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October 31 エリアーデのいう中心のシンボリズム The Symbolism of the Center as Described by Mircea Eliade [メモ personal notes]

October 31, 2008 (Friday)

   メイポールを考える参照用メモ です

    いったい自分はブログで何をやりたいのだろう、という疑問がまたフツフツと沸いてこないわけでもない今日このごろだが、Maypole をぐーぐる検索したら 日本語のページ 約 89,700 件、それを端から見ていったら途中で471件に減っていたので、全部見た。ラッキー♪

  そして、いろいろ学ぶところあったのだが、それは別の記事にとっておいて、ここでは、ファルス(phallusというのは簡単に言うと「象徴」としての男根で、そこがpenisとちがう。だからちんこと言うのとはいくつかの次元で異なる)にばかりくっつけられてしまう傾向の強いポールについて、セクシャルじゃない方向に頭を広げるべく、引用をメモっておきます(むかしのメモ的文章からの孫引きだけど、自分のメモだから孫引き表示はしない)。

  聖なるものの顕現hierophany が起こる場としての「〈中心〉のシンボリズム the symbolism of the "Center"」について、文化人類学者(本人は「比較宗教史家」という肩書を好んだようですが)のミルチャ・エリアーデの典型的な説明の文章。

ヒエロファニーによる地平から地平への突破がもたらされる場所では、上方(神界)あるいは下方(地下界、死者の世界)へ向かう開口が作られている。三つの宇宙平面――地、天、地下界――は交流状態に置かれている。〔・・・・・・〕この交流はしばしば、天地を支え、結びつけ、かつ下の世界(地獄の領域)に基礎を置く、宇宙の柱、axis mundi 世界軸という形象によって表現される。この宇宙の柱はただ世界の中心にのみ存在しうるが、居住可能な世界はすべてその周囲に広がるからである。こうして我々は一連の宗教的観念、宇宙論的形象を扱うことになる。それらは分かちがたく結びついて、伝統社会の「世界システム」と呼ぶことができる一つのシステムを形づくる。すなわち、(a) 聖なる場所は空間の均質性における裂け目を構成する。(b) この裂け目は(天から地へ、およびその逆、あるいは地から下界へというふうに)一つの宇宙領域から別の宇宙領域への移行を可能にする開口によって象徴される。(c) 天との交流は、柱〔・・・・・・〕、梯子(ヤコブの梯子)、山、樹、蔓(つる)などいくつかの形象のどれかによって表現されるが、みな世界軸に関係する。(d) この世界軸の周囲に世界(=我らの世界)が広がる。したがってこの軸は「中央に」、すなわち「地の臍(へそ)」にある。それは〈世界の中心〉である。 〔Mircea Eliade, The Sacred and the Profane: The Nature of Religion, trans. Willard R. Trask (New York: Harcourt, 1959), pp. 36-37.  ミルチャ・エリアーデ 『聖と俗――宗教の性質』〕

 Cf.  Mircea Eliade, Patterns in Comparative Religion, trans. Rosemary Sheed (1958; rpt. New York: New American Library, 1974), p. 375; The Myth of the Eternal Return or, Cosmos and History, trans. Willard R. Trask (Princeton, NJ: Princeton UP, 1954), p. 12.

   いわゆる「生命の木 Tree of Life」 と呼ばれる世界各地にみられる神話的な樹木――天と地をつなぐ木(ジャックと豆の木はなんで木なのかとか)――は中心のシンボリズムにかかわる(「中心のシンボリズム」を検索すると半分以上は、平凡社から1980年代に出た「イメージの博物誌」シリーズのロジャー・クック著 植島啓司訳『生命の樹――中心のシンボリズム』 (1982) ISBN 978-4582284157 が占めるみたい)。もっともRoger Cook の本の原題は Tree of Life: Image for the Cosmos (「生命の木――宇宙のイメージ(宇宙像)」)なのだけれど。確か最後のほうのモノクロ画像だけれど、パウル・クレーの抽象的かつ幾何学的な絵が実は生命の木、というより実際の木からイメージされていることを製作過程のデッサンで示しているところがあって、ヘーと学生のころ思った記憶がある。

   エリアーデのいう中心というのは、聖なる出来事がおこる空間で、もちろん原初的には神による世界の創造、その後の失楽園物語(天と地をつないでいた世界軸としての生命の木が断たれるというかたちで)の場であるけれど、歴史内の人間にとっても、祝祭や儀式が行われる場所はつねに「中心」になる。つまり原初的・神話的ふるまいを再現・再演する空間となる。

  塔も世界軸。なつかしい「そうりん」(「June 16 そうりん」) も。

   思えば、キリスト教の「知恵の木」Tree of Knowledgeをファルスと考えるばちあたりな説もあるわけだけれど、宗教の起源を人間内部に結局のところ求めたのがフロイトであってみれば、あっちんこっちにちんこが見えてしまうのもむべなるかな、ということですかね。というか、それは亜流亜式悪しきフロイト的すぎると思われ。 (脱線してしまいつつあるので、つづく)


参考URL―

"Mircea Eliade: Biography from Answers.com" <http://www.answers.com/topic/mircea-eliade>

「生命の樹」と聖獣 唐草物語 <http://www.karakusamon.com/my.html> 〔杉浦康平の『生命樹・花宇宙 万物照応劇場』(NHK出版2000年7月刊)〕を引いたややかなり細かい分類〕

"Myth and Religion in Mirciea Eliade" - Googleブック検索 〔例〕

"The Myth of the Eternal Return by Mircea Eliade at Questia Online Library" 〔断片〕

神話研究部 <http://www.geocities.co.jp/AnimeComic/8259/sinwa/sinnwa11.htm> 〔下の引用はエリアーデをまとめたものだと思われるが、リンクの「部室へ戻る(⌒▽⌒)」 がこわくて押してないのでどういうサイトか不明〕

樹の話と中心と

■ 樹に係るイメージは中心。中心のシンボリズムである。中心は絶対的な始まりの点であり、聖なるエネルギーの集まる所である。神話の中の言葉では、「世界の へそ」「神の卵」「隠された種子」「根源の根源」という言い方で登場する。樹は宇宙軸・世界軸として考えられ、全宇宙の中心に位置し、天と地と地下を貫いている。

山田維史「卵形の象徴と図像」 山田維史の遊卵画廊 <http://plaza.rakuten.co.jp/plexus/8000> 〔画像のついた美術論文。エリアーデは中心のシンボリズムの命題として、「1、いずれの建築も、すぐれた宇宙開闢のわざ、世界創造を反復すること。2、したがって建立されたものは何でも、その基礎を世界の中心に持つ(われわれも知る如く、天地創造はそれ自体中心から起こったゆえに)」(『永遠回帰の神話』)といっているけれど卵の家のイメージ、地上の建築物としての卵が不在なのはなぜか〕 

 

   カリフォルニア時間 10月31日午後6時追記 すいません、日本語の転換ミス等がありました。あちこち直して、ついでに、翻訳文中を中心に術語に英語版Wikipedia へのリンクをはりました。

 


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