考えを一変させる事件が起きます。フリードリケが、ヤブニラミの男につきまとわれている、と言う。彼女の記述から、ケルナーはそれが2,3年前に死んだ男だとわかる。フリードリケによると、横領の罪を別の人間が着せられていることで罪悪感に責められているらしい。その別の人間も既に亡くなっているのだが、その未亡人のために、ある文書によって汚名を晴らしてやりたいという。霊はフリードリケにその文書のある部屋を「見せ」る。フリードリケのくわしい記述から、その部屋で働いている人間がハイド判事という人だとケルナーにはわかる。そして、ケルナーが判事に連絡してみると、クリスマスの日にちょうどフリードリケが記述するような状態で仕事をしていたことがわかる。調べてみると、記述のとおりに部屋のチェストに文書が見つかり、そして記述のとおりに、文書の番号がまちがった並びになっていたこともわかる。

  てなことがあって、ケルナーはフリードリケの発言と超自然的な能力を信じるようになります。フリードリケが言うには、我々はつねに霊に囲まれている。これらの霊はいろんなやりかたで注意を引こうとする――ノックをしたり、モノを動かしたり、砂を投げたり。そして、フリードリケは霊のひとりにラップ音を出させたり、空中から小石や灰を降らせたり、椅子を宙に浮かばせたりさせます。

  コリンはポルターガイストがらみでフリードリケの事例に言及しているので、ケルナー宅に滞在中に起こしたポルターガイスト現象のこととか書かれています。が、のちの「霊訓 spirit teachings」的なものをフリードリケが語ったことも語っています。――

          Friederike also produced what would later be called 'spirit teachings', an amazingly complex system of philosophy in which man is described as consisting of body, soul and spirit, and of being surrounded by a nerve aura which carries on the vital processes.  She spoke about various cycles in human existence―life cycles (or circles) and sun circles, corresponding to various spiritual conditions.  She also described a remarkable universal language from ancient times, said to be 'the language of the inner life'.  (A mystical sect was founded to expound those doctrines after her death.) 〔フリードリケはまた、のちに「霊の教え(霊訓)」と呼ばれるものを提示した。それは驚くほど複雑な哲学体系で、人間が体、魂、霊で構成され、生命プロセスを行なう神経オーラに囲まれているものとして記述される。彼女は人間存在のさまざまなサイクルについて語った。さまざまの霊的状態に照応する生のサイクル(あるいはサークル)と太陽のサークル。彼女はまた、「内的生命の言語」といわれる古代からの普遍的言語について記述した。・・・・・・〕
          All these mediumistic activities made Friederike more and more feeble, and she died in 1829 at the age of twenty-eight.  Kerner's book The Seeress of Prevorst (the name of the Swabian village where she was born) created a sensation, and was equally successful when it was translated into English in 1845 by Catherine Crowe, whose own book, The Night Side of Nature, created an equal sensation four years later.  It is arguable that The Seeress of Prevorst and The Night Side of Nature were two of the most influenctial books of the nineteenth century. 〔こうした霊媒的な活動によってフリードリケはますます衰弱して、1829年に28歳で亡くなった。ケルナーの著書『プレフォルストの女見霊者』(プレフォルストはフリードリケが生まれたシュヴァーベンの村の名前)はセンセーションを引き起こし、1845年にキャサリン・クローによって英語に訳されたものも同様に成功をおさめた。その4年後のクロー自身の『自然の夜の側面』も同じくセンセーションを巻き起こした。『プレフォルストの女見霊者』と『自然の夜の側面』は、おそらく、19世紀の最も影響力をもった2冊の本だった。〕 (p. 254)

  引用の最初の段落の、body-soul-spirit の三分説が目にとまります。

  そのあと、19世紀後半のスピリチュアリズムに対する科学の反応というか反動というか反発によってこの本が「心霊研究 psychical research」に携わる人間からはまじめに受け取られなくなったこと、そして20世紀にはほとんど忘れられてしまったことが書かれています("as the scientific reaction against spiritualism increased, The Seeress of Prevorst  ceased to be taken seriously by those engaged in psychical research, and by the twentieth century it had been virtually forgotten")。心霊研究協会のフランク・ポドモアやE・J・ディングウォールなどのケルナーに対する批判が引かれたりして。で、コリンとしてはポルターガイストの事例と見ることですくい上げようとするわけです。

  モーリちゃんの父は、イギリスの女性作家だったキャサリン・クローの『自然の夜の側面』はむかしロンドンの骨董屋みたいな古本屋で50ドルくらいで買ったのを持っていますが、ケルナーの英訳は見たことがありません。アリソン・ウィンターの、イギリスにおけるメスメリズムの研究書では、フリードリケ・ハウフェについて、ほんの数行だけ出てきます。――

During this period a number of women invalids were said to have been placed in extraordinary states by mesmerism.  One well-known case was that of a Bavarian peasant woman, the so-called Seeress of Prevorst, chronicled by the novelist Catherine Crowe.  Her deathlike magnetic state blinded her to her immediate physical environment but put her in contact with what she called the "real world" invisible to everyone else (fig. 50). 〔この時期、女性の病人たちがメスメリズムによって異常な状態に置かれたといわれる。有名な事例は、作家のキャサリン・クローが記録した、いわゆるプレフォルストの女見霊者として知られるバヴァリアの百姓女である。死んだような催眠状態に入ると、周囲の物理的環境は目に入らなくなるが、他の誰にも見えない、彼女の言う「真の世界」との接触が行なわれた。〕[Alison Winter, Mesmerized: Powers and Mind in Victorian Britain (Chicago and London: U of Chicago P, 1998) 215]

  そして、この図50 (p. 216)というのが、言語から判断してして、クローの英訳本からのものなのでした――

SeeressOfPrevorst(Kerner-Crowe).jpg

  「サークル」でも「サイクル」でもなくて"sunsphre" と書かれています。3次元的に見られるべき図なのでしょうね。なにがなにやらわかりませんが。

 

 

  カリフォルニア時間3月7日午後3時40分追記  全然別の調べ物をしていたら、こりんの『ポルターガイスト』の邦訳が楽天オークションに出ているのに出くわしました。ちょうど日本時間の7日に出品されたのでした。訳が手元にあれば苦労はしなかったのに――
poltergeist_ColinWilson.jpg
via 楽天オークション<http://auction.item.rakuten.co.jp/10003018/a/10010729/>

 


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February 26 2009年2月26日のアルバニ(カリフォルニア)の夕焼け空 [天気 weather]

February 26, 2009 (Thursday)

    この日と翌日はよく晴れて、明るい夕焼け空が見られたのでした。それでも朝5時に起きて窓ガラスを見ると、水滴がついていて、ついさっきまで雨が降っていた模様(ベランダに出て雨が降っていないことを確認)。外は寒い。5時5分にベランダの気温は12.9℃、部屋は22.0度で湿度59パーセント。

  どんどん暖まって、午後2時には室内が26.4度(湿度51パーセント)、屋外が17.4度。


February26,2009AlbanyCA1806.46pm.jpg
2009年2月26日午後6時6分46秒のゴールデンゲートブリッジあたり(クリックでちょっと拡大)

February26,2009AlbanyCA1806.54pm.jpg
午後6時6分54秒

February26,2009AlbanyCA1812.18pm.jpg
午後6時12分18秒

February26,2009AlbanyCA1812.50pm.jpg
午後6時12分50秒

February26,2009AlbanyCA1813.02pm.jpg
午後6時13分2秒

February26,2009AlbanyCA1813.16pm.jpg
午後6時13分16秒

   きれいな空でした。が、翌日の27日の夕焼け空に比べるとダイナミックさに欠けるのでした。

 

KRON4.com - The Bay Area's News Station <http://www.kron.com/> 〔天気概況ビデオがトップページ右手にありますが、Weather ページ= <http://www.kron.com/Weather/tabid/56/Default.aspx>〕

7-Day Forecast for Latitude 37.88N and Longitude 122.29W (Elev. 85ft) <http://forecast.weather.gov/MapClick.php?CityName=Albany&state=CA&site=MTR&textField1=37.8869&textField2=-122.297&e=0> 〔カリフォルニアバークレー(≒アルバニ)の天気 National Weather Service クリックしていただくと、アルバニの位置がわかります〕

National Maps - NOAA's National Weather Service <http://www.weather.gov/outlook_tab.php> 〔上の全国版〕

National Weather Service - NWS San Francisco/Monterey Bay Area <http://www.weather.gov/climate/index.php?wfo=mtr> 〔過去の天気〕 

"Sunrise and Sunset for U.S.A. - California - San Francisco" <http://www.timeanddate.com/worldclock/astronomy.html?n=224> 〔Sunrise and Sunset Calculator
 

 


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March 8 キャサリン・クローの『自然の夜の側面』 Catherine Crowe, The Night Side of Nature――擬似科学をめぐって(27)  On Pseudosciences (27) [擬似科学周辺]

March 08, 2009 (Sunday)

   ケルナーの『プレフォルストの女見霊者』のキャサリン・クローによる英訳は、昨年2008年の11月に、例のKessinger からファクシミリのリプリント版が出ていることがわかりました。さらに、このあいだの記事「March 5-6 プレフォルストの女見霊者  メスメリズムからスピリチュアリズムへ(その3)」の引用で訳さなかった箇所 "(A mystical sect was founded to expound those doctrines after her death.) " (彼女の死後、この教理〔古代からの神秘言語にかかわるもの〕を解釈するための神秘教団が創設された)というのにかかわるらしい研究書で The Seeress of Prevorst: Her Secret Language and Prophecies from the Spirit World というのが、やっぱり11月に出版されているのがわかり、両方とも多少のか他生のかわかりませんが縁を感じて注文しちゃいました。

  で、\(・_\)それは(/_・)/しばらくおいといて、キャサリン・クローの『自然の夜の側面』のE-text、E-bookはWeb に見つかります。Internet Archive には20世紀はじめのものも含めて英米で3冊ずつ5種おさめられています。次の2巻本が1848年の初版本です(London: T. C. Newby)――

The night side of nature, or, Ghosts and ghost seers (Volume 1) - Crowe, Catherine, 1800?-1876
The night side of nature, or, Ghosts and ghost seers (Volume 2) - Crowe, Catherine, 1800?-1876

つぎのものは1850年のアメリカ初版 (New York: B. B. Mussey) と思われるものです(New York Public Library 所蔵本)――

The Night-side of Nature; Or, Ghosts and Ghost-seers - Catherine Crowe

  ちなみに、『プレフォルストの女見霊者』の翻訳の5年後の自らの著作というふうにコリン・ウィルソンは書いていて、1850年と思っていたのですが、1848年なのですね。翻訳の情報は Kerner, J. F.  The Seeress of Prevorst: Being Revelations Concerning the Inner-Life of Man [. . .].  Trans. Catherine Crowe.  London, 1845 です。まあ、当時は年の暮れの出版が翌年の日付とか、ありますけれど、コリンの誤記ですかね。

    ううむ。1849年の初頭に実際には出版されているかもしれません。

  序文でクローは、"night side" というコトバがドイツ語から来ていて、惑星の見えない側のことをいうのだと説明しています。この意味は現在の英和辞典にも載っています。で、自然の通常見えない側ということで、比喩的に使っていて、それはそうなのですが、ドイツがらみでいうと、シェリングの弟子で、『夢の象徴学』(ホフマンの紹介と夕焼けにゃんにゃんで有名な深田甫による邦訳があります)を書いたハインリヒ・シューベルトの書名『自然哲学の夜の側面』を明らかに意識したものだと思われます。

  そして、このクローの本は、ドイツの権威を利用しつつ、夢や幽霊やドッペルゲンガーや憑依や死後の世界などについて包括的に記述して、センセーションを巻き起こすことになります。初版の2巻本の目次とページを書き写しておきます。

VOLUME I: I.―Introduction (1), II.―The Dweller in the Temple (24), III.―Waking and Sleeping, and how the Dweller in the Temple sometimes looks abroad (41), IV.―Allegorical Dreams, Presentiments, &c. (95), V.―Warnings (107), VI.―Double Dreaming and Trance, Wraiths, &c. (165), VII.―Wraiths (222), VIII.―Doppelgangers, or Doubles (258), IX.―Apparitions (300), X.―The Future that awaits us (361-422).

VOLUME II: I.―The Power of Will (1), II.―Troubled Spirits (26), III.―Haunted Houses (64), IV.―Spectral Lights, and Apparitions attached to certain families (147), V.―Apparitions seeking the prayers of the living (194), VI.―The Poltergeist of the Germans, and Possession (238), VII.―Miscellaneous Phenomena (312), VIII.―Conclusion (353-384).

  第1巻第1章「神殿の居住者」、第2章「覚醒と睡眠、そして神殿の居住者がときにあたりをみまわすこと」に出てくる "the dweller" というのは、人間の内なる霊のことなのですが、それについて次回にちょっとだけ補足します。

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February 27 2009年2月27日のアルバニ(カリフォルニア)の空(本編) [天気 weather]

February 27, 2009 (Friday)

   前からわからないのだけれど、朝、東ではなくて西の空が赤らむのも朝焼けというのでしょうか。

  ともあれ、この日は朝から雲が豊かな表情を見せていたのは確かです。

February27,2009AlbanyCA0639.30am.jpg
2009年2月27日(金)朝6時39分30秒の空(クリックですこし拡大します)

    この日のサンフランシスコの日の出は6時44分ごろ。いえ、ここから出てくるのではないのですが。

February27,2009AlbanyCA0639.42am.jpg
2009年2月27日(金)朝6時39分42秒の空

February27,2009AlbanyCA1639.22pm.jpg
2009年2月27日(金)午後4時39分22秒の空

  日の入りまでまだ時間があるのですが、赤らんでいるような。昼間は雲もかなり減ってよく晴れた暖かい一日だったのですが――「February 27 ギルマン通りの桜 パート2 Cherry Blossoms in Gilman Street (2)」参照――、夕方近くにあまり厚くない雲が空を覆い・・・・・・

February27,2009AlbanyCA1639.38pm.jpg
2009年2月27日(金)16時39分38秒の空

 

February27,2009AlbanyCA1747.20pm.jpg
2009年2月27日(金)午後5時47分20秒の空

February27,2009AlbanyCA1757.20pm.jpg
2009年2月27日(金)午後5時57分20秒の空

February27,2009AlbanyCA1802.10pm.jpg
2009年2月27日(金)午後6時2分10秒の空

  この日のサンフランシスコの日の入りは6時2分ごろ。

February27,2009AlbanyCA1802.40pm.jpg
2009年2月27日(金)午後6時2分40秒の空

February27,2009AlbanyCA1806.08pm.jpg
2009年2月27日(金)午後6時6分8秒の空

February27,2009AlbanyCA1814.54pm.jpg
2009年2月27日(金)午後6時14分54秒の空

  ゴールデンゲートブリッジの北側

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KRON4.com - The Bay Area's News Station <http://www.kron.com/> 〔天気概況ビデオがトップページ右手にありますが、Weather ページ= <http://www.kron.com/Weather/tabid/56/Default.aspx>〕

7-Day Forecast for Latitude 37.88N and Longitude 122.29W (Elev. 85ft) <http://forecast.weather.gov/MapClick.php?CityName=Albany&state=CA&site=MTR&textField1=37.8869&textField2=-122.297&e=0> 〔カリフォルニアバークレー(≒アルバニ)の天気 National Weather Service クリックしていただくと、アルバニの位置がわかります〕

National Maps - NOAA's National Weather Service <http://www.weather.gov/outlook_tab.php> 〔上の全国版〕

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"Sunrise and Sunset for U.S.A. - California - San Francisco" <http://www.timeanddate.com/worldclock/astronomy.html?n=224> 〔Sunrise and Sunset Calculator
 


 

 


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March 9-10 『自然の夜の側面』における神殿の居住者をめぐって On "Dweller in the Temple" in Catherine Crowe, The Night Side of Nature――擬似科学をめぐって(28)  On Pseudosciences (28) [擬似科学周辺]

March 09, 2009 (Monday)
March 10, 2009 (Tuesday)

 「March 8 キャサリン・クローの『自然の夜の側面』 Catherine Crowe, The Night Side of Nature――擬似科学をめぐって(27)  On Pseudosciences (27) [擬似科学周辺]」の補足です。

  この、いまでいう超常現象や死後の世界などを扱って当時のベストセラーの、第2章の「神殿の居住者」は、しかし、幽霊ではなくて、人間の構成要素としての霊について語っています。えーと、おさらい的に書くと、クローの訳した『プレフォルストの女見霊者』のなかに、、ドイツのフリードリケ・ハウフェという、メスメリズムによってトランス状態になった女性が、人間が霊と魂と体からなっているという霊の教えを告げるところがあるわけですが、自然哲学の伝統のあるドイツと、メスメルがいたフランスにおいて、神秘主義的なメスメリズムが主張されたとされています(このへんは、アラン・ゴールド Alan Gauld の大著『催眠術の歴史』 A History of Hypnotism (Cambridge UP, 1992) がそれぞれ一章割いて "Mystical Magnetism: Germany" (8章)、"Mystical Magnetism: France" (9章)で論じています)。

It is almost needless to observe, that the Scriptures repeatedly speak of man as a triparite being, consisting of spirit, soul, and body; and that, according to St. Paul, we have two bodies―a natural body, and a spiritual body; the former being designed as our means of communication with the external world―an instrument to be used and controlled by our nobler parts. [. . .]  In this spirit so imparted to us, dwells, says Eschenmayer, the conscience, which keeps watch over the body and soul, saying, "Thus shalt thou do!"  And it is this Christ addresses himself when he bids his disciples become perfect, like their Father in Heaven.
(聖書が繰り返し人間を霊、魂、体から成る三重の存在として語っていることを述べる必要はほとんどないだろう。同様に、聖パウロによれば私たちは二つの体――自然の体と霊の体を持っている。前者は私たちが外的世界と通信する手立てとして設けられている――私たちのより高貴な部分によって使用され制御されるべき道具である。・・・・・・エッシェンマイアーが語るところでは、私たちに与えられたこの霊の内に良心が住んでいて、体と魂を見張り続け、「汝、かく、すべし!」と言う。そして、キリストが弟子たちに、天の父のようになるよう言うときに、話しかけるのこの霊である。)

   のちにブラヴァツキーが『ヴェールを脱いだイシス』(1877) で魂と霊の区分を強調したことは前にふれました〔「January 23 ジョーゼフ・ブキャナンとサイコメトリーとブラヴァツキー・・・・・・メスメリズムとアメリカ (補足の3)――擬似科学をめぐって(21)  On Pseudosciences (21)」参照〕が、ブラヴァツキーの言葉を引けば、「俗人だけでなく神学者も、魂と霊が同じひとつのものだという誤った考えをもっている」という指摘は正しく、9世紀に霊・魂・体の三分説(トリコトミー・・・・・・英語だと trichotomy トライコトミィ)が公式に異端とされてのちのヨーロッパ思想史においては混乱が今日まで続いています。三分説について最もくわしく論じたのは『神秘学序説』をはじめとする著書のある美学者でシュタイナー研究家の高橋巌だと思います。高橋巌は、雑誌『ユリイカ』に連載した部分では、確か「霊(精神)」(か、あるいは「精神(霊)」だったかしら)というような書き方をしていたと思いますが、やがて精神を添えずに「霊」と書くようになります。実はこの決断にはたいへん深いものがあると思うのです。誤解を呼びかねないけれども、誤解を生じさせないための選択だったと思います。Web 上では、つぎの論文 (1986) が三分説を高橋巌にすっかり依拠して解説しているのが見つかります――UT Repository: Item 2261/6591。そこから孫引き的に引いておきます。

  トリコトミー(三分説,あるいは特に人性三分説また霊魂三分説)とは,霊 (spirit),魂 (soul),体 (body),という3つの領域の総体として人間存在を把握しようとする考えである。そして人間は三重の仕方で世界と結びつき,大宇宙もまた,小宇宙たる人間に照応して霊,魂,体から成り立つものとして捉えられる。
  霊とは,人間各自の魂(心)の中に見出だせながら主観を超越している客観的領域のことである。それは目的と愛の根拠である。キリスト教文化の公的な思想は中世以降二分説を主張してきた。信仰によらず,認識によって自分の中に自分の霊を体験することは異端とされた。その結果ヨーロッパの学問体系の中では soul と spirit は常に曖昧のままに残され,しばしば非常な混乱に陥っている(高橋,1975, pp. 48-49)。
  ヨーロッパ思想の諸概念によって規定されてきた日本の思想においても同様である。学問の用語としては霊 (spirit) のかわりに精神を,魂 (soul) のかわりに心,または心理という言葉を使っている。精神という言葉は本来は精霊,精魂と結びつく言葉だが,今日ではむしろ心を含めて非身体的な人間本性一般についていわれている。psychology は心理学と訳されるが psychoanalysis は精神分析と訳されているように,本来主観的なものである「心」と,本来客観的なものではあるが,人間が自己の個人的領域として持っている「精神」とは混同されている。
  一方に身体もしくは肉体があり,その一方に心もしくは精神があるという二分説の立場に立つときには,soul と spirit をそのように曖昧にせざるを得ない。そして,存在を考える際に,物質と心,物質と意識,または肉体と魂というふうに二分して考えるとき,その立場は神秘学に行きつくことがない。
  魂というのは感情と悟性が共働した主観的な働きとされるが,そのような魂は真理を認識する能力をもたない。(エマソンは悟性に対する理性を霊に結びつけた)。教会に属し,忠誠を誓ってはじめて恩寵として,真理,つまり霊界の認識が伝えられるというのがキリスト教文化の肉体と魂という二分説の本質であろう(高橋,1980, p. 39)。
  だが,二分説的な考え方は,キリスト教本来の考え方ではなく,キリスト教が権力と結びついてドグマを作っていく過程でできたものである。そしてまた,宗教にはつねに公教的な側面と秘教的な側面があることを注意したい。
  人間は体と魂と霊とから成り立っているという古代の神秘学に共通のトリコトミーが公式に異端として否定されたのは,894年のコンスタンチノープル第8回公会議においてであったとされている。中世から19世紀に至るまで,霊はもはや個々の人間の属性とは見なされなくなった。そして,人間は肉体と魂の所有者であるという二分説から必然的に派生してくる唯物論によって,19世紀にいたっては魂もまた肉体によって生み出されるものとされ,人間は結局的肉体的存在以外の何者でもなくなってしまった(高橋,1975, pp. 22-23)。〔宮川雅「エマソンと三分説の伝統,または,宗教という名を使わない宗教」39-40〕

    キャサリン・クローがいう、聖書の三分説的な表現というのは、モーリちゃんの父が思いつくところでは、たとえば、やっぱりパウロで「テサロニケ人への手紙」5章23節―― "May God himself, the God of peace, make you holy in every part, and keep you sould in spirit, soul, and body, without fault when our Lord Jesus Christ comes" (平和の神、神御自らがあなたたちをあらゆる部分において聖としたまい、霊と魂と体のすべてにおいて主イエス・キリスト来臨の時あなたたちがとがなく守られるように) 。でも確か、自然の体と霊の体とを言っている「コリント人への手紙」(これもパウロです)は、もともとの三分説が二分説化されている(テキストを改変されている)箇所ではなかったかしら〔ちょっとちゃんと調べていずれ書きます〕。

  引用したクローの一節はあれこれと考えさせるところがたくさんあります。たとえば第一に、良心conscience というものの、人間存在内での位置づけ。リスねーさんの考えでは、これはフロイトの心理学だと、超自我に収斂していくことになります。じゃ、ロマン主義文学やフォークロアから大いにインスピレーションを得たとされるフロイトにおいて、霊的なものはどこへいったのか。ネガティヴな、悪魔的なものは井戸に、いやイドのうちに押し込められたのでしょうか(サダコかよw)。引用で "dwell" している主体は霊のなかの "conscience" なので、なかなかややこしいのです。二番目に、人間存在や、とくに人間の精神やこころを建物として捉えるのは常套的にあって、カトリックなんかでも『霊魂の城』(という題だったと思います)とか、宗教的な寓意的な本があったりするのですが、その後の「心理学」の流れだと、いっぽうで安定的なフロイトやユング(安定と言ったって、ユングの「個体化」とか、たいへんダイナミックなものなのでしょうが)の心理学にはおさまらない多重人格とかが、伝統的な「憑依」とという考えと理論を交わらせつつ19世紀末に出てくるのが思い浮かびます。し、そもそもその前に、スピリチュアリズムがらみで、人体は幽霊の家みたいな考え方も出てくるのが思い出されます。そこで問題になるのは「霊」といってもどうやら区分が必要だろうということで、実際シュタイナーとかは9つとか7つとかに人間の構成を分けて考える(それ自体はギリシアに原型はあるし、ちょっとねじまがったかたちではあるけれどもイギリスのロマン主義者のコールリッジの「心理学」もなんか似ているところがあるなあと個人的には感じてますが)のですが、そこまでいくとふつうの人にはなかなかついてけなくなりますねー。3番目に、引用の終わりのところの、イエスが弟子たちに与えることばとの関係で出てくる霊というのは、ヨハネ福音書の弟子たちへの告別の辞の中に出てくる真理の霊、パラクレートのことだと思われ。そして、そのパラクレートは、高橋巌がキリスト教における最も深い霊の思想として解説しているものなのでした。

  それは、イエスが、自分は助け主ではあるが、永遠の助け主ではないと弟子たちに語り、自分が去ることによって真理の霊、パラクレートがやってくるという、つまり、逆に言うと、聖霊パラクレートが個人のうちなる霊として生きるように自分は去らねばならない、というのです(14章~16章)。イエス自身が言うように、父(なる神)のもつものは自分(子なる神)のもの、その「我がものを受けて汝らに示す」のが聖霊です。そうすっと、ここには、いわゆる犠牲の死とは異なるイエスの死の解釈があり、そして、聖父(父なる神)=聖子(子なる神)=聖霊(聖霊なる神)といういわゆる三位一体の位格のひとつである聖霊なる神の、人間存在内への受肉が語られている(ように解釈できる)ようにも見えます。

  で、中世のヨアキムみたいな人は歴史の三分説を唱えて、父の時代、子の時代、そして第三の、これから始まる聖霊の時代、ということを言って、終末論思想なんだけれど、終末前に霊を受けた人たちによる千年王国がおこるという点で、あくまで歴史内のできごととしてつまるところは人間神化思想ととられかねない神秘主義が出てくる(日本語が乱れています、すいません)。ヨアキム主義はおりおりに教会から抑えられることになるのですが、20世紀の頭に「第三の王国」というようなかたちであらわれたのも聖霊思想がもとになっています。

  ただ、やっぱりキリスト教内では、パウロの言葉とかは死後の復活というふうな文脈でとらえられるのだろうなあ、というのは容易に想像されるところです。( ..)φメモメモ的に「朽ちない、輝かしい、霊の体」 http://www.interq.or.jp/pure/hirose/hirose/2007/sekyo0706.htm

 

The night side of nature, or, Ghosts and ghost seers (Volume 1) - Crowe, Catherine, 1800?-1876
The night side of nature, or, Ghosts and ghost seers (Volume 2) - Crowe, Catherine, 1800?-1876

The Night-side of Nature; Or, Ghosts and Ghost-seers (New York: B. B. Mussey, 1850)

高橋巌 (1975) 『神秘学序説』 イザラ書房

高橋巌 (1980) 『神秘学講義』 角川書店


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February 28 2009年2月28日のアルバニ(カリフォルニア)の空の穴 [天気 weather]

February 28, 2009 (Saturday)

   木金とnice な日だったが、週末に天気が崩れて月曜までにわか雨の降る天気になるというのが前日の予報でした。 

  朝、室温は20度あったのですが(5時30分にin 20.6  55% out 12.8、6時30分に in 20.4   55%  out 12.8、7時にin 20.4  54% out 12.7)なんとなく寒くて、8時すぎに暖房を入れ。

February28,2009AlbanyCA0935.22am.jpg
2009年2月28日9時35分の朝のサンフランシスコ

  ちょっとくもってますが、晴れ。

February28,2009AlbanyCA1617.46pm.jpg
2009年2月28日午後4時17分46秒

  昨日の27日とは雲の様子がだいぶちがうのだけれど、雲が多いのと早くから空が赤らむのは似ており。

February28,2009AlbanyCA1621.56pm.jpg
2009年2月28日午後4時21分56秒

  空の穴

February28,2009AlbanyCA1741.52pm.jpg
2009年2月28日午後5時41分52秒

February28,2009AlbanyCA1800.24pm.jpg
2009年2月28日午後6時ちょうどの空

  あんまり夕焼けにはならなかったのでした。

February28,2009AlbanyCA1801.40pm.jpg
2009年2月28日午後6時1分40秒

February28,2009AlbanyCA1819.08pm.jpg
2009年2月28日午後6時19分8秒

February28,2009AlbanyCA1819.24pm.jpg
2009年2月28日午後6時19分24秒

  空の穴(横穴式)

    その夜モーリちゃんは台所の床でビールの空き缶を並べて字をつくる遊びをした。

February28,2009AlbanyCA2056.48pm.jpg
20時56分

  わが子ながらよく貧乏くさい遊びを思いつくものだと感心した(爆)


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March 8-10 ユスティヌス・ケルナー Justinus Kerner――擬似科学をめぐって(29)  On Pseudosciences (29) [擬似科学周辺]

March 08, 2009 (Sunday)
March 09, 2009 (Monday)
March 10, 2009 (Tuesday)

   ケルナーの『プレフォルストの女見霊者』のキャサリン・クローによる英訳は、昨年2008年の11月に、例のKessinger ――洋書のリプリント出版物(復刻本)に興味があるかたは記事「June 18 ほしいものの表 want list」を参照いただければ幸いです――からファクシミリのリプリント版が出ていることがわかりました。さらに、このあいだの記事「March 5-6 プレフォルストの女見霊者  メスメリズムからスピリチュアリズムへ(その3)」の引用で訳さなかった箇所 "(A mystical sect was founded to expound those doctrines after her death.) " (彼女の死後、この教理〔古代からの神秘言語にかかわるもの〕を解釈するための神秘教団が創設された)というのにかかわるらしい研究書で The Seeress of Prevorst: Her Secret Language and Prophecies from the Spirit World というのが、やっぱり11月に出版されているのがわかり、両方とも多少のか他生のかわかりませんが縁を感じて注文しちゃいました。

  で、\(・_\)それは(/_・)/しばらくおいといて、ついでながら、ケルナーのドイツ語の原本はE-textがWebにあります。1829年の初版は見つかりませんが、1877年のJ. G. Cotta 版と 1892 年の Steinkopf 版(Die Seherin von Prevorst: Eröffnungen über das innere Leben des Menschen und ... )。古い方のは、flipbook で見る限り、図版が落ちているようです。このあいだ英訳本からの図版を載せた太陽の円環の図は1892年のにも見つかりませんでした。あ、あった。Google ブック検索(<http://books.google.com/books?id=ngsRAAAAYAAJ&oe=UTF-8>)に変えたら出てきました(154ページ)。このページはflipbookだとポッコリあいちゃっているのですが――

WS001032.JPG

   ほんとは次の図が入っています――
WS001033.JPG 

  "Sonnenfreis" と下に書いてあるように読めます。が、それで検索してもこの本にしかヒットしないなあ。ゾンネンはゾンネの複数形で sunsでしょうか。フライはfree ? ううむ。わからんです。

  このあいだ載せた図版は次のようでした。上に "Sunphere" と書かれているようです。――
SeeressOfPrevorst(Kerner-Crowe).jpg

  英訳本の印刷技術もたいしたものです(というか版画屋さんの技術)。が、なんか言葉はだいぶはしょったような。キャサリン・クローの指示なのでしょうか。

   と謎は深まるばかりなのでした。

   ところで、ケルナーの英語のウィキペディアの項目記事――"Justinus Kerner" <http://en.wikipedia.org/wiki/Justinus_Kerner>――は、それがリンクとして挙げている1911年のブリタニカ百科事典第11版の項目記事――Kerner, Justinus Andreas Christian――のほとんど逐語的引きうつしが9割を占めています。そんなことでいいのでしょうか。能がないというか脳がないというか。まあ、ちゃんとというか、 "This article incorporates text from the Encyclopædia Britannica Eleventh Edition, a publication now in the public domain" と "references" のところに、もうひとつのソースに言及する "This article incorporates text from the public domain 1907 edition of The Nuttall Encyclopædia. " と並んで注記されていますけれど。しかしpublic domain だからといって、どこからどこまでが典拠の文かを明示しないのはまずいと思いますけど。そんなの著作権の問題じゃないよ。仁義と倫理の問題だ。

   むしろ、ナクソスの音楽ページのほうが、作詞家ケルナーの仕事がわかって新鮮です。 ――「Justinus Kerner - 作詞者 - NML ナクソス・ミュージック・ライブラリ 」。それから、前にも書いたことのある『翻訳作品集成(SF/Mystery/Horror Translation List)』にはケルナーの短篇小説を入れた日本語アンソロジーが2冊だけあがっていました――「エスティーヌス・ケルナー(Justinus Kerner)」。どっちも同じ訳者による「オルラッハの娘」ですが。

   それで、Internet Archives で調べてみると、ドイツ語のE-text が、作品集の1巻Werke (Volume 1)と4巻Werke (Volume 4) (なんでやねん)、その他20冊近く出てきます。なかで、個人的に興味深いタイトルはつぎのものです。――

The pioneers of the spiritual reformation. Life and works of Dr. Justinus Kerner (adapted from the German.) William Howitt and his work for spiritualism. Biographical sketches - Howitt, Anna Mary, 1824-1884

Magikon: Archiv für Beobachtungen aus dem Gebiete der Geisterkunde und des magnetischen und ...  ・・・・・・マジックか?

Die Somnambülen Tische: Zur Geschichte und Erklärung Lieser Erscheinung ・・・・・・夢遊病か?

Eine Erscheinung aus dem Nachtgebiete der Natur (1836)・・・・・・自然の夜の側か?

Franz Anton Mesmer aus Schwaben, Entdecker des thierischen Magnetismus: Erinnerungen an ... (1856) ・・・・・・やっぱりメスメリズム、動物磁気説に深くコミットしたわけですね

Reply to Rev. Dr. Woods' "Lecture on Swedenborgianism ;": Delivered in the Theological Seminary ... - George Bush, William Benjamin Hayden , Nathaniel Francis Cabell, Richard Kenner Crallé, Catherine Crowe , Justinus Andreas Christian Kerner, John Clowes, Massachusetts New-Church Union , Swedenborg Foundation (1847) ・・・・・・ジョージ・ブッシュ・・・・・・アメリカもからんでいるのか。ジョージ・ブッシュはヘブライ学者で、スウェデンボルグ主義者で、ポーの友人だった人です。しかし、この本、デジタル版で見たのですけれど、構成がよくわからず。

  ということで、きわめて消化不足、ほとんど私的メモでした。

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著作集第4巻扉のユスティヌス・ケルナーの肖像


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March 1 2009年3月1日のアルバニ(カリフォルニア)の空 [天気 weather]

March 01, 2009 (Sunday)

    前日に曲りなりの原稿を送って、ボーッとしていた日曜日でした。朝の天気予報・・・・・・ちなみにKRON4は土日はキャスターが渋くなります。それでも一週間前の日曜日には、なんですかライザ・ファーナンデスが天気予報を担当していて、ちょっと驚いたのですけれど。いっぽう彼女はニュースの原稿を読んだりすることもあって、もしかするとEvelyn Taft が他局から去年の夏に移って来てから仕事の場が微妙に異動しているのかもしれません・・・・・・朝の天気予報は、お昼 rain and gusty winds、夕方4時 on and off light rain、夜8時 scattered showers というような感じでした。確かに風が強くて、気温はそれほど下がりはしなかったのだけれど、風が冷たい、という日が何日か続きました。

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2009年3月1日(日)午後3時34分32秒のゴールデンゲートブリッジと空

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2009年3月1日(日)午後5時41分50秒の雲と空

  雲がたくさんあり。

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2009年3月1日(日)午後6時3分10秒のゴールデンゲートブリッジと空

  ピースにして色を塗ったような空。

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2009年3月1日(日)午後6時3分28秒のゴールデンゲートブリッジと空

  もこもこ。

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2009年3月1日(日)午後6時3分46秒のちょっと北のほうの空

  この日の夜10時半の室温22.3度(暖房なし)、湿度60%。ベランダの気温15.6℃。

  植物のメタモルフォーゼ的な時間的パースペクティヴをもつということについて考えていた夜でした(わけわかめ)。夜に雨は降っていたのでしょうか。降ってるほうが湿度が高くて温度が高いということもあります。

 


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March 11 新しいリンカーン・セント(ペニー) New Lincoln Cent [モノ goods]

March 11, 2009 (Wednesday)

   今年はリンカーンの生誕200年です。1909年にアメリカ合衆国の1セント玉のおもて面のデザインにリンカーンの肖像が選ばれてから50年後の1959年に裏側だけ新しいデザインになり、さらに50年目の2009年。50年ぶりの新しいデザインのペニーが発行されるというのは何年も前に法案が議会を通過して、昨年の夏ごろのテレビニュースでもあらためて報道していたのは記憶にあります。そしてアメリカで貧乏生活を送りながら、1セント硬貨について何度かブログに書いてきました。そのカテゴリーのバラバラさは自分でも呆れるほどです――

November 5 ラッキー・ペニー Lucky Penny [America]
November 6 ペニーズ・フロム・へヴン Pennies from Heaven [歌・詩]
November 6 エラー・ペニーズ Error Pennies――ペニーズ・フロム・へヴン (2) [小学校と銀行] 
February 11 ついてない朝 Unlucky Morning [断章 fragments]

  で、その新しいペニーですが、このあいだ雑誌からこぼれおちた広告チラシに載っていました。

LincolnBicentennialPenny1.jpg
(クリックで拡大)

  えーと、これはリンカーン200年記念コイン・コレクションとかいう「商品」の広告で、今年50年ぶりに新しくデザインされて出る4種類の1セントを4枚というのでは商売になりませんから、過去の毎年のセント硬貨を収録したものをあわせて予約販売的に買ってね、というものです。まあ、エラーペニーズねらいだったら1枚20ドルとかするかもしれませんが(w)。

  "Discover the History of Abraham Lincoln and America in This First-Ever Complete Collection!" と左下に書いてあります。「この初の完全コレクションでエイブラハム・リンカーンとアメリカの歴史を発見しよう!」 ううむ。そんなことができるのでしょうか。

  ついでながら右のまんなかへんには、「大きさは実物とは異なります」みたいなことが書かれています。あたりまえw

  裏側には、ウチはmint とは関係ありません。みたいな書かれ方がされていました。mint は合衆国の造幣局です。前に書いたように、

硬貨製造→ アメリカ合衆国造幣局 The United States Mint Home <http://www.usmint.gov/>

紙幣製造→ アメリカ合衆国印刷局 US Bureau of Engraving and Printing  <http://www.moneyfactory.gov/>

  で、造幣局のホームページを見たら、ちゃんと情報が載っていました。"Coins and Medals" <http://www.usmint.gov/mint_programs/> のなかに、2009 Lincoln One Cent Coins

  リンカーン生誕200年とリンカーン・セント100年を祝って新しい4種類のセント硬貨をつくるという記事です。すでに9月22日にデザインの発表があったのですね(おそいw)。おもて面 the obverse (heads) は同じで裏面 the reverse (tails)にリンカーンの人生の4つの相を描くと。

  • Birth and early childhood in Kentucky (1809-1816)
  • Formative years in Indiana (1816-1830)
  • Professional Life in Illinois (1830-1861)
  • Presidency in Washington, DC (1861-1865)
  •  

      およそ3か月に一種ずつ出していくのだそうです。4種の新ペニーの裏面も、文字は同じです。すなわち、"One Cent"、 "United States of America"、そして、表の"In God We Trust" とならんでアメリカの建国以来のモットーとなったラテン語の "E pluribus unum" 「"Out of Many, One" 多から一、多様の中の統一」 が刻まれるのも同じ。metal content (2.5% copper, balance zinc) も同じ。

      でも特別に1909年のと同じ金属配分(95% copper, 5% tin and zinc) のも発行されると書かれています(よくわかりません)。あ゛ー、当然こゆうのを広告のコレクションはカバーしておるのでしょうね。

      あと、最近のニュース〔<http://www.usmint.gov/pressroom/>〕で――

    RELEASE DATE: March 09,2009

    Rolls of the First Redesigned Lincoln One-Cent Coin Available March 13

    WASHINGTON - At noon Eastern Time (ET) on March 13, 2009, the United States Mint will offer rolls of one-cent coins bearing the first of four...

       もうすぐなんですね。  3、6、9、12月という感じでしょうか。

       1種類だけでも手に入れて、日本のみなさんへのおみやげにしようかしら。(安っ! w)

    ///////

    "New Lincoln Penny" abc news, 2/12/2009 <http://jp.truveo.com/Google-New-Lincoln-Penny/id/288230386508544368>  最初の鋳造を伝える短いニュース

    "Lincoln's penny gets a new look -- actually four new looks | Top of the Ticket | Los Angeles Times" 2/17/2009 <http://latimesblogs.latimes.com/washington/2009/02/lincolns-penny.html> "In God We Trust" を最初に入れた硬貨は1909年のリンカーン・ペニーではない、誰がこの記事を書いているんだ、とコメントで突っ込みを入れられている『ロサンゼルス・タイムズ』のブログ記事

    "The Last Full Measure of Devotion: Collecting Abraham Lincoln" <http://huntington.org/huntingtonlibrary_exhibitions.aspx?id=3246> 〔Huntington Library での展示 Feb. 7–April 27, 2009, Library West Hall 〕


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    March 2 2009年3月2日のアルバニ(カリフォルニア)の空 [天気 weather]

    March 02, 2009 (Monday)

       この日は雨。そして風。雨の日で月曜日とは。「雨の日と月曜日は」とはちがうのでしょうか。はいちがいます。でも、この日、日本のモーリちゃんのおばあちゃんからの荷物が届いて、ひなあられの入った紙でできたお内裏様とお雛様もあって、明日がひなまつりだということを思い出させてくれたのでした。

      テレビの画面メモ・・・・・・"Rainy day."  "On-and-off again rain late aftenoon wind"・・・・・・どこで切ればいいのか電報のようにあいまいw 「降ったりやんだり、午後遅くにふたたび雨、風」??  "This afternoon 54°‐62°."  "Rainy and Breezy."  翌日のように gust というほどではないが風が吹いて少し冷たかった。

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    2009年3月2日午前7時46分52秒のゴールデンゲートブリッジ

      太平洋のむこうの空は水色で。けっきょく雲の向こうにはいつも青空があり。

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    2009年3月2日午前7時47分12秒

      少し北の方にも青空の裂け目は続いており。

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    2009年3月2日午後5時54分32秒

      夕日の在所。

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    2009年3月2日午後5時56分50秒

      サンフランシスコの上空に穴があき。筆で刷いたような線はやっぱりひこうき雲なのでしょうか。ひこうき雲の幽霊? そしてこぢんまりした夕焼け。

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    2009年3月2日午後5時58分28秒

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    2009年3月2日午後6時5分16秒のサンフランシスコ市街とゴールデンゲートブリッジ図

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    2009年3月2日午後6時5分34秒の北の方の空

      この日の日の出は6時39分、日の入は6時5分。この週の終わりの3月8日にはまた夏時間になります。

    にほんブログ村 海外生活ブログ サンフランシスコ・ベイエリア情報へ

     

    KRON4.com - The Bay Area's News Station <http://www.kron.com/> 〔天気概況ビデオがトップページ右手にありますが、Weather ページ= <http://www.kron.com/Weather/tabid/56/Default.aspx> "About Us" <http://www.kron.com/AboutUs/tabid/83/Default.aspx>〕

    7-Day Forecast for Latitude 37.88N and Longitude 122.29W (Elev. 85ft) <http://forecast.weather.gov/MapClick.php?CityName=Albany&state=CA&site=MTR&textField1=37.8869&textField2=-122.297&e=0> 〔カリフォルニアバークレー(≒アルバニ)の天気 National Weather Service クリックしていただくと、アルバニの位置がわかります〕

    National Maps - NOAA's National Weather Service <http://www.weather.gov/outlook_tab.php> 〔上の全国版〕

    National Weather Service - NWS San Francisco/Monterey Bay Area <http://www.weather.gov/climate/index.php?wfo=mtr> 〔過去の天気〕 

    "Sunrise and Sunset for U.S.A. - California - San Francisco" <http://www.timeanddate.com/worldclock/astronomy.html?n=224> 〔Sunrise and Sunset Calculator

    ★日の出、日の入、月の出、月の入、惑星の出没南中」 <http://star.gs/cgi-bin/scripts/hinodet.cgi?dy=20090216&lju=l&iv=30&pl=%91%BE%97z&jwi=w&tiikij=%8F@%92J%96%A6%81i%96k%8AC%93%B9%81j&tiikiw=%83T%83%93%83t%83%89%83%93%83V%83X%83R%81i%83A%83%81%83%8A%83J%81j&kdo=&kfun=&ido=&ifun=&tz1=&hk=0>

     


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    March 11 ヴェールをとられたイシス Isis Revelata――擬似科学をめぐって(30)  On Pseudosciences (30) [擬似科学周辺]

    March 11, 2009 (Wednesday)

        ブラヴァツキーの最初の主著『ヴェールをぬいだイシス Isis Unveiled』 (1877) に何度か言及してきましたが、昔どこかで目にした記憶もあるタイトル Isis Revelata をメスメリズムの関係で目にしたときに、ありゃりゃ、ブラヴァツキーはここからとっていて、思想的にもつながってるのかしら、と思ってしまいました。えーと、なんのことやら自分でもわけがわからないくらいですので、説明いたします。

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     Isis Revelata: An Inquiry Into the Origin, Progress, and Present State of Animal Magnetism - John Campbell Colquhoun (Vol. 1)   扉絵

      記事「January 16-19 メスメリズム(催眠術)とアメリカ (その2)――擬似科学をめぐって(17)  On Pseudosciences (17)」で書いたように、19世紀のメスメリズム復興のきっかけとなる1831年のフランスの王立医学アカデミーの報告書を、1833年に英訳したスコットランドのコフーンの、3年後の自身のメスメリズムに関する著書 Isis Revelata: An Inquiry into the Origin, Progress, and Present State of Animal Magnetism (Edinburgh: Maclachlan and Stewart, 1836[?]) のことです。

      エジプトの女神イシスを覆うヴェールはたとえばなしです。知の象徴である女神イシスを探し求めて、ついにその顔を覆うヴェールをひき あげたときに現われたのは探究者自身の顔だったというおはなしです。

        これがタトエバナシ、parable だとして、その解釈は正統的にはなんなのか、自分は不勉強で知りませんが、勝手に思うに、(a) 「汝自身を知れ」、という、ギリシア的モットーの表明、(b) 大宇宙の探求が小宇宙たる人間に戻ってくるという、このブログに書いたので言うと、スウェデンボルグ的知の探究のプロセスを予告するもの、(c) 青い鳥とか聖杯とか、探求するものは実はすぐ身近にあるというたとえ、など、似たものどうしのような答えが思い浮かびます。

      あと、revelation (啓示)というのはヴェールをかけ直すことだみたいなことを誰だかが書いていたのを学生時代に読んだ記憶もあります。まあ、そういう、もっともらしいレトリックを好むのは文学研究者かもしれません。religion (宗教)はre があるから回帰するんだ、とか。いや、もっともなのかもしれませんが。

      えーと、日本語のウィキペディアの「イシス」には謎めいた説明があります。――

    サイスのイシス神殿の銘文「わが面布を掲ぐる者は語るべからざるものを見るべし」は真理の性格をあらわすものとして、ヨーロッパで好んで引用された。ノヴァーリスの『ザイスの弟子たち』はイシス神殿の学生たちを登場人物としたものである。

      自分を見つけるというのはいつのオハナシなのでしょう。英語のWikipedia の "Isis" の相当する箇所は――

    Plutarch, a Greek scholar who lived from 46 C.E. to 120 C.E. wrote, Isis and Osiris, [8] which is considered a main source about the very late myths about Isis. In it he writes of Isis: "she is both wise, and a lover of wisdom; as her name appears to denote that, more than any other, knowing and knowledge belong to her." and that the shrine of Isis in Sais carried the inscription "I am all that hath been, and is, and shall be; and my veil no mortal has hitherto raised." [9]

      西暦46-120のプルタークの書いた『イシスとオシリス』がイシス神話の典拠となっていて、「彼女は智慧の存在であり、かつ智慧を愛する〔この英語、よくわかりませんが、自身が叡智そのものあり、かつ叡智を愛する、から自己愛的というような理屈がひそんでいるのかしら〕。その名前が示していると思われるように、なによりも知ること、知識、は彼女に属する」とプルタークは書き、また、サイスのイシス神殿に次の銘文が刻まれていると書いている――「私は、かつてあり、今あり、これからあるもののすべてである。私のヴェールはこれまで人間(死すべき者)によって引き上げられたことはない

      なんか違うんですけど。それに最初に書いた自分を見つける話はどこに? 

        ・・・・・・ついインターネットで検索してしまう自分がいる。つい書きこんでしまう自分がいる。「特別研究期間」 <http://www.waseda.jp/rps/gaku/gaku99/tokubetsuken/kamio.htm> ――

     ニーチェ以降〈真理〉は徹底的に掘り崩されてきた。〈真理〉は〈真理〉への欲望の結果生じる〈効果〉にすぎないということが、ポストモダンの思想的前提だった。その結果、一方においては価値相対主義が支配的になり、他方においては、空位になっている〈真理〉の座を占めようとする衝動が、暴力的な形で充足を求める。二十世紀末のこのような状況で浮き彫りになるのは、〈真理〉を求める主体・〈真理〉があるとおぼしき座・その両者を隔てる遮蔽物から成る構図である。ここで、主体とは認識する人間を指し、〈真理〉は超越論的なシニフィアンとして、たとえば絶対者や神と呼ばれることもあり、遮蔽物はヴェール・壁・緞帳・皮膚・視覚メディアなども含む。本研究は古代エジプトから現代までを射程におさめつつ、この構図が、主体から〈真理〉への座へ向うベクトルの強度に応じて、様々なヴァリエーションを示すことを明らかにする。その際、文学・哲学・絵画・映画・オペラ・医学史などから集めた表象群を、分析の対象とした。

     出発点となるのは、イシスをめぐる神話である(プルターク、フレーザー)。めくり上げることのできないヴェールに包まれたイシスは、始原のシニフィアンとして秘匿されたラーの固有名を、ラーの皮膚の下から摘出し、さらにはオシリスの不在のファロスを偽造した。イシスが、ラカンのいう特権的なシニフィアンとしてのファロスを演出したことで、世界の豊饒が始動する。ここでは、遮蔽物の向こう側に鎮座するものは、文字どおりシミュラクルである。
     オイディプス王はスフィンクスの謎を解き、謎という遮蔽物の向こう側の正解に到達することができた。しかしながら、自らの出自をめぐる〈真理〉を得た瞬間に、没落する。ここでは、認識主体が求める〈真理〉が、認識主体自身に内属するという自己参照的な構図が観察できる。
     ルネサンスの解剖学者ヴェサリウスは、人体の〈真理〉を知るために、皮膚という遮蔽物を引き剥がす。『ファブリカ』に収められた図像は、近代における〈科学的な〉視線の勝利を予告する。
     十八世紀中葉に出版されたフランスの『百科全書』の冒頭を飾る図像は、〈真理〉を剥き出しにしてしまおうとする、科学と哲学の視線がはらむ暴力性を明示する。しかしながら、はやくも十八世紀末にはそのような啓蒙主義の方法への批判が始まる。シラーは〈真理〉への欲望に内在する暴力性を主題化し、ゲーテは遮蔽物としてのヴェールを透明にすることで、〈真理〉への欲望を鎮静させ、カントは物自体の到達不可能性を理由に、遮蔽物の前での禁欲を説く。
     さらに十九世紀初頭には、遮蔽物の向こう側の空間と認識主体との自己参照的な構図が前景化し(ノヴァーリス、クライスト)、その結果、到達されるべき空間の吸引力が低下していく。フローベールやニーチェにとっては、在るかもしれない〈真理〉の前に遮蔽物が位置するという構図が無効になる。彼岸の空間の吸引力が低下したことに対応して、遮蔽物は何かの前に立つものではなくなり、そこにとどまるべき表層に変じ、目的化する。しかし〈真理〉への欲望は消失したわけではなく、抑圧されただけである。それは、推理小説やストリップショーといった大衆文化において、代償的に充足されることになる。
     十九世紀末を彩る女性像の一人であるサロメにとって、深み思わせるものは端的に醜い(ワイルド)。彼女は根源を憎悪する。ヴェールを脱いだあと、サロメが切断するのは、男性のたんなる頭部ではなく、ファロスである。イシスが偽造した根源のファロスを、サロメが断ち切るのだ。〔イカ略〕

      ううむ、またファロスかあ(あ、メイポールからの思いです)。ちなみにこの神尾達之というひとは『ヴェール/ファロス――真理への欲望をめぐる物語』という研究書を、2005年12月に星雲社から出版されています。しかしデリダ以降、みんなロゴファロか。・・・・・・

      ということで、イシス探究の話は宿題になりました。

      ということで、『ヴェールをとられたイシス――アニマル・マグネティズム(動物磁気説)の起源、進化、現状についての研究』の初版2巻本の目次を眺めて地道な写経的営みをしてみます。イカ、読むに及びません。それでもヒマで見たいという奇特な方は、赤字にしたところでも目をとめていただければとも思います。結論的に書いておきますと、内容的に、神秘学ということでブラヴァツキーに直接的につながることはないと思われます。けれども、『ヴェールをぬいだイシス』のころのブラヴァツキーは、西洋の神秘主義のほうに東洋思想よりもコミットするところがあって、動物磁気のような霊的媒体を、予知や啓示などの「科学」的な説明に利用したのではないかと思われ。あと、霊/魂問題が出てくるのは確かなようです。

    Chapter I. — Definition of Animal Magnetism.  Extraordinary nature of the phenomena.  Difficulty of belief.  Experimental investigation recommended.  Best means of conducting it.  Evidence in favour of the facts.  Objection of marvellousness obviated.  Opinions of Philosophers — La Place — Cuvier — Coleridge — Treviranus, &c. . . .59

    Chapter II — Phenomena of Animal Magnetism deserve serious attention.  Tend to increase our physiological and psychological knowledge.  Experiments conducted not by empirics alone, but by professional gentlemen of learning, intelligence, &c. — Curious popular opinions which have prevailed almost univeisaly in the world— Influence ascribed to the touch of the human hand. — Royal touch. — Influence of the human eye, breath, and saliva, &c. . . .73

    Chapter III. — Sympathy. — The stomach a principal centre of nervous sympathy. — Effects of moral causes upon the stomach. — Opinions of Dr Cullen, Dr Alison, &c. ..... 97

    Chapter IV. — Sympathy between the mind and the body. — Cases of John de Poictiers and Henry IV. of France.  Influence of the mental affections over the bodily secretions. Case reported by Dr Wardrop.  Beneficial effects of mental impressions upon the body. — Opinions of Dr John Gardiner.  Alleged
    influence of the imagination. . . .112

    Chapter V. — Nature herself cures diseases — Opinions of Hippocrates, Paracelsus, Van Helmont, Dr Nichols, Dr Laurence, Stahl, Hunter and Abemethy, Dr T. Simson, Dr Hoffmann.  Effects of faith and confidence.  Fienus. Galen. Pechlin, &c.  Extract from Le Globe, — Miracles wrought at the tomb of the Abbe Paris.  Explanation of.  Opinion of Douglas, Bishop of Salisbury upon.  Miracles
    at the tomb of Saint Jubin.  Cure of the yellow fever by Magnetism.  Faith and confidence necessary to the success of every transaction in life.  Opinion of William Maxwell, &c. . . .125

    Chapter VI. — Power of volition over the organism.  Kant.  Passavant.  Brandis.  Boerhaave.  Franklin.  Bemier.  Avicenna.  Cardanus.  St Austin.  Case reported by Dr Cheyne. — Power of the volition of one individual over the organism of another.  Opinions of authors.  Pomponatius, Van Helmont &c.  Case related by Joseph Glanvill, &c. . 144

    Chapter VII. — Difficulty of explaining the phenomena of Animal Magnetism.  Difference between material and mental phenomena.  Theory. — Experiments on the nervous system. — Transference of Vital Power. Physical analogies &c. . . 171

    Chapter VIII. — Magnetic opinions and practices of the ancients.  Temples of Health. — Verses of Solon.  Plautus.  Martial Practice of Asclepiades.  Magnetism among the Oriental nations.  In the Monasteries.  Witchcraft.  Opinions, of the North American Indians.  Influence of the imagination.  Case of Elizabeth Bryant. Philosophical Medicine.  Opinion of Dr Ziermann, &c. . . . 188

    Chapter IX. — Levret, Greatrakes, and Streper.  Method of Greatrakes.  Opinions of his practice by Philosophers, Physicians, and Divines.  Gaassner.  Other natural magnetizers. .... 203

    Chapter X. — Mesmer.  His labours in the discovery of Animal Magnetism at Vienna, in Paris, &c.  Perkinism.  Mesmer makes converts.  His theory.  Conduct of the Medical Faculty of Paris.  Progress of Animal Magnetism.  Court de Gebelin, &c. ....213

    Chapter XI. — Mesmer's mode of conducting the magnetic treatment.  Whimsical apparatus and mystery.  Opposition.  Mesmer sells his secret Harmonic Societies.  Committee to investigate the
    medicinal eflects of the mineral magnet. Committee to investigate Animal Magnetism.  Reports, and remarks upon them.  Report of Jussieu.  Publications on the subject.  Lavater imparts the system of Animal Magnetism to Doctors Bickers, Olbers, and Wienholt.  Boeckmann and Gmelin receive it from Strasburg.  Works on the subject.  Death of Mesmer. His character, &c. . ..232

    Chapter XII. — Schools of Animal Magnetism, at Paris, Lyons, and Ostend. Strasburg.  Improved treatment introduced by Puysegur.  Magnetic power and susceptibility.  Physical and psychical qualifications.  Magnetic treatment, simple or compound.  Manipulation— with contact — in distance.  Method of administering Animal Magnetism recommended by Kluge.  Preparatory and effective manipulations, &c. .... 260

    Chapter XIII. — Effects of Animal Magnetism upon the organism of the patient. General effects.  Particular effects.  Classification of the phenomena.  First, second, third, fourth, fifth, and sixth degrees.  Theory of the first French Commissioners — imagination, imitation, and attouchement.  Opinions of Doctors Stieglitz, Hufeland, Sprengel, Ziermann, and of Professor Dugald Stewart. ....276

    Chapter XIV. — Phenomena of Animal Magnetism.  Sleep.  Somnambulism. Organic insensibility.  Transference of the faculties.  Natural Somnambulism, &c. ..... 293

    Chapter XV. — Somnambulism known to the ancients.  Cases reported by Van Helmont — Horstius — Henricus ab Heer— Muratori— Gassendi— Vigneul de Marville — Dr Prichard — Martinet — Professor Upham — Macnish — Gall — Dr Franklin.  Case of Lord Culpepper's brother.  Case of a French gentleman.  Case at the Town-Hall, Southwark. Other examples. ...... 309

    Chapter XVI. — Archbishop of Bourdeaux' case.  Case reported by Dr Levade, and M.M. Regnier and Van Berchem.  Case reported by Professor Feder of Goettingen.  Case recorded in the Transactions of the Medical Society of Breslau.  Total organic insensibility.  Case reported by Dr Knoll. . 323

    Chapter XVII. — Cases reported by M. Sauvages de la Croix — Lord Monboddo — Dr Schultz of Hamburgh.  Case of John Baptist Negretti. — Cases reported by Ritter — Major Elliot— Dr Dyce of Aberdeen— Dr Abercrombie of Edinburgh. . 336

    Chapter XVIII. — General observations.  Case of Catalepsy at the Hospital deUa Vita, Bologna.  Case at the Jervis-Street Hospital, Dublin, reported by Mr Ellis. ...... 36S

    Chapter XIX. — Extraordinary case of Jane C. Rider in America, reported by Dr Belden. . 366

    Chapter XX. — Case of the devotional ecstasis, in South America, reported by M. de St Hilaire. Westminster Review. ... 385

    イカ下巻
    Chapter XXI. — General conclusions from the foregoing instances of the natuial Somnambulism.  Phenomena inexplicable upon the received principles of Physiology.  Spallanzani's experiments on bats.  Sixth sense.  Sir Charles Bell's explanation.  Other explanations.  Theories — Mesmer.  Tardy deMontravel. Deleuze.  Attention to the facts recommended. ...1

    Chapter XXII — Analogy between the natural and the magnetic Somnambulism. Remarkable phenomena of the latter.  Evidence of the French Academicians. Facts and authorities independently of Magnetism.  Plata Hippocrates. Aretceus.  Galen, &C.  Prophetic faculty, Ammianus Maroellinus.  Adienagoras.  St Justin.  Cicero.  Montanus.  Jamblichus.  Johnston.  Unknown tongues.  Pomponatins.  Lemnius.  Gainerius.  Ficinus.  Forestus[?].  Morhof[?].  La Motte le Vayer.  Charron.  Valesius.  Maupertuis. Sir Henry Halford.  M. G. Lewis, &c. . .14  〔このルイスはゴシック小説『マンク』を書いたルイス〕

    Chapter XXIII. — Dr Frederic Hoffmann.  Subtile ethereal fluid.  Greater power and parity of intellect upon the approach of death, and during sleep.  Explanation of the phenomenon.  Prophecy and use of unknown languages in cataleptic and ecstatic affections.  Cases of Chevalier Folard and of Isabella Vincent. — Dr Sprengel.  Instinct of remedies.  Prediction in diseases.  Case in 1760, reported by Dr Descottes. Jung-Stilling.  Wienholt.  Romish ritual. Coleridge.  Dr Brandis.  Dr Georget.  Opponents of Animal Magnetism. ...84

    Chapter XXIV. — Admissions of the first French Commissioners.  Of Dr Stieglitz of Hanover.  Article : MAGNETISME ANIMAL in the Dictionaire des Sciences Medicales, by M, Virey.  Answer by M. Deleuze.  Opinions of M. Virey.  He admits all the most essential doctrines of Animal Magnetism.  Sympathetic influence at a distance.  Case recorded by Marguerite de valois, Queen of Navarre.  Transfusion of the sensitive principle between living bodies.  M. Virey's opinion of the philosophy of the present age.  Living forces. Extraordinary development of instinct in certain circumstances.  Intuition. Instinct of remedies.  M. Virey explains the phenomena of the Instinct upon the same principle to which Kluge and others attribute those of Somnambulism generally.  Cerebral and ganglionic systems.  M. Virey admits in man, 1st, an intellectual, 2d, a sensitive principle, and 3d, material elements; and that the soul acts upon the body through the medium of a transmissible nervous fluid. 〔これは人性三分説かと思われ。でもCf. ロバート・バートンみたいな生理学〕 The soul sometimes acquires a supernatural development.  Distinction between the intellectual and the sensitive elements.  The latter secreted in the brain, descends into the nerves, and is subject to exhaustion and renewal.  The presence touch, or words of a magnetic man capable of curing bodily diseases.  State of ordinary life— of dreaming or delirium— of ecstatic meditation.  Habit of directing the nervous energies. Power of volition.  Spontaneous motions of the soul.  It constitutes the Natura Medicatris of physicians, and mechanically aspires to restore health. Presentiment.  Prophecy.  M. Virey probably an Animal Magnetizer. . . .48

    Chapter XXV — Phenomena of the magnetic Somnambulism.  M. de Puysegur.  M. Tardy de Montravel.  Case reported by Dr Wienholt, and witnessed by Dr Olbers, the astronomer.  Case of Madame G. by M. de Falieres.  Case of M. Baron, reported by M. Xiamy Senart.  Magnetic consultations.  Two young magnetizers— Anthony Tronchon, and a girl, Virginia.  Analogous method supposed to have been employed in the ancient Greek temples.  Loss and recovery of human knowledge.  Case of a fatuous lady at Landau.  Case reported by a lady to M. Deleuze.  A lady magnetises her physician, who prescribes for her while in a state of Somhambulism, and manifests the faculty of prediction.  Reports of the magnetic treatment of four females, by M. Germon, Curate of Saint-Aubin-le-Cloux.  Case of Agnes Burguet, reported by M. de Puysegur.  Case reported by the Countess de C. Prediction.  Cases reported by Dr Thiriat.  Madame Hugaut's child.  Incredulity removed.  Madame Chevalier.  Mademoiselle S.  Remarkable instance of lucidity.  Petronilla Leclerc. . . 64

    Chapter XXVI. — Subject continued.  Cases reported by M. ChardeL Intimate rapport between two sisters.  Case of a Femme de chambre.  Case of the wife of a Colonel of a cavalry regiment.  Additional particulars of the case of Madame P., reported by the late French Coounissioners.  Madame Lagandre points out the seat of her mother's disease.  Her indications verified upon. a post-mortem examination of the body, by M. Cloquet, Dr Chapelain, M. Moreau, Dr Dronsart, &c...  Case reported by Professor.  Schelling.  Case reported by Dr Amdt.  Case of Mademoiselle W., one of the most extraordinary somnambulists and clairvoyantes upon record, reported by Dr Klein.  Prediction of the death of the late King of Wirtembeig by two Sonmambulists.  Evidence in favour of the extraordinary phenomena of Somnambulism by the Doctors Geoiget, Rostan, and Dupotet, &c. ... 84

    Chapter XXVII.— Symptoms of clairvoyance in Joan of Arc 〔ジャンヌ・ダルク〕, Swedenborg, and Jacob Behmen.  The father of the German poet, Goethe.  Extraordinary and apparently unaccountable natiue of the facts no sufficient reason for rejecting, them in the face of the evidence.  Somnambulism long observed, but the study of its phenomena neglected — A state totally different from that of ordinary life — Unintentionally described by the poet Wordsworth.  Caimotbe explained by the laws and conditions of ordinary life.  The study of the phenomena highly interesting to the philosophy of man.  Not yet known or appreciated in Great Britain.  Almost universally admitted upon the Continent.  Facts admitted even by the opponents of the practice.  Perversion of the name of Science, and neglect of Mental Philosophy in this country.  Study of Animal Magnetism recommended. . . 101

    Chapter XXVIII. — Utility of induction and generalization.  Equally applicable to moral as to physical science.  May be safely applied to the phenomena of Animal Magnetism.  Best method of conducting the investigation.  Transference of vital power incapable of explaining the higher magnetic phenomena.  No satisfactory reason can be assigned why Sleep and Somnambulism should be produced by the processes.  It only remains for ua, therefore, to classify the phenomena, and to ascertain the analogy between them and other constitutional affections.  Philosophy of Sleep and Dreams.  Manifestations of spiritual activity without the co-operation of the corporeal organs.  Sleeps— sound and imsound.  Sleep and Somnambulism.  Coincident observations of Bishop Hall.  Reason of the frequently fantastic and incoherent nature of our
    dreams.  Difference between the natural and the magnetic sleep.  Prosecution of the investigation recommended. . . . .115

    Chapter XXIX. — M. Andral's Lectures on Animal Magnetism.  M. Andral admits the reality of the spontaneous and of the magnetic Somnambulism.  Recommends the separation of facts from the explanation of facts.  Quotes the first Bologna case, and the case reported by M. Fillassier, of which he acknowledges the authenticity.  Rejects the theory of touching, imitation, and imagination.  Seems disposed to admit the agency of Animal Magnetism.  Enforces serious attention to the subject, and refers to the establishment of a magnetic clinic at Berlin.  M. Andral very ignorant of the evidence.  Never alludes to M. Deleuze, or to any other of the best authorities.  Some of his general observations just and apposite.  Admits, in the magnetic somnambulism, the abolition of all the ordmary sensibility, and the obliteration of all circumstances occuring in the ecstasy; but considers the asserted connexion between the magnetizer and magnetised as not proved.  Admits the reality of certain magical cures, which appear to have been analogous to the magnetic methods.  Admits, that the magnetised person is capahle of maintaining a certain connexion with the external worlds, while otherwise completely insensible.  Denies the instinct of remedies, but without adverting to the evdence.  Expresses his doubts with regacd to the reality of other phenomena of the magnetic Somnambulism.  Misrepresents the experiments of Petetin.  Alludes, with scepticism, to the experiments of Rostan and Fillassier.  More profound and more impartial inquiry recommended to M. Andral.  Magnetic or vital fliud.  Proof of.  Facts incotrovertible.  Difficulty of overcoming the prejudices of medical men.  Physicians dare not avow their conviction.  Facts mentioned by M. Deleuze. . . 127

    Chaptbr XXX — Recapitulation.  Theories.  Reil, Autenrieth and Humboldt.  Magnetic treatment operates principally upon the ganglionic system. Plexus Solaris, or cerebrum abdominale.  In catalepsy and somnambulism, the seat of general sensibility frequently transferred to, the epigastric region.  This ganglion probably designated as the Archeus by Paracelsus and Van Hehnont.  Reil assumed two poles of sensibility in the human organism—the pneumatic and somatic.〔これは二分説〕  Remark of Dr Spurzzheim.  Possibility iof withdrawing, the nervous energy from the brain, and concentrating it in the plexus solaris.  Physical analogies.  Simplicity and
    uniformity of natural causes.  Other theories.  Animal Magnetism opposed to physiological materialism.  Insufficiency and absurdity of the material hypothesis.  Animal Magnetism distinguishes between matter and spirit.  Is founded upcm an inductive investigation of the phenomena of living nature.  The doctrine calculated to elevate humanity, and to dignify science.  Proves the independent existence of the soul.  Theoiy of an ethereal fluid probable.  Roullier.  Puysegur.  Opinions of Hoffimann, Hunter, Abernethy, Coleridge, Bakewell.  The assumption of an ethereal fluid does not infringe upon the doctrine of the immateriality and indestructibility of the soul.  It may be considered as an intermediate connecting link between mind and matter.  May elucidate many obscure points in physiology.  May be considered as a peculiar fltud sui generis, or as a modification of an universal fluid.  Views of metaphysicians and poets realized by the discoveries of Animal Magnetism.  Religion and Philosophy reconciled.  Misapprehension of the real tendency of the doctrine.  Feelings produced|[?] by the contemplation of the material and of the moral world contrasted.  Views of the author.  Bygone fortunes of Animal Magnetism. Controversy between the Animal Magnetists and their opponents.  Trials and ultimate triumph of Animal Magnetism.  Enlightened physicians ought to take it into their own management.  Suggestions to the Physician, the Philosopher, and the Divine.  Views of the Roman Catholics.  Words of warning. Conclusion. ..... 148


    APPENDIX.

    No. I. — Report on the Magnetic Experiments made by a Committee of the Royal Academy of Medicine at Paris. .... 193

    II. — On the singular phenomenon of the Tiansference of the Faculties from their usual and appropriate organs to the Epigastrium, and other parts of the nervous system, which has been occasionally observed to occur in cases of Catalepsy and Somnambulism. . 295

    III. — On the common cause of the phenomena of Lights, Heat, Motion, Life, Elasticity, Sonorousness, Magnetism, Electricity, Galvanism, Eleotro-Magnetism, &c. being the foundation of a new theory of Physics. . 349

    IV.— Literature. .... 409

     

      しかし・・・・・・なんで第二巻(下巻)はクソ長い章説明になるのでしょう。ああ疲れた。読んだ気になりました(w)。ふろく(appendix) の4の Literature は参考文献リストで、9ページくらいありますけれど、とても書き写す気力は現在ありません。

    Isis Revelata: An Inquiry Into the Origin, Progress, and Present State of Animal Magnetism - John Campbell Colquhoun (Vol. 1)

    Isis Revelata: An Inquiry Into the Origin, Progress, and Present State of Animal Magnetism - John Campbell Colquhoun (Vo. 2)

    IsisUnveiled.jpg
    21世紀の『ヴェールをぬいだイシス』のカバー

      こんな顔をさらしていいのでしょうか。それともこれはワタシ・・・・・・

    WS001047.JPG
     Isis Revelata: An Inquiry Into the Origin, Progress, and Present State of Animal Magnetism - John Campbell Colquhoun (Vol. 2)   扉絵・・・・・・1巻と同じか・・・・・・

      


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    March 3 2009年3月3日のアルバニ(カリフォルニア)の空とバサのフライ [天気 weather]

    March 03, 2009 (Tuesday)

       この日は雨。そして風。雨の日で火曜日とは・・・・・・なんでもないです。朝5時20分起床時の室温20.4℃、湿度 57%、外の温度11.8℃、午前7時には21.5℃で57%、外は12.4℃。それほど低い気温ではないです。ベランダに出てみると、雨は霧雨程度。でも風が強くて冷たい。朝7時20分ごろ雨が強くなる。

       こんな日は図書館とかに出かける気にもならず(晴れた日には肌が荒れそうであんまり出かける気にならないのだがw)。

    March3,2009AlbanyCA1302.22pm.jpg
    2009年3月3日13時2分22秒の曇り空(たぶんクリックで少し拡大)

      ゴールデンゲートブリッジがかすんでいます。

    March3,2009AlbanyCA1302.34pm.jpg
    2009年3月3日13時2分34秒の空

      この光が曲者で、晴れるかと思うとすぐ天気雨になったり。

    March3,2009AlbanyCA1439pm.jpg
    14時39分

      52Lのバスを待つどこぞのひと。このときどしゃ降りです。

    March3,2009AlbanyCA1634pm.jpg
    16時34分

      豚のサーロインを焼いてみました。

    March3,2009AlbanyCA1639pm.jpg
    16時39分

      バサ (basa; swai fish) のフライをあげてみました。

    March3,2009AlbanyCA1717pm.jpg
      バサフライ。左上にタマネギフライも混じっていますが。

    March3,2009AlbanyCA1750.10pm.jpg
    2009年3月3日17時50分10秒の夕焼け空

      いまごろゴールデンゲートブリッジがくっきりと見え。

    March3,2009AlbanyCA1750.16pm.jpg
    2009年3月3日17時50分16秒の夕焼け空

    March3,2009AlbanyCA1801.32pm.jpg
    2009年3月3日18時1分32秒の夕焼け空

    March3,2009AlbanyCA1821.14pm.jpg
    2009年3月3日18時21分34秒の夕焼け空

    March3,2009AlbanyCA1827.40pm.jpg
    2009年3月3日18時27分40秒の夕焼け空

      なかなか雲の変化が面白くって。

    March3,2009AlbanyCA1828.00pm.jpg
    2009年3月3日18時28分0秒の空

      北の方の雲と光の様子

    March3,2009AlbanyCA1828.28pm.jpg
    2009年3月3日18時28分28秒の空

      少し南のサンフランシスコの街の灯の様子

      夜はモーリちゃんがモーリちゃんのおばあちゃん(モーリちゃんの父の母)から送ってもらったひなあられをモーリちゃんの父はモーリちゃんから少しもらって食べました。


     


     

     

     

    この日の日の出は6時38分、日の入は6時6分(それぞれ1分ずつ前日より前後にずれています)。この週の終わりの3月8日にはまた夏時間になるのです。

    にほんブログ村 海外生活ブログ サンフランシスコ・ベイエリア情報へ

     

    KRON4.com - The Bay Area's News Station <http://www.kron.com/> 〔天気概況ビデオがトップページ右手にありますが、Weather ページ= <http://www.kron.com/Weather/tabid/56/Default.aspx> "About Us" <http://www.kron.com/AboutUs/tabid/83/Default.aspx>〕

    7-Day Forecast for Latitude 37.88N and Longitude 122.29W (Elev. 85ft) <http://forecast.weather.gov/MapClick.php?CityName=Albany&state=CA&site=MTR&textField1=37.8869&textField2=-122.297&e=0> 〔カリフォルニアバークレー(≒アルバニ)の天気 National Weather Service クリックしていただくと、アルバニの位置がわかります〕

    National Maps - NOAA's National Weather Service <http://www.weather.gov/outlook_tab.php> 〔上の全国版〕

    National Weather Service - NWS San Francisco/Monterey Bay Area <http://www.weather.gov/climate/index.php?wfo=mtr> 〔過去の天気〕 

    "Sunrise and Sunset for U.S.A. - California - San Francisco" <http://www.timeanddate.com/worldclock/astronomy.html?n=224> 〔Sunrise and Sunset Calculator

    ★日の出、日の入、月の出、月の入、惑星の出没南中」 <http://star.gs/cgi-bin/scripts/hinodet.cgi?dy=20090216&lju=l&iv=30&pl=%91%BE%97z&jwi=w&tiikij=%8F@%92J%96%A6%81i%96k%8AC%93%B9%81j&tiikiw=%83T%83%93%83t%83%89%83%93%83V%83X%83R%81i%83A%83%81%83%8A%83J%81j&kdo=&kfun=&ido=&ifun=&tz1=&hk=0>


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    March 15 八百屋さん前の古本市、そして、ひまわり (2) [America]

    March 15, 2008 (Sunday)

       実はいまカリフォルニア時間は3月14日(土)午前7時25分になったところです。未来日記を書こうとしているのではなく、明日の古本市の告知がひとつ、そして、もうカリフォルニア時間も残すところ1か月となり、そろそろ帰り支度と同時にブログを片付ける(つうか、よくいえば、形をつけるw)ことを考えつつ書き残したことの補足やまちがったことの訂正やら(これがヤバい)をしようと思っている今日この頃なのです。で、「June 17 ひまわり (1)」の続きらしいものも書いておこうと思いました。

      以上まえおき。

        まず告知です。エルセリート市のサンパブロ・アヴェニュー10566のYaoya-San 前で毎月第3日曜日に開催される古本市が3月15日に開かれます(雨天中止)。午前11時~午後3時。

      ブログには書かなかったけれど、11月には行きました。12月は休みでした。1月と2月は行きそびれました。なつかしい写真を1枚載せておきます(昨年の6月に最初に行ったときの)。

    1844317

      右の奥が八百屋さんで、手前はIchiban Kan です。八百屋さんの前でベイエリアの日系移民団体のひまわり会の主催で20年以上前に始まって継続しているので、壱番館の前や、八百屋のむこうの何屋さんだったかしら、クリーニング屋?の前まで箱や棚が進出していても「八百屋さん前の古本市」です。文庫やペーパーバックが1ドル、ハードカバーは2ドル。他にビデオやCDやDVDもあり。

      さて、さっきひさしぶりに、ひまわり会のページ「ひまわり会-NPO since 1971」 <http://himawarikai.org/topics.cgi>(なんかタイトルが変わったような)を見たら、古本市の告知の下に、新年初頭の記事として、「メルティングポットからサラダへ」と題する長い文章が載っていました。ひまわり会がつくられた1970年代は、メルティングポット、「様々の食材をごっちゃ混ぜしてスープみたいな一品料理を作る様にアメリカに住む色々の人種や民族を出来るだけ混ぜ合わせて同化し一色のアメリカを作る事が奨励され」た時代だった。「日本から来た私達も一日も早く良いアメリカ人となる為の努力をしました。バイリンガル教育はあまり盛んでなく英語をしっかり話す子供を育てる事に夢中でした。」 そしてその後、数十年のあいだに時代は変化して、サラダの時代に変わった。「色々の食材を混ぜてシチューのような一品料理を作るのではなく 赤いトマトと緑のきゅうり、とそれぞれの素材の色と味を保ちながら盛り合わせて美しいサラダを作る、つまりそれぞれの人種や民族の文化を維持し、尊重し合って一つのアメリカを築く事を強調する時代に変りました。オバマ大統領はまさにサラダの主役です。」 こんなふうに、新しい大統領による新しい変化にも触れますが、日本人の立場がむしろ小さくなってきたことを問題にして、会としての抱負を語っているよい文章です(ぜひ読んでください)。

      これを読んで、「ひまわり (1)」の記事のあとに書こうと思って書かずにいたことを思い出して書こうと思いました。

      どこかの記事にちょっとだけ触れましたが、 "International Institute" という、それだけだとなんの組織かわからないような名前で呼ばれている組織がアメリカのあちこちにあります。ベイエリアにあるのが "International Institute of the Bay Area" (HP: <http://www.iisf.org/>)です。IIBA というのが略称です。これはInternational Institute of San Francisco と International Institute of the East Bay (IIEB) が統合されたもののようです。去年の夏前にはホームページはまだ分かれていたと思うのですが、いまはサンフランシスコのほうのブックマークをクリックするとIIBA のこのページにとびます。

      最初の International Institute を1910年にニューヨーク市に設立したのが Edith Terry Bremer (1885 - 1964) という女の人でした。そしてYWCA をプッシュしてグリニッジ・ヴィレッジに教育センターをつくらせ、英語の授業やリクリエーションを行なう。このひとの項目は英語のWikipedia にもなく、自分が書こうかと思ったのかしら。よく覚えていませんが、なんでも調べたことを書いていたころだったのかも(w)。いまウィキペディアを再確認すると、彼女の名前は "YWCA USA" という項目には出てきており、かつ、自分があれこれ言おうと思っていたことも書かれていたので、それを引いてケリをつけます。

    Edith Bremer was another influential woman who did not agree with the original constraints of the YWCA ideologies.  She denied support of the Christian moral uplift, character building, and assimilation of newly arrived immigrants at Ellis Island.  Bremer was one of the few who strived for cultural pluralism in the 1920s.
      
    (YWCA の当初のイデオロギー的な拘束に同意しなかったもうひとりの影響力ある女性はEdith Bremer だった。彼女はキリスト教倫理高揚による精神的支え、(キリスト教倫理による)人格形成、エリス島に新たに到着した移民たちの同化を拒否した〔英語よくわからず。英語が悪いw〕。ブレマーは1920年代に文化的多元主義のために戦った少数者のひとりだった。)

      この、International Institute の運動をすすめたイーディス・ブレマーという人は、YWCA という、本来宗教性が高く、白人の中産階級的女性キリスト教倫理を普遍化する姿勢をもっていた組織のイデオロギーにぶつかるかたちでアメリカ女性移民を援助しようとしたのでした。ひまわり会の新年の記事で言うと、サラダ的な多様性、同化しきれないアイデンティティーをむしろ積極的に認めようとした。で、YWCA 自体の姿勢もいまはそういうところがありますよね・・・・・・ありますか? 少なくとも大学のそばにあるYWCA はそうですよね。

    YWCA_In_Service_for_the_Girls_of_the_World_-_Poster%2C_1919_s58d_5.jpg
    Neysa Moran McMein (1888-1949) 'Y.W.C.A. In Service for the Girls of the World', Poster, 1919 <http://en.wikipedia.org/wiki/YWCA_USA>

      あ、でももうひとつ書こうと思っていたことを思い出しました。「December 10 「ジャパニーズ・ソープ」といってもソープオペラでもソープランドでもないのか Japanese Soap, Not Japanese Soap Opera Nor Japanese Soap House」でふれた排日移民法の問題でした。

      ということで(どういうことだかよくわかりませんが)、たった1年だけ居住しているモーリちゃんの父たちにはとてもわからないさまざまな思いや夢や悩みがこの時空間には存在してきたということに思いをいたし。それは古本という、時間の流れをどうしようもなく内包しているモノを手に取るときに生じる思いとつながり。

    カリフォルニア時間3月15日12時追記
    残念ながら、今日の古本市は雨のため中止になりました。11時前には雨があがったのですが、朝から10時ごろまで断続的に降っていたのと、朝の天気予報が「ときどきにわか雨」だったし、ひまわり会のボランティアの人たちはクルマで運んでくるので、早い段階で中止が決まったのだと思います。


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    March 4 2009年3月4日のアルバニ(カリフォルニア)の空――朝夕の雲 [天気 weather]

    March 04, 2009 (Wednesday)

       この日と次の日はいちおう晴れました。でも前週の予報では4日は雨が上がって晴れの日が続くみたいなことも言っていたのですが、青空が出るけれども雨もときどき降る、という天気。夏の空のような冬の空、のような春の空。でもまだ冬。昼過ぎまでにわか雨が降ったりして、夕方には晴れて、でも雲は残っていて、おもしろかったです。(うわー、日本語が頭と一緒に乱れてる)。

    March4,2009AlbanyCA0731.48am.jpg
    2009年3月4日(水)午前7時31分(クリックでちょっと拡大)

    March4,2009AlbanyCA0732.10am.jpg
    2009年3月4日(水)午前7時32分

    March4,2009AlbanyCA0732.22am.jpg
    2009年3月4日(水)午前7時32分

      北の方

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    2009年3月4日(水)午後6時13分20秒

    March4,2009AlbanyCA1813.42pm.jpg
    2009年3月4日(水)午後6時13分42秒

    March4,2009AlbanyCA1814.12pm.jpg
    2009年3月4日(水)午後6時14分12秒

    March4,2009AlbanyCA1814.18pm.jpg
    2009年3月4日(水)午後6時14分18秒

    March4,2009AlbanyCA1814.34pm.jpg
    2009年3月4日(水)午後6時13分34秒

    March4,2009AlbanyCA1828.56pm.jpg
    2009年3月4日(水)午後6時28分56秒

      この日の日の出は6時13分、日没は18時8分。午後5時の室内の気温25.9℃、湿度43%、屋外は15.8℃。夜11時の室内は気温22.8℃で湿度53%(暖房なし)。外は11.1℃。

     


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    March 5 2009年3月5日のアルバニ(カリフォルニア)の空――朝夕の雲シリーズの2 [天気 weather]

    March 05, 2009 (Thursday)

       朝6時の室内の気温は摂氏20度、湿度は55%。外のベランダの気温は9.3度しかありませんでした。午前10時には内22.4℃(湿度50%)外10.3℃、12時には内23.4℃(51%)外12.3℃、午後3時には内24.4℃(52%)外17.2℃、午後4時には内25.0℃(52%)外19.2℃まであがりました。晴れる晴れるといっていたのがずれこんで遅れたけれど、雨は昼までで、ようやく午後からすっぱりと晴れが続く、という朝のベイエリアの天気予報でした。うちのあたりは雨は落ちなかったように思います。それでもまだ雲が多い日でした。

    March5,2009AlbanyCA0745.16am.jpg
    2009年3月5日(木)朝7時45分のゴールデンゲートブリッジ

    March5,2009AlbanyCA0745.42am.jpg
    2009年3月5日(木)朝7時45分のゴールデンゲートブリッジとカリフォルニアの空と雲

    March5,2009AlbanyCA0745.54am.jpg
    2009年3月5日(木)朝7時45分北の方の空

    March5,2009AlbanyCA1701.22pm.jpg
    午後5時1分22秒のおでん

      2種コンニャクとじゃがいもが幅を利かせているようなネタの貧困なおでん。

    March5,2009AlbanyCA1735.14pm.jpg
    午後5時35分14秒の豚肉(焼き豚)

    March5,2009AlbanyCA1735.20pm.jpg
    午後5時35分20秒のおでん

    March5,2009AlbanyCA1735.46pm.jpg
    2009年3月5日(木)午後5時35分46秒のゴールデンゲートブリッジ

      えーと、キッチンからベランダまでの道のりは約15メートルですw

    March5,2009AlbanyCA1735.58pm.jpg
    2009年3月5日(木)午後5時35分58秒のゴールデンゲートブリッジと空と雲

    March5,2009AlbanyCA1759.08pm.jpg
    2009年3月5日(木)午後5時59分8秒の少し北の方面

    March5,2009AlbanyCA1759.46pm.jpg
    2009年3月5日(木)午後5時59分46秒の北の方の雲

    March5,2009AlbanyCA1803.02pm.jpg
    2009年3月5日(木)午後6時3分2秒の夕日とゴールデンゲートブリッジ

    March5,2009AlbanyCA1825.08pm.jpg
    2009年3月5日(木)午後6時25分8秒のゴールデンゲートブリッジ

    March5,2009AlbanyCA1825.42pm.jpg
    2009年3月5日(木)午後6時25分42秒の北の方の例の雲

    March5,2009AlbanyCA1827.24pm.jpg
    6時27分24秒のおでん

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    2009年3月5日(木)午後6時33分36秒の例の雲

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    6時34分30秒の焼き豚


     

     


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    March 6 2009年3月6日のアルバニ(カリフォルニア)の空――朝夕の雲シリーズの3 [天気 weather]

    March 06, 2009 (Friday)  

      曇りのち晴れ、ました。でも空に雲が多いのは引き続いています。"Warming Up, Drying Out."  "Chilly start with some fog, then partly cloudy." みたいな。

        朝7時50分の室内の気温19.8℃、湿度59%。外は10.4℃。

    March6,2009AlbanyCA0732.18am.jpg
    2009年3月6日(金)午前7時32分18秒のゴールデンゲートブリッジ

    March6,2009AlbanyCA0732.26am.jpg
    2009年3月6日(金)午前7時32分26秒のゴールデンゲートブリッジ

      午後2時の気温、うちのなかは21.9℃(湿度は54%)、そとは14.3℃。晴れ。

    March6,2009AlbanyCA1700.52pm.jpg
    2009年3月6日(金)午後5時00分52秒のゴールデンゲートブリッジ

      太陽サンサン♪です。

    March6,2009AlbanyCA1801.00pm.jpg
    2009年3月6日(金)午後6時1分0秒

    March6,2009AlbanyCA1801.08pm.jpg
    2009年3月6日(金)午後6時1分8秒

    March6,2009AlbanyCA1807.08pm.jpg
    2009年3月6日(金)午後6時7分8秒

    March6,2009AlbanyCA1807.44pm.jpg
    2009年3月6日(金)午後6時7分44秒

      ひこうき雲

    March6,2009AlbanyCA1807.54pm.jpg
    2009年3月6日(金)午後6時7分54秒

    March6,2009AlbanyCA1812.20pm.jpg
    2009年3月6日(金)午後6時12分20秒

      光るひこうき雲

    March6,2009AlbanyCA1824.06pm.jpg
    2009年3月6日(金)午後6時24分6秒

    March6,2009AlbanyCA1824.38pm.jpg
    2009年3月6日(金)午後6時24分38秒

      ちょっと変わった角度のひこうき雲

     


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    March 16 百科的 Encyclopaedic [擬似科学周辺]

    March 16, 2009 (Monday)

        つい上の空状態に陥っていました(わけわかめ)。

       このあいだの「March 11 ヴェールをとられたイシス Isis Revelata――擬似科学をめぐって(30)  On Pseudosciences (30)」でつい引いてしまった「特別研究期間」にの一節「十八世紀中葉に出版されたフランスの『百科全書』の冒頭を飾る図像は、〈真理〉を剥き出しにしてしまおうとする、科学と哲学の視線がはらむ暴力性を明示する。しかしながら、はやくも十八世紀末にはそのような啓蒙主義の方法への批判が始まる。シラーは〈真理〉への欲望に内在する暴力性を主題化し、ゲーテは遮蔽物としてのヴェールを透明にすることで、〈真理〉への欲望を鎮静させ、カントは物自体の到達不可能性を理由に、遮蔽物の前での禁欲を説く」の百科全書の冒頭の図像ってどんなもんだろ、と無知なモーリちゃんの父は調べてみましたが、最初、つぎのものが扉として出てくるので、え゛、これが真理ムキダシかい、と疑問に思って数日煩悶したのでした。――

    Encylopedie.jpg
    via 「Wikipedia - 百科全書」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E7%A7%91%E5%85%A8%E6%9B%B8

      これは日本語のウィキペディアの「百科全書」の項目記事のなかに「百科全書の表紙」として載っているものですけれど、なんか老けて不細工な天使が・・・・・・天使は「無性 sexless」とされているけれど、ここまで成長すると男にしか見えんなあ、というような・・・・・・裸を布で一部覆われて浮遊している。この天使が知の探究にどうからむか知らんけれど、ミューズのように人間と対象とをとりもつ媒体なのだとしたら、なんで媒体が対象化されてしまうのだろう、と頭がこんがらがったのでした。この天使(だかなんだか知らんが)は、イシスのように知を体現しつつ知を探索する存在なのだろうかとかなんとか。

      しかーし。「冒頭を飾る図像」というのはこれではなかったのでした。もっとアカラサマなものでした。――

    Encyclopedie_frontispice_full_473px.jpg
    via <http://mediadix.u-paris10.fr/du/dusite2005/Picard/frontispice.html>

      中央上でhalo を出している天照大神みたいなのが、真理の女神さまなのでした。これの部分図はWikipedia の英語の "Encyclopédie"フランス語の "Encyclopédie ou Dictionnaire raisonné des sciences, des arts et des métiers" には載っているのですが、日本語の「百科全書」には載っておらんのでした。ぷんぷん。

      英語版でいうと図2のキャプションから引きますと―― "It was drawn by Charles-Nicolas Cochin and engraved by Bonaventure-Louis Prévost. The work is laden with symbolism: The figure in the centre represents truth — surrounded by bright light (the central symbol of the enlightenment). Two other figures on the right, reason and philosophy, are tearing the veil from truth." (原画はシャルル=ニコラ・コシャン (1688-1754)、版画はボナヴェンチュラ=ルイ・プレヴォー (1747-1804?)。象徴の多い作品――中央の人物は真理をあらわしている。右側の理性と哲学は真理からヴェールを引き剥がそうとしている)

      理性といえば・・・・・・理性が裸を推し進めてよいのでしょうか。まあ、よくわかりませんが、ここで裸がどうとか考えるのは人間に戻しているわけで、神が人間の姿をしていること自体が人間の勝手なイメージ化ですから、人間のしがらみを神に押し付けてはいけないのでしょう。寓意とか象徴のレヴェルでの機能とのズレが生じるわけでしょうね。ドラクロワの有名な「民衆を導く自由の女神」(1830年、ルーヴル美術館所蔵)はおっぱいをモロにはだけておるわけですけれど、アレゴリカルには「乳房は母性すなわち祖国を、・・・・・・比喩(アレゴリー)で表現している」ということになります。だから、この女性と見える存在を女の人と見てはイカン。・・・・・・でも見えるように画家は書いているし、これがマリアンヌさんという女性をモデルにしていたという適当な可能性も含めて、アレゴリーにしてもシンボルにしてもややこしい(このへんはむかしメイポールについて考えていたときに考えていたこととちょっと重なります)。

      というようなそれかたでいろいろ考えさせられた次第です。

      で、本来的なところに戻って、ウィキペディアをいろいろ見ていて、思ったのですけれど、項目「百科全書」は「『百科全書』(ひゃっかぜんしょ、L'Encyclopédie、正式には L'Encyclopédie, ou Dictionnaire raisonné des sciences, des arts et des métiers, par une société de gens de lettres)」と書いて、フランス語で示した長いタイトルを日本語に訳していませんが、1745年に出された原型については、「Encyclopédie ou dictionnaire universel des arts et des sciences (技術と科学に関する普遍的な百科全書)として告知文が出され」と書かれています。何が言いたいかというと、"sciences" は「科学」と訳されています。"arts" を「技術」と訳すのも目にとまりますけれど。

      いっぽう、「百科全書序論」という項目もあって、「百科全書序論(ひゃっかぜんしょじょろん)は1751年に初めて発行した『百科全書、または学問、芸術、工芸の合理的辞典』のためにダランベールによって書かれた序論である。この序論は二部からなっている。第一部は学門の系統を対象とし、第二部は学芸復興(ルネサンス)以来の人間精神の進歩の歴史を対象としている。」と書かれています。『百科全書、または学問、芸術、工芸の合理的辞典』のリンク先は先の「百科全書」そのものです。そうすると、この序論の項目では、sciences=学問、arts=芸術、métiers=工芸という対応が想定されているわけです。そして、「引用」のところには次のような訳文があります。――

    願わくは、後世の人々が私たちの『辞典』を開いて、「これが当時の学問と芸術の状態であったのだな。」といってくれますように!願わくは、後世の人々が、私たちによって記録された発見に自分たちの発見をつけ加え、人間精神とその産物との歴史が最も遠く隔たった幾世紀までも代々続いてゆきますように!願わくは、「百科全書」というものが人間の知識を時の流れと変革とから保護する神殿となりますように!   

         科学が出てこないのです。つまりscience を「知」とか「学」とかいうものとして考えているわけでしょう。

       もとのタイトルの先のほう――フルタイトルは、"Encyclopédie, ou Dictionnaire raisonné des sciences, des arts et des métiers, par une société de gens de lettres, mis en ordre par M. Diderot de l'Académie des Sciences et Belles-Lettres de Prusse, et quant à la partie mathématique, par M. d'Alembert de l'Académie royale des Sciences de Paris, de celle de Prusse et de la Société royale de Londres" です〔ついでながら "raisonné" は英語の辞典に載っているように "systemetic" (体系的)の意味〕――には、"de Académie Royale de Sciences" という言葉が出てきます。これはフランスの「王立科学アカデミー」なるものです。歴史的には 、ルイ14世によって16世紀に設立された科学アカデミーは、ウィキペディアの「科学アカデミー (フランス)」にあるように「最初にアカデミー会員として任命されたのは、天文学者解剖学者植物学者化学者幾何学者技師医師物理学者」でした。

      ということで、まあ科学史のほうでは常識とかになっているのか知りませんが、このへん、つまり18世紀の啓蒙主義の時代に、「科学」のありようについて、(書いている余裕がありませんが理神論から無神論へとたどるディドロを思えば宗教との関係も含めて)問題になったのだろうな、と思った次第です。

      そして、天使も神も信じないのなら、裸の天使とか女神とか出すなよ、とちょっと文句を言いたくなったのでした。

    756px-Eug%C3%A8ne_Delacroix_-_La_libert%C3%A9_guidant_le_peuple.jpg
    Eugène Delacroix, La Liberté guidant le peuple (1830) via Wikipedia <http://fr.wikipedia.org/wiki/La_Libert%C3%A9_guidant_le_peuple>

     


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    March 7 2009年3月7日のアルバニ(カリフォルニア)の空と雲の製造 [天気 weather]

    March 07, 2009 (Saturday)

       朝6:00には家の中が20.0℃(湿度55%)でベランダが9.5℃と、"chilly" だったのだけれど、どんどん温まっていって、午後2時には25.7℃(湿度は45%まで乾燥)、外は17.1℃まで上昇しました。それで夕方から半そで(Tシャツ)で勉強してました。

    March7,2009AlbanyCA0709.06am.jpg
    2009年3月7日(土)午前7時9分06秒のゴールデンゲートブリッジ(クリックですこし拡大)

      ちょっとfoggyな感じでしょうか。でも上空に雲はなく晴れています。と思って北の方へ目をやると――

    March7,2009AlbanyCA0709.32am.jpg
    2009年3月7日(土)午前7時9分32秒のapi 方向

      ううむ。ここで「例の雲」をつくっていたのかあ。

    March7,2009AlbanyCA1508.50pm.jpg
    2009年3月7日(土)15時8分50秒のapi 方向

      これはナチュラルな雲なんだと思います(まさか例の雲の製造所が全部つくったとは思われず)。

    March7,2009AlbanyCA1509.04pm.jpg
    2009年3月7日(土)15時9分04秒のゴールデンゲートブリッジ

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    2009年3月7日(土)18時4分04秒のゴールデンゲートブリッジと入り日とひこうき雲

    March7,2009AlbanyCA1804.08pm.jpg
    2009年3月7日(土)18時4分08秒のゴールデンゲートブリッジ

      太陽がもうほんとに北の方へ移動してしまったので、この構図ではとてもおさまりません。

    March7,2009AlbanyCA1804.20pm.jpg
    2009年3月7日(土)18時4分20秒のゴールデンゲートブリッジと入り日

      これくらい離れちゃっています。

    March7,2009AlbanyCA1811.18pm.jpg
    2009年3月7日(土)18時11分18秒のゴールデンゲートブリッジと入り日

    March7,2009AlbanyCA1807.50pm.jpg
    18時7分50秒のバサフライと鶏のから揚げ

    March7,2009AlbanyCA1823.18pm.jpg
    2009年3月7日(土)18時23分18秒の夕焼け

    March7,2009AlbanyCA1824.30pm.jpg
    2009年3月7日(土)18時24分30秒のゴールデンゲートブリッジと夕焼け

      右上にぽつんとあるのは一番星です。

    March7,2009AlbanyCA1835.56pm.jpg
    2009年3月7日(土)18時35分56秒のゴールデンゲートブリッジと夕焼けと一番星

    March7,2009AlbanyCA1837.34pm.jpg
    2009年3月7日(土)18時37分34秒の窓から見える一番星

       この日の深夜、日曜日の午前2時に、ふたたびDST が始まる。DST というのは「October 30 空にピッカリ金の☆ってな~んだ [歌・詩]」(どういうタイトルだよw)とかでも書いたように、むかしのいわゆる「サマータイム」の現在のアメリカでの呼び方で、デイライトセービングタイム(Daylight Saving Time: DST)すけれど、ST はsummer time の略にもなりえ standard timeの略でもあり、という例の略号の曖昧さのもやがたちこめることになります(同じことを何度も書いています、わたしw)。ハロウィーンのあとの11月2日(日)の午前2時にDST が終わったのですから、4か月ちょっとがDST ではない時間ということになります。ということはなんというか、主客転倒というか、DST のほうが長いわけで、ヘンな感じがします。が、カリフォルニアは常夏とはいわずとも夏の国だということですかね。

    KRON4.com - The Bay Area's News Station <http://www.kron.com/> 〔天気概況ビデオがトップページ右手にありますが、Weather ページ= <http://www.kron.com/Weather/tabid/56/Default.aspx> "About Us" <http://www.kron.com/AboutUs/tabid/83/Default.aspx>〕

    7-Day Forecast for Latitude 37.88N and Longitude 122.29W (Elev. 85ft) <http://forecast.weather.gov/MapClick.php?CityName=Albany&state=CA&site=MTR&textField1=37.8869&textField2=-122.297&e=0> 〔カリフォルニアバークレー(≒アルバニ)の天気 National Weather Service クリックしていただくと、アルバニの位置がわかります〕

    National Maps - NOAA's National Weather Service <http://www.weather.gov/outlook_tab.php> 〔上の全国版〕

    National Weather Service - NWS San Francisco/Monterey Bay Area <http://www.weather.gov/climate/index.php?wfo=mtr> 〔過去の天気〕 

    "Sunrise and Sunset for U.S.A. - California - San Francisco" <http://www.timeanddate.com/worldclock/astronomy.html?n=224> 〔Sunrise and Sunset Calculator

    ★日の出、日の入、月の出、月の入、惑星の出没南中」 <http://star.gs/cgi-bin/scripts/hinodet.cgi?dy=20090216&lju=l&iv=30&pl=%91%BE%97z&jwi=w&tiikij=%8F@%92J%96%A6%81i%96k%8AC%93%B9%81j&tiikiw=%83T%83%93%83t%83%89%83%93%83V%83X%83R%81i%83A%83%81%83%8A%83J%81j&kdo=&kfun=&ido=&ifun=&tz1=&hk=0>

     


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    March 8 2009年3月8日のアルバニ(カリフォルニア)の空――DST のはじまる日 [天気 weather]

    March 08, 2009 (Sunday)

      すぐ前の記事に書いたようにDST が早朝2時に始まって、1時間進んだので、この日の朝8時が昨日までの午前7時、夕方7時が昨日までの午後6時です。日本との時差は1時間縮まり、こちらの朝8時が日本の真夜中です。・・・・・・真夜中というのは夜でもあり朝でもあるから、えーと、こちらの朝8時1分が、日本の翌日の午前零時1分です(かえってわかりにくいかもw)。

      DVD のタイマーとかは自動的に時計が合うみたいです(かえってこわいです。日本へ持って帰ったらどうなるんじゃろ)。パソコンと電子レンジと天気予報時計と腕時計目覚まし時計とラジオ時計の時間を直しました。

    March8,2009AlbanyCA0740.26am.jpg
    3月8日7時40分16秒

      この日の日の出は7時31分。日の入は19時11分。前後3日間くらいの日の出(sunrise) ・日の入(sunset) ・昼の時間 (length of day) ・前日との差(difference) ・真昼の時間 (solar noon time)は以下のようです(英語に中黒はありません。よいこはまねをしないように)――

    5 Mar 200906:35 ・18:08・11h 32m 32s・+ 2m 25s  ・12:21  
    6 Mar 200906:34 ・18:09・11h 34m 57s・+ 2m 25s・12:21  
    7 Mar 200906:32 ・18:10・11h 37m 22s ・+ 2m 25s ・12:21  
    8 Mar 200907:31 ・19:11 ・11h 39m 48s ・+ 2m 25s ・13:20  
    9 Mar 200907:29 ・19:12 ・11h 42m 14s ・+ 2m 25s ・13:20  
    10 Mar 200907:28 ・19:13 ・11h 44m 40s ・+ 2m 26s ・13:20  

    ["Sunrise and Sunset for U.S.A. - California - San Francisco - March 2009" <http://www.timeanddate.com/worldclock/astronomy.html?n=224&month=3&year=2009&obj=sun&afl=-11&day=1>  による]

       日ごとの秒刻み(分刻み)の差に加えてDST の時差で、体と心がおかしくなりそうです(大げさで笑)。

      この日の朝6:30、ということは昨日までのおよそ朝5時半の室内の温度20.6℃(暖房なし)、湿度55%、屋外11.8℃。10:00amには22.3度、58%、12.1度。

    March8,2009AlbanyCA0740.52am.jpg
    3月8日7時40分52秒

      疑惑の雲製造

    March8,2009AlbanyCA1015.40am.jpg
    3月8日10時15分40秒

      まだ午前中は空に雲があったのです。

    March8,2009AlbanyCA1906.44pm.jpg
    3月8日19時06分44秒

      午後になくなりました。で、朝の天気予報では "another gorgeous day" とか言っていたような気がしますが――"gorgeous" という形容は半年のあいだに10日くらいは耳にしました――夕焼けウォッチャー的には、雲がないとあんまり面白くないんですよねー。夕方には暑くてまた半そでになりました。

    March8,2009AlbanyCA1907.02pm.jpg
    3月8日19時07分02秒

    March8,2009AlbanyCA1937.34pm.jpg
    3月8日19時37分34秒

      一番星

    March8,2009AlbanyCA1938.30pm.jpg
    3月8日19時38分30秒

      弐晩母子、うわっ、変換しない。二番星

     


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    February 20, March 17 スキヤキの友(上)――ナンカのきしめん Nanka Kishimen [料理・食べ物 cooking foods]

    February 20, 2009 (Friday)
    March 17, 2009 (Tuesday)

        「ナンカなーい、ナンカなーい?」「あじごのみ、あったでしょー」というCM のやりとりが頭の中をこだまする今日この頃ですが、ソネットの「みんなの健康レシピ」の日替わりアンケートで、「かぶのキムチ炒め」作ったことある?→ ええ、もちろん、ありますとも(誰がつくるんじゃい)、「ザーサイときゅうりの中華白和え」作ったことある?→ ええ、ありますとも、もちろん(なんじゃそりや。ザーサイはいうまでもなく中華じゃん)、というような奇抜な料理の質問を受けながら、真理探究の心が揺らいでいる今日この頃でもあります。

      さて、その健康レシピに「すき焼きうどん」という、それほど奇抜ではないが、ナンカのきしめんを思い出させるレシピがあったので、見てみました <http://www.so-net.ne.jp/recipe/m/3050>。「カロリー・高塩分のすき焼きですが、目先を変えてうどんで食べましょう!牛肉のうま味がうどんにしみこみ、満足のいく味です。」ということで、たらふくすき焼きを食った後で、もう食えない~、とかいいながらおまけで食べるのではなくて、最初から「すき焼きうどん」という名の一品です。「生活改善のポイント」としては「お肉にしっかりと味をつけることで、余分な塩分をとらずにすみます」だそうです。うどんのつゆという塩分をとらないという主旨なのでしょうか。よくわかりませんが。

      それで、このうどんは、「材料(2人分)」として「ゆでうどん 300g」としか書いておらず、どういううどん玉なのか指定がありません。がー、写真を見ると、明らかにきしめん系ぺらりんうどんなのでした。

      ええっとー、ネームも入っているし、画像も「健康レシピ」から引用させてください。


    Li-3050.jpg
    「すき焼きうどん|牛肉のうま味が染み出した|みんなの健康レシピ|so-net」 <http://www.so-net.ne.jp/recipe/m/3050>

      「うま味が染み出した」って、うどんから染み出すのではなくてうどんに染み込んだのだと思うのですけれど、それはともかく、このキシメンとスキヤキの結びつきは普遍的なものなのでしょうか。「スキヤキの友」とまで言われるほどに?

    NankaSeimenNoodles.jpg
    via南加製麺 の商品一覧 Nanka Seimen Products

      日本語のウィキペディアの「すき焼き」の「作り方」の4には「シメには茹でたうどんを入れ、旨みの凝縮された汁を味付けをし直した後、染み込ませて食べる。味付けの濃い割下では辛くなるだけなので要注意。」と書かれており、冒頭に載っている「すき焼き(関東風)」の写真に最初から入っているうどんは、ふつうの太うどんに見える。英語のウィキペディアの "Sukiyaki" は日本語を英語にしただけのものかと思いきや、 "Ingredients" のところに "Boiled wheat udon or soba (buckwheat) noodles are sometimes added, usually at the end to soak up the broth." (ゆでたうどん(小麦粉)あるいはそば(そば粉)の麺が足されることもある。その場合、通例最後に、汁をしみ込ませて食す) と書いてありました。うどんとそばに本質的な差はない、という境地にまで達しつつあったモーリちゃんの父であったが(いえ、もちろん差はありますが、名称的には交換可能ですよね、中華そば、皿うどん、焼きそばみたいに)これにはたまげました。まさか糸こんにゃくの写真をソバだと勘違いしたのではないと思いますが。

    (カリフォルニア時間3月19日午前1時45分追記。英文Wikipedia <http://en.wikipedia.org/wiki/Sukiyaki> のこれのことです――180px-Bowl_of_sukiyaki_closeup.jpg

       気になり。

      検索すると「すき焼きの後にそば(日本そば)を入れようとしたら、夫に「すき焼きの後はうどんだろ!!」と、言われました。すき焼きの後に、日本そばを入れる方他にもいらっしゃいますか?」という質問が見つかります(Yahoo!知恵袋)。どうも回答には積極的にそばと言っているひとはいなかった(ただ美々卯の隠れメニューに「そばすき」があるという情報はあります)です。そばだと汁を吸わないんじゃないですか?というもっともな意見もあり。また、美々卯のことを書いた人は、関西ではうどんが主流で好まれ、だからこそ「うどんすき」が考案された、というふうに書いておられました。そして、お勧めの質問が並んでいました。

    あなたにおすすめの解決済みの質問

    すき焼きを食べた後、うどん?ごはん? すき焼きを食べた後、 個人的にはうどんだと思うんですが、 ご飯を入れる!って人が居ました。 みなさんはすき焼きのあと、どうされますか? できたら、都道府県名と一緒に教えてください♪...

    インスタントラーメンのそばやうどんにタマゴを入れて食べるのが好きです。同じ様な食べ方をしている人に聞きたいのですがタマゴはお湯を入れる前に入れますか、それともお湯を入れた後に入れますか?

    すき焼きの残りと言えばうどん?ご飯? 昨夜のすき焼きの残りを夫とお昼にいただこうと思います。 1)すき焼き丼にする 2)焼きうどん風にからめる 3)思い切ってスパゲティを絡めて見る この3候補のなかで揺れているんです...

      どうでもいいがな(w)。

      閑話休題。つーか、全体が閑話ですがw

      個人的には、アメリカでは積極的に牛肉は食べないようにしているので、すき焼きなど思いもよらないです(誰かからすき焼き用の牛肉を売っている店は知らないかと訊かれたことはあるのですが答えでウソをこいてしまいました)。それで友もなくひとりきしめんを食べました。初めて食べたのが買って4日後くらいの2月20日の昼でした。

    kishimen1.jpg

       まあ、生めんではなくて乾メンですし、そんなにびろ~んと延びたきしめんにはなりません。

    kishimen2.jpg

      ということでかつおぶしをかけて気分を出してみました。

       スキヤキからは遥かに遠ざかり。

       一首

       きしめんはスキヤキからは遠ざかりはるばるきぬる旅をしぞ思う

       ウィキペディアの「きしめん」を見てもスキヤキとの関係は書かれていません。ウィキペディアの「すき焼き」によれば、関東と関西、「東西の食べ方の境界線は、愛知県豊橋市にあると言われる。」と書かれています。きしめんは現在は名古屋市の名物ですが、先祖は同じ愛知県刈谷市今川町ということになっています。いずれにしても愛知県に集中していることはなんらかの暗合なのでしょうか。愛知県の人はみんなきしめんをスキヤキの友としておるの?

     

    追記

    ウィキペディアの「きしめん」には「乾麺については、日本農林規格(JAS)の『乾めん類品質表示基準[2]』にて「幅4.5mm厚さが2mm未満の帯状に成形したものにあっては"干しひら麺"、"ひら麺"、"きしめん"又は"ひもかわ"と記載することができる。」とあり、形状のみで麺を分類している。」と書かれています。「幅4.5mm厚さが2mm未満」のところがよくわからなかったので、元の資料をみたところ、つぎのように書かれていました。農林水産省の「乾めん類品質表示基準」 第4条 (1)名称 の イ の項です。――



    手延べ干しめん以外の干しめんにあっては「干しめん」と記載すること。ただし、長径を1.7mm以上に成形したものにあっては「干しうどん」又は「うどん」と長径を1.3mm以上1.7mm未満に成形したものにあっては「干しひやむぎ」、「ひやむぎ」又は「細うどん」と長径を1.3mm未満に成形したものにあっては「干しそうめん」又は「そうめん」と幅を4.5mm以上とし、かつ、厚さを2.0mm未満の帯状に成形したものにあっては「干しひらめん」、「ひらめん」、「きしめん」又は「ひもかわ」と記載することができる。

      わかりやすいように色を変えてみました。たぶん「幅を4.5mm以上とし」の「とし」のつながりが不自然な感じがあるので勝手に変えたのでしょうが、変えることによって意味が変わってますよね、ウィキペディアの引用。それに引用は正確に。

      (ちなみに「ア 干しそばにあっては「干しそば」又は「そば」と記載すること。」に続くもので、要するに、アは「そば」、イは「うどん」類ですね。ついでながら干そばはヒソバではなくてホシソバと読むらしいこともわかりましたw)

      しかし・・・・・・4.5mmあったかしら。ま、日本の基準は通用しませんから。

      


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    March 9 2009年3月9日のアルバニ(カリフォルニア)の空 [天気 weather]

    March 09, 2009 (Monday)

       前週とどうように、週のあたまは風が強かったのでした。週というのは天気の周期と関わっておるものなのでしょうか。いちおー「週 - Wikipedia」、「曜日 - Wikipedia」、「暦法 - Wikipedia」は読んではみましたが。

      風がつおいと雲は飛ばされてしまうのでしょうか。必ずしもいいえ。でも晴れていたので前日に似て、夕焼けはおもしろみにかけていました。

    March9,2009AlbanyCA0817.20am.jpg
    2009年3月9日(月)朝8時17分20秒のゴールデンゲートブリッジ

      前週までの、夏時間前の時間だと7時17分ということになります。この日のサンフランシスコあたりの日の出は7時29分。

    March9,2009AlbanyCA1848.48pm.jpg
    18時48分48秒のナベ

      なんか中華春雨に印度風カリーを足してついでに豆腐とニラと豚肉が足された、モーリちゃんの母制作の無国籍料理。

    March9,2009AlbanyCA1849.10pm.jpg
    18時49分10秒のナベ

      モノを説明すると、左下の白い器は去年の4月にジャパンタウンで桜祭りが開かれているサンフランシスコに行ったときの「April 19 お買物」で買ったマーサ・スチュワートの食器セットのフルーツボウルです。日本の食器をほとんど買っていないので、お椀がわりになっています。しゃもじみたいなのは、「あたらしの風」シリーズです(「May 9 あたらしの風に吹かれて」参照)。右上の青いのはスポンジボブのGogurt という細長いプラスチックチューブに入ったヨーグルトの残骸です。鍋敷きに新聞が使われたのは初めてですが、無料のBerkeley Daily Planet です。・・・・・・

      あ、話がそれすぎですねw。

    March9,2009AlbanyCA1849.58pm.jpg
    2009年3月9日(月)18時49分58秒のゴールデンゲートブリッジ

      あ、もうこんな時間だ!、と走ってベランダに出たら、まだ日没前なのでした。この日のサンフランシスコの日の入りは19時12分ごろ。

    March9,2009AlbanyCA1921.50pm.jpg
    2009年3月9日(月)19時21分50秒のゴールデンゲートブリッジと夕焼け

      けっきょく光にぶつかるものがなければ光は見えないのだし(そうか?)、雲のような変容する複雑怪奇な形態の半透過物の存在によって夕焼けはおもしろい、とオレンジ色の空を見ながら物足りなさを感じた日なのでした。

      この日は夜遅くまで起きて気温を記録していたのですが(よい子はまねをしないように)、14:30pm
    に家の中が20.5℃ (湿度50%) 外のベランダが15.0℃、15:30pmに内24.6(44%)外16.8、そして23:56pmに内23.3 (48%) 外10.9、1:30am(10日)に内23.6 (47%) 外10.1でした。

     


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    March 10 2009年3月10日のアルバニ(カリフォルニア)の空と家の角窓 [天気 weather]

    March 10, 2009 (Tuesday)

       前日と同様に、朝は温度が低く、冷たい風が吹くけれど、どんどん太陽の熱で大地と空気が暖まって、夕方には半そでになる、というパターンでした。あ、半そでになるのは前週後半からのパターンですが。

      朝6:50am―in 19.0℃(湿度52%) out 7.9  暖房をつける。8:05am―in 20.6 (48%) out 7.8。11:00am―in 21.6 (46%) out 9.4。午後16:00―in 24.3 (44%) out 17.4  暑い。夜22:55―in 22.9  (48%) out 12.1 まだ半そで。

        しかし、ゴージャス・デーと呼ぶかどうかはともかく、夕方は雲が出て、この数日のやや単調な夕焼けとは違っていました。

    March10,2009AlbanyCA1907.02pm.jpg
    2009年3月10日(火)午後7時7分2秒のゴールデンゲートブリッジと入り日

     

    コレニ続ク夕焼ケ画像ヲ見ルヒトハクリツク


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