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January 11-12 コトバの問題のつづきで辞書問題などの予告・・・・・・でこちんと骨相学 (中篇の4)――擬似科学をめぐって(13)  On Pseudosciences (13) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 11, 2009 (Sunday)
January 12, 2009 (Monday)

    〔「January 8 コトバの問題とコトバだけじゃない問題・・・・・・でこちんと骨相学 (中篇)――擬似科学をめぐって(10)  On Pseudosciences (10)」のつづきの「January 8-9 横隔膜と頭と心についての覚え書(コトバの問題のつづき)・・・・・・でこちんと骨相学 (中篇の2)――擬似科学をめぐって(11)  On Pseudosciences (11)」のつづきの「January 10-11 コトバの問題のつづきでアメリカの辞書・・・・・・でこちんと骨相学 (中篇の3)――擬似科学をめぐって(12)  On Pseudosciences (12)」のつづきです〕

    コトバの問題につまずいてしまいました。なぜphrenology のところでこれが起こったかというと、第一に、「骨相学」と日本語に訳される phrenology は本来のコトバの意味としては「精神学」と訳すのが適当なのに骨相学と呼ばれてきたという日本語とヨーロッパ語の双方にかかわる問題、第二に、ほとんど動物的な勘と呼ばれても平気ですけれど、心理/精神/魂問題が擬似科学・科学の歴史には関わっているという問題、(以上はなんとなくはすでに書いたことですが)第三に、ウィキペディアは "pseudo-science" という語の最初期の例として――それもオックスフォード英語大辞典のかかげる1844年の初例より1年早い例としてw――phrenology に関して「擬似科学」の呼称が使われた文を挙げている、ということがあります。

  現在、細かく辞書に引かれた文献や典拠や用例にあたっている余裕がなく、コトバ問題は先送りにして、骨相学の先に進んで全体(といっても19世紀前半のアメリカの状況ですけれど)をそれなりに捉えてから、また細かい話に戻ってこようと思います。

  ただ、この記事では、少しだけ見通しとメモを記しておきたいと思います。

    I.  フランソワ・マジャンディの用例

  まず、骨相学を擬似科学と呼んだ早い例というのは、英語のウィキペディアだと本文の最初の段落に出てきます。"An early recorded use was in 1843 by French physiologist François Magendie,[1] who is considered a pioneer in experimental physiology." (記録された早い例は、1843年にフランスの生理学者フランソワ・マジャンディによるものである。マジャンディは実験生理学の開拓者とみなされている。) 注を見ると、 "Magendie, F[.] (1843) An Elementary Treatise on Human Physiology. 5th Ed. Tr. John Revere. New York: Harper, p 150. Magendie refers to phrenology as "a pseudo-science of the present day" (note the hyphen)."(F・マジャンディ (1843) 『人体生理学初歩』 第5版 ジョン・リヴィア編・訳 ニューヨーク:ハーパー, 150 ページ。マジェンディは骨相学を「今日の擬似科学」と言及している) と情報があります。フランソワ・マジャンディ François Magendie, 1783 – 1855 (この人は動物で生体解剖とか進めて、非難も受けた人です)のフランス語の本のアメリカでの英訳ということですが、5版というのが気になります、自分は。5版からこの記述がはいったということなのでしょうか?  ということでつまずきが起こるのですが、WorldCat で調べてみたら、フランス語原書の情報も得られました――<http://www.worldcat.org/oclc/19757168/editions?editionsView=true&fq=&se=yr&sd=desc&referer=di&start_edition=1>。それから、InternetArchives でe-text を調べると、このWorldCat の検索の冒頭にもあがっている1855年版がWEB上にあることがわかりました――<http://www.archive.org/details/anelementarytre00magegoog>。Googleブック検索で当該ページ(150ページ)をリンクします――<http://books.google.com/books?id=8uIHAAAAIAAJ&pg=PA150&vq=of+the+present+day&as_brr=3&hl=ja&source=gbs_search_r&cad=1_1#PPA150,M1>。序文を見ると、ジョン・リヴィアというのはニューヨークのユニヴァーシティー・メディカル・カレッジの先生のようですが、1822年にマジェンディの The Summary of Physiology を訳し、それが好評で2版までは版を重ねたが絶版になってしまっていたが、新たに別の本を訳すことになったようです。原書は、 Précis élémentaire de physiologie 5版 (調べてみると1838年刊)です (Introduction, iii)。

  この1855年版のタイトルページは次のように書かれています。――

AN
ELEMENTARY TREATISE
ON
HUMAN PHYSIOLOGY,
ON THE BASIS OF THE
Précis élémentaire de physiologie.

PAR F. MAGENDIE,
MEMBER DE L'INSTITUTE DE FRANCE, &c., &c., &c.
FIFTH EDITION. 1838.

TRANSLATED, ENLARGED, AND ILLUSTRATED WITH DIAGRAMS AND CUTS.  ESPECIALLY DESIGNED FOR THE USE OF STUDENTS OF MEDICINE.

BY JOHN REVERE, M.D.,
PROFESSOR OF THE THEORY AND PRACTICE OF MEDICINE IN THE UNIVERSITY OF THE CITY OF NEW-YORK.

NEW YORK:
HARPER & BROTHERS, PUBLISHERS,
PEARL STREET, FRANKLIN SQUARE.
1855.

   そして、コピーライトページには "Entered, according to Act of Congress, in the year 1843, by HARPER & BROTHERS, In the Clerk's Office of the Southern District of New-York." と、1843年の版権が書かれていました、確かに。

  

     II.  OED の "pseudo-" の記述

  OED は、 pseudo というコトバが次第に自由に名詞や形容詞に付けられるようになり、特に19世紀に大量のpseudo- ナンタラいう言葉がいろいろな sciences (科学というより学問かもしれませんが)において使われた、というような説明とともに、おびただしい用例を示しています。ちょっとヒマなときに考えさせてください。

   III.  pseudo-science というコトバの始まりについて

  ということで、先送りです。

  ただ、前にdetective fiction というのは犯罪捜査を行なう警察組織が1830年代に生まれるまでは detective も存在しないから存在しないのだ、と言ったハワード・ヘイクラフトの狭い「探偵小説」=「推理小説」の定義についてチカッと触れましたが、pseudo-science というコトバがなくてもニセの科学があっただろうことは容易に考えられます(常識の問題)。ただ、想像されるのは、science そのものが18世紀末から19世紀にかけての実証主義的な流れのなかで自己規定を行なっていき、さらに科学内での新たな知見や発見や修正が積み重ねられて、科学と擬似科学を分けるマナザシが科学の正当派内部で強くなったのだろう、そのときに擬似科学という言葉が選別的に使われるようになったのではないかということです(まことに勝手な想像です)。科学自体の定義があいまいないし茫漠としていたのが、理科系的実証主義的還元主義的な態度が、機械文明の発展とともに「科学」の中心の座を占めるという展開があったのではなかろうか。

   ちなみにウィキペディアの英語の "Pseudoscience" の記事には19世紀後半の骨相学のチャートが挿絵として載っていて、キャプションでは、はっきりとpseudo-science の初例(少なくとも骨相学に関して)という感じで書かれています。――

phrenologicalchart.jpg

A typical 19th century phrenology chart. Phrenologists claimed to predict personality traits from reading "bumps" in the head. Phrenology was first called a pseudoscience in 1843 and continues to be widely considered pseudoscience. (典型的な19世紀の骨相学のチャート。骨相学者たちは頭の「コブ」を読むことで性格の特性を予言できると主張した。骨相学は最初1843年に擬似科学と呼ばれ、広く擬似科学と考えられ続けている。)

  直訳を付けましたが、1843年からずっと擬似科学と呼ばれてきたのか、あるいはあまねく擬似科学とみられ続けたのか、というのは疑問の余地があると思うのです。(1843年以前から呼ばれたという可能性も含めてですがw)。

  実は科学と医学の本を読んでいたのですが、頭が痛くなってしまったので、非科学の方向で筆を進めてみようと思っています。

  アメリカにおけるメスメリズムの展開についてなるたけシャキッと書く予定です。 

 

 


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January 13 [図版] 1840年代のメスメリズムの宣伝チラシ4種――擬似科学をめぐって(14)  On Pseudosciences (14) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 13, 2009 (Tuesday)

   朝からスキャンと修正に没頭して疲れました。

  前回、アメリカのメスメリズムの話へ移行すると書きましたが、メスメリズムについては既に先走って「January 3-4 ホメオパシーとスウェデンボルグ主義 (上)――擬似科学をめぐって(7)  On Pseudosciences (7)」で前史に触れました。こんなふうなことを書いていました。――

・・・・・・メスメリズムについていえば、フランツ・アントン・メスマーは、1795年にパリの科学アカデミー(メスマーはこれか医学アカデミーか、どちらかに入りたいと願うのですが拒絶されています)の調査で、そんな磁気流体というような物質は存在しないと烙印をおされ、その後のスキャンダルもあってパリ追放となっているわけですけれど(つまり前世紀に一度否定されているわけですけれど)、1820年代に弟子のピュイセギュール(1751-1825)が新たな術の装いで登場し、いっぽうでトランス状態に落ちた被験者の発揮する透視能力や予知能力が話題となると同時に、外科手術における利用(1828年のマダム・プランタンの乳がん除去手術)が成功をおさめて、こんどは医学アカデミーの信用を得ます。アカデミーの委員会は、調査報告を1831年にまとめ、催眠術による「無感覚状態」の効果から「トランス状態」において術師に従うこととか、目を閉じたまま読む能力とかを追認します。それで、再びドーバー越えてイギリスにわたり、さらに大西洋を越えてアメリカに伝わったメスメリズムないし動物磁気説(animate things 生体(動物体)に特異の磁気があり、それは宇宙に遍在する磁気と交流しているけど、その流れを統御することで身体的・精神的状態は統御できるというふうにいったらいいかしら――まちがっていたら訂正しま~す)は、はなから「擬似科学」であったわけではなかったのでした。

  で、ほんとうは1830年代にアニマル・マグネティズムがイギリスに来たときの文化的コンテクストというか状況を考えておく必要があるのですが、それは先に送ることにして、最近の記事でしつこく語ったフレノロジー(骨相学)が、ウィキペディアの記述によれば1843年に「擬似科学」と呼ばれた、ということをチョコっと念頭において、以下の5枚の公開講義ないし実験(ないし見世物)のチラシを見ていただきたいと思います。

  I.  1844年3月のロンドンのクロスビー・ホールにおけるヘンリー・ブルックスの講義のチラシ

mesmerism02(1844).jpg
(クリックで長辺1024ピクセルに拡大、以下同じ)

  H. Brookes による "Two Lectures on MESMERISM" が行なわれると書かれていますが、続けて、"IIILUSRATED BY EXPERIMENTS, / Showing the Sleep, Sleep-waking, Catalepsy, Phreno-Mesmerism, &c." つまり、「睡眠や睡眠覚醒やカタレプシーやフレノ・メスメリズムなどを示す実験によって例証する」と説明があります。カタレプシー (catalepsy 英語の読みは「キャ」ですけど)は強硬症と訳されたりしますが、見た目が死んだように硬直してしまう症状で、ポーとかの「早すぎた埋葬 premature burial」というモティーフの「合理的」なタネのひとつです。フレノ・メスメリズムのフレノはフレノロジーのphreno で、メスメリズムと骨相学は1840年代には合体して、一緒に論及ないし展開されることが多くなっています(これはアメリカでもそうです)。まんなかには「シラバス」が載っていて、英語を書き写すだけしておきますと、"LECTURE 1.  INTRODUCTION―Mesmerism as a Science―Definition―Effects necessarily variable―Sleep not essential―Classification of Phenomena―First stage, or half sleep―Second stage, or perfect coma―Consciousness―Memory―Sleep-waking, or double consciousness 〔二重意識〕―Occasional transference of senses 〔「感覚の転位」という訳語で正しいかわかりませんが、通常の知覚部位が体の別の部位に移動することだと思います。「手」でモノを「見る」とか, or clairvoyance 〔透視〕―Analogous phenomena resulting from disease―Of the utility of Mesmerism in surgical operations, and as a curative agency in the treatment of epilepsy, hysteria, paralysis, calatapsy, rheumatism, tooth-ache, head-ache, deafness, palpitation, insanity, and in promoting natural sleep―Cases―Experiments./ LECTURE II.  Peculiar phenomena arising from the relation established between the two nervous systems, viz. Mesmeric relation―Attraction―Catalepsy―Community of sensation―Phreno-Mesmerism―Introvision, or perception of their own internal organism, and its probable changes―Perception of disease and its remedies in others―Of the influence of metallic substances, &c.―Experiments.

   8時に講義開始、聴講料金とります毎週1シリング(会員は1シリング6ペンスで、友人と一緒のダブルチケット購入可)。下の箇所には1831年のパリの医学アカデミーの調査委員会報告などからお墨付きが引かれています。

  II.  1844年ロンドンのマンチェスタースクエアにおけるW・J・ヴァーノンとアドルフ・キーストの講義のチラシ

mesmerism05(1844).jpg

  "Mr. W. J. VERNON, with ADOLPHE" と、ひとりはMr. をつけて、もうひとりはファーストネームのアドルフだけで、なんだか差別があるように見えますが、アドルフというのはニックネームみたいなもので、続けて "The celebrated Somnambule 〔「夢遊病者」, 夢中遊行者〕 de Paris, and other extraordinary cases" と紹介があるように、パリでメスメリズムの被験者としてメザマシイ能力を発揮したフランス人のようです。ふたりは何年もパートナーだったようで、当時の雑誌 The Phrenological Journal, and Magazine of Moral Science (Machlachlan, Stewart, 1841) の記事がWEB 上に見つかります――<http://books.google.co.jp/books?id=XW5GVIA2mGIC&pg=PA80&lpg=PA80&dq=%22Adolphe+Kiste%22&source=bl&ots=YpZcyxGj9X&sig=CkRQvrkKs8HtdDTYhdkcTv950r4&hl=ja&sa=X&oi=book_result&resnum=3&ct=result>。また、単独でMesmerism; or, Facts against fallacies, in a letter to the Rev. George Sandby. (London, H. Baillière, 1845) という本も書いているようです。

   最後のところに☞記号が付いていて、"Medical and Surgical Cases Treated Mesmerically/ Classes and Private Seances attended." と書かれています。前半は病気をメスメリズムで治すということですが、後半の、教室や個人のセアンスに出席します、というのは、招かれて出張講義します、の意味だと思われます。seance というのはもともとフランス語で、「集会」の意味もありますけれど、いわゆる「交霊会」の意味が主になった英語です。それは1848年にアメリカで起こるスピリチュアリズムがヨーロッパに広がった結果フランス語のseance の交霊会の意味が広まった、というふうに普通説明されるのですけれど、スピリチュアリズム以前にメスメリズムで使われているのです、実は。メスメリズムによってトランス状態におちた被験者が霊的な能力を発揮するだけでなく、霊の教えを語ったりするということが既にあって、そういう「霊媒」による霊の顕現なり啓示みたいな枠組みがスピリチュアリズムに先駆けて存在していた、というか、ほとんどそのままつながっていくなように見えます。これについてはいずれまた触れます。

  III.   1846年サマセットシャー、チャードのタウンホールにおけるウィリアム・デイヴィーの実験講義のチラシ

mesmerism01(1846).jpg

  講師のデイヴィーさんはチラシの絵では、骨相学的なチャートの描かれた二つのでかい頭部の間に立っています(遠近法ですかね)。三つの実験&講義は、「メスメリズム、フレノロジー、共感・鉱物磁気の有用性について」のもの("THREE EXPERIMENTAL LECTURES, ON THE UTILITY OF MESMERISM[,] PHRENOLOGY, SYMPATHY & MINERAL MAGNETISM") で、メスメリズム、フレノロジー、マグネティズムが並んでいます。夜7時開演。入場料とります。予約割引あり。席にランクがあります。「すべての人が時代の最大の驚異を目撃する機会を得られるように That all persons may have an opportunity of witnessing the greatest wonders of the age, the price of Admission will be reduced one-half, viz. RESERVED SEATS, 1s.; SECOND CLASS, 6d.; BACK SEATS, 3d.」といって料金のことが出てくる論理があんまりよくわかりませんw。

  そのあとを書き写しておきます――"THE LECTURER Will explain in his preparatory Lectures the locality, use, and abuse of the Organs, and the application of Mesmerism to human welfare, and exhibit a number of Busts, whose characters are before the Public.  He will then undertake to produce Mesmeric Sleep, Rigidity of the Limbs, Power of Attraction and Repulsion, and the Transmission of Sympathetic Feelings.  He will also demonstrate Phrenology, by exciting the Organs while in a state of Coma 〔昏睡状態において「器官」を刺激することによって、骨相学のデモンストレーションをやる、と言っています〕.  The sleepers will perform Vocal and Instrumental Music, Dancing, Talking, Nursing, Eating, Drinking, and other feelings of mirth, imitation and independence, even up to the highest manifestations of benevolence, veneration and sublimity, while in the Mesmeric Sleep 〔歌ったり楽器を弾いたり、踊ったり、喋ったり、飲食したりなどの行動、そして陽気 (mirth) とかマネッコ(imitation) とか善意 (benevolence) とか尊崇 (veneration) とか崇高 (sublimity) などの感情を、催眠状態の人が示す、というようなことが書かれているのですけれど、これは上にあるように「器官」、つまり頭の骨相学的な部位に触れることによって引き出されるわけです〕.
    Mr. D. will be accompanied by Miss Henly, daughter of the late Capt. Henly, from Newton-Abbot, born Deaf and Dumb; and he feels confident of bringing into action those faculties which have been dormant from her birth, by the aid of Phreno-Mesmerism.
     "FACTS ARE STUBBORN THINGS."

   最後の"Facts are stubborn things." ――「事実とは頑固なモノ」――はコトワザです。フィクションは改変可能だけれど、事実は変えようがない。事実を断固提示することによってメスメリズムと骨相学の真実を聴衆にわからせる、という含みです。その際、被験者のひとりには、生まれながらにして耳がきこえず口がきけなかったミス・ヘンリーという女性を、フレノ・メスメリズムの力を使ってその場で治す(「生まれたときから眠っていた能力を活動させる自信がある」)とデイヴィー氏は言っています。ちょっと説明しておきますと、1842年ごろからフレノ・メスメリズムの公開パフォーマンスが盛んになったようなのですが、催眠状態(トランス状態)の被験者の頭の「器官」の部位に触れることで、その能力が現われる、あるいはその能力に関連したしぐさや行動を被験者が起こす、というようなことが確かめられたのでした。そのへん、次の、ロンドンの倫理哲学と大脳生理学の先生の講義(金取るのですけど)のチラシに書かれたプログラムの背景にもうかがわれます。

  IV.  1847年オクスフォードシャー、バンベリーでのイーデン博士の講義のチラシ

mesmerism03(1847).jpg

  直截に「メスメリズム&フレノロジー MESMERISM & PHRENOLOGY」と銘打たれています。左下の骨相学のチャートのある頭と、左上のひとつだけ白い頭像以外は、右下のMa[→e]lancht[h]on メランヒトンとか右上のシェークスピアとか、何人かの偉人が入っているようですが、ちょっと印刷が悪くてよく読めません。ともあれ、これも見てすぐに骨相学とメスメリズムの結合を示しているのがわかるチラシです。

MESMERISM & PHRENOLOGY
REV. Dr. EDEN,
of 70, Regent Street, London, Professor of Moral Philosophy and Cerebral Physiology, will deliver
TWO LECTURES,
AT THE MECHANICS' INSTITUTE, BANBURY,
To Morrow, (Thursday) and Friday Evenings, April 15th and 16th, 1847,
Each Lecture to commence at 8 o'clock precisely, and conclude at half-past 9. 〔講義時間90分♪〕 

   LECTURE 1―Thursday, 15th.  Mesmerism―its Philosophy, &c.―Rev. Lay Roy Sunderland's theory―Dr. Braid's theory―Division of the phenomena.  First stage.  Second stage.  Third stage―Surgical operations performed during this stage.  Mesmerism a curative agent in cases of nervous diseases, viz., hysteria, epilepsy, rheumatism, &c.
   LECTURE 2―Friday, 16th.  An explanation of the Physiology of the Brain and other leading principles of Phrenology; its harmony with Sacred Scriptures 〔聖書のことです〕.  Phrenology useful in Education, and for success in certain Trades and Professions; Phrenology proved to be the best way of discovering how many talents and propensities each individual possesses.  How to Train and Educate Children at half the expense, and in half the usual time.

     Doctor E. has also given hundreds of Analyses and Sketches of the Inhabitants of the Principal Towns, comprising the most respectable of both Clergy and Laymen, which had the effect of convincing all parties of the truth and importance of Phrenology, some of whom previously thought it a mere delusion.  The Examinations have been of the greatest importance to many, enabling them to call into play, powers, with which they were not acquainted, and to check others which were a constant source of trouble to them 〔「問題の源泉となっていた力を抑制する」といっていますが、骨相学のチャートで「悪」の部分、すなわち、ガルは積極的に認めたけれど、シュプルツハイムは善性論から排除しようとした器官について、認めたうえで改善する、という姿勢です〕; they have likewise been equally important to parents, enabling them to quicken in their children those powers that are productive of knowledge and virtue, and to restrain those that have a tendency to evil 〔ここも同様に、「悪への傾向を示す力を抑止し」「知識と徳を生み出す力を促進する」という教育的効果です〕, and to make choice of those professions, trades, or other walks of life for which they are adapted. 
     Testimonial of the REV. D. WELCH, D. D. Professor of Church History, in the University of Edinburgh, ** I have found great benefit from the science, as a Minister of the Gospel, *** in dealing with my people in the ordinary duties of my calling; the practical benefit I have derived from Phrenology is inestimable.


    そのあと、よく読めませんが、ロンドンの自宅でみます、学校とかでもみます、とかいうことが書かれていて、最後に入場料が太字で書かれています。前列1シリング、後列6ペンス。さらに "After the Lecture Persons suffering from Toothache, &c. may be Mesmerized. (講義のあと歯痛等で苦しんでいる方に催眠療法を行ないます) 云々" と書かれています。 

  あ、あっさり画像を貼って終わるはずだったのが、もう夜です。ひえ~。

  カリフォルニア時間1月14日朝追記――英語のなかに、少し、日本語の訳と注釈を補いました。かえって読みにくくなったことを懼れます。


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January 13-14 1846年の電気実験のチラシから――擬似科学をめぐって(15)  On Pseudosciences (15) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January13, 2009 (Tuesday)
January 14, 2009 (Wednesday)

    メスメリズムのチラシとして入れたつもりが、メスメリズムというコトバがなく、はた、と困ったチラシ。ということで、まだイギリスですが、おわりのほうでアメリカのポーの話をします。

   1846年イングランド北部のハダーズフィールドのギルドホールにおけるW・リチャードソンの哲学講義のチラシ

mesmerism04(1846).jpg 

   哲学講義ですが、「ポピュラー・レクチャー」と名乗っていて、中身は「笑いガス LAUGHING GAS」あり「死体に生命をLIFE TO A DEAD BODY」という怪しいフレーズあり(もっともその前には小さい字で "giving the appearance of" と書かれていて、死体が生き返ったように見えるようにする(それにしても何の死体?)、という主旨なのですが、上の方の城の尖塔と雷の絵とかとあわせて、フランケンシュタインの電気仕掛けの生命創造を思い起こさせます。講義自体「電気、ガルヴァニズム、電(気)磁気、気体学 (? Pneumatics)」 と4つ並んでおって、ナニが哲学なのかようわかりません。

  前列1シリング、後列6ペンス。小人は半額。7時半開場、8時開演。子供も科学と哲学をしていた時代ということですね。

  かねて、電気とメスメリズムはどういう関係だったのか気にはなっていたのです。1830年代にイギリスに再びメスメリズムが入ってきたとき……もう少し具体的に書くと・・・・・・

  ピュイセギュールによる新たな「動物磁気説」の復興後、フランスからイギリスへドーバー越えてやってきたのがCharles Dupotet de Sennevoy で、1837年6月のことです。はじめ外科医のHerbert Mayo に招かれてロンドンのいくつかの病院でデモンストレーションを行ない、さらにUniversity College Hospital (UCH) の John Elliotson 教授のもとで一連の施術と公開実験を行ないます。University College of London (UCL) は当時進歩的な学風で知られ、エリオットソンは人気の若手研究者でした。彼は作家のディケンズや、Facts in Mesmerism を書く Chauncey Hare Townshend の親しい友人でもあり、そろってメスメリズムの実験を行なったりもしています。そのエリオットソンがメスメリズム(アニマル・マグネティズム)の被験者に電気を使った実験を行なった記録は残っていて、それはmagnet と electricity との明瞭な関係性(の類推)によるとされておるのですけれど、それってアニマル・マグネティズムのmagnetism をそのままいわゆる磁気と考えていいのか? という疑問を内包しつつ、でも考えてみたら、メスメリズムにおいて確かに強力な磁石を用いておるんですけれどね、メスマー以来、初期は。

  エリオットソンは電気とメスメリズムの関係以外にもいろいろ実験を行なっていて、たとえば45度の角度で2枚の鏡板を立てて、催眠をかけられるか、とか、ドア越しにかけるとか、前の記事で言及した感覚の転移の実験とかもやっています。講演科学者だったDionysius Lardner が積極的に実験を展開して、そのなかで電気実験が行なわれます。"galvanic and electrical apparatus" を準備して、聴衆(UCLの先生たちその他)にビビビとビックリ感じさせて確認後、導線の先っぽを催眠状態の被験者にあてても無感覚のままである。ただし手の筋肉の収縮は認められる。

  ウィキペディアには「電磁気学の年表」というのがあって、途中をゴッソリ抜き出して引用すると、次のようです――

 

  (英語版の "Timeline of electromagnetism and classical optics" の方が項目が多いです <http://en.wikipedia.org/wiki/Timeline_of_electromagnetism_and_classical_optics>)。しかし、どちらにもメスマーのメの字も出てきません。

  電気と磁気の関係については1820年ごろに集中して発見が行なわれたのが最初のピークのようです。

  で、電気の神秘的な性質とかなんたらが『フランケンシュタイン』も含めて18世紀から19世紀はじめにかけてまつわりついていたのが、次第に科学的に解明されていくわけです。

  ここで、エリオットソンらのイギリスの科学者が電気を導入してみたのは、電気の神秘的性質によるものではなくて、催眠術師の意志だとか、被験者の想像力だとか、そういう非物質的なものではなくて、物理的なものが媒介として作用としていると証明しようとしたからに他ならない、という点を注意しておきたいと思います。

    それでも、それでも、敢えていえば擬似科学的な想像力においては、媒体としての電気が、存在を否定されたメスマーの磁気流体にとってかわる可能性は否定できません。否、それどころか、既に電気と磁気をあわせて現代のデンジマンにつながる(かどうかは知りませんが)「電磁気」という概念ができていたのだし、その後の歴史は、動物の神経細胞ニューロンは電気活動を行ない、は電気信号の情報処理施設であり、さまざまな周波数の電気振動を発していることがわかったのであり、人間はコンピューター以上にあるいは以前に電脳的な存在だったのじゃなかですか(適当に書いています。「脳の世界: 京都大学霊長類研究所」 <http://www.pri.kyoto-u.ac.jp/brain/brain/index.html> は勉強になるかもしれません)。もちろんそのことと磁気治療器の効能、あるいはフレノ・メスメリズムの機構とはズレていますけど。

  電気にしても磁気にしても、媒体として探求されていたことはわかるのですが、19世紀の人たちの身になって想像してみると、その媒体の性質というか、本質について、人によって異なる捉え方があったのではないかと思えます。

  典型的な構図を考えるならば、雷の実験で有名なアメリカのベンジャミン・フランクリンは、フリーメーソンだけれども理神論者でした。理神論もいくつかヴァリエーションはありますけれども、典型的には、神を信じるけれども、神の直接的関与はすでにこの世界になく、神の創造を離れた世界(宇宙)は独自の機械論的決定論によって科学的に進展していく、というような考え方です。つまり啓示とか奇跡といったもの、超自然、を現実世界から排除して、しかし信仰は確保する、という合理的離れ業です。神は見事な宇宙を創造したが、神は宇宙から超越した存在ということです。

  で、のちに擬似科学と呼ばれることとなった18~19世紀のメスメリズムやフレノロジーやホメオパシーなどが共通にもっているのは、霊的な媒体・媒介、という考えじゃなかろうか。それによって、幽霊と一緒に捨ててしまいかねなかった人間の霊性(というか、おそらく歴史的には、神による人間存在の根拠の保証がゆらぎ、超自然的な悪魔や天使が原因とされていたことが個の人間の内部に求められるようになって、ヨーロッパに地下水脈的にあった神秘学的な思想や18世紀からの東洋思想の刺激(第何波かわかりませんが、19世紀後半、20世紀後半の波の前の波)を受けて+ロマン主義的な人間中心主義のひとつのかたちとして出てくるのでしょうが)、あるいは神と一緒にこの世から排除してしまいかねなかった宗教的経験みたいなもの、の根拠が与えられるからです。

  ハナシが飛躍しました。

  でも、わかりにくい文章はそのままにして、わかりやすく書きなおしておくと、自分の言いたいのはこういうことです。キリスト教の神が人間の存在論的・心理的基盤としての力を失なってゆくロマン主義の時代にあらためて問題になったのは、人間論的(小宇宙的)には人間の霊性の問題であり、宇宙論的には神的なものが世界に関与するか否かという問題であった。18世紀から19世紀にかけての擬似科学のひとつの特徴は、キリスト教内部の理神論的な傾向に抗して、神的なものと世界をつなぐ媒体を想定しようとしたことだった。だからこそ電気も磁気も霊的な性質を帯びたものとして捉えられた。

  で、こういう擬似科学を新戸雅章のように「科学仕掛けの神秘主義」ということはできるのですけれど、くりかえし述べているように、「科学」自体が成立する過渡期にあったわけで(たぶん)、科学が既存の材料・ネタとしてあってそれを利用して神秘主義を構築する、というのとは違ったんじゃないか。

  たとえば、ややこしいのは、擬似科学でなくても物理学・天文学でエーテルの存在は宇宙を説明するために想定されていました。だが、このエーテルは霊ではない。エーテルの存在はアインシュタインの相対性理論によって否定されることになりますが、それまで天文学はエーテルを必要としていたし、エーテルは異説ではありませんでした(ウィキペディアの「エーテル」 "" 参照)。

    作家ポーの最晩年の宇宙論『ユリイカ』の新しい訳が去年でて、訳者の八木敏雄さんから送っていただいたのですけれど、その岩波文庫版178ページにこういう一節があります。――

わたし自身がエーテルと称してしかるべきものを仮定したことはご記憶のとおりである。わたしは、つねに物質に付随してはいるが、物質の異質性によってのみ顕在化するものと理解される微妙な影響力について言及したのだ。この影響力の驚嘆すべき性質を説明する努力はあえて放棄して――わたしはただ電気、熱、光、磁力、それに――生命力、意識、思考力――つまり精神性――といったさまざまな現象を、この影響力に帰したのであった。こうなれば、すぐおわかりのことと思うが、かように考えるエーテルは天文学者たちの考えるエーテルとはまったくちがうものなのである。彼らのは物質であり、わたしのはそうではないのだから。

  ポーは別の箇所ではこのエーテルを「霊的エーテルspiritual ether」と何度か呼んでいます。そして「物質は・・・・・・この霊的エーテルの目的に奉仕するためにのみ創造されたものと見ることができる」とポーは言います。

  実はポーは『ユリイカ』――ふたつ副題があり、タイトルページでは「散文詩 A Prose Poem」、本文冒頭では「物的かつ霊的宇宙についてのエッセー An Essay on the Material and Spiritual Universe」――以前には、基本的には物質主義的な思考を展開したのでしたが、ここにいたってギリギリのところで、霊性を物質と分けるのです。こういうポーを擬似科学的、と呼んで一笑に付すことは自分にはできないです。まー、擬似科学的なんでしょうが、であるなら擬似科学を一笑に付すことは自分にはできない。

 

e-texts:

Experimental Researches in Electricity, Volume 1 - Faraday, Michael, 1791-1867
Book from Project Gutenberg: Experimental Researches in Electricity, Volume 1 〔London: R. and J. E. Taylor, 1844〕

Scientific researches, experimental and theoretical, in electricity, magnetism, galvanism, electro-magnetism, and electro-chemistry. With copper-plates. #c By William Sturgeon. Published by subscription - Sturgeon, William, 1783-1850 〔London: Thomas Crompton, 1850〕

Eureka: A prose poem - Poe, Edgar Allan, 1809-1849 〔New York: Putnam, 1848〕

 

 


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January 15 メスメリズム(催眠術)とアメリカ (その1)――擬似科学をめぐって(16)  On Pseudosciences (16) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 15, 2009 (Thursday)

   「January 11-12 コトバの問題のつづきで辞書問題などの予告・・・・・・でこちんと骨相学 (中篇の4)――擬似科学をめぐって(13)  On Pseudosciences (13)」の最後に書いたように、アメリカにおけるメスメリズムの展開についてさらりと書いていきます。さらり、というのは文学作品とかになるべく触れないようにして、という含みです。

  が、最初に復習がてら言葉の整理を。思えば、メスメリズムも骨相学に似て、呼び名が錯綜しており、メスマーはアニマル・マグネティズム(「動物磁気説」と訳される)を唱え、しかしメスマーの思想を揶揄する呼び名としてメスメリズムが起こり、そしてメスマーの衣鉢をついだピュイセギュールによって復活させられた「メスメリズム」は19世紀最大のカルトとなるわけでしょうが、一方で、英語のhypnotismという言葉も1840年代(たぶん1841年の11月)に起こります。ヒプノティズムは、「眠り」意味するギリシア語のhypnos が語幹になっていて、コトバとしては、まあ、「催眠術」に一番近い。ような気がする。少なくとも、(「動物磁気説」のように)メスマー自身の宇宙論的な思想を内包しておらないし、「メスメリズム」の意味がアバウト(つまり動物磁気説を含んでいる場合から「催眠」の同義語の場合まで幅がありすぎる)なのに対して、思想とは無関係に「技法」と「現象」だけを指しうる言葉に見えます。hypnotism という英語は医者のジェイムズ・ブレイド James Braid, 1795-1860 が最初は "neuro-hypnotism" つまり「神経 nerves の睡眠」という意味合いで言いだし、やがて自ら "neuro" を落としたものです。このおじさんは、英語のウィキペディアによると、最初の真の「催眠療法家 hypnotherapist」、「近代催眠術の父 Father of Modern Hypnotism」と呼ばれているそうです。やれやれ。でもフランス語のhypnotisme は1820にエティエンヌ・フェリックス・デナン・ドゥ=キュヴィエEtienne Félix d'Henin de Cuvillers, 1755-1841 に使用されていて、このドゥ=キュヴィエさんも、お察しのとおり、メスマーの神秘思想には共鳴しない(端的には「磁気流体magnetif fluid 」の存在は認めない)が、「科学」として実践しようとした "magnetist" でした。英語のウィキペディアにリンクされているページのタイトルの副題は 「催眠術の(ひとりの)創始者」"a founder of hypnotism" と言いますw <http://www.general-anaesthesia.com/cuvillers.html>。で、「ヒプノティズム」の語がイギリスのジェイムズ・ブレイドに帰せられるのは不正確、と言っております。

  ちなみに、日本語のウィキペディアにおいて、「催眠」の項目は、比較的最近(2008年9月)「催眠術」を統合するかどうかという議論があっていまの記事になったようですが、基本姿勢は「催眠術」を問題視する科学の側からの「催眠」の解説と見えます(「ノート:催眠」)。「催眠術という呼称」という見出しのくだりがあるので、そこを引用しておきます。――

催眠術とは、催眠の元の呼ばれ方である。19世紀の英国の医師、ジェイムズ・ブレイドの造語だとされる。現代の催眠に携わる人の間では「催眠は魔術的なものではなく、科学であるから術をつけないでほしい」という主張もある。

現代で催眠術という場合、特に舞台催眠 (英: stage hypnosis、ショウ催眠)を指す場合がある。 舞台催眠の応用のひとつには催眠商法がある。 一般のほとんどの人が「催眠術」をTVなどでよく見る、いわゆる「ショウ催眠」としてしか認知していない為に「超能力」「魔術」などといったものと同一視し、誤解されがちであるが、現代の催眠は心理学を応用した「技術」である。

  ウィキペディアには、前にも言及したように、「フランツ・アントン・メスメル」の項目があります。文化史的な記述といっていいのかしら。こちらから「催眠(術)」へはつながりを示していますが、「催眠」の記事のほうにはメスマー(メスメル)のメの字も出てきません。

  (日本における「催眠」の歴史は、「催眠の歴史」というページ <http://homepage3.nifty.com/saimin/rekisi.htm>の下の方の「日本近代の催眠の歴史」という年表が詳しいです。「ブレイドはギリシア語の眠りからとったこの「催眠」という現象が、眠りとは似て非なるものであることに1年もしないうちに気づくのであるが、既に時遅く、その名称は現在まで続いている」といったコメントもあり、全体がメスメリズムについての詳しい解説になっています。参考文献にあがっている一柳廣孝『催眠術の日本近代』(青弓社, 1997; 2006)が確かに詳しい本だったと思いだしました。一柳さんというのは日本文学の人だと思います)。

  さて、ついまた、前置きが長くなりました。イギリスでは、1844年から47年ごろのメスメリズム公開講義のチラシで見たように、メスメリズムは大衆的な科学、医療として流行するいっぽうで、ジェイムズ・ブレイドみたいな、より科学的な姿勢をことさら示そうとする学者も出てきます。あるいはジェイムズ・エズデールJames Esdaile, 1808-59 が英国植民地だったインドで催眠術的な無痛手術を行なってたいへん評判になる〔細かい話ですが、英語のWikipedia の記事は、エズデールとメスメリズムの関係について、記事の場所によって異なる見解を示しています〕。しかし一方外科手術の便宜に供する催眠をやがて駆逐することになる麻酔 anesthesia の研究が欧米で急速に高まっていく。 アメリカに1830年代に入ってきて30年代40年代のカルト的な運動の中心になるメスメリズムは、あっさり言ってしまうと、神秘主義的なタイプのメスメリズムでした。それは1836年にフランスからボストンにやってきたシャルル・ポワイヤン Charles Poyen St. Sauveur, ? - 1844 というフランス人の影響がたいへんに大きい。ポワイヤンはいちおうピュイセギュールの弟子です。この人は、動物磁気説の唯一最大の重要な発見はトランス、夢遊状態である、と信じた人でしたが、彼の講演(見世物)のまわったあとのアメリカ東部ニューイングランドに続々と霊能者が目覚めることになるのでした。

つづく。

付記。『オックスフォード英語大辞典』の "hypnotism" の記述――

The process of hypnotizing, or artificially producing a state in which the subject appears to be in a deep sleep, without any power of changing his mental or physical condition, except under the influence of some external suggestion or direction, to which he is involuntarily and unconsciously obedient.  On recovering from this condition, the person has usually no remembrance of what he has said or done during the hypnotic state.  The term is also applied to the branch of science which deals with the production of this state, and its causes and phenomena.  〔"braidism" "mesmerism" を参照しろ、とここに書かれています〕

  以上が1番の定義で、神経がどうこうは言っておらず、「被験者が深い眠りに落ちているようにみえる状態を人為的につくりだす過程」で、そのとき被験者は「精神的・身体的状況を自ら変化させる力はもたず、ただ外からの示唆なり命令なりの影響下にあり、意志とは無関係にかつ無意識にそれに従う」とか書かれていて、最後に「この状態をつくること、また、その原因と現象を扱う科学の部門のことも言う」と「科学 science」の語を使っています。そのあとにわざわざわざの説明があります。――
   
The usual way of inducing the state consists in causing a person to look fixedly, for several minutes, with complete concentration of the attention, at a bright or conspicuous object placed above and in front of the eyes at so short a distance that the convergence of the optic axes can only be accomplished with effort.

   "optic axes" というのは手元の英和辞典だと、光学用語として「光学軸」《複屈折媒質の複屈折が起こらない軸》、解剖岳用語として「視軸」とあるのですが、「眼光大魔神」こと魚里 博先生のコラム「眼光鋭く――視軸と照準線」 <http://www.tomey.co.jp/tomey_corp/info/35/35_p15m.html> によると、「視軸(visual axis)や光軸(optic axis)」と書かれています。よくわかりませんん。

   そして、用例はブレイドがかなり占有しているように見えます。――

   1842 Braid in Trans. Brit. Assoc. (29 June), Practical Essay on the Curative Agency of Neuro-Hypnotism.  1843 I Neurypnol. 13 By the term ‘Neuro-Hypnotism’ then, is to be understood ‘nervous sleep’; and, for the sake of brevity, suppressing the prefix ‘neuro’, by the terms—Hypnotic, will be understood ‘The state or condition of nervous sleep’; Hypnotize, ‘To induce nervous sleep’; Hypnotized, ‘One who has been put into the state of nervous sleep’; Hypnotism, ‘Nervous sleep’; Hypnotist, ‘One who practises Neuro-Hypnotism’.  1847–9 Todd Cycl. Anat. IV. 695/2 Modes of inducing somnambulism 'practised' under the designation of hypnotism.  1852 Braid (title) Magic, Witchcraft, Animal Magnetism, Hypnotism and Electro Biology (ed. 3).  1883 19th Cent. Oct. 696 Under the name of Hypnotism, the subject has after a long interval reappeared on the scientific horizon. 〔長い間をおいたあと、ヒプノティズムの名のもとに、この主題は科学的地平に再登場した〕 1892 Brit. Med. Jrnl. 27 Aug. 459 Hypnotism is an agent of great value in the treatment of chronic alcoholism.  1893 Pall Mall G. 10 Jan. 1/3 Hypnotism is the science which deals with the phenomena of a peculiar mental state produced by artificial means. 〔ヒプノティズムは人工的な手段で引き起こされた特異な精神状態の諸現象を扱う科学である・・・・・・(よく意味がわかりません)〕 1898 Times 14 July 14/3 The habitual use of hypnotism on women is greatly injurious, both morally and intellectually.

 

 

参考urls―

「催眠」 - Wikipedia

「催眠の歴史」 <http://homepage3.nifty.com/saimin/rekisi.htm> 〔松原慎HP <http://homepage3.nifty.com/saimin/benri.html> 内〕

「フランツ・アントン・メスメル」 - Wikipedia

ジャン・チュイリエ Jean Thuillier 著  高橋純+高橋百代訳 『眠りの魔術師メスマー』 <http://www.kousakusha.co.jp/DTL/mesmer.html> 〔工作舎の紹介ページ 1992.9刊〕

"Biography of Charles Poyen Sait Sauveur ~ Phineas Parkhurst Quimby ~ The Scientific Man" <http://www.phineasquimby.com/charles_poyen.html> 〔Phineas Parkhurst Quimby (1802-66) に捧げられたphineasquimby.com 内。ちょっと(かなり)不気味なトップページ <http://www.phineasquimby.com/>と解説ページ <http://www.phineasquimby.com/about.html>〕


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January 16-19 メスメリズム(催眠術)とアメリカ (その2)――擬似科学をめぐって(17)  On Pseudosciences (17) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 16, 2009 (Thursday)
January 17, 2009 (Friday)
January 18, 2009 (Saturday)
January 19, 2009 (Sunday)

    開き直って非科学の側から書くつもりになったものの、あれこれ読んでいると非科学のほうの思想史のほうがたいへんだ(たとえばとりあえず象徴というコトバに落として考えると、伝統的に「光」が啓示や英知の象徴だったのが、光から電気や磁気への転換が、科学と宗教のはざまでどのように起こっていたのかとか――これが実は意外と古い可能性があり――、あるいは、逆に19世紀にあらわになってくるオカルティズムが科学をどのように接取して神秘「学」 (occult sicence) の装いをまとうかとか――ブラヴァツキー夫人の、とくに東洋思想が前面に出てくる前の『ヴェールを脱いだイシス Isis Unveiled』なんかは科学ないし擬似科学への言及が多いわけです――)ということが今さらながらわかって、沈黙(沈思黙考?)に落ちていました。

  気を取り直して、とりあえずはもともとのあっさりしたテクストを編むべく、糸を手繰りよせてみると、前の記事の終わりの方で、「この人は、動物磁気説の唯一最大の重要な発見はトランス、夢遊状態である、と信じた人でしたが、彼の講演(見世物)のまわったあとのアメリカ東部ニューイングランドに続々と霊能者が目覚めることになるのでした」とか書いちゃいました。アヤシーですが、そのラインで書いてみます。

  客観的に考えれば、ポワイヤンに、あるいはメスメリズムに感化された人間は、いくつかのカテゴリーにわけられるでしょう。第一に思想的に感化された人間、第二に身体的に感化された人間(被験者)、第三に両方で感化された人間。第一は、まじめに感化される場合と(いくぶんかでも)商売・金儲け(の可能性)として感化される場合があるかもしれません。

  ところで、Charles Poyen ってどういうカタカナ表記だろう、とググってみると原語でしか出てこず、それも大半は本の情報なのでした。で、例外的にPoyen が出てくるのはアメリカ文学関係の研究発表だったりして(= THE AMERICAN LITERATURE SOCIETY OF JAPAN =見覚えがあるようなw)。そして、そこではジェンダー問題が案の定出てくるのでした(被験者が女性で術師が男で支配関係みたいな)。日本で翻訳の出ている Maria Tatar の Spellbound というメスメリズムと文学の関係の研究書の記述を借りれば――

There appeared a new breed of mesmerists--itinerant magnetizers who made the rounds of carnivals and festivals with their trance maidens in order to cash in on the latest fad sweeping the Continent.  The cruel exploitation of an innocent young girl by a shrewed mesmerist wizard was to become a pervasive theme in nineteenth-century European and American literature.  (31) 〔新しいメスメリストの一団があらわれた――大陸を席捲するする最新の流行に乗って金を稼ごうと、トランスに陥る乙女をつれてカーニヴァルやフェスティヴァルをまわる旅回りの催眠術師たちである。魔術師のような狡賢いメスメリストが無垢な若い少女を無残に搾取するという主題は、19世紀のヨーロッパとアメリカの文学に広くみられるものだ。〕

   イギリスにおける1840年代のメスメリズムのチラシを並べたときに、「科学」の教育というのが少なくとも看板としてはかかげられていた(見世物ではなくて「講義」だった)のを覚えておられるかたがおるかもしれませんが、そういう大衆的なeducation と entertainment の要素のバランスはときに大きく崩れるわけです。たぶん商売という要素が強くなったときに。(この教育と娯楽というのは、思えば、ルネサンス・フェアの歴史のなかにもある要素なのでした〔「September 30 ルネサンス・フェアをめぐって (中)  Renaissance Fair (2)」参照〕。) そして、性的なもののアピールが陰に陽にショーにはついてまわるものなのかもしれません(これを言いだすとキリがないような気がするのですが)。

  シャルル・ポワイヤンは1836年にアメリカにやってきてすぐにメスメリズムの実演を行ない、かつ、その年のうちに例の1831年のパリでの王立医学アカデミーの報告の英訳を出版します。

Report on the magnetical experiments made by the Commission of the Royal Academy of Medicine, of Paris, read in the meetings of June 21 and 28, 1831, by Mr. Husson, the reporter. Translated from the French, and Preceded with an Introduction, by Charles Poyen St. Sauveur.
by Husson, Mr.; Trans. Charles Poyen; Académie national de médecine (France)
Boston : D.K. Hitchcock, 1836. 〔AddAll の古本情報によると、lxxi, [1], [73]-172pp. ポワイヤンによる70ページくらいの序論がついている〕

  これは、実は、最初の英訳ではなくて、1833年にスコットランドの コフーン J. C. Colquhoun という人が――この人はその後メスメリズムに関する自身の著書 Isis Revelata: An Inquiry into the Origin, Progress, and Present State of Animal Magnetism (Edinburgh: Maclachlan and Stewart, 1836[?]) を書くのですけれど――訳し、それが抜粋されてパンフレットとしてイギリスでよく読まれ、また議論されたようです―― Report of the Experiments on Animal Magnetism Made by Committee . . . of the French Academy of Sciences (Edinburgh: Robert Cadell, 1833) 〔Alison Winter, Mesmerized: Powers of Mind in Victorian Britain, pp. 42, 417参照〕。
   ポワイヤンがコフーンの既訳を利用したのかどうかわかりませんが、訳の前に約70ページの序論があり、ここでポワイヤンはメスメリズムについてまとめて論じているそうです。
  ポワイヤンが連続講演によってメスメリズムをアメリカに広めたということになっています。Animal magnetism: or Psycodunamy - Leger, Theodore という1846年にニューヨークのAppleton 社から出版された本によると、ポワイヤンの前にフランス人のJoseph Du
Commun が1829年の7月と8月にニューヨークで講演を行なっていて、さらにそこで語ったところでは、1815年にアメリカ合衆国にやってきたときに、この "the new science" を実践する二人の知り合いと出会い、小さなサークルをつくったということのようです。この人はウェストポイントの士官学校のフランス人教師をしていたのですけれど、そうだそうだ。エドガー・ポーが士官学校にいたときにこの人に教わったのではないかとひそかにむかし考えたのを思い出しました(頭がボケてます)。
  
  が、ともあれ、ポワイヤンは、1837年になるとニューイングランドを広範に講演してまわります。そしてその年の10月には『ニューイングランドにおけるアニマル・マグネティズムの進歩 The Progress of Animal Magnetism in New England』を書きあげ、出版します。ポワイヤン自身の回想では、最初のころはパッとしなかったけれど、アシスタントに若い女性被験者を伴うようになって人気があがったということです。この人の名前を思い出せなかったのですが、上のE-textを見ていて出てきました。――
However, M. Poyen found in Miss Gleason, of Paw-
tucket, a young lady of respectable family, a remarkable
somnambulic subject, with whom he visited Boston and
Lowell, and gave a series of practical lectures, which
gained from among the most scientific and eminent per-
sons in this country many converts to the doctrine. He
likewise enabled many gentlemen, by his instructions, to
become professional dunamisers. (Leger, Animal Magnetism, p. 367)
   "dunamise" というのはOED にもあがってないのですけれど、 "magnetize" の意味のようです(psycodunamy は animal magnetism の別の言い方らしい)。
  このテオドール・レジェというフランス人による1846年の本は、どうやらアニマル・マグネティズムに共鳴する立場から書かれた本のようなのですが、若い良家の子女のグリアソン嬢という際立った反応を見せる被験者を得ることによってアメリカの最も科学的で著名な人たちからこの説への改宗者 converts を多く出したと書いています。しかしまた、このことは講義の内容とは別の「見世物」的な部分、「ショー」的な部分がアピールしたということでもあります、よくも悪くも。若い女性のアシスタントだけでなく、観客(聴衆)のなかからボランティアで被験者を募って、催眠術にかける。そういう華やかな実演によって、たとえば大きな音や臭いニオイに無感動になるとか、針を刺しても無感覚とか、歯痛がなおるとか、実験で示して見せることで、人々に訴えていきます。それでも、引用の最後のところにあるように、「〔ポワイヤンは〕また、インストラクションによって多くの紳士がプロの dunamiser になることをえさしめた」というのもまた事実であり、その後のアメリカの心理療法や神秘主義の展開を考える上で重要なところです。ポワイヤンの講演=公演旅行のあとには、トランス体験を通して病気が治ったという人々が多数出ただけでなく、超感覚的知覚 ESP を発現する人々も多く現われ、そしてまた、さらなる催眠術師たちが出現したのでした(367ページからの引用のあとにはそういう、催眠術の能力を自然に発現した人たちのエピソードが列挙されています)。
  で、上にあげた勝手な分類でいうと第三の人たちのなかで、被験者としてトランス状態を体験し、その後自らがメスメリズムの思想や技術を展開する人たちが面白いのは、支配被支配という、いまふうな枠組みと言いますか、ひとつには男女、ひとつには社会の支配階層と貧乏人階層、ひとつには術師と被験者という関係が崩れているところだと、自分には思えます。(思えますが、イジメの構図みたいに玉突き状態で支配被支配関係は変わらないという意地の悪い理屈もあるかもしれません。)
  直接間接にシャルル・ポワイヤンによって目覚めた人たちのなかに、(1) 時計屋だったけど1838年のメイン州ベルファストでの講演以降2年間ポワイヤンについてまわって術を体得して自ら実演し、やがてシャーマン的な心理治療を行なうようになる Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66、(2) ポワイヤンによってメスメリズムにかけられた Stanley Grimes という人によって靴職人の見習いだった18歳のときに術にかけられて透視能力を発現し、やがて『自然の諸原理』 (1847) という一種のベストセラーを書いて1848年以降のスピリチュアリズムの展開を準備した Andrew Jackson Davis, 1826-1910、 (3) 長老派の牧師だったけれど、メスメリズムとスウェデンボルグ主義の一致を信じ、Mesmer and Swedenborg を著し、催眠術の実験を行なって被験者は「高次の意識」に入ることを確信した George Bush, 1786-1859、(4) 伝統的なカルヴィニズムの教説がもっぱら人々の恐怖と不安をもとにして唱えられることに反発し、霊的再生の契機を動物磁気説に求め、"new electrical psychology" を主張したメイン州の説教者の John Bovee Dods, 1795-1872 などいます。
まとまりがありませんが つづく。
---------------------------------------------------------------
  
by Charles Poyen
Boston, Weeks, Jordan & co., 1837. 212pp.
このポワイヤンの有名なほうの本は、E-text があります(flapbook は、本論のあと207ページから始まる、イギリスに渡ったDupotet についてのAppendix の209ページまでしか読めませんが)――
Progress of Animal Magnetism in New England: Being a Collection of ... - Charles Poyen
Book digitized by Google from the library of the University of Michigan and uploaded to the Internet Archive by user tpb.

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January 20-21 メスメリズム(催眠術)とアメリカ (その3)――擬似科学をめぐって(18)  On Pseudosciences (18) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 20, 2009 (Tuesday)
January 21, 2009 (Wednesday)

  書いたものをほとんど推敲しないで吐き出すという下品なことを敢えてしておるのですが、頭のどこかにシコリのように残りつづけているナンカもあって――いや、残り続けるというのは違っていて、たぶん膨らんだり縮んだりしている――それが人間がものを考えたりものを書くということの根っこみたいなものなのかな、と感じている今日この頃です(ただの脳ミソのついた脳幹かもw)。

   前の記事の終わりでこう書きました。――

  直接間接にシャルル・ポワイヤンによって目覚めた人たちのなかに、(1) 時計屋だったけど1838年のメイン州ベルファストでの講演以降2年間ポワイヤンについてまわって術を体得して自ら実演し、やがてシャーマン的な心理治療を行なうようになる Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66、(2) ポワイヤンによってメスメリズムにかけられた Stanley Grimes という人によって靴職人の見習いだった18歳のときに術にかけられて透視能力を発現し、やがて『自然の諸原理』 (1847) という一種のベストセラーを書いて1848年以降のスピリチュアリズムの展開を準備した Andrew Jackson Davis, 1826-1910、 (3) 長老派の牧師だったけれど、メスメリズムとスウェデンボルグ主義の一致を信じ、Mesmer and Swedenborg を著し、催眠術の実験を行なって被験者は「高次の意識」に入ることを確信した George Bush, 1786-1859、(4) 伝統的なカルヴィニズムの教説がもっぱら人々の恐怖と不安をもとにして唱えられることに反発し、霊的再生の契機を動物磁気説に求め、"new electrical psychology" を主張したメイン州の説教者の John Bovee Dods, 1795-1872 などいます。

  このリストはずいぶん勝手なものだと反省しました。そもそも「目覚めた」という言い方があいまいです。ただ、同じ記事の前のほうで、「あるいはメスメリズムに感化された人間は、いくつかのカテゴリーにわけられるでしょう。第一に思想的に感化された人間、第二に身体的に感化された人間(被験者)、第三に両方で感化された人間。第一は、まじめに感化される場合と(いくぶんかでも)商売・金儲け(の可能性)として感化される場合があるかもしれません」と書いたところを受けていて、自分が言いたかったのは、目覚めて、こんどは自分が人々に対して働きかける運動を起こした人たちということでした。数で言うと、フツウの人で直接・間接に被験者になって自分もメスメリズムの才能を発揮する人が多かったわけでしょうが、そういうなかで際立った特殊な人として Quimby や Davis がいます。そして自分が被験者にならなくても思想的に共鳴する人ももちろん多くいて、そのなかで医者や牧師が人々への影響という点では大きいということになります。つまり、レジェの言葉を借りれば、「アメリカの最も科学的で著名な人たちからこの説への改宗者 converts を多く出した」ということが大きい。で、そういう点では、クインビー、デイヴィスは、特殊な例外です。そして実は牧師たちというのも特殊であって(だってふつう科学者じゃないから)、しかし聖職者がメスメリズムに関心を寄せたというのが、多分にアメリカ的なところです。いっぽうアンドルー・ジャクソン・デイヴィスなんかは、その後のスピリチュアリズムにおいて、あるいは信仰治療において、貧しい者や女性や社会的弱者が脚光を浴びる、そういう線上にあると思われます。

  で、リストを書きなおせば、医者や学者として、James Stanley Grimes, 1807-1903、Phineas Quimby、John Webster (Harvard 大学の化学の先生)、Joseph Rhodes Buchanan, 1814-89・・・・・・メスメリズムの実験を行なう。牧師として、Sylvanus Cobb (画家のDarius Cobb のお父さん)、Charles Chauncey Burr, 1815-83 (ポーの友人)、Theophilus Fiske、Gibson Smith、John Bovee Dods・・・・・・メスメリズムを実践したり説教を行なったり(参考――Eugene Taylor, Shadow Culture: Psychology and Spirituality in America (Washington, D.C.: Counterpoint, 1999), 107-115、Unitarian Universalist Historical Society (UUHS)の"Spiritualism" のページの牧師のリスト、ephemera:spirithistory.com の "Inducing Trance" のページの"the physicians or scientists who experimented with mesmerism" のリスト・・・・・・しかしフィニアス・クインビーは学者か医者だろうか? のちに医者になるということでしょうか。だったら牧師のほうもそうだったりするかも)。 

  あれこれといろいろな人の文章や伝記を齧り読みしているのですが、いくつか気づいたような気がするところを書き留めておきます。第一に、メスメリズムによるトランスが、ポワイヤンの考えたように重要視されたとして、その契機としてのメスメリズムは次第に必ずしも必然ではなくなっていくように見えます。これはひとつにはデイヴィスのような霊能者がひとりでトランスに入れるようになっていく、というようなパタンと、ふたつには脳(頭部)の刺激とかマッサージ――たとえば、サイコメトリー Psychometry を唱えたことで有名なCincinnati の医学校の先生のジョーゼフ・ブキャナン Joseph Buchanan, 1814-89 は、サイコメトリー発見の前年の1841年にメスメリズムの実験をしていて "spirituality" の部位(骨相学のガル風にいうと器官)を発見したと主張するのですが、ブキャナンは女性被験者の頭を圧迫して、幽霊を見させる実験をやったりします(こわいですねー)――とか、あるいは薬物によるトランスとか(まあ、これはある意味伝統的なものですけれど)、トランスのきっかけが多様になる。1848年に起こるスピリチュアリズムの霊媒トランスへの移行を準備している感じです(つまるところ、トランスこそが重要とされてしまうと、そのもととなると想定されていたメスメリズムなりアニマル・マグネティズムなりへの科学的探究から外れていってもしかたがないところがあります、科学者じゃなければ)。

JosephBuchanan-head.jpg
via "Organ of Spirituality" <http://www.spirithistory.com/buchanan.html>

  第二に(第一と結局つながるのですが)、一方で、「電気」が磁気と並んで、あるいは磁気にとってかわって云々されるようになるように思えます。Nineteenth-Century Origins of Neuroscientific Concepts をまた飛ばし読みしていたのですが、"5.3.  ANIMAL ELECTRICITY, 1800-1838" という節は "5.3.1 Decline of the Concept" (つまりガルヴァニの生体電気の考えが、電池に関してヴォルタにとってかわられたからというのでなく――animal electricity の存在を否定していたヴォルタはやがて有機体からの電気を認めるようになります――、メスマーの動物磁気との連想が悪く働き、19世紀初頭には前世紀のものとして忘れられた。が、自然哲学の伝統のあるドイツではそうではなくて研究がつづけられた、とか書かれています。たとえば Johann Wilhelm Ritter, 1776-1810。しかし、動物電気を信じることが動物磁気を信じること、というふうに誤解される時代だったと。それと、動物電気に関して新たなアイデアや実験の技術が展開されなかったというのが理由として挙げられています。)のあと "5.3.2 Brain as Source of Animal Electricity" で、「動物電気の源としての脳」についての1820年代以降の新たな展開が記述されています<http://books.google.co.jp/books?id=38Sjkp-JlPcC&pg=PA170&vq=Mesmerism&as_brr=3&source=gbs_search_r&cad=0_1#PPA180,M1>。不正確な祖述を避けるべく、科学者による実験等の要約は略しますが、電流測定装置の発達と電気科学の進展にそうように、1830年代、40年代に、脳が電気を発生しているという考え方がいろいろな人によって実験・展開されたようです。

  ここで、ややこしいのは、18~19世紀に、たとえば "electrobiology" は動物磁気(メスメリズム)の用語、"Bioelectricity" は動物電気の用語、"biomagnetism" は動物磁気の用語、みたいな紛らわしさがあるだけでなく、もともとメスメルの唱えた正体不明というより存在自体が不明の動物磁気ではなくて正体があらわれてきた電気への乗り換えが、「科学」ではなくて「擬似科学」のほうで容易に起こるであろうことです。実際アメリカのメスメリストのなかには「電気」を言う人が出てきます。ドッズは「電気的心理学 electrical psychology」を唱えるのですが、なんのことはない、というとなんですけれど、病は体内の電気の流れのバランスが崩れることによって起こる、って電気を磁気流体に変えたら、動物磁気説のまんまやん(というか、だからドッズはメスメリズムなのですが)。

  しかし、よくわからんのは、ブキャナンみたいな医者のメスメリズムへのコミットの仕方です。ブキャナンはサイコメトリーを唱えたいかにも怪しい人として記憶されていますが、脳を切開して電流で実験を行なうということをかなりの数実践しているほんとの医学者です。「催眠」として利用していただけなのか、そのへんがよくわからない。上の頭蓋マップでわかるように、ガルの骨相学をあからさまに思い出させるところもあるのです。逆に、骨相学的(というよりはガル的な脳研究)な探究のためにメスメリズム(動物磁気説というよりは催眠術)が使用されたということでしょうか。

  第三に(第一と結局つながるのですが)、科学というよりは、ひとつには "stage mesmerism" と呼ばれる見世物的、アメリカ的ショービジネス的、な側面を示すと同時に、治療、とりわけ心の治療としてアメリカ人に訴えた、ということです。たとえばクインビーは Lucius Burkmar という、トランスにかかりやすいアシスタントを連れて公開講演を行ない、治癒を行なうのですけれど、観客の中からランダムに病気持ちの人を選んで、催眠状態のバークマーが病気の処方を告げる、それがハーブなんですね。だから、治療なのだけれど、前にホメオパシーについて書いたような〔「January 3-4 ホメオパシーとスウェデンボルグ主義 (上)――擬似科学をめぐって(7)  On Pseudosciences (7)」参照〕、民間療法的な治療の延長上での治療なわけです。ついでに書くと、アメリカではスウェデンボルグの思想がメスメリズムとつながるということもあるわけですが、メスメリズムの全面的展開以前に、それを受け入れる特殊な素地が、少なくとも民衆の側にはあった、ということが言えると思うのです。

  しかし、第四に、宗教や超自然との関係は微妙そうで、牧師たちでも、見霊を物理的・肉体的な刺激に還元する人もいれば、そうでない人もいる。先のクインビーは、ハーブの処方が必ずしも病気と合致しないのに治癒することに気づき、(a) バークマーはテレパシー能力で患者の心を読んでいるのであり、(b) 患者の治癒は提示された治癒法が働くと信じることによるのであり、(c) 患者の信仰体系を変化させることが重要だ、という考えます。これは超科学から擬似科学、最終的に宗教を大事とする、というブレを示すようにも見えますが、動物磁気説からは離れてしまっているようにも思えます。さらに1848年からのスピリチュアリズムの出現によって、人間の霊の問題と死後の霊の問題を複雑にからめながら、トランス自体は、メスメリズムの被験者から交霊会の霊媒にとってかわられて、よりオカルト的な世界へ進んでいった。のでしょうか。

  なんか、さらにまとまりを欠いている気がしますが、これでも考えなおしてふたつの文章をつぎつぎに切り離して先へ送ったのです・・・・・・。(保存したつもりのひとつが今朝しばらく公開になっていました。失礼しました)。

  個人的日記ブログということでご寛恕下さい。


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January 21 メスメリズムとアメリカ (補足の1)――擬似科学をめぐって(19)  On Pseudosciences (19) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 21, 2009 (Wednesday)

   ちょっと補足的な説明を断章的に書いておきます。

I.     フィニアス・パークハースト・クインビー Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66 のその後
II.    クインビーとエディー夫人 Mary Baker Eddy, 1821-1910

III.  ジョン・ボヴィー・ドッズ John Bovee Dods, 1795-1872 における電気と磁気
IV.  ジョーゼフ・ブキャナン Joseph Buchanan, 1814-89 のサイコメトリー
V.   民間治療と心理学

I.     フィニアス・パークハースト・クインビー Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66 のその後
 
  クインビーはやがて自らの透視能力が高まって(ということになっていますが)、それまで催眠術をかけて透視能力を援用していたLucius Burkmar というアシスタントの利用をやめ、患者と直接向き合うようになります。もっともときに催眠術を患者に対して利用したようですが、しかし、患者の信仰について耳を傾けて助言を与えるというようなスタイルに変わっていったようです。クインビー自身の言うところでは、異常に明晰な状態に入ってヴィジョンが見え、患者のまわりの「精神的雰囲気 mental atmosphere」が見えた、ということです。そういう状態になると、忘れられた記憶の層を垣間見ることができ、また、患者が善と悪に対して抱いている考えがわかる。クインビーは「精神的ダゲレオタイプ mental daguerreotyping」(ダゲレオタイプは19世紀中葉の過渡的な写真技術です)と呼ぶ視覚化を行なうことで、患者が病に向かう自らの治癒能力を高める、というようなことをやったようです。よくはわかりませんが。よくわからないのは、磁気的治癒流体で患者の精神を満たす、というようなことも言っているからで(それ自体はまことに動物磁気説的なのですが)、自己治癒能力を信仰治療的に高めるというだけではない姿勢でした(まあ、そういってしまったらミモフタもないのかもしれませんが)。

II.    クインビーとエディー夫人 Mary Baker Eddy, 1821-1910

 前に、クリスチャン・サイエンスのエディー夫人がホメオパシー療法家と結婚していたことは重要である、というようなことを書きました〔〕が、メスメリズムによる療法を展開したクインビーとエディー夫人との関係のほうがしばしば言及されるところです。日本語のウィキペディアには次のような書かれ方をしています。――

1860年代には、信仰による癒しとフィニアス・クインビー(Phineas Quimby)に関する事柄についての探究を開始した。彼女にクインビーが及ぼした影響には、議論の余地が残されている。なぜなら、彼女は個人的にはクインビーを高く評価していたが、最終的にはクインビーがキリスト教というよりも、催眠術をもとにした手法を使ったという点については否定したからである。

  英語のWikipedia のほうが、詳しく理屈をこねていておもろいです。"Mary Baker Eddy" という見出しがあって、注を積み上げてこう書かれています。――

Mary Baker Eddy the founder of Christian Science is often cited as having derived her theology from her association with Quimby.  Yet, most scholars agree that Christian Science does not reflect the teachings of Phineas Parkhurst Quimby.  For a time Mary Baker Eddy was a patient of Quimby’s and shared his view that disease is rooted in a mental cause.  But as her understanding of Christ Jesus’ approach to healing developed over the years, her concept of life and healing grew further and further away from Quimby’s.  Christian Science is vastly different from the teachings of Quimby.[4][5][6][7][8] 

(クリスチャン・サイエンスの創始者メアリー・ベイカー・エディーは、しばしばその神学をクインビーとの交流から得たというふうに言及される。しかし、クリスチャン・サイエンスはフィニアス・パークハースト・クインビーの教理を反映していない、というのが大多数の研究者の一致するところである。メアリー・ベイカー・エディーはクインビーの患者だったことがあり、病が精神的原因に根ざすというクインビーの考えを共有した。しかし、救世主イエスの治療についてのエディーの理解が長い年月をかけて高まるにしたがって、生命と治療についてのエディーの考えはますますクインビーの考えから離れていった。クリスチャン・サイエンスはクインビーの教理から多大に離れている。)

  この記述は、どうやらクリスチャン・サイエンスの側からの書き込みとしか思えないのですがw、注釈のたとえば5番は、こうです―― "Christian Science is a religious teaching and only incidentally a healing method.  Quimbyism was a healing method and only incidentally a religious teaching.  If one examines the religious implications or aspects of Quimby’s thought, it is clear that in these terms it has nothing whatever in common with Christian Science” (Gottschalk, Stephen. The Emergence of Christian Science in American Religious Life. Berkeley: University of California Press, 1973 - p130)" (クリスチャン・サイエンスは宗教的な教理であり、ただ偶然に治療法である。クインビーの教理は、治療法であり、ただ偶然に宗教的な教理である。以下略

  こうなると、「科学」をとりあえず英文法的には名乗る「クリスチャン・サイエンス」が、宗教的なことをこそ第一義にして、むしろ、擬似であれなんであれ医療、医学、という「科学」的な領域から距離を置くことで自らの位置づけをしているように(といっても書いている研究者らしい人は、どういうスタンスやらわかりませんが)見えます。

Phineas Parkhurst Quimby and Mary Baker Eddy ~ Animated Video of Mary Baker-Eddy <http://www.thescientificman.com/phineas_quimby_&_mary_baker_eddy.html> 〔Mark Twain の文章と映像とテクストリンクですが、例の不気味なQuimby のサイトの一部です〕 

 

時間がなくなった(モーリちゃんの勉強を見なければならない)ので、III 以降は次回に。 


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January 22 ジョン・ボヴィー・ドッズの思想遍歴を考えるためのメモ・・・・・・メスメリズムとアメリカ (補足の2)――擬似科学をめぐって(20)  On Pseudosciences (20) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 22, 2009 (Thursday)

   ちょっと補足的な説明を断章的に書いておきます。のパート2。思ったより長くなったので、3番目のドッズだけの記事にします。

I.     フィニアス・パークハースト・クインビー Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66 のその後
II.    クインビーと
エディー夫人 Mary Baker Eddy, 1821-1910

III.  ジョン・ボヴィー・ドッズ John Bovee Dods, 1795-1872 における電気と磁気
IV.  ジョーゼフ・ブキャナン Joseph Buchanan, 1814-89 のサイコメトリー
V.   民間治療と心理学

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III.  ジョン・ボヴィー・ドッズ John Bovee Dods, 1795-1872 における電気と磁気

  実はこのドッズという人に個人的にはいたく興味をひかれています。Wikipedia に記事はなく、WEBで見つかる小伝としては "Virtual American Biographies" の記事があります。――

DODS, John Bovee, philosopher, born in New York City in 1795 ; died in Brooklyn, New York, 21 March 1872. His life was largely devoted to the study of mental philosophy. He published "Thirty Sermons" "Philosophy of Mesmerism" (New York, 1847) "Philosophy of Electrical Psychology" (1849) "Immortality Triumphant" (1852); and " Spirit Manifestations Examined and Explained" (1854). <http://famousamericans.net/johnboveedods/>

  「哲学者」でニューヨーク生まれ(ただしメイン州出身という記述を読んだことがあります。文献表をつくってわかったのですが、1829年まではメイン州でいわゆる巡回説教者 itinerant preacher をやっていたようです)、ニューヨークで死亡。「精神哲学 mental philosophy」の研究に生涯の大半をささげた。著書に『三十の説教』『メスメリズムの哲学』(ニューヨーク、1847年)、『電気的心理学〔精神学という感じなのかもしれませんが〕』(1849年)、『勝ち誇る不死性』(1852年)、『霊現象の検証と説明』(1854年)。

   『三十の説教』というのは、おそらく1840年に出版された本だと思います。ついでに目にとまった本とe-text のリストをつくっておきます(不備や誤記の可能性があります)――

A Sermon; Delivered in the Court-House, Bangor, Wednesday Evening, February 25, 1829.  Bangor, ME: Republican Office, 1829.

A Sermon Delivered in the Courthouse, Belfast: Sunday, May 3, 1829.  Belfast, ME: White and Rowe, 1829.

A Farewell Sermon; Delivered in the Brick Meeting House, Thomaston, Sunday, September 20, 1829.  Belfast, ME: Maine Farmer Press, 1829.

The Second Death Illustrated: A Sermon, Delivered before the First Universalist Society in Taunton, Mass. on Sunday, February 12, 1832.  Taunton: Edmund Anthony, 1832.

Twenty-four Short Sermons: On the Doctrine of Universal Salvation.  Boston: G. W.Bazin, 1832.
この版のE-text―― <http://www.archive.org/details/twentyfourshort01dodsgoog>

A Sermon, Delivered in the Episcopal Church, Gloucester, Virginia, Sunday, July 16, 1837, on the Funeral Occasion of the Wife, Mother and Child, of C. C. Morris.  Boston: Trumpet Office, 1837.

Thirty Short Sermons: On Various Important Subjects Both Doctrinal and Practical.  Boston: Whittemore, 1840.
この版のE-text―― <http://www.archive.org/details/thirtyshortsermo00dods>

The Building Sermon: A Discourse, Delivered at the Dedication of the Universalist Meeting House, in St. Stephen, New Brunswick, September 28, 1841.  Boston: J. N. Bang, 1842.

Six Lectures on the Philosophy of Mesmerism, Delivered in the Marlboro' Chapel, January 23-28, 1843.  『動物磁気説の哲学』 New York: William A. Hall, 1843.  Rpt.  New York: Fowler and Wells, 1848; as Six Lectures on the Philosophy of Mesmerism, Delivered in the Marlboro Chapel in Boston, Reported by a Hearer, 12th ed.  New York: Fowler and Wells, 1854; London: J. Burns, 1876. Library of Mesmerism and Psychology (1865) に収録、そのE-text <http://www.archive.org/details/librarymesmeris00haddgoog> あり。

The Philosophy of Electrical Psychology in a Course of Twelve Lectures. 『電気的心理学の哲学』 New York: Fowler and Wells, 1850.  Rpt.  London: James Burns, Progressive Library, 1876. Library of Mesmerism and Psychology (1865) に収録(そのE-text <http://www.archive.org/details/librarymesmeris00haddgoog>もあり)。
1853年刊行のファウラー&ウェルズ――例の骨相学の出版社です――版のE-text―― <http://www.archive.org/details/philosophyofelec00dodsuoft>

Eulogy on the Life, Character, Battles, and Death of Gen. Zachary Taylor, Twelfth President of the United States.  New York: H. Long, 1850.

[Dods, J. Stanley Grimes, H. G. Darling]  Electrical Psychology, or, The Electrical Philosophy of Mental Impressions: Including a New Philosophy of Sleep and of Consciousness from the Works of Rev. J. B. Dods and Prof. J. S. Grimes.  London: John J. Griffin; Glasgow: Bell and Bain, 1851.

Philosophy of Electro-Biology, or, Electrical Psychology: In a Course of Nine Lectures.  London: H. Baillere; Dublin: James M'Glashan, 1852.
この版――どうやらイギリスのファウラー社が印刷したようです――のE-text―― <http://www.archive.org/details/philosophyelect00stongoog>

Immortality Triumphant: The Existence of a God and Human Immortality Practically Considered and the Truth of Divine Revelation Substantiated.  New York: Folwer and Wells, 1852.

[Trans. G. W. Stone]  De electro-biologie; wetenschappelijk verklaard en hare geheimen ontsluijerd.  Amsterdam:Sybrandi, 1853. 〔デンマーク語訳〕

Spirit Manifestations Examined and Explained, Judge Edmonds Refuted, or, An Exposition of the Involuntary Powers and Instincts of the Human Mind.  New York: De Witt & Davenport, 1854.

[Dods and Gibson Smith]  The Gospel of Jesus.  South Shaftsbury: G. Smith; New York: S. T. Munson, 1858.

[Dods, William Fishbough, John B. Newman, Joseph W. Haddock]  Library of Mesmerism and Psychology.  New York: Fowler, 1865.  Rpt.  Library of Mesmerism and Psychology, in Two Volumes: Comprising Philosophy of Mesmerism, on Fascination, Electrical Psychology, the Macrocosm, Science of the Soul.  New York: Samuel R. Wells, 1874. 〔Dods の『動物磁気説の哲学』と『電気的心理学の哲学』を収録〕
1874年版のE-text―― <http://www.archive.org/details/librarymesmeris00haddgoog>

? [Dr. J. Bovee Dod's [sic] Imperial Remedy and Imperial Wine Bitters: For Safely, Speedily and Effectually Restoring the System to Health, and Preventing Disease: For Sale Here.  187-?]

? [Dr. J. Bovee Dods' Imperial Remedy and Family Physician: Vegetable - Safe - Reliable [...].  187-?]

The Philosophy of Mesmerism and Electrical Psychology: Comprised in Two Courses of Lectures (eighteen in Number), Complete in One Volume.  London: James Burns, Progressive Library, 1876.
この版の1886年の重刷版のE-text―― <http://www.archive.org/details/thirtyshortsermo00dods>   

  ドッズはUniversalist の牧師でした。そしてメスメリズムに関心をもった牧師の多くがUniversalist だったことにはちょっと驚かされます。Universalist というのは簡単にいうと "universal salvation" を信じる、ということです。「普遍的救済」というのは、カルヴィニズムの神学が「選ばれた者」のみの救済、つまりぶっちゃけていうと選ばれた人は神の国に入るが、地獄堕ちの呪われた人々もいる(かつ、それは運命づけられている=予定説)、という考えだったのに対して、万人が神の愛と慈悲によって最終的には救済されるとする考えだと思います。だと思いますが、日本語のウィキペディアの「普遍救済主義」という項目を探すと、こう書かれています。――

普遍救済主義(ふへんきゅうさいしゅぎ)とは、キリスト教の神学思想のひとつ。

普遍救済主義は、カルヴァン主義予定説(特定救済主義)の立場に立つバプテスト派の「paticular」に対し、アルミニウス主義の立場に立つバプテスト派の「general」を訳したものであり、アルミニウス主義の特徴である不特定の贖罪(キリストの贖罪は彼を意識的に拒む者をも含む全ての人のためである。もっとも信じない者まで救われるわけではないが、神の哀れみと恵みは予定されるものではない)の立場に立つことから普遍救済主義の立場とされる。しかし、彼らは神の条件的選び(神はあらかじめ誰がキリストを信じるか見ておられ、その予知に基づいて信じる者を天国へ選ぶことを決める)という立場に立っているので、これを万人救済主義(ユニバーサリズム)と混同してはならない。

カルヴァン主義の人たち(カルヴァン派の教会すなわち改革派教会)によるドルトレヒト会議においてはアルミニウス主義は異端とされ、その主張は公式に認められなかった。

   「general」を訳した、というのがよーわかりません。「万人救済主義(ユニバーサリズム)と混同してはならない」というのがさらにわからない。だとするとuniversal salvation を普遍(的)救済と訳してはならんのね、キリスト教神学的には?  ウィキペディアの 「万人救済主義」 〔英語の "Universal reconciliation" <http://en.wikipedia.org/wiki/Universal_reconciliation> の記事に対応しています〕はもう少し長い解説になっていて、いろいろと考えさせられるのですが、最初のところだけ引いておきます。――

万人救済主義(ユニバーサリズム、英語:Universal ReconciliationChristian Universalism)はキリスト教の非主流派思想のひとつ。これは、すべてが神のあわれみによって救済を受けるという教理、信仰である。すべての人が、結局は救済を経験するとし、イエス・キリストの苦しみと十字架が、すべての人を和解させ、罪の贖いを得させると断言する。これは、ユニテリアン・ユニヴァーサリズムとは異なっている。

万人救済主義は地獄の問題と密接に関係がある。救済に至る方法や状態に関して様々な信仰と見解があるけれども、すべての万人救済主義者は、究極的にすべての人の和解と救済に終わると結論する。

万人救済の教理、信仰についての論争は歴史的に活発に行われてきた。初期において万人救済主義の教理はさかんであった。しかし、キリスト教の成長にともない、それは廃れていった。今日の多くのキリスト教教派は万人救済主義を拒絶する。

  ハナシがあさっての方向へいかないように言いたいことはおさえておきますが、ひとつだけ書くと、地獄の問題というのがおもしろいです。地獄の存在こそがいわば信仰の要になるという逆説が・・・・・・。18,19世紀のアメリカにかかわる節も引いておきます。――

万人救済説の復活

宗教改革時代に万人救済説の和解の教理は復興した。エラスムスらがギリシャ教父に対して再び関心を持たせた。教父の著書が出版され、オリゲネスら初期の万人救済主義者が知られるようになった。宗教改革時代から啓蒙主義の時代は救いと地獄について活発に論争がなされた。

16世紀ドイツ人の神学者によって万人救済説が広がった。17世紀にはイギリスにも存在していた。ペンシルベニアのクエーカーは万人救済を受け入れ、この思想は18世紀アメリカの植民地にももたらされた。北米の万人救済主義は積極的、組織的であった。ジョナサン・エドワーズはこれを脅威と考え、万人救済主義の教えと主張者に反対し、ニューイングランドの正統的な会衆派牧師の立場から、多くの著書を書いた。

  英語のWikipedia の "Universalism" を見ると、一方で「普遍宗教」のような意味で使われているせいもあって、アメリカのキリスト教内での歴史的な記述としてはどうもよくわからないのですが、別項目の "Christian Universalism""Universalist Church of America" (いずれも日本語の対応記事なし。後者が歴史的な記述を冒頭でハッキリ書いてくれればいいのに・・・・・・)を見ると、なんとなくおぼろに見えてくるのは、名前の変遷はともあれ、Universalist Church of America につながるUniversalist General Convention は18世紀末(たぶん1793年)にはアメリカでおこっていて、それは、アナバプティストとモラヴィア派と進歩的なクウェーカー、それからメソジストのようにドイツのPietism に影響された人々があわさってできたらしい。初期の重要な人物としてユニヴァーサリズム的なメソジズムを唱えたジョン・マレーJohn Murray (「アメリカン・ユニヴァーサリズムの父 "the Father of American Universalism"」だそうで)、それからフランスのユグノーだけれどロンドンで生まれたGeorge de Benneville , 1703-93。この人は牧師であり、かつ医者だっただけでなく、神秘体験・臨死体験があり、地獄は罰ではなくて浄化のために存在すると知り、ユニヴァーサリズム的な考え方を唱えるにいたる――人間は二重の存在であり、外的な血肉の人間は世の悪にさらされて善を行なったり悪を行なったりするけれど、内的な霊的ペルソナは神によって創られたもので、完璧で、神聖で、呪われて (damned) おらない、よってすべての人間は救済される。このひとはその教説のために死刑を宣告されたりしたようですが、18世紀なかば(1741年)にアメリカにやってきてペンシルヴェニアで医者と薬剤師(か薬局店主)をやりながらユニヴァーサリズムを説いたそうで(Wikipedia による)。 ついでに、おもしろいのはド=べネヴィル(という表記でよいでしょうか)が土地のインディアンたちと薬草について知識や処方を交換したりしたことです。それから1732年にペンシルヴェニアでつくられたユートピア的宗教共同体 Ephrata Cloister にも出入りしていたようです。

  それから、アメリカ合衆国建国の父の一人で独立宣言の署名者でもあったベンジャミン・ラッシュ Benjamin Rush, 1745-1813、やっぱりペンシルヴェニアの人ですが、ラッシュもユニヴァーサリズムを信奉したとも言われています(意見が割れているようですから、セクトというよりも思想としての関係かと)。奴隷廃止や死刑廃止、あるいは刑務所での囚人の扱いの改善を唱えただけでなく、医者でもあったラッシュは、心の病の研究や処方の開拓者でもあって、精神疾患者の公平な扱いを唱えたひとでした(1812年にMedical Inquiries and Observations upon Diseases of the Mind を著わし、「アメリカの精神医学の父 "the Father of American Psychiatry"」としばしば呼ばれるらしい)。もっとも強制的な療法とか黒人の肌の色への誤解とか、毀誉褒貶ある人ですが(そのへん英語版の忠実な訳らしいウィキペディア「ベンジャミン・ラッシュ」参照)。ラッシュは精神の病の原因は脳の血流にあると考えたので、えらく乱暴な療法を考案しました。この人はbleeding――瀉血(しゃけつ)というのね――もずっと行なっているし、「血」の発想の人なんですね、たぶん。

rushchair.jpg
Benjamin Rush's Tranquillizing Chair
image via "Diseases of the Mind: Highlights of American Psychiatry through 1900" <
www.nlm.nih.gov/hmd/diseases/benjamin.html> in United States National Library of Medicine

  ちょっとラッシュでハズレましたが、こうなると、アレですね、1830年代、40年代に大きな社会現象化するさまざまな(20世紀後半の歴史用語を借りれば)対抗文化的な運動のもとは18世紀からあるのですね、いろいろと。まあ、あたりまえか。

  さて、ものすごく挿入してしまいましたが、ドッズがそのユニヴァーサリズムを唱えたことは、1830年代から40年代はじめの説教や本のタイトルからも明瞭です。ドッズはカルヴィニズムに反対し、教会内での革新を訴えました。それは人間の "spirit" の可能性を展開する助けとなる教会を求めたものだった(ようです――Taylor, Shadow Culture, p. 109)。そうしたところへメスメリズムがやってきて、ドッズは、これが霊的な再生を達成する手段になると信じた。催眠状態が内的な生命を十全に意識のもとにあらわす、と考えたからです。そしてまた、臨床生理学や電気科学の知見を取り入れて、前にもチラリと書いたように、体というシステム内の電気がバランスを失なうことで病が生じると考え、治療にメスメリズムを使ったのでした。

  えーと、当初メモとして考えていたのは以下の引用の一部だけです。――

I will, in the first place, prove that ELECTRICITY is the CONNECTING LINK between MIND and inert MATTER, and is the AGENT that the mind employs to contract and relax the muscles, and to produce all the voluntary and involuntary motions of the body.  (Electro-Biology, Lecture I, p. 30)

I desire it to be distinctly understood, that when I speak of the electricity, galvanism, and magnetism of the human system, or of the nervous fluid, I mean one and the same thing.  (p. 35) 〔電気=ガルヴァニズム=磁気〕

Electricity is the agent of mind and the invisible power of matter.  (Lecture VIII, p. 160)

I answer, that electricity is the great and universal agent ordained by the Creator to form,to transmute, or to decompose all substances that swarmin the empire of nature.  (Lecture IX, p. 189) 〔Creator=God〕

   それから、ホメオパシーや水治療やトムソン主義に言及しながら、文字通り自然の治癒について触れている長い一節を引用しておきます。これはドッズみたいな人の姿勢を誤解しないために有益だと思います(いずれヒマができたら訳すかもしれませんが原文のままで勘弁してください)。――

     Allopathy, Thompsonianism, Homeopathy, Hydropathy, Electropathy, and I will add, Aeripathy and Terrapathy, should never be made to exist as so many separate medical schools, but the excellences of them all, so far as they are applicable to the relief of human sufferings in any corresponding latitude on Earth, should be combined into one grand system TO CURE, and call it CURAPATHY.
     Water is nature's universal solvent, and when properly applied, in its various degrees of heat and cold, to the different parts of the system, either externally or internally as the case may require, it is a most powerful agent to restore the equilibrium of the circulating forces and remove disease.  But water alone is not sufficient in every case.  The air in its application and various temperatures should not be overlooked, nor the quality and temperature of that which is inhaled into the lungs.  We can live longer without food or water than we can without air.  In very warm weather, when the air is greatly raefied by the heat, let the invalid, and even the well person, descend into a dry cellar, entirely under ground, undress, and there not only breathe the pure, cool, and earth-impregnated air for half an hour or more each day, but let the body at the sametime be exposed to its action.  This will brace the feeble system of the invalid, gradually raising it up to soundness, and import vigor and energy to the healthy.  Call this Aeripathy.  But this is not sufficient to remove every case of disease.  Electricity, galvanism, and magnetism, in all their forms, should not be forgotten.  Electricity is the agent of mind and invisible power of matter.  These three should be passed through different parts of the human systemto ease pain, and remove nervous obstructions and nervous diseases by thus equalizing the nervous force.  This is Electropathy, and requires not only a familiar acquaintance with electrical science, but also great skill in its correct application to the diseased.
     But this alone is not sufficient.  We must not be unmindful of our mother Earth, nor wholly forget to lean upon her bosom.  Our bodies take into their composition, not only due portions of electricityair, and water, these three grand divisions of nature, but they also claim a large portion of earth, out of which they are said to have been formed.  We are indeed an epitome of the universe, and stand in an exact aptitude and relationship to nature.  This being so, permit me to remark, that diseased persons, during the summer season or warm months, should seek some farmer's secluded plough-field or garden, expose their naked bodies, escept the covered head, for several minutes to the rays of the sun.  When well heated and rubbed, cover them up in the fresh earth for half an hour or more, then wash and rub briskly with a towel, dry well in the sun, and dress.  At other times, and as often as convenient, let the invalid follow the ploughman, and as he turns up the fresh earth let him breathe the air while charged with the invisible life-giving substances that rise from the ground.  (Lecture VIII, pp. 159-161)

   こういう文章でわかるのは、ドッズが考えるようなメスメリズムによる治療はいわば補完的なものであって、従前の民間的な治療と反発しないどころか馴染むものだということです。そして四大という伝統的な考えの延長に電気が位置づけられているようにさえ思えます。

  それから、電気を軸にして構図的に興味深いのは、カルヴィニズムが伝統的に雷を神の怒りとして読んできた、その雷の電気を理神論者のフランクリンは見つけた、その電気を神の与えた媒体とユニヴァーサリストのドッズは見た、という展開というか、逆転というか、サンヨー電気、いや三様の電気体験です。

  ところでドッズは、スピリチュアリズムの批判者として知られた時期があります。ドッズは過剰な電気の負荷が不随意系に生じることによって、超自然と誤解する幻覚現象が生じるのだ、とかなんとか理屈をつけようとしたらしい。けれど、まもなくドッズは霊の存在や霊との交信を認める立場に「変節」します。そこのところもおもしろいのですが、それはいずれまた機会があれば。


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January 23 ジョーゼフ・ブキャナンとサイコメトリーとブラヴァツキー・・・・・・メスメリズムとアメリカ (補足の3)――擬似科学をめぐって(21)  On Pseudosciences (21) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 23, 2009 (Friday)

   ちょっと補足的な説明を断章的に書いておきます。のパート3。4番目のブキャナンだけの記事にします。

I.     フィニアス・パークハースト・クインビー Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66 のその後
II.    クインビーと
エディー夫人 Mary Baker Eddy, 1821-1910

III.  ジョン・ボヴィー・ドッズ John Bovee Dods, 1795-1872 における電気と磁気
IV.  ジョーゼフ・ブキャナン Joseph Buchanan, 1814-89 のサイコメトリー
V.   民間治療と心理学

   ちょっと、トンデモなところに踏み入るかもしれないので手元足元に気をつけながらのほほんと書きます。

   サイコメトリーといえば『サイコメトラーEIJI』のテレビドラマが松岡君(w)が主役で放送されたのが1997年。原作の漫画もよく読まれ、1999年には第二シーズンの放送もあったそうですが、モーリちゃんの父は志摩亮子刑事が大塚寧々のしか見ていません。ともあれ、あのころに、アニメなどのフィクションの世界と、心霊探偵捜査ドキュメンタリーみたいな半分現実の世界とで、(サイコメトリーというコトバがたとえ使われなくても)、モノに残された過去の記憶を読むみたいなふるまいが日本ではちょっとポピュラーになったのでしたでしょうか。

   このあいだウィキペディアの「サイコメトリー」をリンクしたときに、読んで頭に残っていたのは、「コリン・ウィルソン著『サイキック―人体に潜む超常能力の探究と超感覚的世界』(三笠書房、89年初版)の冒頭にある、荒俣宏による解説中のサイコメトリーについての説明によれば、アメリカの神霊[ママ]研究家であるジョセフ・ローズ・ブキャナン(1814 - 1899)が提唱した用語であると書かれている。」というところと、「漫画サイコメトラーEIJI』文庫版の最終巻にある安童夕馬のコメントによると、その原作の執筆時に英語のサイコメトライズを、語呂を良くする為に作り出した造語だというが、この言葉はそれ以前に存在している。この能力を操る人のことを、しばしばサイコメトラーと呼ぶが、木城ゆきとのSF漫画『銃夢』ではサイコメトリストと呼んでいる」というところです(ほんとはウソで、そのまま頭に残っているはずがないのですが)。

   日本語のウィキペディアは「最も主な特徴は、物体に残る人の残留思念〔未編集〕を読み取ることである」としていて、英語のほうは 「定義」として "A form of psychic reading in which one individual is said to obtain details about another through physical contact with their possessions.(相手の所持品との身体的接触によってその相手についての細部の知識を得るといわれるサイキック・リーディングの一形態)" と記しています。だから、どちらも人間の想念がモノに残っている、という構図です。で、ブキャナンは少なくとも最初は強い思念がモノに残ると考えたのでしたが、人間だけでなくてあらゆる事物が過去を記憶しているという考えにサイコメトリーの意味は発展します。psychometry とは geometry (幾何学)がもともと「地」をはかる、測定する、という意味であるように、psyche「魂」をはかる、測定する、ということですから、人間の魂かと思うと、それがどっこい人間だけではなく、事物の魂でもあるという展開です。ブキャナンは紙にくるんだ金属片の実験から始めて、最初は人間の神経が電磁場のようなオーラを出して紙を通過して味覚のように金属を感じるのだ、と考えますが、手紙を手にして書き手の性格や感情がわかるという被験者(学生たち)が出てくることで、人間の感情が手紙に記憶されて、敏感な人間はそれを看取することができると考えます。ブキャナンの実験に関心をもったボストンの地理学 (geology) の先生のウィリアム・デントンは自ら追認実験を行ない、たとえば紙にくるんだ標本に触れさせて、隕石のときに空漠とした宇宙を感じるとか、火山岩で噴火を感じるとか、そういう能力を示す人間が多いことがわかります(以上 Colin Wilson, Poltergeist!: A Study in Destructive Haunting (London: New English Library, 1981) の24-25ページによる)。そうなると、たとえば隕石に強い感情が関与しているわけではないわけで、デントンは、自然界のあらゆる出来事は「記録」されているという考えに到り、『事物の魂――サイコメトリーの研究と発見 The Soul of Things; or Psychometric Researches and Discoveries』 (Boston, 1873) というタイトルの本をのちには書くわけです。つまり、事物に浸透して世界に遍在する魂というような考えです。

   サイコメトリーがモノに記録された人間の魂の解読というだけの意味でないことは、『オックスフォード英語大辞典』(毎度です)の定義でも確認されます。たぶん。

1. The (alleged) faculty of divining, from physical contact or proximity only, the qualities or properties of an object, or of persons or things that have been in contact with it. 〔身体的接触によって、もしくは近接のみによって、事物の性質や特性、あるいはその事物と接触した人間やものの性質や特性を見抜く(と称する)能力〕

   1854 J. R. Buchanan Lect. Neurolog. Syst. Anthropol. 125 The influence of Psychometry will be highly valuable...in the selection from candidates for appointments to important offices.  1863 Denton Nature's Secrets Introd. 9 Mrs. Denton, by means of this science of Psychometry, professes to be able, by putting a piece of matter...to her forehead, to see, either with her eyes closed or open, all that that piece of matter, figuratively speaking, ever saw, heard, or experienced.  1903 W. T. Stead in Review of Rev. July 33/2 An experiment in psychometry.  1922 E. Wallace Crimson Circle vi. 38 ‘Nothing is absurd,’ said the Commissioner quietly. ‘The science of psychometry has been practised for years.’  1959 Times Lit. Suppl. 1 May 254/4 Such objects...enjoy a semi-consciousness drawn from the human beings who have known them. In this there is an undeniable truth, as the modern practice of ‘psychometry’ proves.  1966 E. Palmer Plains of Camdeboo xvii. 290 Most of us can on occasions sense atmosphere, and psychometry seems to be this power greatly developed.  1975 G. W. Knight Jackson Knight i. 44, I know now, from the witness of psychometry, that inanimate objects can indeed become impregnated by qualities gathered during their past.

  

  このサイコメトリーを、とんでもないかどうかはわかりませんが、壮大な視野のもとにおいてみせたのがブラヴァツキー夫人の『ヴェイルを脱いだイシス Isis Unveiled』 (1877) だと思います。第一部は「科学 Science」 、第二部は 「神学Theology」という構成の、第一部の第6章 「心理=物理現象  Psycho-Physical Phenomena」に、「近代の最も興味深い発見の一つ」としてサイコメトリーに関する話がでてきます。長いですが、原文を引用します。・・・・・・と書きましたが、あまりに長く、アタマがおかしくなったと思われかねないので、記事末に付すことにし、かいつまんで要点と思われるものを書きます。

  その興味深い発見というのは、感受力のある人間が額にかざした事物から、その事物と過去に接触のあった人や他のモノの性質や様子の印象を受け取るという能力の発見のことです。ブラヴァツキーはブキャナンを紹介し、人間の性格の描写に限定したブキャナンの初期の記述を引きます。――「書いたものに付与された精神的・生理学的影響は消えることはないように思われる。云々. . . . 〔余談ですが、実はこういうのを直筆署名の研究書に求めていたのですが――「August 14 偉人の字影 Word Shadows of the Great: The Lure of Autograph Collecting」参照〕」  しかしブキャナンは自分の発見の意味するところがまだわかっていなかった。1841年の発見のあと世界中でサイコミーター(サイコメトリー能力者)があらわれて証明されたのは、自然界のどんな些細な出来事でも拭いがたい「印象」を物理的自然のうえに残していることで、分子的レヴェルで説明はできず、唯一推論できる結論はこういう映像が不可視の普遍的な力、エーテル、つまりアストラル・ライト(Ether, or Astral Light というのは前の章のタイトルです)によってつくられる、というものだ。そうして、ブラヴァツキーはデントンをとりあげて、哲学者たちが「世界魂」と呼び、デントンが「事物の魂」と呼ぶ、すべてに浸透する普遍的で持続的な媒体のうちにすべての出来事が埋め込まれていると言います。サイコミーターはモノのかけらを額にかざすことで、「内なる自己 inner-self」をモノの内なる魂との関係におく。つまりサイコミーターが標本を検証するとき、関係する出来事の絵を保持している、事物と関連するアストラル・ライト(まあ、「エーテル」です)の流れと接触するのだ。このときの映像は(デントンによれば)、ものすごい速さで押し寄せるので、意志の最高度の行使によってのみ、記述するに足るだけの長さでひとつの映像をヴィジョン内に捉えることができる。サイコミーターは、内なる目をもった透視能力者だ。だが、強い意志の力、訓練、能力についての知識がなければ、知覚する場所や人や出来事は混乱したものとならざるを得ない。しかし、メスメリズムによって同様の透視能力をあらわす人間の場合は、メスメリストによる指導下で、サイコミーター以上に明瞭に細部を見ることができるし、さらに未来を見ることもできる。で、このへんから永遠は過去も未来もなく「現在」としてあるというような理屈が述べられて、「予知」の能力もこの普遍的媒体たるエーテルないしアストラル・ライトとの接触として説明される可能性が開かれます。だから、ものすごく乱暴に、エーテル、アストラル・ライトというなじみでない言葉の代わりに、なじみの動物磁気説ということばを使うなら、透視能力の背後に普遍的な動物磁気があるという見方と重なる、と言えなくもなくはないと思われます。むろん「動物磁気」自体が物理的「磁気」のかなたにある非物質的幻影なのかもしれないのですが、(神秘的なタイプの)メスメリズムとの融和を、理論レヴェルでも、見ることはできるわけです。と思うわけです。

  あと2点ほど書きとめておきます。ひとつは、この一節の1, 2ページ前で、ブラヴァツキーは魂 soulと霊 spirit が混同されていることを強調していて、その言葉をメモっておきます。soul と spirit を区分することの重要性については本の初めから繰り返し述べているのですが、ここではキリスト教会を引き合いに出しています。――

     [. . .] for theologians as well as laymen labor under the erroneous impression that soul and spirit are one and the same thing. (俗人だけでなく神学者も、魂と霊が同じひとつのものだという誤った考えをもっている。)
     But if we study Plato and other philosophers of old, we may readily perceive that while the "irrational soul," by which Plato meant our astral body, or the more ethereal representation of ourselves, can have at best only a more or less prolonged continuity of existence beyond the grave; the divine spirit -- wrongly termed soul, by the Church -- is immortal by its very essence. (Any Hebrew scholar will readily appreciate the distinction who comprehends the difference between the two words ruah and nephesh.)  (しかし、プラトンや昔の哲学者を学べばすぐにわかるのは、プラトンが我々のいうアストラル体、あるいは我々自身のよりエーテル的な部分を意味した「非理性的魂」は、死後にはいくらか持続して存在するだけのものである。神的な霊――教会によって誤ってと呼ばれた――は、その本質ゆえに不滅である。〔で、そのあとカッコのなかで、ヘブライ語、つまり聖書の記述として、霊にあたるルーアと魂にあたるネフェシュの区分が示されています〕) (pp. 180-81)

   もう一点は、psychometry という言葉について、もう少し。実はOED の定義は2番があって、それは心理学の用語としてです。

2. The measurement of the duration and intensity of mental states or processes. Also, psychometrics (see "psychometric"psychometric a. and n. B).

   1879 F. Galton in Brain II. 149 Psychometry...means the art of imposing measurement and number upon operations of the mind, as in the practice of determining the reaction-time of different persons.  1883 Athenæum 7 July 20/2 He [Mr. F. Galton] has established by his example and initiation the science of psychometry, and pointed to the line of inquiry on which the scientific portions of psychology can alone become scientific.  1897 Westm. Gaz. 29 Sept. 2/1 Dr. Scripture's experiments in the psychometry of time, energy, and space.  1971 Brit. Med. Bull. XXVII. 35/1 Hughes and his colleagues are conducting further studies, including the use of electro~encephalography and psychometry.  1976 H. M. van Praag in Advances in Drug Therapy of Mental Illness (World Health Organization) 127 The third field in which psychotropic drugs have served as a pacemaker, that of psychometry.... One wants to know (that is, to measure) what it [sc. the drug] does, and what it does not do.

 

   1879年というのはもちろんブキャナン、デントンのあとです。これは科学の側から擬似科学をおしつぶす作戦だったか、と疑いましたが、冷静に考えてみると、日陰の思想とは無関係につくられたのでしょうね。で、この用語は現在も健在で、だから、英語の "Psychometry" の記事には、"In recent years, the term has been superseded in favor of 'token-object reading' so as to avoid potential confusion with the psychological term, 'psychometry.' " 〔近年、心理学用語としてのサイコメトリーとの混同を避けるために "token-object reading" という言葉にとってかわられている〕と(ほんとかどうか知りませんが)書いてあります。まったくコトバってやつは。(ちなみにこの英語のウィキペディアも、上述の定義で示したことから推察されるように、マスメディア的な情報が多いです。サイコメトラーEIJI はないけど、セーラームーン("Chiba Mamoru from the Sailor Moon manga is psychometric")とか日本語のほうにもない情報がありw)。

  あと、サイコメトラーという英語モドキは科学としての言語学の法則上ありえず、許しがたいです。擬似科学的造語ですw

 

  あと、思い出したように3点目で最後にしますが、コリンがよく書くように、サイコメトリーの理論はスピリチュアリズムの隆盛によってむしろ日蔭者になり、19世紀末近くなってから心霊研究のなかで再びとりあげられるようになったようです。そのときには、たとえば幽霊屋敷みたいな「場」が記憶しているものを霊的な感度が高い人間が感じちゃうことを説明する仮説として出てくるのですけど、あいかわらず、というか「写真」の比喩が使われるんですよね。たとえばMan and the Universe におけるオリヴァー・ロッジ Oliver Lodge――

On a psychometric hypothesis the original tragedy has been literally photographed on its material surroundings, nay, even on the ether itself, by reason of the intensity of emotion felt by those who enacted it; and thenceforth in certain persons an hallucinatory effect is experienced corresponding to such an impression. (サイコメトリーの仮説によれば、もともとの悲劇が文字通りその物質的環境に、いや、エーテルそのもののうえに「写真撮影」されている、その悲劇を演じた人間たちの抱いた強度の感情の故に。だから、そのような印象に対応する幻覚的な効果がある種の人びとには体験されるということだ。)

 

  しかし、なんでイメジや写真なんですかね。音はどうなんだろ。と気になりました。あとカメラと写真がどのように比喩を超えて成立するのかわからんですが、冒頭に書いた、「(ほんとはウソで、そのまま頭に残っているはずがないのですが)。」というのは、頭が(1) 目が写した映像を本人の意識とは無関係に記録しているのならば、(2) いや、そもそも実際に読んだのがほんとならば別情報として(脳内E-text的に?)、実は残っている、ということで、ほんとはほんとなのかもしれないな、とも思いました(はんぶんウソです)。

 

 

Isis Unveiled: A Master-Key to the Mysteries of Ancient and Modern Science and Theology By H. P. Blavatsky Theosophical University Press Online Edition
<http://www.theosociety.org/pasadena/isis/iu-hp.htm>

"Isis Unveiled - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Isis_Unveiled

"Madame Blavatsky - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Helena_Petrovna_Blavatsky>

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     One of the most interesting discoveries of modern times, is that of the faculty which enables a certain class of sensitive persons to receive from any object held in the hand or against the forehead impressions of the character or appearance of the individual, or any other object with which it has previously been in contact. Thus a manuscript, painting, article of clothing, or jewelry -- no matter how ancient -- conveys to the sensitive, a vivid picture of the writer, painter, or wearer; even though he lived in the days of Ptolemy or Enoch. Nay, more; a fragment of an ancient building will recall its history and even the scenes which transpired within or about it. A bit of ore will carry the soul-vision back to the time when it was in process of formation. This faculty is called by its discoverer -- Professor J. R. Buchanan, of Louisville, Kentucky -- psychometry. To him, the world is indebted for this most important addition to Psychological Sciences; and to him, perhaps, when skepticism is found felled to the ground by such accumulation of facts, posterity will have to elevate a statue. In announcing to the public his great discovery, Professor Buchanan, confining himself to the power of psychometry to delineate human character, says: "The mental and physiological influence imparted to writing appears to be imperishable, as the oldest specimens I have investigated gave their impressions with a distinctness and force, little impaired by time. Old manuscripts, requiring an antiquary to decipher their strange old penmanship, were easily interpreted by the psychometric power. . . . The property of retaining the impress of mind is not limited to writing. Drawings, paintings, everything upon which human contact, thought, and volition have been expended, may become linked with that thought and life, so as to recall them to the mind of another when in contact."

     Without, perhaps, really knowing, at the early time of the grand discovery, the significance of his own prophetic words, the Professor adds: "This discovery, in its application to the arts and to history, will open a mine of interesting knowledge."* 〔* J. R. Buchanan, M.D.: "Outlines of Lectures on the Neurological System of Anthropology."〕

     The existence of this faculty was first experimentally demonstrated in 1841. It has since been verified by a thousand psychometers in different parts of the world. It proves that every occurrence in nature -- no matter how minute or unimportant -- leaves its indelible impress upon physical nature; and, as there has been no appreciable molecular disturbance, the only inference possible is, that these images have been produced by that invisible, universal force -- Ether, or astral light.

     In his charming work, entitled The Soul of Things, Professor Denton, the geologist,* enters at great length into a discussion of this subject. He gives a multitude of examples of the psychometrical power, which Mrs. Denton possesses in a marked degree. A fragment of Cicero's house, at Tusculum, enabled her to describe, without the slightest intimation as to the nature of the object placed on her forehead, not only the great orator's surroundings, but also the previous owner of the building, Cornelius Sulla Felix, or, as he is usually called, Sulla the Dictator. A fragment of marble from the ancient Christian Church of Smyrna, brought before her its congregation and officiating priests. Specimens from Nineveh, China, Jerusalem, Greece, Ararat, and other places all over the world brought up scenes in the life of various personages, whose ashes had been scattered thousands of years ago. In many cases Professor Denton verified the statements by reference to historical records. More than this, a bit of the skeleton, or a fragment of the tooth of some antediluvian animal, caused the seeress to perceive the creature as it was when alive, and even live for a few brief moments its life, and experience its sensations. Before the eager quest of the psychometer, the most hidden recesses of the domain of nature yield up their secrets; and the events of the most remote epochs rival in vividness of impression the flitting circumstances of yesterday.

     Says the author, in the same work: "Not a leaf waves, not an insect crawls, not a ripple moves, but each motion is recorded by a thousand faithful scribes in infallible and indelible scripture. This is just as true of all past time. From the dawn of light upon this infant globe, when round its cradle the steamy curtains hung, to this moment, nature has been busy photographing everything. What a picture-gallery is hers!"

     It appears to us the height of impossibility to imagine that scenes in ancient Thebes, or in some temple of prehistoric times should be photographed only upon the substance of certain atoms. The images of the events are imbedded in that all-permeating, universal, and ever-retaining medium, which the philosophers call the "Soul of the World," and Mr. Denton "the Soul of Things." The psychometer, by applying the fragment of a substance to his forehead, brings his inner-self into relations with the inner soul of the object he handles. It is now admitted that the universal aether pervades all things in nature, even the most solid. It is beginning to be admitted, also, that this preserves the images of all things which transpire. When the psychometer examines his specimen, he is brought in contact with the current of the astral light, connected with that specimen, and which retains pictures of the events associated with its history. These, according to Denton, pass before his vision with the swiftness of light; scene after scene crowding upon each other so rapidly, that it is only by the supreme exercise of the will that he is able to hold any one in the field of vision long enough to describe it.

     The psychometer is clairvoyant; that is, he sees with the inner eye. Unless his will-power is very strong, unless he has thoroughly trained himself to that particular phenomenon, and his knowledge of the capabilities of his sight are profound, his perceptions of places, persons, and events, must necessarily be very confused. But in the case of mesmerization, in which this same clairvoyant faculty is developed, the operator, whose will holds that of the subject under control, can force him to concentrate his attention upon a given picture long enough to observe all its minute details. Moreover, under the guidance of an experienced mesmerizer, the seer would excel the natural psychometer in having a prevision of future events, more distinct and clear than the latter. And to those who might object to the possibility of perceiving that which "yet is not," we may put the question: Why is it more impossible to see that which will be, than to bring back to sight that which is gone, and is no more? According to the kabalistic doctrine, the future exists in the astral light in embryo, as the present existed in embryo in the past. While man is free to act as he pleases, the manner in which he will act was foreknown from all time; not on the ground of fatalism or destiny, but simply on the principle of universal, unchangeable harmony; and, as it may be foreknown that, when a musical note is struck, its vibrations will not, and cannot change into those of another note. Besides, eternity can have neither past nor future, but only the present; as boundless space, in its strictly literal sense, can have neither distant nor proximate places. Our conceptions, limited to the narrow area of our experience, attempt to fit if not an end, at least a beginning of time and space; but neither of these exist in reality; for in such case time would not be eternal, nor space boundless. The past no more exists than the future, as we have said, only our memories survive; and our memories are but the glimpses that we catch of the reflections of this past in the currents of the astral light, as the psychometer catches them from the astral emanations of the object held by him.

     Says Professor E. Hitchcock, when speaking of the influences of light upon bodies, and of the formation of pictures upon them by means of it: "It seems, then, that this photographic influence pervades all nature; nor can we say where it stops. We do not know but it may imprint upon the world around us our features, as they are modified by various passions, and thus fill nature with daguerreotype impressions of all our actions; . . . it may be, too, that there are tests by which nature, more skilful than any photographist, can bring out and fix these portraits, so that acuter senses than ours shall see them as on a great canvas, spread over the material universe. Perhaps, too, they may never fade from that canvas, but become specimens in the great picture-gallery of eternity."* 〔* "Religion of Geology." 〕

     The "perhaps" of Professor Hitchcock is henceforth changed by the demonstration of psychometry into a triumphant certitude. Those who understand these psychological and clairvoyant faculties will take exception to Professor Hitchcock's idea, that acuter senses than ours are needed to see these pictures upon his supposed cosmic canvas, and maintain that he should have confined his limitations to the external senses of the body. The human spirit, being of the Divine, immortal Spirit, appreciates neither past nor future, but sees all things as in the present. These daguerreotypes referred to in the above quotation are imprinted upon the astral light, where, as we said before -- and, according to the Hermetic teaching, the first portion of which is already accepted and demonstrated by science -- is kept the record of all that was, is, or ever will be.  (pp. 182-84)


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January 24-26 メスメリズムとアメリカ (補足の4)――擬似科学をめぐって(22)  On Pseudosciences (22) [短期集中 擬似科学 Pseudoscience]

January 24, 2009 (Saturday)
January 25, 2009 (Sunday)
January 26, 2009 (Monday)

  ちょっと補足的な説明を断章的に書いておきます。のパート4。やっと5番目のまとめです。

I.     フィニアス・パークハースト・クインビー Phineas Parkhurst Quimby, 1802-66 のその後
II.    クインビーと
エディー夫人 Mary Baker Eddy, 1821-1910
III.  ジョン・ボヴィー・ドッズ John Bovee Dods, 1795-1872 における電気と磁気
IV.  ジョーゼフ・ブキャナン
Joseph Buchanan, 1814-89 のサイコメトリー
V.   民間治療と心理学

MaryBakerEddy-Eearliest(1850s).jpg
クリスチャン・サイエンス Christian Science の創始者 Mary Baker Eddy (1821-1910) の現存するもっとも若い頃の写真(1850年代前半) via "Star of Boston: The Life of Mary Baker Eddy by Helana M. Wright - Introduction" - image via <http://mbeinstitute.org/Star/starintro.html>

Blavatsky_and_Olcott.jpg
神智学協会 Theosophical Society の創始者 Helana Blavatsky (1831-91) と Henry Alcott - image via "Madame Blavatsky - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Blavatsky>

tingley.jpg 
Katherine Tingley (1847-1929), founder of the Point Loma Universal Brotherhood and Theosophical Society Homestead. via "Journal of San Diego History" <http://www.sandiegohistory.org/journal/97winter/theosophicalimages.htm>

    V.   民間治療と心理学

   というタイトルをずっと載せてきてしまったのですが、内容はちょっとはずれたものになるかもしれません。ホメオパシーや薬草学など、正統的な西洋医学の伝統からはずれたところの民間的な治療と、その後の、メスメリズムがらみの信仰治療的なものが、19世紀後半にアメリカでどうなったかを探るためのメモを記すというのが主旨です。

  いろいろと考えるところはあったのですけれど、個人的な考えを書く前に、心理学の歴史の専門家の本の記述を紹介することにします。Shadow Culture: Psychology and Spirituality in America (Washington, D.C.: Counterpoint, 1999) という本を書いたEugene Taylor はハーヴァード大医学校で心理学と精神医学の歴史を長年教えてきた人で、ハーヴァード大学の図書館に1923年に寄贈されたウィリアム・ジェイムズの膨大な蔵書のなかから発見されたスピリチュアリズム、精神治療、悪魔学、魔女術、多重人格、その他の関係の資料の整理に導かれて、「影の文化」、すなわち主流の正統的学問や制度ではなくて、その背後、周縁、あるいは下部に位置づけられた――歴史的に言うと、はじめは懐疑的に見られたけれどもしかしアメリカ文化のなかで支配的な役割を演じ続けている(とテイラーさんは考えます)――ポップ宗教的、意識の覚醒的な「サイコロジー」の歴史を跡付けようとして書かれたのが本書です。たぶん。

  南北戦争がアメリカの社会史の転換点だったとテイラーさんはいいます(まあ、これは誰でもいうことかもしれないし、文学でいうと、リアリズムへの遅れた転換は南北戦争を契機にしていました)。古い民間「サイコロジー」(これはコトバの定義によるのですけれど、心の病、あるいは病というのでなくても、心の悩みや癒しや精神問題を扱うということ、いや、そもそも(な)やんでいなくても人間精神のありようを学ぶこと、と理解されます)は、実証主義的な科学が力を増すことによって、背景に退く。医学における専門教育は高度に機構化されたものとなり、実験も科学的に厳密で洗練されたものになる一方、社会科学、生命科学の諸領域の専門化が進む。「科学」を主眼とする文化と民衆的「サイコロジー」は、「ヴィジョン」を核とするような伝統が押しやられるに伴って、根本的に分離してしまう。学問領域としての「心理学」は、自然科学 natural sciences を範として自己形成をはかり、内容を計測可能なもののなかに厳密に限定してしまうようになる。計測可能なものとは、原因結果、因果関係の還元主義的、実証主義的な語彙で説明されるだけのもの。

  しかし、同時に、心の治療なり癒しなりへの大衆的関心は、衰えるどころか高まった。19世紀前半に、アメリカの地域地域で先駆者・開拓者が出現し、心の問題への関心が高まったのに対して、1870年代から19世紀末にかけては、アメリカ全体、さらには国際的な視野をもった、精神的治療のための成熟した機構が生み出され、それらの多くは現在まで存続している。と、テイラーさんは言います(112-113ページ)。

  そのあとが、興味深いのですけれど――。「実証主義的科学の台頭とともにアメリカのハイカルチャーのなかで幻視的な伝統が次第に抑圧されるが、民衆的な場のなかで栄えただけでなく劇的に発展した、というこの逆説の、鍵となる理由のひとつは、少なからずフェミニズム運動の成長に原因がある。」 (It should be noted in closing that one of the key reasons for this paradox―that the visionary tradition was gradually suppressed within American high culture because of the rising tide of positivistic science, while it not only flourished but expanded dramatically in the popular arena―was due in no small part to the growing feminist movement.) 〔直訳です。ヘンなのは原文がヘンなのw〕 南北戦争によって結婚適齢の男子が戦場に斃れ、あとに過剰な数の独身女性を残された。女性の必要品が商業広告の新たなテーマとなり、婦人病が医学と診療の新たなテーマとなり、かつて世紀半ばにはスピリチュアリズムの運動のエネルギー源となっていた女性の思想が、婦人参政権、正当な(男女平等)雇用、機会均等、といったより切実な問題にむかった。医療の世界では、William Alexander Hammondや Silas Weir Mitchell 〔このひとは作家でもありました〕や William Osler や William Welch といった男性が、外科医学、神経病学、精神医学といった主流の科学の学問分野で、専門領域を支配する。が、その一方で、率直で、カリスマ的で、強い新しい世代の女たち、たとえばメアリー・ベイカー・エディーやへレナ・ブラヴァツキーやキャサリン・ティングリー、が、直観的、想像的、超越的なるものを擁護して、影の文化を支配するようになった。(113ページ)

  エディー夫人とブラヴァツキー夫人は、なんとなく前に言及したので、ティングリーについて。ティングリーはマサチューセッツ州生まれで、いわゆるソーシャル・ワーカーとしてニューヨーク市で活動していたのですが、神智学協会のウィリアム・ジャッジ William Quan Judge, 1851-96 (このひとは1875年にニューヨークでロシア生まれの見霊家ブラヴァツキーと奴隷解放の闘士だったオルコット大佐を中心にニューヨークで設立された神智学協会の当初からのメンバーのひとりで、ブラヴァツキーたちが外国で活動をしているあいだの留守居役をしていた人です)と出会い、1894年に神智学協会Theosophical Societyに加入します。1891年のブラヴァツキー夫人の死去ののち神智学協会は分裂の歴史を重ねる(最も重要なのは1902年にドイツの神智学協会の事務局長になったルドルフ・シュタイナーが1913年にわかれてつくった人智学協会 Anthroposophical Societyでしょうが)わけですけれど、ティングリーは、ジャッジがアメリカの会員の多くを連れて出て行ったあとのアメリカの神智学協会の本部をまかされ、さらにジャッジの秘書だった Ernst Hargrove が分かれて東海岸のニューヨークで "The Theosophical Society in America (Hargrove branch)" をつくったのに対して西海岸のカリフォルニアに本部を移して1900年にLomaland at Point Loma, California に自給自足のコミュニティーをつくった人です。アヴォカドをカリフォルニアに移植してカリフォルニアロールへ道を開いたのはこの農本的神智学共同体によるという、トリヴィアな話もありますけれど、ティングリーは、教育施設を造り(1919年には Theosophical University もできます)、演劇を重視し、女性の仕事を重視し(6割が女性だったようです)、貧しい者には無料で教育を与え、1942年にロサンゼルス近郊のCovinaに移るまではここがアメリカの神智学協会の本部となるのでした。

   まあ、神智学が心理学かというと、そうは言えないでしょうし、テイラーさんはやっぱり psychology を本来的な意味にズラして再定位しようという考えがあるのではないかと忖度(そんたく)するのですけれど、プシュケーとプネウマ、魂と霊を、分けつつ合わせて考える奥行きを神智学がもっていたのは確かだとは思うのです。

  ところで、日本語のウィキペディアにも外国語のウィキペディアにも神智学協会の項目にのっかっている印璽(「紋章」 というのが日本語ウィキペディアの言葉ですが、アメリカ合衆国の国璽と同じく "seal")は次のようなものです。――

tszegel.jpg
The Society's seal incorporated the Swastika, Star of David, Ankh and Ouroboros symbols. via "Theosophical Society - Wikipedia" <http://en.wikipedia.org/wiki/Theosophical_Society>

  はい。これは、どこかで見たような・・・・・・。思い起こせば、偶然のようにして、第1回「December 27-28 擬似科学をめぐって(1) イントロふうに  On Pseudosciences (1)」を書くときに見た目でアピールしようと貼った、これら――

  あ、敢えて自己引用することにします。こんなふうに書きました――

  たとえば、とたとえを出すと本題に入ってしまってハナシが重たくなりそうなので、画像でいきますが、マーガレット・フラー 〔・・・・・・〕の有名な記念碑的著作『19世紀の女性』(1845年)の扉にはつぎのような挿絵が入ってました。――

Frontispiece_MargaretFuller_WomenintheNineteenthCentury (1845).jpgこれだけクリックでかなり拡大
Frontispiece to Women in the Nineteenth Century (1845)

  これは、このブログでも何度か言及した自らの尾を食う宇宙ヘビ、ウロボロスですね。で、これのどこが擬似科学なんだ、と言われれば、別に擬似科学ではないんです。が、メスメリズムに関心をもっていたことで知られるフラーは、前々年の1843年にボストンで出版されたThe History and Philosophy of Animal Magnetism by "A Practical Magnetizer" という本を目にしていた可能性があります。この『動物磁気説の歴史と哲学』という作者不詳の本の最後にはつぎの図版が載っていました。――

ClosingImage_TheHistoryandPhilosophyofAnimalMagnetism(1843).jpg
The History and Philosophy of Animal Magnetism (Boston, 1843)

   ヘビの向きが逆ですが、ウロボロスのなかに太陽のようでもあり目のようでもある TRUTH が(フラーのように六芒星みたいなふたつではなくてひとつの三角形のなかに入って描かれています。そしておそらくメスメリズムの術を支えるものとしてFAITH, POWER, WILL の三つの相が三角形を成している。その中心からのrays は、フラーの絵では宇宙ヘビの外側まで伸びているようです。

  もうひとつ、1844年7月13日にフラーがエマソンに送った手紙に載っていたらしい "Serpent, triangle, and rays" の絵のもとになった、フラーの日記に登場する自筆のスケッチ――

DoubleTriangle,SerpentandRays_MargaretFuller (1844journal).jpg

"Double Triangle, Serpent and Rays" (July 1844 Journal)

   これは、ウロボロスの向きが1843年の本と同じです(細かいw)。ray は外でだけ発光(?)しているようです。

  さて、フラーはデザインをパクッたんじゃないの、というのが主眼ではなく、神秘学的な伝統的なイメジが、同じ時代の著作に変奏的にあらわれ、その理由がどうやら思想的に通底しあうものをもっていた(あるいは通じると考える人たちがいた)からだ、というところに興味があります。

  神智学協会の璽の中央の十字はいわゆるエジプト十字、アンク、というやつですが、こうしてみるとまるで女性のシンボルのようです。

  ということで、ウロボロスのように終わりが初めに戻ったということで、この短期集中はいったんこれで切りたいと思います。しかし切っても切れないということもわかったので、すぐに書くかもしれません(そのときはたぶん「擬似科学周辺」で書くかも)。実を言うと、いろいろと核分裂した話のタネや、そもそもどこかで書いていきたいと思っていたアメリカ文学の作家や作品との関係とかたくさんあるのです。が、短期集中の看板をかかげてやっていると最初から少ない読者はさらに減るわ、自分の仕事(滞在残り3か月を切って、ほんとは必死でしあげねばならぬ仕事もマジであり)に収斂も収束も集中もしないわ、適当なことを書くことに対する罪悪感は高まるわ、義務感がブログの楽しみを(ちょっとだけ)奪うわ、いや、もう一か月経ったし、もうこれ以上は短期ではないな、という気持ちもあります。

  それでもおかげさまで勉強になりました。擬似科学についてどうだ、という結論はまだ言わずにおきます。わかりにくい文章を読んでくださった(くださっている、くださるであろう、くださるかもしれない)少数の読者のみなさん、どうもありがとうございま


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