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January 17 2009年1月17日のアルバニ(カリフォルニア)の空 [天気 weather]

January 17, 2009 (Saturday)

   この週も暖かい週末でした。

January17,2009AlbanyCA1712pm.jpg
2009年1月17日(土)午後5時12分のカリフォルニアの空(クリックでちょびっと拡大)

January17,2009AlbanyCA1713pm.jpg
5時13分

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5時13分

  鳥が登場

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5時13分

  鳥が上昇

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5時14分

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5時15分

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5時27分

January17,2009AlbanyCA1748pm.jpg
5時48分

  気温が高いせいか、どんよりしている感じです。

7-Day Forecast for Latitude 37.88N and Longitude 122.29W (Elev. 85ft) <http://forecast.weather.gov/MapClick.php?CityName=Albany&state=CA&site=MTR&textField1=37.8869&textField2=-122.297&e=0> 〔カリフォルニア州バークレー(≒アルバニ)の天気 National Weather Service クリックしていただくと、アルバニの位置がわかります〕

National Maps - NOAA's National Weather Service <http://www.weather.gov/outlook_tab.php> 〔上の全国版〕

National Weather Service - NWS San Francisco/Monterey Bay Area <http://www.weather.gov/climate/index.php?wfo=mtr> 〔過去の天気〕 

★日の出、日の入、月の出、月の入、惑星の出没南中」 <http://star.gs/cgi-bin/scripts/hinodet.cgi?dy=20081210&lju=l&iv=10&pl=%91%BE%97z&jwi=w&tiikij=%8F@%92J%96%A6%81i%96k%8AC%93%B9%81j&tiikiw=%83T%83%93%83t%83%89%83%93%83V%83X%83R%81i%83A%83%81%83%8A%83J%81j&kdo=&kfun=&ido=&ifun=&tz1=&hk=0>

"Sunrise and Sunset for U.S.A. - California - San Francisco" <http://www.timeanddate.com/worldclock/astronomy.html?n=224> 〔Sunrise and Sunset Calculator

 


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January 20-21 メスメリズム(催眠術)とアメリカ (その3)――擬似科学をめぐって(18)  On Pseudosciences (18) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 20, 2009 (Tuesday)
January 21, 2009 (Wednesday)

  書いたものをほとんど推敲しないで吐き出すという下品なことを敢えてしておるのですが、頭のどこかにシコリのように残りつづけているナンカもあって――いや、残り続けるというのは違っていて、たぶん膨らんだり縮んだりしている――それが人間がものを考えたりものを書くということの根っこみたいなものなのかな、と感じている今日この頃です(ただの脳ミソのついた脳幹かもw)。

   前の記事の終わりでこう書きました。――

  直接間接にシャルル・ポワイヤンによって目覚めた人たちのなかに、(1) 時計屋だったけど1838年のメイン州ベルファストでの講演以降2年間ポワイヤンについてまわって術を体得して自ら実演し、やがてシャーマン的な心理治療を行なうようになる Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66、(2) ポワイヤンによってメスメリズムにかけられた Stanley Grimes という人によって靴職人の見習いだった18歳のときに術にかけられて透視能力を発現し、やがて『自然の諸原理』 (1847) という一種のベストセラーを書いて1848年以降のスピリチュアリズムの展開を準備した Andrew Jackson Davis, 1826-1910、 (3) 長老派の牧師だったけれど、メスメリズムとスウェデンボルグ主義の一致を信じ、Mesmer and Swedenborg を著し、催眠術の実験を行なって被験者は「高次の意識」に入ることを確信した George Bush, 1786-1859、(4) 伝統的なカルヴィニズムの教説がもっぱら人々の恐怖と不安をもとにして唱えられることに反発し、霊的再生の契機を動物磁気説に求め、"new electrical psychology" を主張したメイン州の説教者の John Bovee Dods, 1795-1872 などいます。

  このリストはずいぶん勝手なものだと反省しました。そもそも「目覚めた」という言い方があいまいです。ただ、同じ記事の前のほうで、「あるいはメスメリズムに感化された人間は、いくつかのカテゴリーにわけられるでしょう。第一に思想的に感化された人間、第二に身体的に感化された人間(被験者)、第三に両方で感化された人間。第一は、まじめに感化される場合と(いくぶんかでも)商売・金儲け(の可能性)として感化される場合があるかもしれません」と書いたところを受けていて、自分が言いたかったのは、目覚めて、こんどは自分が人々に対して働きかける運動を起こした人たちということでした。数で言うと、フツウの人で直接・間接に被験者になって自分もメスメリズムの才能を発揮する人が多かったわけでしょうが、そういうなかで際立った特殊な人として Quimby や Davis がいます。そして自分が被験者にならなくても思想的に共鳴する人ももちろん多くいて、そのなかで医者や牧師が人々への影響という点では大きいということになります。つまり、レジェの言葉を借りれば、「アメリカの最も科学的で著名な人たちからこの説への改宗者 converts を多く出した」ということが大きい。で、そういう点では、クインビー、デイヴィスは、特殊な例外です。そして実は牧師たちというのも特殊であって(だってふつう科学者じゃないから)、しかし聖職者がメスメリズムに関心を寄せたというのが、多分にアメリカ的なところです。いっぽうアンドルー・ジャクソン・デイヴィスなんかは、その後のスピリチュアリズムにおいて、あるいは信仰治療において、貧しい者や女性や社会的弱者が脚光を浴びる、そういう線上にあると思われます。

  で、リストを書きなおせば、医者や学者として、James Stanley Grimes, 1807-1903、Phineas Quimby、John Webster (Harvard 大学の化学の先生)、Joseph Rhodes Buchanan, 1814-89・・・・・・メスメリズムの実験を行なう。牧師として、Sylvanus Cobb (画家のDarius Cobb のお父さん)、Charles Chauncey Burr, 1815-83 (ポーの友人)、Theophilus Fiske、Gibson Smith、John Bovee Dods・・・・・・メスメリズムを実践したり説教を行なったり(参考――Eugene Taylor, Shadow Culture: Psychology and Spirituality in America (Washington, D.C.: Counterpoint, 1999), 107-115、Unitarian Universalist Historical Society (UUHS)の"Spiritualism" のページの牧師のリスト、ephemera:spirithistory.com の "Inducing Trance" のページの"the physicians or scientists who experimented with mesmerism" のリスト・・・・・・しかしフィニアス・クインビーは学者か医者だろうか? のちに医者になるということでしょうか。だったら牧師のほうもそうだったりするかも)。 

  あれこれといろいろな人の文章や伝記を齧り読みしているのですが、いくつか気づいたような気がするところを書き留めておきます。第一に、メスメリズムによるトランスが、ポワイヤンの考えたように重要視されたとして、その契機としてのメスメリズムは次第に必ずしも必然ではなくなっていくように見えます。これはひとつにはデイヴィスのような霊能者がひとりでトランスに入れるようになっていく、というようなパタンと、ふたつには脳(頭部)の刺激とかマッサージ――たとえば、サイコメトリー Psychometry を唱えたことで有名なCincinnati の医学校の先生のジョーゼフ・ブキャナン Joseph Buchanan, 1814-89 は、サイコメトリー発見の前年の1841年にメスメリズムの実験をしていて "spirituality" の部位(骨相学のガル風にいうと器官)を発見したと主張するのですが、ブキャナンは女性被験者の頭を圧迫して、幽霊を見させる実験をやったりします(こわいですねー)――とか、あるいは薬物によるトランスとか(まあ、これはある意味伝統的なものですけれど)、トランスのきっかけが多様になる。1848年に起こるスピリチュアリズムの霊媒トランスへの移行を準備している感じです(つまるところ、トランスこそが重要とされてしまうと、そのもととなると想定されていたメスメリズムなりアニマル・マグネティズムなりへの科学的探究から外れていってもしかたがないところがあります、科学者じゃなければ)。

JosephBuchanan-head.jpg
via "Organ of Spirituality" <http://www.spirithistory.com/buchanan.html>

  第二に(第一と結局つながるのですが)、一方で、「電気」が磁気と並んで、あるいは磁気にとってかわって云々されるようになるように思えます。Nineteenth-Century Origins of Neuroscientific Concepts をまた飛ばし読みしていたのですが、"5.3.  ANIMAL ELECTRICITY, 1800-1838" という節は "5.3.1 Decline of the Concept" (つまりガルヴァニの生体電気の考えが、電池に関してヴォルタにとってかわられたからというのでなく――animal electricity の存在を否定していたヴォルタはやがて有機体からの電気を認めるようになります――、メスマーの動物磁気との連想が悪く働き、19世紀初頭には前世紀のものとして忘れられた。が、自然哲学の伝統のあるドイツではそうではなくて研究がつづけられた、とか書かれています。たとえば Johann Wilhelm Ritter, 1776-1810。しかし、動物電気を信じることが動物磁気を信じること、というふうに誤解される時代だったと。それと、動物電気に関して新たなアイデアや実験の技術が展開されなかったというのが理由として挙げられています。)のあと "5.3.2 Brain as Source of Animal Electricity" で、「動物電気の源としての脳」についての1820年代以降の新たな展開が記述されています<http://books.google.co.jp/books?id=38Sjkp-JlPcC&pg=PA170&vq=Mesmerism&as_brr=3&source=gbs_search_r&cad=0_1#PPA180,M1>。不正確な祖述を避けるべく、科学者による実験等の要約は略しますが、電流測定装置の発達と電気科学の進展にそうように、1830年代、40年代に、脳が電気を発生しているという考え方がいろいろな人によって実験・展開されたようです。

  ここで、ややこしいのは、18~19世紀に、たとえば "electrobiology" は動物磁気(メスメリズム)の用語、"Bioelectricity" は動物電気の用語、"biomagnetism" は動物磁気の用語、みたいな紛らわしさがあるだけでなく、もともとメスメルの唱えた正体不明というより存在自体が不明の動物磁気ではなくて正体があらわれてきた電気への乗り換えが、「科学」ではなくて「擬似科学」のほうで容易に起こるであろうことです。実際アメリカのメスメリストのなかには「電気」を言う人が出てきます。ドッズは「電気的心理学 electrical psychology」を唱えるのですが、なんのことはない、というとなんですけれど、病は体内の電気の流れのバランスが崩れることによって起こる、って電気を磁気流体に変えたら、動物磁気説のまんまやん(というか、だからドッズはメスメリズムなのですが)。

  しかし、よくわからんのは、ブキャナンみたいな医者のメスメリズムへのコミットの仕方です。ブキャナンはサイコメトリーを唱えたいかにも怪しい人として記憶されていますが、脳を切開して電流で実験を行なうということをかなりの数実践しているほんとの医学者です。「催眠」として利用していただけなのか、そのへんがよくわからない。上の頭蓋マップでわかるように、ガルの骨相学をあからさまに思い出させるところもあるのです。逆に、骨相学的(というよりはガル的な脳研究)な探究のためにメスメリズム(動物磁気説というよりは催眠術)が使用されたということでしょうか。

  第三に(第一と結局つながるのですが)、科学というよりは、ひとつには "stage mesmerism" と呼ばれる見世物的、アメリカ的ショービジネス的、な側面を示すと同時に、治療、とりわけ心の治療としてアメリカ人に訴えた、ということです。たとえばクインビーは Lucius Burkmar という、トランスにかかりやすいアシスタントを連れて公開講演を行ない、治癒を行なうのですけれど、観客の中からランダムに病気持ちの人を選んで、催眠状態のバークマーが病気の処方を告げる、それがハーブなんですね。だから、治療なのだけれど、前にホメオパシーについて書いたような〔「January 3-4 ホメオパシーとスウェデンボルグ主義 (上)――擬似科学をめぐって(7)  On Pseudosciences (7)」参照〕、民間療法的な治療の延長上での治療なわけです。ついでに書くと、アメリカではスウェデンボルグの思想がメスメリズムとつながるということもあるわけですが、メスメリズムの全面的展開以前に、それを受け入れる特殊な素地が、少なくとも民衆の側にはあった、ということが言えると思うのです。

  しかし、第四に、宗教や超自然との関係は微妙そうで、牧師たちでも、見霊を物理的・肉体的な刺激に還元する人もいれば、そうでない人もいる。先のクインビーは、ハーブの処方が必ずしも病気と合致しないのに治癒することに気づき、(a) バークマーはテレパシー能力で患者の心を読んでいるのであり、(b) 患者の治癒は提示された治癒法が働くと信じることによるのであり、(c) 患者の信仰体系を変化させることが重要だ、という考えます。これは超科学から擬似科学、最終的に宗教を大事とする、というブレを示すようにも見えますが、動物磁気説からは離れてしまっているようにも思えます。さらに1848年からのスピリチュアリズムの出現によって、人間の霊の問題と死後の霊の問題を複雑にからめながら、トランス自体は、メスメリズムの被験者から交霊会の霊媒にとってかわられて、よりオカルト的な世界へ進んでいった。のでしょうか。

  なんか、さらにまとまりを欠いている気がしますが、これでも考えなおしてふたつの文章をつぎつぎに切り離して先へ送ったのです・・・・・・。(保存したつもりのひとつが今朝しばらく公開になっていました。失礼しました)。

  個人的日記ブログということでご寛恕下さい。


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January 21 メスメリズムとアメリカ (補足の1)――擬似科学をめぐって(19)  On Pseudosciences (19) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 21, 2009 (Wednesday)

   ちょっと補足的な説明を断章的に書いておきます。

I.     フィニアス・パークハースト・クインビー Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66 のその後
II.    クインビーとエディー夫人 Mary Baker Eddy, 1821-1910

III.  ジョン・ボヴィー・ドッズ John Bovee Dods, 1795-1872 における電気と磁気
IV.  ジョーゼフ・ブキャナン Joseph Buchanan, 1814-89 のサイコメトリー
V.   民間治療と心理学

I.     フィニアス・パークハースト・クインビー Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66 のその後
 
  クインビーはやがて自らの透視能力が高まって(ということになっていますが)、それまで催眠術をかけて透視能力を援用していたLucius Burkmar というアシスタントの利用をやめ、患者と直接向き合うようになります。もっともときに催眠術を患者に対して利用したようですが、しかし、患者の信仰について耳を傾けて助言を与えるというようなスタイルに変わっていったようです。クインビー自身の言うところでは、異常に明晰な状態に入ってヴィジョンが見え、患者のまわりの「精神的雰囲気 mental atmosphere」が見えた、ということです。そういう状態になると、忘れられた記憶の層を垣間見ることができ、また、患者が善と悪に対して抱いている考えがわかる。クインビーは「精神的ダゲレオタイプ mental daguerreotyping」(ダゲレオタイプは19世紀中葉の過渡的な写真技術です)と呼ぶ視覚化を行なうことで、患者が病に向かう自らの治癒能力を高める、というようなことをやったようです。よくはわかりませんが。よくわからないのは、磁気的治癒流体で患者の精神を満たす、というようなことも言っているからで(それ自体はまことに動物磁気説的なのですが)、自己治癒能力を信仰治療的に高めるというだけではない姿勢でした(まあ、そういってしまったらミモフタもないのかもしれませんが)。

II.    クインビーとエディー夫人 Mary Baker Eddy, 1821-1910

 前に、クリスチャン・サイエンスのエディー夫人がホメオパシー療法家と結婚していたことは重要である、というようなことを書きました〔〕が、メスメリズムによる療法を展開したクインビーとエディー夫人との関係のほうがしばしば言及されるところです。日本語のウィキペディアには次のような書かれ方をしています。――

1860年代には、信仰による癒しとフィニアス・クインビー(Phineas Quimby)に関する事柄についての探究を開始した。彼女にクインビーが及ぼした影響には、議論の余地が残されている。なぜなら、彼女は個人的にはクインビーを高く評価していたが、最終的にはクインビーがキリスト教というよりも、催眠術をもとにした手法を使ったという点については否定したからである。

  英語のWikipedia のほうが、詳しく理屈をこねていておもろいです。"Mary Baker Eddy" という見出しがあって、注を積み上げてこう書かれています。――

Mary Baker Eddy the founder of Christian Science is often cited as having derived her theology from her association with Quimby.  Yet, most scholars agree that Christian Science does not reflect the teachings of Phineas Parkhurst Quimby.  For a time Mary Baker Eddy was a patient of Quimby’s and shared his view that disease is rooted in a mental cause.  But as her understanding of Christ Jesus’ approach to healing developed over the years, her concept of life and healing grew further and further away from Quimby’s.  Christian Science is vastly different from the teachings of Quimby.[4][5][6][7][8] 

(クリスチャン・サイエンスの創始者メアリー・ベイカー・エディーは、しばしばその神学をクインビーとの交流から得たというふうに言及される。しかし、クリスチャン・サイエンスはフィニアス・パークハースト・クインビーの教理を反映していない、というのが大多数の研究者の一致するところである。メアリー・ベイカー・エディーはクインビーの患者だったことがあり、病が精神的原因に根ざすというクインビーの考えを共有した。しかし、救世主イエスの治療についてのエディーの理解が長い年月をかけて高まるにしたがって、生命と治療についてのエディーの考えはますますクインビーの考えから離れていった。クリスチャン・サイエンスはクインビーの教理から多大に離れている。)

  この記述は、どうやらクリスチャン・サイエンスの側からの書き込みとしか思えないのですがw、注釈のたとえば5番は、こうです―― "Christian Science is a religious teaching and only incidentally a healing method.  Quimbyism was a healing method and only incidentally a religious teaching.  If one examines the religious implications or aspects of Quimby’s thought, it is clear that in these terms it has nothing whatever in common with Christian Science” (Gottschalk, Stephen. The Emergence of Christian Science in American Religious Life. Berkeley: University of California Press, 1973 - p130)" (クリスチャン・サイエンスは宗教的な教理であり、ただ偶然に治療法である。クインビーの教理は、治療法であり、ただ偶然に宗教的な教理である。以下略

  こうなると、「科学」をとりあえず英文法的には名乗る「クリスチャン・サイエンス」が、宗教的なことをこそ第一義にして、むしろ、擬似であれなんであれ医療、医学、という「科学」的な領域から距離を置くことで自らの位置づけをしているように(といっても書いている研究者らしい人は、どういうスタンスやらわかりませんが)見えます。

Phineas Parkhurst Quimby and Mary Baker Eddy ~ Animated Video of Mary Baker-Eddy <http://www.thescientificman.com/phineas_quimby_&_mary_baker_eddy.html> 〔Mark Twain の文章と映像とテクストリンクですが、例の不気味なQuimby のサイトの一部です〕 

 

時間がなくなった(モーリちゃんの勉強を見なければならない)ので、III 以降は次回に。 


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January 22 ジョン・ボヴィー・ドッズの思想遍歴を考えるためのメモ・・・・・・メスメリズムとアメリカ (補足の2)――擬似科学をめぐって(20)  On Pseudosciences (20) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 22, 2009 (Thursday)

   ちょっと補足的な説明を断章的に書いておきます。のパート2。思ったより長くなったので、3番目のドッズだけの記事にします。

I.     フィニアス・パークハースト・クインビー Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66 のその後
II.    クインビーと
エディー夫人 Mary Baker Eddy, 1821-1910

III.  ジョン・ボヴィー・ドッズ John Bovee Dods, 1795-1872 における電気と磁気
IV.  ジョーゼフ・ブキャナン Joseph Buchanan, 1814-89 のサイコメトリー
V.   民間治療と心理学

WS000980.JPG

III.  ジョン・ボヴィー・ドッズ John Bovee Dods, 1795-1872 における電気と磁気

  実はこのドッズという人に個人的にはいたく興味をひかれています。Wikipedia に記事はなく、WEBで見つかる小伝としては "Virtual American Biographies" の記事があります。――

DODS, John Bovee, philosopher, born in New York City in 1795 ; died in Brooklyn, New York, 21 March 1872. His life was largely devoted to the study of mental philosophy. He published "Thirty Sermons" "Philosophy of Mesmerism" (New York, 1847) "Philosophy of Electrical Psychology" (1849) "Immortality Triumphant" (1852); and " Spirit Manifestations Examined and Explained" (1854). <http://famousamericans.net/johnboveedods/>

  「哲学者」でニューヨーク生まれ(ただしメイン州出身という記述を読んだことがあります。文献表をつくってわかったのですが、1829年まではメイン州でいわゆる巡回説教者 itinerant preacher をやっていたようです)、ニューヨークで死亡。「精神哲学 mental philosophy」の研究に生涯の大半をささげた。著書に『三十の説教』『メスメリズムの哲学』(ニューヨーク、1847年)、『電気的心理学〔精神学という感じなのかもしれませんが〕』(1849年)、『勝ち誇る不死性』(1852年)、『霊現象の検証と説明』(1854年)。

   『三十の説教』というのは、おそらく1840年に出版された本だと思います。ついでに目にとまった本とe-text のリストをつくっておきます(不備や誤記の可能性があります)――

A Sermon; Delivered in the Court-House, Bangor, Wednesday Evening, February 25, 1829.  Bangor, ME: Republican Office, 1829.

A Sermon Delivered in the Courthouse, Belfast: Sunday, May 3, 1829.  Belfast, ME: White and Rowe, 1829.

A Farewell Sermon; Delivered in the Brick Meeting House, Thomaston, Sunday, September 20, 1829.  Belfast, ME: Maine Farmer Press, 1829.

The Second Death Illustrated: A Sermon, Delivered before the First Universalist Society in Taunton, Mass. on Sunday, February 12, 1832.  Taunton: Edmund Anthony, 1832.

Twenty-four Short Sermons: On the Doctrine of Universal Salvation.  Boston: G. W.Bazin, 1832.
この版のE-text―― <http://www.archive.org/details/twentyfourshort01dodsgoog>

A Sermon, Delivered in the Episcopal Church, Gloucester, Virginia, Sunday, July 16, 1837, on the Funeral Occasion of the Wife, Mother and Child, of C. C. Morris.  Boston: Trumpet Office, 1837.

Thirty Short Sermons: On Various Important Subjects Both Doctrinal and Practical.  Boston: Whittemore, 1840.
この版のE-text―― <http://www.archive.org/details/thirtyshortsermo00dods>

The Building Sermon: A Discourse, Delivered at the Dedication of the Universalist Meeting House, in St. Stephen, New Brunswick, September 28, 1841.  Boston: J. N. Bang, 1842.

Six Lectures on the Philosophy of Mesmerism, Delivered in the Marlboro' Chapel, January 23-28, 1843.  『動物磁気説の哲学』 New York: William A. Hall, 1843.  Rpt.  New York: Fowler and Wells, 1848; as Six Lectures on the Philosophy of Mesmerism, Delivered in the Marlboro Chapel in Boston, Reported by a Hearer, 12th ed.  New York: Fowler and Wells, 1854; London: J. Burns, 1876. Library of Mesmerism and Psychology (1865) に収録、そのE-text <http://www.archive.org/details/librarymesmeris00haddgoog> あり。

The Philosophy of Electrical Psychology in a Course of Twelve Lectures. 『電気的心理学の哲学』 New York: Fowler and Wells, 1850.  Rpt.  London: James Burns, Progressive Library, 1876. Library of Mesmerism and Psychology (1865) に収録(そのE-text <http://www.archive.org/details/librarymesmeris00haddgoog>もあり)。
1853年刊行のファウラー&ウェルズ――例の骨相学の出版社です――版のE-text―― <http://www.archive.org/details/philosophyofelec00dodsuoft>

Eulogy on the Life, Character, Battles, and Death of Gen. Zachary Taylor, Twelfth President of the United States.  New York: H. Long, 1850.

[Dods, J. Stanley Grimes, H. G. Darling]  Electrical Psychology, or, The Electrical Philosophy of Mental Impressions: Including a New Philosophy of Sleep and of Consciousness from the Works of Rev. J. B. Dods and Prof. J. S. Grimes.  London: John J. Griffin; Glasgow: Bell and Bain, 1851.

Philosophy of Electro-Biology, or, Electrical Psychology: In a Course of Nine Lectures.  London: H. Baillere; Dublin: James M'Glashan, 1852.
この版――どうやらイギリスのファウラー社が印刷したようです――のE-text―― <http://www.archive.org/details/philosophyelect00stongoog>

Immortality Triumphant: The Existence of a God and Human Immortality Practically Considered and the Truth of Divine Revelation Substantiated.  New York: Folwer and Wells, 1852.

[Trans. G. W. Stone]  De electro-biologie; wetenschappelijk verklaard en hare geheimen ontsluijerd.  Amsterdam:Sybrandi, 1853. 〔デンマーク語訳〕

Spirit Manifestations Examined and Explained, Judge Edmonds Refuted, or, An Exposition of the Involuntary Powers and Instincts of the Human Mind.  New York: De Witt & Davenport, 1854.

[Dods and Gibson Smith]  The Gospel of Jesus.  South Shaftsbury: G. Smith; New York: S. T. Munson, 1858.

[Dods, William Fishbough, John B. Newman, Joseph W. Haddock]  Library of Mesmerism and Psychology.  New York: Fowler, 1865.  Rpt.  Library of Mesmerism and Psychology, in Two Volumes: Comprising Philosophy of Mesmerism, on Fascination, Electrical Psychology, the Macrocosm, Science of the Soul.  New York: Samuel R. Wells, 1874. 〔Dods の『動物磁気説の哲学』と『電気的心理学の哲学』を収録〕
1874年版のE-text―― <http://www.archive.org/details/librarymesmeris00haddgoog>

? [Dr. J. Bovee Dod's [sic] Imperial Remedy and Imperial Wine Bitters: For Safely, Speedily and Effectually Restoring the System to Health, and Preventing Disease: For Sale Here.  187-?]

? [Dr. J. Bovee Dods' Imperial Remedy and Family Physician: Vegetable - Safe - Reliable [...].  187-?]

The Philosophy of Mesmerism and Electrical Psychology: Comprised in Two Courses of Lectures (eighteen in Number), Complete in One Volume.  London: James Burns, Progressive Library, 1876.
この版の1886年の重刷版のE-text―― <http://www.archive.org/details/thirtyshortsermo00dods>   

  ドッズはUniversalist の牧師でした。そしてメスメリズムに関心をもった牧師の多くがUniversalist だったことにはちょっと驚かされます。Universalist というのは簡単にいうと "universal salvation" を信じる、ということです。「普遍的救済」というのは、カルヴィニズムの神学が「選ばれた者」のみの救済、つまりぶっちゃけていうと選ばれた人は神の国に入るが、地獄堕ちの呪われた人々もいる(かつ、それは運命づけられている=予定説)、という考えだったのに対して、万人が神の愛と慈悲によって最終的には救済されるとする考えだと思います。だと思いますが、日本語のウィキペディアの「普遍救済主義」という項目を探すと、こう書かれています。――

普遍救済主義(ふへんきゅうさいしゅぎ)とは、キリスト教の神学思想のひとつ。

普遍救済主義は、カルヴァン主義予定説(特定救済主義)の立場に立つバプテスト派の「paticular」に対し、アルミニウス主義の立場に立つバプテスト派の「general」を訳したものであり、アルミニウス主義の特徴である不特定の贖罪(キリストの贖罪は彼を意識的に拒む者をも含む全ての人のためである。もっとも信じない者まで救われるわけではないが、神の哀れみと恵みは予定されるものではない)の立場に立つことから普遍救済主義の立場とされる。しかし、彼らは神の条件的選び(神はあらかじめ誰がキリストを信じるか見ておられ、その予知に基づいて信じる者を天国へ選ぶことを決める)という立場に立っているので、これを万人救済主義(ユニバーサリズム)と混同してはならない。

カルヴァン主義の人たち(カルヴァン派の教会すなわち改革派教会)によるドルトレヒト会議においてはアルミニウス主義は異端とされ、その主張は公式に認められなかった。

   「general」を訳した、というのがよーわかりません。「万人救済主義(ユニバーサリズム)と混同してはならない」というのがさらにわからない。だとするとuniversal salvation を普遍(的)救済と訳してはならんのね、キリスト教神学的には?  ウィキペディアの 「万人救済主義」 〔英語の "Universal reconciliation" <http://en.wikipedia.org/wiki/Universal_reconciliation> の記事に対応しています〕はもう少し長い解説になっていて、いろいろと考えさせられるのですが、最初のところだけ引いておきます。――

万人救済主義(ユニバーサリズム、英語:Universal ReconciliationChristian Universalism)はキリスト教の非主流派思想のひとつ。これは、すべてが神のあわれみによって救済を受けるという教理、信仰である。すべての人が、結局は救済を経験するとし、イエス・キリストの苦しみと十字架が、すべての人を和解させ、罪の贖いを得させると断言する。これは、ユニテリアン・ユニヴァーサリズムとは異なっている。

万人救済主義は地獄の問題と密接に関係がある。救済に至る方法や状態に関して様々な信仰と見解があるけれども、すべての万人救済主義者は、究極的にすべての人の和解と救済に終わると結論する。

万人救済の教理、信仰についての論争は歴史的に活発に行われてきた。初期において万人救済主義の教理はさかんであった。しかし、キリスト教の成長にともない、それは廃れていった。今日の多くのキリスト教教派は万人救済主義を拒絶する。

  ハナシがあさっての方向へいかないように言いたいことはおさえておきますが、ひとつだけ書くと、地獄の問題というのがおもしろいです。地獄の存在こそがいわば信仰の要になるという逆説が・・・・・・。18,19世紀のアメリカにかかわる節も引いておきます。――

万人救済説の復活

宗教改革時代に万人救済説の和解の教理は復興した。エラスムスらがギリシャ教父に対して再び関心を持たせた。教父の著書が出版され、オリゲネスら初期の万人救済主義者が知られるようになった。宗教改革時代から啓蒙主義の時代は救いと地獄について活発に論争がなされた。

16世紀ドイツ人の神学者によって万人救済説が広がった。17世紀にはイギリスにも存在していた。ペンシルベニアのクエーカーは万人救済を受け入れ、この思想は18世紀アメリカの植民地にももたらされた。北米の万人救済主義は積極的、組織的であった。ジョナサン・エドワーズはこれを脅威と考え、万人救済主義の教えと主張者に反対し、ニューイングランドの正統的な会衆派牧師の立場から、多くの著書を書いた。

  英語のWikipedia の "Universalism" を見ると、一方で「普遍宗教」のような意味で使われているせいもあって、アメリカのキリスト教内での歴史的な記述としてはどうもよくわからないのですが、別項目の "Christian Universalism""Universalist Church of America" (いずれも日本語の対応記事なし。後者が歴史的な記述を冒頭でハッキリ書いてくれればいいのに・・・・・・)を見ると、なんとなくおぼろに見えてくるのは、名前の変遷はともあれ、Universalist Church of America につながるUniversalist General Convention は18世紀末(たぶん1793年)にはアメリカでおこっていて、それは、アナバプティストとモラヴィア派と進歩的なクウェーカー、それからメソジストのようにドイツのPietism に影響された人々があわさってできたらしい。初期の重要な人物としてユニヴァーサリズム的なメソジズムを唱えたジョン・マレーJohn Murray (「アメリカン・ユニヴァーサリズムの父 "the Father of American Universalism"」だそうで)、それからフランスのユグノーだけれどロンドンで生まれたGeorge de Benneville , 1703-93。この人は牧師であり、かつ医者だっただけでなく、神秘体験・臨死体験があり、地獄は罰ではなくて浄化のために存在すると知り、ユニヴァーサリズム的な考え方を唱えるにいたる――人間は二重の存在であり、外的な血肉の人間は世の悪にさらされて善を行なったり悪を行なったりするけれど、内的な霊的ペルソナは神によって創られたもので、完璧で、神聖で、呪われて (damned) おらない、よってすべての人間は救済される。このひとはその教説のために死刑を宣告されたりしたようですが、18世紀なかば(1741年)にアメリカにやってきてペンシルヴェニアで医者と薬剤師(か薬局店主)をやりながらユニヴァーサリズムを説いたそうで(Wikipedia による)。 ついでに、おもしろいのはド=べネヴィル(という表記でよいでしょうか)が土地のインディアンたちと薬草について知識や処方を交換したりしたことです。それから1732年にペンシルヴェニアでつくられたユートピア的宗教共同体 Ephrata Cloister にも出入りしていたようです。

  それから、アメリカ合衆国建国の父の一人で独立宣言の署名者でもあったベンジャミン・ラッシュ Benjamin Rush, 1745-1813、やっぱりペンシルヴェニアの人ですが、ラッシュもユニヴァーサリズムを信奉したとも言われています(意見が割れているようですから、セクトというよりも思想としての関係かと)。奴隷廃止や死刑廃止、あるいは刑務所での囚人の扱いの改善を唱えただけでなく、医者でもあったラッシュは、心の病の研究や処方の開拓者でもあって、精神疾患者の公平な扱いを唱えたひとでした(1812年にMedical Inquiries and Observations upon Diseases of the Mind を著わし、「アメリカの精神医学の父 "the Father of American Psychiatry"」としばしば呼ばれるらしい)。もっとも強制的な療法とか黒人の肌の色への誤解とか、毀誉褒貶ある人ですが(そのへん英語版の忠実な訳らしいウィキペディア「ベンジャミン・ラッシュ」参照)。ラッシュは精神の病の原因は脳の血流にあると考えたので、えらく乱暴な療法を考案しました。この人はbleeding――瀉血(しゃけつ)というのね――もずっと行なっているし、「血」の発想の人なんですね、たぶん。

rushchair.jpg
Benjamin Rush's Tranquillizing Chair
image via "Diseases of the Mind: Highlights of American Psychiatry through 1900" <
www.nlm.nih.gov/hmd/diseases/benjamin.html> in United States National Library of Medicine

  ちょっとラッシュでハズレましたが、こうなると、アレですね、1830年代、40年代に大きな社会現象化するさまざまな(20世紀後半の歴史用語を借りれば)対抗文化的な運動のもとは18世紀からあるのですね、いろいろと。まあ、あたりまえか。

  さて、ものすごく挿入してしまいましたが、ドッズがそのユニヴァーサリズムを唱えたことは、1830年代から40年代はじめの説教や本のタイトルからも明瞭です。ドッズはカルヴィニズムに反対し、教会内での革新を訴えました。それは人間の "spirit" の可能性を展開する助けとなる教会を求めたものだった(ようです――Taylor, Shadow Culture, p. 109)。そうしたところへメスメリズムがやってきて、ドッズは、これが霊的な再生を達成する手段になると信じた。催眠状態が内的な生命を十全に意識のもとにあらわす、と考えたからです。そしてまた、臨床生理学や電気科学の知見を取り入れて、前にもチラリと書いたように、体というシステム内の電気がバランスを失なうことで病が生じると考え、治療にメスメリズムを使ったのでした。

  えーと、当初メモとして考えていたのは以下の引用の一部だけです。――

I will, in the first place, prove that ELECTRICITY is the CONNECTING LINK between MIND and inert MATTER, and is the AGENT that the mind employs to contract and relax the muscles, and to produce all the voluntary and involuntary motions of the body.  (Electro-Biology, Lecture I, p. 30)

I desire it to be distinctly understood, that when I speak of the electricity, galvanism, and magnetism of the human system, or of the nervous fluid, I mean one and the same thing.  (p. 35) 〔電気=ガルヴァニズム=磁気〕

Electricity is the agent of mind and the invisible power of matter.  (Lecture VIII, p. 160)

I answer, that electricity is the great and universal agent ordained by the Creator to form,to transmute, or to decompose all substances that swarmin the empire of nature.  (Lecture IX, p. 189) 〔Creator=God〕

   それから、ホメオパシーや水治療やトムソン主義に言及しながら、文字通り自然の治癒について触れている長い一節を引用しておきます。これはドッズみたいな人の姿勢を誤解しないために有益だと思います(いずれヒマができたら訳すかもしれませんが原文のままで勘弁してください)。――

     Allopathy, Thompsonianism, Homeopathy, Hydropathy, Electropathy, and I will add, Aeripathy and Terrapathy, should never be made to exist as so many separate medical schools, but the excellences of them all, so far as they are applicable to the relief of human sufferings in any corresponding latitude on Earth, should be combined into one grand system TO CURE, and call it CURAPATHY.
     Water is nature's universal solvent, and when properly applied, in its various degrees of heat and cold, to the different parts of the system, either externally or internally as the case may require, it is a most powerful agent to restore the equilibrium of the circulating forces and remove disease.  But water alone is not sufficient in every case.  The air in its application and various temperatures should not be overlooked, nor the quality and temperature of that which is inhaled into the lungs.  We can live longer without food or water than we can without air.  In very warm weather, when the air is greatly raefied by the heat, let the invalid, and even the well person, descend into a dry cellar, entirely under ground, undress, and there not only breathe the pure, cool, and earth-impregnated air for half an hour or more each day, but let the body at the sametime be exposed to its action.  This will brace the feeble system of the invalid, gradually raising it up to soundness, and import vigor and energy to the healthy.  Call this Aeripathy.  But this is not sufficient to remove every case of disease.  Electricity, galvanism, and magnetism, in all their forms, should not be forgotten.  Electricity is the agent of mind and invisible power of matter.  These three should be passed through different parts of the human systemto ease pain, and remove nervous obstructions and nervous diseases by thus equalizing the nervous force.  This is Electropathy, and requires not only a familiar acquaintance with electrical science, but also great skill in its correct application to the diseased.
     But this alone is not sufficient.  We must not be unmindful of our mother Earth, nor wholly forget to lean upon her bosom.  Our bodies take into their composition, not only due portions of electricityair, and water, these three grand divisions of nature, but they also claim a large portion of earth, out of which they are said to have been formed.  We are indeed an epitome of the universe, and stand in an exact aptitude and relationship to nature.  This being so, permit me to remark, that diseased persons, during the summer season or warm months, should seek some farmer's secluded plough-field or garden, expose their naked bodies, escept the covered head, for several minutes to the rays of the sun.  When well heated and rubbed, cover them up in the fresh earth for half an hour or more, then wash and rub briskly with a towel, dry well in the sun, and dress.  At other times, and as often as convenient, let the invalid follow the ploughman, and as he turns up the fresh earth let him breathe the air while charged with the invisible life-giving substances that rise from the ground.  (Lecture VIII, pp. 159-161)

   こういう文章でわかるのは、ドッズが考えるようなメスメリズムによる治療はいわば補完的なものであって、従前の民間的な治療と反発しないどころか馴染むものだということです。そして四大という伝統的な考えの延長に電気が位置づけられているようにさえ思えます。

  それから、電気を軸にして構図的に興味深いのは、カルヴィニズムが伝統的に雷を神の怒りとして読んできた、その雷の電気を理神論者のフランクリンは見つけた、その電気を神の与えた媒体とユニヴァーサリストのドッズは見た、という展開というか、逆転というか、サンヨー電気、いや三様の電気体験です。

  ところでドッズは、スピリチュアリズムの批判者として知られた時期があります。ドッズは過剰な電気の負荷が不随意系に生じることによって、超自然と誤解する幻覚現象が生じるのだ、とかなんとか理屈をつけようとしたらしい。けれど、まもなくドッズは霊の存在や霊との交信を認める立場に「変節」します。そこのところもおもしろいのですが、それはいずれまた機会があれば。


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January 18 2009年1月18日のアルバニ(カリフォルニア)の夕方の空 [天気 weather]

January 18, 2009 (Sunday)

   暖かい一日でした。

  でもやっぱり夕方の空はどよ~んとしていて、つまりませんw

January18,2009AlbanyCA1717pm.jpg
2009年1月18日午後5時17分

January18,2009AlbanyCA1724pm.jpg
2009年1月18日午後5時24分

January18,2009AlbanyCA1732pm.jpg
2009年1月18日午後5時32分

January18,2009AlbanyCA1748pm.jpg
2009年1月18日午後5時48分

January18,2009AlbanyCA1758pm.jpg
2009年1月18日午後5時58分

    ああ、つまんない(って、あんたの文章がつまんないんじゃい! w)

   空からペニーが降ってこないかしら(貧乏笑)

karakusa.jpg

7-Day Forecast for Latitude 37.88N and Longitude 122.29W (Elev. 85ft) <http://forecast.weather.gov/MapClick.php?CityName=Albany&state=CA&site=MTR&textField1=37.8869&textField2=-122.297&e=0> 〔カリフォルニア州バークレー(≒アルバニ)の天気 National Weather Service クリックしていただくと、アルバニの位置がわかります〕

National Maps - NOAA's National Weather Service <http://www.weather.gov/outlook_tab.php> 〔上の全国版〕

National Weather Service - NWS San Francisco/Monterey Bay Area <http://www.weather.gov/climate/index.php?wfo=mtr> 〔過去の天気〕 

★日の出、日の入、月の出、月の入、惑星の出没南中」 <http://star.gs/cgi-bin/scripts/hinodet.cgi?dy=20081210&lju=l&iv=10&pl=%91%BE%97z&jwi=w&tiikij=%8F@%92J%96%A6%81i%96k%8AC%93%B9%81j&tiikiw=%83T%83%93%83t%83%89%83%93%83V%83X%83R%81i%83A%83%81%83%8A%83J%81j&kdo=&kfun=&ido=&ifun=&tz1=&hk=0>

"Sunrise and Sunset for U.S.A. - California - San Francisco" <http://www.timeanddate.com/worldclock/astronomy.html?n=224> 〔Sunrise and Sunset Calculator

 


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January 23 ジョーゼフ・ブキャナンとサイコメトリーとブラヴァツキー・・・・・・メスメリズムとアメリカ (補足の3)――擬似科学をめぐって(21)  On Pseudosciences (21) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 23, 2009 (Friday)

   ちょっと補足的な説明を断章的に書いておきます。のパート3。4番目のブキャナンだけの記事にします。

I.     フィニアス・パークハースト・クインビー Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66 のその後
II.    クインビーと
エディー夫人 Mary Baker Eddy, 1821-1910

III.  ジョン・ボヴィー・ドッズ John Bovee Dods, 1795-1872 における電気と磁気
IV.  ジョーゼフ・ブキャナン Joseph Buchanan, 1814-89 のサイコメトリー
V.   民間治療と心理学

   ちょっと、トンデモなところに踏み入るかもしれないので手元足元に気をつけながらのほほんと書きます。

   サイコメトリーといえば『サイコメトラーEIJI』のテレビドラマが松岡君(w)が主役で放送されたのが1997年。原作の漫画もよく読まれ、1999年には第二シーズンの放送もあったそうですが、モーリちゃんの父は志摩亮子刑事が大塚寧々のしか見ていません。ともあれ、あのころに、アニメなどのフィクションの世界と、心霊探偵捜査ドキュメンタリーみたいな半分現実の世界とで、(サイコメトリーというコトバがたとえ使われなくても)、モノに残された過去の記憶を読むみたいなふるまいが日本ではちょっとポピュラーになったのでしたでしょうか。

   このあいだウィキペディアの「サイコメトリー」をリンクしたときに、読んで頭に残っていたのは、「コリン・ウィルソン著『サイキック―人体に潜む超常能力の探究と超感覚的世界』(三笠書房、89年初版)の冒頭にある、荒俣宏による解説中のサイコメトリーについての説明によれば、アメリカの神霊[ママ]研究家であるジョセフ・ローズ・ブキャナン(1814 - 1899)が提唱した用語であると書かれている。」というところと、「漫画サイコメトラーEIJI』文庫版の最終巻にある安童夕馬のコメントによると、その原作の執筆時に英語のサイコメトライズを、語呂を良くする為に作り出した造語だというが、この言葉はそれ以前に存在している。この能力を操る人のことを、しばしばサイコメトラーと呼ぶが、木城ゆきとのSF漫画『銃夢』ではサイコメトリストと呼んでいる」というところです(ほんとはウソで、そのまま頭に残っているはずがないのですが)。

   日本語のウィキペディアは「最も主な特徴は、物体に残る人の残留思念〔未編集〕を読み取ることである」としていて、英語のほうは 「定義」として "A form of psychic reading in which one individual is said to obtain details about another through physical contact with their possessions.(相手の所持品との身体的接触によってその相手についての細部の知識を得るといわれるサイキック・リーディングの一形態)" と記しています。だから、どちらも人間の想念がモノに残っている、という構図です。で、ブキャナンは少なくとも最初は強い思念がモノに残ると考えたのでしたが、人間だけでなくてあらゆる事物が過去を記憶しているという考えにサイコメトリーの意味は発展します。psychometry とは geometry (幾何学)がもともと「地」をはかる、測定する、という意味であるように、psyche「魂」をはかる、測定する、ということですから、人間の魂かと思うと、それがどっこい人間だけではなく、事物の魂でもあるという展開です。ブキャナンは紙にくるんだ金属片の実験から始めて、最初は人間の神経が電磁場のようなオーラを出して紙を通過して味覚のように金属を感じるのだ、と考えますが、手紙を手にして書き手の性格や感情がわかるという被験者(学生たち)が出てくることで、人間の感情が手紙に記憶されて、敏感な人間はそれを看取することができると考えます。ブキャナンの実験に関心をもったボストンの地理学 (geology) の先生のウィリアム・デントンは自ら追認実験を行ない、たとえば紙にくるんだ標本に触れさせて、隕石のときに空漠とした宇宙を感じるとか、火山岩で噴火を感じるとか、そういう能力を示す人間が多いことがわかります(以上 Colin Wilson, Poltergeist!: A Study in Destructive Haunting (London: New English Library, 1981) の24-25ページによる)。そうなると、たとえば隕石に強い感情が関与しているわけではないわけで、デントンは、自然界のあらゆる出来事は「記録」されているという考えに到り、『事物の魂――サイコメトリーの研究と発見 The Soul of Things; or Psychometric Researches and Discoveries』 (Boston, 1873) というタイトルの本をのちには書くわけです。つまり、事物に浸透して世界に遍在する魂というような考えです。

   サイコメトリーがモノに記録された人間の魂の解読というだけの意味でないことは、『オックスフォード英語大辞典』(毎度です)の定義でも確認されます。たぶん。

1. The (alleged) faculty of divining, from physical contact or proximity only, the qualities or properties of an object, or of persons or things that have been in contact with it. 〔身体的接触によって、もしくは近接のみによって、事物の性質や特性、あるいはその事物と接触した人間やものの性質や特性を見抜く(と称する)能力〕

   1854 J. R. Buchanan Lect. Neurolog. Syst. Anthropol. 125 The influence of Psychometry will be highly valuable...in the selection from candidates for appointments to important offices.  1863 Denton Nature's Secrets Introd. 9 Mrs. Denton, by means of this science of Psychometry, professes to be able, by putting a piece of matter...to her forehead, to see, either with her eyes closed or open, all that that piece of matter, figuratively speaking, ever saw, heard, or experienced.  1903 W. T. Stead in Review of Rev. July 33/2 An experiment in psychometry.  1922 E. Wallace Crimson Circle vi. 38 ‘Nothing is absurd,’ said the Commissioner quietly. ‘The science of psychometry has been practised for years.’  1959 Times Lit. Suppl. 1 May 254/4 Such objects...enjoy a semi-consciousness drawn from the human beings who have known them. In this there is an undeniable truth, as the modern practice of ‘psychometry’ proves.  1966 E. Palmer Plains of Camdeboo xvii. 290 Most of us can on occasions sense atmosphere, and psychometry seems to be this power greatly developed.  1975 G. W. Knight Jackson Knight i. 44, I know now, from the witness of psychometry, that inanimate objects can indeed become impregnated by qualities gathered during their past.

  

  このサイコメトリーを、とんでもないかどうかはわかりませんが、壮大な視野のもとにおいてみせたのがブラヴァツキー夫人の『ヴェイルを脱いだイシス Isis Unveiled』 (1877) だと思います。第一部は「科学 Science」 、第二部は 「神学Theology」という構成の、第一部の第6章 「心理=物理現象  Psycho-Physical Phenomena」に、「近代の最も興味深い発見の一つ」としてサイコメトリーに関する話がでてきます。長いですが、原文を引用します。・・・・・・と書きましたが、あまりに長く、アタマがおかしくなったと思われかねないので、記事末に付すことにし、かいつまんで要点と思われるものを書きます。

  その興味深い発見というのは、感受力のある人間が額にかざした事物から、その事物と過去に接触のあった人や他のモノの性質や様子の印象を受け取るという能力の発見のことです。ブラヴァツキーはブキャナンを紹介し、人間の性格の描写に限定したブキャナンの初期の記述を引きます。――「書いたものに付与された精神的・生理学的影響は消えることはないように思われる。云々. . . . 〔余談ですが、実はこういうのを直筆署名の研究書に求めていたのですが――「August 14 偉人の字影 Word Shadows of the Great: The Lure of Autograph Collecting」参照〕」  しかしブキャナンは自分の発見の意味するところがまだわかっていなかった。1841年の発見のあと世界中でサイコミーター(サイコメトリー能力者)があらわれて証明されたのは、自然界のどんな些細な出来事でも拭いがたい「印象」を物理的自然のうえに残していることで、分子的レヴェルで説明はできず、唯一推論できる結論はこういう映像が不可視の普遍的な力、エーテル、つまりアストラル・ライト(Ether, or Astral Light というのは前の章のタイトルです)によってつくられる、というものだ。そうして、ブラヴァツキーはデントンをとりあげて、哲学者たちが「世界魂」と呼び、デントンが「事物の魂」と呼ぶ、すべてに浸透する普遍的で持続的な媒体のうちにすべての出来事が埋め込まれていると言います。サイコミーターはモノのかけらを額にかざすことで、「内なる自己 inner-self」をモノの内なる魂との関係におく。つまりサイコミーターが標本を検証するとき、関係する出来事の絵を保持している、事物と関連するアストラル・ライト(まあ、「エーテル」です)の流れと接触するのだ。このときの映像は(デントンによれば)、ものすごい速さで押し寄せるので、意志の最高度の行使によってのみ、記述するに足るだけの長さでひとつの映像をヴィジョン内に捉えることができる。サイコミーターは、内なる目をもった透視能力者だ。だが、強い意志の力、訓練、能力についての知識がなければ、知覚する場所や人や出来事は混乱したものとならざるを得ない。しかし、メスメリズムによって同様の透視能力をあらわす人間の場合は、メスメリストによる指導下で、サイコミーター以上に明瞭に細部を見ることができるし、さらに未来を見ることもできる。で、このへんから永遠は過去も未来もなく「現在」としてあるというような理屈が述べられて、「予知」の能力もこの普遍的媒体たるエーテルないしアストラル・ライトとの接触として説明される可能性が開かれます。だから、ものすごく乱暴に、エーテル、アストラル・ライトというなじみでない言葉の代わりに、なじみの動物磁気説ということばを使うなら、透視能力の背後に普遍的な動物磁気があるという見方と重なる、と言えなくもなくはないと思われます。むろん「動物磁気」自体が物理的「磁気」のかなたにある非物質的幻影なのかもしれないのですが、(神秘的なタイプの)メスメリズムとの融和を、理論レヴェルでも、見ることはできるわけです。と思うわけです。

  あと2点ほど書きとめておきます。ひとつは、この一節の1, 2ページ前で、ブラヴァツキーは魂 soulと霊 spirit が混同されていることを強調していて、その言葉をメモっておきます。soul と spirit を区分することの重要性については本の初めから繰り返し述べているのですが、ここではキリスト教会を引き合いに出しています。――

     [. . .] for theologians as well as laymen labor under the erroneous impression that soul and spirit are one and the same thing. (俗人だけでなく神学者も、魂と霊が同じひとつのものだという誤った考えをもっている。)
     But if we study Plato and other philosophers of old, we may readily perceive that while the "irrational soul," by which Plato meant our astral body, or the more ethereal representation of ourselves, can have at best only a more or less prolonged continuity of existence beyond the grave; the divine spirit -- wrongly termed soul, by the Church -- is immortal by its very essence. (Any Hebrew scholar will readily appreciate the distinction who comprehends the difference between the two words ruah and nephesh.)  (しかし、プラトンや昔の哲学者を学べばすぐにわかるのは、プラトンが我々のいうアストラル体、あるいは我々自身のよりエーテル的な部分を意味した「非理性的魂」は、死後にはいくらか持続して存在するだけのものである。神的な霊――教会によって誤ってと呼ばれた――は、その本質ゆえに不滅である。〔で、そのあとカッコのなかで、ヘブライ語、つまり聖書の記述として、霊にあたるルーアと魂にあたるネフェシュの区分が示されています〕) (pp. 180-81)

   もう一点は、psychometry という言葉について、もう少し。実はOED の定義は2番があって、それは心理学の用語としてです。

2. The measurement of the duration and intensity of mental states or processes. Also, psychometrics (see "psychometric"psychometric a. and n. B).

   1879 F. Galton in Brain II. 149 Psychometry...means the art of imposing measurement and number upon operations of the mind, as in the practice of determining the reaction-time of different persons.  1883 Athenæum 7 July 20/2 He [Mr. F. Galton] has established by his example and initiation the science of psychometry, and pointed to the line of inquiry on which the scientific portions of psychology can alone become scientific.  1897 Westm. Gaz. 29 Sept. 2/1 Dr. Scripture's experiments in the psychometry of time, energy, and space.  1971 Brit. Med. Bull. XXVII. 35/1 Hughes and his colleagues are conducting further studies, including the use of electro~encephalography and psychometry.  1976 H. M. van Praag in Advances in Drug Therapy of Mental Illness (World Health Organization) 127 The third field in which psychotropic drugs have served as a pacemaker, that of psychometry.... One wants to know (that is, to measure) what it [sc. the drug] does, and what it does not do.

 

   1879年というのはもちろんブキャナン、デントンのあとです。これは科学の側から擬似科学をおしつぶす作戦だったか、と疑いましたが、冷静に考えてみると、日陰の思想とは無関係につくられたのでしょうね。で、この用語は現在も健在で、だから、英語の "Psychometry" の記事には、"In recent years, the term has been superseded in favor of 'token-object reading' so as to avoid potential confusion with the psychological term, 'psychometry.' " 〔近年、心理学用語としてのサイコメトリーとの混同を避けるために "token-object reading" という言葉にとってかわられている〕と(ほんとかどうか知りませんが)書いてあります。まったくコトバってやつは。(ちなみにこの英語のウィキペディアも、上述の定義で示したことから推察されるように、マスメディア的な情報が多いです。サイコメトラーEIJI はないけど、セーラームーン("Chiba Mamoru from the Sailor Moon manga is psychometric")とか日本語のほうにもない情報がありw)。

  あと、サイコメトラーという英語モドキは科学としての言語学の法則上ありえず、許しがたいです。擬似科学的造語ですw

 

  あと、思い出したように3点目で最後にしますが、コリンがよく書くように、サイコメトリーの理論はスピリチュアリズムの隆盛によってむしろ日蔭者になり、19世紀末近くなってから心霊研究のなかで再びとりあげられるようになったようです。そのときには、たとえば幽霊屋敷みたいな「場」が記憶しているものを霊的な感度が高い人間が感じちゃうことを説明する仮説として出てくるのですけど、あいかわらず、というか「写真」の比喩が使われるんですよね。たとえばMan and the Universe におけるオリヴァー・ロッジ Oliver Lodge――

On a psychometric hypothesis the original tragedy has been literally photographed on its material surroundings, nay, even on the ether itself, by reason of the intensity of emotion felt by those who enacted it; and thenceforth in certain persons an hallucinatory effect is experienced corresponding to such an impression. (サイコメトリーの仮説によれば、もともとの悲劇が文字通りその物質的環境に、いや、エーテルそのもののうえに「写真撮影」されている、その悲劇を演じた人間たちの抱いた強度の感情の故に。だから、そのような印象に対応する幻覚的な効果がある種の人びとには体験されるということだ。)

 

  しかし、なんでイメジや写真なんですかね。音はどうなんだろ。と気になりました。あとカメラと写真がどのように比喩を超えて成立するのかわからんですが、冒頭に書いた、「(ほんとはウソで、そのまま頭に残っているはずがないのですが)。」というのは、頭が(1) 目が写した映像を本人の意識とは無関係に記録しているのならば、(2) いや、そもそも実際に読んだのがほんとならば別情報として(脳内E-text的に?)、実は残っている、ということで、ほんとはほんとなのかもしれないな、とも思いました(はんぶんウソです)。

 

 

Isis Unveiled: A Master-Key to the Mysteries of Ancient and Modern Science and Theology By H. P. Blavatsky Theosophical University Press Online Edition
<http://www.theosociety.org/pasadena/isis/iu-hp.htm>

"Isis Unveiled - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Isis_Unveiled

"Madame Blavatsky - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Helena_Petrovna_Blavatsky>

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     One of the most interesting discoveries of modern times, is that of the faculty which enables a certain class of sensitive persons to receive from any object held in the hand or against the forehead impressions of the character or appearance of the individual, or any other object with which it has previously been in contact. Thus a manuscript, painting, article of clothing, or jewelry -- no matter how ancient -- conveys to the sensitive, a vivid picture of the writer, painter, or wearer; even though he lived in the days of Ptolemy or Enoch. Nay, more; a fragment of an ancient building will recall its history and even the scenes which transpired within or about it. A bit of ore will carry the soul-vision back to the time when it was in process of formation. This faculty is called by its discoverer -- Professor J. R. Buchanan, of Louisville, Kentucky -- psychometry. To him, the world is indebted for this most important addition to Psychological Sciences; and to him, perhaps, when skepticism is found felled to the ground by such accumulation of facts, posterity will have to elevate a statue. In announcing to the public his great discovery, Professor Buchanan, confining himself to the power of psychometry to delineate human character, says: "The mental and physiological influence imparted to writing appears to be imperishable, as the oldest specimens I have investigated gave their impressions with a distinctness and force, little impaired by time. Old manuscripts, requiring an antiquary to decipher their strange old penmanship, were easily interpreted by the psychometric power. . . . The property of retaining the impress of mind is not limited to writing. Drawings, paintings, everything upon which human contact, thought, and volition have been expended, may become linked with that thought and life, so as to recall them to the mind of another when in contact."

     Without, perhaps, really knowing, at the early time of the grand discovery, the significance of his own prophetic words, the Professor adds: "This discovery, in its application to the arts and to history, will open a mine of interesting knowledge."* 〔* J. R. Buchanan, M.D.: "Outlines of Lectures on the Neurological System of Anthropology."〕

     The existence of this faculty was first experimentally demonstrated in 1841. It has since been verified by a thousand psychometers in different parts of the world. It proves that every occurrence in nature -- no matter how minute or unimportant -- leaves its indelible impress upon physical nature; and, as there has been no appreciable molecular disturbance, the only inference possible is, that these images have been produced by that invisible, universal force -- Ether, or astral light.

     In his charming work, entitled The Soul of Things, Professor Denton, the geologist,* enters at great length into a discussion of this subject. He gives a multitude of examples of the psychometrical power, which Mrs. Denton possesses in a marked degree. A fragment of Cicero's house, at Tusculum, enabled her to describe, without the slightest intimation as to the nature of the object placed on her forehead, not only the great orator's surroundings, but also the previous owner of the building, Cornelius Sulla Felix, or, as he is usually called, Sulla the Dictator. A fragment of marble from the ancient Christian Church of Smyrna, brought before her its congregation and officiating priests. Specimens from Nineveh, China, Jerusalem, Greece, Ararat, and other places all over the world brought up scenes in the life of various personages, whose ashes had been scattered thousands of years ago. In many cases Professor Denton verified the statements by reference to historical records. More than this, a bit of the skeleton, or a fragment of the tooth of some antediluvian animal, caused the seeress to perceive the creature as it was when alive, and even live for a few brief moments its life, and experience its sensations. Before the eager quest of the psychometer, the most hidden recesses of the domain of nature yield up their secrets; and the events of the most remote epochs rival in vividness of impression the flitting circumstances of yesterday.

     Says the author, in the same work: "Not a leaf waves, not an insect crawls, not a ripple moves, but each motion is recorded by a thousand faithful scribes in infallible and indelible scripture. This is just as true of all past time. From the dawn of light upon this infant globe, when round its cradle the steamy curtains hung, to this moment, nature has been busy photographing everything. What a picture-gallery is hers!"

     It appears to us the height of impossibility to imagine that scenes in ancient Thebes, or in some temple of prehistoric times should be photographed only upon the substance of certain atoms. The images of the events are imbedded in that all-permeating, universal, and ever-retaining medium, which the philosophers call the "Soul of the World," and Mr. Denton "the Soul of Things." The psychometer, by applying the fragment of a substance to his forehead, brings his inner-self into relations with the inner soul of the object he handles. It is now admitted that the universal aether pervades all things in nature, even the most solid. It is beginning to be admitted, also, that this preserves the images of all things which transpire. When the psychometer examines his specimen, he is brought in contact with the current of the astral light, connected with that specimen, and which retains pictures of the events associated with its history. These, according to Denton, pass before his vision with the swiftness of light; scene after scene crowding upon each other so rapidly, that it is only by the supreme exercise of the will that he is able to hold any one in the field of vision long enough to describe it.

     The psychometer is clairvoyant; that is, he sees with the inner eye. Unless his will-power is very strong, unless he has thoroughly trained himself to that particular phenomenon, and his knowledge of the capabilities of his sight are profound, his perceptions of places, persons, and events, must necessarily be very confused. But in the case of mesmerization, in which this same clairvoyant faculty is developed, the operator, whose will holds that of the subject under control, can force him to concentrate his attention upon a given picture long enough to observe all its minute details. Moreover, under the guidance of an experienced mesmerizer, the seer would excel the natural psychometer in having a prevision of future events, more distinct and clear than the latter. And to those who might object to the possibility of perceiving that which "yet is not," we may put the question: Why is it more impossible to see that which will be, than to bring back to sight that which is gone, and is no more? According to the kabalistic doctrine, the future exists in the astral light in embryo, as the present existed in embryo in the past. While man is free to act as he pleases, the manner in which he will act was foreknown from all time; not on the ground of fatalism or destiny, but simply on the principle of universal, unchangeable harmony; and, as it may be foreknown that, when a musical note is struck, its vibrations will not, and cannot change into those of another note. Besides, eternity can have neither past nor future, but only the present; as boundless space, in its strictly literal sense, can have neither distant nor proximate places. Our conceptions, limited to the narrow area of our experience, attempt to fit if not an end, at least a beginning of time and space; but neither of these exist in reality; for in such case time would not be eternal, nor space boundless. The past no more exists than the future, as we have said, only our memories survive; and our memories are but the glimpses that we catch of the reflections of this past in the currents of the astral light, as the psychometer catches them from the astral emanations of the object held by him.

     Says Professor E. Hitchcock, when speaking of the influences of light upon bodies, and of the formation of pictures upon them by means of it: "It seems, then, that this photographic influence pervades all nature; nor can we say where it stops. We do not know but it may imprint upon the world around us our features, as they are modified by various passions, and thus fill nature with daguerreotype impressions of all our actions; . . . it may be, too, that there are tests by which nature, more skilful than any photographist, can bring out and fix these portraits, so that acuter senses than ours shall see them as on a great canvas, spread over the material universe. Perhaps, too, they may never fade from that canvas, but become specimens in the great picture-gallery of eternity."* 〔* "Religion of Geology." 〕

     The "perhaps" of Professor Hitchcock is henceforth changed by the demonstration of psychometry into a triumphant certitude. Those who understand these psychological and clairvoyant faculties will take exception to Professor Hitchcock's idea, that acuter senses than ours are needed to see these pictures upon his supposed cosmic canvas, and maintain that he should have confined his limitations to the external senses of the body. The human spirit, being of the Divine, immortal Spirit, appreciates neither past nor future, but sees all things as in the present. These daguerreotypes referred to in the above quotation are imprinted upon the astral light, where, as we said before -- and, according to the Hermetic teaching, the first portion of which is already accepted and demonstrated by science -- is kept the record of all that was, is, or ever will be.  (pp. 182-84)


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January 19 2009年1月19日のアルバニ(カリフォルニア)の空 [天気 weather]

January 19, 2009 (Sunday)

   この日は、翌日の月曜日がマーティン・ルーサー・キング・デーで、3連休の中日でしたが、よく晴れて、夏のような暖かい日でした。

January19,2009AlbanyCA0724am.jpg
2009年1月19日(日曜日)のカリフォルニアの朝の西の空

  朝焼けって、東の空でなくてもいうのでしょうか(まだ不明)。朝焼けが~溶かしてゆく♪
    左右の空にふたつずつある黒い点は鳥です。写真を撮っているときは気がつかなかったりしますが、カメラと同様に眼は脳に記録しているのでしょうか(というのが前の記事のハナシでした・・・・・・ひつこいで笑)。

January19,2009AlbanyCA1114amb.jpg
2009年1月19日午前11時14分

  アルバニ山下公園でモーリちゃんとバスケットボールをしたときの雲一つない空

January19,2009AlbanyCA1713pm.jpg
午後5時13分

  西の太平洋のむこうには雲があって、雲があると夕焼けの変化はおもしろいです、やっぱり。たぶん平凡な日常的な喜びというのじゃないのを求める気持ちが自分にはまだ強いのかも(考えすぎかもw)。

January19,2009AlbanyCA1716pm.jpg
午後5時16分

January19,2009AlbanyCA1721pm.jpg
午後5時21分

January19,2009AlbanyCA1730pm.jpg
午後5時30分

January19,2009AlbanyCA1739pm.jpg
午後5時39分

January19,2009AlbanyCA1745pm.jpg
午後5時45分

   左(南)のまんなかへんのポチっとしたちいさい雲の塊の表情の変化がおもしろいなあ、とひとつには思いました。

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7-Day Forecast for Latitude 37.88N and Longitude 122.29W (Elev. 85ft) <http://forecast.weather.gov/MapClick.php?CityName=Albany&state=CA&site=MTR&textField1=37.8869&textField2=-122.297&e=0> 〔カリフォルニアバークレー(≒アルバニ)の天気 National Weather Service クリックしていただくと、アルバニの位置がわかります〕

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January 20-22 2009年1月20日から3日間のアルバニ(カリフォルニア)の空 [天気 weather]

January 20, 2009 (Tuesday)
January 21, 2009 (Wednesday)
January 22, 2009 (Thursday)

    前週16日金曜日の週間天気予報のとおりにだいたい天気は推移して、20日の火曜日までは暖かかったけれど、「1月の夏」はそれで終わり、水曜・木曜は気温がぐっと10度台に下がっただけでなく、 "chance of rain" は的中して、朝から雨降りが続いたのでした。

January20,2009AlbanyCA1714pm.jpg
2009年1月20日(火)午後5時14分のゴールデンゲートブリッジと空のながめ(クリックでちょっと拡大)

January20,2009Albany,CA1714pm.jpg
1月20日同時分

  海のほうに暗い雲があって、そこから手前のほうにもシャーッと雲があるのですが、上の空の大部分はは青いです。ヘンな雲だけど、夏っぽい感じ。

January20,2009AlbanyCA1715pm.jpg
1月20日午後5時15分

  北の方の空はこんな感じで、ちょっと珍しい雲の様子でした。

January20,2009AlbanyCA1716pm.jpg
1月20日午後5時16分

January20,2009AlbanyCA1736pm.jpg
1月20日(火)午後5時36分

  グレーな夕焼け雲でした。この日まで半袖Tシャツ生活(とくにモーリちゃんは)。

January21,2009AlbanyCA1718pm.jpg
2009年1月21日(水)午後5時18分

  翌日は一転して朝から雨。夕方に雨がだいたいあがったのですが空は暗く、それでも西のほうはかすかにオレンジ色に染まっています。

January21,2009Albany,CA1718pm.jpg
同日同時分

  雨雲が手前のほうまで覆っていました。

January22,2009AlbanyCA0731am.jpg
2009年1月22日(木)午前7時31分

  雨の朝。ゴールデンゲートブリッジが見えません。

January22,2009AlbanyCA0732am.jpg
同7時32分

  日の出は7時20分ごろだったと思います。自動車はみんなライトをつけて走っています。KRON4 の朝のニュースは4時から放送していて、ちょっと早く起きて見ていたら、傘をさして中継している男の人が、 "very cold and miserable here" とか "cold, miserable out here" とか、時間差でくりかえし言っていました。ちょっと "miserable" という形容詞は自分には出てこないので、なるほどなあ、と思うと同時に、悲惨だなあ、と気の毒になりました(w)。

  が、この日の天気は急展開します(つづく・・・・・・いや、画像が容量オーバーしてしまいまして)


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January 22 2009年1月22日の夕方のアルバニ(カリフォルニア)の空 [天気 weather]

January 22, 2009 (Thursday)

    ということで、「January 20-22 2009年1月20日から3日間のアルバニ(カリフォルニア)の空」のつづきです。

   朝は冷たい雨が降り、「外は寒く、みじめ」とレポーターが言っておったわけですが、朝の天気予報の詳細としては、 まず "storm tracker" で雨雲の移動の説明があり――
StormTracker.jpg

  時速22マイル (22 mph) で北東 (NE) にと、方向と速度、そして、各地の到達時刻が示されます。あと現在1時間に0.57 インチの降雨、とか場所ごとに説明がありました。

storm tracker 2.jpg

   S. F. = San Francisco。サルモネラ菌はピーナツ・バターが原因というニュースがついでに字幕で流れています。

  それから "rain tracker" の画像説明で雨の地域が色を付けて示され――
Rain Tracker1.jpg

  このとき4時18分(わー、早起きさんw)ですが、6時の雨の様子。アレッ。降っていたんですけどねー。

Rain Tracker 2.jpg

  午後5時。"scattered rain" の可能性がサンフランシスコとかベイエリアにはある、という説明だったような。

  そして、一週間の予報が――
forecast.jpg

  今週は雨のウィークエンドの予報です。

  以上で前置きが終わりですw

January22,2009Albany,CA1606pm.jpg
2009年1月22日(木)午後4時6分の西の空

  昼過ぎくらいに少し晴れ間が出て、そのあとときどき降ったりしていたのです。4時ころには雨はあがったようすで、水鳥がくるくると飛び出しました。

January22,2009AlbanyCA1708pm.jpg
1月22日午後5時8分

  数日ぶりの夕焼け空のはじまり。この日のサンフランシスコの日の入り時刻は5時23分、日の出は7時20分。

January22,2009Albany,CA1715pm.jpg
1月22日(木)午後5時15分

  雲に隠れていた太陽が、沈む直前に顔を出しました。

January22,2009AlbanyCA1718pmb.jpg
1月22日午後5時18分

  アルバニからだと、橋の右手、つまりサンフランシスコからゴールデンゲートブリッジを渡ったサウサリートのほうの山が太平洋とのあいだにあるので、太陽は早く見えなくなってしまいます。

January22,2009AlbanyCA1722pm.jpg
午後5時22分

January22,2009AlbanyCA1733pm.jpg
午後5時32分

January22,2009AlbanyCA1743pmb.jpg
午後5時43分

  おしまい


 

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January 24-26 メスメリズムとアメリカ (補足の4)――擬似科学をめぐって(22)  On Pseudosciences (22) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 24, 2009 (Saturday)
January 25, 2009 (Sunday)
January 26, 2009 (Monday)

  ちょっと補足的な説明を断章的に書いておきます。のパート4。やっと5番目のまとめです。

I.     フィニアス・パークハースト・クインビー Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66 のその後
II.    クインビーと
エディー夫人 Mary Baker Eddy, 1821-1910
III.  ジョン・ボヴィー・ドッズ John Bovee Dods, 1795-1872 における電気と磁気
IV.  ジョーゼフ・ブキャナン
Joseph Buchanan, 1814-89 のサイコメトリー
V.   民間治療と心理学

MaryBakerEddy-Eearliest(1850s).jpg
クリスチャン・サイエンス Christian Science の創始者 Mary Baker Eddy (1821-1910) の現存するもっとも若い頃の写真(1850年代前半) via "Star of Boston: The Life of Mary Baker Eddy by Helana M. Wright - Introduction" - image via <http://mbeinstitute.org/Star/starintro.html>

Blavatsky_and_Olcott.jpg
神智学協会 Theosophical Society の創始者 Helana Blavatsky (1831-91) と Henry Alcott - image via "Madame Blavatsky - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Blavatsky>

tingley.jpg 
Katherine Tingley (1847-1929), founder of the Point Loma Universal Brotherhood and Theosophical Society Homestead. via "Journal of San Diego History" <http://www.sandiegohistory.org/journal/97winter/theosophicalimages.htm>

    V.   民間治療と心理学

   というタイトルをずっと載せてきてしまったのですが、内容はちょっとはずれたものになるかもしれません。ホメオパシーや薬草学など、正統的な西洋医学の伝統からはずれたところの民間的な治療と、その後の、メスメリズムがらみの信仰治療的なものが、19世紀後半にアメリカでどうなったかを探るためのメモを記すというのが主旨です。

  いろいろと考えるところはあったのですけれど、個人的な考えを書く前に、心理学の歴史の専門家の本の記述を紹介することにします。Shadow Culture: Psychology and Spirituality in America (Washington, D.C.: Counterpoint, 1999) という本を書いたEugene Taylor はハーヴァード大医学校で心理学と精神医学の歴史を長年教えてきた人で、ハーヴァード大学の図書館に1923年に寄贈されたウィリアム・ジェイムズの膨大な蔵書のなかから発見されたスピリチュアリズム、精神治療、悪魔学、魔女術、多重人格、その他の関係の資料の整理に導かれて、「影の文化」、すなわち主流の正統的学問や制度ではなくて、その背後、周縁、あるいは下部に位置づけられた――歴史的に言うと、はじめは懐疑的に見られたけれどもしかしアメリカ文化のなかで支配的な役割を演じ続けている(とテイラーさんは考えます)――ポップ宗教的、意識の覚醒的な「サイコロジー」の歴史を跡付けようとして書かれたのが本書です。たぶん。

  南北戦争がアメリカの社会史の転換点だったとテイラーさんはいいます(まあ、これは誰でもいうことかもしれないし、文学でいうと、リアリズムへの遅れた転換は南北戦争を契機にしていました)。古い民間「サイコロジー」(これはコトバの定義によるのですけれど、心の病、あるいは病というのでなくても、心の悩みや癒しや精神問題を扱うということ、いや、そもそも(な)やんでいなくても人間精神のありようを学ぶこと、と理解されます)は、実証主義的な科学が力を増すことによって、背景に退く。医学における専門教育は高度に機構化されたものとなり、実験も科学的に厳密で洗練されたものになる一方、社会科学、生命科学の諸領域の専門化が進む。「科学」を主眼とする文化と民衆的「サイコロジー」は、「ヴィジョン」を核とするような伝統が押しやられるに伴って、根本的に分離してしまう。学問領域としての「心理学」は、自然科学 natural sciences を範として自己形成をはかり、内容を計測可能なもののなかに厳密に限定してしまうようになる。計測可能なものとは、原因結果、因果関係の還元主義的、実証主義的な語彙で説明されるだけのもの。

  しかし、同時に、心の治療なり癒しなりへの大衆的関心は、衰えるどころか高まった。19世紀前半に、アメリカの地域地域で先駆者・開拓者が出現し、心の問題への関心が高まったのに対して、1870年代から19世紀末にかけては、アメリカ全体、さらには国際的な視野をもった、精神的治療のための成熟した機構が生み出され、それらの多くは現在まで存続している。と、テイラーさんは言います(112-113ページ)。

  そのあとが、興味深いのですけれど――。「実証主義的科学の台頭とともにアメリカのハイカルチャーのなかで幻視的な伝統が次第に抑圧されるが、民衆的な場のなかで栄えただけでなく劇的に発展した、というこの逆説の、鍵となる理由のひとつは、少なからずフェミニズム運動の成長に原因がある。」 (It should be noted in closing that one of the key reasons for this paradox―that the visionary tradition was gradually suppressed within American high culture because of the rising tide of positivistic science, while it not only flourished but expanded dramatically in the popular arena―was due in no small part to the growing feminist movement.) 〔直訳です。ヘンなのは原文がヘンなのw〕 南北戦争によって結婚適齢の男子が戦場に斃れ、あとに過剰な数の独身女性を残された。女性の必要品が商業広告の新たなテーマとなり、婦人病が医学と診療の新たなテーマとなり、かつて世紀半ばにはスピリチュアリズムの運動のエネルギー源となっていた女性の思想が、婦人参政権、正当な(男女平等)雇用、機会均等、といったより切実な問題にむかった。医療の世界では、William Alexander Hammondや Silas Weir Mitchell 〔このひとは作家でもありました〕や William Osler や William Welch といった男性が、外科医学、神経病学、精神医学といった主流の科学の学問分野で、専門領域を支配する。が、その一方で、率直で、カリスマ的で、強い新しい世代の女たち、たとえばメアリー・ベイカー・エディーやへレナ・ブラヴァツキーやキャサリン・ティングリー、が、直観的、想像的、超越的なるものを擁護して、影の文化を支配するようになった。(113ページ)

  エディー夫人とブラヴァツキー夫人は、なんとなく前に言及したので、ティングリーについて。ティングリーはマサチューセッツ州生まれで、いわゆるソーシャル・ワーカーとしてニューヨーク市で活動していたのですが、神智学協会のウィリアム・ジャッジ William Quan Judge, 1851-96 (このひとは1875年にニューヨークでロシア生まれの見霊家ブラヴァツキーと奴隷解放の闘士だったオルコット大佐を中心にニューヨークで設立された神智学協会の当初からのメンバーのひとりで、ブラヴァツキーたちが外国で活動をしているあいだの留守居役をしていた人です)と出会い、1894年に神智学協会Theosophical Societyに加入します。1891年のブラヴァツキー夫人の死去ののち神智学協会は分裂の歴史を重ねる(最も重要なのは1902年にドイツの神智学協会の事務局長になったルドルフ・シュタイナーが1913年にわかれてつくった人智学協会 Anthroposophical Societyでしょうが)わけですけれど、ティングリーは、ジャッジがアメリカの会員の多くを連れて出て行ったあとのアメリカの神智学協会の本部をまかされ、さらにジャッジの秘書だった Ernst Hargrove が分かれて東海岸のニューヨークで "The Theosophical Society in America (Hargrove branch)" をつくったのに対して西海岸のカリフォルニアに本部を移して1900年にLomaland at Point Loma, California に自給自足のコミュニティーをつくった人です。アヴォカドをカリフォルニアに移植してカリフォルニアロールへ道を開いたのはこの農本的神智学共同体によるという、トリヴィアな話もありますけれど、ティングリーは、教育施設を造り(1919年には Theosophical University もできます)、演劇を重視し、女性の仕事を重視し(6割が女性だったようです)、貧しい者には無料で教育を与え、1942年にロサンゼルス近郊のCovinaに移るまではここがアメリカの神智学協会の本部となるのでした。

   まあ、神智学が心理学かというと、そうは言えないでしょうし、テイラーさんはやっぱり psychology を本来的な意味にズラして再定位しようという考えがあるのではないかと忖度(そんたく)するのですけれど、プシュケーとプネウマ、魂と霊を、分けつつ合わせて考える奥行きを神智学がもっていたのは確かだとは思うのです。

  ところで、日本語のウィキペディアにも外国語のウィキペディアにも神智学協会の項目にのっかっている印璽(「紋章」 というのが日本語ウィキペディアの言葉ですが、アメリカ合衆国の国璽と同じく "seal")は次のようなものです。――

tszegel.jpg
The Society's seal incorporated the Swastika, Star of David, Ankh and Ouroboros symbols. via "Theosophical Society - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Theosophical_Society>

  はい。これは、どこかで見たような・・・・・・。思い起こせば、偶然のようにして、第1回「December 27-28 擬似科学をめぐって(1) イントロふうに  On Pseudosciences (1)」を書くときに見た目でアピールしようと貼った、これら――

  あ、敢えて自己引用することにします。こんなふうに書きました――

  たとえば、とたとえを出すと本題に入ってしまってハナシが重たくなりそうなので、画像でいきますが、マーガレット・フラー 〔・・・・・・〕の有名な記念碑的著作『19世紀の女性』(1845年)の扉にはつぎのような挿絵が入ってました。――

Frontispiece_MargaretFuller_WomenintheNineteenthCentury (1845).jpgこれだけクリックでかなり拡大
Frontispiece to Women in the Nineteenth Century (1845)

  これは、このブログでも何度か言及した自らの尾を食う宇宙ヘビ、ウロボロスですね。で、これのどこが擬似科学なんだ、と言われれば、別に擬似科学ではないんです。が、メスメリズムに関心をもっていたことで知られるフラーは、前々年の1843年にボストンで出版されたThe History and Philosophy of Animal Magnetism by "A Practical Magnetizer" という本を目にしていた可能性があります。この『動物磁気説の歴史と哲学』という作者不詳の本の最後にはつぎの図版が載っていました。――

ClosingImage_TheHistoryandPhilosophyofAnimalMagnetism(1843).jpg
The History and Philosophy of Animal Magnetism (Boston, 1843)

   ヘビの向きが逆ですが、ウロボロスのなかに太陽のようでもあり目のようでもある TRUTH が(フラーのように六芒星みたいなふたつではなくてひとつの三角形のなかに入って描かれています。そしておそらくメスメリズムの術を支えるものとしてFAITH, POWER, WILL の三つの相が三角形を成している。その中心からのrays は、フラーの絵では宇宙ヘビの外側まで伸びているようです。

  もうひとつ、1844年7月13日にフラーがエマソンに送った手紙に載っていたらしい "Serpent, triangle, and rays" の絵のもとになった、フラーの日記に登場する自筆のスケッチ――

DoubleTriangle,SerpentandRays_MargaretFuller (1844journal).jpg

"Double Triangle, Serpent and Rays" (July 1844 Journal)

   これは、ウロボロスの向きが1843年の本と同じです(細かいw)。ray は外でだけ発光(?)しているようです。

  さて、フラーはデザインをパクッたんじゃないの、というのが主眼ではなく、神秘学的な伝統的なイメジが、同じ時代の著作に変奏的にあらわれ、その理由がどうやら思想的に通底しあうものをもっていた(あるいは通じると考える人たちがいた)からだ、というところに興味があります。

  神智学協会の璽の中央の十字はいわゆるエジプト十字、アンク、というやつですが、こうしてみるとまるで女性のシンボルのようです。

  ということで、ウロボロスのように終わりが初めに戻ったということで、この短期集中はいったんこれで切りたいと思います。しかし切っても切れないということもわかったので、すぐに書くかもしれません(そのときはたぶん「擬似科学周辺」で書くかも)。実を言うと、いろいろと核分裂した話のタネや、そもそもどこかで書いていきたいと思っていたアメリカ文学の作家や作品との関係とかたくさんあるのです。が、短期集中の看板をかかげてやっていると最初から少ない読者はさらに減るわ、自分の仕事(滞在残り3か月を切って、ほんとは必死でしあげねばならぬ仕事もマジであり)に収斂も収束も集中もしないわ、適当なことを書くことに対する罪悪感は高まるわ、義務感がブログの楽しみを(ちょっとだけ)奪うわ、いや、もう一か月経ったし、もうこれ以上は短期ではないな、という気持ちもあります。

  それでもおかげさまで勉強になりました。擬似科学についてどうだ、という結論はまだ言わずにおきます。わかりにくい文章を読んでくださった(くださっている、くださるであろう、くださるかもしれない)少数の読者のみなさん、どうもありがとうございま


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January 27 ファウラー&ウェルズ社の出版物リスト (1) ―1853年 Fowlers and Wells, 1853 Publications [擬似科学周辺]

January 27, 2008 (Tuesday)

   「January 7-8 でこちんと骨相学 (前篇)――擬似科学をめぐって(9)  On Pseudosciences (9)」で書いたように、フィラデルフィアで1838年に『アメリカの骨相学雑誌 American Phrenological Journal』を創刊したオーソン・ファウラーと、その弟のロレンツォ・ファウラー、ロレンツォの妻のリディア・ファウラーは、出版社や商店を経営しただけでなく、講演活動をしたりそれぞれ本を書いたりして、ファミリー・ビジネス的に骨相学ならびに、骨相学と結びついたメスメリズム、すなわちphreno-mesmerism ないし mesmeric phrenology をアメリカ(ならびにイギリス)でポピュラーにするのに力がありました。出版社はオーソンがSamuel Wells という、兄弟の妹のCharlotta と結婚した人と組んでニューヨーク市のナッソウ・ストリート131番(はじめ1835年に同じ通りの135番にオフィスをかまえていたようです)、のちにブロードウェイ 308番ならびにボストン市のワシントン・ストリート142番で Fowler & Wells, Publishers を営業しました。 「January 22 ジョン・ボヴィー・ドッズの思想遍歴を考えるためのメモ・・・・・・メスメリズムとアメリカ (補足の2)――擬似科学をめぐって(20)」であげたドッズのメスメリズム研究書の巻末に広告として載っている出版物のリストのファクシミリを並べます。

The Philosophy of Electrical Psychology in a Course of Twelve Lectures. 『電気的心理学の哲学』 New York: Fowler and Wells, 1850.  Rpt.  London: James Burns, Progressive Library, 1876. Library of Mesmerism and Psychology (1865) に収録(そのE-text <http://www.archive.org/details/librarymesmeris00haddgoog>もあり)。
1853年刊行のファウラー&ウェルズ――例の骨相学の出版社です――版のE-text―― <http://www.archive.org/details/philosophyofelec00dodsuoft>

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  水治療 (Water-Cure; Hydropathy)を中心とする医療関係 、野菜ダイエットやタバコ、コーヒーなどの食餌・ダイエット関係、骨相学とメスメリズム、あと社会問題みたいなものの関連書が並んでいるのがわかります。


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January 28 ファウラー&ウェルズ社の出版物リスト (2) ―1859年 Fowlers and Wells, 1859 Publications [擬似科学周辺]

January 28, 2009 (Wednesday)

   E-text のサイトはいろいろとありますが、総合的でよく使うのは Internet Archive という、1996年にサンフランシスのPresidio (address: Internet Archive 116 Sheridan Avenue, The Presidio of San Francisco, San Francisco, CA 94129 )で創始された非営利サイト(アメリカの"501(c)(3) non-profit"――これは「December 4 食品博物館――キャベツ娘とキャベツ頭はどのようにつながっているか Food Museum 」で触れた"Food Museum" と同じ)です。インターネット図書館であり、メディアはテキストだけでなく、音源、ビデオ、ソフトウェアなど多様です。テキストもフォーマットが多様です。悩むくらいにw  Internet Archive Home: <http://www.archive.org/index.php>

   そのインターネット・アーカイヴの検索で見つけた一冊にファウラー兄弟共著の骨相学自己教則本があります。

Fowler&Wells1859.jpg

O. S. and L. N. Fowler, New Illustrated Self-Instructor in Phrenology and Physiology; with over one hundred engravings; tegether with the chart and character of ________ as marked by _________.  以下は Internet Archive の記述――


Author: Fowler, O. S. (Orson Squire), 1809-1887; Fowler, L. N. (Lorenzo Niles), 1811-1896
Subject: Phrenology
Publisher: New York : Fowler and Wells
Possible copyright status: NOT_IN_COPYRIGHT
Language: English
Call number: AZF-9825
Digitizing sponsor: MSN
Book contributor: Robarts - University of Toronto
Collection: toronto

  詳細ページ <http://www.archive.org/details/newillustratedse00fowluoft> 。そして左の "View the book" (本を見る)のところに "(9.6 MB)Flip Book / (84 MB)Flip Book (beta) / (16 MB)PDF / (433 KB)Full Text / (7.6 MB)DjVu" が並んでいます。

  これの内容は別記事で紹介することにして、巻末の出版物広告(クリックでちょっと拡大)。

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  本が分類されて見出しで分かれていますが、目につくのは "psychology"(心理学) が "physiology"(生理学)、 "mesmerism"(メスメリズム) と一緒になっているところです(3枚目)。右下の "MESMERISM - PSYCHOLOGY" の冒頭にあがっているのはドッズの『電気的心理学の哲学』・・・・・・あ、読みにくいのでここだけ書き写しておきます――

MESMERISM―PSYCHOLOGY.
ELECTRICAL PSYCHOLOGY, Philosophy of, in Twelve Lectures.  By Dr. J. B. Dods.  Paper, 62 cents; muslin, 87 cents.
FASCINATION; or, the Philosophy of Charming (Magnetism).  Illustrating the Principles of Life.  Paper, 50 cents; muslin, 87 cents.  ☞E-text
LIBRARY OF MESMERISM AND PSYCHOLOGY.  With suitable Illustrations.  In two large volumes of about 900 pages.  Price, $3. ☞E-text
MACROCOSM AND MICROCOSM; or, the Universe Without and the Universe Within.  By Fishbough.  Scientific Work.  62 cts.; muslin, 87 cts.  ☞E-text
PHILOSOPHY OF MESMERISM AND CLAIRVOYANCE.  Six Lectures.  With Instruction.  30c.
PSYCHOLOGY;or, the Science of the Soul.  By Haddock.  Illustrated.  30 cents.  ☞E-text

  スペースに入れるためにcents が cts. だったり、ただのc. だったりしていますw

  2冊目の "Fascination" というのは "or, the Philosophy of Charming (Magnetism)"とつづいているように、「魅力」つまり人を魅了する力とマグネティズムないし磁気がつながっていることが、それも多分に俗っぽくつながっていることがうかがわれる本です。実際、"magnetism" 自体が現在でも「魅力」の意味をもっているわけですが、たんに人を引きつける力のタトエとして物理的磁力というのでなく、メスメリズム、動物磁気説を経過して、人間対人間の支配的影響力みたいな含みが付与されたわけです。それはfascination でいうと、ヘビがカエルをfacinate するみたいな怖い力も含めて。そのへんは『魔の眼に魅されて』という邦題で訳されたMaria Tatar の Spellbound がラスプーチンや20世紀の作家まで追っかけて記述していた記憶があります。もっとも「魔の眼」で連想する馬目じゃない蛇眼じゃない、「邪眼」 「凶眼」「邪視」(evil eye) というのは、それはまたそれで伝統があるとは思いますが。

   ううむ。この本は John B. Newman という医者の本で、長いタイトルは Fascination, or the Philosophy of Charming: Illustrating the Principles of Life in Connection with Spirit and Matter というのですね。霊と物質との関係で生命の諸原理を解説する魅惑の哲学・・・・・・深い。かもしれない。

   ついでながら、同じ3ページ目の左側のコラムのまんなかへんには "Family Dentist" という本があります。ベイエリアで「ファミリー・デンティスト」というと土屋歯科ですが〔テレビCMの影響〕、院長の妹さん(?)が土屋眼科をやっていることとまったく関係はなくて、ファミリー・ブッチャーみたいな "family" だと思うのです(たとえが悪いかw)。しかしこの本の場合、やっぱり自分でケアするということだと思われ――「January 3-4 ホメオパシーとスウェデンボルグ主義 (上)――擬似科学をめぐって(7)  On Pseudosciences (7)」で挙げた民間医療の本の諸タイトルを参照。


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January 23 ナンカのチャウメンウドンでうどんをつくる Nanka Chow Mein Udon Served as Udon [料理・食べ物 cooking foods]

January 23, 2009 (Friday)

   この日も朝は雨が降って、でも午後はあがって、曇り空だったが、意外と暖かい一日となった。

  アダルトスクールの英語がない日なのだけれど、モーリちゃんの母も出かけたので、ひとりでお昼を食べようと、♪なんかない、なんかない、かなー、と探したのだけれど、そばもうどんも焼きそばもなかったので、しょうがないから、焼きそば用の麵でうどんを食べることにした。なぜって、このあいだ(「January 14 ナンカのチャウメンウドンでラーメンをつくる」参照)わかったのだけれど、Nanka Seimen のチャーメン用の麺は Chow Mein Udon という名称で、実際に色白さんだったから。それに、7日過ぎくらいにYaoya-San Market でおせち用の食材が半額になっていたときに買ったナルトも切って冷凍させてまだ残っていたし、ネギもあったし、それにコメントでラーメンというより冷や麦的との指摘もあったからです。

NankaChowMeinUdon.jpg

あ、あっぷしますか。ついでにパッケージも再掲――

NankaSeimenChowMeinUdon.jpg

 

NankaChowMeinUdon2.jpg

   冷や麦というよりうどんでした。・・・・・・ちゅうか、チャウメンはどこにw

  ネギは、ちょっと怖いといえば怖いのですが、アメリカ産を信じて食べています。まあ、30~40センチの長さで青いところが多く、ネギじゃなくてワケギに近いものかもしれないのですがネギの代用です。値段的には99 Ranch Market が一番安いみたい。6本くらい束になってゴムで留められていて45~49セント。Tokyo Fish Market やYaoya-San Market には日本的なネギも売っていますけど、高くて買えません。

  しつこいですが、ナンカのFutonaga Udon はうまいですよ。空袋しかないですけど――

NaknaFutonagaUdon.jpg

  実体がどこぞの空間へ消失してしまっていますが、太くて長いです(あたりまえ)。FUTONAGA© でしたか。ははー。

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ALIC-農畜産業振興機構|野菜情報 <http://alic.vegenet.jp/> 〔次の「野菜図鑑」 <http://alic.vegenet.jp/panfu/zukanmokuji.html>〕

  野菜図鑑「ねぎ」 <http://alic.vegenet.jp/panfu/negi/negi.htm>

ワケギちゃん栽培セット <http://shop.yumetenpo.jp/goods/d/hanautamajiri.com/g/0011/index.shtml> 〔アンチファーマ, Inc. 800円。ほしい~〕

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January 23-25 2009年1月23日から3日間のアルバニ(カリフォルニア)の空 [天気 weather]

January 23, 2009 (Friday)
January 24, 2009 (Saturday)
January 25, 2009 (Sunday)

   23日の金曜日は朝やっぱり雨が降って、雨の週末という予報がそのままになりそうでした。

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2009年1月23日(金)午前7時14分

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2009年1月23日午後5時20分

    変化があんまりないですw  このまま一日は終わり。そして翌日は土曜日――

January24,2009AlbanyCA1626pm.jpg
2009年1月24日(土)午後4時26分

  夕方日が出てきましたw。この日の日の出は7時16分、日の入りは5時23分。昼の時間が10時間7分。午後5時56分の気温は、outdoor 11.9度C、indoor 20.9度C。室内の湿度59パーセント(意外と高めです)。

January24,2009AlbanyCA1727pm.jpg
午後5時27分

  いかんせん雲が厚く。

January24,2009AlbanyCA1728pm.jpg
午後5時28分

  北の方はこんな空と雲でした。

January24,2009Albany,CA1755pm.jpg 
24日午後5時55分

  空にぽっかり割れ目ができて北の方が明るくなり。

   そして翌日は日曜日――

January25,2009AlbanyCA0715am.jpg
2009年1月25日朝7時15分

  雲が多いですけれど、晴れそうな空です。

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2009年1月25日朝7時45分のお天気少年(いちおう雨を予報中)

  日の出は7時15分。だいたい1日に日の出が1分早く、日の入りが1分遅くなっている感じです。ベランダに出るとやっぱり寒いです(9.4°C)。

January25,2009Albany,CA0746am.jpg
朝7時46分

  日の出から30分。雲がモクモクと集団移動。

January25,2009AlbanyCA0746am.jpg
同時刻 

  ゴールデンゲートブリッジもひさしぶりにくっきりと見えます。

  そして夕方――

January25,2009AlbanyCA1724pm.jpg
午後5時24分

January25,2009AlbanyCA1725pm.jpg
午後5時25分

  海のほうに厚い雲がかかったままでした。

January25,2009AlbanyCA1757pm.jpg
午後5時57分

  オレンジ色になっただけで日が暮れました。このときの気温 in 20.7°C、out 12.1°ℭ。

  ということで雨が多いというより雲の多い週末でしたことです。

indianarrow.gif

KRON4.com - The Bay Area's News Station <http://www.kron.com/> 〔Evelyn Taft らのキャスト紹介あり〕

7-Day Forecast for Latitude 37.88N and Longitude 122.29W (Elev. 85ft) <http://forecast.weather.gov/MapClick.php?CityName=Albany&state=CA&site=MTR&textField1=37.8869&textField2=-122.297&e=0> 〔カリフォルニアバークレー(≒アルバニ)の天気 National Weather Service クリックしていただくと、アルバニの位置がわかります〕

National Maps - NOAA's National Weather Service <http://www.weather.gov/outlook_tab.php> 〔上の全国版〕

National Weather Service - NWS San Francisco/Monterey Bay Area <http://www.weather.gov/climate/index.php?wfo=mtr> 〔過去の天気〕 

"Sunrise and Sunset for U.S.A. - California - San Francisco" <http://www.timeanddate.com/worldclock/astronomy.html?n=224> 〔Sunrise and Sunset Calculator

★日の出、日の入、月の出、月の入、惑星の出没南中」 <http://star.gs/cgi-bin/scripts/hinodet.cgi?dy=20090120&lju=l&iv=10&pl=%91%BE%97z&jwi=w&tiikij=%8F@%92J%96%A6%81i%96k%8AC%93%B9%81j&tiikiw=%83T%83%93%83t%83%89%83%93%83V%83X%83R%81i%83A%83%81%83%8A%83J%81j&kdo=&kfun=&ido=&ifun=&tz1=&hk=0> 〔1月20日より10日間のサンフランシスコを設定しました〕

 

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January 28 Sam Halliday の Science and Technology in the Age of Hawthorne, Melville, Twain, and James (2007) とMaria Tatar の Spellbound (1978) [擬似科学周辺]

January 28, 2009 (Wednesday)

   水曜日は小学校がふだんより2時間早く1時過ぎに終わるのだけれど、近所の人のクルマに乗せてもらったモーリちゃんを迎えに降りていったモーリちゃんの父がついさっき郵便ボックスで受け取った本2冊。

Halliday&Tatar.jpg

   古いほう(右)から

Maria M. Tatar (1945 -  ), Spellbound: Studies on Mesmerism and Literature.  Princeton: Princeton University Press, 1978.  xvi+293pp.   $39.50をStrand Book Store で15ドルで購入

  グリム童話の研究者として有名になったマリア・ターターの若い頃の著作。「スペルバウンド」はあっさり訳せば「呪縛」です。あるいは「とりこにされて」。スペルは「まじない」「呪文」「魔法」など超自然的な力と結びついたものを行使して相手を「束縛」「魅了」することです――歌で有名なのは "Screamin'" Jay Hawkins の "I Put a Spell on You"。ついさっきの記事でもこの本に触れたので、「魅力」の話のところを引き出そうと探したのですが見つからず、つい読みふけってしまいましたw。日本にペーパーバックと翻訳をもっているのですが、人に頼まれたので買いました(汚さぬように気をつけねば)。ただ章構成をメモっておきます――

1.  From Mesmer to Freud: Animal Magnetism, Hypnosis, and Suggestion
2.  Salvation by Electricity: Science, Poetry, and Naturphilosophie
3.  Thunder, Lightning, and Electricity: Moments of Recognition in Heinrich von Kleist's Dramas
4.  Blindness and Insight: Visionary Experience in the Tales of E. T. A. Hoffmann
5.  The Metaphysics of the Will: Voyeurs and Visionaries in Balzac's Comédie humaine
6.  Masters and Slaves: The Creative Process in Hawthorne's Fiction
7.  From Science Fiction to Psychoanalysis: Henry James's Bostonians, D. H. Lawrence's Women in Love, and Thomas Mann's Mario and the Magician
Appendix: Mesmer's Propositions  [1779年のMémoire sur la découverte du magnétisme animal にある27の命題(フランス語)]

Sam Halliday, Science and Technology in the Age of Hawthorne, Melville, Twain, and James: Thinking and Writing Electricity.  New York: Palgrave Macmillan, 2007.  xiii+245pp.  $69.95を同じくStrand で34.97ドルで購入。

  著者はロンドン大学の英文学と演劇の先生のようで。だからかどうか知りませんが、ホーソーン、メルヴィル、マーク・トウェイン、ヘンリー・ジェイムズという19世紀中葉から20世紀初頭のアメリカ作家をタイトルにあげながら、トマス・ハーディーやラディヤード・キプリングの話も出てくるのかしら。バックカヴァーにはマイケル・T・ギルモアが推薦文みたいなのを書いていて、"Halliday's bravura study" と呼び(ブラヴーラってもともとイタリア語で音楽関係で英語に入った言葉ですが、「勇壮華麗」「技巧誇示」みたいなのを特徴とする、「キラビヤカナ」「ハデハデシイ」といった意味です(英語のbravery と同語源のはずですが)。ギルモアは、とりあげられる人物の多彩さ(サミュエル・モースからヘレン・ケラーからホーソーン、マーク・トウェインからダニエル・パウル・シュレーバー)、そしてテクノロジーと文化の意外な結合(メスメリズムと奴隷制(まあよく聞くけど)、エーテルと表象、電信と陰謀など)を特徴としてあげ、 "Every page brings illumination; the book can aptly be called 'electifying.'" と電気的イメジをつらねています。副題の "Thinking and Writing Electricity" というのは電気自体が考えたり書いたりするという意味でしょうね。ぱらぱら見ているとジャック・デリダが出てきたりして、やっぱりむつかしそー。

  もうひとりBarbara Will という先生も、一見異質なものの「テレパシー的telepathic」結合に目をみはっています――「ドラキュラと鉄道時刻表、人種と電信〔フォスターの「おおスザンナ」が出てくるかと思ったら出てこないみたいw〕、分離人格(多重人格)と電話交換」。「カルチュラル・スタディーズ 〔cultural studies 文化研究と訳すと田舎者と言われそうw〕のお手本となる本で、19~20世紀転換期のテクノロジーと文化について考えさせるだけでなく、広くコミュニケーション、個性、社会の意味について考えさせる」と書いています。

  flap (カバー折り返し)の紹介――
This innovative book reveals the full extent of electricity's significance in nineteenth- and early-twentieth-century culture.  Ranging across a vast array of materials, Halliday shows how electricity functioned as both a means of representing "other" things―from love and solidarity to embodiment and temporality―and as an object of representation in its own right.  As well as Hawthorne, Melville, Twain, and James, the books considers other major American writers such as Whitman, Margaret Fuller, and Henry Adams; English writers such as Hardy and Kipling; and a galaxy of scientists and social commentators, including mesmerists, physicians, conspiracy thorists, psychologists, and theologians.

Introduction (Thinking and Writing Electricity/ Vitality, Sociality, and the Idea of Ideas/ The Sources of Electrical Thought: Science and Technology/ The Dialectic of Old and New; The Organization of the Book)
1.  Time and Space (Introduction/ "Annihilating" Time and Space/ Railroads, Time, and the Logistical Sublime/ Intimacy, Love, and Simultaneity/ Powers of Mind/ Ghosts of Electricity/ Electro-Historicism: Henry Adams/ Powers of Tradition/ Coda: Inventing the "Medium")
2.  Individual Difference and Self-Representation (Introduction/ "Training," Telegraphy, and Time/ "The Physiology and Psychology of the Telegraphic Language"/ Difference, Intersubjectivity, and Meaning/ Habits, Speed, and Automatism/ "Training," and the Medium/ "Resembling Oneself," and Portrait Painting/ "In-One-Another" and "After-Each-Other": Bodies and Machines/ Misrepresentation and the Voice/ Distance, Sound, and Sense)
3.  Sympathy and Reciprocity (Introduction/ God, Reciprocity, and the Spirit of Music/ Mediums, Mesmerists, and "Sympathy"/ From "Sympathy" to Slavery/ Mesmerism and/as Slavery/ Illness, Intuition, and the Electricity of Young Girls/ Ether versus Flesh/ Coda: God's Body, and the Ultimate Life)
4.  Connection and Division (Introduction/ The Nineteenth-Century Nervous System (1)/ Sex, Disease, and "Civilization"/ Polarity, Perversity, and "Father-Stuff"/ The Nineteenth-Century Nervous System (2)/ Coda: Connection through Division)
5.  Inclusion and Exclusion (Introduction/ Phenomenology of Secrets/ Publicity, "Detection," and Adultery: Telegraphy in Henry James/ "Underground" or "Mute" Telegraphy, and "Race"/ The End, and the Coming of a "Crisis in God's Realms"

   あー、行か写経のように書き写していたら全部読んだ気になりました(w)。本文は195ページまでで注が40ページにわたってついています。やれやれ。カッコつきの語の多さはディコンストラクション的脱比喩のなごりでしょうか。

  ともあれ、電気を中心に扱った本書にはジョン・ボヴィー・ドッズもガルヴァニもメスマーも登場するだけでなく、多重人格のモートン・プリンスや心理分析のフロイト、あるいはメスメリズムはもちろん、ファウラー兄弟、フリーメーソン、骨相学、観相術、心霊研究協会やスピリチュアリズムに超常現象など、擬似科学的・オカルト的な話題も満載のようでございます。

  そういえばデリダが晩年スピリットについてなんか書いていたのを日本で読みかけてやめてしまったけれど、ディコンストラクションで身体・精神の二分法を突破できるのだろうか。レトリックで突破してもしょうがないしなあ。

   あ、買った本を記録しようと思いつつどんどんたまるいっぽうで、どうしようと思っていたのですが、こういうかたちで放り込んでみます。

  Strand Book Store はニューヨークで1927年に創業されて現在本店がブロードウェイにある有名な古本屋さんですが、今はWEB でも商売をしており、古本屋さんらしく、まとめて注文すると2冊目からは送料を安くしてくれるのでよいです。ニューヨークの店に入ったのはもう10年以上前ですけれど、同じ本が何冊も並んでいて呆れました。送料は2冊で4ドル。21日注文。

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Strand Bookstore: Home of 18 miles of New, Used, Rare and Out of Print Books <http://www.strandbooks.com/>


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January 25 ポーの記念切手を買いにぶらぶらする [店・買い物 shopping stores]

January 25, 2009 (Monday)

    このあいだの「January 19 ポーの記念切手とか」で書いたポーの記念切手ですが、USPS からはすぐに問い合わせの返事のメールが届きました。しかし、キャッシュを消去せよ、というだけの指示と手順の説明のコピペみたいな文章で、いちおうやってみたけれども、やはりカードは扱われませんでした。おかげでパスワードとか記憶が全部消えてしまった。ぷんぷん。

  それで、通販はあきらめて、郵便局まで買いにいくことにしました。今週は朝は寒いくらいに涼しく、しかし晴れで、だんだん暖まって午後には日射しは熱いくらいになる(しかし風は冷たい)という天気が続いています(29日木曜日に書いています)。

  ひさしぶりにピアス・ストリートを歩いてソラノの郵便局へ行くことにしました(エル・セリート・プラザにも小さい郵便局はあるのですけれど、ソラノ通りのほうがむしろ新しくて雰囲気がオープンな感じ)。昼過ぎに、いちおうコートを着て出かけました。アルバニ山の入口を過ぎたところで建築中の家が見えます。はー、まだ完成してないんだ、という感じ。去年の5月に解体作業をずっと目にして、それ自体えらく時間をかけているなあ、という印象だったのですが、建築もえらく時間がかかるのね。この日は残念ながらカメラを持ってなかったので、5月の写真を貼っときます。――

DSC_0076May22_2008.jpg
2008年5月22日午前10時30分ごろ

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  カレンダーを見るとこの日は木曜日でしたが、ゴミの収集があったようで。このへんはピアス・ストリートが文字どおり山を突っ切って (pierce)  いて、だからかどうか知りませんが、電線・電柱が意外にあります。屋根の上に生えているのはユーカリの木です(あ、アルバニ山に興味をそそられたかたは、「July 16 アルバニ山彷徨 (2)   Wandering Albany Hill [アルバニ山 Albany Hill]」などどうぞw)。

  アルバニ市内で一番の坂とされる、アルバニ山の端をソラノ通りがマタイでいるあたりのいちばん高いところからしばらくまわりの景色を眺めました。海のほうの雲はよく見ていたのですが、東南方向のバークレーの丘陵にも入道雲みたいにモクモクと雲が重なっていて、ああ、やっぱり夏なのね、と思いましたw。

  サンパブロ・アヴェニューまで坂を降り、すぐ変わる信号(青になったと歩き出すと道の途中で「ちょっと待て」の手形サインが点滅とカウントダウンを始める――これ、前に、人のことは言えませんがヘンなおじさんが、信号を待っている自分に愉快そうに話しかけてきて、ほらね、と教えてくれたのです)を渡って5分ほどぶらぶら左側を歩くとソラノ郵便局があります。

  ひさしぶりに入ったのですが、最初通路の壁に埋まっている切手の自動販売機をチェックしようとしたら、2機とも12月に使用停止になっていました。理由はわかりません。おつりに1ドル硬貨をザクザクと出してくれるので好きだったのに(実際、1ドル硬貨はここでしか見たことがありませんでした)。しかし上の壁には切手の発行のポスターが貼ってあり、ポーも載っていたので、よし、買える、と窓口前で8人ほど待っている列に並びました。(窓口が3つはあるはずなのですが、1つしか人がいない。エルセリートなんか、呼ばないと出てこないときがありますw)。つぎのつぎで自分というところで、奥からお兄さんが助っ人で出てきて、そちらに呼ばれました。他にポー記念の、えーと、なんつーか、なんかないの? とうまく英語が出てこなかったのですけれど訊くと、これが切手のアルバムだとかなんとか見せられたのですが、ポーは20枚シートのしか売っていないみたいでした。えーと、なんつーか、日本語でもわからないのですけれど、そもそも通販で買おうかという気にさせた・・・・・・これ、"Edgar Allan Poe Ceremony Program" です。今度いちおう聞いてみようかしら。ともかくおかげさまで無事に買えました。それも自販機でないので、折っていません。シール形式のシートです。

EdgarAllanPoeStamp(2009) .jpg

  ポーの長詩『大鴉』がシートには印刷されているという情報だったのですが、それは1行だけでした。その前に解説文があります。――エドガー・アラン・ポーは

アメリカの最も偉大な詩人、小説家のひとりでした〔was と過去形なのはヘンな感じw〕。生き生きとした想像力をもったすぐれた物語作者だったポー(1809-1849)は、「アッシャー家の没落」「告げ口心臓」「黒猫」といった、読者の心を捉える短篇小説で有名です。C・オーギュスト・デュパンという名前の頭脳明晰なフランス人を探偵役の主人公にしたポーの「モルグ街の殺人事件」は、最初の探偵小説と呼ばれています。ポーはまた、アメリカ文学における最も忘れがたい詩をいくつも書きました。そのなかには、「エルドラードー」「アナベル・リー」「鐘」、そして1845年に最初発表された、韻とリズムの傑作『大鴉』があります。

   あ、そうそう。2月にはリンカーンの記念切手が発売されるそうですが、リンカーンはポーと同年の1809年生まれなのですよね。 

  "Leave my loneliness unbroken!" ―The Raven
   
「わたしの孤独をこわさずに行け!」

  まあ、leave は去るという意味ではないのですが。僕の孤独をそのままにしてくれ。ですかね。僕の孤独に触れないでくれ。・・・・・・ともかくカラスに向かってのコトバです。

  それから今度はサンパブロ・アヴェニューで72番のバスに乗って、1ドルショップとIchiban-Kan で買物をして、ついでにマーシャルという、ロスよりちょっとだけ高級そうな(?w)店でホーマー・シンプソンのパジャマのズボンとか買っちゃったりして、帰りました。月曜日なのでYaoya-San が休みだということをすっかり忘れていました。

"Read Street: SWAK from Edgar Allan Poe - A blog for a community of readers, in Baltimore and beyond" <http://weblogs.baltimoresun.com/entertainment/books/blog/2008/10/swak_from_edgar_allan_poe.html> 〔USPS がよりによって南部のリッチモンド市から記念切手を出すらしいぞ、ボルティモアをさしおいて、というような文章のよう 2008.10.31〕


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January 30 Emanuel Zekic の "Suzana" [スザンナ周辺]

January 30, 2009 (Friday)

   いま午後3時前ですが、西日がブラインド越しに熱を入れ、室内は暑いです。半そでです。indoor 25.9°C、outdoor 22.7°C。また夏のようです。・・・・・・はっ。部屋の中が暑いのはもしかして二つのなべでカレー(用の肉野菜)と雑煮用の汁をずっと煮ているからかしら。換気扇つけないでw。

  ベランダに出たらやっぱり暑いです。

January30,2009AlbanyCA1453pm.jpg

  フォギーだけど遠くの海のまぶしさは夏のよう。

  とボサノバでも聞こうとYouTubeをあけてみたら「あなたへおすすめ」みたいなリストがあって、聞き入った曲――


Emanuel Zekic SUZANA (3:59) posted by "svezaljubav" on February 2, 2007

   このガキンチョは何者?  調べてみると MySpace Music にページをもっていて、"Suzana" も含めたビデオとオーディオが並んでいました。 Emanuel Zekic on MySpace Music - Free Streaming MP3s, Pictures & Music Downloads" <http://profile.myspace.com/index.cfm?fuseaction=user.viewprofile&friendid=112146393>。プロフィールは "Emanuel Zekic; Folk/Folk/Folk;  Bosnia and Herzegowina"  どこかで Gender: Female、年齢105歳とかいうのを見たのですが幻覚だったのかしら。 フォークということですが、なんか東洋風のフニャラフニャラした音楽です。エマヌエル・ゼキッチと読むのでしょうか。エマヌエルは男性・女性ともにある名前ですね(エマヌエル夫人とエマヌエル坊やが代表。いや、エマヌエル・カントとか。エマヌエル・スウェデンボルグとか。「神はわれらと在り」とかいう意味の立派な名前ですね。

   "Influences" (影響を受けたアーチスト) とか"Sounds Like" (どんな音楽) とかいう項目があるのですけれど、ボスニア=ヘルツェゴヴィナなので、えーと、セルビア語かクロアチア語ですかね、ぜんぜんわかりません。ただSuzana Nisam という名前がわかるだけ。あと "Record Label" のところは "Unsigned" と英語なのでわかります。しかし素人には見えないなあ(これとかなんとか姉妹みたいな人がフィーチャーされてるし、ナンマンナマナマナンマン♪)。もしかして日本で流行ってますか(w) いくつかのビデオに "Studio Bojan Zekic" と書いてあるので、家がスタジオを持っていて、ファミリー経営なのかしら。

  隣に座っているスザンナ役はお姉さんかしら?

  ともあれ、「おおスザンナ」とは関係なさそうで(爆)

Studio Bojan Zekic のチャンネルがありました―― <http://www.youtube.com/user/StudioBojanZekic>


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