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December 30-31 擬似科学と科学についての覚え書――擬似科学をめぐって(4)  On Pseudosciences (4) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

December 30, 2008 (Tuesday)
December 31, 2008 (Wednesday)

   短期集中で1日5個ぐらい記事を書いて年内に終わらせる算段だったのですが、書き出してみると、ぜんぜん思ったようにはいかないのでした。勉強になりました(w)。

  もう日本は2009年を1時間22分過ぎたところで、いまこの文字をカリフォルニアで書き留めております。カリフォルニア時間は2008年12月31日午前7時22分です。

  ちょっとスタイルを変えて、くだけて書いてみます(またすぐ戻るかも)。

  さて、まだ概念規定もしておらなかった(というかまあウィキペディアに任せてもいいか、とか思ってもいたのですが)のですが、「擬似科学」(「疑似科学」)は pseudoscience の訳語で、発音はアメリカ英語だと「スードー」サイエンスですね。イギリスだと「シュードー」。その点、日本語ウィキペディアの脚注の1の「英pseudoscience (発音:/sudoˈsaɪəns/シュドサイエンス)) の訳語であり、「虚偽の」を表すギリシア語のψευδήςpseudēs プセウデース)と、「知識・学問・学術」を表し、英語のscienceの語源でもあるラテン語のscientia(スキエンティア)の複合語である。 」はちょっち間違っています(得意の重箱の隅つつきw)。シュドじゃなくてシュードーって伸びるし。ちなみに修道と区別するためか、衆道は「シュドウ」と発音されるのですけどね。修道士をシュドウシと呼んだらエラいことになりんす。

  ということで、科学を装っているが、科学ではない、偽りの科学ということです。ちなみに「偽りの愛」を思い浮かべて pseudolove で検索をかけると、大量にヒットします。が、どうやら「擬似恋愛」という日本語に相当するようで。なるほど。

  さらに堕ちるようにくだけてみると、擬似セクスと本番という対語が昔ありました。あ、死語ではないのですね。よいこは検索かけないように。

  しかし恋愛とは何か、とかセクスとは何か、とか定義が困難、というか仮に定義してもそこからポロポロとこぼれおちるものがある――たとえば有名な新明解の「恋愛」の定義ははなから定義になんかなっていない――孫引き的にうただひかるまだがすかるさんの記事「れんあい (0)【恋愛】」を参照。

  科学は、愛やセックスに比べると、それこそはるかに科学的で、科学的な定義が可能であるかに思われる。が、実はそうでもない。あらためてウィキペディアの「科学」の冒頭の分類をあげるとこうです。――

 

いちばん上のが、「知」としてのscience です。いちばん下のがいわゆる「科学」だと自分には思われます。まんなかのは「科学的方法」という、それ自体が「科学」を含むことばで限定されているところがいかにも怪しげな定義ですw。つまり、科学的方法に基づいていれば科学なのか。しかし「科学的方法」を読んでもその方法自体が明確ではありませんでした(あくまでウィキペディアの記事のはなし)。 

  第一節「科学的方法の概要」の前段ではデカルトの古典的な方法が述べられる。――

科学的な方法の古典的な基本は、17世紀にデカルトによって示された以下の原則である[3]

  • 明瞭判明の規則:明らかに真理と認められたものだけを判断の基準とする。
  • 要素分解:解決可能な要素に分解して考察する。
  • 具体から抽象へ:単純なものから複雑なものへと順番に認識をすすめる。
  • 総合:見落としがないことを十分に確かめて、完全な列挙と再構成により全体を再構成する。

この枠組みについて現在の科学的方法を論じる上では若干の修正や適用範囲の制限を行わねばならないが、 放送大学教授濱田嘉昭が「現在でも研究論文を書きあげる指針として十分光を放つものである」と明言しているように現在でも学ぶ点が多い考え方である。

  この、もってまわった言い方はなんなのでしょう。だいたい「明言」しているナカミは「論文を書きあげる指針として十分光を放つものである」であり、この光を放つというのは科学的メタファーなんでしょか。

  その次には「現代の「科学的方法」に関する一つの指針としては、アメリカ科学振興協会による報告書、「すべてのアメリカ人の科学」がある。」 と書かれ、調査プロセスにおける「仮説の構築とその検証」、論証プロセスにおける「適切な証拠への依存」、「明確な結論の存在」、「証拠と結論を結ぶ適切な推論過程の存在」を特徴として挙げている。要するに「仮説」と「実証」ですよね――モーリちゃんの小学校5年の科学の教科書でもさんざんぱら出てくる基本。

  第二節の「科学的な方法の対象」では、「科学者の間に見解の相違がよく見られる」けれど、「科学は再現の可能な問題に適用範囲が限られる」、「測れるものが科学の対象」というふたつの発言が引かれて、「再現性があり定量的な測定が可能」であることが理想的には求められるとしています。だけど、「例えば医学・薬学・心理学・経済学などは、根本的に複雑性や複合性を内包していて再現性を得にくい生体や社会そのものを扱うが、これも現代では科学的な考察対象である。」 

  ということで、(ウィキペディアの記事の論理にのるならば)自然科学以外の学は、科学的方法によることで科学になるようなのですが、その科学的方法は理想的でなくてもよいということなのでした。

  ちょっと気になったのは、科学的方法なるものを重んじることが大事な分野はあると思いますけれど、数量化することで「科学性」を装うことがおしなべて学問で重要であるかのようなプレッシャーなり勘違いが人文学にも及んでいなかったか(まあ、文学関係だと、特定の名詞や形容詞の頻度とか数値化して統計とって出しても、その結果はそういう「科学的方法」によらぬ解釈の裏付けにしかならんのですけれど)。ついでに、ふたつめに、「質的心理学」(*)というのが心理学のフロンティアとしてあるのだそうですが、つまり行動とか生理とか心の働きと結びつく現象を数量化して計測することで「科学」としてひとりだちした心理学からこぼれ落ちてしまったのこそが「質」であるという反省が、そこにはあるらしい(ものすごい勝手な感想ですが)。ついでに、みっつめに、ああそういえば、『空想より科学へ』をエンゲルスが書いたのは19世紀後半だったなあ、やっぱ唯物史観をマルクスが唱えたから経済学は科学になったのかなあと(そんなことはないですか)。

   しかるに、英語のWikipedia の "Natural philosophy" を見ると、冒頭で、社会科学や人文(科)学と「科学的方法」の有無で区別をしてますねー〔午後2時追記 新年早々読み間違えていました。人文科学も社会科学も科学的方法を用いる点では同様で、力点は "natural" にあって、区分は形容詞でしかないですね。最後の数学と論理学はアプリオリな別種の方法論だから、科学じゃないという含みがあるのかしら。この英語はあいまいですね。〕―― "The term natural science is also used to distinguish those fields that use the scientific method to study nature from the social sciences and the humanities, which use the scientific method to study human behavior and society; and from the formal sciences, such as mathematics and logic, which use a different (a priori) methodology."  経済学ってsocial sciences の女王じゃなかったのかしら。あ、natural sciences の王の物理学と結ばれているって? なこたないか。まったくよーわかりません。結局、このよーわからなさは、science の意味が変容して「自然科学」に集中しながらも、「知」という意味をずっともっている、という事情に由来するようです。〔午後2時の追記の続き となると、この英語のウィキペディアは、根本的には日本語でいう人文科学も社会科学も自然科学も科学であり、しかも科学的方法を用いる科学である、という考え方ですね。大学院の人文科学研究科の文学とか史学とかどうなるんだろw。べ別の書き方をするなら、大自然を扱うのが自然科学、人間的自然 human nature を扱うのが人文科学、そのあいだの世界における人間の関係 society を扱うのが社会科学みたいな感じでしょうか。しかし、たとえば、もはや古いかもしれないのだけれど、そもそもカール・ポッパーが反証可能性みたいなことを言ったのは、(ウィキペディアは反証可能性の概念は科学擬似科学の判定基準として提案された、と言っているけれど)、科学と科学以外を分けるためで、科学以外(非科学)の側に、ひとつには哲学や神話や宗教や形而上的な定式化を置き、もうひとつに擬似科学を置いたのではなかったのかしら。たとえば神が宇宙を創造した、という命題は真かもしれないし偽かもしれないが、偽であることを証明する試験が不能だから、こういうのは科学のラチ外にあるという判断。〕

  ともかく、そもそも「科学」なるものが「科学的方法」をとなえながら「自然科学」を中心とは言えずとも自然科学的世界観を中心にして分化・発展するのがたぶん18世紀後半からのことではなかったか。いいかげんなことを書いているとまずいので、毎度ですが、権威を引きます(だいたい失敗するのですが、今回はまともかな)。哲学者の坂部恵は、『講座ドイツ観念論』第二巻の総説で、ヨーロッパ世界の哲学を大きく三つの主要な時期に区分して考え、第一を9世紀から13世紀、第3を1770年から1820年という転換期を基点としてそれ以後、今日にまで及ぶ時期としています。そして、第三の時期のあたまの転換期の記述――

この一七七〇年~一八二〇年という時代は、そのうちに含まれるフランス革命と産業革命という二つの大きな革命に象徴されるように、いわゆる、近代ヨーロッパの歴史におけるとりわけて大きな転換の時期にほかならない。〔……〕文化史に関していえば、この時期は、とりわけ、第一に、物理学、化学、生物学、医学等々の近代自然科学の〈個別科学〉としての独立と成立、そして当然産業革命のいっそうの進展にともないつつ、つづいて来るひろい意味での実証主義的風潮の下地が整えられた時代にあたり、第二に、いわゆるロマン主義の登場の時期として、人間の共同的生やあるいは人間と自然の共生の形態の一種危機的な変容に伴って、美と芸術の人間的価値の担い手としての意味があらためてひときわ自覚・主張されまた個的存在としての人間の歴史意識の根底があらためて問題とされた時代にあたる。 

  ドイツ哲学の本だけれど、社会、芸術、産業、科学の転換についての汎欧米的な記述として読めると信じ、引用しました。この個別科学の独立と成立の時期と同じころに、擬似科学の萌芽があり、その後の1830年代、40年代に(「実証主義の風潮」に)揉まれて転換したり合体したりしたんじゃないかというような仮説を立ててみます。アメリカでの問題は、むかしの日本と同じく、ヨーロッパよりちょっと思想が遅れて流行する、という点で、ヨーロッパでロマン主義が下火になってもアメリカでは南北戦争ごろまではロマン主義の時代と言えますし、ヨーロッパでリアリズムが起こっても、なかなかリアリズムへ進まない(逆に言うと、混淆的なところがあって、それも日本と似ているかもしれない)。

  客観的な記述として覚え書に引きましたが、科学については、たとえばホーソーンが「あざ The Birth-Mark」(1843年)の冒頭で記述するように、18世紀後半の未分化な科学は神秘主義的といってもいいような情熱と結びついていたこと――これは擬似科学のみならず、たとえば「電気」にまつわる思索もそうです――は注意せねばならないと思われます。この点、日本語の本としては、新戸雅章「逆立ちしたフランヶンシュタインー科学仕掛けの神秘主義』(筑摩書房, 2000年)を参照。) ホーソーンの短篇には「自然科学 natural philosophy」ということばを使って、つぎのように書かれていました。――

前世紀の後葉に、自然科学のあらゆる分野に通暁していた一人の卓越した科学者が住んでいたが、彼はこの物語のはじまるすこし前に、化学上のいかなる親和力よりもはるかに魅力的な精神上の親和力を経験することになった。助手の手にあとをまかせて実験室を出た彼は、整ったその顔についた炉の煤を拭いとり、指についた酸の汚れを洗い落として、ある美しい婦人に自分の妻になることを承諾させたのである。電気や、ほかの同様な「自然界」の神秘についての比較的最近の発見が、奇跡の領域にはいりこむ道を開くかに見えた当時にあっては、科学への愛が、その深さと人を魅するその力において、婦人への愛と互角に並ぶこともさほど珍しいことではなかった。高度の知性、想像力、精神、さらには心情までがすべて、力強い知力の階段を歩一歩とのぼりつめて、ついには哲学者が天地創造の力の秘密に手をふれ、おそら、くは新しい世界を自分の力で創りあげることになるにちがいない探究――と、そうその熱烈な信奉者たちの若干は信じていたのだが――のなかに、それぞれに適した滋養物を見いだしかねない勢いだったのだ。私たちは、エールマーが、「自然」を支配しうる人間の究極的な力にたいするこれほどまでの信念をもっていたかどうかは知らない。しかしながら、彼は科学の研究にまことに心底から没頭していたので、それ以外のどんな情熱によってもその研究から引きはなされることはついになかった。(大橋健三郎訳「痣」)

  ホーソーンのマッドサイエンティストのひとりであるエールマーの「科学」は錬金術師の夢想「生命の霊薬 elixir vitae」を引きずっていて、それはシェリー夫人のフランケンシュタイン博士が錬金術の研究にふけったのちにそれは否定してどうやら電気を媒介にして生命誕生の神秘を探ったようなのだけれど、具体的な記述はテクスト内にはない、というのと通じるところがなくはないような気がします(SFなんてだいたい擬似科学的だしーw)。

  19世紀中葉以降、科学界から「擬似科学」として学問的に忌避されることになるメスメリズムやホメオパシーが世に問われたのは18世紀末でした。拒絶された擬似科学はしばしば神秘主義者やオカルティストと結びつきます(たとえば1879年に創立されるクリスチャン・サイエンスのメアリー・ベイカー・エディーがホメオパシー療法家と結婚していたことは重要ですし、1875年にニューヨークで神智学協会を設立するマダム・ブラヴァツキーは、動物磁気説を予言や交霊の背景に求めました)。しかし、オーストリアのメスマー(1734-1815)はもともとパラケルススに思想の源泉を得ていたし、ホメオパシーの創始者であるドイツのハーネマン(1755―1843)の医学理論もパラケルススに見いだされる。つまり科学によってオカルトへ追いやられる前からオカルトとの親近性をもっていたということです。そして、擬似科学をいっしょくたにして論じることはまずいのだけれど、たとえばメスメリズムについていえば、フランツ・アントン・メスマーは、1795年にパリの科学アカデミー(メスマーはこれか医学アカデミーか、どちらかに入りたいと願うのですが拒絶されています)の調査で、そんな磁気流体というような物質は存在しないと烙印をおされ、その後のスキャンダルもあってパリ追放となっているわけですけれど(つまり前世紀に一度否定されているわけですけれど)、1820年代に弟子のピュイセギュール(1751-1825)が新たな術の装いで登場し、いっぽうでトランス状態に落ちた被験者の発揮する透視能力や予知能力が話題となると同時に、外科手術における利用(1828年のマダム・プランタンの乳がん除去手術)が成功をおさめて、こんどは医学アカデミーの信用を得ます。アカデミーの委員会は、調査報告を1831年にまとめ、催眠術による「無感覚状態」の効果から「トランス状態」において術師に従うこととか、目を閉じたまま読む能力とかを追認します。それで、再びドーバー越えてイギリスにわたり、さらに大西洋を越えてアメリカに伝わったメスメリズムないし動物磁気説(animate things 生体(動物体)に特異の磁気があり、それは宇宙に遍在する磁気と交流しているけど、その流れを統御することで身体的・精神的状態は統御できるというふうにいったらいいかしら――まちがっていたら訂正しま~す)は、はなから「擬似科学」であったわけではなかったのでした。

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Retrospective portrayal of the operation to remove the cancerous breast of Madame Plantin in 1828.  The surgeon, Jules Clocquet, is attended by a dozen witnesses.  Louis Figuier, Mysteres de la Science (Paris: Librairie Illustre, Renaudet, 1880).  Image via "A Historical Philosophy of Change: Mesmerism vs. Ether as a Model for Pain Medicine" <http://www.asahq.org/Newsletters/2003/08_03/cope.html> キャプション的説明は Alison Winter, Mesmerized: Powers of Mind in Victorian Britain (Chicago: University of Chicago Press, 1998), p. 43 による。

  日本語のウィキペディアの「フランツ・アントン・メスメル」は、『無意識の歴史』という大著(たしか秋山さと子さんが監訳していた)の Henri Ellenberger を引いて、悪魔払いのエピソードについて語っています。――

1775年、メスメルはミュンヘン科学アカデミーから、聖職者で信仰療法家のヨハン・ヨーゼフ・ガスナーJohann Joseph Gassner, 1727年 - 1779年)の行った悪魔払いに関して、意見を求められた。ガスナーが信仰のせいだと言うのに対して、メスメルは、ガスナーの治療は彼が高度な動物磁気を持っていた結果であると答えた。アンリ・エランベルジュHenri Ellenberger)によると、メスメルの世俗的概念とガスナーの宗教的信念の対立は、ガスナーの活動の終了と力動精神医学Dynamic psychiatry)の出現を運命づけたということである。

  ここのところが(たぶん)ややこしいのですけれど、ひとつに(もはや迷信的とも思われかねない)宗教的世界観があり、もうひとつに科学的な世界観がありそうなものですが、ふたつの対立は、さらに科学的と見える世界観のなかで対立を起こして、いっぽうは擬似科学とされてしまう。

  だから、また風呂敷を広げると、キリスト教の神中心の世界から人間中心の世界へと移行していく近代の流れ(いわゆる世俗化 secularization)の中で、世俗の人たちはあっさりと神や霊を棄てたわけではない、というようなことが問題になるんだろうと思われます。

(つづく)

  今、日本は元旦の6時になろうとするところです。新年おめでとうございます。カリフォルニア時間は2008年12月31日午後1時になるところです(ひつこいw)。  

  

(*) 「 「君の研究は科学ではない」,そんな言葉を投げつけられ気持ちがふさぎこんだ経験はないだろうか。質的研究が科学であるか否かという議論は,未だに決着していない課題である。そしてこれらの課題に取り組む際には,一つに科学という枠組みをどのように見立てるのか,二つに科学という枠組みにこだわるのか否かという二つの検討の方向性がとり得る。心理学あるいは質的研究は科学であるのか,仮に科学であると考える場合,その時に想定する科学という枠組みはどのようなものであるのだろうか。また,科学という枠組みにこだわらない場合,心理学あるいは質的研究はどのような知的生産の学問でありうるのだろうか。」 〔2007年3月3日の名古屋大学での研究会「心理学における質的研究と科学:その包摂と境界」の企画主旨冒頭 <http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/month?id=17107&pg=200702>〕 

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「ホメオパシー  - Wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%83%A1%E3%82%AA%E3%83%91%E3%82%B7%E3%83%BC> 〔「ホリスティック医療に分類される、代替医療の一種」としながらも、科学的根拠の欠落、疑似科学との指摘を記述している。「レメディーは、基本的に体にとっての毒物を非常に少量含む。この毒物に対する体の抵抗を意図的に起こすことにより、自己治癒力を含む生命力を高め、肉体的、心理的、精神的な方向が本来あるべき方向へ修正されると言われる。これを「微量の法則」と呼ぶ。しかし、錠剤中、または水溶液中に、1分子たりとも有効成分であるとされる毒物が含まれないほど希釈されていることが多々あり、この点がホメオパシーが疑似科学または偽科学であるとする論のひとつの根拠となっている。」〕 

"Homeopathy - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Homeopathy> 〔日本語版とはちょっとちがう。上の日本語の「肉体的、心理的、精神的」はどこから来た表現なのか、気になります。仮に英語にすれば、physical (bodily), psychological, spiritual なのでしょうか。〕

「フランツ・アントン・メスメル - Wikipedia」 <http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%84%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%83%AB>

"Franz Anton Mesmer - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Franz_Mesmer

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