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June 29 個人的 メモ personal notes [メモ]

June 29, 2008 (Sunday)

   これはただの個人的メモです。 

    このあいだ若林さんのブログの件で心配して(いやほんとに)あれこれ調べているときに、山口さんというひとのブログに遭遇した。山口さんは経済が専門の先生らしいが、トップに "H-Yamaguchi.net This is Hiroshi Yamaguchi's personal weblog. It aims to be an incubator as well as an archive of my ideas and thoughts. Possible topics include: finance, business administration, economics, prediction markets, virtual worlds, and other issues." と書いてあって、左の柱には "Disclaimer" として日本語で「・・・・・・個人的な考えを掲載したものであり、山口が所属ないし関係する機関、組織、グループ等の意見を反映したものではない。本サイトは投資の勧誘ないし銘柄の推 奨を目的とするものではなく、本サイトに掲載された情報(リンク先ないしトラックバック先の情報を含む)をもとにして投資その他の活動を行い、その結果損 失をこうむったとしても、山口は責任を負わない。本サイトの記載内容は、予告なく追記、変更ないし削除することがある。本サイトに寄せられたコメントおよ びトラックバックは、いったん保留した上で公開の可否を判断する。判断の基準は公開しない。いったん公開した後でも、・・・・・・」と書かれている。

   これはいいな、とモーリちゃんの父は思った。いや、 モーリちゃんの父は株式の分析も投資話もする気はないし、コメントやトラックバックもいまのところどうもないのですが、「予告なく追記、変更ないし削除する」のところと、あと冒頭の英語の "an incubator as well as an archive of my ideas and thoughts" のところです。まあ、後者については、こういう気の利いた(気取ったといは言わない)表現をするかどうかはともかく。

   わしふうにいえばメモ帳ですね。メモメモと  〆(- -)m メモメモ    φ(^^ ) メモメモ    φ(.. ) メモメモ   φ(`д´)メモメモ... 顔文字のメモかい(笑

   いまちょっと気になって「私的メモ」と「個人的メモ」をククってググってみたら、167,000対178,000だった。ヤフーだと377,000対407,000だった。ヤフーのほうが多いのか。・・・・・・ちがうくてー、個人的メモのほうが多いのか。なんか私的メモのほうがフォーマルな、もしくは気取った、もしかするとold-fashioned な感じがする。

     さらに気になって英語で "private notes" と "personal notes" を検索してみたらGoogleで817,000対 2,100,000、 Yahoo で3,200,000対8,490,000だった。〆(- -)m メモメモ

 


June 29 個人的 メモ(2)  システム  personal notes (2) system [メモ]

June 29, 2008 (Sunday) 12:00pm

これはただの個人的メモです。  以下はまったくの個人的メモですからひまな人以外は読まれないほうがよいです。読んでもおおむね無意味です。

   わけもわからぬままブログをはじめて2ヶ月になる。なんとなく気になるひとのブログを、ブックマークに入れておくだけでは見ないので、「読んでいるブログ」というのに入れているが、必ずしも共感しないものも入っている。いろいろなのだがそんななかのひとつ、外国文学のブログで「『美女と野獣』(ボーモン夫人)のレポートについて」という記事が今朝目にとまった。そしてそのなかで2) 作品の全体像を捉える。そのためには、作品のあらすじ、並びに構成ないしはシステム(体系)をとらえるようにする。 と書かれ、あとでも「構成ないしシステム」、「構成又はシステム」とくりかえされているのが気になった。気になったというのは、おかしい、という意味ではまったくない。ある作品のシステムみたいな考え方が一般的なものかどうかちょっと気になった。  

論文執筆にあたって 

論文としては、一番のポイントは作ってみた作品がシステムとしてどの部分が直感を実現できているか、どの部分ができないか?ということを考えてみるとよいと思います。
例えば新しいシステムを思いついてもすでにあることがよくあります。でも、それで新規性がないと考えることはやめましょう。そうではなくて、実際近いシステムを作ったとき、実現のために気をつけなければいけない事や「やってみてわかった事」があるはずです。そして、やったからこそわかるそのシステムのできることとできないこともあるはずです。そこから作った作品のシステムは何に向いているとかということが導き出せるでしょう。

   これは迎山和司研究室の「論文と発表」のページにある一節だが、どうやらコンピューター関係の研究であるようだ。公立はこだて未来大学というところでの情報アーキテクチャ学というもののようであります。ならわかる。

   考えてみれば、構造主義以降の発想ならば文学作品がシステムとしてとらえられても不思議はないし、もうちょっと歴史的に考えてみるとロシアフォルマリスムの考え方はそんなもんだったろう。し、ニュークリティシズムもそんなところと合わなくはないかもしれない。考えてみればsystemとは理工系だけのものでなく、自然や生態や生体を指して使われる言葉でもあったのだから、文学作品を有機体として捉えるニュークリでも認められてもいい言葉かなあという程度のことだけれど。

   小宇宙としての文学作品とかなんとかいう発想を自分はけっこう前からしてきたし、閉じた系としての作品におけるエントロピーの増大みたいなものをポーやピンチョンをつなげたときに考えていたような気もするのだけれど、作品のシステムというようなとらえ方が一般的とは思っていなかった。

   で、美女と野獣のレポートの指示を読んでみたけれど、システムと呼ぶことの意味がよくはわからなかった。それで気になって、ブログ内を探索してみた。そしたら「イコノロジー・図像学・アレゴリー」という "Theme" のところに以下の記事があった(2007.3.23)。

検討問題:普遍的芸術空間について:イデア論的現象表現としての芸術

Theme: イコノロジー/図像学/アレゴリー toxandoria氏の論考にコメントを書き、それへの返事を頂いて、思い出したが、普遍的芸術空間の創造とは、イデア論的アレゴリー空間的な現象表現が適しているのではないかと思った。

アレゴリー次元とはイデア次元で、超越次元である。この普遍次元・空間に基づいて、時代の問題を表現するのである。芭蕉的に言えば、不易と流行が共振して、特異性=普遍性の表現ができると思うのである。

シンボルもアレゴリーとして見ればいいのである。

そうすると、時代を超えた、且つ、時代批判的表現ができると思うのである。デューラーやゴヤやピカソのアレゴリー的表現を見よ。

参考:

[ ]厚化粧の「美しい国 」から「フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ」への回帰?

http://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070323/p1


toxandoria

toxandoria

『toxandoria の日記、アートと社会』

 

   検討問題というのが生徒さんにむかって投げられたものか、ご自身のものかはわからない。toxandoria氏という人を知らなかったのだが、クリックしてみた。どこをクリックしたらいいのかわからなかったのだが、みんなクリックしてみた。しかしhttp://d.hatena.ne.jp/toxandoria/20070323/p1 をクリックするのが正しいようだ。

   で、右往左往しながら読んでみた。右往左往する必要がなかったのはあとでわかったことで、シミュラクルしながらシステムが構築されているもののようであるらしいという感覚が残った。氏の最近の記事は「日本社会のバランサーを破壊した自公政権の重罪(シミュラク-ル化する日本の深層)」とそれのもとになった前日の「映画『幻影師アイゼンハイム』が“現前”させる現代日本「シミュラク-ル社会化」の病理」という記事だった(「記事の趣旨が分かりにくい表題となっていたこと、および部分的な加除・修正があったため、改題して再UP」なさったとのことである)。いや、シミュラクルではなくて差異化がもくろまれているのか。simulacra化する社会に抗して。いやイデアの現前がもくろまれているのか。

   シミュラクルしながらくるくるとシステムが構築されているもののようであるらしいというのは「歴史の女神クリオが拒絶する「美しい国」のシンクロ現象」にコメントを寄せて「厚化粧の「美しい国」から「フジヤマ・ゲイシャ・ハラキリ」への回帰?」に回収されたrenshiさまも共鳴共振なさっているようにも思われる。が、実はよくわからない。ちょっと衝撃的なくらいわからない自分がいた、というのが正直なところなのかもしれない。

   しかし両者のブログのシステムは違っている。自分はどちら系でもないと思った。

   メモのメモ・・・・・・ギリシア以来のシステムの概念史をミメーシスとの関係でも考えること。 〆(- -)m メモメモ

 

 

 


August 6 翻訳著 Translation [メモ]

August 06, 2008 (Wednesday)

   これは個人的メモです。

    日本の、とある学会〔と学会ではない〕から、モーリちゃんの父が前に誤植を沢山指摘したので――-- <!--[endif]-->先回〔千回ではない〕も誤植を随分見つけてくださったので、この段階で、みてくださいませんか、とメールに添付で会報〔解放どころではない〕の原稿が送られてきた。

  あいよー、と、猛烈なチェックを夕方図書館から帰宅後に始めて訂正を入れたファイルと説明の文書を先ほど送り返したところだが、ひとつ気になったことに書誌のなかでの「翻訳著」という分類名称があります。

  実は初めて目にしました、たぶん。で例によってネットで調べてみると、けっこうある。「翻訳著に「アメリカの医療と看護」(保健同人社)など多数。」(「書評」<http://www.jscf.org/jscf/SYOHYOU/okamoto.htm>)とか、「書籍名:国際版・世界の美術館 8 ミュンヘン美術館 著者名:森洋子翻訳著」(日本の古本屋:古本・古書リスト <http://www.kosho.or.jp/list/207/207-16.html>)とか、「原著・翻訳文をご覧になりたい方は、下記をご覧下さい。・原著(English) WHO Terminal report series 916 "DIET, NUTRITION AND THE PREVENTION OF CHRONIC DISEASES"
Report of a joint FAO/WHO Expert Consultation
 ・翻訳著 WHOテクニカルレポート916 「食事、栄養および慢性疾患予防」【国連食糧農業機関/世界保健機関の共同報告書】」(2003年 FAO/WHO 歯科疾患予防の勧告 <http://www.f-take.com/fao-who-2003report.htm>)とか。

  ググルやヤフの検索で上位でヒットするのはウィキペディアですねー。でもウィキペディア内で検索すると五つしか出てきません。そのうち二つは「翻訳著書」という言葉で、「翻訳著」は三つだけですが(Search results for 翻訳著)。五件のいずれも人名で、「翻訳著」の三つのうち二人は大学教授で「単著」「共編著」「翻訳著」もうひとりはさらに、「論文」と並んでいます。残りのひとりは『ちびくろさんぼ』や『ひとまねこざる』の翻訳で有名な光吉夏弥で、「翻訳著」のみ4冊あがっています。ちなみに「翻訳著書」は映画監督のジョン・ウォーターズと哲学者のショーペンハウエルで、つまり日本語に訳された著作の意味で「翻訳著書」という言葉が使われているようでございます。よくわかりませんが、「アカデミズム」の人かなんかがこういう表記をウィキペディアに入れつつあるのかとソンタクされます。十年以上前でしょうか、複数の筆者による論文集に入れた論文を「論文」じゃなくて「共著」と表記し、ただの論文で単行本でなくても「単著」と表記する(単著の単行本は「著書」)ように文部科学省が指導だかなんだかしたようですが、そういう流れのなかで自発的ないし行政的に起こった奇妙な日本語なのでしょうか、どちらも、みんな。

  あと、ちょっと違うパタンだと、「DV・虐待にさらされた子どものトラウマを癒す―お母さんと支援者のためのガイド ランディ バンクロフト (著), Lundy Bancroft (原著), 白川 美也子 (翻訳), 阿部 尚美 (翻訳), 山崎 知克 (翻訳), 白倉 三紀子 (翻訳) (著)」 (ウィメンズカウンセリング徳島 <http://wctokushima.com/books/show_book.php?isbn=1193>)とか、「Web解析Hacks  Eric T. Peterson (著), 株式会社デジタルフォレスト (監修), 木下 哲也 (翻訳), 有限会社 福龍興業 (翻訳) (著)」(活動スケジュール|EO <http://www.eojapan.org/cat3/>)とか。

  こういうのを見ると、著作権の意識がなせるわざか? とも思われます――実のところ「(著)」がどこにかかっているのか定かではないのですが(笑)。「■恐竜はネメシスを見たか リチャード ミュラー/手塚 治虫 (翻訳) (著)■」(<http://cottonbook.ocnk.net/product/176>)みたいなのもよくわからんです。逆じゃろー、という感じ。まあ訳者のほうが名前がでかいというパタンですが、しかも監訳だし。

   また違うパタンでよくわからんのはアマゾンの「愛はさだめ、さだめは死 (ハヤカワ文庫SF) (文庫) ジェイムズ,Jr. ティプトリー (著), ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア (翻訳, 著), 浅倉 久志 (翻訳) 」 みたいなの。

  ううむ。やっぱり研究者のネット上の業績とか見ると「翻訳著」と書いている例がありますねー。

  翻訳は翻訳なんで、著なんかつけたってしょうがないと思うのですが。そんなにこだわるなら、論文も論文著、発表も発表著。作品の場合は作品著、小説著、詩著、 とつい言いたくなるが、やっぱり日本語がおかしいのはおかしいし、おかしいのを世間にまで広めようとするな、と言いたいです。英語だったら、どんなにエライ人の翻訳の仕事だろうがどんなにエライ作品の翻訳だろうが、translationでしかないと思いますが。まあ translation works という言葉はありそうではありますが。

 

 Translation.gif

    メモですので、翻訳著作権関係の文章を貼り付けておきます(読む必要はありません)。「平成19年度特許庁委託事業 韓国産業財産権調査報告書 (第51回)」 <http://www.jetro.go.jp/biz/world/asia/kr/ip/pdf/0706_report.pdf>

翻訳著作物の実質的類似性の判断方法及び独占的翻訳出版権者の著作権者代位のための保全の必要性に関して判断した事例
【書誌事項】
当事者:○○(原告) v. ○○(被告)
判断主体:大法院
事件番号:2005 ダ 44138
言渡し日:2007 年 3 月 29 日
事件の経過:確定
【概要】
(1)翻訳著作物の創作性は、翻訳者の創意と精神的努力が宿った部分にあるものであり、その翻訳著作物に現れた事件の展開、具体的なあらすじ、登場人物の性格と相互関係、背景設定などは翻訳著作物の創作的表現であると言えないため、翻訳著作権の侵害如何を判断するために翻訳著作物と対象著作物間に実質的類似性があるかどうかのを判断においては、翻訳著作物の創作的な表現に該当することだけを持って対比しなければならない。
(2)著作権者との利用許諾契約により取得する独占的翻訳出版権は独占的に原著作物を翻訳し出版することを内容とする債権的権利であるため、第三者が作成した著作物が原著作物の翻訳物であると見られない時は、独占的翻訳出版権者が著作権者を代位しその第三者を相手取って侵害停止などを求める保全の必要性があると言えない。
【事実関係】
原告は、「ロバの耳」という題号のフランス語原作小説の著作権者と原作に忠実且つ正確に翻訳すると約定し、利用許諾契約の一種である独占的翻訳出版契約を締結して韓国語に翻訳した本件小説を出版した。その後、被告が上記のフランス語原作小説と類似の対象童話を出版したところ、これに対して原告は両著作物間に実質的類似性があり本件小説に対する翻訳著作権が侵害されたことを理由に、併せて独占的翻訳出版権に基づいて原作小説の著作権者を代位し、本件著作権侵害停止請求の訴えを提起した。
【判決内容】
(1)翻訳著作物の創作性は、原著作物を言語体系が異なる国の言語に表現するための適切な語彙と構文の選択及び配列、文章の長短及び叙述の順序、原著作物に対する忠実度、文体、語調及び語感の調節など翻訳者の創意と精神的努力が宿った部分にあるものであり、その翻訳著作物に現れた事件の展開、具体的なあらすじ、登場人物の性格と相互関係、背景設定などは場合によって原著作物の創作的表現に該当し得ることはさておいても、翻訳著作物の創作的表現であると言えないため、翻訳著作権の侵害如何を判断するために翻訳著作物と対象著作物間に実質的類似性があるかどうかの判断においては、上記のような翻訳著作物の創作的な表現に該当することだけをもって対比しなければならない。
 また、対象著作物が既存の著作物に基づいて作成されたかどうかと両著作物間に実質的類似性があるかどうかは互いに別個の判断であって、前者の判断には後者の判断と異なり著作権法によって保護される表現だけでなく著作権法によって保護されない表現などが類似しているかどうかも共に参酌され得るため、対象童話が本件小説に基づいて作成されたかどうかの判断において著作権法により保護されない表現などの類似性を参酌できるとして両著作物間の実質的類似性如何の判断においても同一に上記のような部分などの類似性を参酌しなければならないものではない。
 本件小説の個々の翻訳の表現を構成している語彙や構文と部分的に類似に見える語彙や構文が対象童話で時々発見されるが、そのような事情だけで直ちに本件小説と対象童話の間に実質的類似性があったり本件小説に対する翻訳著作権が侵害されたりしたとは断定できず、その実質的類似性を認めるためには対象童話で類似語彙や構文が使われた結果、本件小説が翻訳著作物として持つ創作的特性が対象童話で感知される程に至ったという点が認められなければならない。
 しかし、本件小説と対象童話で一部類似語彙や構文が占める質的あるいは量的比重は僅かであり、本件小説は社会批判小説として青少年層を読者層とする反面、対象童話は乳幼児童として児童などを読者層としており、その結果類似語彙や構文などが配列された順序や位置、その類似語彙や構文が挿入された全体の文章や分段の構成、文体、語調及び語感などで相当な差が見られるため、本件小説が翻訳著作物として持つ創作的特性が対象童話で感知されるとは見難い。従って本件小説と対象童話の間に実質的類似性があるとは言えない。
(2)著作権者と著作物に関して独占的利用許諾契約を締結した者は、自身の権利を保全するために必要な範囲内で著作権者を代位し著作権法第91条に基づいた侵害差止請求権などを行使することができると言えるが、著作権者との利用許諾契約により取得する独占的翻訳出版権は、独占的に原著作物を翻訳し出版することを内容とする債権的権利であるため、第三者が作成した著作物が原著作物の翻訳物であると見られない時は、独占的翻訳出版権者が著作権者を代位しその第三者を相手取って侵害停止などを求める保全の必要性があると言えない。
 ところが、対象童話はフランス原作小説の分量を大幅に縮小し登場人物と逸話の数、具体的なあらすじの細部展開などを減らしたり単純化し、登場人物の職業と細部的な性格及び背景設定などを異ならせその主題と結末を変える等の相当な変更を加えた結果、対象童話がフランス語原作小説の翻案物に該当するかどうかは別論としてその翻訳物であるとは到底見られないため、原告がフランス語原作小説の著作権者を代位し対象童話の複製、配布などの禁止などを求める保全の必要性があるとは言えず、本件債権者代位請求部分の訴えは不適法である。
【専門家からのアドバイス】
著作権法は翻訳物を著作物として例示してはいないが、語文著作物の一つとして著作権法により保護され得るのは当然である。しかし、翻訳物自体の著作権を主張できる部分は上記の判示でのように原著作物に見られない創作的表現に限定される。また、翻訳出版権者が原著作者を代位し権利行使をすることにおいても対象著作物が翻訳の程度を越えた場合、代位権行使のための保全の必要性は認められない。このような点を考慮すると、翻訳出版権者は原著作者と契約を締結する時、翻訳出版権者の権利を侵害する一定の状況が発生した場合、原著作者が翻訳出版権者の利益を保護するために訴訟を提起する義務を賦課する条項を設ける等の方策を予め確保しおく〔ママ〕ことを積極的に考慮してみる必要がある。

August 8 オリンピックの花火 fireworks, pyrotechnics [メモ]

August 08, 2008 (Friday)

    オリンピックが始まった。らしい。テレビ放送はどうなっているのだろう、と遅ればせに公式サイト The Official Website of the Beijing 2008 Olympic Games <http://en.beijing2008.cn/> から 右側の "Olympic Video" の "Select you Country/region" の、最初に日本をクリックしてビデオを見ようとしたら、「あなたの地域では見られません」みたいに出たので、しかたなくUnited States of Americaを選んでクリック。メニューバーの中に "TV & ONLINE LISTINGS" というのがあって、クリックすると、番組表とかと同じで例によって郵便番号を入れろ Enter your zip code と指示があって、どうやらNBC11(このへんのケーブルだと003チャンネル)を中心に放送するということはわかりました(こんなことは常識かもw)。あとCNBC (058)とMSNBC (060)とかで放送。あ、NBC をウィキペディアで調べるとつぎのように「沿革」のなかに書かれていました。――

1995年 2000年から2008年までのオリンピックのアメリカ国内における独占放映権を総額35億ドルで獲得(グループ局のCNBCMSNBCUSAネットワークにおいても放映、2003年には2012年までの独占放映権も獲得)。

あなるほど。で、上記の番組表を見ると、こんな感じ――TV & Online Listings |Viewing Schedule | NBC Olympics 〔NBCオリンピックかよ!〕――ですが、今の段階ではなにやらわかりませんので、ふつうのテレビ番組表を見ると今夜7時半に3ちゃんで入場式が放送されることがわかりました。どうりでニュースでちらっとしか朝はやっていなかったのね。

   夜ということがわかりましたので、前のページに戻って、写真のところを見ると、 "Related" のなかに "Pyrotechnics" という見出しがあった。開会式の "Opening Ceremony: The Pyrotechnics" のフォト・ギャラリーです <http://www.nbcolympics.com/destinationbeijing/photos/galleryid=183811.html>。

    日本(のWEB)では、「ド派手な開会式:花火12万発 ギネス記録に」(同「中国情報局」)とかニュースになっているようですが、英語のニュースでは見当たらず(探し方へたなのかも)、読んでもどういう記録なのかよくわからんのですが(オリンピックとしての最高というのではなくて一度のpyrotechnic show としての最高数ということ??)、まあ、開会式として話題のようで・・・・・・。

   ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

   ここから英語の勉強メモと、あと、洋書とかのことをなるたけ書かんとあかんなあと反省したので、文学作品メモです。

   写真のキャプションは一貫して "Scenes of fireworks in and over the Opening Ceremony of the 2008 Olympics." となっています。『リーダーズ英和辞典』は pyrotechnics を「花火技術;花火の打上げ;《弁舌・演奏などの》はなばなしさ」とし単数形の pyrotechnic は、形容詞として「花火(技術)の;はなばなしい」、名詞として「花火;花火に似た装置,火工品《ロケット点火装置・爆発装置など》;花火用燃焼物」、そして派生語として別の形容詞のpyrotechnical、副詞としてpyrotechnically を挙げています。 『ジーニアス英和辞典』だと、pyrotechnics は「[単数・複数扱い]1  花火製造術 2 《正式》花火の打ち上げ[使用,ショー] 3 《正式》〈弁舌・機智・演奏などの〉華々しさ」としています。pyrotechnic のほうはpyrotechnical と並べて形容詞のみで、「1 花火の 2 華々しい;センセーショナルな」です。『ロングマン現代アメリカ英語辞典』は明快に、というか、こういう長い語にしては珍しく3つ並べて次のように記述しています。――

pyrotechnics
1  [plural] 《FORMAL OR TECHNICAL》 a public show of FIREWORKS
2 [U] 《TECHNICAL》 the skill or business of making FIREWORKS
3 [plural] an impressive show of someone's skill as a public speaker, musician etc.
pyrotechnic adj.

    要するに簡単にいえば「花火」のフォーマルな英語がpyrotechnics です(ロングマンの1番、これはジーニアスの2番)。〈語源的にはpyro は pyramid とかと同じく fire の意味のギリシア語の接頭辞で、それのtechne 術だから花火術とかいう2番の意味がいっぽうであり、また「ハナバナシイ技」みたいな比喩的な3番の意味もあるというわけです。

  この「ピロテク(ほんとはパイロテク)」の比喩的な使い方でモーリちゃんの父の記憶に残っているのは、アメリカの自然主義作家Stephen Crane (1871-1900: BeatlesのSgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band のアルバムジャケットに登場することで有名か?)がニューヨークで落ちていく娘マギーの生涯をたどった『街の女マギー』 (Maggie: A Girl of the Streets) という中篇小説です。 "A Girl of the Streets" という副題だけでセンセーショナルだったようです。作家の技的にはいかに生の断片ではなくて環境の中で生まれて死んでいく生きざまを長篇小説のような長さじゃなくて捉えるか、というようなことがあったのだろうか、と思いついていまGutenberg のe-text Maggie を見てみたら、生まれるところは書いていませんでした(w)。しかし確か数十ページの長さなのに19章に章立てして、ときに印象主義的といわれるような、感覚的、比喩的な言語で、マギーという花のように開いて花のように散っていった少女の生きざまが語られます。あ、以上駄弁です。

  その11章で、兄のJimmie が、妹のマギーがつきあいはじめた Pete が働いているバーにやってきて喧嘩になるシーンがあり、店にいた静かな客が通りでたぶん腰を抜かしてバタバタしている様子の描写にピロテクが使われます。あんまり意味がないですが長めに引用します。――

  In a small, tossing group, the three men edged for positions like frigates contemplating battle.
  "Well, why deh hell don' yeh try teh t'row us out?" cried Jimmie and his ally with copious sneers.
  The bravery of bull-dogs sat upon the faces of the men.  Their clenched fists moved like eager weapons.
  The allied two jostled the bartender's elbows, glaring at him with feverish eyes and forcing him toward the wall.
  Suddenly Pete swore redly.  The flash of action gleamed from his eyes.  He threw back his arm and aimed a tremendous, lightning-like blow at Jimmie's face. His foot swung a step forward and the weight of his body was behind his fist.  Jimmie ducked his head, Bowery-like, with the quickness of a cat. The fierce, answering blows of him and his ally crushed on Pete's bowed head.
  The quiet stranger vanished.
  The arms of the combatants whirled in the air like flails.  The faces of the men, at first flushed to flame-colored anger, now began to fade to the pallor of warriors in the blood and heat of a battle. Their lips curled back and stretched tightly over the gums in ghoul-like grins.  Through their white, gripped teeth struggled hoarse whisperings of oaths.  Their eyes glittered with murderous fire.
  Each head was huddled between its owner's shoulders, and arms were swinging with marvelous rapidity.  Feet scraped to and fro with a loud scratching sound upon the sanded floor.  Blows left crimson blotches upon pale skin. The curses of the first quarter minute of the fight died away.  The breaths of the fighters came wheezingly from their lips and the three chests were straining and heaving.  Pete at intervals gave vent to low, labored hisses, that sounded like a desire to kill. Jimmie's ally gibbered at times like a wounded maniac.  Jimmie was silent, fighting with the face of a sacrificial priest. The rage of fear shone in all their eyes and their blood-colored fists swirled.
  At a tottering moment a blow from Pete's hand struck the ally and he crashed to the floor.  He wriggled instantly to his feet and grasping the quiet stranger's beer glass from the bar, hurled it at Pete's head.
  High on the wall it burst like a bomb, shivering fragments flying in all directions.  Then missiles came to every man's hand.  The place had heretofore appeared free of things to throw, but suddenly glass and bottles went singing through the air. They were thrown point blank at bobbing heads.  The pyramid of shimmering glasses, that had never been disturbed, changed to cascades as heavy bottles were flung into them.  Mirrors splintered to nothing.
  The three frothing creatures on the floor buried themselves in a frenzy for blood.  There followed in the wake of missiles and fists some unknown prayers, perhaps for death.
  The quiet stranger had sprawled very pyrotechnically out on the sidewalk.  A laugh ran up and down the avenue for the half of a block.
  "Dey've trowed a bloke inteh deh street."
  People heard the sound of breaking glass and shuffling feet within the saloon and came running.  A small group, bending down to look under the bamboo doors, watching the fall of glass, and three pairs of violent legs, changed in a moment to a crowd.
  A policeman came charging down the sidewalk and bounced through the doors into the saloon.  The crowd bended and surged in absorbing anxiety to see. 〔強調付加〕

  戦争や武器の語彙が素手の喧嘩にもちこまれ、同時に動物的・獣的な状態に還るという自然主義的なメッセージが入っている一節です。

  "sprawl" は手足を投げだして寝る、座る、倒れる、というような意味の動詞です。この "quiet stranger" は少し上の青字のところで、(おそらく危険を察して)姿を消した人です。で、なんで店の前にとどまっているのかよくわからないのですが、おそらく店から出る前に喧嘩が始まって、その光景の恐ろしさに腰が抜けたようになって店の前の通りでバタバタしていたのではなかろうかと(推測)。それを見て人は笑います。そして"Dey've trowed a bloke inteh deh street."と誰かが言う。 ニューヨークのバワリー地区の下層のひとたちの言葉ということで、作品内の会話はだいたいくずれた英語になっていますが、They've thrown a bloke into the street."で、bloke は "man" "fellow" の意味です。『リーダーズ・プラス』はアメリカ俗語として「酔っぱらい」を挙げていますが、この作品では他の箇所で(酔っているわけではない)男の意味で使っています。で、「(店から)ひとり男が放り出されたんだ」と言っているわけです。モーリちゃんの父は昔読んだときには、これは事実ではないと思っていたのですが、いま読んでみると、事実なのかもしれません。なかなか店から出るに出られず腰も抜け、放り出された(ほんとかいな?)。まあ、よくわかりませんけれど、いずれにしても、この男のピロテクは、"an impressive show of someone's skill" というような、つまりヒケラカシとかミセビラカシとか自発的なものではないことは確かです。ただ「ハナバナシイ」という感じでよいのでしょうか。あるいは皮肉が入っているということでしょうか。

16章冒頭では形容詞形で出てきます。――

  Pete did not consider that he had ruined Maggie.  If he had thought that her soul could never smile again, he would have believed the mother and brother, who were pyrotechnic over the affair, to be responsible for it.
  Besides, in his world, souls did not insist upon being able to smile. "What deh hell?" 〔強調付加〕

  (ピートは自分がマギーを破滅させたとは考えなかった。マギーの魂が二度とほほ笑むことはない、と仮に考えることがあったとしても、ふたりのつきあいにpyrotechnic だった母親と兄にその責任がある、と考えていただろう。)

   ここでは「うるさかった」 みたいな感じなのでしょうか。上記2例のどちらにしても花火みたいにdisplay が強いということでOKなのでしょうか。

   いまOED (Oxford English Dictionary) を参照することができない環境なので、推断はやめておいて、もしかしたらつづく~♪

 

 

 

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Text:

Stephen Crane, Maggie: A Girl of the Streets.  The Project Gutenberg E-text <http://www.gutenberg.org/files/447/447-h/447-h.htm>

 

 


April12 いとやさし easy as 1, 2, 3 [メモ]

April 12, 2008 (Saturday)

    4月12日というとSan Francisco からAlbany に引っ越してきて4日目。まだ右も左もわからないころでしたが、1000 San Pablo のアルバニーの市役所からアパートの "Resident" 宛てにはがきが届きました。

   bag-a-bag_Albany.jpg

"Presorted First-Class Mail/U.S. Postage Paid/Albany, CA/Permit No. 467" と切手の位置に印字してあります。 "presort" というのは「郵便物を郵便局に出す前に郵便番号に従って分ける」ことをいうのだそうですが(『リーダーズ』)、同じ内容の郵便物(はがきや封書)を大量に発送する場合に、Zip Code で分類しておいて割引が得られるシステムのようです。

"recycle/It's as easy as 1, 2, 3 to recycle your plastic bags. " (リサイクル/プラスティック・バッグをリサイクルするのはとっても簡単) と横に大きく書かれています。 "(as) easy as 1, 2, 3" あるいは  "(as) easy as 1-2-3" あるいは "(as) easy as one, two, three" あるいは "(as) easy as one-two-three" は "(as) easy as ABC" と同じで「とてもやさしい」「いとも簡単」という意味でしょうが、英和辞典に見つからないかも。でもABCより簡単なのか、流行ってるみたいです(笑)――

"Cremation, as easy as one-two-three" 〔The Jakarta Post

"Racial Equality Is As Easy As One, Two, Three" 〔brotherpeacemaker

"The Glamour of the Grammar: As easy as one, two, three"  〔Jerusalem Post

"Hardware Today: HPC Gets as Easy as 1-2-3" 〔ServerWatch: Serving Trends and Analysis to the Enterprise

"As Easy As 1, 2, 3 (4, 5)" 〔ClickZ: News and expert advice for the digital marketer.  step が5つなのでこういう表現にしているようです〕

   ABC のアルファベットの言語じゃない人にも数字の1,2,3は万国共通で簡単だからでしょうか。・・・・・・

   いや、さっきからしきりに頭の中に鳴り響いていた曲・・・・・・つうと、だいぶ古いでしょうか。

The Jackson 5, "ABC"

A B C, easy as 1 2 3,
Ah, simple as do re mi,
A B C, 1 2 3 ♪ 〔リンク先はJackson5abc.com〕

Oh かOr にも聞こえますが、どうなんでしょ。平井堅物はAh ですねー――「Ken's Bar 專輯歌詞※Mojim.com 魔鏡歌詞網」〔どういうタイトルじゃい〕

 

1970年2月発表の曲のようですWikipedia

  さて、そうして、リサイクル・ボックス recycle container (アルバニーは灰色でした)の写真の下に "Just bag them before putting them in the recycling container." (リサイクル・コンテナ-に入れる前にバッグに入れるだけ。)と書かれ、赤字で "Follow the directions on the other side." (裏側の指示に従ってください)と書かれています。簡単じゃないじゃんか! 

  まあ、そういわず、つづく~♪

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sunny さんのブログsunny的博客_ 新浪博客(2008.6.18)は 「as easy as one,two,three=as easy as ABC 非常容易.」 としています。<http://blog.sina.com.cn/s/blog_520d3a4001009lia.html>

 

 


October 25 イーハー、イーホー、イーフー、ヤーフー、イャッホー、ヒーホー、ヒーハー Yeeha, Yeehaw, Yeehoo, Yahoo, Heehaw, Heeha [メモ]

October 25, 2008 (Saturday)

   最初は「おおスザンナ」のダンスのビデオを見ていたときに気になった。ラインダンスがカントリーミュージックを一時大量に取り入れ、「おおスザンナ」についていえばRednex など(cf. 「August 15 おおスザンナ・ラインダンス Oh! Susanna Line Dance」)カントリー&ウェスタン的イメージのアレンジ曲を利用したことで、ロデオのときに発せられるような掛け声がやたらと聞こえてくるのだった。

  ヒーハー? ヒーハウ? ヒーホー? ミーハー? ニーハオ?(最後のは自分でも、それはない、と思いましたが)

  で、heeha その他いろいろと辞書にあたってみたが見つからず、たぶん日本語の検索でいくつかの文章を見て、やっぱ「ヒーハー」なのかな、と夏前に思い、そのままになっていた。たぶんたとえば次のような文章――「『スリー・テナーズ』って公演の時に、後藤さんが大路(恵美)に「西部劇でカウボーイが上げるような"ヒーハー"って声を出して」と、リクエストしたんで すよ。そしたら大洋さんがその「ヒーハー」を聞いて「違う違う、そんなヒーハーじゃない。"ヒイィィィィー、ハアァァァァァー!"だ!!」って、延々指導 して。」、「今回の周杰倫さんコンサでは「ヒーハー!」という掛け声があったそうな。 なんてハイレベルな!」、 「例えば「少年B」は、単純に「ヒーハー」っていうフレーズがまず自分にとってヒップホップやなと思って。スピーチとかでもラップする前に「ヒーハッ」って言ってラップしてたり、なんかイカつい人でもヴァースの裏とかで「ヒーハー」とか言ってたりする」、「あら、私ったらジョーバに乗って笑いながら「ヒーハー」って言って遊んでしまいました。勇気ありすぎ?」、「「ヒーハー、ヒーハー」....ハワイの言葉で”COOL!!!"って意味らしいんだけど、大chan が言うと息切れしてるようにしか聞こえないんですけど」、「AT車なんて怖くないのさ、ヒーハー!(カウボーイ風) 」、「コングレス・アベニューという
皮細工やカウボーイハット屋が多い通りにお買い物に行く。伊勢はテクサン(テキサス人)は「ヒーハー!」って言うもんだと思ってたけど、
(参照「トイ・ストーリー」)結局全然耳にしなかった。
」、「今日はよい天気に恵まれ景色はサイコーでした! イェーイ! イヤッホー!! ヒーハー!!!(裏声の大声でどうぞ).」、「ロデオの様に男にまたがりヒーハーっばりに暴れ馬の調教です!」、「Bluegrassっていうのはどういう音楽かってーと、一番わかりやすいのはディズニーランドのフロンティアランドでかかってる陽気な音楽です。ビッグ サンダーマウンテンとか並んでるときにかかってる、バンジョーがべんべらべんべんべん、「ヒャッホウ~!ヒーハー!」みたいなの。」、「腐女子高生LENA ヒーハー!」、 「ヒーハー式話法 - シナトラ千代子」(あ、これはちがうか)、「カラシにヒーハ言いながら、作りましたσ(⌒▽⌒;) このヒーハーが、美味しいんだな(笑)」(あ、これもちがうか笑)、「そうなんだ‘旦那さんテキサス出身なんですか~!ヒーハ~♪やっぱりカントリ~♪は聴くのですか?!〔カントリーPOP SINGER の歌姫〕」、「ああいう時の人ごみっていいですね♪熱気があって、皆でヒーハ~叫んで(笑) 〔オーストラリアの大地に包まれて〕」。

  しかし、このあいだテレビでアニメのスポンジボブ SpongeBob SquarePants を見ていたら、女の子(といってもリスだが)のサンディーSandy Cheeks が馬に乗って怪物を退治に行くときに、この掛け声を発しました。そのときクローズド・キャプションにしていたので、ハッと顔をあげて見たら間に合いました。

    "Yeehaw." でした。

 

     このあと話がややこしくなるので、ブレークを入れて、次回につづきます

   カーペンターズは代表的なカントリーシンガーのひとりであるハンク・ウィリアムズ Hank Williams の「ジャンバラヤ Jambalaya (On the Bayou)」(1952) のカヴァーを1973年に出してヒットするわけですけど、そのまえの1972年のアルバム『トップオブザワールド Top of the World』に収録されていて1973年に遅れてシングルカットされたアルバムタイトル曲もカントリーですね。1974年のオランダでのテレビショー"Grand Gala du Disc" に出演したときの映像です。――

 

  "Top of the World" (2:52) posted by "bhjsa20" on September 12, 2006

  なんか笑いが入ってますけど(笑)

  Cajun な「ジャンバラヤ」では2分53秒くらいのところで(こっちはどう聞いてもカレン・カーペンターの声じゃないですが) Yeeha! という声が入っています――("The Carpenters - Jambalaya - On The Bayou (33P Covers SLD)" (3:43) posted by "ardenHK" on April 5, 2008)。

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「Piper10周年記念公演『ひーはー』特集 <http://eplus.jp/sys/web/theatrix/special/piper.html>


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