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May 7 サンフランシスコ動物園(その1) San Francisco Zoo [San Francisco]

May 07, 2008 (Wednesday)

 この日から、小学校はキャンプなのだけれども、日本でもお泊まりをしたことのないMちゃんは休むことにしました。自宅で勉強ということなのですけれども、日曜日までお休みです。毎月第1水曜日はサンフランシスコ動物園が無料ということを知っていたので、お弁当をもって出かけることにしました。ふだんは大人が11ドル、小人(11才まで)が5ドルです。

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↑Marina Innでもらってあったクーポン

 ひさしぶりに3人でBARTに乗ります。なんか割引があるはずだと、Mちゃんの父はEl Cerrotoの駅でいろいろ案内のパンフレットをもらいます。電車が来る音がするので急いで上へあがると、男の集団がドアに手をかけ、まだ来ない仲間たちを待っています。先頭車両の車掌は笑ってこちらを見ています。Mちゃんたちもようやく上がってきてどっと乗り込みました。

 Civic Centerまで行くことにしましたが、電車の中であれこれ見てみると、"Bart Transit Connections" というパンフレットの2ページ目に、"Transfer Discounts" という項目があり、BARTからバスへの乗り換えは割引があると書かれています ("Discounts on bus connections to BART are available by picking up a transfer ticket before exiting BART.  Transfers entitle you to a discounted fare on most connecting buses.  Transfers and discounts vary by company.")。Muni Metroはバスなのか? とりあえずえCivic CenterのBARTのlevelから二つlevelが上の改札口へエスカレーターであがると、出口の手前に乗り換え用の割引券の機械がありました。3人分もらって、改札を出て、今度はMuni Metroの入口へ向かいます。Muni Metroは自販機ではなくて改札で切符を買うシステム。乗り換え割引はこれに使えるのかと訊くと、使えるそうで、25セントずつ減額して大人は1.25ドルに、しかし子供はなぜか75セント? 

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Civic Center 駅のmuni metroのホームから。階下がBARTのホームで階上が乗り換え改札口。けっこう間違えて入り込んでしまう人がいるようです。電車を待っているあいだに上からと下からのふたりの人が、アリャリャ、と引き返していました。

 11時半にはCivic Center駅に着いていたのですが、Muni MetroのL(終点がサンフランシスコ動物園)がなかなか来ず、そしてLのoutboundはけっこう時間がかかったので、動物園入口に到着は12時半でした。入口には、やっぱり無料デーということで、ライオンとかの展示がない旨注意書きがあります。

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  最初は網とかガラス越しにしかサルやらが見られなかったのですが、ふと目を下にやるとむこうのほうにキリンさんが♪ そちらを目指して歩きます。

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 基本はなるたけ自然の中で、という感じのようです。おかげで広い園内を歩きまわることになります。

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 ゾウがいないのは、サンフランシスコは寒いからだそう。

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 寝そべったサイを見ようとガールフレンドをかつぎあげる男、その他。

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かったるそうなカンガルーさんたち。

 

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眠るコアラ。

 

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鸚鵡像

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ピンク・フラミンゴたち。

 

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コインを投げ入れるな、との注意書き。

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Insect Zoo (小さい平屋の建物)内の、ブッシュ大統領に手紙を書こうというコーナー。

〔つづく〕

5月21日追記 写真の整理ができないのと画像が重たくなりすぎたのとで、中途でとまっていますが、フォトアルバムだけでも見ていただけたらと思います(ぜんぜん未整理のまま並んでますけど)。


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May 7 サンフランシスコ動物園(その2) San Francisco Zoo [San Francisco] [San Francisco]

 May 07, 2008 (Wednesday)

  個人的メモばかり書いているのもよくないので、別の話題を書きます。5月10日にMay 7 サンフランシスコ動物園(その1) San Francisco Zoo [San Francisco]という記事を書き、その終わりのところで、「〔つづく〕   5月21日追記 写真の整理ができないのと画像が重たくなりすぎたのとで、中途でとまっていますが、フォトアルバムだけでも見ていただけたらと思います(ぜんぜん未整理のまま並んでますけど)。」と書いてそのままになっていました。

  つづきを書こうと思ってフォトアルバムを見たら、アップしきれていませんでした。それでいっしょけんめいアップしたのが3日くらい前です。ブログを書き始めた当初は画像のこととかわかっていなかったので、一枚で1MBちかい写真を載せたりしたわけですが(笑)、その後、フォトアルバムに入れてしまえば便利だと知りました(ただ、貧乏なので容量無制限というか大きなサイズの写真は無理で500に縮められちゃいますけど)。ただどこまで顰蹙を買わずにフォトアルバムに入れられるかは別問題です。

   さて、つづきと言っても時間でいうと動物園にいた 12時35分から17時ぐらいまでのうちInsect Zoo に入った15時30分まではすでに(その1)でカヴァーしてしまったのですが、(その1)を見ていない人も多いでしょうから最初から、とはいわず、その後見つけたさまざまなSF動物園紹介の記事などをリンクさせて有用性を増すようにこころがけてみますか。

   サンフランシスコ動物園のホームページになっているのはSan Francisco Zoologicl Society のページです。いわゆる mission statement ととっていいのでしょうが、"At the San Francisco Zoo, it's our mission to connect people with wildlife, inspire caring for nature and advance conservation action." と書かれています。 <http://www.sfzoo.org/openrosters/view_homepage.asp?orgkey=1859>。前に書きましたけど、毎月第1水曜日は無料です。ふだんは大人が11ドル、小人(11才まで)が5ドルです。

    モーリちゃんたちはもちろん無料の日に行ったのですけれど、同じ考えの人がいてはげましを与えられました。――

      Yamajun's all about San Francisco    「サンフランシスコ動物園

サンフランシスコに住んで1年のわたくしがお届けする、(主に貧乏人むけ)サンフランシスコ情報だす。
はじめたばっかりでまだ内容があんまりないけど…内容がないよう!なんちて。。。
どんどん作って日記なども加えようと思っとりますので、夜露死苦(銀蝿風)!!
この青い米たちはこれから増えてゆきます。
炊飯器を持っていない(買えよ)私の、鍋で炊くのに難しい日本米
(それゆえメキシコ米を食べている)に対する憧れです。

  泣かせる自己紹介です。・・・・・はっ、これでは話が進まない。

   出直してきます。 

   つづく 

 

 


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May 7 サンフランシスコ動物園(その3) San Francisco Zoo [San Francisco]

May 07, 2008 (Wednesday)

     その1 <http://occultamerica.blog.so-net.ne.jp/2008-05-10>

   その2 <http://occultamerica.blog.so-net.ne.jp/2008-06-30-3>

      ここまでのあらすじ―BARTからmuni metroへの乗り換え(11:50)―動物園到着(12:35)―よく見えない網ごしのサルたち(12:44-54)―キリンが首を伸ばしている(12:58-13:12 昼食)―(ダチョウ)―南の鳥たち(13:14-19)―ゾウの像(13:32)―(とまどうペンギン)(13:34-37)―見えないサイ(13:37-39)―(見えないライオン)(13:41-42)―(孔雀)(13:50)―(アメリカン・イーグル )(13:55-57)―(見えないグリズリー)(14:00-02)―〈グリズリーの骨)(14:04)―〈シロクマ)(14:07-13)―(電車)―(川辺のトリ)(14:22-25)―かったるそうなカンガルー(14:30-33)―コアラのマーチ(14:37-46)―オウム像(14:52-54)―〈金網のなかのトリたち)(14:55-58)―ピンクフラミンゴ(15:00-03)―〈ロゼッタストーンもどき)(15:04-05)―(カエルたち)(15:05-06)―(カルーセル)(15:07)―(はしっこの、人がいかない建物と木のうろ)(15:08-14)―川の魚(15:17)―昆虫園(15:20-46)。こんなところです。だいたいおおざっぱには反時計回りのコースで動いたような気がします。

     それでは、アルバムにおさめたのでブログへの掲載は楽なので、みつくろって補足的に貼り、あと見られなかったのをネットから参照します

まずペンギンたち。――17278691727872

ペンギン島にはカモメもいます

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ペンギンについての記事――(1) 「サンフランシスコ動物園のペンギンとクラジミア: 『海外動物園サイト探訪』ニュース」〔2005.5.7〕 (2) 「一羽だけ妙にハイテンションで泳ぎまくるペンギン」〔ひろぶろ 2008.5.9〕  (3) "S. F. flock swims round and round in pool" 〔SFGate, 2003.1.16〕

   つづきまして見えないライオンについてですが、Lion House というところに向かったのですが閉ざされておりました。これは無料デーということと関わっておると思っています。ちゃんと写真を撮っておられるかたのページ「San Francisco Zooへ♪」〔Love from Californiaさん 2008.6.2〕

     つづきましてアメリカン・イーグル(だったと思うのですが・・・ハゲワシか?)――1728172

 

   つづきまして、見えないグリズリー(これは時間が決まっていたのでした)。

1728176 水槽を横からのぞくの図

1728233 足跡

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グリズリーの骨(嗅覚がするどいことを説明するための模型)

  これではあんまりなので、グリズリーの写真を撮っていらっしゃるかたのブログ 「サンフランシスコ動物園」〔「サンフランシスコ生活」2008.2.22〕。それと昔の記事「保護されたクマ姉妹、サンフランシスコ動物園に」〔「海外動物園探訪」ニュース 2004.11.19〕 このクマがいまいるのかしら。

  つづいてシロクマ。グリズリーの左手なのですが、日本の動物園とかと同じようなつくりに見えました。結構人気があるようで。大人のひと(男&女)もひとりでじっと見ていました。この並び、何種類かクマさんがいたと思います。

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    つづいて園内を走っている電車――

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踏切ですな。電車が写っている人のページ― 「shiology:753-061106 流し撮り、回し撮り」 あと、モーリちゃんの父が好きなやまじゅんさんの、「San Francisco Zoo」のページにも。〔いずれも撮影日不詳〕

   そして川辺のトリ。ここは近づこうと思うとかなり近づけるので人気でした。 でも近づいてる人が別の客に注意されていましたけど。

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いちおう網が一部あるんです

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  ロゼッタストーンもどきの象形文字みたいな謎碑のコーナー

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はいはい。Zooetta Stone という名称でした

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果敢に解読に挑む図

 

   そのZooetta Stone の道から降りる途中と降りたあたりにいたカエルたち――

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平気でさわる図

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   そして・・・・・・

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麻紀に乗るのに、列ができてませんでした。
あ、まちがった、カルーセル。(って完全なやまじゅんのぱくり・・・・・それがやりたかったんかいw)

 

   ひとが行かないはしっこの建物というのはこれです――

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あれ、人がいるw

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そしてその建物の前の原っぱの手前に一本の木があって誰も後ろにまわってみませんが、人面木、いや動物面木の中にベンチがあります。ここは穴場です(笑)

 

   あと、Insect Zooはなかなかおもしろかったです。小さい建物ですが、暗い照明の下でいろいろなムシたちが蠢(うごめ)いています。子供たちも声をあげながら蠢いています。

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ポーの短篇「スフィンクス」に出てくる蛾ですな

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小さい甲虫

 

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Monarch Butterfly の一生。子供が多いです。入口近くには靴を脱いで座って本を読むようなコーナーもあります。

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野生のゴキブリだそうで

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大半はinsect じゃないような気がするのだが・・・・・・

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ブッシュ大統領に野生動物保護を求める絵葉書を書こうというコーナー

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熱帯の蝶の標本

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 屍骸を食べてきれいにするので、骨だけ残す標本作りとかに力を貸してくれる虫。RIP 安らかに眠れ

 

 

つ、つかれたー

つづく~♪

 

 

追記です。


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May 7 サンフランシスコ動物園(その4) San Francisco Zoo [San Francisco]

May 07, 2008 (Wednesday)

     その1 <http://occultamerica.blog.so-net.ne.jp/2008-05-10>

   その2 <http://occultamerica.blog.so-net.ne.jp/2008-06-30-3>

    その3 <http://occultamerica.blog.so-net.ne.jp/2008-07-10-2>

 

     Insect Zoo を出たあとモーリちゃんたちは道に迷ったあげく中西部ゾーンに出た。まずプレーリードッグたち。 プレーリードッグを描いた文学作品でモーリちゃんの父が知っているのは女性作家Willa Cather の My Ántonia (1918) という小説だけです。Nebraska にヨーロッパ・・・・・・と書いたところで、記憶が不鮮明になってネットで調べたら、つい人のブログに読み耽ってしまいましたが、この夏アメリカに留学するというクミさんの文章を引きます。――

ボヘミア移民のアントニアと、アメリカ人のジムの子どもの頃の出会いから、二人が大人になって歳を重ねていく中での関係を描いています。

二人は彼氏と彼女、または夫婦といった関係になることはありません。だけど、家族以上のつながりが二人には生まれ、離れ離れに歳を取っても、それぞれの居場所がお互いにの中にあります。

Ain't it wonderful, Jim, how much people can mean to each other?



アントニアは、たくさんの困難を強いられ、「人生に失敗したかわいそうな女性」だと周りからは同情されていました。だけど、彼女が持つ強さや、ひたむきさ、素直さで、彼女は誰よりも豊かな人生を手に入れたのだと作品を読み終わって、私は思いました。

この作者、ウィラ・キャザーを紹介してくださったN教授に感謝です。
素敵な本でした。

  いいなあ。若いって。 そうそう、Jim Burden は親を亡くしてNebraska のじいさん、ばあさんのもとへ引き取られる(この冒頭の夜の旅はちょっと『秘密の花園』の冒頭の旅と似た感覚があります)。近所にShimerdaというボヘミア移民の一家が住んでいるのだけれど、そのシメルダ家の長女がアントニーアです。ジムはガラガラヘビを殺してアントニーアの賞賛を得たりして、ふたりは親しくなるのだけれど、生活に困窮して真正の「ホームシック」に病んだおとうさんのシメルダは家族を残して自殺してしまう。その前のほうで、プレーリードッグの巣(town と呼ばれていたかも)の描写があって、それと人間のhomeとの類推が(とくにシメルダたちは川辺のhole みたいなところに暮らしていたので)、プレーリードッグをおびやかすガラガラヘビみたいな話と一緒にでてきた、ように思う。そしてガラガラヘビみたいないやな人間たちもいるのだけれど、飢えのためにプレーリードッグを食べようと考えるか、食べろと勧めるかしそうな人間も出てくる。・・・・・・う、うわー、なんか記憶がすごくあいまい。やめます。

  で、プレーリードッグは鳴き声が犬に似ているからこういう名前になっているので、リスの仲間、というかネズミの仲間です。

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なんか金網が高くて、かざした片手で撮ったのでハズレてます

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これでどうだ

 

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道端のオブジェ I     Prairie Dogs

 

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道端のオブジェ II     Prairie Dungs

   そうして、道を蛇行して進むと、ミーアキャットというのが待っていました。モーリちゃんの父は初めて菊名いや聞く名だったので、ミーラキャットかと思ったのですが、「ミーア」とモーリちゃんに訂正されました。ものしりやねー。

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置物のようである

 

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見上げる先には――

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もう一匹がいました。この位置は得意の位置のようで。

 

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 ミーアキャットというのはmeerkat と書くのですが、じっさいネコの仲間のようです。実は動物園に行ってからしばらくして、テレビでミーアキャットの物語を放送していることを知り、モーリちゃんはさかんに観ていたのですが、いま見たら日本でもやっているようで― 「meetkat | ミーアキャットの世界」 <http://meerkat.weblogs.jp/blog/meerkat/>

   プレーリードッグよりこのアフリカのミーアキャットのほうがずっと人気者なのでした。 子供の集団が歓声をあげながらやってきたら、それに呼応するかのようにミーアキャット達がどっとみんなで前に寄ってきたりして、役者やのお、と思いました。ここも金網が高いです。大人でもファインダーをのぞきながらは撮れません(小山の上以外)。

 

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  (16:00近く)   タカ 鷹(falcon)に肉をやる鷹匠(falconer)

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  Peregrene falcon の Kyra (hatched 1996)  と鷹匠のたしかスーザンさんかスザンナさん (ちがっていたらすいません)

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 ビーフジャーキー・・・・・・カメばカムほど味が出るアメリカのスルメのようなおつまみ

 

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  カエルの館

 

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帰るまで置物か本物かわからなかったカエル

 

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カエルやカメの左隣の建物。休養か療養のための施設かなにかではないかと推測。フラッシュはたきませんでした。

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 帰り際に別の猛禽トリと話す鷹匠を見た

 

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 あと、日本と同じように記念撮影用の板(なんていうんですかね。みうらじゅん が以前ブームにしていたような記憶が)、顔ハメ板があって人気でした(笑

 

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クジャクの移動

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クジャクは漢字で孔雀と書くときれいな感じ 。亜細亜原産。

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Wikipedia で "peacock" を入れると "peafowl" にredirect されます。 性差別しないということでしょうか。

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デチャダメヨ、と訴える女の子たち(だった気がする)

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奥の建物は幼児のための施設のようで

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最初にクジャクを見たのはグリズリーの手前あたりだったのですが、そこからここまではだいぶ離れているように思えます。彼らのあいだに交流はあるのでしょうか。いや、同一のクジャクだったりして。

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ウナギの寝床ならぬウサギ小屋(ほんとか?)

 

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三毛ウサ

 

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白鳥のオブジェ。こういったもの(ゾウやオウムや)がところどころにあって、子供たちが喜んで遊んでいます。

 

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(16:17)  カフェの屋根の上のカモメ。右側にトイレがあります(無料)

    このあと、17時が閉館だったので、閉館間際は混むだろうからちょっと早めに帰ろう、と出口を探したのですが、迷いました(笑)。そしておみやげ屋でモーリちゃんの父はモーリちゃんに温度計が付いたキーホルダーを買ってあげました。そのあと入口近くの別のおみやげ屋に寄ったら同じものが同じ値段で売っていましたが、店としては入口そばの店のほうが広いようです。

   以上が動物園見学の記録です。その後、2007年12月のトラの不幸な事故を知りました。

   しかしまた、この3月に、赤ちゃんトラが誕生したというニュースも知りました。――  「【アニマル大集合】ド迫力!ウシの格闘に恋するキリン、そして衝撃の標的イヌまで・・・-MSN産経ニュース」 <http://sankei.jp.msn.com/photos/culture/academic/080419/acd0804190816003-p8.htm> わけわかめのニュースタイトルですが、サンフランシスコ動物園で誕生したスマトラトラの赤ちゃん。横たわるお母さんに見守られて、生後6週間の子供ものびのび!(AP)の写真が冒頭に載っています。SF Zoo のホームページを見るとちゃんと "Tiger Triplets!  Born 3/6/08 See their Photo Album."と載っていました――<http://www.sfzoo.org/openrosters/vieworgpagelink.asp?orgkey=1431&linkkey=19807>

  で、帰りに モーリちゃんの父は18番のバスで太平洋を見ながら北上してサンフランシスコのどこかで夕飯をと夢想していたのですが、もう遅くなるから早く帰りたいみたいなことをふたりがいうので、結局行きと同じミュニバス&ミュニメトロでMarket 通りのBART まで出て帰りました。

   それで、ひさしぶりに3人でバートに乗ったわけですけど、El Cerrito のモールで買い物するならこっちのほうが絶対近いはずだ、と駅を出ていつもと反対の左側へ歩きました。さらに、こっちが近道かも、とBART の架線の下の土手道を歩いて、Lucky の裏手に出ました。そうしたら、――

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   (18:46)  この建物があったんですぅ!

   暗くて見えないので補正しました。――

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Recycling Center です。

 

 

 

 


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Aug 10 サンフランシスコ動物園(その4 ニュース) San Francisco Zoo Free Admission Day [San Francisco]

August 10, 2008 (Sunday)

    朝からテレビを見ていると、どうもビーチバレーの放送が多くて、アメリカ人はビーチバレーが好きなのかと思いはじめたモーリちゃんの父です。

   毎月第1水曜日はサンフランシスコ動物園の入場料が無料というのは有名な情報で、貧乏人根性があるなしにかかわらず、大切にされてきた情報でございました。

   古くは、炊飯器がないので鍋で炊くのがむつかしい日本米は避けてメキシコ米を食していたというかのやまじゅんさんも書いておられます――

毎月第一水曜日は、入場料が無料になるので、たまに行きます。っていうか、無料の日しか行ったことない…
タダとあって、めちゃくちゃ混むのでそのリスクは負わなければなりませんが(人気の動物には黒山の人だかり。上野動物園のパンダほどではないが)。
それから、海の近く、サンフランシスコでも特に霧が出やすいエリアに位置しているので、上着は忘れずに。たまに網走刑務所状態になることがあります…(「サンフランシスコ動物園」

  あるいは「薄給のサンフランシスコ」さんも2007年8月19日の「クマとの遭遇」の記事で「ぜひ第1水曜日の無料デーに行ってください。」とおっしゃっている。

  当然モーリちゃんたちも無料デーに行ったサンフランシスコ動物園。

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中央右から3分の1ぐらいのところにある白いものが下の画像のボード。

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  それが、どうやら9月からサンフランシスコ市民に限定されてしまうようです。動物園のHP(その "Visit -Hours & Fees")にはその情報がまだ反映されていないみたいなのですけれど、8月1日に公表されたこととして、2日にニュースになっていました。

"SAN FRANCISCO Zoo to limit free day to residents only"  (SF Gate, Saturday, August 2,2008)

   サンフランシスコ動物園は月に一度の入場料無料プログラムを9月から市民のみとする、と当局は金曜日に発表した。現在、毎月第一水曜日には誰でも無料で入園できる。プログラムは人気で、1日当たり平均入場者数の5倍の入場者がある。

  で、そのあと、理由がこんなふうに書かれています。――

Zoo officials said they were changing the free-day program because there has been a notable increase in visitors taunting, teasing and shouting at animals on those days, particularly since a tiger escaped Christmas Day and fatally mauled a San Jose teenager. 

動物園では、無料デーのプログラムを変更する理由を、無料デーの来園者に、動物をあざけったり、からかったり、 動物にむかって叫んだりする人が著しく増えたためだとした。とりわけ、クリスマスの日に逃げたトラがサンホゼの十代の少年を襲って殺害する件以来そうだと。

  そして、市民は "a valid driver's license, state identification card or a bill with their home address on it" を証明のために持参する必要がある、と書かれています。

   事件は、2007年の暮の、日本でも報道されたニュースで、雌のトラのタティアナが、おそらくトラをさんざんにからかった3人の少年たちに向っていき、17歳の少年を殺してしまった事件です(Tatiana はやってきたポリスにより射殺されてしまいました)。その後、ふたりの兄弟が有名弁護士を雇って裁判を起こしてみたいなことでニュースとして続いているものです。

   わからなくはないが、貧乏生活者にはつらいニュースでした。

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"lemur" というのはマダガスカル産のキツネザルなのですね。あとで勉強しました。「リーマ」というような発音のようで。

 

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こっちがマキちゃん。麻紀に乗るのに、列ができてませんでした。
あ、まちがった、カルーセル。(って完全なやまじゅんのぱくり・・・・・またそれがやりたかったんかいw)

 

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"Has Anyone Visited San Francisco Zoo on a Free Admission Day? 1st Wednesday of Every Month?" <http://answers.yahoo.com/question/index?qid=20080625133919AA3jV8y> 〔日本と同じような質問箱。「サンフランシスコ動物園の入場料無料日に行った人いますか? 毎月第1水曜日の?」みたいなひと月前のユルイ質問(もっとちゃんと聞けよ、みたいな)〕

 

 

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October 16 1906年のサンフランシスコ大地震 The San Francisco Earthquake of 1906――Magnitude Estimate (2) [San Francisco]

October 16, 2008 (Thursday)

    昨日マスの勉強でmagnitude estimate について調べていて、つい見いってしまったのが、サンフランシスコ大地震の映像でございます。

    調べたり見つけたりした順番に書くというのはブログ執筆者の悪癖だと自覚しているので、 たくさん見たなかから取捨選択して並べてみます(自分も大人になったものである)。映像を見る余裕のないかたもぜひ終わりの写真のリンクを見てくださればと思います。

 sfburning.jpg

Photograph by Arnold Genthe that shows Sacramento Street and approaching fire (from Steinbrugge Collection of the UC Berkeley Earthquake Engineering Research Center)  via The Great 1906 San Francisco Earthquake <http://earthquake.usgs.gov/regional/nca/1906/18april/index.php>

 


   最初は、1905年と翌年の1906年の地震後に同じ素人撮影者がたまたま同じマーケット大通りを撮影したフィルムを交互に編集した映像。両方とも路面電車に乗っているようなので、1906年のはだいぶ復興してからだと(モーリちゃんの父には)思われる。


" San Francisco 1905 - 1906 (short form) " (5:07) posted by " crashreboot" on January 14, 2007: "In 1905, an unknown cameraman filmed a streetcar trip along San Francisco's Market Street. The following year, the Great Earthquake struck, and he filmed the trip again. This is a five-minute silent film that edits together excerpts of his two films. Footage from the Prelinger Archives, edited by Matt Lake."

  1906年4月18日早朝(5時12分から2分半)の地震で推定3000人が死亡、人口の半数を超える22万人が家を失います(三つ下に映っている新聞記事だと”300,000 Homeless” と見出しにあって、それだと3/4 が家を失なったことになる)。倒壊以上に火災による被害が、Harriet Levy が 920 O'Farrell Street  で描いていたように、延焼を防ぐために家屋を壊さざるを得なかったということも含め、大きかった〔 「August 26 ハリエットとアリスとガートルード――昔のサンフランシスコのユダヤ人の少女時代 (3)、またはパリのアメリカ娘たち Harriet, Alice, and Gertrude: A Jewish Girlhood in Old San Francisco (3); or, American Girls in Paris」; "As we swung around Pine Street and down Jones, I called to the motorman to stop at O'Farrell.  The car stopped and I descended upon a waste of land which reiterated the story of the unimpeded progress of the fire all the way up to Van Ness Avenue where dynamite had halted its advance."〕。


  次の短いフィルムも地震後のマーケット・ストリートを中心に映していると思います。

  "1906 San Francisco Earthquake" (1:40) posted by "emijrp" on December 3, 2006: "English: 1906 San Francisco Earthquake aftermath. No sound.
Spanish: Secuelas del terremoto de San Francisco de 1906. Sin sonido."


   次のは1936年の映画『サンフランシスコ』(IMDb データ)のシーンです。


" "San Francisco" Earthquake " (2:54) posted by "Zacatown" on January 3, 2007: "The legendary 1906 earthquake sequence from "San Francisco"(directed by W.S. Van Dyke) starring star-crossed lovers Clark Gable and Jeanette MacDonald."


  1950年代(1951年?)に作成されたニューズリール。過去の写真や新聞やフィルムをつなぎあわせています。――


" The 1906 San Francisco Earthquake " (3:03) posted by "KKD1247" on June 29, 2008: "Here's a portion of another old 1950s documentary - the story of the 1906 San Francisco earthquake. Photography was invented only a few decades before this & motion pictures were in their infancy as well. This story is told with those old movies & photos.
This was a major earthquake that struck San Francisco, CA and the coast of Northern California at 5:14 A.M. on Wednesday, April 18, 1906. The most widely accepted estimate for the magnitude of the earthquake is a moment magnitude (Mw) of 7.8; however, other values have been proposed from 7.7 to as high as 8.3. The main shock epicenter occurred offshore about 2 miles (3 km) from the city, near Mussel Rock. It ruptured along the San Andreas Fault both northward and southward for a total length of 296 miles (477 km). Shaking was felt from Oregon to Los Angeles, and inland as far as central Nevada. The earthquake and resulting fire is remembered as one of the worst natural disasters in the history of the United States. The death toll from the earthquake and resulting fire, estimated to be above 3,000, represents the greatest loss of life from a natural disaster in California's history. The economic impact has been compared with the more recent Hurricane Katrina disaster.
I found this 16mm documentary some years ago when I was driving through town. As I drove past the public library, I saw an incredible sight! Someone at the rear of the library was throwing out 16mm film cans hand over hand! They were converting over to videotape & for some reason - decided to just throw out the film. Needless to say - I stopped, opened my trunk, and got as many as I could!
This is one of those films."


   Natalie Merchant の歌にあわせて多数の写真を編集したいまふうな映像――


" San Francisco Earthquake of 1906 " (2:30) posted by "cmbojim" on April 15, 2007: "San Andreas Fault
The California earthquake of April 18, 1906 ranks as one of the most significant earthquakes of all time. At almost precisely 5:12 a.m., local time, a foreshock occurred with sufficient force to be felt widely throughout the San Francisco Bay area. The great earthquake broke loose some 20 to 25 seconds later, with an epicenter near San Francisco. Violent shocks punctuated the strong shaking which lasted some 45 to 60 seconds. The earthquake was felt from southern Oregon to south of Los Angeles and inland as far as central Nevada.
Dead - More than 3,000
Homeless - 225,000
Buildings Destroyed - 28,000
Monetary Loss - More than $400 million"

 


 

 

    description の多くが英語版Wikipedia その他のコピペであることにちょっとがっかりしたものの(いまさらです)、映像の力とか事実とはいったいなんなのか、とか考えながら見てました(いまさらです)。しかしWikipedia に載っている写真を拡大して眺めたときの感興はまた別のモノがありました(いまさらながらモービー・ディックと同じく映像画面の大きさのせいかもw)。ウィキ日本語版は、英語版と同じ参考書目(邦訳があるやつ)を挙げながらも独自の記事をめざしているようですが、現時点では書きかけ項目でリンクも不十分です。

   "1906 San Francisco earthquake" - Wikipedia

    「サンフランシスコ地震」- Wikipedia

  英語版には木造平屋の仮設住宅の写真なども含めて10枚以上掲載されています。とくに、ミッション通りの火事の写真(Image:Sfearthquake3b high resolution あり)の右手手前から3軒目の家の屋根に男が立っているのとか、Ferry Builiding のほうから西へMarket Street を眺める俯瞰的な写真とか(Bird's-eye view, surrounding Ferry Building, looking west on Market Street. Photographed from tower)、高度2000フィートからのパノラマ写真(Panorama of San Francisco in ruins: Full resolution‎ (7,000 × 2,748 pixels, file size: 4.32 MB, MIME type: image/jpeg))とか、圧倒されました。最後の写真は、最大にして見ると、手前の重たく黒い海が右手で光を受けて波紋をつくっているところがすごい(どういうところを見ているのでしょう)。

  あ、magnitude estimate ですけれど、"The most widely accepted estimate for the magnitude of the earthquake is a moment magnitude (Mw) of 7.8; however, other values have been proposed from 7.7 to as high as 8.3. " ということです。

  実は春以来地震が何度かあって、マグニチュードしか言わないので、実際どれくらい揺れたんだかわからなかったのですが、"moment magnitude" という概念は、ふつうに震度とマグニチュードというのとはまたちょっと違うものみたい――

モーメント・マグニチュード Mw

金森博雄(1977)は、地震を起こす断層運動のモーメント(Mo)を、従来のマグニチュードに関連づけ、これをモーメント・マグニチュードとした。

Mw = (log Mo - 9.1 ) / 1.5
ただし Mo = μ×D×S

Sは震源断層面積、Dは平均変位量、μは剛性率である。

モーメント・マグニチュードの最大値は、1960年のチリ地震で、Mw=9.5 であった。

  • 断層面の面積(長さ*幅)と、変位の平均量、断層付近の地殻の剛性から算出する、まさに断層運動の規模そのものである。
  • M8を超える巨大な地震では、地震の大きさの割りにマグニチュードが大きくならない「頭打ち」と呼ばれる現象が起こる。モーメント・マグニチュードは、これが起こりにくく、巨大地震の規模を物理的に評価するのに適しているとされる。 〔「マグニチュード」 - Wikipedia

   Mw のw はどこから来てるのでしょうw    work の w なのかな? (まったく略号というのはわからんぜ)。

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November 6, 25 スートロのメイポール――ルネサンス・フェアをめぐって(下の2) Maypole Dance at the Sutro Baths (1897): Renaissance Fair (7) [San Francisco]

November 6 (Thursday)

   夕方6時半ぐらいに、5チャンネル(CBSだけれど、KPIX TV というサンフランシスコの放送局)を見ていたら、スートロ・バスというサンフランシスコの西にあった娯楽施設(最初「スートラの風呂」に聞こえて、なんか怪しげな遊興かと思ったら、いまふうにいえばプール複合施設ですね)盛衰を語っていた。往時の姿を知るモノシリのおじさんが年下のアナウンサーと語りながらカメラクルーと同行して跡地をまわり、また、現在も観光地となっている近隣の様子も映していた。そのときに、SUDOKUのプリントアウトした紙の余白にボールペンで書き込んだメモを見ると、、"Eye on the Bay" ――1896 March――SUTRO BATHS――May Day Celebrations――lure of ruins in general――1965 close announced――1966 June 焼失。なんのこっちゃ(笑)。

SutroBathsandCliffHouse.jpg

Sutro Baths and the Cliff House via Wikipedia Commons <http://en.wikipedia.org/wiki/Image:SutroBathsandCliffHouse.jpg>

   例によって、訪れた人のブログを参照させていただきます。昨年11月23日に訪問した『トモエルさんの旅行ブログ』 の「サンフラへお出かけ-5 (クリフハウス) 」(2007.12.1) は、写真アルバムとともに、初代のクリフハウスは1863年だったこと、また、近所の Seal Rock はむかしはあふれるほどアザラシがいたけれど、いまはフィッシャーマンズワーフのピア39 に移っちゃったことなども語られています。そして、2006年3月に訪れた、『ROOM705』さんの「サンフランシスコおでかけ~スートロ・ディストリクト(Sutro district&Sutro bath)」(2006.3.19) 。「サンフランシスコの西の端の海は太平洋でそれは綺麗なものです。ここにはocean beach、sutro park、sutro bath、seal rock、cliff houseなど見所があります。日本のガイドブックにはあまり載っていないようですが、日本人以外の観光客は多く訪れているようです。」とのことです。やっぱりアザラシは最近はピア39に現われるそうでw。あと「トイレなどなし」だそうです(店にはあるのでしょうが)。

November 25 (Tuesday)

   その後まなんだ知識をなるたけ簡潔に書きます。と書きながらちょっと関係ないところからはじめると(w)、KPIXというのはMount Sutro (とツインピークスのあいだぐらいの丘)に立つSutro Tower から放送を発信しているのだけれど、もともとMount Parnassus といったこの山は、24代目のサンフランシスコ市長の Adolph Sutro を記念して改名されたもの。高さ909ft、約277mというから、すぐそばにある有名な、でも有名なテレビドラマとは無関係だが、Twin Peaks に並ぶ高さをもっている(細かい話だが、英語版のWikipedia の"Twin Peaks" は標高922ft としているが、北が904 ft. (275.5 m)南が910 ft. (277.5 m) みたい)。ただ、山はカリフォルニア州立大学サンフランシスコ校の土地ということもあり、かつ仮に頂上に登ったとしても景色は見えず、観光地とはなっていませんでしたが、それは、Sutro さんが山一帯をどんと大学へ寄贈したからなのでした(2004年に頂上の景観を整える "landscaping" が行なわれたみたい)。

   いちばん高いMount Davidson も含めて7つの高い山(丘)は "Seven Hills of San Francisco" と呼ばれます。"Seven Hills" というのはあちこちにある(Cf. "Seven Hills" - Wikipedia; "List of cities claimed to be built on seven hills" - Wikipedia) けれど、やっぱりローマの 「七つの丘」をなぞっているのだと思われます。Mount Sutro の前のパルナッサスはもちろんギリシアのほうで、文芸や学芸の連想が強いから、このへんの土地一帯を寄付したSutro さんの思いがあるのかもしれない。よくはわからない。が何がいいたいかというと、「丘のうえの町」というのはキリスト教的な理念としてもあるけれど、ギリシア・ローマの古典世界を幻視しかねないということです。もっとも既に17世紀植民地時代アメリカのキリスト教神学者Cotton Mather にしてから、旧約と新約の照応を説くタイポロジー(typology 予型論)に重ねて、古典古代とアメリカの現代のタイポロジカルな照応を論じるレトリックを発揮しているわけですけれど。もうひとつ何がいいたいかというと、メイポール、五月祭の話に即していえば、キリスト教と異教の古代がダブって、あるいは混淆して存在してきたというのが事実なのだと思われ。

  さて、Adolph Sutro (1830 - 98) はプルシア生まれで、技師としての教育を受けて、1850年にやっぱりゴールドラッシュの波に乗ってきたようのですが、やがてネヴァダ州で発見された銀鉱 Comstock Lode の水抜き、ガス抜きの事業に、カリフォルニアバンクからの資金を得てSutro Tunnel Company を設立してあたり、300万ドルを稼ぎます。さらに1879年にトンネルを売ってサンフランシスコに戻ってからは不動産事業を展開、さらに自分の土地に水族館などの施設をつくり人々に公開しはじめる。民衆の支持を得て、対抗する鉄道事業系(いわゆる タコ "octpus" と呼ばれた鉄道産業がたいへん力を持っていた時代です。SFだとSouthern Pacific Railroad の候補をおさえ、1895年1月から1897年まで2年間、サンフランシスコの市長も勤めます。市長になる前ぐらいと推定されますが、サンフランシスコの土地の12分の1を所有していたようです〔"California State Library - Adolph Sutro"〕。Sutro Baths については、1888年の計画発表以来、何度か建築の失敗や試行錯誤ののち、1896年にクリフハウスを建築すると同時に、六つ(その後7面)の巨大プール(海水と真水とあれこれヴァラエティーがあったよう)、コンサートホール、博物館などを複合した施設を完成します。サンフランシスコ市民はとくに日曜日に詰めかけてたいへん賑わうことになります(1897年のパンフを見ると毎日営業、朝7時から夜11時までオープン、だったようですけど)。入場料は安く、またここへ来るための鉄道を敷設したのですが、その鉄道も人気だったみたい。

Sutro_Tunnels.jpg

ネヴァダのスートロ・トンネルのトロッコ 

Sutro (Lyon County) Nevada: The Entrance to the Sutro Tunnel in the Late 1800's via Wikipedia Commons <http://en.wikipedia.org/wiki/Image:Sutro_Tunnel.jpg>  

  市長としては、政治的能力を実はあまり認められなかったようです(つうか能力がなかったようです)。1898年8月、68歳で逝去。莫大な遺産と土地所有だったのですが、Sutro が寄贈・遺贈したものも多く、法律的に錯綜・混乱していたようで、遺族は係争することになります。あとはテレビ番組の記憶で書きますが、死後も、Sutro の蒐集したモノをいれた博物館とともにSutro Baths の施設は存続しましたが、1906年のサンフランシスコ大地震で一度崩壊します。子供は売ろうとするけれど(1912年に$687,000、1919年には$410,000)、結局孫のAdolph G. Sutro が再建してトロピカルな装いに変える(ハワイアンじゃなくて密林系だったみたい)。さらにアイススケートやダンス、ピンポン、バスケットなどの施設を導入して冬の時代をすごします。1952年、経営不振から、孫のアドルフは、既に"Cliff House" と "Playland at the Beach" のオーナーであったGeorge Whitney に$250,000で売却。ホイットニーはプール施設を存続させることができずスケートリンクに転換。(モーリちゃんの父がテレビで聞いた話が正しければ、第二次大戦後に伝染病がはやって、Sutro Baths が閉鎖されるがスケートリンクとして存続する、というような話でした。)しかしまもなく不審な火事が起こって、Sutro Baths の施設は廃墟となります(Whitney の関係者が放火したのではないかとかいろいろ風説がとんだみたい)。開発の話がもちあがったこともあったようですが、1980年にNational Park Service が500万ドルで土地を購入して、Golden Gate National Recreation Area の一部にして今日に至っています。

   ごく初期のトマス・エジソンのサイレントの "short" 映画で "Sutro Baths" と題したのがあるようで、さがしていたのですが、一部は次のページの冒頭に、そして中途くらいにある(上から15, 6個めぐらいの項目で、No. 11)動画みたい―― "Sutro Baths" 〔Cliff House Project〕 <http://www.cliffhouseproject.com/environs/sutrobaths/sutro_baths.htm>。大きな写真やポスターなどがたくさんあって、楽しいだけでなく、いちばん全体像(少なくとも過去の像)がわかるかもしれないページです。*

  この動画は1897年というから、オープンの翌年ですね。

  忘れていました。テレビでは、解説のおじさんが、「初期にはMay Day Celebrations をこのなかでやったりしたんだ」とかなんとか言ったのです。それで、探しに探して、ようやく "sutro walkthrough small IV. swf" というスライドショー(なんとかフラッシュとかいうタイプの)のなかに見つかりました。

SutroBaths_MaypoleDance(1897)GeorgeWhitneyJr.Collection.JPG

  これはプールの2面をおおってステージを作り、観衆およそ9000人が入った、1897年のメイポール・ダンスの様子です。サンフランシスコの小学校の女子児童が白い服を着て演じています。2本立てちゃうところが・・・・・・やれやれ、ですがw、中央奥の高御座にお伴を従えて鎮座しているように見えるおかたは誰なのでしょうか。

   ところで、タイトルをストローのメイポールと読んでくださったかたはいるでしょうか。  

* 〔カリフォルニア時間26日午前4時40分(そねクジが日本時間9時からかと思って起きだした)追記〕  冒頭の7分のビデオは解説ドキュメンタリーでした。でもこれの1:43ぐらいからエディソンの "Train to Sutro Baths" という1902 年のショートが挿入されていて、上に書いた線路が映されています(3:20くらいからは1897年の"Sutro Baths" もマリンバのBGMつきでちょっと挿入)。その直前のナレーションは、男女同じ水着を着ることになっておりジェンダーの違いは問題とならずになんたら、とか言っていますね。水着は自前ではなくて、ここの提供するのを着ることになっており、男のも前ダレというかフリフリがついていた、というような(20世紀前半の)回想をどこかのページで読みましたけれど、そうか、ジェンダーフリー問題ですか。・・・・・・と冒頭のビデオを初めて見ながら灰色に色を変えて書き足して、アッと思い、注にせねばならんと思ったのは、4:48秒から、帽子をかぶったスカートの女の子と羽根をつけた妖精(女の子ですw)がふたりで踊っている映像があり、それもまた、"Thomas A. Edison 1897 / Sutro Baths" とクレジットされていました。おそらく、この白い女の子たちの映像(Sutro Baths No. 1 ではなくて、つづくもの)も、1897年のメイデーの祝祭の様子なのだと考えられます。ここまでくるとルネサンスフェアは目の前ですね(笑)。YouTube に公開されており、"high quality" に切り替えられるし画面が大きいので、わかりやすいようにはりつけときます。――

"Sutro Baths" (7:03) posted by "blueraised" on June 16, 2008

サンフランシスコの Academy of Art University 〔大学のHP: Academy of Art University: Built by Artists for Artists〕の Juli Lopez さんが今年5月に制作したミニドキュメンタリーです。

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reference urls:

CBS5-KPIX TV (HP: CBS5 - San Francisco Bay Area's source for news, weather, traffic and sports <http://cbs5.com/>)

"SUTRO LIBRARY" California State Libarary - Collections <http://www.library.ca.gov/collections/#sutro> 〔Sutro が蒐集した稀覯書のうち、1906年のサンフランシスコ大地震のときの火事で焼失しなかった分

"Sutro Baths - San Francisco - 1912" The Virtual Museum of the City of San Francisco  "'Pacific Service' Supplies the World's Largest Baths" <http://www.sfmuseum.net/hist2/baths.html> 〔ガス電気会社PG&E の専門家が P. G. & E Magazine (September 1912) というたぶん広報誌で語った工法的というか構造的あれこれ〕

"Adolph Sutro 1830-1898" <http://www.sfmuseum.net/sutro/bio.html > 〔上と同じヴァーチャルなんたらの伝記ページだが、Eugenia Kellog Holmes という女性による初期の小伝(Sutro が市長になるのを記念して出版された小冊子) Adolph Sutro: A Brief History of a Brilliant Life (1895) をイラスト付きでおさめる〕

"Sutro Baths - Western Neighborhoods Project - San Francisco History" <http://www.outsidelands.org/sutro_baths.php> 〔1897年のチラシ(プログラム)や、火災の写真など、資料がある。もっともプログラムは別のページにもあり <http://www.outsidelands.org/baths_program.php>〕

"Sutro Baths - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Sutro_Baths>

"Cliff House, San Francisco, California - VR Panoramas"  Virtual Guidebook to San Francisco, Don Bain's Virtual Guidebooks <http://virtualguidebooks.com/CentralCalif/SanFrancisco/CliffHouse/CliffHouse_TOC.html > 〔奇妙に古風な感じのする、360度写真アルバム。ポストペットをつまむみたいな感じでくるくるまわります。おお、でもポインターを最初に真ん中近くに置いてから端にドラッグして回すとすごい目が回る回転速度♪〕

"Cliff House - Wikipedia" <https://secure.wikimedia.org/wikipedia/en/wiki/Cliff_House> 〔クリフハウスの歴史と地理〕


付記 ついつい長々と書いてしまったのは、Mount Sutro というのは、4月にサンフランシスコに到着して2日目、居住場所を探して最初に訪れたアパートがあったのがこの山の麓で、もしかするとモーリちゃんは同じくこの山の反対側の麓のクラレンドン小学校に通っていたかもしれなかったのでした。4月7日、くるくると山の周囲をまわったのも懐かしく。


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December 5 アルバニの夕日 The Sunset in Albany [San Francisco]

December 05, 2008 (Friday)

    カリフォルニア時間2008年12月5日午後4時53分

Albany,CA, December5,2008_4.53pmDSC_0512.jpg
クリックでちょっと拡大

  陽が落ちるのがほんとうに早くなった。DST (Daylight Saving Time)のPDT (Pacific Daylight Time)――いわゆるサマータイム・・・・・・ほんとアメリカって略語が好きですよねー―― がなくなって1時間日本と時差が縮まったせいもあるけれど、それにしても夏には夜8時すぎても明るかったのに。
  もっとも夏がいつからいつまでかわからず。先月の後半に暑い日が続いて、あ、こゆうのをインディアンサマーっていうのかしら、とモーリちゃんの母は言い、そしてそうかもしらんとは思ったが、まだずっと夏なんじゃないの、という気持ちもあり。
  しかし、いつまでも夏休みの気分でもいかんという気分にこのごろなってもおり。だから、これは「冬のアルバニの夕日」と名付けようと思ったのですが、もしかすると年が明けてからどっと冬になるかもしれないので、キープしておきます(なにをじゃ)。
  毎度ですが、真ん中下のちょっと左に見えるのはサンフランシスコのゴールデンゲートブリッジです。そうするとこれはサンフランシスコの夕日と呼んだほうがよいのでしょうか。夕日は西の彼方に沈むのですが、雲はどのへんにあるのだろう。夕日もたしか蜃気楼や逃げ水と同じ構図でしたっけ(中学校時代の記憶)。ふだんならネットで調べるかもしれませんが、知ればいいというものではないですよね。求めない(爆)。
  モーリちゃんのうちから海(サンフランシスコ湾*)まで3、400メートルらしいのですが、モーリちゃんたちの部屋は3rd floor にあります(4階なのか3階なのかわからずw)。そして、もうちょっと時間がたって5時20分前後になると、海がちょっとした鏡みたいになって手前側一面がホワイトオレンジ(そういう色があるなら)になる時がある(日がある)。反射角と入射角(同じだよ)。

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* 下の地図の左上の⊟(マイナス記号)を4回ぐらいプシュすると、サンフランシスコの金門橋のあたりまで広がります。上の写真の方向は、道路番号の80番のサインから、サンフランシスコの北の、金門橋を渡ったSausalito の1へ向って線(line、 というよりray)を引いた感じです(たぶん)。


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August 25 カルマは気まぐれ Book Passage [San Francisco]

August 25, 2008 (Monday)

   この日、サンフランシスコに用事のあるひとにクルマに乗せてもらって、植物園の入口でおろしてもらった。あいにく雨が降ってきたし、モーリちゃんの母は疲れたというので、それほど園内は歩きまわらず、バスに乗ってエンバーカデロまで出て、ファイナンシャル・ディストリクトの先のFerry Building という比較的新しい商業ビルにむかった。この場所についての詳しい情報は窓@バークレーさんの「フェリービルディング@エンバーカデロ 」(December 5, 2008)にゆずります。

   で、海側に面したほうに本屋が1軒入っていて、店の中で新刊書に混じって新古書と、あとワゴンで店の前と店の横のビル内の入口の前で古本を売っていた。

Karma_August25,2008SanFrancisco.jpg

  このアクリル板に入った広告の主旨は、(1) 「ホスピス・バイ・ザ・ベイ」がこの古本の売上げで恩恵を得ています、(2) ホスピスに本を寄付したい人はどうかブック・パッセージ(これが本屋の名前でした)に持ってきてください、ということなのだが、「支払いは中に入ってブック・パッセージで」に続いてカッコに入っている部分が自ずと脳裏に刻まれたことでした――

(Taking Hospice books without paying for them is really bad for your karma.) 〔ホスピスの本をお金を支払わずに持っていくのは、あなたのカルマにほんとうに悪いです〕

  カリフォルニアに、というかアメリカにカルマの概念を最初に広く伝えたのは神智学協会かもしれないのだが、この日自分が買った本は。女性神秘家たちについて書かれた本と『カウボーイを殺せ』という物騒なタイトルの本なのであった(どちらも今どこかに埋もれて見つからない)。

  あ、はい。それだけです。


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