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January 23 ジョーゼフ・ブキャナンとサイコメトリーとブラヴァツキー・・・・・・メスメリズムとアメリカ (補足の3)――擬似科学をめぐって(21)  On Pseudosciences (21) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 23, 2009 (Friday)

   ちょっと補足的な説明を断章的に書いておきます。のパート3。4番目のブキャナンだけの記事にします。

I.     フィニアス・パークハースト・クインビー Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66 のその後
II.    クインビーと
エディー夫人 Mary Baker Eddy, 1821-1910

III.  ジョン・ボヴィー・ドッズ John Bovee Dods, 1795-1872 における電気と磁気
IV.  ジョーゼフ・ブキャナン Joseph Buchanan, 1814-89 のサイコメトリー
V.   民間治療と心理学

   ちょっと、トンデモなところに踏み入るかもしれないので手元足元に気をつけながらのほほんと書きます。

   サイコメトリーといえば『サイコメトラーEIJI』のテレビドラマが松岡君(w)が主役で放送されたのが1997年。原作の漫画もよく読まれ、1999年には第二シーズンの放送もあったそうですが、モーリちゃんの父は志摩亮子刑事が大塚寧々のしか見ていません。ともあれ、あのころに、アニメなどのフィクションの世界と、心霊探偵捜査ドキュメンタリーみたいな半分現実の世界とで、(サイコメトリーというコトバがたとえ使われなくても)、モノに残された過去の記憶を読むみたいなふるまいが日本ではちょっとポピュラーになったのでしたでしょうか。

   このあいだウィキペディアの「サイコメトリー」をリンクしたときに、読んで頭に残っていたのは、「コリン・ウィルソン著『サイキック―人体に潜む超常能力の探究と超感覚的世界』(三笠書房、89年初版)の冒頭にある、荒俣宏による解説中のサイコメトリーについての説明によれば、アメリカの神霊[ママ]研究家であるジョセフ・ローズ・ブキャナン(1814 - 1899)が提唱した用語であると書かれている。」というところと、「漫画サイコメトラーEIJI』文庫版の最終巻にある安童夕馬のコメントによると、その原作の執筆時に英語のサイコメトライズを、語呂を良くする為に作り出した造語だというが、この言葉はそれ以前に存在している。この能力を操る人のことを、しばしばサイコメトラーと呼ぶが、木城ゆきとのSF漫画『銃夢』ではサイコメトリストと呼んでいる」というところです(ほんとはウソで、そのまま頭に残っているはずがないのですが)。

   日本語のウィキペディアは「最も主な特徴は、物体に残る人の残留思念〔未編集〕を読み取ることである」としていて、英語のほうは 「定義」として "A form of psychic reading in which one individual is said to obtain details about another through physical contact with their possessions.(相手の所持品との身体的接触によってその相手についての細部の知識を得るといわれるサイキック・リーディングの一形態)" と記しています。だから、どちらも人間の想念がモノに残っている、という構図です。で、ブキャナンは少なくとも最初は強い思念がモノに残ると考えたのでしたが、人間だけでなくてあらゆる事物が過去を記憶しているという考えにサイコメトリーの意味は発展します。psychometry とは geometry (幾何学)がもともと「地」をはかる、測定する、という意味であるように、psyche「魂」をはかる、測定する、ということですから、人間の魂かと思うと、それがどっこい人間だけではなく、事物の魂でもあるという展開です。ブキャナンは紙にくるんだ金属片の実験から始めて、最初は人間の神経が電磁場のようなオーラを出して紙を通過して味覚のように金属を感じるのだ、と考えますが、手紙を手にして書き手の性格や感情がわかるという被験者(学生たち)が出てくることで、人間の感情が手紙に記憶されて、敏感な人間はそれを看取することができると考えます。ブキャナンの実験に関心をもったボストンの地理学 (geology) の先生のウィリアム・デントンは自ら追認実験を行ない、たとえば紙にくるんだ標本に触れさせて、隕石のときに空漠とした宇宙を感じるとか、火山岩で噴火を感じるとか、そういう能力を示す人間が多いことがわかります(以上 Colin Wilson, Poltergeist!: A Study in Destructive Haunting (London: New English Library, 1981) の24-25ページによる)。そうなると、たとえば隕石に強い感情が関与しているわけではないわけで、デントンは、自然界のあらゆる出来事は「記録」されているという考えに到り、『事物の魂――サイコメトリーの研究と発見 The Soul of Things; or Psychometric Researches and Discoveries』 (Boston, 1873) というタイトルの本をのちには書くわけです。つまり、事物に浸透して世界に遍在する魂というような考えです。

   サイコメトリーがモノに記録された人間の魂の解読というだけの意味でないことは、『オックスフォード英語大辞典』(毎度です)の定義でも確認されます。たぶん。

1. The (alleged) faculty of divining, from physical contact or proximity only, the qualities or properties of an object, or of persons or things that have been in contact with it. 〔身体的接触によって、もしくは近接のみによって、事物の性質や特性、あるいはその事物と接触した人間やものの性質や特性を見抜く(と称する)能力〕

   1854 J. R. Buchanan Lect. Neurolog. Syst. Anthropol. 125 The influence of Psychometry will be highly valuable...in the selection from candidates for appointments to important offices.  1863 Denton Nature's Secrets Introd. 9 Mrs. Denton, by means of this science of Psychometry, professes to be able, by putting a piece of matter...to her forehead, to see, either with her eyes closed or open, all that that piece of matter, figuratively speaking, ever saw, heard, or experienced.  1903 W. T. Stead in Review of Rev. July 33/2 An experiment in psychometry.  1922 E. Wallace Crimson Circle vi. 38 ‘Nothing is absurd,’ said the Commissioner quietly. ‘The science of psychometry has been practised for years.’  1959 Times Lit. Suppl. 1 May 254/4 Such objects...enjoy a semi-consciousness drawn from the human beings who have known them. In this there is an undeniable truth, as the modern practice of ‘psychometry’ proves.  1966 E. Palmer Plains of Camdeboo xvii. 290 Most of us can on occasions sense atmosphere, and psychometry seems to be this power greatly developed.  1975 G. W. Knight Jackson Knight i. 44, I know now, from the witness of psychometry, that inanimate objects can indeed become impregnated by qualities gathered during their past.

  

  このサイコメトリーを、とんでもないかどうかはわかりませんが、壮大な視野のもとにおいてみせたのがブラヴァツキー夫人の『ヴェイルを脱いだイシス Isis Unveiled』 (1877) だと思います。第一部は「科学 Science」 、第二部は 「神学Theology」という構成の、第一部の第6章 「心理=物理現象  Psycho-Physical Phenomena」に、「近代の最も興味深い発見の一つ」としてサイコメトリーに関する話がでてきます。長いですが、原文を引用します。・・・・・・と書きましたが、あまりに長く、アタマがおかしくなったと思われかねないので、記事末に付すことにし、かいつまんで要点と思われるものを書きます。

  その興味深い発見というのは、感受力のある人間が額にかざした事物から、その事物と過去に接触のあった人や他のモノの性質や様子の印象を受け取るという能力の発見のことです。ブラヴァツキーはブキャナンを紹介し、人間の性格の描写に限定したブキャナンの初期の記述を引きます。――「書いたものに付与された精神的・生理学的影響は消えることはないように思われる。云々. . . . 〔余談ですが、実はこういうのを直筆署名の研究書に求めていたのですが――「August 14 偉人の字影 Word Shadows of the Great: The Lure of Autograph Collecting」参照〕」  しかしブキャナンは自分の発見の意味するところがまだわかっていなかった。1841年の発見のあと世界中でサイコミーター(サイコメトリー能力者)があらわれて証明されたのは、自然界のどんな些細な出来事でも拭いがたい「印象」を物理的自然のうえに残していることで、分子的レヴェルで説明はできず、唯一推論できる結論はこういう映像が不可視の普遍的な力、エーテル、つまりアストラル・ライト(Ether, or Astral Light というのは前の章のタイトルです)によってつくられる、というものだ。そうして、ブラヴァツキーはデントンをとりあげて、哲学者たちが「世界魂」と呼び、デントンが「事物の魂」と呼ぶ、すべてに浸透する普遍的で持続的な媒体のうちにすべての出来事が埋め込まれていると言います。サイコミーターはモノのかけらを額にかざすことで、「内なる自己 inner-self」をモノの内なる魂との関係におく。つまりサイコミーターが標本を検証するとき、関係する出来事の絵を保持している、事物と関連するアストラル・ライト(まあ、「エーテル」です)の流れと接触するのだ。このときの映像は(デントンによれば)、ものすごい速さで押し寄せるので、意志の最高度の行使によってのみ、記述するに足るだけの長さでひとつの映像をヴィジョン内に捉えることができる。サイコミーターは、内なる目をもった透視能力者だ。だが、強い意志の力、訓練、能力についての知識がなければ、知覚する場所や人や出来事は混乱したものとならざるを得ない。しかし、メスメリズムによって同様の透視能力をあらわす人間の場合は、メスメリストによる指導下で、サイコミーター以上に明瞭に細部を見ることができるし、さらに未来を見ることもできる。で、このへんから永遠は過去も未来もなく「現在」としてあるというような理屈が述べられて、「予知」の能力もこの普遍的媒体たるエーテルないしアストラル・ライトとの接触として説明される可能性が開かれます。だから、ものすごく乱暴に、エーテル、アストラル・ライトというなじみでない言葉の代わりに、なじみの動物磁気説ということばを使うなら、透視能力の背後に普遍的な動物磁気があるという見方と重なる、と言えなくもなくはないと思われます。むろん「動物磁気」自体が物理的「磁気」のかなたにある非物質的幻影なのかもしれないのですが、(神秘的なタイプの)メスメリズムとの融和を、理論レヴェルでも、見ることはできるわけです。と思うわけです。

  あと2点ほど書きとめておきます。ひとつは、この一節の1, 2ページ前で、ブラヴァツキーは魂 soulと霊 spirit が混同されていることを強調していて、その言葉をメモっておきます。soul と spirit を区分することの重要性については本の初めから繰り返し述べているのですが、ここではキリスト教会を引き合いに出しています。――

     [. . .] for theologians as well as laymen labor under the erroneous impression that soul and spirit are one and the same thing. (俗人だけでなく神学者も、魂と霊が同じひとつのものだという誤った考えをもっている。)
     But if we study Plato and other philosophers of old, we may readily perceive that while the "irrational soul," by which Plato meant our astral body, or the more ethereal representation of ourselves, can have at best only a more or less prolonged continuity of existence beyond the grave; the divine spirit -- wrongly termed soul, by the Church -- is immortal by its very essence. (Any Hebrew scholar will readily appreciate the distinction who comprehends the difference between the two words ruah and nephesh.)  (しかし、プラトンや昔の哲学者を学べばすぐにわかるのは、プラトンが我々のいうアストラル体、あるいは我々自身のよりエーテル的な部分を意味した「非理性的魂」は、死後にはいくらか持続して存在するだけのものである。神的な霊――教会によって誤ってと呼ばれた――は、その本質ゆえに不滅である。〔で、そのあとカッコのなかで、ヘブライ語、つまり聖書の記述として、霊にあたるルーアと魂にあたるネフェシュの区分が示されています〕) (pp. 180-81)

   もう一点は、psychometry という言葉について、もう少し。実はOED の定義は2番があって、それは心理学の用語としてです。

2. The measurement of the duration and intensity of mental states or processes. Also, psychometrics (see "psychometric"psychometric a. and n. B).

   1879 F. Galton in Brain II. 149 Psychometry...means the art of imposing measurement and number upon operations of the mind, as in the practice of determining the reaction-time of different persons.  1883 Athenæum 7 July 20/2 He [Mr. F. Galton] has established by his example and initiation the science of psychometry, and pointed to the line of inquiry on which the scientific portions of psychology can alone become scientific.  1897 Westm. Gaz. 29 Sept. 2/1 Dr. Scripture's experiments in the psychometry of time, energy, and space.  1971 Brit. Med. Bull. XXVII. 35/1 Hughes and his colleagues are conducting further studies, including the use of electro~encephalography and psychometry.  1976 H. M. van Praag in Advances in Drug Therapy of Mental Illness (World Health Organization) 127 The third field in which psychotropic drugs have served as a pacemaker, that of psychometry.... One wants to know (that is, to measure) what it [sc. the drug] does, and what it does not do.

 

   1879年というのはもちろんブキャナン、デントンのあとです。これは科学の側から擬似科学をおしつぶす作戦だったか、と疑いましたが、冷静に考えてみると、日陰の思想とは無関係につくられたのでしょうね。で、この用語は現在も健在で、だから、英語の "Psychometry" の記事には、"In recent years, the term has been superseded in favor of 'token-object reading' so as to avoid potential confusion with the psychological term, 'psychometry.' " 〔近年、心理学用語としてのサイコメトリーとの混同を避けるために "token-object reading" という言葉にとってかわられている〕と(ほんとかどうか知りませんが)書いてあります。まったくコトバってやつは。(ちなみにこの英語のウィキペディアも、上述の定義で示したことから推察されるように、マスメディア的な情報が多いです。サイコメトラーEIJI はないけど、セーラームーン("Chiba Mamoru from the Sailor Moon manga is psychometric")とか日本語のほうにもない情報がありw)。

  あと、サイコメトラーという英語モドキは科学としての言語学の法則上ありえず、許しがたいです。擬似科学的造語ですw

 

  あと、思い出したように3点目で最後にしますが、コリンがよく書くように、サイコメトリーの理論はスピリチュアリズムの隆盛によってむしろ日蔭者になり、19世紀末近くなってから心霊研究のなかで再びとりあげられるようになったようです。そのときには、たとえば幽霊屋敷みたいな「場」が記憶しているものを霊的な感度が高い人間が感じちゃうことを説明する仮説として出てくるのですけど、あいかわらず、というか「写真」の比喩が使われるんですよね。たとえばMan and the Universe におけるオリヴァー・ロッジ Oliver Lodge――

On a psychometric hypothesis the original tragedy has been literally photographed on its material surroundings, nay, even on the ether itself, by reason of the intensity of emotion felt by those who enacted it; and thenceforth in certain persons an hallucinatory effect is experienced corresponding to such an impression. (サイコメトリーの仮説によれば、もともとの悲劇が文字通りその物質的環境に、いや、エーテルそのもののうえに「写真撮影」されている、その悲劇を演じた人間たちの抱いた強度の感情の故に。だから、そのような印象に対応する幻覚的な効果がある種の人びとには体験されるということだ。)

 

  しかし、なんでイメジや写真なんですかね。音はどうなんだろ。と気になりました。あとカメラと写真がどのように比喩を超えて成立するのかわからんですが、冒頭に書いた、「(ほんとはウソで、そのまま頭に残っているはずがないのですが)。」というのは、頭が(1) 目が写した映像を本人の意識とは無関係に記録しているのならば、(2) いや、そもそも実際に読んだのがほんとならば別情報として(脳内E-text的に?)、実は残っている、ということで、ほんとはほんとなのかもしれないな、とも思いました(はんぶんウソです)。

 

 

Isis Unveiled: A Master-Key to the Mysteries of Ancient and Modern Science and Theology By H. P. Blavatsky Theosophical University Press Online Edition
<http://www.theosociety.org/pasadena/isis/iu-hp.htm>

"Isis Unveiled - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Isis_Unveiled

"Madame Blavatsky - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Helena_Petrovna_Blavatsky>

ここまで有難くも奇特にも読んでいただけたのなら、どういう感情をこめてでもかまいませんので、押していただけるとはげみになります。――にほんブログ村 英語ブログへ

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     One of the most interesting discoveries of modern times, is that of the faculty which enables a certain class of sensitive persons to receive from any object held in the hand or against the forehead impressions of the character or appearance of the individual, or any other object with which it has previously been in contact. Thus a manuscript, painting, article of clothing, or jewelry -- no matter how ancient -- conveys to the sensitive, a vivid picture of the writer, painter, or wearer; even though he lived in the days of Ptolemy or Enoch. Nay, more; a fragment of an ancient building will recall its history and even the scenes which transpired within or about it. A bit of ore will carry the soul-vision back to the time when it was in process of formation. This faculty is called by its discoverer -- Professor J. R. Buchanan, of Louisville, Kentucky -- psychometry. To him, the world is indebted for this most important addition to Psychological Sciences; and to him, perhaps, when skepticism is found felled to the ground by such accumulation of facts, posterity will have to elevate a statue. In announcing to the public his great discovery, Professor Buchanan, confining himself to the power of psychometry to delineate human character, says: "The mental and physiological influence imparted to writing appears to be imperishable, as the oldest specimens I have investigated gave their impressions with a distinctness and force, little impaired by time. Old manuscripts, requiring an antiquary to decipher their strange old penmanship, were easily interpreted by the psychometric power. . . . The property of retaining the impress of mind is not limited to writing. Drawings, paintings, everything upon which human contact, thought, and volition have been expended, may become linked with that thought and life, so as to recall them to the mind of another when in contact."

     Without, perhaps, really knowing, at the early time of the grand discovery, the significance of his own prophetic words, the Professor adds: "This discovery, in its application to the arts and to history, will open a mine of interesting knowledge."* 〔* J. R. Buchanan, M.D.: "Outlines of Lectures on the Neurological System of Anthropology."〕

     The existence of this faculty was first experimentally demonstrated in 1841. It has since been verified by a thousand psychometers in different parts of the world. It proves that every occurrence in nature -- no matter how minute or unimportant -- leaves its indelible impress upon physical nature; and, as there has been no appreciable molecular disturbance, the only inference possible is, that these images have been produced by that invisible, universal force -- Ether, or astral light.

     In his charming work, entitled The Soul of Things, Professor Denton, the geologist,* enters at great length into a discussion of this subject. He gives a multitude of examples of the psychometrical power, which Mrs. Denton possesses in a marked degree. A fragment of Cicero's house, at Tusculum, enabled her to describe, without the slightest intimation as to the nature of the object placed on her forehead, not only the great orator's surroundings, but also the previous owner of the building, Cornelius Sulla Felix, or, as he is usually called, Sulla the Dictator. A fragment of marble from the ancient Christian Church of Smyrna, brought before her its congregation and officiating priests. Specimens from Nineveh, China, Jerusalem, Greece, Ararat, and other places all over the world brought up scenes in the life of various personages, whose ashes had been scattered thousands of years ago. In many cases Professor Denton verified the statements by reference to historical records. More than this, a bit of the skeleton, or a fragment of the tooth of some antediluvian animal, caused the seeress to perceive the creature as it was when alive, and even live for a few brief moments its life, and experience its sensations. Before the eager quest of the psychometer, the most hidden recesses of the domain of nature yield up their secrets; and the events of the most remote epochs rival in vividness of impression the flitting circumstances of yesterday.

     Says the author, in the same work: "Not a leaf waves, not an insect crawls, not a ripple moves, but each motion is recorded by a thousand faithful scribes in infallible and indelible scripture. This is just as true of all past time. From the dawn of light upon this infant globe, when round its cradle the steamy curtains hung, to this moment, nature has been busy photographing everything. What a picture-gallery is hers!"

     It appears to us the height of impossibility to imagine that scenes in ancient Thebes, or in some temple of prehistoric times should be photographed only upon the substance of certain atoms. The images of the events are imbedded in that all-permeating, universal, and ever-retaining medium, which the philosophers call the "Soul of the World," and Mr. Denton "the Soul of Things." The psychometer, by applying the fragment of a substance to his forehead, brings his inner-self into relations with the inner soul of the object he handles. It is now admitted that the universal aether pervades all things in nature, even the most solid. It is beginning to be admitted, also, that this preserves the images of all things which transpire. When the psychometer examines his specimen, he is brought in contact with the current of the astral light, connected with that specimen, and which retains pictures of the events associated with its history. These, according to Denton, pass before his vision with the swiftness of light; scene after scene crowding upon each other so rapidly, that it is only by the supreme exercise of the will that he is able to hold any one in the field of vision long enough to describe it.

     The psychometer is clairvoyant; that is, he sees with the inner eye. Unless his will-power is very strong, unless he has thoroughly trained himself to that particular phenomenon, and his knowledge of the capabilities of his sight are profound, his perceptions of places, persons, and events, must necessarily be very confused. But in the case of mesmerization, in which this same clairvoyant faculty is developed, the operator, whose will holds that of the subject under control, can force him to concentrate his attention upon a given picture long enough to observe all its minute details. Moreover, under the guidance of an experienced mesmerizer, the seer would excel the natural psychometer in having a prevision of future events, more distinct and clear than the latter. And to those who might object to the possibility of perceiving that which "yet is not," we may put the question: Why is it more impossible to see that which will be, than to bring back to sight that which is gone, and is no more? According to the kabalistic doctrine, the future exists in the astral light in embryo, as the present existed in embryo in the past. While man is free to act as he pleases, the manner in which he will act was foreknown from all time; not on the ground of fatalism or destiny, but simply on the principle of universal, unchangeable harmony; and, as it may be foreknown that, when a musical note is struck, its vibrations will not, and cannot change into those of another note. Besides, eternity can have neither past nor future, but only the present; as boundless space, in its strictly literal sense, can have neither distant nor proximate places. Our conceptions, limited to the narrow area of our experience, attempt to fit if not an end, at least a beginning of time and space; but neither of these exist in reality; for in such case time would not be eternal, nor space boundless. The past no more exists than the future, as we have said, only our memories survive; and our memories are but the glimpses that we catch of the reflections of this past in the currents of the astral light, as the psychometer catches them from the astral emanations of the object held by him.

     Says Professor E. Hitchcock, when speaking of the influences of light upon bodies, and of the formation of pictures upon them by means of it: "It seems, then, that this photographic influence pervades all nature; nor can we say where it stops. We do not know but it may imprint upon the world around us our features, as they are modified by various passions, and thus fill nature with daguerreotype impressions of all our actions; . . . it may be, too, that there are tests by which nature, more skilful than any photographist, can bring out and fix these portraits, so that acuter senses than ours shall see them as on a great canvas, spread over the material universe. Perhaps, too, they may never fade from that canvas, but become specimens in the great picture-gallery of eternity."* 〔* "Religion of Geology." 〕

     The "perhaps" of Professor Hitchcock is henceforth changed by the demonstration of psychometry into a triumphant certitude. Those who understand these psychological and clairvoyant faculties will take exception to Professor Hitchcock's idea, that acuter senses than ours are needed to see these pictures upon his supposed cosmic canvas, and maintain that he should have confined his limitations to the external senses of the body. The human spirit, being of the Divine, immortal Spirit, appreciates neither past nor future, but sees all things as in the present. These daguerreotypes referred to in the above quotation are imprinted upon the astral light, where, as we said before -- and, according to the Hermetic teaching, the first portion of which is already accepted and demonstrated by science -- is kept the record of all that was, is, or ever will be.  (pp. 182-84)


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