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June 7 おちゃめなあたしもブルーになるわ (瞳のささやき) Don't It Make My Brown Eyes Blue [歌・詩]

June 07, 2008 (Saturday)

 前から歌詞の英語が気になっていた曲を調べてみたシリーズの1

 Crystal Gayle (1951 - ), "Dont It Make My Brown Eyes Blue" (1977). Loretta Lynn の妹としてカントリーで出発したクリスタル・ゲイルが、ジャズ色を入れたバラッドでcross over の流れに乗った曲。最優秀女性カントリーヴォーカルで翌年にGrammy 賞を受賞。実は彼女は姉が書いた "Ive Cried (The Blues Right Out of My Eye)" という曲(1970: LP Ive Cried the Blue Right Out of My Eyes に入れられたのは1978年、それに先行してシングル盤再発売)でしたが、歌詞的に響き合うところがあるように思えます(下の1979年の雑誌にも、混乱が起こったみたいなことが書かれています。LPのタイトルがまた微妙に違いますし)。が、この曲の作詞は Richard Leigh で、その飼い犬の目(片側が茶で片側が青)にヒントを得たというエピソードが伝わっています。

CrystalGale_countrymusicjuly78cover200.jpgCountry Music (July 1978)CrystalGayleIveCriedtheBlueRightOutofMyEyes(1978).jpg(1978)

 

CrystalGale_CountryMusicPeople_April1979.jpgCountry Music People (April 1979)CrystalGayle_hitominosasayaki.jpeg

この曲です―― 

Crystal Gayle, "Dont It Make My Brown Eyes Blue" (1978) You Tube

Crystal Gayle, "Dont It Make My Brown Eyes Blue (HQ Audio) You Tube

[2010.12.6 追記 リンクが切れてるので、更新します。1.  2.(フランスのテレビ出演版)]

  日本では、オランダの女の子バンドCenterfold のメンバーだったLaura Fygi の1991年のソロデビューアルバムにおさめられたのが翌1992年に秋吉久美子主演のテレビドラマ『さよならをもう一度』で使われてヒットしました。――

Laura Fygi, "Dont It Make My Brown Eyes Blue" (1991) You Tube

参照用に原詞を行番号を付けてはっときます。――

 

“Don’t It Make My Brown Eyes Blue”

Don’t know when Ive been so blue         1
Don’t know what’s come over you
You’ve found someone new
And don’t it make my brown eyes blue

I’ll be fine when you
re gone              5
I’ll just cry all night long
Say it isn’t true
And don’t it make my brown eyes blue

Tell me no secrets, tell me some lies
Give me no reasons, give me alibis        10
Tell me you love me and don’t let me cry
Say anything but don’t say goodbye

I didn’t mean to treat you bad
Didn’t know just what I had
But honey now I do                     15
And don’t it make my brown eyes
Don’t it make my brown eyes
Don’t it make my brown eyes blue

 

 

   さて、上の YouTube の2つめのビデオタイトルはまちがって "Dont Make My Brown Eyes Blue" と書かれてますが、別のビデオで "it" があるって知らなかった、みたいなアメリカ人のコメントを読んだことがあります。この曲は否定と命令を中心に反復が多い(たとえば第3連は4つの行に8つの命令があって、12行目と13行目は否定のdont の命令が反復される)のと、男にフラレた(かフラレそうな)女の(男に対する)涙の訴えみたいな気分とで、そういう思い違いが生じるのではないかと考えられます。今回調べてみて、この"Don't It" についていちばん明確に説明がされていたのは「"Dont It Make My Brown Eyes Blue" 中の"It"って? - 教えて!goo」のやりとりで、"Doesn't it . . . ?" のくだけた表現だが、疑問というより "It makes my brown eyes blue." というのと同じで、it は特に何かを指すのではない「状況のit」(とは回答にはないけれど、まあそういうことです)。あと、訳詞もしているThose Were the Days なつめろ歌謡」のページも指摘してます。

  さらに訳詞を探すと完訳が3つは見つかりました。Laura Fygiのアルバムは訳詞がついているのだそうですが、参照できませんでした。いずれも解釈が加わったこだわりの訳で、勉強になりました。改行をスラッシュで詰め、リフレイン部分は一部カットして引用します。

訳詞A 「どうしてこんな憂鬱な気持ちにならなければいけないの/貴男に何が起こったのか,私にはわからないけれど/誰かまたいい人をみつけたんでしょ/私のブラウンの瞳をこんな憂鬱な色に染めないで欲しいのに貴男が去ってしまえば,私は元気になると思うのでも今はただ一晩中泣き明かすことしかできないみたいそんな噂は嘘だと言って私の瞳を憂鬱で染めないで隠し事はないと言って。何も嘘はついていないよと言い訳なんか言わなくていい。アリバイもいらない。ただ私を愛していると言って,これ以上悲しい思いをさせないで何か私に言葉をかけて,それが「さよなら」以外なら,何でもいいから。貴男をそでにしたことは無かったわ。そんなことは一度だってなかったでも貴男,今はそうさせて欲しいのそして私のブラウンの瞳を憂鬱な色に染めるのは止めて欲しいの私の瞳を,お願いだから,私の瞳をこの瞳を憂鬱に染めないで。」 (訳詞:deacon_blue [deaconblue] さん)

訳詞B 「私がずっとどれほどしょげていたかあなたは知らなくていいのあなたに何が起こったのかわからなくていいの新しい誰かを見つけて私の茶色の瞳を悲しみの色に染めないであなたが帰る時私は元気そうにしてるけどその後一晩中泣いているのねぇ、嘘だと言って私の茶色の瞳を悲しみの色に染めないで私に秘密を打ち明けないで私に嘘をついて理由なんてどうでもいいわ生きてる意味がほしいの愛していると言って私を泣かせないでどんなことを言ってもいいけれどサヨナラだけは言わないで…あなたに辛い思いをさせるつもりはなかったの私は自分がよくわかっていなかっただけど、ハニィ 今なら…だから私の茶色の瞳を私の茶色の瞳を私の茶色の瞳を悲しみの色に染めないで私の茶色の瞳を私の茶色の瞳を私の茶色の瞳を悲しみの色に染めないで」(訳詞:ださいおさむ さん)

訳詞C  「こんなブルーな気になったのはいつ[の]ことかしら/何があなたに起きたのかわからない/誰か新しい人ができたのね/それじゃ私の黒い瞳はブルーになるじゃない?あなたがいなくなっても私は大丈夫ただ一晩中泣けばいいからウソだって言ってほしいそれじゃ私の黒い瞳はブルーになるじゃない?秘密は黙っていて 適当にウソを言って理由なんか聞きたくない アリバイがあるんでしょ愛しているって言って 私を泣かせないで何か言って でもさよならはダメ冷たくする気はなかったの私に大切な人がいるってわからなかったでも今はわかっているこれじゃ私の黒い瞳はブルーになるじゃない?これじゃ私の黒い瞳はブルーになるじゃない?これじゃ私の黒い瞳はブルーになるじゃない?」 (訳詞:HideS さん)

訳詞C’  「いつこんなに落ち込んだことがあるかしら/何があなたに起きたのかわからない/誰か新しい人ができたのね /それじゃ私の黒い瞳はブルーになるじゃない?」

 

興味深いのは、この男女の関係がどういうふうに壊れたかについての「感じ方」です。そこのところはもとの英語を読んでもよくわからないところなので、よけいに興味深いです。AとBはタイトルの文を「ブルーにしないで」と男への訴えととっているので、その分男を責める気持ちが他のところにも出ているように思われます。たとえば、「誰かまたいい人を見つけたんでしょ」とか「どんなことを言ってもいいけれど」とか・・・・・・浮気男に想定されいますし、それに耐える女という構図。まあ、モーリちゃんの父もそういう世界はよくわからんのですが、注解をつけて英語の勉強をしましょー。

   1行目と2行目の主語は "I" ですが、省略されています。そして、そのことにより、タイトルと響き合い、特に1行目の "Dont know when Ive been so blue” はタイトルの "Dont It Make My Brown Eyes Blue" と最初 (Don't) と最後 (blue) が重なっています(長さも同じ)。ここで Blue の意味がほとんど明示的にあかされます(つまり「ブルー=憂鬱」という意味)し、さらに eye = I という地口 (pun) さえ設定されているように思えます(下にあげた「みりぃ's English web メモ:悩ます歌詞」のレスでKopyKatさんが "ambiguity: Definition, Synonyms and Much More from Answers.com" というページを紹介して、そのなかのWikipediaからの引用ページが「曖昧」の文学的適用に関して、" Songs and poetry often rely on ambiguous words for artistic effect, as in the song title “Don’t It Make My Brown Eyes Blue” (where “blue” can refer to the color, or to sadness)." とこの歌のタイトルを引き合いに出しているのですが、まあ、曖昧というか、実際に目の色が変わらないんだからタトエ、比喩に決まってるだろ、という気もしますが)。2行目の "whats" は what has です。cover over というイディオムは(ある感情・気分が)人を支配する、訪れる、襲う。『ジーニアス英和辞典』の記述だと、「〈強い感情が〉〈人〉を襲う,・・・のみにふりかかる ¶What ever has come over him? いったい彼はどうしたのかしら≪◆態度が急に変った場合にいう≫」とある、それです。でもこの話者の女がヘンなのは、そう言ってすぐに 3行目で ”Youve found someone new" と事実を述べるところ。だから、心変わりの理由だってわかっているのではないか・・・・・・。

  第2連でも話者の女の子のコトバは振幅します。5行目で、あなたがいなくなっても平気、と言い、6行目で、一晩泣き明かすだけだから、と言って強がりだとわかるにしても、7行目では 「ほんとじゃないって言ってよ」とほとんど哀願する。

  第3連は先に書いたように8個の命令法が並んでいますが、9行目 "Tell me no secrets" (秘密は話さないで)、"tell me lies"〈嘘を話して)、とは、「秘密」が「わたし」にとってはこわい真実だからです。10行目も同様に、"reasons"「理由」は真実で、 "alibis" (ここでは探偵小説的「アリバイ」ではなくて informal な意味の「口実」「言い訳」にとりたい)は真実をとりつくろった「嘘」と同じもの、こわい真実には触れないものだからです。この第3連はゆったりした曲の中でここだけ盛り上がる箇所なわけですけど、11と12行目が女性の気持ちが最もすなおにトロされているとろろいやところでしょう。11行目の"Tell me you love me and don’t let me cry" の後半、「泣かさないで」はタイトルの目にかかわるところです。そしてこの2行で否定の命令形の "don't" が、いわばすなおに男に向かって、あらわれていることを注意したい。第1連は u: 音が行末で繰り返されていましたが、この連ではaabbの脚韻です。

  第4連が、よくわからんところです。16行目の "And" 以降の繰り返しに "dont" が繰り返されるのは当然ですが、そこまでの13-15の各行に "do" の活用が用いられているところがわざとらしいです(前の連で命令形が繰り返されたのと同様の、反復)し、14行 "Didn’t know just what I had" の"bad" と韻を踏ませている "had" がちょっとわかりにくく、15行の "But honey now I do" の"do" も何を指しているのかわかりにくいかもしれません。結論的には HideS さんと同意見で、"what I had" は、つまり「あなた(という大事な人)」のこと、 "I do" の do = know (what I had) ととります。それにしても13行目で "I didnt mean to treat you bad" (bad = (adv.) badly) と言ってこの2行があるのだから、 女は男を treat bad したのでしょう(そういうつもりがなくてもそうしてしまったという自覚が少なくとも今はある)。とすれば、男が他の女の子のところにいってしまったのは、「私」が男のことを大事にしないで冷たくしたからだ、ということになるのではないでしょうか。ともかく、このおなごのコトバはおおむねストレートじゃなくて、すなおじゃなくて、すなおじゃないから別れることになったのかもしれないけれど、最後に、サヨナラは言わないで、愛してるって言って、って気持ちを一部分でしかだせなくて、訴えも2人称ではなくて3人称のit を主語にした疑問になるし、「私」も私目、いや、目に移し替えられてしまうのでした。だからやっぱり第3連ですなおに真情を訴えているところがヤマなんですね、やーまー。

  では、試訳をのっけてお別れしましょう。

 

  お茶目なわたしもブルーになるわ

こんなにブルーになってるのってわかんない
なにがあなたにあったかなんてわかんない
新しい彼女ができたんだって
お茶目なわたしも真っ青だわよ

あなたが離れていっちゃってもわたしは平気よ
一晩泣き明かすだけだし……
ねえ、ホントじゃないっていってよ
お茶目なわたしもブルーだわよ

秘密ははなさないで、ウソをはなして
理由はかたらないで、言い訳をかたって
愛してるっていって、泣かさないで
何かいって、でもサヨナラはいわないで

冷たくしてるつもりなんかなかった
わたしのあなたが大切だって自分でわからなかった
でも、いまわかる
お茶目なわたしもブルーになるわ
わたしのお茶目もブルーになるわ
私目も目茶目茶ブルーになるわよ

(brown eye にお茶目の含意はあるか? そんなものはないです(笑))

 

日曜日の昼(カリフォルニア時間)に追記です。

その後あれこれとクリスタル・ゲイルのビデオを見て思ったのですが、だんだん歌い方が感情を込めるようになっていったのがわかりました(ある意味演歌的な発展)。詩というのは歌の相手(あなた)が仮想的に目の前にいるかのように語りかけるのが約束ですから、やっぱり目が口ほどにものを言っているということを口で語っているんですかね。だから3人称云々というのはちょっと修正します。

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reference URLs:

“Crystal Gale – Don’t It Make My Brown Eyes Blue – On Stage” <http://www.veoh.com/videos/v89007658SRmWfd> Online Video Network veoh video

"[gayle crystal] dont it make my brown eyes blue (chords)" <http://www.scribd.com/doc/110167/gayle-crystal-dont-it-make-my-brown-eyes-blue-chords> 〔Adam Schneider さんのつくったコード付き歌詞〕

"Don’t It Make My Brown Eyes Blue by Crystal Gale Songfacts" <http://www.songfacts.com/detail.php?id=1795>〔ちょっとまちがったところもあるエピソード集〕

「瞳のささやき ~Don't It Make My Brown Eyes Blue」 by クリスタル・ゲイル Reason To Live」 <http://hanimaru.blog1.fc2.com/blog-entry-236.html> 〔ださいおさむ さんの「主に'70~'80年代のポップスから選りすぐった愛の歌を、オレ流に日本語に翻訳」するblog ページ。2007.10.27〕

「Musically_Adrift 「Don't it make my brown eyes blue (瞳のささやき)」 (Crystal Gale 1977 年)」 <http://deaconblue.blog38.fc2.com/blog-entry-160.html> 〔deaconblue さんの洋楽歌詞対訳 2006.10(?)〕 ; 「☆RETURNS 「Don't it make my brown eyes blue (瞳のささやき)」 (Crystal Gale 1977年)」 <http://deaconblue.blog.so-net.ne.jp/2006-04-15>deacon_blue さんのMusically_Adrift (archive)  2006.10(?)の訳詞にビデオ付き。 2007.9.11

「瞳のささやき (クリスタル・ゲイル)歌詞・訳詞など」<http://www.eigo21.com/03/pops/96.htm> 〔「Those Were the Days なつめろ歌謡」のページ(96番)。「この it と don't の組み合わせは学校だったらご法度で doesn't にしなくてはいけません。 が実際の英語の世界では一般的であるようで検索すると〔……〕」と「疑問詞 when と現在完了はいっしょにはいけないと学校では教わります」という非文法ならびにホームページについてのうんちく、それと別ページで原詞と訳詞

「Crystal Gayle | Don't It Make My Brown Eyes Blue 叙情詩」 <http://www.lyricsfreak.com/c/crystal+gayle/jpn:dont+it+make+my+brown+eyes+blue_20185976.html> 〔機械翻訳だと思われ。叙情詩= lyrics. 「しかし蜂蜜今私は そしてそれは私の茶色の目を作らない それは私の茶色の目を作らない それは私の茶色の目を青くさせない 」みたいな超訳です。いとお歌詞。〕

「みりぃ's English web メモ:悩ます歌詞」 <http://209.85.173.104/search?q=cache:fVT8NddX2BsJ:blog.livedoor.jp/serenhdipper/archives/50305625.html+%E7%9E%B3%E3%81%AE%E3%81%95%E3%81%95%E3%82%84%E3%81%8D%E3%80%80%E8%A9%9E&hl=ja&ct=clnk&cd=22&gl=jp&lr=lang_ja&client=firefox-a> 〔元気なみりぃさんのブログでの応答 2005.12.6〕

"Don't It Make My Brown Eyes Blue" 中の"It"って? - 教えて!goo」 <http://oshiete1.goo.ne.jp/qa536381.html> 〔It に対するCrackerBoxさんの疑問とそれに対するloungecatsさんとGanbatteruyoさんの回答 2003.5.1〕

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Crystal Gayle.com <http://www.crystalgayle.com/> 〔オフィシャル・ホームページ〕

Hitoshi さんの紹介ページ)<http://www5.kcn.ne.jp/~ishino/crystalgayle/crystalgayle.html> 〔公式HPの許可を得ている、くわしい伝記と写真と歌詞〕

"Crystal Gayle: Les pages d'un Fan Francais  <http://www.crystalgayle.fr/> 〔フランスのファンのページ。リンク・資料がハンパじゃないです〕

「ゲイルの探し物コーナー」 <http://www1.kcn.ne.jp/~snake/bigsnake/sagas-cg.html> 〔ロン毛にこだわったビデオ自慢のSNAKEHEART さんの愛情深い泣ける記録〕

“Don’t it make my brown eyes blue. . .” <http://www.newscientist.com/article/mg15420840.300-dont-it-make-my-brown-eyes-blue.html> 〔幼児の目の色は変わるということは知られていたが、成人の目の色も変わりうるという新しい研究についてのNew Scientist 誌の記事紹介、31 May 1997

“Neuroscientifically Challenged: Don’t it Make My Brown Eyes Blue” <http://neuroscientificallychallenged.blogspot.com/2008/02/dont-it-make-my-brown-eyes-blue.html> 〔今年21日のneuroscience blog記事〕

「BLUE NOTE: LAURA FYGI」 <http://209.85.173.104/search?q=cache:AccHEg10BCYJ:www.bluenote.co.jp/jp/schedule/detail.php%3Fid%3D123+%E7%9E%B3%E3%81%AE%E3%81%95%E3%81%95%E3%82%84%E3%81%8D%E3%80%80%E8%A9%9E&hl=ja&ct=clnk&cd=6&gl=jp&lr=lang_ja&client=firefox-a> 〔ローラ・フィジが11年ぶりに日本で公演することを伝える今年1月の記事〕

"Laura Fygi | Universal Music" <http://www.laurafygi.nl/> 〔HP〕

"YouTube - Crystal Gayle TV special+photo in new york" (8'36)

"YouTube - crystal gayle early show in UK part 1" 〔(9'44) 髪の毛はおしりくらいまでしかない。上のフランスのcrystalfrenchfanさんの投稿〕

"YouTube - Crystal Gayle - Don't it make my borwn eyes blue" 〔(3'24) ひざ丈。同上〕

"YouTube - Crystal Gayle - Don't it make my brown eyes blue" 〔(2'53) 少人数バンドをバックに少しスローテンポで。同上〕

"YouTube - Crystal Gayle - Cry me a river" 〔(3'09) おねえさんのLoretta は"torch song" を歌わせたら妹が一番と語ったけど、ジャズのスタンダードでもある トーチソング(失恋や片思いの歌― "carry a torch" というイディオムからきてます)"Cry Me a River" を歌うクリスタル・ゲイル。この歌もやっぱり同じような "don't it" があって、内容も通じるところがありますね。同上投稿〕 <http://www.youtube.com/watch?v=7-I_kJiZU-s>

"YouTube - Crystal Gayle Interview Nobody's Angel" 〔アルバムNobody's Angel を出した直後みたいなので、1988年でしょうか。2人の子供のことも語っています。床丈。同上〕

"YouTube - crystal gayle at wembley festival part 5" 〔(6'26) ロンドンのWembley Festival of Country Music のたぶん1986年?の映像。床丈。同上〕part 4

YouTube - Crystal Gayle & Ralph Emery 'Hair questions' " 〔Ralph Emery Show で観客の質問を受ける〕

"YouTube - Someday Soon" 〔(3'20) ふたつ上と同じステージ。"He's ridin' in tonight from California♪" カントリーっぽいです〕

"YouTube - Crystal Gayle interview 'Don't it make my brown eyes blue' " 〔作詞家のLeigh の片目がブルーで片目がブラウンの犬のエピソードを語っていますね〕

YouTube - CrystalGayle - Don't it make my brown eyes blue" 〔ここでもかたっている・・・〕

"YouTube - crystal gayle ' richard leigh 'don't it make my brown eyes' " 〔作詞家Leigh 自身も語ってました。なんかテレビのまとめ的紹介インタヴュー。クリスタルのクリスタル・ショップって・・・〕

 


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June 22 おおカリフォルニア!(1) おおスザンナ! (1) Oh! California Oh! Susanna [歌・詩]

June 22, 2008 (Sunday)

  朝がたは「マイ・ボニー」について書こうと思っていたのだけれど、どれもこれもだれもかれもボニーは Bonnie Prince Charlie として知られるCharles Edward Stuartだと主張する(1, 2, 3, 4) のにちょっと嫌気がさして、だけどそのなかで前にも見たことのある「世界の民謡・童謡 WORLDFOLKSONG.COM」のページでフォスターについて詳しそうに書いているのが目に留まったので、前から保留になっていた「おおカリフォルニア」の替え歌の話を書こうかな、と思ったのだけれど、「おおスザンナ」の記述がとても気になったので、本歌のほうを探ることにした。2の三宅先生も「おおスザンナ」をとりあげているので、ふたつ最初に並べておきます。

  三宅教授とみんなでえいごうた Oh, Susanna おースザンナ 作詞・作曲:S.フォスター/訳詞:三宅忠明

  世界の民謡・童謡 おおスザンナ歌詞と解説 日本語訳MIDI フォスター特集

   訳詞をする余裕はないので、原詩を掲げておきます。と、ここで既にはた、と困ってしまうのは、現在歌われている詞と英語がちょっと違うからですが、三宅先生のは・・・わーすごい朗読。あ、歌詞も掲げてますが、どの版か不明(こんなになまって歌われてはいないはず 笑)。Wikipedia を信用すれば、だいたいこんな感じ(筆者もmore or less こんなだ、という書き方ですが)。

Oh I come from Alabama with a banjo on my knee,
I'm going to Louisiana, my true love for to see
It rained all night the day I left, the weather it was dry
The sun so hot I froze to death; Susanna, don't you cry.
Oh, Susanna, don't you cry for me
For I come from Alabama,
With my banjo on my knee.
I had a dream the other night when everything was still,
I thought I saw Susanna coming up the hill,
The buckwheat cake was in her mouth, the tear was in her eye,
I said I'm coming from Dixieland, Susanna don't you cry.
I soon will be in New Orleans
And then I'll look around
And when I find my gal Susanne [sic スザンヌかよ笑],
I'll fall upon the ground.

 そして、「歌詞は1848年当時のオリジナル版に[を]忠実に掲載しています」として世界の民謡・童謡で引かれているオリジナル・ヴァージョンは1848年の夏にPeters という、フォスターから(たった、と後世において言われますが)100ドルでこの曲を買うことになる楽譜出版社から出されたのがとられていますけど、1848年5月(?)にNew York でHolt というところから出版されている海賊版のほうを敢えて引いておきます(そのへんの事情をさぐるのが今回の話です)。

Oh! Susanna

I came from Alabama wid my banjo on my knee,
I'm g'wan to Lousiana My true love for to see,
It rain'd all night the day I left, The weather it was dry,
The sun so hot I frose to death; Susanna, dont you cry.
Oh! Susanna, Oh! dont you cry for me,
I've come from Alabama, wid my banjo on my knee.


I jumped aboard de telegraph,
And trabbelled down de riber,
De Lectric fluid magnified,
And killed five hundred Nigger
De bullgine bust, de horse run off,
I realy thought I'd die;
I shut my eyes to hold my breath,
Susanna dont you cry.
Oh! Susanna - etc.

I had a dream de odder night
When ebery ting was still;
I thought I saw Susanna,
A coming down de hill.
The buckwheat cake war in her mouth,
The tear was in her eye,
Says I'm coming from de South,
Susanna dont you cry.
Oh! Susanna - etc.

I soon will be in New Orleans,
And den I'll look all round,
And when I find Susanna,
I'll fall upon the ground.
But if I do not find her,
Dis darkie 'l surely die,
And when I'm dead and buried,
Susanna, dont you cry.
Oh! Susanna - etc,

   ちなみにWikipedia はPeters版じゃなくてHolt版に従っているように書いていますけど、だいぶ英語の細部が違うし、どう考えても写しまちがいと思われる個所もあります。

  フォスターの初期の歌曲は、いわゆるミンストレル・ショーで〔この日本語版は英語版Wikipediaの訳でよくわからないところがあります〕歌われることを 想定してつくられていますから、黒人のキャラの声になっています。三宅先生は「3番のthis darkey を『黒いぼく』と訳しましたが、フォスターはアフリカ系住民(黒人)になりきって多くの歌を書きました」と書いていますが、ミンストレル・ショーは白人が黒人になって芝居をするのが一般的でしたから、正確に言うとワンクッションありえます。ミンストレル・ショーの黒人差別が問題化されると同時にフォスターの差別的な歌詞が問題にされたわけですけど(このへんは2番の歌詞が典型的)、フォスター自身は次第に変化していったとも考えられています。

At first, Foster wrote ballads and dances for parlor singers and pianists as well as minstrel songs, often referred to as "Ethiopian" songs, for professional theatrical performers. The minstrel songs, like the ballads, had simple melodies and accompaniments, but their texts, written in dialect, depicted African-American slaves as simple, good-natured creatures. Some of his earliest minstrel texts even had crude caricatures and terms, i.e. "Away Down Souf" (1848) and one verse that was later deleted form "Oh! Susanna."

But as Foster grew more ambivalent about the earlier "Ethiopian" songs, he began offering a different image, that of the black as a human being experiencing pain, love, joy, even nostalgia. "Nelly Was a Lady" (1849) is an eloquent lament of a slave for his loved one who has died, apparently the first song written by a white composer for the white audience of the minstrel shows that portrays a black man and woman as loving husband and wife, and insists on calling the woman a "lady," which was a term reserved for well-born white women.  〔"Stephen Collins Foster," The Center for American Music

   まあ、この記事はフォスター記念の アメリカ音楽センターものなので、ちょっとひいき目に見ている感じは否めませんが。ともかく、一般論として、ミンストレルででてくる滑稽なキャラと詞ががっちする必要がむしろあったわけで、「凍えそうなほど太陽が熱かった」とかはナンセンスですし、「500人おっちんだ」とかはホラですし、夢とはいえスザンナが涙を流しながらでも口にはパンをくわえているというのは滑稽です。しかし、PC的なことを言えば、Nigger がだめならdarkie もだめということになると思いますが、三宅先生(リーダーズ英和辞典はdarky, darkey, darkie を 《俗》[derog[atory]]としています)。

   さて、「世界の民謡・童謡」の解説の一節に次のような部分があります。――

オリジナルは3番まで。ただ同然で仕入れた出版社は大儲け!

 シンシナティのピータース出版(W.C. Peters & Co., Cincinnati, 1848)から1848年に出版されたオリジナルの楽譜によれば、歌詞は3番までで、タイトルも単に「スザンナ(Susanna)」となっている。たまに4番目の歌詞が掲載されているのを見かけるが、誰が作詞したのかは明らかではない。

 なお、「おおスザンナ」は作曲者自身(フォスター)がタダ同然の扱いで出版社に曲を提供してしまったせいか、数年間で様々な出版社から様々なバージョンのものが相次いで(断りなく)出版されたようで、しかもフォスター自身は最初のピータース出版社からの100ドルしか手にしていないとされている。もしフォスターがこの曲でそれなりの収入を獲得していたら、その後の生活も余裕ができ、もっと長生きして良い作品がたくさん生まれていたのではないかと思うと残念でならない。

  そして、3番と4番の歌詞のあいだに「注:上の歌詞はLouisville, KY: W. C. Peters, 1848版を掲載。/以下は後に付け加えられたとされる4番の歌詞。」 という2行をはさんでいます。これを書いている途中で見つけた、藤井宏行さんの、注釈つきのていねいな訳詞のページでも「オリジナルは上に載せた3連だったようですが、のちに作者は不詳ですが最後にもう1連追加されます。津川訳でも「もしスザンナに会えなければ 生きてるつもりは少しもない」というフレーズで印象的だったところですが英語の原詞ではこんな感じです。」と注記して4番を付け加えています。マジかよ、ヘンだな、というのがモーリちゃんの父の感覚でした。

  The Center for American Music のFoster 関係のWeb資料には詳細な "Foster Chronology" があって、そこから拾いながら他からの情報もつけくわえると、以下のような経過になると思います。

1846年11月以降翌年夏までのCincinnati滞在中に創作 ["While in Cincinnati he wrote 'Oh,Susanna'...." (Morrison Foster, "My Brother Stephen" 35)]

1847年9月にフォスターの曲が演じられるのですけど、copyright問題とかで興味深いので原文をはりつけときます。――

Aug. 31 Pittsburgh Daily Commercial Journal runs ad for silver cup prize on Sept. 6 for author of words to an Ethiopian Melody or Extravaganza at Andrew's Eagle Ice Cream Saloon (EFM 311f), to be performed by "The Vocalists" (Mrs. Phillips, Miss Bruce, Mrs. Sharpe, Mr. Kneass, Mr. Holman) (EFM 313). "While he was in Cincinnati...he sent to me at my suggestion a song called 'Way Down South Whar de Corn Grows,' to be entered for a prize...." (Morrison Foster, "My Brother Stephen" 37)

Sept. 6 SCF's "Away Down South" submitted in "Negro song contest" and sung by Nelson Kneass who accompanied himself at the piano, and who was musician and manager at Andrews Ice Cream Saloon, next day Kneass and George Holman try to copyright it at court of Judge Thomas Irwin, U.S. District Judge, where Morrison "had just previously taken a copyright" (WA 11) (EFM 310ff); Holman's "The Old Iron City" wins the prize (EFM 312f)

Sept. 7 Morrison Foster ("My Brother Stephen" 37) says that the next day after the performance, he "was in the United States Court taking out a copyright for Stephen's song" ["Way Down South Whar de Corn Grows"] when "one of the troupe who had sung it appeared and asked for a copyright in his own name for the very same song. I informed Judge Irwin of the fraud...." [does any record of such a copyright exist?]

 

1847年9月11日 Andrews Ice Cream Saloon で行なわれた "minstrel song contest"[1] で Nelson Kneass による演目として初演。研究者の推測では、この夏にKneeass の歌手たちに楽譜の複数の写しが渡されただろうと。

1848年2月25日 New York の C. Holt, Jr . による "Oh! Susanna" の copyright のdeposit (ちょっと意味不明なのです)。Christy Minstrels のものとして著作権の申請があったということかしら。("Susanna" deposited for copyright by C. Holt, Jr., New York ...; attributed to Christy Minstrels)

1848年5月? New York の C. Holt, Jr. が"Oh! Susanna" の楽譜を出版。

1848年7月の後半 Louisiville のW. C. Peters による "Susanna" の出版。

1848年9月6日 "recently published" としてW. C. Peters が Louisville Daily Democrat 紙に "Susanna" の広告。

1848年12月30日 "Susanna" がW. C. Peters のcopyright 下に入る。Peters はFoster に100ドルを支払う。

1849年 ?月 Firth, Pond が Henri Herz の編曲版の楽譜を出版。

1849年5月25日 Cincinnati のFoster からNew York の出版社William Millet 宛ての手紙で "Oh, Susanna" が言及される。

1849年 12月?  作家Bayard Taylor がPanama とCalifornia で "Susanna" を耳にしたと報告。

以下略

  英語版のWikipedia には "Oh! Susanna" の項目があって、兄のMorrisonの友人だった blackface の道化役者Dan Riceの影響を受け、また"Ethiopian songs" (Ethiopian は黒人の、という意味です)の流行を看取したフォスターが1847年に "Away Down Souf [Southの誤綴り]" につづけてコンテストで出したのが "Susanna" で、"A new song, never before given to the public" と宣伝されたと説明します。そして、地元の音楽出版社Peters と、New Yorkの出版社のことが書かれています。

A local music store, Peters & Field bought the song for $100, but before they could publish it, it was pirated by a New York publisher who printed it with the name of E. P. Christy as author. Christy's Minstrels were rapidly becoming the most popular group in the Bowery theater district of Manhattan, and were to be the chief performers of Foster's minstrel songs in the 1850s.

Probably by fortuitous coincidence rather than design, the song appeared in the public eye at the same time as the new polka fad was arriving from Europe. While minstrel songs prior to this time were considered uncouth, "Oh! Susanna!" thus provided an entre to the middle-class market.

Chase, Gilbert. America's Music. New York. McGraw-Hill, Revised second edition, 1966. (pp. 289-90)

  さて、インターネットの時代です(B笑)。古い楽譜が読み取られてWEBで無料で閲覧できるものも多くあります。Wikipediaの記事は、その最後のreferenceで、Original scanned sheet music by Stephen Foster (from Duke University)をあげていますが、これは何年のものかはWikipediaにも書かれておらず、またデューク大のページを見ても書かれていません。モーリちゃんの父の知るところでは、古いsheet music の譜面を豊富に公開しているサイトとして、the Johns Hopkins 大学の "the Lester S. Levy Colection of Shee Music" があります(実は上の1848年の譜面のリンクはここです。くりかえすと――1848年5月にNew York でHolt;1848年の7月にPeters )。引用したWikipedia の記事の最初の段落は、地元のPeters が100ドルで買ったが、出版する前にニューヨークの出版社がChristyを作者(author)として海賊版を出版した、と書いています。(正確には金が支払われたのは1848年の12月のことです。)

  けれども楽譜を見ても、作者を明記しているわけではなく、1頁目の譜面の冒頭に "Sung by G. N. CHRISTY" として "Of the CHRISTY MINSTRELS" と書いてあるだけです(まあ、オリジナルということを表紙でうたっているから自分たちの持ち歌という感じではあるが)。ちなみにPeters 版は1頁目の冒頭タイトルの下左側に "as sung by M. J. Tichnor of the Sable Harmonists." とあり、右側に "Written and Composed by S. C. Foster."と確かに作者が書かれています。けれど "歌(as) sung by 誰だれ of どこどこ劇団" という情報の提示は同じわけです。 Boston のOliver Ditson が同年に出版する楽譜は表紙以外はHolt版(つまり4番まである)のパクリです。文学テキストで言うとtexutual criticism 的な問題になりますが、どれが同じとかいうのはとりあえず、検索で並べたページを参照。Baltimore の G. Willig は1848年にPeters 版(Item 126) とHolt版(Item 039) とふたつとも出してますね。

  Foster が「認可」したPeters 版が歌詞が3番までしかなかったこと、その前のHoltの出したものについては「海賊版」として(後世の人に?)テキストの真正性を疑われたことが原因なのか、ととりあえず想像されるのですが、「オリジナル」は3番までで4番はのちに誰かにつくられた、という話に一部でなってしまっているようです。

   調べてみると、Fosterという個人の問題と、音楽業界の版権問題と、ふたつ絡まっているようです。第一に、若いFosterは著作権に無頓着で、むしろただでいろんな劇団の人間に楽譜をあげて上演してもらっていた。そしてときに劇団側が勝手にcopyrightを登録しようとしたりしたという事実があります。上の年表の9月6日の箇所の記述は、"negro song contest" に提出された "Away Down South" を弾き語りしたNelson Kneass (この人は「おおスザンナ!」初演となる9月11日のコンテストの会場の所有者でありかつ演奏者でもあるひとなわけですが) らが翌日にこの曲のcopyrightをとろうと裁判所に行ったのを、なんとか兄のモリソンが先んじて奪取したことが記されています。Kneassというのは別の曲で同種のことをやった前科があるので、それを知っていたモリソンが手を打ったのでした。

In Cincinnati Foster fell into the dubious habit of giving out manuscript copies of his songs to the minstrel performers before they were protected by copyrights. He often went backstage at the Melodeon and National theaters to hand out manuscript copies to the performers to sing that night on the stage, with “no restrictions nor permissions in regard to publishing them.” He probably gave “Oh! Susanna” to M. J. Tichnor of the Sable Harmonists who appeared at the Melodeon in March and April of 1847. At about the same time, he turned over a manuscript copy of the song to George N. Christy to sing, the minstrel who sometimes sang the female “wench” roles in drag for the Christy Minstrels. Foster’s flirtation with all of the minstrels did not please them, because each one wanted to be considered an exclusive performer of a particular song. (Joanne O'Connell, Understanding Stephen Collins Foster: His World and Music, U of Pitssburg, 2007: 148)

 copyrightで守る前に、ミンストレル演者たちに自分の歌の楽譜の写しを渡してしまうというおぼつかない習慣に陥っていたフォスターは、たとえばその日の夜の興行で歌わないか、と楽屋を訪れて楽譜を手渡したりしていた。おそらくフォスターは「おお、スザンナ!」の楽譜を1847年の3月と4月にMelodeon劇場に来ていたSable Harmonists のM. J. Tichnor 〔これはつまりPeters版に演者として名が記載されている人です〕に渡し、同じころにGeorge N. Christy にも渡していたのではないか、というのがO'Connellさんの推測です。George N. Christy というのはPeters版に先んじて出た「海賊版」の1頁目に演者として名前が挙がっている人です。E. P. Christy が、ニューヨークのChristy's Minstrels の団長ですが、George Christy (もともとGeorge Harringtonで、養子になった)は劇団のスター役者でした。

   Peters という出版屋が信用できる立派な人だったのか、というと諸説あるようです。もともとFosterが子供のころPittsburg で店を持ってフルート、ピアノ、ヴァイオリンなど楽器や音楽を教えたり もしていたのが W. C. Petersで、その人とCincinnatiでフォスターたちは再会したわけでした。少なくとも10以上の出版社がフォスターの名前を載せずに楽譜を出版したのに対して、Petersは名前をきちんと載せたというところは違っていました。ただ、なになに劇団のなんという演目で歌われるなんたらいう曲♪というのがだいたい前面に出ているのが当時一般的であったのも事実のようです。

   1848年の暮にBaltimoreのBenteenという出版社と印税の契約を結び、さらにその後Firth, Pond and Company と契約を結びます。

Once Firth, Pond and Company became Foster's principal publisher, they made sure they put the composer’s name on the cover, even if they sometimes added the name or a picture of the minstrel performer.  Since copyright protection had been extended to cover musical compositions in 1831, most music publishers included the composer’s name on the cover of the music by 1848. The publishers were “becoming increasingly sensitive to each other’s property” [Wetzel, “Oh! Sing No More that Gentle Song,” The Musical Life and Times of William Cuming Peters (1805-66), p. 267]and Firth, Pond, and Company appeared to regard the Foster name as a valuable commodity to which they claimed ownership. They also warned the naive composer to beware of minstrel performers and music publishers who offered no payment or promises of royalties.

Even after Foster knew enough to copyright his songs, he had problems when underhanded minstrel performers tried to establish copyrights in their own names, pretending that they, the performers, had written the songs themselves. (O'Connell 155)


  音楽の著作権ということが意識されるようになった時代でもあって、積極的に名前を出して他社の勝手なリプリントから守ろうとしたという主旨です。それでもミンストレルの劇団は勝手しようとした。

 さてと、ですから、このBenteenから出された楽譜のテキストはなにがしかのauthorityをもっていると考えてもおかしくはないと思います。それはこれです。Oh! Susanna, as Sung by the Ethiopian Serenaders, Arranged for the Piano Forte. Baltimore: F. D. Benteen. (2番以降の歌詞が載っている3頁目をリンクします。ただし出版年は不明) これには4番まで歌詞が確かにあります。そしてこの楽譜は、WikipediaがリンクしているOriginal scanned sheet music by Stephen Foster (from Duke University) とcover だけ違っていて中身は同じものであることがわかります(一個手前の説明のあるページはここ。年代は185-? となっています)。そして3頁目の右下隅にWells (見間違ってました Webb.です)と書いてあるのですが、Duke 大学の版ではcover の "OH! SUSANNA/as Sung by/The Ethioian Serenaders/[Written by/WELLS/] Arranged for the Piano Forte" の[ ]のところが加わっています。

  これは1850年ごろではないかという推定をどこかで読んだのですがどれだかわからなくなってしまいました。なんか版がありすぎ。なにがなにやらわからなくなった。カヴァーが同じで中身が違うとかその逆とか。どうもこのWellsヴァージョンは1848年にHolt版とPeters版を出していたWilligもまた出しているようで(ただし表紙違い)。頭が痛い~。

  版の異同についてはPhiladelphiaのキコー本の古本屋さんのページも参照。

もう疲れたので次回につづく~♪。 今日はここまで。おつきあいありがとうございます。

 

EthiopianSerenaders_Boston1843.jpg

 

[1] NPR: Stephen Foster

--------------------------------

参考url:

"Oh! Susanna," Music of the Original Christy Minstrels, the Oldest Established Band in the United States, as Arranged and Sung by Them with Distinguished Success at All Their Concerts. New York: C. Holt, Jr. [May?,1848] <http://levysheetmusic.mse.jhu.edu/levy-cgi/display.cgi?id=068.045.000;pages=4;range=0-3> 〔The Lester S. Levy Collection of Sheet Music at the Johns Hopkins University, Box 068, Item 068.045〕

"Susanna," Songs of the Sable Harmonists, Consisting of The Lou'siana Belle, Susana, Away Down South, Uncle Ned, Wake Up Jake, or the Old Iron City, Arranged for the Piano Forte. Louisville: W. C. Peters; Baltimore: G. Willig. [July 1848] <http://levysheetmusic.mse.jhu.edu/levy-cgi/display.cgi?id=068.126.000;pages=4;range=0-3> 〔The Lester S. Levy Collection of Sheet Music at the Johns Hopkins University, Box 068, Item 068.038〕

Oh! Susanna, as Sung by the Ethiopian Serenaders, Arranged for the Piano Forte. Baltimore: F. D. Benteen. [ca.1850] <http://levysheetmusic.mse.jhu.edu/levy-cgi/display.cgi?id=068.038.000;pages=4;range=0-3> 〔The Lester S. Levy Collection of Sheet Music at the Johns Hopkins University, Box 068, Item 068.126〕

The E. Azalia Hackley Collection - 19th & 20th Century Sheet Music of Negro Themes <http://www.dalnet.lib.mi.us/gsdl/cgi-bin/library?p=about&c=dplhacsm> 〔E. Azalia Hackley Collection, Historic Sheet Music, Detroit Public Library 〕

Stephen Foster Abundant: America's First Great Writer <http://www.prbm.com/interest/i.htm?foster.shtml~main> 〔Rare Books, Bibles, and Manuscripits: Philadelphia Rare Books and Manuscripts のページ。書誌情報〕

"A New Take on Stephen Foster's Music" <http://www.npr.org/programs/atc/features/2004/aug/stevenfoster/> 〔NPR: National Public Radio: News & Analysis, World, US, Music & Arts のSept. 3, 2004 の記事。リンクしている歌詞("(Warning: Lyrics contain offensive material reflecting racial attitudes of the day and one act of violence.)")は1848のPeters版で4番がない〕

audio iconOh! Susanna, performed by Michelle Shocked and Peter Anderson

大場正明 「明らかになるミンストレル・ショーの真実――差別的と見なされてきた芸能を再検証する」 <http://c-cross.cside2.com/html/b00a0002.htm> 〔初出:「SWITCH」Vol.16,No.4 1998年5月号、若干の加筆で2001.9.22. ミンストレル・ショーにおける差別の通説と白黒問題〕

"Stephen Collins Foster" <http://www.pitt.edu/%7Eamerimus/foster.htm> 〔Pittsburgh 大学Stephen Foster Memorialのthe Center for American Music のHPのなかのページ〕

「スティーヴン・フォスター おお!スザンナ」<http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/F/Foster/S1623.htm> 〔藤井宏行さんによるていねいな訳と注解。依拠しているテキストはたぶんPeters版で3番まで。 2007.11.30〕

 

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June 23 おおカリフォルニア!(2) おおスザンナ! (2) Oh! California Oh! Susanna [歌・詩]

June 23, 2008 (Monday)

   (承前)

歌詞が気になって、詞は詩だからということで、いちおう以前からちょっと信用している英詩のサイトのひとつを見てみたモーリちゃんの父であった(しとしとぴっちゃん)。 RPO: Representative Poetry Online。カナダのトロント大学の英文科の誰かさんのページであったと思うが、今見ると、ページ下に " Your comments and questions are welcomed. All contents copyright [コピーライト] RPO Editors, Department of English, and University of Toronto Press 1994-2002 RPO is hosted by the University of Toronto Libraries." と記されていた。ふーん。で、そこに「おお、スザンナ!」が入ってました。

    RPO--Stephen C. Foster: Oh! Susanna [Stephen C. Foster (1826-1864) Oh! Susanna]

しかし、コピペしようかと思ったけれど、"Online text copyright [コピーライト] 2005, Ian Lancashire for the Department of English, University of Toronto. /Published by the Web Development Group, Information Technology Services, University of Toronto Libraries. " とごたいそうに記されていたので、テキストを貼り付けるのは控えます。行番号を付して、注があって(あ、これは下に引いておきます)、そして出典やテキスト情報がちゃんと記されています(こうでなくちゃね♪)

Notes

2] wid: with.
ban jo: banjo, stringed instrument probably of African origin.

11] telegraph: "telegrph" in original text, i.e., telegraph wire.

15] bullgine: steam locomotive.

そして、

Original text: Original Christy Minstrels. The Oldest Established Band in the United States, As Arranged and Sung by them with Distinguished Success at all their Concerts .... No. ... 8 Oh' Susanna. New York: C. Holt Jr., 1848. Facsimile in Stephen Foster, Minstrel-Show Songs, introduction by H. Wiley Hitchcock, Earlier American Music 14 (New York: Da Capo Press, 1980). M780.82 E13 no. 14 Toronto Metro Public Reference Library.
First publication date: 1848
RPO poem editor: Ian Lancashire
RP edition: RPO 1998.
Recent editing: 1:2002/4/27

Composition date: 1848
Rhyme: [Solo] ababcdcd [Chorus] bb
Form note: Irregular.

  やっぱり1848年のHolt版だよなー。そうだそうだ。

  んがー、自分が書き取ったのと、Holtのテキストと、三つを見比べてチェックしたところ、(いっぽうで自分の書き間違いに気づいて2か所ひそかに直した(改竄と呼ばれてもよいです)のだけど)――なんかerrorがやたらあるじゃんか!

  "Susana" というあからさまなまちがいが19, 23, 28, 29, 33, 38, 39行目。注の1にもなっている ban jo という分かち書きの根拠はどこにあるのか? (2, 10, 20, 30, 40行)。 3行目のLouiisiana → Lousiana (Fosterによる意識的なmisspelling と考えるべき、ちなみPeters 版では "Lou'siana")。5行目rained → rain'd。14行目 And Killed five Hundred Nigger → And killed five hundred Nigger。15行目 buste → bust。27行目 I, im → I'm。

   このなかでひどいな、とモーリちゃんの父が腹が立ったのは、14行目です。 ついでに議論する気になったから、問題とされている2番を引きます。

11 [Solo] I jumped aboard de telegraph,
12 And trabbelled down de riber,
13 De Lectric fluid magnified,
14 And Killed five Hundred Nigger
15 De bullgine buste, de horse run off,
16 I realy thought I'd die;
17 I shut my eyes to hold my breath,
18 Susana, dont you cry.

  まあ、[Solo] とかいう指示もどこから来たのか疑問ではあるのだが(笑)、でもテキストは基本的には1848年のHolt版であることは "trabbelled" とか "bullgine"とかの綴りとかも含めた細部の検証でほぼまちがいないと思われます。それでこの2番は「難解箇所」であると同時に「問題箇所」であって、 sensitiveな日本人も「俺は電信機に乗って川を下り/電流を上げて500人の○○を○○した/エンジンが爆発して馬が走り出し 本当に死ぬかと思ったよ
/息を止めて目を閉じた スザンナ、泣かないでおくれ/<注:○○部分はあえて訳を割愛>」(worldfolksong.com)とか、「歌詞を読んで見て、はて取り上げようかどうしようかちょっと困ってしまったのはこの歌、当時のミンストレルショー(白人が顔を黒く塗ってコミカルな道化役を演じるショー)で歌われる典型的な歌で、露骨な黒人差別のフレーズがあるのですね。訳詞が本業でもない私がこういうのを公開したことで抗議やら嫌がらせやらの対応をさせられるのは嫌だな、と思ったらこういう歌は取り上げないか、もしくはそこの部分をなかったことにするというのが賢明なやり方なのでしょうが、それでは私が今までここで世間に文句を言ってきたことと何ら変わらない行為になってしまいますので勇気を奮って掲載します。そういう歴史を振り返って考えるための題材として取り上げたのであって、決して差別的な意図があるのではないことをどうぞご了解ください。」と注記して訳す(藤井さん)とかしています。前にもあげたNPR (アメリカのNational Public Radio) は " Today, however, the original version of the song isn't performed, says Ken Emerson, author of Doo-Dah!: Stephen Foster and the Rise of American Popular Culture. The second verse is violently racist. Emerson says that artist performing Fosters' songs these days leave out the offensive lyrics." と解説し、(前にも引いたように、歌詞の前に) "(Warning: Lyrics contain offensive material reflecting racial attitudes of the day and one act of violence.)" と警告したりするわけです〔歌詞は、当時の人種的姿勢を反映した不快な内容と、暴力的なふるまいを含んでいます、みたいな〕 。 "one act of violence" というのは、(ここが難解箇所と問題箇所が二重になっていて悩ましいところで、モーリちゃんの父も英語の読みに自信はないのですけれど)、 "killed five hundred Nigger" を指していると思われます。ここの個所、読みは異論がなくはなく、ちょっと考えてから結論を出すなりなんなりさせていただきたいのですが、ちょっとだけ疑問を出しておくと、皆さん(それはnativeの人も含めてのようだから自信がないのだけれど)、語り手が "killed" したと読んでいるようですが、そうなんでしょうか。そうだとすると The electric fluid magnified は(a) "(I) magnified the electric fluid and (I) killed five hundred ... " か、もしくは(b) "The electric fluid (being) magnified and (I) killed ... " ということですか。前者(a)の動詞と目的語をひっくりかえすのは伝統的に詩ではあるけれど、韻律の関係で必要性があまりないし、そういうrhetoricをこの詩の話者は使う必然性はないと思われます。後者(b)も同様に分詞構文を使って語る語り手ではないと思うのですが。例によって、というか詩のなかの文のカタマリぐあいがわからんのだけれど、少なくとも次の15行目の二つの節の主語は「私」でないのは明白で、だったら13行目の The electric fluid magnified は主語は「電流」、動詞がmagnified、そして14行目のkilled の主語も「電流」にとるのが自然なんじゃないんでしょうか。(うわー、なんかあとで、間違ってましたー、みたいなことになりそー)。

  ともかく、それがそうでないにしても、腹が立ったのは、オリジナルでは大文字にしていない言葉を大文字にして、ことさら強調しているようしか見えない点です。 And Killed five Hundred Nigger。絶対おかしいと思う。まあ、1848年のHolt版にもいろいろあって(注の2番目で"telegraph: "telegrph" in original text" というのもわけわかめなんだ)、and/or RPOが依拠した紙の版、これは、いちおうファクシミリを載せていると書いているが、載せただけじゃなくてそれを誤読したのが載っていて、さらにそれをそのままRPOが使ったのかもしれない可能性は、可能性としてはもちろんありますがね。

  少なくとも、個人的な想いとして勝手に言えることは、いっぽうでtextual criticism を経ないテキストの増殖は劣化の過程をたどる、という悲しい原則を認識すると同時に、それとは別の政治的・批評的作為を感じ取ってしまったモーリちゃんの父なのでした。

 

6月24日付記 このRPOが依拠したテキストをその後図書館で確認した結果、基本的にRPIに間違いはなかった(そのまま写した)ものであることがわかりました。しかしそれでも問題は残ると思います。経緯は「おおスザンナ!」(5)あたりで書くと思います〔(4)も参照〕。上の文章は雑感としては間違っておらんし、そのまま残します。-M

 


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June 23 おおカリフォルニア!(3) おおスザンナ! (3) Oh! California Oh! Susanna [歌・詩]

June 23, 2008 (Monday)

ちょっと感情的になったかしら。ちょっと気分転換にここで一曲。

   James Taylor, "Oh, Susannah"

                "this is my favorite james taylor song. hope you all like it. . . ," says Katie Potatie in YouTube. 

 

     in his Sweet Baby James (February 1970)

Well I come from Alabama with my banjo on my knee
And I'm bound for Louisiana, my own true love for to see
It did rain all night the day I left; the weather was bone dry
The sun was so hot I froze myself
Susanne don't you go on and cry

I said, Oh, Susannah
Now, don't you cry for me
As I come from Alabama
With this banjo on my knee

Well I had myself a dream the other night when everything was still
I dreamed that I saw my girl Susanne; she was coming around the hill
Now, the buckwheat cake was in her mouth; a tear was in her eye
I said that I come from Dixieland
Susanne don't you break down and cry

I said, Oh, Susannah
Now, don't you cry for me
'Cause I come from Alabama
with my banjo on my knee

 

JamesTaylor_SweetBabyJames(1970).jpg クリック注意

  James Taylorのアップルからワーナー移籍後第一弾のヒットアルバムのA面の6曲目。モーリちゃんの父は70年代前半はロックが好きだったので、どうもこのアルバムはピンとこないでずっと聴いてないでした。Donovanとかは好きだったんだけどなあ(あ、でもそれもエレキが入ってからのほうが好きかな)。・・・・・・ジェームズ・テイラーは東部(北部)Massachusetts 州のBoston 生まれだけれど3歳のときに南部のNorth Carolina に越してきてChapel Hill で暮らしたのだそうで。歌詞の細部のコトバを勝手につけ加えて自分の歌にしているところがしぶい。

   Carolina in My Mind: The James Taylor Story 〔The Chapel Hill Museum〕 クリック注意

  地元出身の人気者のおっちゃんという感じですね。

 

 


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June 24 おおカリフォルニア!(4) おおスザンナ! (4) Oh! California Oh! Susanna [歌・詩]

June 24, 2008 (Tuesday)

トロント大学の RPO: Representative Poetry Onlineには、(2)で書いたように" Your comments and questions are welcomed." と書かれているので、実は勢いで昨日質問をメールしちゃったモーリちゃんの父であった。そして今朝大学メール(なんとなく信用してもらえるかな、と @berkeleyのアドレスから出しました)をチェックしたら返事が届いていた。一部のみ学術的文章として引用します――

 

前略(と書いてあったわけではない) 
Thanks very much for your comments on the RPO edition. I checked our  
edition against our book-facsimile copytext and made one change,
emending original "ban jo" to "ban-jo." The rest of our text
accurately transcribes the print facsimile.

Two of the readings you attribute to RPO (Louiisiana, rained) are not
in our copy. Were you looking at another version?

The Web facsimile to which you refer (and thanks for that too) is a
different early edition. The title of the printed facsimile that RPO
uses, for instance, gives prices only for three songs, nos. 1, 2, and
9, whereas the Web edition you cite has prices for all but 4 and 6.
The two at first look to be the same but on closer inspection are not.

We always are glad to have email from readers and appreciate the time
you took to express your concerns. I will refer to the Levy Collection
site in our Foster poet-page.
後略

 

 

  ccに他の人の名前がふたり入っていたのでちょっと公式な感じもしました。迅速で誠意あるな対応にいたみいったモーリちゃんの父でしたが、やっぱりなんでやねんと納得いかないので、こうなったら本に直接あたるしかないと思った。最初の質問だから丁寧に応対したのかもしれず、何度もやり取りするのは嫌がるだろうから、いっぱつで納得させなければならない。

  大慌てでバークレーの大学図書館の検索を行なったがヒットしなかった。しょうがないから買ってやるか、と調べたら古本で80ドルぐらいした。いやだ。図書館の検索の仕方がまちがっていたかもしれないしと、WorldCat.org で調べてみました。これはある本が世界のどこの図書館にあるかを教えてくれるとても便利な検索です。"Minstrel-Show Songs" の検索結果。このままだと "Sorry, we cannot identify the location you entered. Please re-enter your location." と出てしまいますが、下記のインストラクションに従って、"Enter Location Information"の空欄に情報を入れると出てきます。

Instructions:
To find this item in a library, enter a postal code, state, province, or country in the field above. Then click the "Go" button.
Examples:
Postal code:"43017" (U.S.)or"S7K-5X2" (Canada)
State:"Ohio"or"OH"
Province:"Ontario"or"ON"
Country:"United States"or"United Kingdom"

 

 で、バークレーに近い、たとえばTOKYO FISH MARKET の郵便番号94706 を入れると ⇒<http://www.worldcat.org/oclc/6237512&tab=holdings?loc=94706> で、"Berkeley Public Library (Berkeley, CA 94704 United States 4km" を筆頭に "out of 2300 for all 303 editions" とよく素性のわからない303の版の本のありかが並びますが、"Just this Edition " をクリックすると 273に減少、2位だったUCBが1位にきます"University of California Berkeley (Berkeley, CA 94720 United States 4km"。(なんだやっぱあるんじゃん)

JAPAN と入れると ⇒ <http://www.worldcat.org/oclc/6237512&tab=holdings?loc=Japan> で3つ出ますけど、 "just this edition" で絞ると国立音大だけになります。

  ちなみに前の方のやりかたで検索すると、近い順に出てくるので、Kunitachi College of Music Library (Tachikawa Tokyo, 190 Japan" は273件中の272位、距離が遠すぎて測れません(うそですがなぜか出ない。271位の4400kmと273位のイギリスの8600kmのあいだと思われ)。おもしろいですねー(笑)。

   って、こんなことを朝やっていたわけではないです。ともかくバークレーにあることがわかったので、どの図書館か(たくさん分かれているんです)。クリックするとどこかで見たページにWorldCat.orgからつながりました。 UCB LIBRARY Pathfinder です。それでまた "Minstrel-Show Songs" を入れると結果が出てきて、Location(s)が青くなっています。

1.Minstrel-show songs / <1848>
  Uniform Title: Songs.Selections.
Author: Foster, Stephen Collins, 1826-1864.
Published: New York : Da Capo Press, 1980.
Format: Music score
Location(s): MUSI: M1620 .F67 1980

 

  で、またクリックして図書館のコードを確認して、Jean Gray Hargrove Music Library という図書館だとわかりましたので、検索結果のページとマップをダッシュで印刷して、もう外で待っているモーリちゃんたちに追いついたのでした。もちろん、そのまま図書館へ行って調べるつもりです。(つづく)

  (ついしん) もともと雑感・日記ブログなので、内容にまとまりはなく、ノイズが多いのが特徴なのですが、あまりにあいだに関係ない話が入りそうなので、ここでカットして、あいだに「バークレーまで歩く」をはさんで、「おおスザンナ」(5)に続きます(ってまだどちらも書いてないので、おおスザンナについて考えながらバークレーへの道を歩くという感じですが。

  (ついしん2) メールに言及されていたRPOのフォスターのページ <http://rpo.library.utoronto.ca/poet/127.html> というのを見たら、たしかに "Notes on Life and Works" の最後に " A facsimile of another early edition of Foster's "songs" appears online in the Lester S. Levy Collection of Sheet Music at the Sheridan Libraries of the Johns Hopkins University."と書き足されていた。でもbad link でした。ちょっと待ってくれ~♪

 

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June 25 おおカリフォルニア!(5) おおスザンナ! (5) Oh! California Oh! Susanna  2番の歌詞の解釈(暫定版) [歌・詩]

June 25, 2008 (Wednesday)

  モーリちゃんを小学校まで送って、早朝からやっているLucky (5時~)、Longs Drugs (8時かな)、Trader Joe's (9時~)各店舗でモーリちゃんの誕生日に備えてあれこれ買って、9時30分にはうちに帰ったのです。今日は大学へは行かないで、昨日Music Libraryでとってきたコピーをスキャンしようかなあ、とか思って(彼女らの前であんまりやれない作業なので――何やってるの、と言われることは間違いなく・・・・・・まあ、いいんですけど)。で、昼前にスキャンは仕終えたのですけど、どういうふうに加工してどういうふうに版権をクリアーしてみたいなことを考えたら頭が痛くなったので、このかん考えていた問題の2番の私なりの読みを暫定的に提示しておくことにします。

  行番号を、RPOにならってふります。まずRPO <http://rpo.library.utoronto.ca/poet/127.html>――

11 [Solo] I jumped aboard de telegraph,
12 And trabbelled down de riber,
13 De Lectric fluid magnified,
14 And Killed five Hundred Nigger
15 De bullgine buste, de horse run off,
16 I realy thought I'd die;
17 I shut my eyes to hold my breath,
18 Susana, dont you cry.

  同じ1848年のHolt版だけれど、別ヴァージョン(モーリちゃんの父が以前提示したヴァージョン)―― モーリちゃんの父的には当然ながらこいつを権威あるものとして典拠としますので色を変えておきます(笑) ――   

11 I jumped aboard de telegraph,
12 And trabbelled down de riber,
13 De Lectric fluid magnified,
14 And killed five hundred Nigger
15 De bullgine bust, de horse run off,
16 I realy thought I'd die;
17 I shut my eyes to hold my breath,
18 Susanna, dont you cry.

   参考の既訳(1) worldfolksong.com <http://www.worldfolksong.com/foster/song/osuzanna.htm> ――

11-12 俺は電信機に乗って川を下り
13-14 電流を上げて500人の○○を○○した
15-16 エンジンが爆発して馬が走り出し 本当に死ぬかと思ったよ
17-18 息を止めて目を閉じた スザンナ、泣かないでおくれ

〔「<注:○○部分はあえて訳を割愛>」〕

〔「気心の知れた仲間内で陽気なメロディーとともにナンセンスな詩を歌って浮かれて騒いでいる様子がまるで目に浮かぶようだ。特に2番の歌詞は子供っぽい意味不明な歌詞で、日本ならよく小学生が歌っていそうなレベルのナンセンスな歌詞となっている。」〕

   参考の既訳(2) 藤井さん <http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/F/Foster/S1623.htm> ――

11-12 俺は電信柱に飛び乗って 川を下って旅したぜ
13-14 電流を目いっぱい上げたんで、五百人の黒ん坊を殺しちまった
15-16 機関車は爆発するわ 馬は逃げ出すわでマジ死ぬかと思ったぜ
17-18 俺は息を止めて目を閉じる ――スザンナ、泣くんじゃねえぞ

〔「特に困ったのが2番、意味もよく取れないんですが、黒人たちをぶっ殺したなんて事も無げに言っているところはどうでしょう。当時全く新しかった電気というものをネタにしているあたりもけっこう私は驚かされてしまいましたが、こんな感じが当時のミンストレルショーの典型的な歌だったのでしょうかね。「故郷の人々」や「ケンタッキーの我が家」などでは虐げられた黒人たちにも共感の眼差しを注いでいたフォスターですが、初期の作品はこんな人種差別もネタにした伝統的なコミックソングをやはり書いていたのだ、ということが感じられてちょっと考えさせられました。現在はこの2番はまず歌われることはないようです。A telegram [ママ]というのは電信そのものであって目に見えないわけのわからないものに乗るというコミカルさを狙ったのだとも思えますが、私が感じたイメージは電信を伝える設備として一番目立つ電柱でしたので、誤りかも知れませんが「電信柱に飛び乗る」としてみました。その方が川を下るところのイメージも付きますし。あとbulgineというのは小型の蒸気機関車のようです。綿花などを積み出す港などで活躍していた機関車なのでしょうか。」〕

  参考の既訳(3) yamahisa さん〔これはあとから見るとオリジナルじゃなくて(1)の伏字を補ったものですね〕 <http://14.studio-web.net/~yamahisa/ohsusanna.html> ――

11-14 俺は電信機に乗って川を下り電流を上げて500人の黒人を殺した
15-16 エンジンが爆発して馬が走り出し 本当に死ぬかと思ったよ
17 息を止めて目を閉じた 
18 スザンナ、泣かないでおくれ

〔「ここでは、原詩の2番の歌詞が黒人への差別感を含んでいるので紹介するに止め、発声させなかった。」〕

  参考の既訳(4) 津川主一 (上のどなたかによると版権の期間中だそうですがモーリちゃんの父は引用します)<http://www.mahoroba.ne.jp/~gonbe007/hog/shouka/oh_susanna.html>ほか。――

11-12 船に乗り込んで川を下り
さまざまな事に出会いました
16-17 時には死ぬような思いをして 息をこらしたり立ちすくんだり
18 おお スザンナ泣くのじゃない

  あと、この一節に関して注釈的なものを含むもので目にとまったのは、すでに言及したNPR ("Today, however, the original version of the song isn't performed, says Ken Emerson, author of Doo-Dah!: Stephen Foster and the Rise of American Popular Culture. The second verse is violently racist. Emerson says that artist performing Fosters' songs these days leave out the offensive lyrics.")、 RPIのfootnote , wikipedia ("Foster's version included another verse that is rarely sung today because of its "violently racist" content")のほかはMatthew Shaftel, "Singing a New Song: Stephen Foster and the New American Minstrelsy" <http://www.music.ucsb.edu/projects/musicandpolitics/archive/2007-2/shaftel.html> 〔Music and Politics のなか〕が有益でした。

   では注解。

l. 11 I jumped aboard de telegraph: de telegraph は the telegraph。「電信」自体は言葉としては以前からあるけれども、アメリカではMorse (日本でモールス)の電信実験が行われたのが1837年9月、電信機の特許が1840年6月、改良した符号(モールス信号)で実際の送信実験に成功したのが1844年5月のことで、最近の科学的発明であった。ただし、ここでは蒸気船の名前として(あるいは蒸気船を指す言葉として)用いられていると考えられる。このへんまだ確定的な調べはすんでませんが、たとえば当時の新聞の検索で "steamboat telegraph"で入れた結果を見てみてください――<http://www.hhpl.on.ca/GreatLakes/Scripts/News/results.asp?SearchTerms=%22steamboat+telegraph%22&DateOldest=1830&DateNewest=1850&OrderBy=Oldest&Coll=>。あるいは <http://freepages.genealogy.rootsweb.ancestry.com/~twigs2000/1000cruise.html> 。 このへんはカンで調べていたのですけど、上記Shaftel の論文には "The second verse describes a frantic ride that includes cutting-edge technology—from the telegraph, which was also the name of a well-known steamboat, to the train"と書かれていますが、「有名な蒸気船の名前でもある」とのことです。上にあげたリンク記事はモールスの1837年の実験の後、1830年代末の新聞記事なのですけれど、北部で国の蒸気船として救助やらに活動していたらしい。そして、北部であることは北部で演じられるミンストレルとしてはなんの齟齬もなかった。むろんわざわざ「電信号」を出すのは、13行の「電流があがって」という誤解につなげるためですし、ここも含めた一節の全体的なトーンは、新しい文明を知らない話者のこっけいな誤解に基づく描写ということです。ともかく12行に "down de riber" (down the river) とあるのだから、一番表面は蒸気船、その裏に電気系統の誤解。

l. 12 down de riber: この川が何川なのかまじめに考えるとよくわかりません。アラバマ州の西南にミシシッピ州をはさんでSusannaのいるルイジアナ州があります。ミシシッピ州とルイジアナ州の境界を流れているのが有名なミシシッピ川で、 "sell ... down the river" という有名なフレーズはミシシッピ川の下流の過酷な奴隷労働と関係しているということになっています。が、アラバマ州にミシシッピ川は流れておらず、流れているのはアラバマ川で、それを下っていくとメキシコ湾に出ちゃいます。3番の、現在の歌われている歌詞で"I'm coming from Dixieland" のところはもともとは "the South" から、となっていたのですけど、それはナンセンスですね。となると同様の地理的ナンセンスなのでしょうか。けれども、アラバマ川をくだって、そのままニューオーリンズへメキシコ湾上を航海するのがreasonable と思われます。

l. 13 De Lectric fluid magnified: ここで de Lectric fluid ("the electric fluid" と耳にした electirc を "lectric" と誤解している)が出てくるのは文明がらみであると同時に、11行目の telegraph と関わる。つまり話者はテレグラフ号が電気で動くと考えていた。

l. 14 And killed five hundred Nigger: killed の文法的問題については前に書きました。自信はないですが、"I" が主語ととるのはむしろ不自然だろうと思われ。であるなら主語は電流、もしくは電流が巨大になったこと、で、それは蒸気船の出航のさまを描写しているととります。"Killed" は実際に殺したのではなくて、死ぬような思いをさせた、ととりたい。

l. 15 De bullgine bust, de horse run off: bust = burst. bullgine はいくつかの注釈が言うように、"bulgine" という語形でlocomotive の意味で使われ、それは他の歌にも例がある。それはそうだ。しかしここで突然汽車に乗り換わるのだろうか(Shaftelはそう読んでいます)。horse については、Shaftelも言うように、horse-power (馬力)の意味の勘違いだろう。ちなみに「馬力という単位は、ジェームズ・ワット蒸気機関の能力を示すのに、標準的な荷役馬1頭のする仕事を基準としたことに始まる」。であるなら、"bull"gine という同種の動物(bull = オウシ)を入れるために、この言葉が選ばれたととりたい(だからbulgine ではなくてbullgine)。こうなると話者が誤解しているというより、誤解しているように作者が操作している感じが高まるが――あるいはミンストレル的にいえば、黒人のなりをした白人が黒人としておかしなことを言って笑わせるけどそれは黒人のセンスじゃなくて白人のセンスみたいな二重性――愚かな黒人という仮面をかぶって遊んでいる(これは必ずしも馬鹿にしているということにはならない)ということではないかと思う。いちおうへりくつを続けると、話者はテレグラフ号がエンジンをもっていて電気で動くと考えていたのであり、この行も出航の描写ととりたい。訳しようもないが(しょうもな)、エンジンがパンクして馬力が駆け上がった、みたいな。

l. 16 I realy thought I'd die: おりゃ、死ぬかと思った。なんでか。15行の結果。なのだから、機械関係のなんかがあって→死(んだよう)、という関係は13行の電流と14行の500人の黒人の死、というのと構図は同じだということが確認されます。話者("I")は500人の黒んぼと一緒なわけです。それはミンストレル・ショーの舞台では明瞭だったでしょうし、詞の中では4番のなかで話者が自分を "this darky" と呼ぶことで明瞭になっています。それをあたかも白人が500人の黒人を暴力的に殺戮する物語ないし夢想であるかのように読むことがおかしいのではないかと思う。ちょっといま手元にOEDがないのでちゃんと確認できないけど、Niggerの一語だけで差別というのであるならそれもおかしいはず。

l. 17 I shut my eyes to hold my breath: 津川主一は「息をこらしたり」と訳しているのですねー。ふつうは息をころし、目をこらすんだと思いますが、ささやかに遊んでいるんですかね。いや、「息を凝らす」は「息をとめ、緊張している」ようすですか(『広辞苑』)。 うううむ。ふざけた訳しか思いつかない。

以上 暫定ⓒmorichannochichi(w) 2008

追加注(アラバマとルイジアナ)

Alabama.jpg わたしゃアラバマからバンジョーひざに

 

Louisianna.jpg  はるばるルイジアナへといくところ♪

 

 

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June 24 おおカリフォルニア!(6) おおスザンナ! (6) Oh! California Oh! Susanna  諸版の検討(1) "Earlier American Music 14" [歌・詩]

June 24, 2008 (Tuesday)

(5) の2番の解釈と時間的には前後しましたが、24日にバークレーまで歩いていってMusic Library で調べたことを書き留めます。カナダのトロント大学の英文科が関与している詩のページRPO: Representative Poetry Onlineにテキストの典拠としてあがっていた本を実際に確認すべく、UCBerkeleyのJean Gray Holgrove Music Library という図書館に初めて入りました。

  Earlier American Music というシリーズの14 で Stephen Foster, Minstrel-Show Songs (New York: Da Capo Press, 1980). New Introduction by H. Wiley Hitchocok.

  日本風にいうと奥付、つまりtitle page のあとの copyright のページには "Library of Congress Catalogue in Publishing Data" として "Foster, Stephen Collins, 1826-1864 / [Songs, Selections] / Minstrel-show Songs / (Earlier American music; 14) / Reprints of the 1st ed. of 22 songs / 中略  / ISBN 0-306-77314-7" と書かれていて、下の方には "The Da Capo Press edition of Minstrel Show Songs of Stephen Foster is an unabridged republication of twenty-two songs published in 1848-1863, mostly by Firth, Pond, and Company in New York, supplemented with a new introduction by H. Wiley Hitchcock." と書かれています。reprintじゃなくてrepublicationと呼ぶのか。そしてそれだから "new introduction" と呼んでもともとはなかった(その部分はreproductionじゃない)という意味なのね。ちなみにFirth, Pond というのは前に書いたように、FosterがPetersのあとというか印税関係としては1848年の暮れだからPetersに金をもらったのと同じころに契約したBanteenの、さらにそのあとに契約する出版社です。

  この本は短い"new"な序文以外は「初版」のファクシミリです。"Oh! Susanna" については、RPOの記述を借用すれば、"Original Christy Minstrels. The Oldest Established Band in the United States, As Arranged and Sung by them with Distinguished Success at all their Concerts .... No. ... 8 Oh' Susanna. New York: C. Holt Jr., 1848"、モーリちゃんの父の記述の仕方で記述すると、Music of the Original Christy Minstrels. The Oldest Established Band in the United States, As Arranged and Sung by Them with Distinguished Success at All Their Concerts. New York: C. Holrt, Jr., n. d. [c. Feb. 1848].

  coverのページには、上記のタイトルと、あと、RPOのeditorがメールで書いていたように各曲の楽譜の値段の記述が微妙に異なっている16曲のリストが下にあります。 それと、見落としていたのですけれど、一番下にイタリック(斜体字)で "Entered according to Act of Congress AD. 1848 by C. Holt Jr in the Clerks Office of the Dist Court of the Southn Dist of New York." と書かれています。

Holt_asprobablysameasDeposited25Feb1848 (EarlierAmericanMusic14) .jpg

Cf. Lester Levy cover

 

 

EarlierAmericanMusic (1980) 1.jpg

Cf. Lester Levy 1

 

そして、第1ページですが、タイトルの文字のデザインも、譜面の音符の手稿も、ぜんぜん違うことがわかります。トロントの人はclose inspectionで違うと分かるとか書いていたけれど、coverはそうだと思いますが、本文は違いますねー、一見して。ただ、全体のデザインは似ている。

   こちらのLester Levy Collection と比べてみてください。

 

   そして、問題の3ページ目、2番以下の4番までの歌詞が載っているところです。問題箇所は確かにもとから "De Lectric fluid magnified, / And Killed five Hundred Nigger" となっていて、大文字なのでした。それと、譜面では"Susanna" となっているのに2番から4番の歌詞では"Susana"となっていて n がひとつ落ちたかたちなのでした。あと、右下に斜体字で "S. Ackerman." と記されています。これは書写した人を示しているのでしょうか。それとも植字工みたいなものなのでしょうか。ちょっとわかりませんが大事そう。

EarlierAmericanMusic (1980) 3.jpg

Cf. Lester Levy 3

 

ということで、1848年にPeters版に先んじて出たHolt版の、おそらく最も最初の版は、いろんな意味でかなり瑕疵のある歌詞だったのかもしれません。

(でもつづく)

 

 

 

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June 24, 26 おおカリフォルニア!(7) おおスザンナ! (7) Oh! California Oh! Susanna  諸版の検討(2) "Dover (1974)" そして Oliver Ditson (1848) [歌・詩]

June 24, 2008 (Tuesday), June 26 (Thursday)

やはり(5) の2番の解釈と時間的には前後するが、24日にUCBerkeleyのJean Gray Holgrove Music Library の地下で探った現代のもろもろの版の検討の2冊目。さらにそこからひかれて1848年のHolt以外の出版社の問題へ凸入。

   Dover 版。Richard Jackson, ed., Stephen Foster Song Book: Original Sheet Music of 40 Songs by Stephen Collins Foster (New York: Dover, 1974).

Dover からフォスターの楽譜が出ていることは知っていましたが、てっきりPeters版かと思っていました。Dover はいまホームページを見るとDover Publications と名乗っているようですけど、むかしは Dover Books と言っていたと思うのですが、文学も含めて芸術全般(だいたいが大版の廉価なペーパーバックで強みはモノクロピクトリアルですけど)でおもしろい本を出していて、モーリちゃんの父はむかし学生のころにDoverのカタログをどっかでもらったときにとても嬉しかったのを覚えてますが、どこにいったのだろ。いまはon line で無料でカタログをくれるようで。

で、音楽については "Over 750 Music Books and Scores — piano, orchestral, opera, chamber music, miniature scores, and more — at the best prices in music publishing today! These are the finest quality, most authoritative editions available for performers, music students, teachers, and scholars." と"Music" のページで言っています。 Earlier America Music 14 の出るのが1980年ですが、その6年前にDover が "authoritative" な版としたのはどれだったのか。

   Dover 版のフォスター歌曲集は、その副題 "Original Sheet Music of 40 Songs by Stephen Collins Foster" にあるように、オリジナルの完全なファクシミリ・リプリント版でした。そして曲によって元のテキストは異なっていて、それはcoverも含めてリプリントすることで示されています。

   Dover 版の88から91ページに"Oh! Susanna" が入っています。カヴァーは、上3分の2 はEarlier America Music 版とも、"Lester S. Levy Collection Item 068.045" ともまったく同じに見えます。が細かく見ると同一と断定できるはDover と Lester S. Levy Collection 045 の二つで、Earlier America Music 版はまるでコピーをとったみたいに細部が退行しているので(本を見たときの印象を言っています)、いま三者を並べてみてもちょっと断定できないところがあります。

Dover (1974) cover.jpg

   そして17曲の価格については、後者とまったく同じ印刷に見えます。ただ、出版社の記述のところがこんなふうになっています

     NEW YORK.
Published
by C. HOLT JR. 156 Fulton St.
  
BOSTON: OLIVER DITSON.

Entered according to Act of Congress AD. 1848 by C. Holt Jr in the Clerks Office of the Dist Court of the Southn Dist of New York.

 

赤字の部分が付け加わっています。本体は、タイトルの字体も "Sung by G. N. CHRISTY, / Of the CHRISTY MINSTRELS." というタイトル下の表示も、譜面も、譜面に付された歌詞も、ト音記号やヘ音記号やらのデザインも、すべて"Lester S. Levy Collection Item 068.045" ともまったく同じで、最後のページの歌詞の活字も言葉もまったく同じです。オリジナルの最後のページとその前のページの肩に付されているページ番号の4 と 3 がおそらくDoverの判断で消されているだけです。

   Dover (1974) 1(page89).jpg

Dover (1974) 3(page91).jpg

 

    ということで、music の部分は同一でcoverのみ違う版なのでした。なんだかモーリちゃんの父の知っている世界だと昔(100年ぐらい前が全盛期かしら)の手彩色写真絵葉書で、絵葉書会社の名前が二つ付いているやつに似ているなあと思いました(なにを言っているかわからなければよいです)。ただし、このBoston のOliver Ditson という会社は、同じ1848年に、Edward L. White がarrange というかたちで Oh! Susannah Quick Step in Which Are Introduced the Favorite Airs of Oh! Susannah & Oh! Carry Me Back, &c. というダンスヴァージョン(?) の編曲版楽譜(歌詞なし) <http://levysheetmusic.mse.jhu.edu/levy-cgi/display.cgi?id=068.051.000;pages=3;range=0-2>を出版して、そのcoverの下(すぐに楽譜が始まっているのですが)のところには、"Entered according to Act of Congress AD. 1848 by Oliver Ditson in the Clerk's Office of the Disctrict Court of Mass:1627[?]" と書かれています。これはこの編曲版のcopyrightを取得したということなのでしょうか。それからまた、cover を変えたヴァージョンも出しているようです。<http://levysheetmusic.mse.jhu.edu/levy-cgi/condisp.cgi?id=068.037> 〔Box 068, Item 037〕

このDover版のもとになっているのは、Lester S. Levy Collection に入っていないのでしょうか。逆方向に考えて、"Lester S. Levy Collection Item 068.045" の情報を見てみます。そこで同一とされているものをみれば見つかるかもしれませんから。


Levy Call Number: Box 068, Item 045
Title: Music of the Original Christy Minstrels, The Oldest Established Band in the United States. Oh! Susanna.
Composer, Lyricist, Arranger: Arranged With An Accompaniment for Piano Forte. [Stephen C. Foster].
Publication: New York: C. Holt Jr., 156 Fulton St.
Date: 1848
Forms of Composition: strophic with chorus
Instrumentation: piano and voice (solo and satb chorus)
First Line: I came from Alabama wid my banjo on my knee
First Line of Chorus: Oh! Susanna, Oh! don't you cry for me
Performer: Sung by THem at All Their Concerts.
Subjects: African Americans; Caricatures; Courtship & love; Accidents; Death; Dreaming; Homecomings
Duplication: music same as Box 68 Items 37, 40-41 (See: Box 068 Item 037; Box 068 Item 041; Box 068 Item 046)

 ということで、同じのはItems 037, 040, 041のみっつ(あくまでコレクション内の話ですよ)。037は上で言及した表紙違いのものです。040041はそもそもが同一のものが2部蒐集されたものだということがわかりましたが、興味深いのは、040と041の記述にある、"Engraver, Lithographer, Artist"という、045にはなかった項目です。そこにはこう書かれています。いちおう全体を出しておきます。――

Levy Call Number: Box 068, Item 040
Title: Music of the original Christy Minstrels, The Oldest Established Band in the United States. Oh! Susanna.
Composer, Lyricist, Arranger: Arranged With An Accompaniment for Piano Forte. [Stephen C. Foster].
Publication: Boston: Oliver Ditson, 115 Washington Street
Date: 1848
Forms of Composition: strophic with chorus
Instrumentation: piano and voice (solo and satb chorus)
First Line: I came from Alabama wid my banjo on my knee
First Line of Chorus: Oh! Susanna, Oh! don't you cry for me
Performer: Sung by Them at All Their Concerts.
Engraver, Lithographer, Artist: J. H. Bufford's Lith. Boston; Samuel Ackerman, Engr. & Pr.
Subjects: Portraits; Dancing; Couples African Americans; Caricatures; Courtship & love; Accidents; Death; Dreaming; Homecomings
Duplication: music same as Box 68 Items 37 (See: Box 068 Item 037; Box 068 Item 041; Box 068 Item 045; Box 068 Item 046)

S. Ackerman はSamuel Ackerman にちがいありません。この人が彫りと刷り(というと版画のようですが)の職人ということなのでしょうか。けれどもこの人はEarlier America Music 版の最後のページに名前が書かれていた人。ちなみにAckerman と Foster でコレクション内の検索をかけるとみっつ出てきます。040と041、そして他の一つは046です。これのカヴァーは一見040、041と同じに見えますけど、どちらかがどちらかをパクッってますね、完全に。そしてどちらもcoverに署名を彫り込んでいる!

Levy Call Number: Box 068, Item 046
Title:  Music of the original Christy Minstrels, The Oldest Established Band in the United States. Oh! Susanna.
Composer, Lyricist, Arranger: Arranged With An Accompaniment for Piano Forte. [Stephen C. Foster].
Publication:   n.p.
Date:   [n.d.]
Forms of Composition:  strophic with chorus
Instrumentation:  piano and voice (solo and satb chorus)
First Line: I came from Alabama wid my banjo on my knee
First Line of Chorus: Oh! Susanna, Oh! don't you cry for me
Performer:  Sung by Them at All Their Concerts.
Engraver, Lithographer, Artist: Lith. of Sarony & Major, 117 Fulton St. N.Y. ; S. Ackerman.
Subjects: Portraits; Dancing; Couples African Americans; Caricatures; Courtship & love; Accidents; Death; Dreaming; Homecomings
Duplication: music same as Box 68 Items 37, 40-41, and 45 (See: Box 068 Item 037; Box 068 Item 040; Box 068 Item 041; Box 068 Item 045)

 

    出版社のところが n.p. となっているのは出版社の記載がないということです。これは海賊版の海賊版ですかね。とすればイラストもこっちの人がDitson の040 (041) をパクッテいる可能性が高いですかね。 040 と041の表紙はこれです。Bufford のリソグラフというのはこちらのカヴァーのことでしょう。 しかし・・・・・・duplication というかダブリングが増しているような・・・・・・。ふんとに同じなんかいのー? ともかくコレクションはこれらについては表紙coverしか載せてないため、Ackermanのテキストの確認ができません(涙)。モーリちゃんの父はジョンズ・ホプキンズ大学まで行かなければならないのでしょうか。   

 

------------------------

Dover Publications <http://store.doverpublications.com/index.html>

"Request a Dover Catalog" <http://www.doverpublications.com/family/catalog.html> 〔"FREE Dover Catalogs"のページ〕

Amazon.co.jp でのDover の分類 <http://www.amazon.co.jp/dover-publications-%E6%B4%8B%E6%9B%B8/s/ref=sr_ex_n_1?ie=UTF8&rs=86336011&keywords=dover%20publications&bbn=52231011&rh=n%3A52231011%2Ck%3Adover%20publications> 〔なんか音楽は "Entertainment" に分類されているようです〕   

Oh! Susannah Quick Step in Which Are Introduced the Favorite Airs of Oh! Susannah & Oh! Carry Me Back, &c. Arranged by Edward L. White. Boston: Oliver Ditson, n. d. [1848]. <http://levysheetmusic.mse.jhu.edu/levy-cgi/display.cgi?id=068.051.000;pages=3;range=0-2> 〔The Lester S. Levy Collection of Sheet Music at the Johns Hopkins University, Box 068, Item 068.051〕

The Popular Song of Oh! Susanna. Arranged with an Accompaniment for Piano Forte. Boston: Oliver Ditson, n.d. <http://levysheetmusic.mse.jhu.edu/levy-cgi/display.cgi?id=068.037.000;pages=4;range=0-3> 〔The Lester S. Levy Collection of Sheet Music at the Johns Hopkins University, Box 068, Item 068.037〕

 

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June 24 おおカリフォルニア!(8) おおスザンナ! (8) Oh! California Oh! Susanna  諸版の検討(3)  Earhart and Birge編 (1934) [歌・詩]

June 24, 2008 (Tuesday)

ふたたび(5) の2番の解釈と時間的には前後するが、24日にUCBerkeleyのJean Gray Holgrove Music Library の地下で探った現代のもろもろの版の検討の3冊目。

Will Earhart and Edward B. Birge, ed., Songs of Stephe Foster: Prepared for Schools and General Use (U of Pittsburg P, 1951) この本のどこにもリプリント版とは書いてませんが、おそらく戦前から出ていたものの再版〈後述)。

   77-81ページに "Oh! Susanna" が入っています。そして77ページで解説が冒頭にあります。――

The edition of this song which was authorized by Stephen Foster himself, and which probably prints the music as Foster wrote it, was published in Louisville by W. C. Peters & Co., in 1848. This edition was copy righted December 30, 1848. Just above the music on page three appears "Susanna; as sung by Mr. Tichnor of the Sable Harmonists, Written and Composed by S. C. Foster."

However, many music publishers issued "pirated" editions of Oh! Susanna before Peters got his authorized version on the market. Most of these show errors in both the words and music, and can not be considered the song as Stephen wrote it. The earliest of these pirated editions so far discovered was published by C. Holt, Jr., in New York in 1848. It was copyrighted February 25, 1848.

(この歌曲の、スティーヴン・フォスター自身が公認し、おそらくフォスターが書いたとおりの音楽を印刷している版は、W・C・ピーターズ会社によって1848年にルイヴィルで出版された。この版は1848年12月30日にコピーライトを取っている。3ページの曲のすぐ上のところに「スザンナ――セーブル・ハーモにスト団のティクナー氏の歌、S・C・フォスター作詞作曲。

しかしながら、数多くの音楽出版社が「おお、スザンナ」の「海賊」版を、ピーターズがフォスター公認版を市場に出す前に出版した。その大半は詩と曲の両方において誤りを示していて、フォスターが書いた曲と考えることはできない。そういう海賊版のなかでこれまで発見されている一番最初のものは、1848年にニューヨークでC・ホルトが出版したものである。それは1848年2月25日にコピーライトを取っている。)

しかし、このEarhart and Birge 版は、曲のタイトルを "Oh! Susanna" とし(Peters がauthorized 版だというならタイトルだって "Susanna" のはずです)、 Peters 版にもあった2番(問題の2番です)を削除し、Peters版にはなかった4番を3番として入れています。 (歌詞の細部までチェックしている余裕はありませんでした)。 それは自らの解説を裏切っている行為に思えるのですが。

   アマゾン書店でこのタイトルで検索すると、いろんな年にこの本が出版されていることがわかります――1955, 1943, 1953, 1963, 1972, 1946, 1959, 1962, 1968, 1943, 1954, 1969, 1938, 1960。副題 "Prepared for Schools and General Use" に示唆されるように、この版が20世紀のポピュラーな版だったのかもしれません。

アマゾンは全然書誌的には信用できないところもあるし不十分なので、モーリちゃんの父の好きな古本屋さんの集合体Add All で検索をかけてみます(図書館でもよいのだが、個々の図書館ではいろんな版をカヴァーしていることはふつう考えられないので、このあいだ紹介したWorldCat.orgならばっちぐーにいいかもですね。でも書誌的な情報まで調べるのは2度手間になりかねないし・・・・・・ともかく古本屋好きなんす)――<http://used.addall.com/SuperRare/RefineRare.fcgi?inAuthor=Birge&exAuthor=&inTitle=Songs+of+Stephen+Foster&exTitle=&inDesc=&exDesc=&id=080627225740167356&order=TITLE&ordering=ASC&dispCurr=USD&match=Y>。そうすると、"Description" の項目に "Indianapolis: Josiah Kirby Lilly, 1934. 111 pages, Foster Hall Edition, tan paper covered boards with orange cloth spine (added later), some light cover and interior soil, binding is tight.. Hard Cover. Good. 4to - over 9!" - 12" tall. Catalogs: Music. Josiah Kirby Lilly USA " とか、"University of Pittsburgh Press, 1941. Paperback. Great Condition. Great Condition, includes orignal clean/unmarked, tight binding, minor edge/cover wear, from a private collection University of Pittsburgh Press USA " とか出てきますが、この検索だと1934年がひとつしかないので、記述間違いということもありえるので、タイトルはそのままでkeyword にKirbyという出版社の名前の一部を入れてもう一度検索してみます――<http://used.addall.com/SuperRare/submitRare.cgi?author=&title=Songs+of+Stephen+Foster&keyword=Kirby&isbn=&order=TITLE&ordering=ASC&dispCurr=USD&binding=Any+Binding&min=&max=&timeout=20&match=Y&store=Abebooks&store=AbebooksDE&store=AbebooksFR&store=AbebooksUK&store=Alibris&store=Amazon&store=AmazonCA&store=AmazonUK&store=AmazonDE&store=AmazonFR&store=Antiqbook&store=Biblio&store=Biblion&store=Bibliophile&store=Bibliopoly&store=Booksandcollectibles&store=Half&store=ILAB&store=LivreRareBook&store=Powells&store=Strandbooks&store=ZVAB>。すると、のべですが(同じ古本屋が複数の古本consosiumに出店していることも多いので)、15件ヒットします。と思ったらこのJosiah Kirby Lilly さん自身が1933年に私家版でフォスターの本を出していることが判明。これだから本の世界はおもしろいぜ(なかばヤケだぜ)。ともかく記述のなかにいくつか詳しく、かつ事情を語っているものが見つかります。ハナシがややこしくなるので、引用はやめときます。ともかく1934年が初版であろうことがわかります。で、最初から同じ副題がついていたこともわかります。ある種の本は古さを隠すべく(かどうかはいちがいにはいえないかもしれませんが)、同じなのに新しい体裁で出され、体裁が違うとそれぞれが初版となってしまい、大本の初版の出版年が記載されない、ということはあります。

   ついでに、Peters が1848年の暮にコピーライトの申請をしたそのへんの書き込みがある本がLibrary of Congress から公開されているのでリンクしておきます。――

    <http://memory.loc.gov/cgi-bin/query/D?mussm:18:./temp/~ammem_JGiK::@@@mdb=mcc,gottscho,detr,nfor,wpa,aap,cwar,bbpix,cowellbib,calbkbib,consrvbib,bdsbib,dag,fsaall,gmd,pan,vv,presp,varstg,suffrg,nawbib,horyd,wtc,toddbib,mgw,ncr,ngp,musdibib,hlaw,papr,lhbumbib,rbpebib,lbcoll,alad,hh,aaodyssey,magbell,bbcards,dcm,raelbib,runyon,dukesm,lomaxbib,mtj,gottlieb,aep,qlt,coolbib,fpnas,aasm,scsm,denn,relpet,amss,aaeo,mffbib,afc911bib,mjm,mnwp,rbcmillerbib,molden,ww2map,mfdipbib,afcnyebib,klpmap,hawp,omhbib,rbaapcbib,mal,ncpsbib,ncpm,lhbprbib,ftvbib,afcreed,aipn,cwband,flwpabib,wpapos,cmns,psbib,pin,coplandbib,cola,tccc,curt,mharendt,lhbcbbib,eaa,haybib,mesnbib,fine,cwnyhs,svybib,mmorse,afcwwgbib,mymhiwebib,uncall,afcwip,mtaft,manz,llstbib,fawbib,berl,fmuever,cdn,upboverbib,mussm,cic,afcpearl,awh,awhbib,sgp,wright,lhbtnbib,afcesnbib,hurstonbib,mreynoldsbib,spaldingbib,sgproto> 

     cover の下のところに1848年12月30日に云々が手書きで記載されています。

-------------------------

AddAll <http://used.addall.com/> 〔新本部門もあるのですけれど、ここはABEもAmazonもalibrisも含むさらに大きな連合サイト集合体で、検索のの際に不要な店舗をはずしたり、値段やタイトルで絞り込みも細かくできるので、古本を調べるにはたいへん便利〕 

 


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June 24  おおカリフォルニア!(9) おおスザンナ! (9) Oh! California Oh! Susanna  諸版の検討(4) Wier 編 (1935) [歌・詩]

June 24, 2008 (Tuesday)

なんか意地でやっているような気もしてきましたが、またたび(5) の2番の解釈と時間的には前後しますが、24日にUCBerkeleyのJean Gray Holgrove Music Library の地下で探った現代のもろもろの版の検討の4冊目。この前Will Earhart and Edward B. Birge, ed., Songs of Stephe Foster: Prepared for Schools and General Use (U of Pittsburg P, 1951) は図書館で見たときには戦後のものと思い、かつ新しいところから古いところへという気持ちで、Earlier American Music 版 (1980)Dover 版 (1974)、次に1951年というつもりだったのが、実は1934年という古いものだったので、前後してしまいますが、これです。

     Albert E. Wier, ed., The Songs of Stephen Foster (New York: Harcourt, 1935), pp. 12-14.

この本は70曲以上入っているのですが、"Oh! Susanna" のタイトルで12ページから14ページに「おおスザンナ」の楽譜があります。やはり譜面の前にイントロ的に解説が付されています。

When Stephen Foster wrote this song, he had no definite idea of adopting song-writing as a profession. The success both in private and in public of "Oh! Susanna," however, was the means of interesting a publisher named W. C. Peters in his work, and Stephen was so flattered by the idea that anyone should desire to print his songs that he promptly gave Peters two songs, one of them "Oh! Susanna," without definite promise of royalty. The Illustration shows the original title page, featuring a number of songs sung by the Christy Mintrels.

(スティーヴン・フォスターがこの歌曲を書いたとき、ソングライターを職業にしようという確固たる考えはなかった。しかし、公私における「おおスザンナ」の成功によって、W・C・ピーターズという名の出版業者がフォスターの作品に興味をもつところとなり、フォスターは自分の曲を印刷したいという人がいるという思いにすっかり嬉しくなって即座にピーターズに2曲を、はっきりした印税の約束なしに、与えた。その一曲が「おおスザンナ」だった。図版はクリスティー・ミンストレル団が歌った歌曲集をおさめたオリジナルのタイトルページ。)

そして3x4cmぐらいで左上にcover の写真が載っています。が、なぜかNew York 以下の出版社の記載部分が切れています。しかし、全体のデザインと、各曲ごとの価格の記載の仕方から、New York のHolt が出したものであることはまちがいないと思います。つまりEarlier American Music 版と同じこれです。

Holt_asprobablysameasDeposited25Feb1848 (EarlierAmericanMusic14) .jpg

   さて、この版の歌詞ですけど・・・・・・メモってくるのを忘れてしまってました。がーん。

   来週報告します。

   しかし、この本の説明と図版の提示のやりくちにも作為を感じざるを得ないのでした。

 

 

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June 29 縦読み acrostics [歌・詩]

June 29, 2008 (Sunday)

モーリちゃんのサマースクールの宿題で、詩を書くというのがあったので、モーリちゃんの父が頭を悩ませることとなった、いちばん。 最初右側のページを見せられて、shark について "Write some words that tell about sharks." ということで、要するに連想ゲームだよ、と形容詞のみにこだわるモーリちゃんの母を納得させて、sea とかjaws とか名詞もちりばめさせた。

AnimalPoems2.jpg

  が、それで終わりでは中田、いやなかった。続いて "Write a poem about a shark (acrostic or any kind you'd like)" と詩を書けという。おいおい、まだ英語がほとんどわからん小学生にかよ。それもアクロスティックで。まあ、好きなかたちで、とは言い添えながらも、どう見てもacrosticで書いて欲しがっている印刷である。

  アクロスティックは、モーリちゃんの父がブログを始めて初めて知った日本語の言い方だと「縦読み」というやつだ。

  特段すぐれた解説とは思わんが、4月に最初に見たので思い出にはてなの説明を貼っておきます。

 

横書きで書かれた文章の各行のn文字目を縦方向に順に読むことで違う意味の文を出す手法・言葉遊び。

ダミー本文と正反対の主張を皮肉を込めてすることがよく見られる。

縦読みの例(谷川俊太郎)

くびがでるわ

やけがさすわ

にたいくらい

んでたいくつ

ぬけなあなた

べってころべ

 

   まあ、それだけならどうということもない(根性が曲がるとも思えない)。まあ、"a shark" となっているので第1行をsharkで始められないという制約もあるが。が、左側のページを見ると、脚韻を踏んで単語にまるがついていた。げげげ。

AnimalPoems1.jpg

まあ、イレギュラーに一部分だけですけど。ということで、たいへんでした、モーリちゃんの父は。単語も易しいものにしなければならない。 結局ababa と行末の韻を踏んで、ついでに5行目で頭韻を3つ重ねてやった。

やりすぎで笑。

しかし、やっぱり文字言語対音声言語というような違いですかね。いっぽうで音に敏感なんだろうな。

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June 24  おおカリフォルニア!(10) おおスザンナ! (10) Oh! California Oh! Susanna  諸版の検討(5) Howard 編 Fischer版 (1934) [歌・詩]

(June 24) July 02, 2008 (Wednesday)

 〔まず前回の補足〕 このあいだ歌詞が不分明だったAlbert E. Wier, ed., The Songs of Stephen Foster (New York: Harcourt, 1935) は、4番までありました。――

1.
I came from Alabama wid my banjo on my knee,
I’m gwan to Lousianna, My true love for to see,
It rain’d all night the day I left, The weather it was dry,
The sun so hot I froze to death
Susanna, don’t you cry.
Oh! Susanna Oh! don’t you cry for me
I’ve come from Alabama wid my banjo on my knees.
2.
I jumped aboard de telegraph, and trabbelled down de ribber,
De ’lectric fluid magnified, and killed five hundred nigger.
De bullgine bust, de horse run off, I really thought I’d die,
I shut my eyes to hold my breath
Susanna, don’t you cry.
3.
I had a dream de odder night,
When eb’ry ting was still;
I thought I saw Susanna,
A coming down de hill.
The buckwheat cake war in her mouth,
The tear was in her eye,
Says I, I’m coming from de South,
Susanna, don’t you cry.
4.
I soon will be in New Orleans,
And den I’ll look all round,
And when I find Susanna,
I’ll fall upon the ground.
But if I do not find her,
Dis darkie’ll surely die,
And when I’m dead and buried,
Susanna, don’t you cry.

  ううむ。これは4番以外もPeters版ではなくてHolt 版を元にしていますねー。冒頭の "I came" (comeじゃなくて)とか "bullgine" とかはHolt版です。それも1848年2月の初版ではなくて〈仮にそうだとして、2番以下のSusanaの誤記はSusanna 直っているし" Killed five Hundred Nigger" の大文字も直っている)少しあとの(Doverが採用した)Holt 版にどちらかというと近いように思われます。それでもすっかり同じではなくて両者を折衷し、誤りは直したような印象です(それは特に3番の "Says I, I'm coming" のところに感じる。Dover 版だと "Says I'm coming" で、話者じゃなくて夢の中のスザンナが語っているようにも見え、 初版(Earlier American Music 版=RPO版)だと "Says I, im coming from" と、まあ、19世紀に私をIとiと二つ別々に並べて書くことはないでしょうし、明らかな誤植に見えたところです。

----------------------

  で、やはり同じころ1934年に出版された、John Tasker Howard という音楽家による版――

   John Tasker Howard ed. A Program of Stephen Foster Songs (New York: J. Fischer, 1934), pp. 14-16.

 もうちょっと詳しく本から書き写すと、

 

A Program of Stephen Foster Songs. Collected, Edited & Provided with New Accompaniments by John Tasker Howard, Author of “Our American Music,” and “Stephen Foster, America’s Troubadour” Part-Song Arrangements by N. Clifford Page Price $1.50 J. Fischer & Bro., New York 119 West 40th Street

Copyright, 1934, by J. Fischer & Bro.
International Copyright Secured
Mechanical reproduction and all other rights reserved.
---------------------------------------------
The use of the arrangements in this volume is unrestricted for
public concerts and recitals, and for broadcasting by radio stations li-
censed by the American Society of Composers, Authors and Publishers.
The publishers request, however, in the case of all public perfor-
mances that announcement be made (either on a printed program or
verbally) to the effect that the songs are the work of Stephen Collins
Foster, together with information regarding the arrangement used.

   とcopyright と使用についての注意も書かれています。93pp. + xxiv.

    “Stephen Foster, America’s Troubadour” というのは前年にHowardが出したフォスターの評伝です。John Tasker Howard についてWikipedia はわずか数行しか記述してありません。――"was an early American music historian and writer. His Our American Music was an early general history of music in the United States, published in 1931. He was also the curator of the New York Public Library from 1940 to 1956." けれども、Howard (1890-1964) という人は自分も作曲家であり、ピアニストでもあった研究者でした。ともあれ、フォスターの音楽の造詣が深い人が研究書に続いて著した演奏用の楽譜集です。

   24日には見落としていたのですけど、Introduction の14ページ(XIV)に "Oh! Susanna" についての解説がありました。――

Within three years after February 25, 1848 at least twenty-one different editions of Oh! Susanna were issued by various publishers, of which nineteen were pirated by those who had no right to the song. In his early years as a song-writer, Foster often handed manuscript copies of his new songs to minstrel performers. These singers would promptly turn the manuscripts over to music publishers who would immediately copyright and issue the songs. What appears to be the first edition of Oh! Susanna was issued by C. Holt, Jr. of New York, February 25, 1848, ten months before the edition authorized by Foster appeared, an issue copyrighted by W. C. Peters of Louisville, Kentucky, December 30, 1848.
In spite of the large number of pirated editions Peters is said to have made $10,000 from Oh! Susanna and a few other Foster songs, and it is commonly supposed that Foster virtually made Peters a present of them. According to one account, Peters paid Foster $100 for Oh! Susanna. It became tremendously popular, first among the minstrel performers, and then as the marching song of the “forty-niners” on their way to California during the gold-rush.
There is no reason to believe that Oh! Susanna, like Lou’siana belle and Old uncle Ned, was written for the “Knights of the S. T.” in Allegheny. It is one of the best of Foster’s nonsense songs, infectious in its melody and rhythm, with a joyousness that is spontaneous and buoyant.

   (1848年2月25日以降3年のあいだに、少なくとも21種の異なる「おおスザンナ」の版本がさまざまな出版社から出されたが、そのうちの19はこの歌の権利をもたない者による海賊版だった。フォスターはソングライターとして駆け出しのころに、しばしば新しい曲の原稿の写しをミンストレル・ショーの演者たちに自ら手渡した。 渡された歌手たちは原稿を即座に音楽出版社に引き渡し、音楽出版社はただちにコピーライトをとって曲を出版した。「おおスザンナ」の初版と思われるものはニューヨークのC・ホルトによって1848年2月25日に出版されたもので、フォスターがauthorizeした版、つまりケンタッキー州ルイヴィルW・C・ピーターズがコピーライトをとった版が出版される10ヶ月前のことだった。多数の海賊版があったにもかかわらず、ピーターズは「おおスザンナ」とほかのフォスターの若干の歌曲で10000ドルを稼いだと言われている。また、フォスターは自分の曲を実質的にあげたに等しいと一般に考えられている。ひとつの記述によれば、ピーターズは「おおスザンナ」に対してフォスターに100ドルを支払った。この曲は非常な人気を博した。まずミンストレル・ショーの演者たちのあいだで、それからゴールドラッシュの時期にカリフォルニアへ向かった「フォーティーナイナーズ」たちのマーチ・ソングとして。「おおスザンナ」が「ルイジアナ・ベル」や「アンクル・ネッド」と同じくAllegheny の「S・T・騎士団」のために書かれたと信じる理由はない。これはフォスターのナンセンス・ソングの最善のもののひとつであり、自然にわき起こるうきうきした喜びにあふれ、メロディーとリズムがノリやすく覚えやすい。

   で、ハワードが採用したのは実はPeters版、それもあくまで3番までです。譜面の最初に左右にまたがって以下の記載があります――"Edited, with new accompaniment by JOHN TAKER HOWARD / Words and Music by STEPHEN COLLINS FOSTER/Mixed and Men’s Voice Chorus Arranged by N. CLIFFORD PAGE"

1.
I come from Alabama Wid my banjo on my knee,
I’se gwine to Lou’siana My true lub for to see.
It rain’d all night de day I left, De wedder it aws dry;
The sun so hot I froze to def-- Susanna, don’t you cry.
Oh! Susanna, do not (don’t you) cry for me;
2.
I jump’d aboard de telegraph And trabbled down de ribber,
De ’lectrick fluid magnified And kill’d five hundred nigga.
De buljine bust, and de hoss ran off, I really thought I’d die;
I shut my eyes to hold my bref—Susanna, don’t you cry.
3.
I had a dream de udder night, When eb’ry ting was still;
I thought I saw Susanna, dear, A coming down de hill,
De buckweat cake was in her mouf[,] De tear was in her eye,
I says, I’se coming from de souf—Susanna, don’t you cry.

〔楽譜の下の余白に注〕 N.B. The large notes give the melody as printed in the W. C. Peters edition in 1848. The small notes give the version commonly known.

  そして、巻末の資料の中に(p. XXII)、Holt 版の初版、つまり1848年2月25日にcopyright が取られている初版のファクシミリが掲載されています。

 

Fischer (1934) ed JohTaskerHoward_XXII.jpg


ファクシミリの外の下のところには説明として、"The Holt edition of “Oh! Susanna” copyrighted February 25, 1848. Although presumably an unauthorized edition it is, according to present knowledge, the first edition of the song. The edition authorized by Foster (published by W. C. Peters) was not entered for copyright until December 30, 1848.
Foster Hall Collection" と書かれています。ファクシミリの下のところの手書きの字はよく読めませんけど "Deposited in Clerk's Office So.[uthern] Dist.[rict] of N.[ew York] Feb. 25, 1848" じゃないかと思うのですが(ぐぐって見ての推測ですと、正式には"the clerk's office of the district court of southern district of New York" といったのかもしれない)、とにかくこれがcopyrightにかかわる記述のようで(しかし誰が書き込んでいるのでしょ。clerk なのかしら)。

   ハワードは、この1934年版では、Holt版が「unauthorizedなエディションではあるが、今日知られているところでは、この歌の初版である」ことを知りながら、しかし「フォスターのaurhorizeした版は1848年12月30日になってコピーライトをとった」ということで、少しは心揺れながらも(?) 、楽譜ではPeters版にしたがって3番までしか入れていません。そして、楽譜下の注が示すように、一般に知られている "commonly known" なメロディーとPeters 版がズレていることも知っている。自ら作曲家でもあるハワードはauthor, authority, authorizaton というものにこだわったのでしょうか。

    しかし、10年後に彼が "historical notes" の執筆者としてかかわるRandom House 版 A Treasury of Stephen Foster (1946) では、4番を3番にくりあげて、問題の2番をはずすというかたちになるのでした。これはWill Earhart and Edward B. Birge, ed., Songs of Stephe Foster: Prepared for Schools and General Use と同じ取捨選択です。50曲を収録したハードカヴァーのRandom House 版は、UCBに同じのが3冊あるくらいだから、ポピュラーなエディションだったようですけど、つぎかつぎのつぎくらいでとりあげます。

 もうひとつ、Foster Hall が出てきたので、Josiah Kirby Lillyという好事家というかFoster蒐集家について。このFoster Hall Collectionの同じ資料写真のNew York の上の――――のところで切られているのがWier 版のイラストではないかと想像されます。Foster Hall はEarhart & Birge 編のSongs of Stephen Foster の初版(1934年)を出版した Josiah Kirby Lilly が個人で収集したフォスター関係の資料を収蔵した建物です。このEarhart と Birge の本の目次の前のページに、"Foster Hall, Indianapolis, Indiana" のモノクロ写真があって、その下に説明がありました。

    The songs in this book and the greater part of the knowledge we now have of Stephen Foster’s life and work have become available largely through the efforts of Josiah Kirby Lilly, of Indianapolis, Indiana. His fondness for the melodies of Stephen Foster led him to search for first editions of these songs, and then for portraits of Foster, and for information that would throw increasing light on the composer’s life. A small building erected on his estate to house a pipe organ was named Foster Hall, and from 1931 to 1937 it became a fascinating treasure house of all things pertaining to Stephen Foster. In 1937 these things were given by Mr. Lilly to the “people of the United States,” and they are enshrined in the Stephen Collins Foster Memorial, located on the University of Pittsburg campus in the city of the composer’s birth.
  This collection of Foster songs is here presented for the second time. It first appeared in the Foster Hall edition published in 1934 by Mr. Lilly, who has since transferred publication rights to the University of Pittsburg.

Manufactured in U. S. A.
Copyright 1934 by Josiah K. Lilly—Copyright 1938 by University of Pittsburgh
University of Pittsburgh Edition printed 1938—Reprinted 1939, 1940, 1941 and 1942

 

   Josiah Kirby Lilly (1893-1966) という人は自身で1933年にフォスターの本を出していて、どうもその本と、彼の収集した資料の公開が、1934年にかくも出版が集中した背景にあるので はないかと思われますが、rare book で馬鹿高い本で、かつUCBにないので、ちょっと見る前に萎えてしまうかもしれませんが、萎えなかったらそのうちに。インディアナまで飛ぶかな。

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Indiana University の Lilly Library のページ <http://www.indiana.edu/~liblilly/tour/foyer.shtml>

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