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December 28-29 擬似科学をめぐって(2) 魂の学としての心理学 On Pseudosciences (2) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

December 28, 2008 (Sunday)
December 29, 2008 (Monday)

  別に精神分析や心理学の非科学性とかを問題にしようとしておったわけでもおるわけでもないのですが、つらつら考えてみると、psyche (魂)の学としての psychology の来し方(行く末)は近代的な知(science とは本来的に「知」だったわけだけど)のありようを考える鍵であるような気もしてきたので、一見(まだほとんど始まってもいない)本筋から離れるように思えるかもしれないけれど、思うところを勝手に記してみます。

   カール・ポッパーが精神分析を擬似科学としたのは、「反証可能性」(たぶん英語だと "falsifiability" (=refutability))のなさによるということです。「精神分析学は反証可能性を持っておらず、たとえ精神分析学が間違っていようとも、うまく言い逃れができてしまう構造を精神分析学は内包しているからである」(「疑似科学-Wikipedia」)。

  まあ、ことは科学の定義によるわけで、どうでもいい(当事者にとってたぶんよくはないが)のですけれど、ひとつには、こういう考えに抗して科学であることにこだわる勢いがいまの心理学に強いことと、もうひとつには、この種の定義がいかにもアトヅケで、いかにも近代以降の(つまり神とは無縁の)自然科学的世界観によるものだということがわかってきます。

  それで、興味深いのは、あくまでウィキペディアという限定Web的な空間で観察されることでしかないけれど、心理学のたぶん本筋にいる人(あるいはそれに共感する人)の記述として、つぎのような文章があることです。注の18番――

ただし現代のアカデミックな心理学まで疑似科学だと誤解しないように注意する必要がある。現代のアカデミックな心理学はおおむね科学的方法を守っている。(フロイトなどの)精神分析学は、心理学の本流ではなく、あくまで傍流である。それについては心理学の項の「誤解」の節も読むこと。

  ここでまた、科学の定義によるわけで、よくわからんのだけれど、しかし、ふつうに読めば、現代のアカデミックな心理学は「科学」であり、精神分析学は科学ではない(=「疑似科学」である)かもしらんが心理学の傍流にすぎない、と読めます。

  この「科学」へのコダワリはなんなのでしょう。別に文学だって哲学だって倫理学だって科学じゃないんだし、心理学だって科学じゃなくていいじゃん(爆)。

  ウィキペディア「心理学」の「歴史」の見出しの最初には、つぎのように書かれています。――

 「心理学」としての歴史

心理学が1つの独立した科学分野として創成されたのは、19世紀後半(一般的には1879年とされる)にヴィルヘルム・ヴントがライプチヒ大学にて心理学専門の研究室を構えた時であると説明されることが多い。しかし、それまでにもヤング=ヘルムホルツの三色説など、今日の心理学の一部となる研究は既に行われていた。心理学独立以前の研究はマッハの主観的明るさの研究など物理学者の哲学的考察によるものが多い。心理学は直接的には哲学から派生したと見なすことができる。

  この記述のなかの「独立した科学分野として創成」という限定――つまり、単に「創成」ではなく「独立した」「科学」分野としての「創成」――が、心理学ということば(それも日本語の「心理学」)とどのようにレトリカルに係っているのか不明だけれど、少なくともpsychology ということばは、古くからあるのが事実です。ナルニアで有名な C. S. Lewis (ルイスは英文というか国語国文学の先生だったから、コトバの歴史について本があったりする)が『語の研究』でたしか述べていたように、単に「心理」の意味で使われることもあった(だれそれの「心のありよう」=psychology、みたいに)。けれども「学=science」としての psychology も古くからあったのも確かです。

    日本で放送大学の心理学の歴史の講座とかなんか断片的に見た記憶はあるのですが、遠いミソラで日本語百科事典も参照できない、限定Web的な存在であることを率直に認めたうえで、だからこそ、ウィキペディアというポピュラーな「知」のなかで云々するという怠慢を許していただきたいのですが(めずらしく殊勝です)、英語のWikipedia の "Psychology" も日本語のほうも、歴史的記述としては大差ないです。モーリちゃんの父の勝手な認識だと、イギリスのジョン・ロックの経験論的認識論が心理学へ直結するのだけれど、ウィキペディアはなにもバックアップしてくれないので、わからんですが、大風呂敷を広げておくなら、17世紀にプラトン的リアリズム(イデアが真実在であり、目に見えるこの世的世界は仮象にすぎない)から現代的なリアリズム(つまり現実のモノの世界こそがリアルである)へと大転換が起こる、そのときに、idea が人間の心(頭)の内なる「観念」に人間化されてしまう、という事態があったのだと考えています。ロックの認識論は心理学的と言えるかどうかはともかく、記憶のメカニズムについて語るものでした。

  『オックスフォード英語大辞典』の "psychology" の定義の1番は「人間精神(human mind)の(かつてはまた魂の(formerly also of the soul))性質、機能、現象についてのscience」となっていて、17世紀からの用例が挙がっています。そして、めずらしく語源欄(これ自体はギリシア語のプシュケーとロゴスの合成、というごくありきたりの記述なのですが)には、数十行に及ぶ "Notes" が付いていて、ちょっとウィキペディアとかには書いていないようなことが書かれている。ように思えます。――

 [Note. Neither this word nor any of the group existed in Greek. Psychology began, in the modern Latin form psychologia, in Germany in the 16th c. It is said by Volkmann von Volkmar, Lehrbuch der Psychologie, 1875, I. 38, to have been used by Melanchthon as title of a prelection, and it was employed by J. T. Freigius in 1575; but was introduced into literature, 1590–97, by Goclenius of Marburg and his pupil Casmann (Psychologia anthropologica. sive animæ humanæ doctrina). It was thenceforth usual to consider Psychologia and Somatotomia or Somatologia as the two parts of Anthropologia, and in this sense the word is found frequently in the medical writers of the 17th c., as in Blancard's Lexicon Medicum, 1679, and in French in Dionis, Anatomie de l'Homme, 1690. Our first Eng. quot. of 1693 is from a transl. of Blancard. In French, according to Hatzfeld-Darmesteter, it had been used in the 16th c. by Taillepied in the sense of ‘the science of the apparition of spirits’. In a philosophical sense, it was used by some (Latin) writers, as by Thomas Govan (Ars Sciendi sive Logica, 1682), by whom Physica or Natural Science was divided into the domains of Pneumatologia the science of spirits or spiritual beings, and Somatologia or Physiologia the science of material bodies; Pneumatologia contained the three subdivisions, Theologia the doctrine of God, Angelographia (incl. Demonologia) the doctrine of angels (and devils), and Psychologia the doctrine of human souls. The modern sense begins with Chr. von Wolff (Psychologia Empirica 1732, Psychologia Rationalis 1734); followed by Hartley in England 1748, and Bonnet in France 1755. The term was also employed by Kant, but was not much used in the modern languages before the 19th c.]

  すいませんが、ここで一度切ります。

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参考urls

・科学――
「科学-Wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A7%91%E5%AD%A6> 〔三つの意味の幅に分けています――「(広義)体系化された知識経験の総称であり、自然科学人文科学社会科学の総称。 /(狭義)科学的方法に基づく学術的な知識学問。 /(最狭義)自然科学。 」 いわゆる科学は最狭義というのが自分の感覚ですが、心理学みたいなのを科学とするのは狭義の科学ということになる。そのとき(科学的)方法こそが問題になるのでしょうか〕

・心理学関係のウィキペディアの記事とか――
「心理学」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E7%90%86%E5%AD%A6> 〔とりわけ「誤解」の項のひとつめ――「フロイト精神分析ユングの理論などは、心理学アカデミズムの外側で生まれ育ったものであり、また半世紀にわたって科学的心理学の立場から多くの批判がなされてきた。それにも関わらず、「フロイトが心理学の祖である」、「精神分析こそが心理学の基礎であり、本流である」というような、時代錯誤的な誤解が存在する」〕
「精神分析学」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E5%88%86%E6%9E%90> 〔とりわけ「科学としての出発点」の項――「フロイトは自然科学者であったから、彼の目指すものはあくまでも「科学」としての精神療法であった。彼の理論の背景には、ヘルムホルツ(1819-1892)に代表される機械論的な生理学唯物論的な科学観があった。脳神経と心の動きがすべて解明されれば、人間の無意識の存在はおろか、その働きについてもすべて実証的に説明できるようになると信じていた。それゆえに、彼は終生、宗教もしくは宗教的なものに対して峻厳な拒否を示しつづけ、その結果ユングをはじめ多くの弟子たちと袂を分かつことにもなる。こうした原点を無視して、「精神分析は科学ではない」と早計に断じることはできない。」〕
堀江宗正 「宗教思想史のなかの心理学――一神教心理学と多神教心理学」 <http://homepage1.nifty.com/norick/psy-in-reli.html> 〔タイトルはなにやらよくわかりませんが、示唆的。ただしtrichotomy ではなくて心身一元論/心身二元論のdichotomy 二分法的思考に立っているので混乱か・・・・・・もうちょっと熟読しないとなんとも言えません〕

・むかしの中世ヨーロッパの学問やそこに由来する学問体系についてわかりやすく語っているものなど――
「エコロジーとエコノミクス」 <http://it1127.cocolog-nifty.com/it1127/2004/07/post_35.html> 〔it1127の日記 2004.07.30〕
久保田慶一 「日本教育大学協会全国音楽部門大学部会 No. 9 リベ・アーツとしての音楽」 <http://music.geocities.jp/kyoudaikyo_m/liberararts.html> 〔なぜ「ラル」がないのかしら〕
「音楽学 - Wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9F%B3%E6%A5%BD%E5%AD%A6> 〔なるほど、そうなるとやっぱり「文学学」という言葉もあっていいかもね〕
「リベラル・アーツ - Wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E4%B8%83%E7%A7%91> 〔「自由七科」について〕
(倫理学) 山内 志朗 教授 慶應義塾大学文学部|早稲田塾公式サイト」 <http://www.wasedajuku.com/wasemaga/good-professor/2008/06/post_296.html> 〔あんまり関係ないけどメモ的にw 読み書けて日本に置いてきた『天使の記号学』の著者〕

・天文学 (astronomy) と占星術 (astronomy)など――
「天文学史 - Wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%96%87%E5%AD%A6%E5%8F%B2> 〔年表は紀元前2000年より。「天文学の起源」の記述あり。「古代ヨーロッパでは占星術(astrology)と天文学(astronomy)の呼び分けはなく」との記述あり。〕
「占星術- Wikipedia」 <> 〔これの「占星術と科学」の項は興味深いので一部を引いておきます。〕

占星術と科学

占星術は、プトレマイオス以来の地球中心説(天動説)の宇宙観を引きずっており、地動説に基づく現代科学とはまったく別の体系の技術であると考える必要がある。

天文学との関連

占星術が、数ある占いの中で最も古い起源を持ちながら今なお最も広範囲に親しまれている一因として、古代以来絶えず「天の意」を知ることを求め続けた人類にとって社会的・文化的に重要な理論体系として――一貫性や普遍性は欠くにせよ――発展し続け、また現代の主要な世界観としての自然科学の母胎のひとつとなったことが挙げられる。(普遍性を前提とする学問は、哲学的な意味での「批判」の対象とはならず、「科学知の客観性」を前提とした数百年続く「因果律による科学的思考の盲目的な礼賛」である可能性がある)。

ケプラーの法則天文学史上に名を残すヨハネス・ケプラーが天文学者・数学者であると同時に占星術師でもあったことや、ドイツ観念論を代表する哲学ヘーゲルが大学教師の職に就くための就職論文が『惑星の軌道に関する哲学的論考』であり、その中で惑星の運動を本質的に解明したのは物理学的に解析したニュートンよりもむしろケプラーであると評していることからも分かるように、自然科学としての天文学は天体(主に惑星)の不思議な動きに意味を見出だそうとした占星術から派生したものである。

そしてケプラーが「このおろかな娘、占星術は、一般からは評判のよくない職業に従事して、その利益によって賢いが貧しい母、天文学を養っている」[1]と書いたように、権力者が占星術には金を出すが、天文学には支援しないという状況があったことも、この両者がある時期まで一体的に発展してきた一つの社会的要因と考えられる[2]

占星術と自然科学

近世以降においては占星術は自然科学の体系から完全に離れてしまっており、現代の科学的地平からは、占星術による未来予測について自然科学的な根拠は提示されていない人間性格運勢国家の運命などを、天体の動きと結びつけることは、天文学物理学的には行われていない。現代の多くの占星術専門家も、現代自然科学の枠組で占星術を理解することはきわめて困難であると考えている。(ソルボンヌ大学の心理学者ミッシェル・ゴークランは火星と職業の相関関係を調査し、ドイツのナチス副総統ルドルフ・ヘスの顧問占星術師カール・エルンスト・クラフトは占星術を統計学的に調査した。また同じくソルボンヌ大学のディーン・ルディアはユング占星術、すなわち「占星術の心理学的アプローチ」に対し、「心理学の占星術的アプローチ」を行い、後の西洋占星術における「ザビアン占星術」に貢献した。)

占星術と心理学

近代において占星術に積極的に取り組んだ研究者は、むしろカール・ユングに代表される心理学者などである。ユングは因果律ではないシンクロニシティ、あるいは「意味のある偶然の一致」という考え方を示そうとして、占星術を援用した。この事情もあり、イギリスを中心とする現代の占星術師や占星術研究家と称する人々の中には、心理学を援用しようと試みている人も少なくない。

 



 


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